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第2章 司のあわただしい二週間
第23話 ささやかな抵抗
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ふわふわと浮遊移動でアルフリートさんに付いていく。ダンジョン都市ガルシュは冒険者と商人で賑わいを見せている。ソックスはコロナに寄り添うようにおずおずと歩いている。黒狐と白柴。人間組は白衣と黒鎧と図らずもモノトーンコンビ。地下都市ではあるが表通りは明るさも十分ある。立ち並ぶ家は木造の質素な造りの物が多い。半年ごとに改変で建物が吸収される事もあるのでお金を掛ける事はしないのがこの街の方針だそう。
立ち並ぶ商店は冒険者にとって必要な物を扱っている店がほとんどだった。そして、そこらでキスシーンが目撃された。同性異性関係無し。ビジネスライクなのから余所でやれと言いたくなるものまで。ちらりとみえたベランダでうずくまる人影は間違いなくやってた。
第四階層以降にも世界銀行運営のダンジョン都市がある。そこは階層が深い分危険度も高いので、街というよりも開発拠点の趣が強く、生活基盤は上層の都市の方が整っているそうだ。
一部ダンジョンに力を入れていない国の地下では世界銀行の都市の方が発展していたりする。運営委託もあるみたいで国ごとに特色が有る。唯一装飾らしき物といえば、都市中央の時計を持つ迷宮神の像くらいかな。まあなんにせよ転移門でそこらかしこ繋がれているので移動自体に不便は無い、筈でした。
「まったく、その亜空間に何をいれているんだ」
「ちょっとした物とかいろいろ。家くらいです・・・」
僕とコロナの移動費用が高すぎたのだ。アルフリートさんはもう尻尾も耳も出している。是非触らせていただきたい。不機嫌に揺れていなければだが。ダンジョン内での移動費用はこの依頼を受けていれば格安なのがせめてもの済い。
転移設備使用料が安ければ、宿泊場所は地上都市に移動して確保した方が安上がりで安全。ただでさえダンジョン内は総じて物価が高いのに特需もあってここの物価は跳ね上がっている。
もちろんダンジョン内キャンプは自己責任の上基本的には自由だ。しかし今回はソックスもいるし、僕は初めてなのでゆっくり休める場所がいいだろうという考えだったらしい。
ソックスの移動費用はザーカさんの口座から自動的に引き落とされるらしく、従魔がこの世界では一定の地位が有る事が分かる。ザーカさんは色々渡そうとしてきたが、ソックスが無事覚えたらの成功報酬でいいですと断ってきた。
成功報酬に名前は黙っておいてくださいとお願いするつもり。調書とかにも書かれているかもしれないし。ソックスの基本的な事は聞いてきたけど、本狐からも聞いておきたい。
なので、まずは拠点となる宿泊施設探し。人が一杯、満員御礼。検索だとまともにヒットしないので足で探すことに。しかしもう何件も断られ続けている。思いきってもう別のダンジョン内の別都市に飛ぶべきか。少しはマシだろうし。しかしトトさんがフェルガでこの依頼と指定していたからどうしよう。
「アルフリートさん、もう野宿で良くないですか? キャンピング装備なら一式入ってますから」
誘われたら即ダンジョンに行けるようにダンジョン用準備だけはばっちりだ。快適な宿泊を保証しよう。
「少し広めの場所さえあれば結界も張れるので問題ないです。6人余裕で泊まれる広さがあるので僕たちなら十分だと思いますよ。多少目立つかもしれないですけど堂々としてたら大丈夫ですよ。きっと」
探し回るのには疲れた。拠点さえしっかりしてればいいなら僕の設備で十分だ。
「随分と大きいな」
「はい。亜空間の収納効率下がりまくるのに目を瞑って、空間拡張で内部を広くしてます。キッチンも風呂も完備です。ゲストルームは一人用なのでプライバシーも安全。快適なグランピングスタイルダンジョン探索をお届け」
僕の所有物で制作費が嵩んだ物は数あれど、間違いなく五本の指に入る。もともと亜空間関係の魔道具はおいそれと手が出せる物ではない。収納魔道具の中に更に亜空間機能の付いた魔道具をマトリョーシカはすればするほどエネルギー効率も空間効率も下がる。僕が首に下げている収納魔道具一式は、一般人だと消費魔力で言えば呪いの品レベルだ。
「お前がいいならそれでいいが、場所に希望はあるか?」
「んーこの辺りで良い所があれば」
タグの地図情報を見せながら話を進める。地図には魔獣の出現情報も併せて記載されている。
そこがダメなら移動すれば良いだけだ。安全第一。広さが適度に在りつつも転移門には少し距離があり、しかしマッピングと討伐は済んでいて、余り人が来ない所であればいい。今回の探索はアルフリートさんの方針に従う事にしている。相談しながら決めよう。
▽
一応の拠点は第五階層の階段から少し移動した崖近くの平地に決めた。別に設備を持って移動できるのでもっと良い所が有ればそっちに行けばいい話だが、万が一という事もある。
背面は崖、上空から索敵するが危険な魔獣は見当たらない。ゴブリン程度なら結界で十分防げる。近くに川もあってお昼はバーベキューでいいかな。
「これは思っていたよりも非常識だな」
「ありがとうございます。中はもっと非常識ですよ」
一般的な一軒家より小さな二階建てログハウス。窓も左側面に一個ずつあるだけで見栄えはしない。しかしダンジョン探索で持ち歩く様な物ではない。これはテントの一種であり、建築物では無いと言い張っておこう。固定資産税がこの世界にあるかは知らないが。
中央の木の片開き戸を開ける。玄関は広めに取ってあり、このテントは土足厳禁なので靴を脱いでお上がりください。
正面には二階への曲がり階段と浴室とトイレがある。左手には対面式の簡単なキッチンと一体のリビング。Lの形に配置してあるネイビーの低いソファーと毛足の長めのラグ、食卓兼用の白いローテーブル。床は実用重視でアイボリーのタイルマット。床と同系色の壁紙。カーテンは白のレースと遮光ロールスクリーン。
猫は居ないが壁にはキャットウォーク。左手奥壁際にある収納は階段状にしていて、そこから登れる。玄関から見て右手の両開きの扉の先にはちょっとした遊戯室。バーカウンター付き。千波の要望で簡易ステージも有る。みんなでワイワイやれるゲームが好きな僕の好みが反映されたゲームが設置してある。コミュニケーションツールとして遊戯室は有用だよ? ただ話すための話が苦手だからこういう場所が欲しかった。
二階は寝室が七部屋。内側からカギがかかるし、防音もしっかりしている。お風呂場はそこまで広くないけど、熊でも足を伸ばせる広さがあるから十分だと思っている。アルフリートさんは室内を案内するうちに、最初は驚きで目を見開いていたが、後に行くにつれ何と言っていいか分からない微妙な顔つきになっていった。
「なんの為にダンジョンに来ているか分からなくなりそうだ」
「ダンジョン探索で疲れるからこそ、安心して休みたいでしょ? 二階が寝室です。空き部屋から好きな部屋選んでください。アルフリートさんからするとちょっと狭いかもしれません」
順に部屋を案内する。部屋に外鍵は無い。人ん家に誰かに見られて困る物は置くなという僕の言外の主張。
「この部屋なら大丈夫そうだな」
部屋はベッドとサイドチェスト、物書き用の机があるだけの簡単なものだ。
一応一部屋だけは二段ベッド二つ入れてあるけど、その部屋はたまにコロナが使っている。ソックスの状態によって部屋を決めよう。
選んだ部屋は角のベッドが三番目に大きい部屋。一番大きいのは僕で、二番目が千波。あのビッチは僕の家では乱交禁止は守ってくれてるけど、誰かを誘うのはやめてくれない。
一応断ってくるし、ヤるのは自分の部屋だけだし、片付けもきちんとする節度あるオープンビッチだから妥協している。完全にノーにすると攻略途中で糸の切れた凧みたいにどっか行ったまま戻ってこなくなる。
扉にでかでかとトマトのような真っ赤な顔料で書いてある夜這い歓迎の文字とキスマークは見ないフリ。平面だから・・これでマトモになった方だから・・・アルフリートさんは文字は読めないようで心底安心した。聞かれたが知らない方がいい事も有ると濁した。
アルフリートさんの部屋の扉に掛けるフックとドアプレートと紐を段ボールの中から選んでもらう。僕の部屋の扉には硝子の球に白い鳥の形の札が青いリボンでつるされている。家主なので名前は書いていない。アルフリートさんはつや消し加工の銀色のフックと楕円のプレート、飾緒にも使える黒い細紐を選んでいた。
紐を結んで目印を書いてもらっている間に先程の小さなフックをくるくる回し、ドアのネジ穴に固定する。ゲストルームのうち、主のいる二つの部屋。
トムは熊な! と千波と二人してふざけて決めた黄色の熊の人形が付いたドアプレートは、部屋の主がこちらに来なければ片付ける踏ん切りがつくだろう。
引退、フェードアウト、ヴァーチャルで体温ともふもふは感じてもいつもどこか遠くて、それが安心にもなっていた。長くプレイしていれば挨拶さえないお別れなんて珍しくも無い。環境、ライフステージ、みんな変わっていってしまう。
アトリエとクランハウスとダンジョンをぐるぐる。一人の安心が欲しいときはアトリエかログアウト。人の鱗や毛皮でもふりたい時はクランハウス。誰かと一緒にダンジョンを探索したり遊戯室で遊びたい時はこの家。千波にクランに誘ってもらえたから得られた環境。
新しい部屋の主は果たしてどれくらい一緒にいてくれるだろうかと、フックにプレートを掛ける後ろ姿を見ながら思った。
▽
リビングの扉を開けるとコロナがへそ天でソファに寝転んでいた。野性なんてどこ吹く風。
ソックスはそんなコロナにどう接すればいいか分からないようで、横に座って眺めている。
ようやくこちらに気づいたのかびくっと顔を上げてソファから降りた。
「ああ、座ってていいよ。コロナみたいに楽にして。犬用扉が有るところは好きに出入りしていいから」
借りてきた狐は不安がいっぱいだろう。僕だってそうなるだろうし。
「今日はソックスに慣れてもらいたいから、戦闘は必要でないならしないで探索のみで行きたいんですけど、それで大丈夫ですか? アルフリートさん」
「ああ、こうも緊張していたら満足に動けないだろうしな。焦る事もあるまい」
「ここらへんの探索をして、お昼は川辺でバーベキューでいいですか? ソックスの歓迎会です」
「わかった、食料は私も持ってきている。必要であれば言ってくれ」
「ありがとうございます。とりあえず肉は有るので、魚は良ければ川で獲ろうかなと。コロナー、コロナはそれでいい?」
『いいよ! お肉はぼくももってるから!』
「うん、食べたいのがあれば言ってね。ソックスの通訳もお願いするよ」
奥の棚から本の形の魔道具を取り出し手を付いてもらうと、手形が浮かび上がる。これで魔力パターンが測定・登録される。これで出入りできるようになった。人はドアノブに触れば感知され、犬用扉は扉の前の板に仕掛けがしてある。
一人一枚。十分に余りまくっているページが交友関係の少なさを物語る。
「さて、これから探索だが、その前にする事があるだろう?」
思わせぶりに言わないで下さい・・・覚悟は、決まってません! 必要に迫られ仕方ない事だと分かっています、慣れる必要性も承知している。ただ心の準備が。
ぎぎぎとアルフリートさんを見ると、ゆっくりとこちらに歩み寄っている。
「今日は戦闘は極力しない方針なので明日からじゃだめですか?」
「何が有るか分からないのがダンジョンで、ソックスを連れて来たのはお前だ。それくらい分かっているだろう」
「コロナ! ソックス! 僕とキスしようか! は! アルフリートさん、先にコロナとキスしませんか?! そしたら間接的にしたことになりますよ!」
「・・・往生際が本当に悪いな。これからいくらでもするんだ、慣れろ」
壁ドンです、右は本棚、左肩にはアルフリートさんの右手。壁ドンじゃなかった、壁際ドンだ。逃げ場が無い。逆光の中、前髪の隙間から覗く黄色はいつもと同じはずなのに、少しは見慣れた狼人姿ではないだけで別人みたいだ。毛皮による緊張緩和を要求したい。
無意識に唇をぎゅっと噛んでいて、それを了承と取ったらしい。顎を掬い上げられ耐えられずに目を瞑り、両手で自分を守るように身を堅くする。
ふっと触れるか触れないかの感触が唇の上を通り過ぎていった。あれ、終わった?
「そんなに怯えるな。ソックスより酷いぞ。悪い事をしている気分になる」
苦々しい顔とさっと離れていく距離に多少の罪悪感。
冒険者としての活動歴があるアルフリートさんにとっては何百回とこなしたただの作業だろうし、こんな初歩の作業で躓いている様では今後が心配になるだろう。うん、慣れてない僕が悪いな。
「・・・さっさと慣れるように頑張ります、ソックスー、コロナーおいでー」
ずるりとしゃがみこんで二匹を呼ぶ。こっちの子たちとは何の問題も無くできた。ちゅ、ちゅと可愛い二匹とは軽いスキンシップ感覚。
そうか、次から姿を変えてみれば多少マシになるかもしれないと往生際悪く考えを巡らせた。
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