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第2章 司のあわただしい二週間

第44話 青い泉とデート

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 枝みたいな足が水をかき回し、照り返す日差しが眩しくて目を細める。僕の足よりもずっと頑強な左腕はとても温かかった。話せば話すほど時間が足りないと感じる。

「僕がクランメンバーでも仕事でも無いにの、こうして隣に居ても構わない、これからも一緒に行動してもいいと思える事が既に大分特別なんですけど、きっと分からないんでしょうね」

 だって比較対象がいないから。僕のとまり木はずっとここだなんて言い切れないが、ヴィジョンを馬鹿にしないでくれたからそれでいい。オラクル普及もとい布教も、具体的な内容も無い物でただ同意してほしいという甘えが殆どだった。満点解答を求めるテストでは無いし、全面協力を頼む訳ではないからちゃんと思いを受け止めてくれただけで十分嬉しかった。
 きっとこの望みに関してはアルフリートさんが傍に居ようが居まいが自分で考えて実行するだろう。不安も今にも零れそうなくらいあるけど、社会性や責務に基づかないごく個人的な物だ。

「僕は恋愛初心者で、常識が通じなくて、それどころか世界が違うせいでキスすらまともにしたことなかった。それなのに最初から同棲して距離感ゼロ。
 一緒にいられる理由も僕が使徒でアルフリートさんがその監督の責を負うトトさんの部下の騎士だから。これって、トラブルの匂いしかしないと思いません?」

 たぶんそれは僕の破壊された常識がこんがりと燃える匂いだろう。更地に立ちすくんでも、やりたいことがあるから新しい物を植えていかないと。

「だから、上手くいかない事があって当たり前なんですよ。僕も嫌な事は嫌ってちゃんと言います。そりゃ逃げる事もあるでしょうけど、あの家置いて逃げたりはしませんから」

 あれ失ったら本当に日々の寝床にすら困る。あと精神面でやばい。

「はっ! じゃああの家預ければ逃げないって信じてもらえます? めちゃくちゃ容量取りますけど入りますか?」
 我ながらナイスアイデアだと思う。家質なんて聞いたことは無いが。

「だから、ねぇアルフリートさん、あなたが何を考えてるのか教えてください・・・っへ?」

 そう言って隣を見上げると、泉に足を入れたままの姿勢で肩を押されてぽすんと固い地面が背中に触れる。

「お前は本当に私が考えている事が聞きたいのか?」

 この前と同じ馬鹿みたいに青い空。逆光の中、黄色の太陽が光る。

「ええ、意見には嫌だと言ったり思ったりはしますけど、その人を否定する気は全く無いので。聞かせてくれないと僕に分かる筈がないですよ。なんたって異世界人ですし」
 その意見を生み出す要素や土台が知りたいと思う。その人が何を大事にしてて、何の優先度が低いのか。言ってしまえば価値観か。
 意見の対立や食い違いなど問題では無い。そこから話を詰める段階でうざがられるのはいつも僕の方だ。解決も着地点探しも無くただ吐き出している、生産性の内容が違うと気づくまで結構かかった。今回はとりあえず吐き出してもらわないとどうにもこうにも。

「お前には不満がかなりある」
「そうですか」
「頼るのは盾職としてばかり、あの家では私は何もせずお客様だ。お前の生活の一部ですらない」
「ええ・・・っん」

 銀色の手が太ももを這いのぼる。なんだか雲行きが怪しい。

「今もそうだ。惜し気も無く背中も足も出しても誘っている気は無い。信用されているのか、気にも留められていないのか。
 こうして押し倒されても危機感が全くない。思っていることを聞かせろだ? お前がどの様に私の頭の中で犯されているか聞きたいなど、高度なプレイの要求か?
 お前は非道だ。お前の熱く心地よい腹の内を一度だけ教えて、それは無しだと取り上げた。これなら最初から何もしない方がずっと楽だっただろう。
 箍を外して求めてくるお前を思い出すたびに、慈愛の瞳を涙と欲に濁った物にしてやりたい、純粋なものを慈しんでぐちゃぐちゃにしてやりたいと思うのは当然だろう?

 私との核合わせで奥まで欲しがって、前も後ろも私の欲に塗れたお前が見たい。背中を押さえつけて、なけなしの理性で手加減した。私の精液を従順に受け止めて、項から血を流す姿に言い知れない満足を覚えた。噛んで流れた血を啜り、それは今まで口にした何より甘く香しく、熟れた果実が私を食べろと脳髄に命令している様だった。気絶したお前に核合わせをしなかった私は褒められるべきだ」

「アルフリートさんの自制心本当にすごいです・・・」

 重くて、熱い。押しつぶされそう。息が上がる。どろりと空気が淀む。
 自分が言い出した事だ、目を泳がすな、耐えろ僕。これは高度なプレイではなく、相互理解のための話し合いだ!
 恥ずかしいとか申し訳ないとか全部ごっちゃになってひたすらに熱い。感覚操作でできるだけ無視。

「アルフリートさんは、僕に何をして欲しくて、何がして欲しくないですか?」
「私の手の届かない所に行くな。異世界まで逃げられたら追ってもいけん」

「だから、お家預けましょうかって」
「入るか。あんなもの持ち歩く方がどうかしているぞ」
「苦心の作が酷い言われようだ」
「まあ住み心地は良いな。眠くなるのはあれは魔術か何かか?」
「いいえ、よく言われますけどそういった仕掛けはしてないです。くつろげるならよかった」

「お前は私にして欲しい事は無いのか?」
「ああいう道具はあんまり使わないでください・・・」
「柔らかい初心者用だったから痛くはなかっただろう?」
 確かに柔らかかったが、内容は決してソフトでは無かったぞ。なんだあれ、猫じゃらしをまともに見れなくなったらどうしてくれる。

「兎に角、ああいうのはダメです」
「ローションなど必要な物もか?」
「うっ、そういった物は逆にないと・・・あ、あと、やっぱり一方的にされるのは嫌です。キスも無くて、後ろからだと抱き着けないし・・・って何言ってるんだろう僕。にやにや笑わないでください!」
 考えた結果と決死の告白をそんな笑顔で返される。不満である。

 道具の使用への抵抗感はすごく低そうだと思っていたが、あれも僕の負担を軽くする為だった。
 ゴム的な物の有る無しを聞いたら有るには有るが使う先は玩具だそうだ。
 プロの人が客に玩具を使う際に使う事が多いとか。何故知っているのかは無論聞かない。

 水を出す要領でジェル的な物も出せるが、温感とか肌に優しいとかそういった配慮は無い物になる。あと水と同じで舐めたい味にはならない。
 話し合った結果、必要な物は使っていいことになった・・・必要かどうかの判断基準がアルフリートさんにお任せっては完全に言い包められた感がする。

 キスも無かったのは、僕があの状態になってしまうと我慢が利かなくなってしまうからという配慮からだったそうで。

「お前も慣れれば少しは制御できるようになるだろう」
「うー、あの衝動を分けてやりたい」
「お前はな・・・誘うのもいい加減にしろ」

 ぺしんと怪しげに太ももから腰に這い上がる手を払う。

「この流れでよく拒絶しようと思うな・・・」
「だって明るいし外ですし」

 この中途半端な体勢でずっといるのはきついから、腕をくぐりぼちゃんと左に転がって水に落ちる。
 すーいと水を掻いて一回潜る。よし、頭冷えた。

「向こうには戻る気は無いです。言った通りやりたい事がありますから。きっとこの世界が大事になったら戻る可能性もがくんと減ると思います。
 だから、できるだけ、無理の無い範囲でいいので僕の夢に協力してくれると嬉しいです。アルフリートさんがいなくてもきっとやりたいようにしかしないので。好き、付き合ってるってのと実利とか実務の協力は全くの別物ですから」
「お前がやりたいようにやるなど、食い物にされる姿しか思い浮かばん・・・・」

 胡坐をかいて頭を抱えている。心配だが頭痛の種はお前だとありありと視線が言っている。
 泉から出てもう一度お隣へ。濡れているから腕には抱き着かない。

「はぁ・・トトには何かあったらすぐ辞めると伝えてあるし、それでいいと許可ももらっている」
「え、そんなのダメですよ。神殿付きの騎士とか人気じゃないんですか?」
 収入も良さそうだし、社会的地位もありそう。街の人たちに囲まれる姿も知っている。最初見た時はふーんとしか思わなかったけど、今見せられたら僕はどうなってしまうのか予想もつかない。

「冒険者に戻ればいいだけだ。愛着はあるが、騎士の代わりなどいくらでもいる。お前は私がいると邪魔か? おい、何故泣く?!」
「へ?」

 滴った水では無くて涙だったらしい。
 ぼったぼったと落ちる涙。涙腺が壊れている。今までと違ったタイプの流れ方だなと冷静に観察する自分がいる。

「あはは・・・おかしいですね。悲しいのかな、嬉しいのかな・・・その気持ちだけでうれしいです。だから僕なんかの為に自分の積み上げてきた物を捨てないでください。そうされたら僕はきっと責任感に押しつぶされちゃうから」

 ようやく気付いた。誰よりも怯えていたのは僕だ。幾重にも張られた予防線で距離を取って、その数が不安の証明。どうせいなくなるのだとゲームの人間関係の中では言い訳しながら浸って眺めていた虚が、ここに来て力づくでぶち壊された。必要性が言い訳になって、掬い上げられた。そうか、恋ってこんな物なのか。

 一人でいる事と孤独である事は別物だ。安心できる場所があって一人でいるのと、安心できる所もなくて、この人たちがいなかったら強制的に一人っきりは全然違う。僕の可愛い狼さんはどうやら僕を好きなんだそうだ。何も無い僕に、好きってそれだけしかないじゃないか。たった逢って数日の、身元不明で隠し事ばかりの僕に。本当に馬鹿だ。

「その気持ちだけで救われました。この世界に来て良かった」

 この記憶があれば、向こうに帰る日が来ても、これを糧に生きていける気がする。

 そっと手が伸ばされたが、眼前にいつもの水球が現れその手は僕にたどり着かなかった。

「予告通り徴収だ。契約に基づき水の対価として涙の支払いを要求する」
「ラクリマ・・・分かっててやってるでしょう?」

 さっきとは違った涙が流れる。もったいないと言ってひんやりとした水球が僕の頬にぴとりとくっついて、涙を吸い取った。
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