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第2章 司のあわただしい二週間

第68話 見えている罠

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 一人でも影に潜れるようになったソックスとぼんやりとした闇を遊泳。その中でソックスが蛍火の様なフラッシュを灯す。ゆらゆらと揺れる光を追っかける黒い狐。速度を上げて蛍が蝉の速さ、それでも追いつく白い足は空を飛ぶより速く。それを遠くから見る。光に追い出されないこの空間への適正は種族として持っているものだろう。専門家が教えれば遁甲まで行けるんじゃないのかな。もっと深く、僕よりもっと遠くに行って欲しい。

「ソックス、今日はここまでにしようか。お疲れ様、晩御飯までゆっくりしてていいから」

 撫でて褒めて、一緒に瞑想して状態を整え訓練を終える。僕が最初影に潜った時は酔って吐いて慣れるまで大変だったけどソックスはそんなことも無く。基礎的な能力は高いから、手を引いて覚えるきっかけを与えただけ。後は自分で高めて行けばいい。

 ▽

 部屋の明かりを点け、机に座って溜まっていた用事を片付ける。ザーカさんへの報告、情報収集、装備の点検、日記を書いて記録等など。
 それらを済ませ、使っていない予備のタロットのデックを取り出す。OTLでは錬金術の調合や精製で、特定の時期しか作れない物が存在し、その補助として良く錬金術師向けのタロットカードが使われていた。時期だけでは無く、場所や時間、使用する素材などで成功率が変わる為それらを占うツールであった。
 この世界でも占いは使用されているようだったが、より高度に専門家による予報がなされていて、それはまるで天気予報の様なお手軽さだった。魔法や魔術、魔道具の世界なのだからタロット等の占いだけがオカルト扱いされる事も無く。というか、こちらの世界の方が魔道具含め色々な事が違った発展を遂げていて、この世界の住人になったからにはこちらでしか学べない事を勉強したいなーと思う。

 別に占いをする訳では無いがラクリマに頼んで水球の中で洗濯物の様に水洗いして、一枚一枚拭ってセージを焚いて煙で浄化。特殊な加工を施してあるため水にも汚れにも強い。紙製の方が使用者に馴染み易いし使い易いからそっちがメジャーだったりするけど、水洗いしたいからこの種類を使っている。

 マジックで78枚に記入。これはやってみたい、これなら頑張ればできる。羞恥を振り切れ! これが今回僕が考えた事だった。

 

 一階のリビングに顔を出すと、そこでアルフリートさんがラグの上で寝ていた。それを見ると僕も余り寝た気がしていなかったのを思い出し、夕方ではあるが一緒にお昼寝しようと思った。起きてから晩御飯で丁度いいだろう。

 豹になってすたすたと。ブランケットをお腹にかけてあげる。それに潜ってアルフリートさんの足の間に陣取って股関節にぽてんと顎を乗せる。微妙に狭かったのでぐいぐいと肩を使って足を開く。うむ、ジャストフィット。熊だと肥満時は腹も邪魔だし、高いからこうもいなかい。良い香りもするし、程よい暗さと脈拍、温かさはあっという間に眠気を誘い、だらんと舌を出してとっぷりと沈んだ。

 夢は覚えていない。緩やかな停滞、枕の動く感覚と瞼の裏に届く明るさの変化でぼんやりと意識が浮上する。あと10分、いや5分30秒・・・。

「はぁ・・・今から一緒に生活するのが不安で仕方ない・・・」

 そんな言葉が上から降ってきて、眠気は一瞬で吹き飛んだ。ブランケットも吹き飛ばし、びくんっと上体を起こす。目を見開き狼人の顔を見上げ、視線を合わせる。

「え? どういう事ですか?」
「余りべたべたするなと言っているだろう・・・」
「・・・一緒にお昼寝もダメなんですか? 一緒に夜寝るのはしませんけど、お昼寝くらいべたべたに含まれないでしょう?」

 くっ・・・これが駄目ならすごく悲しい。まったりを共有するのは一緒に生活する醍醐味なのに。何とかして懐柔せねば。羊に変身し乗り上げて押し倒す。モフモフによる押しきり作戦。

「いいでしょ? ちゃんと服脱いだりは駄目だって条件は満たしてるでしょう? キスだって今日みたいにすると嫌がられるって学習しましたから」
 めぇー・・と哀愁を帯びた弱弱しい声を出す。はぁ・・と溜息と頭を抱える仕草。

「お前な・・・私はお前との約束を守りたい。手を出されるのは嫌なんだろう? なら何故こんな事をすする」

 押しのけようとする腕をやんわり拒否。そうか、ここか。

「それなんですけど、何にもしないで三か月って多分僕今のままの気がするんですよ」
「どういう事だ?」

 説得タイム。懇々と言い募る。アルフリートさんが嫌だから接触はしないだと、多分どれだけ時間が経とうと僕はびくびくおどおどしっぱなし。なのでアルフリートさんにもどんどん触ってもらいたい。だけど、慣れてないから少し過剰な接触をされるだけで大げさに反応してしまう。これだとアルフリートさんもうざいだろうし、それを改善したい。

「つまり、何が言いたいんだ?」
「前もって今から僕がコレします、してください! って言って、その練習相手になって下さい。これくらいなら大丈夫を重ねれば、一杯大丈夫ができるでしょう? 本当に嫌な事はする前に拒否してください」
「で、それで私が嫌なら嫌だと言えばいいと」
「です」
「・・・お前のやりたいようにすればいい。付き合うと決めたからな」

 呆れと諦めだろうが、話し合ってちょっとずつ慣れて行こう。今までが受け身すぎたのだと反省の意を込めて、ありがとうございますと頭を下げた。まぁコレしますですら宣言する勇気が湧かないのでもう一工夫噛ませるが、それは晩御飯の後でいいだろう。

「じゃあブラッシングとお手入れしてください」
「ああ。やり方は教えてくれ」
「ええ! 羊さんのお手入れは人の手が必要なので!」

 豹は手抜きしてもあんまり問題ない。鳥は小さいし自分の嘴が届く。羊は角と耳の入り組んだ場所やら、爪やら角自体やらのお手入箇所がたくさんある。魔術であらかたできるが、細部はやはり人の手がほしく、磨いたり、汚れを取ったり、絡みを解いたりやり始めたら結構時間を取られる。ちゃんとしたお手入れはまた今度にして、今日はあっさりと触りだけやってもらい、終わった頃にはいい時間になっていたので晩御飯にすることにした。

 ▽

 今日のご飯はサボテンの生姜焼きと花の刺身。コロナとソックスにはそのままで、後はサボテンシロップとラクリマに氷結させてもらった果肉を素材にした色々の予定。今日はサボテン消化。

 ソックスにはトゲは取り、皮を剥いて一口サイズにて提供。メロンの味でキュウリの食感と言うのが近い。生姜焼きはサボテン自体に甘みがあるので蜂蜜は控えめ。

『おかわりちょうだい!』
「余ってる皮とトゲでいい?」
『うん!』

 コロナは肉も骨ごと食べられる。サボテンもトゲと皮ごとぱりぱりと丸かじり。人は食べないトゲはコロナ曰くポッ〇ーの食感らしい。叫び声は群生地を見つけてポッ〇ーがたくさん! とでも言っていたのだろうか。哀れ月光サボテン。それでも偶に剥いてと強請ってくる。そして皮とトゲも別に食べる。皮もトゲも果肉も全部好きだからほぼ間違いなく甘えているだけだ。
 幼児が自分でできるのに蜜柑の皮剥いてと言うのと似ているかもしれない。こちらに来て水牛の首を持ってきた事があったが、もちろんコロナも炎くらい吐けるのにわざわざ焼いてというのも同様の甘えだ。蜜柑と野生生物の頭部を同列に扱うのもアレではあるが。

「月光サボテンの花がこんなに美味いのは意外だ」
「こっちじゃあんまり食べないんですか?」
「果肉はよく使われているが、花は見ないな」
「こんなに美味しいのに」

 皿にこんもりと積んだサボテンの白い花はねばねばしてて丁度オクラの花みたい。あれより舌ざわりが良く肉厚で、醤油を付けて食べるのが好き。

「アルフリートさん甘いお酒って飲めますか?」
「甘すぎなければ大丈夫だ」
「じゃあサボテン使ったカクテル作ってきますねー。ラクリマ、手伝って」

 

 玄関から見て右手にある両開きの黒いドアを開け、遊戯室の明かりを点ける。カジノの様な高級感は余り無い。3次元ビリヤードの台とボードゲーム用の大型サテライト。奥にはステージとレイドの入賞特典だった呪われている白いピアノ。

 入って直ぐの右にバーカウンターが設置してあり、そこの壁にはカクテルで使う酒類が並んでいる。ガラスの扉を開け使えそうな瓶を取り出しカウンターに並べる。

「テキーラかジンベースでいいかなー? ・・・うーん」

 サボテンの果肉のシャーベットを使うとして、後はバランス。ラクリマから注いでもらった水を片手に飲み干す。

 冷やした大き目のシェイカーを冷蔵庫から取り出しオレンジ・ビターズ、オレンジジュース、グレープジュースにテキーラを入れる。バースプーンでひと混ぜして手の甲に一滴落として味見。その中にラクリマにロックアイスをサイズを変えて5個。締める事も要らない優秀すぎる氷のお陰でそれなりの味になる。

 シェイクすると氷同士と金属のぶつかる音。空気と融けた水と度数も味も違う液体が氷の隙間を通って混ざる感触。ストレーナーを外してサワーグラスに入れ、バースプーンを縁に添えグレナデンシロップ。底に沈んだグレナデンの赤とオレンジ色がふわりと混ざりあって美しいグラデーションを作る。

 次に氷結した果肉をミキサーにかけてシャーベット状にし、それで蓋をするようにグラスに入れる。テキーラサンライズモドキの完成。ひんやり冷たくて美味しいシャーベット、ほんのり苦いベースと沈んだグレナデンは飲むのも見るのも楽しいカクテル。ブレンド割合のせいでアルコール度数が35度くらいあるけどシャーベットあるしお酒強いみたいだったし、甘すぎるよりいいよね。

 おっと忘れてた。かき氷器に氷結したサボテンの果肉をセットしかき氷を四つ。煮詰めて作ったシロップをかけて、これがデザート。僕用には激苦魔力ポーションを追加した。

 ▽

「お待たせしましたー。コロナ、ソックス、かき氷がデザートだよ」

 配膳をし自分用のかき氷に手を伸ばした時ソックスからの視線に気づいた。

「どうしたの? ソックス」
「その匂いが気になるみたいだな」

 ラクリマいわく、ソックスがこの激苦かき氷に興味を示しているとのこと。

「このポーションに興味が・・・?」
『それ、おいしくなさそうな匂いの・・・』

 じりじり後退るコロナの言は正しい。僕は美味しいと思うがそういう人間は殆ど居なかった。悲しい事である。ソックスの分にも試しにちょろりと垂らす。ぱくっと一口。きらきら見上げられる目とぶんぶん振られる尻尾。甘いポクンテもイケるが、この破滅的苦みもいけるらしい。おお、同士よ!

『それ、そんなにおいしいの?』
「コロナもどうぞ」

 大分減っている隣のかき氷にポーションを垂らす。白柴がおずおずぱくり。

『にがいいいいいぇいぁぃぃ!!!!』

 そう言ってコロナはぎゃうんぎゃうん鳴いてお外に飛び出して行った・・・。ばたん! どたん! と盛大な音。
 ソックスには、飲みすぎにならない様に僕の分量の数分の一をかき氷に掛けたらもっとかけてと強請られたが、これ以上は体に良いとは思えないから駄目だと言ったらしょんぼりされた。

「まぁソックス頑張ってるし、お土産にいくらかあげるよ」
 きゃうんと鳴かれ、よしよしと頭をなでなで。どういたしましてと言いアルフリートさんの隣に戻って自分の分を食べた。うーん苦い! メロンをより鮮烈にした切れ味鋭いシャーベットにコレは合うなー。同士が見つかって今日は良い日だ。一緒に魔力厨になろう!

「コロナが戻ってこないが大丈夫なのか?」
「あはは、大丈夫ですよ」
「あの龍は本当に元気だな・・・私の方が遊び疲れてしまった」
「もしかして付き合ってくれたんですか? ありがとうございます」

 ドラゴン姿で投げ飛ばしてのプロレスごっこ。ブレスも普通に撃てばダメージが通らない事に気づいた事で、撃ち合いっこが発生し、あれやってこれやってのオンパレードだったそうだ。

「本気なら一日中駆け回るくらい体力があるので自分の都合で切り上げて下さいね」
「ああやって遊ぶのも悪くないな」
アルフリートさんがカクテルを一口。僕も同じように。段々と暗くなるオレンジの淡い光。
「明日はアルフリートさんにもソックスの訓練に付き合ってもらいますよー。訓練って言っても遊びなので気楽にやってください」

 そうしているうちにアルフリートさんからおかわりをお願いされ、別のカクテルも作って、それを飲みながらいい気分になった所で話を切り出した。

「そうそう、これが僕の考えていた事です」
「カード?」
「一枚好きなの引いてください」

 適当に手元で広げた所から一枚カードが抜かれる。

「・・・5分間ハグ?」
「じゃあ、今から5分ハグします」

 もふっ! 隣に座っている人の胸に飛び込んでぎゅうっと抱きしめる。ただそれだけ。・・・このシャツあのシャツじゃないか。でも今は不思議と平気。

「カードで出た事をする、という事か」
「自分からするって言いだすのって度胸要るでしょう? でも任せっぱなしはもっと不甲斐ないって。家事手伝ってくれたし、お礼も意味も込めてます」
「家事か・・・あまり清潔すぎるのもどうかと思うぞ? そこまで細部までする必要も無いと思うが」
「大分手は抜いてるんですけどね。あんまりピカピカだと寛げない・・・って、もしかして気になります?!」
「いや、そんなに気を張りすぎるなという事だ」
「なら良かった」

 カードに書かれているのは今のところ大体がハグとかキスとか褒めるとか可愛らしい物。相手に引いてもらう事で逃げ場を封じ、嫌なら嫌で断ってもらい引き直し。書き直しもできるし、いいアイデアだと思う。
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