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第2章 司のあわただしい二週間
第27話 トラップは続くよどこまでも
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地震で発生した割れ目から飛び出してきた魔獣はおそらく階層主だろうか。階層主やコア守護獣は大抵通常とは違った特徴がある。今回の場合は巨体と額の宝石。このタイプは魔力を豊富に持つ固体が多い傾向に有る。雪穴兎は魔力による身体強化を使用していたので、この兎も当然使うと判断すべきだ。
しかし、なんで出てくるかなぁ! こんなの予定外だ。
細身の剣が銀の闘気を帯びて兎の背に投擲される。兎はそれに気づき横に飛び上がって回避。着地点にはアルフリートさんが先回りして盾を左手で構えている。
兎は勢い足を突き出し、しかしその攻撃は盾によって弾かれ、直線的な動きと勢いを利用されてしまい、先程と同じ剣が肩口に突き立てら貫通し、血が雪に散る。うわ、返し付いてるよあの剣。背後からの追撃を回避するため、前方に転がりながら体勢を立て直す。アルフリートさんを睨み牙をむき兎とは思えない咆哮。夢見る乙女なら兎がトラウマになりそうな形相。
コロナはソックスを背後に庇い護衛に回っている。穴倉の中でラクリマが魔術を使うと雪穴兎がどんな反応するか分からなかったから、本当に危なくなるまで何もしないでとお願いしていたが、今は戦況によっては手を借りることも考える。
上空から戦闘を観察する。闘気を盾と自分に纏わせ、一撃離脱を繰り返す兎を正面から受けずにいなすし、隙があれば反撃する。無理に追撃をせず防御中心の立ち回りはタンクとして安定している。雪原を飛び回る兎に対し、アルフリートさんは軸をずらす程度の動きしかしていない。
膂力もウエイトもアルフリートさんが上みたいだ。インファイトに切り替えた兎の蹴りを余裕を持って弾き、また新しいスティレットが兎に突き刺さる。
一応プロテクトだけ継続して付与。まったくと言って良いほどPTで立ち回るときの話し合いをしていないからどこまでやっていいのかわかんない。
その状況を見てラクリマは大丈夫だろうと静観している。その気になれば水攻めに雪に生き埋めしてに凍結が使えるから戦力的には問題ない。そう戦力的には。ソックスは戦意喪失し地面に伏せている。コロナはヘイトが安定したと判断したのかソックスを背負い退避。
『もう始末してもいいか?』
『はい、お願いします』
仕方ない、諦めよう。ダメージは一方的に蓄積されている。兎は不利を悟り後ろに飛びずさる。逃げる気か、そうはさせん。逃走方向にレーザーを射出。アルフリートさんが攻撃範囲に捕まえれば勝負は決まる。
そう思っていたが兎が着地で体勢を崩す。ごろごろとのたうち回り、雪原には不規則な血の模様が追加された。腹ばいで苦悶の声を上げる兎にゆっくり近づくアルフリートさん。スリーパーホールドから首の骨を折り、戦闘は終了した。
戦闘後、ラクリマは崖の下が気になると言って探索に行った。まず死なない精霊は斥候として有能だが、異空間への移動はやはり出入口が制限されている為万能ではない。
『司、転移陣だ』
『え、もしかして割れ目の中?』
『そうだ、降りて来い』
するりと隙間目掛けて降下。途中でラクリマと合流し、更に深く降りると岩壁に不自然に埋まる扉のがあった。
『この先に空間と転移陣があった。私が先に行って探索するとしよう』
そう言ってラクリマは消えた。扉は念動力で押したら簡単に開いた。
『司、この下に何かあるのか?』
『あ、アルフリートさん。ラクリマが転移陣見つけてくれました』
空間は床の中央に黒く転移陣が描かれ、少しおどろおどろしい影が湧き出ている。
『アンデッド階層のようだ』
『そっち行っても大丈夫そう?』
『だめだな。どうやら転移陣は一方通行だ』
念話で話したことはアルフリートさんたちには聞こえていないので、すぐ戻ると伝える。
特殊な条件の達成で新しいルートや階層が見つかるのは稀にあるけど、今日はまったくありがたくなかった。
▽
13階層のギルドの設置した転移陣から4階に移動し、ギルドに報告に行く。階層主の討伐と新しい転移陣の発見で特別報酬がもらえた。
階層主をギルドに渡すと報酬が上乗せされるそうで、特に欲しがる人も居なかったのでそのまま売り渡した。
帰り道、最初にここに来た時と同じようにソックスはコロナの隣を歩いている。でも空気が全然違う。ソックスは悄然と項垂れ今にも泣きだしそうに見える。
コロナとの距離がまた近くなったのは計画通りだけど、こんな風に寄る辺を求める様に、悲しくて仕方ないって顔をさせる気はなかった。結果オーライなんてとても思えない。
あの階層主さえ出てこなければ、きっと楽しい気持ちで、すこしだけ縮んだ距離に笑って明日はどうしようって思えた筈だったのに。途中まで上手くいっても最後でひっくり返される。情報を集め、計画して、実行して。誰も悪くない。ただ運が悪かった。
運一つで変わっていく関係性と見えない未来が苦しい。思考の海は泥のよう、見えない物に振り回される僕は滑稽だろうか。
▽
普段はこんな事しないけど今日は特別。玄関の上がり框に座ってソックスを持ち上げ、やや不安定だが膝の上に乗せる。
右前足、左前脚。後ろ足と一本ずつ濡れたタオルで拭き上げる。驚いているのか無気力状態なのか抵抗は無い。綺麗な部分でぱっぱと体も軽く拭う。
沓脱石が土汚れを落とす魔道具で踏んで上がれば大体綺麗になるし、玄関照明は浄化用魔道具だからこんなことする必要性は薄いが、色々言うよりこっちがいいと思った。
ソックスを廊下に下ろしたらコロナがお手のポーズで待っていた。ソックスのフォローよろしくね。
▽
・・・・やる気が起きない。兎の解体はしたし、ソックスとコロナ用に焼いて部屋に置いてきたし、料理のストックも作った。
ザーカさんに思念通話飛ばしたら既にアルフリートさんから話が行ってて、あいつの好きなようにやらせてくれと言われ拍子抜けした。
風呂に入って歯を磨いて髪も洗ってさあ後は眠るだけ・・なんだけどうじうじと考えてしまう。
大きなベッドの上で手帳を広げ、今迄の事を順に書き連ねる。まだ数日なのにこの密度。目が回りそう。全然追いつかない。
この世界の人は日本語なんて読めないし、見られても読まれない安心感。
人に言えない事を文字にして吐き出すと、少し形が見えた気になって落ち着ける。
ぼたり、冷たくてぬるい音が飛んで来る。アルフリートさんからの呼び出しだ。
僕の脳みそは都合の悪い事をすっかり頭の隅に追いやっていたらしい。
▽
「今日は付き合ってくれてありがとうございました」
「それは何に対してだ?」
「・・・それはまあ全部という事にしてください」
ナッツとチョコ、チーズの盛り合わせをソファの無い辺からサーブし、素面じゃやってられんと50度のシングルモルトもリビングのローテーブルに出す。ロックグラスに琥珀色の液体が満ちる。
水割りとかじゃなくてロックなのはそういう気分だからとしか言えない。
「素面だときついので付き合ってください。他に飲みたい物があれば言ってください。氷と水はあるのはご自由に」
グラスをつまむように持ち上げ、斜め向かいのソファに深く身を沈める。火の着く酒が食道を焼き、立ち上る香はピートが利いていて煙く、ついついチーズに手が伸びる。
アルフリートさんはそっちの方が楽なのかいつもみたいな狼に近い姿だった。僕もそっちがいい。
本当は思い出したくないが、またああなってしまうのはもうごめんだ。
沈黙が気まずくて自分から口火を切った。
「あの時僕がああなった理由をアルフリートさんはご存知なんですよね?」
「ああ、もしやと思っていたが本当になるとはな」
あの時の僕は正気では無かった。理性が戻って来て冷静になれたと思っていたその時ですら思考力は壊滅状態で、テレポートは僕は接触範囲指定型だから使えないとして、鳥にでもなってれば続行は無かっただろうとか今になって思う。
道具もスタングレネードだと自分も巻き添えだ馬鹿野郎。
「僕はああなってしまったの、初めてだったんです。もう何がなにやらさっぱり分かりません」
カララ、手で遊ぶ薄いグラスと氷の戯れ。手慰み。時間によって照度と点くライトの種類が変わる設定にしてあるから、今は壁面のコーブ照明の柔らかい光が部屋を優しく包んでいる。
「そちらの世界では無かったのだな」
「ありませんでしたよ!」
あったらどんなエロゲだ。R18待った無しになるよ。
「あれは蘇生に慣れないヒーラーがよくなる症状で、一種の通過儀礼だ」
「あれが・・・通過儀礼ですと・・・」
「死者の出ないPTのヒーラーほどいざという時ああなって壊滅するのはお約束だな」
本当にこの世界のヒーラーは体張ってました。従魔だってコロナやソックスみたいな可愛い子たちばっかりじゃないし、キスは日常、戦闘が終わって体の熱を持て余してそのままなだれ込みとか性モラルもゆるくなりますよ。
「神殿の蘇生もそうなんですか?」
「いいや、ダンジョンでの即時蘇生だけだ」
よかった。神殿も実は裏でやりまくってますとかだったらレイムさんの顔をまともに見れなくなりそう。
「みんな僕みたいになっちゃっうんですか?」
「人による。襲い掛かってくる者もいればいきなり裸になる者まで様々だ」
「僕のアレはマシな方だと?」
「かなりな」
脱力状態、なされるがままがかなりマシな方だとは。確かに襲い掛かるより迷惑はかけてない。
「あれって状態異常回復で治らなかったんですけど、治す方法ありますか?」
「あれは魂が一時的に活性化し、それに肉体が引きずられた正常な状態と考えられている。死ぬか、どんなにひどくても誰かと交われば治まる」
「・・・・慣れればああならなくて済むんですよね?」
「そう言われているな。個人差が大きいとも聞く」
「誰かを殺しまくって蘇生だけすれば・・!!」
「で、その殺しまくる誰かの前であの脱力状態を晒すと」
「お金払ったとしても恨みでこっちが殺されるのが目に見えてますね。対人戦はお粗末なので」
「それもあるが、私は止まったがその相手が餌を目の前に止まるとは思わない方がいいぞ」
「うーわーー! 聞きたくない!」
餌って何だ! ゲテモノ食いにも程がある! いや、ゲテモノだからこそアルフリートさんは思いとどまったのだろう。このうすっぺらい体にも利点はあったのだ。
「いやー・・ほんと思いとどまってくれてありがとうございます」
「無理強いは趣味ではない」
「にしては自分で裾上げろとか結構言われた気がするんですけど」
「ああでもしないとお前は逃げるとあの時は思ったからな」
「逃げる?」
「そうだ。嫌なことからは逃げるなら、これは自分で進んでやっていると思わせればいいと思った」
「・・・・・」
人間の心理としてそれは正しい気がしますが、あの時僕がどんなに恥ずかしかったかぶちまけてやりたい。だが、それは恥の上塗りだよなぁ。アルフリートさんは善意なんだろうし。
いつの間にかお互い杯が重なり、ボトルは半分、折り返し地点。もう半分しか残ってないのか。
「その、僕は獣姦が好きな訳ではないので、ああいったのは嫌です」
「私は獣姦偏執者では無いが、お前はそうではなかったのか? お前は本当に訳が分からない。獣態ならいいと言った口で嫌だと言う。抱き上げられても抵抗しないのに、必要以上に近寄ってはない。受け入れる振りをしていつでも離れる準備をしている」
撓んだ空気が淀む。僕の習い性を見透かされている。
「いっそ抱けば離れて行かないのか? どうやったら逃げなくなる? お前はどうしたい?」
にじり寄られ、掌が太ももに乗せられる。兎との戦闘時よりもよっぽど鋭い光が僕を観察している。自分の気持ちが自分でもよく分からないから、分析して、計算して、いつも通りのルートを欲しがる。迷惑をかけちゃだめだって、嫌われないようにしないとって。
「そんな僕逃げてますか?」
「そうだな、初日から脱走し、いつでも出ていく覚悟があると来た。それもトトの立場を慮ってだ。迷惑では無いと言っても勝手に迷惑をかけていると判断し、寂しそうな目で周りを見る。なのに何も言わない。価値観がまるで違う。いついなくなってもおかしくない」
「出来るだけ、逃げないようにします。キスだって、ほら、慣れるって宣言しましたし」
僕だってこの世界で生きていきたい。その思いは本当。
「では明日は、お前からしてくれるのだろう?」
「うっ、協力してくださいね・・・」
少しずつ、少しずつしか変わっていけない。それでもいいと思ってくれいるうちは一緒にいたいと思えた。
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