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第2章 司のあわただしい二週間

第55話 純粋な意味で

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 ▽

 サティヤさんから話を聞くと目の前で申し訳ないと謝るシオンさんを色眼鏡で見てしまう。寡夫なのか寡婦なのか、どちらも変わらないか。子供に先立たれたのは寿命なのだろうか。生き方によって寿命が大きく変わるなら子供の方が先にいなくなるのはあり得る事だ。聞く気は無いが。

「いえ、僕の言い方にも問題があったと思いますし、大丈夫ですよ」
 頭突きで反撃もしたし。にしても縁起物は無いだろう。兎姿とは言えいい年の女の子に撫でさせてってのが駄目だったんだよね・・・きっと。

「しかし、羊や鳥になったと聞きましたが、猫にもなれるんですね。大変麗しいお姿で。獣人という訳では無いようですが」
「猫じゃないですよ・・・これでも豹なんですよ・・・ぶち無いからそう思われても仕方ないですけど」
「そ、それは失礼いたしました」
「職業の特性で動物に変身できるんです。獣人の変態とはちょっと違いますね」

 この世界だと知名度はゼロの死に職だけれど。知名度無しとか野良は輪をかけてどうしようも無いな。普及戦略どうしよう。みんなもおいでよモフモフの国。もふって気持ちよくなりたいだけで、苦労してまで自分がなりたい訳じゃないっていう冷静な突っ込みは無しにしておくれ。

 はぁ・・・無邪気にモフりたいモフられたい。あ、目の前に良さそうな人いるじゃないか。ちょっと申し訳なさそうにしてるからつけこもう。

「じゃあお詫びに撫でて下さい。 ━━もちろん純粋な意味で」

 バスローブは咥えてテーブルの上にポイ。タグを収納しネックレスもその上に。ポスンポスンと自分の座っているカウチを叩く。鳩が豆鉄砲を食ったような顔しなくてもいいのに。ナーと低めに鳴いて急かす。お座りしてスペースを空けるとようやくシオンさんは腰を上げた。

 ▽

「あーそこそこ、もっと横をわしわしっと」

 もふられる毛皮が生言ってんじゃない? 良いのです、詫び撫でですから。座った足の上に腹這いになり背中を存分に撫でてもらう。このサイズはもふり甲斐があるだろう! 

 シオンさんは言われるがままもふってくれる。もぞもぞ座りのいい場所を探しながら向きを変え、腹をシオンさんの体の方に向ける。距離が近くて撫でにくいだろうが次は腹だ。こっちは優しくソフトタッチでお願いします。

「毛の方向は考えなくていいので、まんべんなーく優しく撫で回して下さい」
 返事は無いが手は言う通りに動く。こっちの気分を害さない事を第一に考えてくれているのがよく分かる優しい手つき。撫でが足りない部分は自分でもっとと要求。ヘブンヘブン。

「耳、みみが良いです」
「はいはい、こうですか?」
 下の部分をこしょこしょされるとくすっぐったい。

「ふぁ、もうちょっと強めに引っ張ってください、千切らないでくださいよー?」
 ごろごろと喉が鳴りっぱなし。

「あ゛ー・・もう好きにしてください」
 喉を骨ばっていてひんやりした手が撫でる。硬い感触は指輪かな。きっと捏ねられるパン生地ってこんな気分なんだろう。捏ねると粘りが生地には出てくるが、逆に僕はどんどんでろっと脱力していく。この人の撫ではぐでぐで系。

 OTLで初見の人に撫で要求なんてしなかったが、何分僕は純粋なモフられに飢えていた。新しく変身したよ! は、クランで盛大に遊んで言祝ぐ大事なイベントだったから余計に今が切ない。その不満と、いきなり押し倒された怒りと、もちぷにうさぎを撫でられなかった欲求不満を撫でられることで解消している。

 目を瞑って、撫でる手に顔を擦り付けて撫でろアピール。うむ、苦しゅうない、もっと撫でるよろし。頭、胸、背中、後ろ脚。尻尾は始終うねっている。下まで行ってもう一回上まで手が上って、10分くらい撫でてもらってる。骨が溶けたみたいに気分もゆるゆるでも涎は垂らさないようにしないと。

「シオンさん、ありがとうございます」
「?」
「シオンさんの言葉で、置いてきちゃった人にちゃんと明日帰るって連絡できました」
「ふふ、それは良かった」

 話が何かとても気が重い。愛想尽かされたとしたら交際期間一週間未満のスピード破局だ。なるべく、綺麗に後腐れなくしたい。指がまた耳に触れる。そうだ、そうだ、装備の事忘れてた。

「シオンさん」
「何でしょうか?」
「シオンさんは冒険者なら血には慣れてますよね?」
「物騒なお話でしょうか」
「いえ、ピアスホール開けてくれませんか? この姿だと自分で開けられないんですよ。道具とかは僕が持っているのでさくっとやっちゃってくれません?」
「しかし・・」
「お願いします。場所に寄って変身したら開け直しがあったりとかで医療機関でするのは面倒なんです。ついでに装備の装着も手伝ってください」

 豹の姿で問題無い位置でも、羊でも大丈夫な位置かどうかは変身しないと分からない。失敗したら治して位置変えて開け直し。変身しても傷や穴は引き継がれる。汚れは物によりけり。

 アルフリートさんに開けてもらう事も考えたが、今ではどうしても別れが頭を過ってしまう。そうしたら、このピアスホール、元恋人に開けてもらったんだー、見る度に思い出すんだーって暗すぎるわ!

 四つ足じゃ狙いを定めるのすら上手く行かない。なので他人で、優しそうなこの紳士は適任だった。

 カウチから降りて、机との隙間の床にお座り。顎をこてんと揃えてある膝の上に預ける。

「お願いします。自分じゃできないんですよ」
「・・・仕方ありませんね」

 やれやれといった感じであるが了承は得た。ネックレスを咥えて場所を移動、部屋の奥の方へ。

 収納からピアッサーを取り出してシオンさんに使い方を説明。便利なのか不便なのか分かりませんねと感想をいただく。今まで何度も使用してきたピアッサーは軟骨もさくっと開けられる強力な代物で、スイッチ一つで発射とは言えけっこう大きく、装填する針もとても鋭い。

 左耳、付け根寄りの上の部分。裏側に耳が逃げない為の面の接触する感覚。
 身体強化はオフ。代わりに触覚や痛覚は下げられるだけ下げる。画像を眺めているみたいに完全に感覚を切ったりは出来ないから、数秒の痛みは有る。

 行きますよとシオンさんの言葉に目を閉じて息を吐く。バチン! と大きな音と硬い物に貫かれる感触。んっと声が漏れる。生まれ変わる毎に繰り返してもこの感覚には慣れない。

「ああ、血が」
 シオンさんが手持ちの布で流れた血を吸い取ったようだった。
「あ、ごめんなさい」
 すぐに魔法を耳だけに発動させて血を止める。
「すみません・・・綺麗にするので貸してください」
「お気になさらず。右耳は同じ位置に?」

 にっこりと微笑まれると元より少なかった猫目の威圧感が更に和らぎ、目じりに寄った皺によくわからない安心を覚える。まぁ汚れは洗浄用魔道具に突っ込めば落ちるし、いいか。

 ちょっと待って下さいと言って羊に変身。この姿だとしゃがんでいるシオンさんと目の高さが同じくらい。鏡を出して持ってもらう。くるりとしたほぼ白い角。戦闘したからヘイト分黒くなっている。前生の角はただ下向きにくるんとしただけの形だったのに、今生はそっから更に外向きに捩れている。

 その下から生えた耳の穴の位置を確認。問題が無かったので、羊の姿だと開けにくいからまた豹に戻ってお座り。

「左、同じ位置に開けてもらえますか?」
「分かりました」

 またバチンと穴が開く。ハンカチらしき布が取り出されたが、今度は拭われる前に右耳を治した。首を傾げて同じように赤い目が細められ、反射的に笑い返す。

 針を抜いて、豹用のピアス二個と黒い首輪を付けて、ネックレスを二重にしてもらう。その状態をネックレスの自動着脱に変身:豹をトリガーにして設定。全部外してもらって、羊形態になる。羊用のピアスをまた二つと足環を四つ、ネックレスは一重。これを登録。そんで、乗羊用鞍を装着してもらい、また登録。とりあえず嵌って一安心。

「後ろの蹄が割れていませんが、これは大丈夫なのですか?」
「・・・とうとう偶蹄目と奇蹄目の境界を飛び越えたみたいです。大丈夫です、生きる分には問題ありません」

 蹄の形がなんぼのもんじゃい。動きにくいがぶち失せよりマシ。羊モドキに豹モドキ。

「蹄鉄を着けたくなりますね」
「そしたら後ろ脚のキックの威力があがりますかねー。踏ん張りも効くようになるでしょうしいいかもしれません」

 余裕ができたら作ってみよう。どんな効果積もうかな。鞍を収納し、バスローブを被せてくださいとお願い。人に戻って前をゆるく留めて、ピアスの無い耳の穴を確認。そしてあーーと気づく。

「どうなさいました?」
「すみません・・・あとついでに二個開けてください」

 そういえばこっちに来てから殆どラクリマの精霊石ピアスと、コロナの召喚魔石ピアスを嵌めていなかった。その状態で自己治癒をしたのは記憶にある限り今日と、アルフリートさんに項を噛まれた日。
 今までずーっとつけっぱだったとは言え、すごいうっかり。自分で開けることもできるが物のついでだ。顔が血が昇る。熱い。ぐるぐる回る。思い出すな、目の前のミッションに集中しろ。

「場所は耳たぶにお願いします」

 冷たい手が気持ちいい。計四個の穴は恙なく開いた。開いたはいいが、塞ぐものがそういえば一個足りない。しゅうしゅうと熱を持った頭はうっかりを連発する。そういえばコロナに破壊されてただの石屑になったからあれは捨てちゃっていた。白衣のポケットから水色のティアドロップ型の精霊石ピアスを取り出す。

「もう一つのピアスはどちらでしょうか?」
「うー・・そういえば一個壊してたんですよ。片耳だけってのもバランスが悪いですよね」
 豹と羊のピアスは軟骨にちょうど良いサイズで重いしごつい。耳たぶに着けたくない。

「では、これなどどうです?」

 シオンさんが掌に取り出したのはワンセットの赤いシンプルな丸い石のピアスだった。光の筋が星を刻んでいる。

「良いですよ、適当なもの見繕いますから」
「誰も使う事も無いピアスです。お古がお嫌でしたら売るなり捨てるなりしてください。貴方が身に着けたほうがピアスも喜ぶでしょう」

 針を抜かれ、手慣れた仕種でピアスが嵌められる。ラクリマのピアスはしばらく白衣のポケットが定位置になりそう。

「このお礼はエリクサーで良いですか? サティヤさんも使いきったっ言ってましたし」
「お気遣いありがとうございます。しかし、見返りが欲しくて贈った訳ではありません」

 断られたが、いいから受け取ってください。使わないならそこら辺に吊して照明にでもしてください。と無理矢理自家製エリクサーを一瓶渡す。人の形態は羊と豹のピアス一個ずつ、耳たぶには効果不明の赤いピアスで上書き保存。

「適当に薄めて使ってください」

 そう言いながらバスローブの前を緩め、豹になって、次に羊と二人で最終確認。ありがとうございましたと、しゃがんだシオンさんの真っ直ぐの角に僕の角をこつんとぶつけた。
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