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第2章 司のあわただしい二週間
第48話 わんにゃん
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シーツを素肌に纏って同じ位置に座り、ネックレスの隣にあるタブレットを拾い上げた。装備やら自動着脱設定やら色々とすることはあるけど、今は先に変身しちゃいたい。
次は豹の動画を鑑賞する。今度の撮影者は千波(ビッチ)だ。ビッチが豹の顔面を映し、段々と遠ざかってはまた近づく。じっとりねっちょり変わるアングルには悪意を感じるが、あいつはこれが通常運転。いちいち気にしていたらキリがない。場所はさっきと同じクランのリビング。みんなで遊ぶ場所。
始まる前のお約束のポルノ女優インタビューを行儀よくお座りしている豹に向かってやらかしている。そんなものどうせ飛ばされるし、豹(ぼく)に対してするんじゃない。フアァーッ!! と威嚇され渋々と撮影が始まった。
内容がフェティシズム満載過ぎて白目になる。細かいのはいいんだ、細かいのは。だが寝転んだ豹の口に手を突っ込んで歯茎と牙を観察した挙句、長い舌をびろーんと伸ばして裏表って・・・あ、当時の僕がイラついたのかトゲの付いた舌で千波の手をざりざりしているがあいつはきゃっきゃ笑ってる。まぁ効かないか。
爪も肉球を押して一本一本確かめて、移動し背中から薄水色にぶちの模様が映される。尻尾付け根を舐めまわすようにカメラが上下、尻尾がひょいっと動いたと思ったら画像が大きくぶれる。尻尾がカメラをぶったたいたのだろう。ちゃんとやれ! と画面の中の僕が怒鳴る。
はぁーい♡ と責める気の失せる声がし、カメラの前で豹が腹を見せてのけぞる。腹側は表より柔らかく、色も白い。おじゃましまーすと白い左手がぐいっと足を開き、尻尾をにぎにぎして毛並みに沿って撫でて先を振って遊んでいる。
だから下腹ばかり執拗に映すんじゃない。腹を揉むのも満足したのかようやく終わったと思ったらアングルが高くなり、腰から胸にほっそりした手が無駄に艶めかしく這い上がる。
ああっん、もふもふきもちいいー♡ と自分の喘ぎをSEに豹の胸を揉む馬鹿が一人。僕は諦めと呆れで脱力している。終始楽しそうで結構な事である。あ、なんか胸に真っ赤なローションがぶちまけられ・・・た所でカメラがぶっとばされ画面が暗転し映像は終了した。
そういえばこんな感じだったなーと思い出す。感覚の再生は嫌々ながら出来た。感情が再生されれば感覚が追い付いてくる。この映像の後は千波に頭突きしながら起き上がり、押し倒してローションをお返ししたら増々アレが喜んで、僕が空しくなってお終いだ。楽しんでるあいつに言葉も静止も通じないし、反省も学習もありはしない。そして結局僕もあのバカなやり取りを楽しんでいるのだ。
口直しに日常集と戦闘集を見ないと・・・。こっちは基本的にただ楽しい。歩く成人指定など脳内トリミング。
豹の運動性能を活かした水上浮き輪渡り。水中から飛び上がるシャチの口先に押し上げられて頂点からジャンプ、くるくると宙返りにひねりを最後に加え着水。大好きなフゼアやシプレーの香りのするクッションをうっとりかじかじ。
影空間もぐら叩きに、譲れない段ボールハウス。尻尾にしがみついたリスをくるくると追いかけ回って噛みつくフリ。皆で遊んで調子に乗って、シャンデリアを揺らして落として損害賠償。重心がしなやかに移動する動きは見るだけで楽しい。
戦闘集は文字通りに足を引っ張るのが良い。ヒット&アウェイでちくちくと嫌がらせ。特殊工作員に協力して敵を闇討ちに攪乱。身体能力は格段に上がっても決戦力はそこまで上がらないから戦力的にはそんなに無いんだよね。物理攻撃力も正統派パワーファイターには負けるし、魔術なんて影と闇くらいしかいい所が無い。回復力はがた落ちだから自分以外にはしない方がマシ。基本が神職で補正が乗らないせいか必殺技の影縫いは本職の数分の一の威力。だがそれがいい。一人でなんでもできるなんて面白くない。
忘れない内にとっととやってしまおう。さっきと同じ事。離れてシーツを被って四つん這い。地面との接触面、自分の重みでへこむ感覚もそれぞれに違う。尻尾も毛皮もあると便利なのに人間は進化の過程で置いてきてしまった。幾度目かの選択へ。暗闇の中、はるかな光は触れもしない心で、照らされる道は誰かの記憶(イメージ)、歩むのは自分の足。一つ一つ積み上げて走って、それが追い付く。
ぽふんと白い煙の中にネコ科の足。ぶるぶると頭を振ってシーツを払い落とす。歩くのも問題なし。サイズは、多分一緒くらい。この目なら闇でもよく見える。視力が下がる分は身体強化でカバー。模様もぶちぶち・・・が無い。模様くらいなら戦力に問題ない、ってあるわ! 単色は目立ちすぎだよ! カモフラージュどこいった!!
うん、なってしまったものは仕方がない。ガチャが引けるのは一回きり。毎回どっか違うから今回は模様で済んだセーフって思おう。雀がハシビロコウより全然マシ。確認していなかったがきっと羊もどこかしらある筈だ。
「アルフリートさん! 見てください! やっと変身できましたよー!」
喜び勇んでうきうきと振り向く。シーツを踏みつけてとてとて歩み寄る。この形態は気分が表に出易い。
「ああ、それが変身か?」
「ええ! ほら撫でて下さい!」
ゴロゴロと喉を鳴らし、座ったアルフリートさんの胸に頭を擦りつける。羊の方がもふり甲斐があるが、先に良い方出して豹(こっち)で落胆されたら嫌だし。
ん・・なんか不穏な匂い。イライラ? ぴりぴり? ちくちくしてとげとげしい。指向は、こっち?
「え、アルフリートさん、気に入りませんでした? これ嫌ですか?」
動かない手に思わずしゅんとなってしまう。毛並みはそこそこでもネコ科だけあって頭蓋から背中、尻尾と続く流れや、肩甲骨の隆起も綺麗だと思う。自分では見れてないけど。
尻尾も太さもそこそこ。目測一メートル以上あって遊び甲斐がある。
肉の付き方とか骨格はユキヒョウとかよりは細いかな? アルフリートさんの狼の姿よりは小さいくらいか。コロナよりは大きいけど。うーん、慣れてないから遠慮してる? なら積極的にアピールすべきか。
ごろんと横向きに腹見せ。どうだ! 撫でたくなるだろう! 僕が狼にこのポーズされたら即撫でに行くぞ!
「ニャー?(撫でないの?)」
猫よりも低い豹の声。にゃーっていうかなーっていうか。おお、ようやく手が動いた。最初はおずおずと動いていた手は慣れてきたのか遠慮が無くなっていった。ぐるぐると喉から音が漏れる。体をくねらせ手にすりすり。撫でられるって素晴らしい。
これで今までもふってきたお返しができるというものだ。
びったんびったん地面でのたうっていた尻尾を手が捕まえる。
「痛くしないでくださいね」
アルフリートさんも尻尾持ちだし、加減くらい分かるだろう。掴んだまま毛の流れに逆らわずにゆっくりと手が滑る。じれったかったので自分で動かして引っこ抜く。悪戯心の唆すまま、宙に浮いた尻尾の先でぺしっと頬に当て撫でた。一色だとなんか寂しいな・・尻尾の先にリボンでも巻くか?
「確認だが、変身は終わったのだな?」
「ええ、終わりましたよー。なので存分に撫でて下さい」
「そうか」
かしっと左手が再びしっぼを掴む。握ったままさっきとは反対に、毛の流れに逆らって根元の方へ撫でていく。ざわざわとした感じはあんまり好きじゃないけど、耐えられる範囲。右手はお腹撫でてくれているし。
お腹の毛は確認したけどちゃんと白かった。薄紫と白の豹か・・・目立つな、どうしよう。気配は薄くできても視認性が高いのはよろしくない。
考え事をしていたのがばれたのか、根元近くを持った手が尻尾を軽く引く。何するの? と不満気に睨むとアルフリートさんが笑っていた。それは冷え冷えと。
夜光虫の青よりよっぽど体感温度が下がる。湖面を渡り冴える風に吹かれて毛が逆立つ。機嫌悪いの? なんで? 撫でさせてるじゃん。自分の毛皮は無価値だと言われているみたいで腹が立つし悲しい。
「何、考えてるんですか?」
尻尾を握る強さが少しづつ強くなっている気がする。右手は毛並みを楽しむと言うよりも肋骨を一本一本確かめるように動いて、柔らかな、何にも守られていない腹部を探る。
「お前の価値観は本当に理解に苦しむ」
「はぁ・・・」
「それで今も私に何を考えているかと聞く。まるで昼間の繰り返しだな。私も同じ科白を繰り返せばいいのか?」
昼間の重い熱を反射的に思い出す。今も押しつぶされそうな気配が落ちてくるのに温度が全然違う。あれは、相互理解の為の話し合い。じゃあ、これは?
腹部にあった手が僕の左耳に回る。僕が昼間やったみたいに口が根元を食み、耳朶を舐める湿った熱が小さな耳に篭る。
「そうだな。お前は違う世界の人間で、常識が通じず、言わないと分からないのだったな」
「ひぅっ」
「何度でも、その繰り返しに付き合ってやろう。まぁ同じ物になるとは思わないが」
昼間の続きが同じ場所で姿を変えてまた始まる。されたことを相手にやって、またされて。その中で意味が、結果が変わっていってしまうのだ。僕の心などお構いなしに。
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