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第2章 司のあわただしい二週間
第29話 れっつペアD
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朝から必要以上に上がった血圧にげんなりしながら身支度をし、ラクリマからの報告を聞く。どうやら先のアンデッド階層とやらは、そこまで敵も強く無く、相性的に僕一人でも行けそうだった。新発見の階層はそこも含めて3層ほどアンデッドや闇の眷属の巣らしく、これは経験値を稼げと言う神の思し召しだと解釈し、感謝した。
リビングに降りると、そこにはコロナがテーブル横のラグの上でくつろいでいた。対照的に傍らに座るソックスは窺うような頼りない目で僕を見ている。昨日のより精神状態はいいな。
「おはよう、ソックス、コロナ」
僕もラグの上にごろんとうつ伏せに寝転がり、組んだ腕の上に顎を乗せる。目線はなるべく低く。
「ソックス、まだ頑張れる? 僕はまだ続けたいって思ってるよ」
ソックスの瞳に迷いが映り、黒いこまかな髭が揺れる。
『頑張りたいって』
コロナだと今回の通訳としてちょっと頼りないな・・カモン、ラクリマ。
「まったく、狐よ、思いあがるな。お前が役に立ったか立たなかったかなど、お前が決める事ではない。」
「ちょ、ラクリマ、何言ってんの!?」
狐の鼻先に陣取る水球がとんでも無い事を言い出した。
がばりと上体を突いた肘で持ち上げ、発言を止めようとしたが、罵倒はすらすらとラクリマから流れる。
「お前の目的は何だ? ザカールに認めてもらう事だろう? その手段として私たちとダンジョンに赴き、私たちに認めてもらい、ザカールに口添えしてもらうことだろう? そこにお前の自身への評価など何の意味も無い。お前があの状況で動けたとしても、階層主に一撃で葬られるのが目に見えている。むしろ腰を抜かしていてくれたおかげでアルフリートが自由に動け、早く決着が着いた」
まあ多少待っていてはくれたが、ソロでも問題なかったな、あれは。僕も役に立っていない・・。は、ソックスと同レベルだった。
「ごめんなさい? 申し訳ない? 誰が謝罪を求めている。そんなもの虚言(そらごと)より無価値だ。空気相手に好きなだけ囀れ。お前がすべきは目の前に居る人間に認めてもらう為に何をすべきか考える事だ」
「まぁまぁラクリマ、その辺にしておいてよ」
ソックスの体が硬直してる。本当に昨日の今日で言っていい事じゃ無いと思うんだけど。
「ソックス、僕も昨日階層主、あの大きな兎相手に殆ど何もできなくて、アルフリートさんが一人で片付けちゃったような物なんだけど、ソックスは僕を役立たずって思う?」
首を傾げソックスに問う。ぶんぶんと横に振られる首。よかった、ここでうんって言われたら役立たず仲間路線で行くしかなかった。
「それと一緒だよ。ソックスが居てくれたおかげで人間だけだとまともに狩れない雪穴兎が12匹も狩れた。あそこの階層主は未発見で、君が居なくちゃ絶対に出現条件が達成されなかった。
しかもラクリマが兎が出てきた割れ目から次の階層に繋がる新しい転移陣を発見してくれて、陣の先は新発見の階層だ。大きな兎とのたった一戦活躍できなくても、それまでに立てた手柄が無くなる訳じゃない。大手柄だよ。
階層主討伐と新階層の発見で特別報酬がとっても美味しかった。最後に報酬をソックスにももちろん分配するから、ザーカさんに自分が稼いだって自慢するといい。ありがとう、ソックス」
そりゃ、途中も良くて最後も良いなら完璧だけど、最後が悪くても今までの成果が無くなる訳じゃない。せっかく縁あってこうして一緒に居るんだ、傷の舐め合いだがこうやって都度成果を認め合って何が悪い。
あと、僕の計画の成功と自己満足の為でもある。
報酬と聞いてソックスの目に光が灯る。おお、お金が分かるのか、創造神(べネル)様以上だぞ。知能と理解力やっぱり高いなー。
「現金な狐だ」
失笑しているつもりだろうが喜色は隠せていない。飴と鞭作戦にまんまと乗ってしまった。ま、いっか、嘘は全く言ってない。見方を変えただけ。
にしてもこのネガティブコントロールの上手さには舌を巻く。長年僕と一緒にいるだけある・・。
少しは浮上したみたい。でも自発的行動が期待できない風に見受けられたので、今日は無理はさせないでおこう。
「で、今日はごめんだけど僕とアルフリートさんで新発見のアンデッド階層に先に行ってこようと思う。ソックスとコロナのお仕事は、ずばり食料集め! ラクリマ、監督お願いするね」
「わかった、無理はさせないからお前も無茶はするな。あの階層なら普通にしていれば心配はいらんか」
ソックスは複雑そうな顔をしている。きっちり感情を読む事が出来ないんだよな。
「ソックスには影移動を教えたいんだけど、僕はランクアップしないとそれが使えない。だから先にレベル上げをしてそれを覚えてくる。数日だけ待っていて欲しいんだ。これは僕からのお願い」
つんつんと鼻をつつく。思ったより弾力があった。真っ黒で分かりにくいけれど鼻筋も通っててかっこいい顔立ちだと思う。アンデッド階層の様子次第で連れて行くのも悪くは無いが、僕たちが先行したほうがいいだろう。
あと、もっと深い所にも探索済みのアンデッド出現階層はあるけど、探索済みの所に行っても追加報酬が出ないから、さっさとマッピングと情報集めして報酬が欲しいという懐事情もある。この探索を黒字で終えたいのです・・・借金をさっさと返したいのです・・・。
「ソックスは採集は得意でしょ? ドラゴンが見向きもしないだろう食べ物を教えてあげてほしいな」
『おいしかったらたべるもん』
なんかちょっと拗ねてるな。まだ子供なんだから色々食べてほしい。
「コロナはうっかり変な食べ物をソックスにあげないようにね? それと負担にならない範囲で光とか聖の魔術見せてあげて。きらきらが好きならきっと大丈夫」
『うん』
果てしなく不安だがラクリマついてれば大丈夫、なはず。
「さて、朝ごはんにしようか。と、その前に」
ちゅっと軽く口づける。
「今日も一日よろしくね。夜には帰ってくるから。何かあったらラクリマにすぐ言うんだよ」
コロナは立ち上がってべろりんと口と鼻を舐めてきた。二日目にして既に慣れ切っている。立ち上がり壁面の扉の先にあるペット用ブースからペットフードを取り出し、二匹分皿に盛る。皿のサイズも盛り方も全く違う。コロナがそれあんまりおいしくないいんだよねとぼやく。
四足歩行しか共通点の無い二匹。仲良くして欲しいという思いは誰にも言わない身勝手な罪滅ぼしでもある。
▽
打ち合わせと加護の付与を行った後、全員家から出てもらい、家を収納。コロナ達を見送る。心配すれば切りが無いから、僕は自分のやれる事をする。
アルフリートさんには霊鳥と浮遊を付与した。《逃避の加護》は、回避成功率が上がり、気配が薄くなって敵意(ヘイト)が向く可能性が下がる。タンクにとってはマイナスの効果なので付与できない。
あと魅了や恐慌、狂化等の状態異常全般への耐性が上がり、思考力と平常心を保ち易くなる《無報の加護》もあるが、これがあると興奮や熱狂もしづらくなる。
説明して納得の上で野良の火力職の人に付与したら、解散後娼館に行ったのに勃たなかった責任取れ金返せと後日言われ、それ以来身内以外の誰にも付けていない。祝福との呪いはいつも裏表。
二人で13階に移動する。雪原には昨日には無かった足跡が多数刻まれていた。絶壁を降り、扉を開け黒い転移陣に乗ると転移魔術が発動し、影に飲まれるように僕たちは次の階層に転送された。
転移先は薄汚れ、所々板の剥げた教会だった。歩くたびにきしきしと音が鳴り今にも床が抜けそう。襲撃を受けたかのように割れていない窓は無く、重厚感のある両開きの扉は埃にまみれ床に倒れている。
その先は精神を不安定にし、緊張を強いられる薄暗さに満ちた墓地だった。転移陣は消え、帰り道は無い。ラクリマから次の階層に繋がる場所は聞いているし、この階層の一個下に新しく4階に戻れる転移陣が設置された事も告知されているから帰り道は心配いらない。
通常であれば予算の都合か人員の都合か、十分探索が終了した階層に数階~10数階おきにしか設置されない転移陣は、今使わずにいつ使うと言わんばかりに探索がある程度進めば即座に結界と共に配備されている。ギルドの観測・設置班は新階層が見つかれば即時動いているみたいだった。
それでも階層間を自由に移動できる訳ではなく、一度4階の転移港(僕にはこう翻訳されて聞こえた)に戻り、そこからまたそれぞれの階層に移動する形になっている。どうやら安全性の問題らしい。
本来ならあの見た目以上にガチな神官風の装備で来たかった。仕方なしの白衣は付与にサイズの自動調整と温度調整・微(耐暑・耐寒)、僅かな疲労軽減を選んだ為防御力はお粗末。
なんでサイズ調整は容量あんなに必要なんだろう・・いや、分かるけど。
アルフリートさんの後に続いて、膝くらいの高さしかない不規則に並んだ墓石の合間を縫うように歩く。ラップ音が走り金切り声がこだまする。青白い人魂がそこかしこ彷徨っているが、多少の瘴気をまき散らすだけで、耐性があれば害は無い。
敵襲は単発で、遠距離からスケルトンソルジャーの弓矢が届く前にフォトンレーザーを浴びせる。ごそりと土のなかからゾンビが這い出るが、アルフリートさんの蹴り一発で粉砕され、それでも粘る敵は僕がホーリーを巻き付かせ終了というなんとも歯ごたえのない戦闘が続く。
「団体様はどこでしょうか・・・。打ち合わせで言った通り経験値効率重視で行きます。基本遠距離から、悪霊・即・浄化でひたすら経験値(えさ)になってもらいます。アルフリートさんもじゃんじゃんやっちゃってください。好き勝手動いてもらって、それに僕が合わせられるか試してみるのも面白いですね!」
できるだけ効率良くやりたいので、狩猟ポイントは探索が終わっていない洞窟に話し合って決めている。鳥の機動力を活かしにくい場所ではあるが、敵(えさ)が多い事が期待でき、今回はアルフリートさんが盾になってくれるから、不意打ちに気を付ければ僕は攻撃に参加できる。
階層的には余裕がある分色々試したい。実力、連携、知りたい事がいっぱいある。
「僕がソロだとどれくらいやれるかとか見てもらった方がいいのかな・・・でもそれだと機動力活かして鳥が飛び回るだけだしなー。そうだ、こうしましょう」
ぽんっとペリウィンクルの様な紫色の鳥に変身し、肩に飛び乗る。鎧がかしゃかしゃして掴まりにくい・・。気合とかチャクラとか僕には理解できませんでした。
「フィット感が足りません」
「贅沢言うな。また小脇に抱えてやろうか?」
「それもいいですね。人としてアレなのはこの際いいでしょう」
半分おふざけの移動砲台ごっこスタイル。魔術攻撃なら鳥形態の方が断然有利。的も小さいし!
「ここらへん居ても旨味がないのでさっさと目的地に移動しちゃいましょう。敵を見つけたら僕が攻撃して処理するかヘイト稼ぎます。で、洞窟まで付いてきた敵はまとめて処理しましょう。どんな数が多くても洞窟の中に入っちゃえば敵の攻撃は制限されますし、洞窟内に敵が居ても二人いれば背中は庇えます」
「まぁこの階層であれば問題ないだろう」
ひょいと肩から降ろされ、脇に抱えられる。
「うん、安定感と安心感」
ラグビーボールではありません。サイズ感的にそうであっても。この前との違いはアルフリートさんが人っぽい姿なのと、鎧が黒いって事か。
「では、行くぞ」
魔力を身体強化に充てて走り出す。無用な敵を蹴り飛ばし、踏み壊し、狼人は亡者の住まう洞窟を目指す。景色がいつもの倍速で流れる。地を蹴る足の一歩一歩が意図を持って、それを読み解ける相性の良さが心地よい。が。
「ちょっと、僕の仕事なくなります!」
ひたすら直進してくれればいいのに!
「森へ入るぞ。そこからは任せた」
「! はい、やっちゃいますね」
森は昼間にも関わらず足元が暗い。びちゃり、湿った土と苔むした木々に囲まれ、霧が薄く煙る。
見通しは最悪。迷ったとしてもマッピングは継続中、現在地はすぐに分かる。
魔力感知を周囲に張り巡らせるが、罠は今の所見つかっていない。落とし穴の様な物理罠の探知は得意じゃないので、それはアルフリートさんが引っかかったら考えよう。
罠は無くとも魔獣は見つかる。後方から狼3。様子見っぽいな。
「狼追って来てますけど襲ってくる感じじゃないですね」
「速度を緩めて狩るか?」
「いいえ、面倒なので先行きましょう」
狼は追跡を諦めた。やっかいだな。
「お望みの団体だぞ」
「おお、前衛にスケルトンソルジャー3、直進した場合の側面上方に弓兵配置とは手堅い。マジシャンもソルジャーの援護に後方か。中央突破してください。あとは僕がやります」
「分かった」
木の上に潜むスケルトンアーチャーは左右に分散し計4。動かないなら格好の的だ。先手必勝でフォトンレーザーを乱れ撃ち。木々に阻まれているので全部は当たらない。
「そおい! くらえ、爆裂花火!」
次は距離が縮まっているので、火力はそこそこの光と聖の複合魔術。フラッシュが弾け、聖属性の拡散型範囲攻撃。白くて綺麗な花が暗がりで咲く。イベントとかで使うと盛り上がる、見た目の良い魔術。
一応聖属性だから! ちゃんとアンデッドには有効打だから!
速度を上げ先頭の盾持ちに飛び蹴りし、後方に吹き飛ぶ骸骨を踏みしだく。振り向きざま右の頭蓋を鷲掴み、もう一体の剣持に投げ飛ばす。二体まとめてレーザー乱射。
前方マジシャンより炎の矢が飛来するが、視界が遮られアルフリートさんが盾ごと体当たり。地面と重石のある金属に挟まれ、がしゃんと乾いた砕ける音。
弓兵は1残ったかな。残敵は無視し先へ進もう。
そんな風に走る事数分。・・・どうしてこうなったかなー? 僕たちは無数の共生烏、ゾンビウルフとスケルトン兵、最後方からトレントに追いかけられている。これは洞窟直進したら面倒な事になるぞ。
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