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第2章 司のあわただしい二週間
第45話 くるくるまわる
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ラクリマのせいですっかりムードも吹っ飛び、泉にまた飛び込んで涙の痕を流す。休憩はお終いとアルフリートさんに告げる。午後の練習を始めようかと思い泳ぎながらソックスを探すと、岸辺でコロナと前僕に宝石草の種をくれた青く光る蝶が戯れていた。
コロナがかぷりと銜えようとするとひらっと身を躱し、ソックスは器用に両手で掴みかかる。くるくる、ひらひら、時折ふっと消えまた現れるのはまさに精霊だ。休憩はお終いと言ったものの、急ぎじゃ無いし僕も遊びに混ざりたい。
鳥に変身して滑空。足で蝶にアタック。回避されたから旋回し翼を開いて数度羽ばたきながら減速。コロナとソックスの間に着地しようかと思ったらソックスがコロナの方に寄っていたので僕も左だけ開き加減に、重心を右下に下げ着地地点を急遽変更。
地面に足を着いたらぴょんぴょんとコロナとソックスに向き直る。
『つかさー、ソックスがおどろいてるよ』
「あ、ごめんごめん。楽しそうだから来ちゃった」
と言いながら目の前に来た蝶に翼でちょっかい。コロナはそんな僕に頭を擦り付ける。このサイズだとコロナが大きく感じる。背中に乗るには丁度いいから別にいいけど。ソックスもびっくりしていたのは少しだけですぐにまた蝶を追っかけ始めた。やっぱり遊びって大事だ。頭を使うゲームも好きだし、こうやってただわちゃわちゃと毛玉同士で戯れるのもいい。ゲーム自体をメンバーによって考えるのもとても楽しい。
一対一の対戦とリアルマネーゲームは勘弁だけど、それ以外で皆でわいわいやれるならずっとそうしていたい。
身体強化もしない単純な脚力だけで蝶を啄もうとジャンプ。上空に退避した所でコロナが大きく跳ねて飛び掛かる。高度を下げ回避しようとした所にソックスが待ち伏せて狐パンチ、ひらりと後ろに身を引いた蝶の背後から僕が胴体ごと体当たり。蝶はふっと消えて僕は地面にずざっと転がる。
3匹いれば寸断なくアタックできる。基本攻撃はパンチと噛みつくしか無いけど。そうしてしばらく遊んでいたら蝶が消えて現れなくなった。きっと遊びはお終いという事だろう。
『つかさ! 遊ぼう!』
しかし家のドラゴンは遊び足りないそうで。
『ラクリマもいるし、ソックスはとぶんでしょ? あれしよう!』
「おおー久しぶりに皆でキャッチボールしようか。ソックス、今から午前中に言ったちょっと手荒な飛行訓練を見せるね。僕たちがやっているの自分もやってみたかったら混ざっていいよ! ラクリマー! キャッチボールしよー!」
もちろんボールは僕やコロナだ。
▽
泉の水がトランポリンの如く跳ねる。どぱーんとへこんだ水がもう一度跳ねて、その中央の水の柱から白柴が空に吐き出される。
『きっもちいーー!!』
「はーい、キャッチ。もう一回行ってこーい!」
白柴とて大型犬サイズ。抱えるとそれなりに重い。すぐさま身体強化込めて真下の泉に向かって落とす。
高さにして3,4階くらいか。泉と空、行ったり来たりのキャッチボール。ボールは大体頂点で捕まえる。ばたばた動かれると捕まえにくいから慣れがいる。背中からがっと行くのがポイント。
訓練の場合は泉に落ちないように止まる練習。スパルタだがすぐに身につく。
『つかさーこうたーい』
「はぁーい、そおぃっと!」
宙で捕まえていたコロナを更に上に放り出すと白柴がドラゴンに戻る。僕は浮遊をやめ、落下しながら体勢を変えて指先から水面にダイブ。水中でくるっと回って頭を上にしたら水が動いて、僕もさっきの白柴と同じ様にお空に投げ出される。
「コロナぁー!」
『きゃっちー!』
頂点で一瞬の浮遊感。ドラゴン姿のコロナの両手でぽすんと掬われる。常に身体強化は必須だ。
『いっくよー!』
「いっけー!」
きゃいきゃいとはしゃぎながら両手で握った物を地面に叩きつけるような動作でもう一度水中に送り込まれる。着水時には閉じていた目を開けると、透明度の高い水がどこまでも広がっている気がして、ここも空と変わらないなと思った。
僕は満足したが、コロナはまだラクリマに白柴姿で遊んでもらっている。
「ソックスもする?」
岸辺に上がってそう尋ねるとがたがた震えているのか首を横に振っているのか、どちらにせよ激しい拒絶が返ってきた。尻尾が下がって胴体の下に丸まっている。そんなに怯えなくていいのに。
午後の訓練はきっちり浮ける様になっていたので、数時間で終了した。飛行はゆっくりだが安定した軌道なら飛べるようになった。高速飛行は泳ぐイメージでは速度が出ないため、イメージの転換が必要になる。どうしても身体能力による実際の遊泳速度の感覚に引きずられるから。そっちは危険度も高いし教える気は無い。ソックスの飛行・浮遊訓練が終わってしまった・・・。
夜ご飯の時間に集まる事にして残りの時間は自由時間になった。ラクリマにはソックスの護衛をお願いしてるし、大丈夫だろう。
▽
「アルフリートさん、採集手伝ってください」
「お前は遊ぶ事と採集・探索には元気だな・・・またふらふらとどこかに行くなよ」
「はーい」
わーい、二人で採集デートだ! 別に効率優先じゃないからまったりと草を摘み、スライムをぼこり、果実を啄む。一口皮ごと齧って、これ美味しいですねとシアの実を半分に割って綺麗な方を渡す。
僕がじみじみと食べている実はアルフリートさんの口に二口で消えた。僕の知らない植物の用途や文化風俗を教えてもらいながら、こちらも向こうの世界の童話や風俗を話す。
以前訊いたごんぎつね悲しさ強化版の続きをについて聞いてみたら、なんと成人指定・・・グロ有、エロ有、謀略有、異種族恋愛にも魔獣姦にも興味はありません。そんな本が聖教国は正式には認めないが、ある聖人の人生である事は公然の事実だそうで。
僕は林檎にちなんで白雪姫を話すと、不用心すぎて同情もできん。死んだならさっさと神殿に魂核を運べと情緒の欠片もないツッコミをもらった。きっと小人が貧乏で蘇生資金が無かったんですよと適当に言っておいた。
そういえば僕も蘇生の組合に入るのすっかり忘れてたと言ったら、聖教国のページにアクセスして、必要事項を記入し送金すればいいと言われ、教えてもらいながらその場でさくっとやってしまった。これが役に立たない事を切に祈る。
▽
夕暮れがまたやってきた。ずっと夕暮れだと有難みが無いのが良く分かる。じりじり空が藍に染まり、沈む太陽を二人で見送る。寒くはないが採集も終わったのでコートを着て手袋を外す。
下は相変わらず短パンだが、ちゃんと膝上のいつもの黒いブーツは履いている。ささやかな食事も終わり、夜の帳が落ちる。夜しか見れない物を見たくてここに来た。
「見せたい物と言うのはこれか?」
「これだけならアルフリートさんも知ってるでしょうし、本当に見せたいのはこの先です」
針霊樹の仲間の広霊樹。この樹木の系統は木の性質と鉱物の性質を併せ持つ。まさにファンタジー。
星がちかちかと自己主張を始め、世界にマナがひたひたと積もる。さーっと風が吹く。周囲の樹木が鉱物化を始め、透明な水晶の様な鉱物に変化していく。この性質があるから、雨期でも根腐れすることなく地面をしっかり掴んで地滑りを防いでくれる。
マナが多い場所じゃないと生育できないから、きっとシルカ大高原の恩恵なんだろう。
「中心地ならもっと泉も大きくて、立派な樹木も沢山あるだろうけど、僕は中心地から外れて人も来ないこの場所が落ち着くんですよね」
「そういえばラクリマが懐かしいと言っていたな。ここで出会ったのだろう?」
「あはは・・・この泉で鳥の飛行訓練したんですよ。あとは色んな事が上手くいかなくてめそめそ湖畔で泣いてたら、いい加減目障りだっていきなり」
「今と変わらんな」
「ええ、ラクリマは全然変わってないから安心できます」
鳥の飛行訓練は散々だった。最初は歩く事も幼児の様にままならず、走れるようになったらソックスみたいに泉に向かっては飛び、数えるのも嫌になるくらい水に落ちた。
ようやく飛べたと思ったら着陸の方がよっぽど大変で、翼で風を孕んで羽ばたきながら足をタイミングよく動かす事が出来ず毎度泉に胴体着陸。浮遊はできたが、翼があるのだから自分の翼で飛びたかった。それが2生の時。鳥の獣人が精霊魔術師になるまでの話。
「ラクリマー久しぶりに一緒にやろうよ」
そういって鳥になって空に飛び立つ。水球は横に遅れずに付いてきている。ラクリマいないと見てもらえないし。
「ここの主と話がついた」
「あの蝶々?」
「ああ、綺麗なものを見せてくれるなら協力するそうだそうだ」
「じゃあがんばらないとねー」
夜空の星がうるさい。きらきらとおしゃべりをしている。地面は透明な鉱物になった広霊樹がざわざわと何をするのかと枝を鳴らす。ふわっと広霊樹の周辺に白い小さな光が満ちる。光は吐き出され、また戻っていく。何も無いかのように動く光もいれば、何かとくるくると回る光もいる。
光の反射を更に別の木が反射し、ここ一帯だけミラボールがそこかしこ跳ねてるみたいな明るさだ
「わーこっちのも綺麗だな」
魔力の円舞曲を演奏しよう。僕の魔力とラクリマの魔力でくるくると回してぶつけて纏めて。纏まった所に抉って弾けないよう囲って。世界に魔力いつもあるものだけど、僕は可視化なんて出来ないし。
一緒にくるくる、ラクリマと魔力を引き連れて遊ぶ。僕が勝手にやって、ラクリマがしっかり補助してくれている。
好き勝手動いていた魔力に流れが生まれる。冠羽で探知して、飾り尾羽で操作。白い蛍の群れが炎みたいに湧く。世界が喜ぶと僕も嬉しい。僕のこれは小一時間限定の人工的なマナの風みたいなものだ。
同じものを交換しているつもりで別の物になる。同じものだったとしても動く事に意味がある。
「そういえばラクリマ、最近はあんまりからかってこないね」
「・・・私とて思うところがある」
「ふーん? どんな事?」
「創造神からいくら訊こうと所詮は最高神だということだ。お前たち人のルールなど分かりはしない。私も分からん。たった数十年で変わってしまう形無き物をどう追えと言うのだ。たかだか真竜一匹の行いでお前の立場がこうも変わってしまうなど思いもしなかった。私の力では人の世の価値観など変えようも無い。悪かった」
「え、えぇ? 何か僕に都合の悪いことしたの?」
「ふん、分からんならいい」
「えー・・ラクリマもコロナも人の事が分かんなくて当たり前だと思うよ。僕だって同じ種族の筈なのにさっぱりだし。人間は精霊や竜の言葉が理解できないのに、そっちは僕たちの言葉を解して、話を聞いてくれる。それだけで十分すぎる事だと僕は思うよ。ところで真竜って何?」
「ああ、向こうでは言う事が禁じられていたが、お前たちが使役するためだけに生み出された都合の良い竜モドキを偽竜(ぎりゅう)と私たちは呼び、魂を持つ生物である竜を真竜と呼んで区別していた。空洞でがらんどうな気持ちの悪い肉の塊を見る度に不快な気持ちになった。よくあれを可愛がれるものだと正気を疑っていた」
「魔石の無いガチャペットドラゴンの事?」
「そういえばそう言っていたな」
「・・・まぁこっちに来てみれば不自然さが分かったよ。物を破壊すること無く、誰かを傷つける事無く、誰にでも愛想が良く、ずーーっと何もない広いだけの空間に入れられてれば食事もいらず、それに不満も抱かず、死んでも時間経過で復活なんて、生き物じゃないよね。でもそれは必要な措置だと思うよ。コロナと一緒にいるからそう思う」
「お前たちがよく言う必要悪という物か?」
「悪かどうかは分からない。ただ女神が人間に都合のいい物を作ったというだけだと思う。命あるモノのフリをしたプログラムでもそれに抱く愛着は本物だ。僕だってこっちに連れてこられなかったスライムには愛着があった。
命の定義なんて、僕らにとって幻想でしかないあの世界ではきっと些細な事だった。自分は決して命を失わない空間で、他者に命があると思う事も愚かしい。生きてるかなんて本当はどうでも良かったんだ」
「今でもあの世界を幻想だと思うか?」
「・・・・ 分からない。分からないよ。今はそれに答える言葉を僕は持っていない」
瞬く星々。眼下にラクリマと一緒に作った光の渦。ぶつかり弾けて、それでも集まってまた巡り、輪る世界の血液。こうやって可視化されるか、感覚を澄まして気づこうと思ってやっと思いだす存在。
自分の体内に在る物すらきっと同じなのだろう。
解放された今ならわかる。向こうの世界では、僕もラクリマも魂に制約を受けていた。管理された世界では当然の事だ。僕だってきっとそうする。現実では魂の在る実感すら得られない。クローナシュテルツ。魂の生まれる光。千の光が輝けばそれは神にも似た物になるとしても、その光から生まれるのは死神でしかなかった。
満ちゆく月が僅かに夜空を裂く。こちらに来て最初の満月まで暦上6日だが、13日の0時が満月だから実際は今日を含めて5日目の夜と言うのが感覚的には近い。
満点の星とはしゃぐ魔力に挟まれて、しばし踊ろう。ご要望通りあの青く美しい蝶に綺麗って思えてもらえたかな? アルフリートさんも綺麗って思ってくれたかな?
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