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第2章 司のあわただしい二週間
第71話 星の下の動物たち
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新月の夜、姦しいほどの星が頭上に広がり、二人は小川に沿って歩く。ひんやりとした芝生は土も柔らかいようで、それぞれの体重を柔らかく受け止める。目指す先は最初の泉の近く、動物たちの集合場所。そこにはぼんやりとした小さな明かりが地面に揺らめいていた。
「司さんはしらないでしょうけど、ボク一時期アイドルしたりモデルしたりしてたんです」
「へー、今はしてないの?」
「ええ、所属してた事務所の方針に疑問が湧いて。そこ整形を推奨してたんです」
「本人が前向きになれるならいいんじゃないかな?」
「・・・それならボクも本人の自由だと思います。そんなのなら本当に良かったんですけど」
話を聞くと仕事の為なら多少はやむを得ない程度の話ではなく、定期的に人気投票を行い常に所属員をランク付けし、あからさまに競わせるシステムで運営されていた。ランキング上位者には更なる美を追求してくださいと表向き美しい言葉で提携施設での無料整形を贈与。美しさの基準を作り出そうとしているように思えた。
「社長の夢に潜ったら本当に酷くて」
「酷いって?」
「容姿の醜さは病気、貧しさは自業自得。人は全員自分の利益のためにいるって。不細工は大嫌いだけど自分より美しいボクはもっと認めない、早く堕ちておかしくなってくれれば笑ってやる。美しい者しか価値が無い。髪色や化粧のブームみたいに容姿も皆が気軽に整形するようになればずーっと儲かるから、せっせと顔を売れ、でも自分に似せるのは許せないから、整形業界を独占するって」
「なんか、病的だね・・・」
空を見上げるサティヤは苦々しい表情を浮かべていた。余りの内容に司も顔を顰める。この世界にも美容整形は存在するが、蘇生や神性魔法での治癒を受ければ元に戻ってしまうため冒険者でするものは稀だ。美形に生まれついたのであれば存分にその利益を享受し、別に美形でなくてもまた転生すれば容姿は変わるものなので、美しさを必要とする職業に就いている者以外はそこまで気にしないのが大半であった。転生する度に整形や手術を受け同じ容姿や性別になろうとする人間もいるにはいるが、極一部だ。
治療にしても神性魔法と転生に蘇生があるため、司のいた現代社会にあるような莫大な資本を必要とする西洋式近代病院はこの世界では数えるほどしか存在せず、その治療内容も方針も現代とは異なっている。
すぐに連絡の取れる思念通話にタグ、転移門による交通網が発達しているため医師も気軽に訪問診療を行え、情報の通信さえ思念通話があり、患者を一か所に収容する大型施設を各地に建設する必要性は薄かった。
「それを周りに言ったんです。あいつは本当はこんな人間なんだ、ボクたちなんか道具としか見てないんだって」
「それで?」
「この職業の事は秘密にしてたし、信じてもらえませんでした。それどころかボクの方がおかしいって言われて。いいところまで行ったんですけど、その業界に居たくなかった。最後に社長に辞めないでって周囲に人が居る所で哀願されて、これも演技だと思ったら・・・思い出すだけで今でも肝が冷えます」
「うわぁ・・商業ベースに乗せる気だとは。サイコパスだったんだ、その人」
「あっ、サイコパスだったんだ! 自分には関係ないって思ってましたけど、居るんですね・・・離れられて良かった」
寒気がするとばかりに自分を抱きしめ、振り払うように首を振ると長く大きなうさ耳もそれに合わせてゆらゆらと揺れた。
「美人は公共の財産、不細工は公共の福祉に反するって言葉なら言われた事あるよ」
「ああそっか、勝手に公共財扱いされてたのか。人を何だと思ってるんだ、腹立ってきた。最初はすっごく気分良かったのに、段々気持ち悪くなってきたのって、そういう事だったんだ」
「美人しんどいよね・・・こっちが微笑むと相手もほぼ間違いなく笑ってくれる単純な嬉しさがストーカーに繋がるとか本気でしんどかった・・一の好意に百返ってくるとか負担でしかない」
「分かります・・・。ストーカー撃退はプロに任せるのが一番ですよ」
「放置してたら無くなってたからきっと飽きたんだと思う」
「一番平和な終わり方ですね・・・前生でもっと美形だったら人生違うのにって思って、実際美形になったらなったで人の気やら目が纏わりついて、はっちゃけちゃって、美形なら選び放題、愛され放題ってヤリまくっても、全然納得できる愛が見つからなくて・・・」
初生ははっきり言ってモテない。能力も低く、一つの性からしか世界を見たことが無いためプロに手ほどきを受けた人間か、余程勘の良い人間しかセックスも上手くない。初生は番は作らず様子見、2生か3生に番を作るのが一般的であった。
どんぐりの背比べの初生とは言え、種族による能力差、容姿の差は歴然と存在する。初生でも美しければモテる。美しささえあれば愛される、人生上手く行く、そう思った。サティヤも初生の男性だった時モテるため努力したがその努力は空回りした。様子見と言われる初生であっても両親のような相手しか見えないような純愛に憧れ、また性を神聖化した。シオンとガルデニアの番生活も愛憎の絡まり合った一筋縄ではいかないものであったが、サティヤにとってシオンはずっと変わらず憧れの母だった。自分を見てほしかった。
「サティヤさん、今からちょっと暴言を言うよ。
僕の世界だと完璧な美少女はゲロ吐かないし、好き勝手に犯しても文句言わないし、それなのに感情のケアも必要ない。老いず、食事しなくても大丈夫。壊れても再生可能でとってもエコ。葛藤せず悩まず政治的、経済的合理性に満ち、それに従っていれば人生考えなくても生きていける。そんな存在」
「気持ちわるっ・・頭入ってるんですか? というか人間ですかそれ?」
「僕の快適性の為そう演技してって言われたら?」
「絶対いやです」
「僕もぶん殴りたくなるくらい嫌だから安心して。さっきのは人が最高に生産性を突き詰めて、理想をかき集めて出来上がった代用の神でお人形さんの話かな」
「ああ、魔導人形ですか、びっくりした」
「せめて僕たちしかいない夢の中くらいは社会から解放されたいよね。まぁこうして僕の世界にサティヤさんがいる以上僕もサティヤさんに合わせて仮面を適宜被るけど」
「被ってるんですか?」
「サティヤさんが居なかったらもふもふしてごろごろしてるかな。そしてそんな僕に合わせてサティヤさんもこの世界用の仮面が作られてるんじゃない? できればこの世界でしか被れないような面白くて独自性(オリジナリティ)に溢れた物であって欲しいな」
両手の平を上にしやれやれと肩を竦める。何処まで行こうと柵に付きまとわれるならせめて、お互いにとって有用な物であって欲しいと司は考えている。怠惰に疑問も抱かず同じ物を持ち込もうとするなら快適な闇を放棄し、心の底まで照らして眼前突きつけるような太陽を6つ空に浮かべ、人格否定の言葉をマシンガンの如く叩きつける事も辞さないだろう。
「・・・独自性とか何ですかそれ」
「例えば、向こうの世界でサティヤさんが大富豪でさ、そのお金で好き勝手してるとする」
「わぁ・・」
「で、今は払えないけど現実でお金払うからこの世界でボクの言う事聞けって、向こうの権力をここでも再現しようとしたとする」
「最低ですね」
「服を着ろって言ったように、現実の価値観や感覚に多少引きずられるのは仕方ないけど、そこまで来ると侵略行為だねー。思想も価値観も繁殖するものさ。やってる方は自分の快適で都合の良い世界を作れるカードを有意に切ってるだけだよ」
「・・・・・ボクはそれをしてるって事ですか? 自分の都合のいい世界を人の夢で作ろうとしたって。そうだよ! あの頃に帰りたかった。お母さん、お父さん、そしてボク! 温かくて! 懐かしくて! 両手から溢れる愛で一杯だった! 家族ごっこを押し付けるな、今やってる事も侵略だって、出ていけって言うんですか?!」
そこまで一息に言ってサティヤははっと目を見張るとぱっと口を押さえた。その手はずるずると下に落ち、しゃがみこんだ後にごめんなさいと小さく音が零れる。言葉にはできなくても、自分のやりたいこともやっていることもどこかで気づいている。
「それは違う。僕はこうしてサティヤさんと話すのが楽しいよ。ほら聞こえてくるでしょ?」
同じようにしゃがみ、言葉の無い空間にせせらぎに合わせ歌が横切る。もう大分近くまで来ていたらしく、ランタンが置かれた動物たちの集会所で鳥が歌っている。顔を上げ、自分を宥める落ち着いた声はこうも高く美しい音を刻むのかと司を、目の前の人間を見上げて思う。鳥は人間の司より歌うのが上手い。
その歌は音楽的素養のあるサティヤの耳にもとても心地の良いもので、しかし聞いたことも無いメロディと無邪気な鳥の明るさとは不似合いな切ない歌詞は不思議と琴線に触れた。
「これなんて歌ですか?」
「鳥の詩」
「あはっ・・・まんまじゃないですか・・・」
「あれが楽しそうにしてる内は大丈夫。見えないかもしれないけど、僕もとっても楽しいんだ。お客さんを招くのは好きなんだよね。泣きたいなら泣けばいいし、殴りたいなら殴ればいい。反撃はするけど。どうせ一夜、泡沫の夢。僕らがあるって言っても、他人に認識されないなら向こうでは無いも同じ」
「・・・ねぇこのシーンで人の耳の根っこにぎにぎしないでくれません?」
「おっと、丁度いい位置にあったから」
「もう・・本当に何なんですか、異世界人って全員こうなんですか?」
「さあね? 別に何だっていいじゃないか」
立ち上がり差し出された手をサティヤは握る。自分より大づくりで厚い手は成人の物で、でもそれは剣を握らない人間の手だった。
「ほら、行くよ」
柔らかな明かりが照らす場所に二人して行くと、豹と鳥がおかえりと二人を熊の毛皮の上で出迎えた。
※
「ねぇねぇ、サティヤさんはピアノ弾ける?」
「難しくないなら弾けるよ」
「やったぁー!」
柔らかい毛皮の上で寛ぐ豹の周りに散らばるクッションをせっせと司(人間)は集めて、それで豹を取り囲むようにクッションを積み上げ始める。鳥は上機嫌に鼻歌を歌いながら白いグランドピアノを出し、サティヤに弾いてと強請った。
「立派なピアノ・・・」
サティヤは知らないが、そのピアノの元になった現実のピアノは呪われた代物であり、毎回勝手にピッチが変わる上、下手に弾くとデバフ塗れになる危険物である。なお、上手く弾いてもデバフはまき散らされる。司は魔道具の解析やレシピ作成にそのピアノを使っている。デバフは自己回復しながら使えば大丈夫と適当なものだ。
このピアノは司のいた世界のピアノと違い、白鍵と白鍵の間に全て黒鍵がある。この世界にも現実と同じタイプの物もあるが、これが主流である。この理由は魔道具作成に都合が良かったりするなど色々言われているが本当のところははっきりしない。
ポーンと細い指が中央近く一音白鍵を叩く。基準ピッチ変えられる? と鳥に尋ね、こういう風にしたいって思えばなるよーと言い鳥がぴょいんとピアノの側板に飛び乗る。調律師の仕事は残念ながらなかったらしい。椅子に座って指を滑らせ、音を確認していく。
「じゃあこれ弾ける? さっきのなんだ」
「ふむふむ、大丈夫だと思うけど。ちょっと弾いてみる」
「うん!」
譜面台に配置されたスコアに手を伸ばし、それを捲って確認し、演奏が始まる。ピアノ用にアレンジされたそれを聞いて鳥はうずうずと今にも歌いだしたいと体を弾ませ、かちゃかちゃと側板と当たった爪が音を立てる。
鳥がこうして! と要望を出し、それに合わせて演奏が調整される。段々と流れるフレーズが長くなり、一度の停止も無く流れた曲に鳥が歓喜の声を上げる。
「僕のこの手じゃピアノ弾けないからね!」
「あはは、そうだね」
楽しそうに始まった演奏を豹と司はクッションの巣で団子になって聞いている。一曲が終わり、鳥が次に知っている曲を教えて! と言い、サティヤも嬉しそうに演奏を始めた。子犬と猫がじゃれているような、明るく、跳ねるような楽しい曲が始まる。
演奏の合間、サティヤが鳥を撫でる。摺り寄せられる頭。
「いいな、いいな、人間の手っていいな。人間の手はこうやって沢山の鍵盤を叩けるし、誰かを柔らかく包んだりできる。温かくって大きな手でもにゅって包まれると、とっても幸せな気持ちになれる。
僕は鳥だから、歌ったりしかできないけど、撫でてお返しもできないけど、こうやって一緒にいて楽しめると、すっごく小さな鳥でよかったなって思うよ」
司はクッションの渦の中、目を閉じ、流れ続ける音楽に耳を傾けた。それを豹はただ見詰めた。
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