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巨竜編

火の神、拳で語る

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 83-①

 ロイは呆れた。あの異界人が火の神、ニーバングの名をかたり闘いを挑んできたのである。

 ……まぁ自分と対峙した敵が恐怖のあまり気が触れてしまうのは珍しい事ではないが。

「ふん、火神・ニーバングだと……? 貴様、気でも触れたの……ぬうっ!?」

 武光が一瞬でロイとの間合いを詰め、顔面を狙って右ストレートを放った。
 ロイは咄嗟とっさに首を右に傾けて躱したが、ほおを武光の拳がかすめた。

余所見よそみしてんじゃねぇ……てめぇが相手にしてんのは……神だぞ?」
「貴様……!!」
「おっと」

 ロイは屍山血河を横薙ぎに振るって武光を両断しようとしたが、武光は真後ろに跳び退いて躱し、構え直した。
 右足を前、重心はやや後ろ……右手は拳を開き斜め下に向けて柔らかく伸ばし、左手は拳を固く握って前腕部で左側頭部をガードするような構えだ。

「かかってこいよオラ!!」
「……ぬんっ!!」

 屍山血河による右から左への横薙ぎを、武光は左足を軸にして身体を反時計回りにクルリと半回転させて躱したが、間髪入れずに真っ向斬りが襲いかかって来た!!

 ……ロイの繰り出した連撃は、百戦錬磨の戦士でも反応する事すら出来ずに斬り捨てられてしまう程の速さだった。ロイ自身も確実に武光を葬れると踏んでいた……しかし!!

(躱された……!? ……右か!!)

 ロイは左足を軸に、右足を引いて身体の向きを変えつつ、屍山血河の切っ先を下に向け、の真ん中の部分で、飛んで来た蹴りを受け止めた。

 重い一撃だ……屍山血河の柄が “みしり” ときしむ。

「……フンッ!!」

 ロイは柄を握る手に力を込め、相手を弾き返すと、すかさず突きを繰り出した。しかしこれも武光には当たらない。続けざまに二撃目、三撃目と……凄じい速度の突きを連続して放つが、武光は身体を左右に振ってその全てを躱した。

 ここまでの攻防……わずか5秒2。

「貴様、これほどの力を何故今まで隠し……グッ!!」

 ボディに武光の掌底を喰らったロイが二、三歩後退る。

「無駄口を叩く余裕があるなら全力を出せ……誰を相手にしてるか分かってんのかコラ」
「良いだろう……後悔するなよ」

 ロイは左右の肩当てと外套マントを外した。

 83-②

 武光は、地面に落ちたロイの肩当てとマントが、まるで砲丸投げの砲丸が地面に落ちた時のような “どすん!!” という鈍い音を立てたのを聞いてめちゃくちゃビビった。
 脱ぎ捨てられた紫の外套マントも、よくよく見れば鎖帷子くさりかたびらのように細かな金属製の輪を無数に繋げて作られている。

(嘘やろ……シュワルツェネッ太の奴、あんなめちゃくちゃ重そうな物を着けて今まで闘ってたんか!? ピ◯コロさんかアイツは……)

 武光は即座に逃げそうとしたが、肉体を火神ニーバングに乗っ取られて、感覚はあるのに、身体が全く言う事を聞かない。
 再び向かってくるロイを火神ニーバングが迎え撃つ。先程よりも更に速度と鋭さを増した斬撃が武光に襲いかかるが、ニーバングも先程より更に速度を上げて攻撃を躱し、拳を繰り出す。

(痛ででででで!? かかか、身体が千切れるーーー!? ゔ……オエエエエエーーー!?)

 突如として武光の肉体に宿った火神ニーバングは、普段の武光の限界を遥かに超えた無茶苦茶な速度で武光の身体を動かし、闘い続けている。
 自身の感覚が全く追いつかない程の速さで身体を動かされ続けているせいで、武光は、全身を四方八方から引きちぎられそうになるような激痛と、地震の真っ最中に洗濯機の中にぶち込まれた状態でジェットコースターに乗せられたかのような感覚に襲われていた。

(ひーっ!? だ、誰か助けてぇーーーーー!!)

 武光の魂は視線をリヴァル達の方に向けたが、リヴァル達も火神ニーバングとロイによる、あまりにも激しく速い闘いの空間に踏み込めずにいる。

(ハイ死んだっ!! これマジで死ぬな、俺……って、痛ぇぇぇぇぇ!?)

 右拳に激痛が走った。ニーバングがロイを思いっきり殴り飛ばしたのだ。舞い上がる土埃つちぼこりの中からロイがゆらりと立ち上がる。

「それで終わりかぁ? 来いよ……もっと来いよオラ!!」

 お前は悪役レスラーかっ!? 立ち上がったロイを挑発ちょうはつするニーバングに武光は焦った。

(ちょっ、止め……わわわ……来んな来んな来んな来んな……来たぁーーーーーぐへぇっ!?)

 ロイが屍山血河を足元に投げ捨て、武光に殴りかかって来た。武光の左頰にロイの拳がめり込む。

「へっ……良い拳してるじゃねぇか……よっ!!」

 ニーバングは、倒れないように右足に力を込めて踏ん張り、すぐさまロイを殴り返した。

「ぐっ!? ……ぬおおおっ!!」

 ロイもよろけたが、足を踏ん張り、殴り返す。

「うお!? そうだ、もっと……もっと来いよオラ!!」
「がっ!? ……ぬあああっ!!」
「ぶっ!! ……おらぁぁぁ!!」

 拳を固めてロイをぶん殴るニーバング!! 殴り返すロイ!! また殴り返すニーバング!! 更に殴り返すロイ!! そして、問答無用でただ単に痛い目に遭わされているだけの武光!!

 両者ノーガードで足を止めての殴り合いが続く……白熱するニーバングとロイをよそに、武光はもう、どうにでもなれと思っていた。

「ハァッ……ハァッ……」
「これで……終わりだ……バカヤロウ!!」

 “ドゴォッ!!”

 ニーバングは左拳を固く握り締め、腕をグルグルと回すと、渾身の一発をロイの顔面に叩き込んだ。

「ぐ……ぁ……」

 吹っ飛ばされ、仰向けに倒れたロイはピクリとも動かない……とうとう決着がついたのだ。

「よっし……俺の計算ではこんなもんのはずだけどな……」
(計算? 一体何の計算なんすか?)
「何でもねぇよ。それより、ひとまずお前に身体返すわ、もう寝る」
(えっ、あっハイ……って、ぎぃやあああああーーーーー!?)

 身体の自由が戻った瞬間、武光は超弩級の悶絶もんぜつをした。
 全身がめちゃくちゃ痛い。それはもう、さっきまで感じていた痛みの何倍も痛い。
 あまりの激痛に立っている事すら出来ず、武光はうつ伏せに倒れ込んだ。そしてその最中、武光は一つの影がゆらりと立ち上がるのを見た……ロイである。

「ぎゃーーー!! 立ち上がってきたーーー!? 神ーーー!? ちょっ、神ーーー!?」

 武光は大慌てでニーバングに呼びかけたが、返事は無い。

「ハァッ……ハァッ……ふふふ……やってくれるじゃあないか」

 足下がふらつきながらも、ロイが一歩……また一歩と近付いてくる。血と泥に塗れたその姿はさながら地獄の悪鬼である。

「いや、ちゃ……ちゃうんですって!!」
「何がだ?」
「お……俺にもよく分からないんですぅぅぅぅぅ!! 火の神に操られてムリヤリ闘わされてたんですぅぅぅぅぅ!!」
「いけないなァ……神の事を悪く言っては……」
〔逃げろ武光!!〕
「うわーーーっ、動かれへーーーん!!」

 イットーに言われるまでもなく、武光は必死で逃げようとしたが、手足が痺れて動かない。
 ロイは足元に転がる屍山血河に目を止めた。屍山血河を拾い上げようとに右手をかけたロイを見て、武光は死を覚悟した……だが!!

「ぬぅっ……!?」

 ……ロイは、屍山血河を持ち上げる事が出来なかった。今度は両手でを握り、力を込めるが、屍山血河は微動だにしない。
 しばらくその状態が続いたが、不意にロイは柄を握る両手を離すと、立ち上がり、天を仰いだ。

「……そうか、私は遂に……」

 そうつぶやくと、ロイは仰向けに倒れた。
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