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術士編
斬られ役、先読みに挑む
しおりを挟む58-①
武光は、相手の思考を読む事の出来る強敵、妖姫ヨミに対し、『お前の倒し方が分かった!!』と高らかに宣言したが、ヨミはそれを一笑に付した。
「へぇー? 私の倒し方が分かった? 無駄だよ、私は貴方の思考を読み取る事が出来るんだから。どんな作戦を立てようと全て筒抜けだよ?」
それを聞いても武光はただニヤリと笑うだけだった。
ナジミは、武光の表情を見て、(あ、コレ何かめちゃくちゃ悪い事考えてる時の顔だ!!)と思った。
「ほう……なら、見てみろや……俺の頭の中をなっ!!」
「ふふん、良いよー。どうせ下らない作戦……ッッッ~~~!?」
武光の頭の中を読んだヨミが、突如として顔を真っ赤にして両手で覆った。
「なっ……ちょっ!? そ、想像とは言え、この私に何て恥ずかしい格好を……」
狼狽えまくるヨミに対し、武光は口には出さず頭の中で叫んだ。
(こんなのは序の口やっ!! お前が俺の頭を覗こうとする度に……俺は頭の中でお前にもっとドギツイ格好&とんでもない事をさせるッッッ!!)
「きゃーーーっ!? ちょっ、やめ……ななな、何を想像しとんじゃーーーーー!?」
両手で顔を覆ったまま、首を左右にぶんぶんと振るヨミを見て、ナジミは思った。
(武光様はきっと……あんな事とか!! こんな事とか!! お子様には到底見せられない類の事を想像しているに違いない!!)
武光が今頭の中で想像しているであろう事を想像して、ナジミもヨミと同じく、顔を真っ赤にして両手で押さえた。
ヨミのリアクションを見て、ミトは武光に問うた。
「武光……貴方一体何をしたの?」
「そんな事より……まだ戦えるか、イノシシ仮面?」
「誰がイノシシ仮面よっ!! ……戦えるに決まってるでしょう!!」
そう言ってミトは呼吸をしやすいように、仮面の口元の部分をカパッと開いた。それにより、目の部分に穴が開いているだけで無表情な仮面が、笑っているような状態になった……ミトが余程の強敵に出会った時か、ご飯を食べる時にしか見せない、《ジャイナさんスマイル》と呼ばれる状態だ。
「で……武光、作戦って何なの?」
「ガンガン行ったれ!!」
「へっ? そ、それだけ!?」
「おう、それだけや!! あんまり喋ってると、妄想が途切れるやろが!!」
「え? も、妄想……?」
「ええから早よ行かんかい!!」
「わ、分かったわよ!! ……はぁぁぁっ!!」
ミトが再びヨミに斬りかかった。
「ふふん、何度やっても無駄だよ……右の袈裟斬……うおッ!?」
斜めに降り下された刃を、ヨミはギリギリで躱した。さっきより攻撃の鋭さが増している。
「やぁっ!! たあっ!!」
「くっ!?」
続けざまに繰り出される鋭い斬撃をヨミは捌き続けた。
思考を読む事で、次にどう攻撃してくるかが分かっていても、少しでも反応が遅れたら斬られてしまう。ヨミの頬を一筋の汗が流れた。
攻撃を捌き続けながら、ヨミは自分に言い聞かせた。
落ち着け……確かに速いが、集中していれば、躱せない攻撃じゃあない。
あの男が何を企んでいるのか気になるが、迂闊にあの男の頭の中を覗いたら、間違いなく自分は動揺してしまう……そして、その一瞬の動揺を見逃す程、目の前の敵は甘くない。
……まぁ良い。あの男の剣術はこの仮面の女よりも数段劣る。あの程度の攻撃、思考を読むまでもなく余裕で躱せ──!?
ヨミの左肩を、僅かに剣が掠めた。ミトの宝剣カヤ・ビラキではない、ヨミの肩口を掠めたのは……武光の聖剣イットー・リョーダンだった。
「そんな……一体どうして!? ……って何て格好を!! 止めろ!! わ、私に……そ、そんな恥ずかしい事させるなぁっ……っとお!?」
「余所見を……するなぁっ!!」
「当たらないよっ、そんな攻撃!!」
間一髪、ヨミはミトの真っ向斬りを後方に跳び退いて躱し──
「ああっ!?」
またしても武光のイットー・リョーダンによる一撃が、ヨミの脇腹を掠めた。
「そんな……また!?」
焦るヨミに対し、武光は不敵な笑みを浮かべた。
「ふふん、実は俺も、お前程やないけど相手の動きが読めるねんな、これが!!」
「くっ……そんな馬鹿な」
武光の言っている事は紛れも無い事実である。
実は、武光の攻撃はヨミを狙ったものではない、先程から武光が攻撃を繰り出していたのは……ミトの攻撃を回避したヨミが、飛び込んでくるであろう空間だった。
ちなみに、武光が見せた先読みはヨミのような特殊能力によるものではない……七年間の斬られ役経験で培われたものだ。
斬られ役たる者、常に主役の動きから自分の行動を逆算し、時には主役の動きすら先回りして、数秒先にどの位置にいて、どのタイミングで攻撃を仕掛ければ、観客の目に主役が格好良く映るかを考えて行動しなければならない。
どこぞの赤くて彗星で三倍でアズナぶっている人も言っている。『戦いとは常に二手、三手先を考えて行うものだ』……と。それは斬られ役にも当てはまる。先の動きを予想して動けないようでは、斬られ役は務まらない。
……そして、武光はその斬られ役を七年もの間、ひたすらに務め続けてきた男である。
武光が攻撃を当てていたのではない、ヨミは……武光がヨミの次の動きを予想して、何も無い空間目掛けて繰り出した攻撃に、自分から突っ込んでいたのだ。
掠っただけとはいえ、傷を負って、ヨミの動きが少しずつ鈍くなり始めた。武光の攻撃だけではなく、ミトの攻撃も徐々にヨミの身体を掠め始める。
「み、認めない……こんな奴らに……私は……妖禽族の姫……そして、魔王の妻になる──」
「ごちゃごちゃとぉぉぉ……」
「うるさいっっっ!!」
“すん” “ズバァッッッ!!”
……ついに、武光とミトの一撃がヨミを捉えた。二人の渾身の一撃が、ヨミの左右の翼を斬り落とす。
無惨に切り落とされた自分の翼を見て、ヨミは悲鳴を上げた。
無理もない、妖禽族にとって翼はただの移動手段というだけではなく、力の象徴であり、魔力の根源なのである。
「ああ……嘘よ……そんな……わ、私の……私の翼が……うあああああっ!! よくも……よくもぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
半狂乱になりながら、ヨミはミトに斬りかかったが、ミトはそれを躱してヨミの懐に飛び込むと、カヤ・ビラキの柄頭でヨミの鳩尾を痛打した。
「あ……ぐ……」
今度は、ヨミが両膝を地に着く番だった。
「そんな雑な攻撃で私を斬れると思うなら……思い上がりも甚だしいわ!!」
「くっ、人間なんかに……!!」
「……翼を失った妖禽族など、もはや敵ではありません……乙女の情けです。大人しく降伏して、今後一切人間に危害を加えないと誓うなら良し!! さもなければ……斬ります!!」
「………ふざけるなぁ!!」
「くっ!?」
ヨミは最後の力を振り絞って、強烈な光を発生させて目を眩ませた隙に、転移の術でその場を離脱した。
「あかん、逃げられた!!」
「大丈夫よ。翼を無くして力を失った妖禽族など大した脅威ではないわ。それより今は何とかして第二倉庫の火災を鎮火しないと……このままでは周囲の建物に延焼してしまいます」
「おーーーい!!」
その時、テンガイを重そうに引きずりながらリョエンが現れた。
「や、やっと追いついた……うわっ、第二倉庫が燃えてる!? い、急いで鎮火しないと……皆さん、離れて下さい!! 水術……《瀑龍》!!」
リョエンが意識を集中し、右手を天に掲げた後、勢いよく振り下ろすと、まるで滝のような凄まじい量の水が降ってきた。降り注ぐ水が、第二倉庫の火を一瞬で鎮火した。
それを見て、リョエンは大きく息を吐いた。
「よ、良かった……何とかこの術も使えたか」
「よっしゃ!! これでリザードマンの軍団も壊滅させたし、厄介な妖怪カラス女も撃退して、めでたしめでたしやな!! なぁ、ナジミ?」
武光はナジミの肩を、ぽんと叩こうとしたが、ナジミはそれを凄い勢いで避けた。
「……近付かないで下さいっ……不潔ですっ!! たっ、武光様のケダモノっ!!」
「はぁ?」
「とぼけても無駄ですよっ!! 私にはお見通しです!! 武光様が何を考えていたか……強敵に勝つ為とは言え……あんな……あんな!!」
「何クネクネしとんねん、気色悪いなぁ。アイツを動揺させる為に、頭の中であのカラス女に、金色の全身タイツ着させて、超高速で安来節躍らせとっただけやんけ。そないに怒られなアカン事か、ソレ?」
「えっ……やすき……ぶし……?」
〔前に武光が酒場で酔っ払った時にやってたアレか、短い棒を鼻の穴に突っ込んで、ドジョウを掬うような動きをする……〕
「お前なぁ……俺が何を想像してたと…………まさか」
「えっ、いや……あの……その……」
ナジミの顔面が、火術・炎龍を放ちそうな程真っ赤になった。
「えっ? ……ちょっ、近付かんといて……不潔やわ。めっちゃ不潔!!」
「ちちち違いますよ!! わ、私は……」
「動揺してんぞー、このムッツリケダモノ巫女ーーー」
「ううう…………うわーーーん!! 武光様のアホー!!」
「なっ!? ちょっ、おま…………うげぇっ!?」
ナジミの 八つ当たりジャーマン・スープレックス!
会心の 一撃!
武光は 失神K.Oされた!
◯ナジミ (八つ当たりジャーマン・スープレックス) ⚫️唐観 武光
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