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嘆きの聖女編
聖女、過去を語る(前編)
しおりを挟む217-①
「あれは……私にとっては十年前……この時代の人間から見れば三百年以上も前の出来事です」
そう言って、シルエッタは自らの過去を語り始めた。
「あの日、国王である我が父は、勇者アルトを王宮へ呼び寄せました。我がシャード王国に反旗を翻した魔族共の首魁……魔王シンを討伐した褒美を取らせる為にです。父は勇者に告げました。『望みのものをなんでも取らせよう』……と。そしたら勇者は何と答えたと思います?」
俯き、再び顔を上げたシルエッタの纏う凄惨な気配に気圧され、影光とマナは何も答える事が出来なかった。
「勇者アルトは……『ならば貴様の全てを奪わせてもらう!!』と、父上や母上、それに私の兄上や妹達に次々と襲い掛かったのです……!!
あの時、どんなに助けを求めても、部屋の外で待機していたはずの衛兵達が駆けつけなかったのは、今にして思えば、城内のかなりの数の将兵が既に裏切っていたと言う事なのでしょう。
当時のシャード王国は影魔獣に魔王軍と……戦いに次ぐ戦いで、兵や民にかなりの負担を強いていましたから……」
そう言ってシルエッタは悲しげに俯いた。
「両足の腱を切られ、動けない父の目の前で、私の家族達は次々と殺されました。兄達も、弟や妹達も……一番下の妹など、まだ三歳になったばかりだったというのに」
シルエッタが語ったあまりにも凄惨な過去に、影光とマナは言葉を失った。
「私には何の事だか見当もつきませんでしたが……勇者は『お前があの時、約束通りに援軍を送ってくれていれば……アイツは死なずに済んだんだ!! 全部お前のせいだ……お前にも俺と同じ、いや俺の何百倍もの地獄の苦しみを与えてやる!!』……そう、泣き叫びながら、狂ったように凶刃を振るい続けました」
思い出すだけでも辛く、苦しく、恐ろしいのだろう、記憶を言葉にする度に、シルエッタの顔からは、どんどん血の気が引いてゆく。
「次々に家族が殺され、いよいよ私の頭上にもあの男の凶刃が振り下されそうになったその時、背中を斬りつけられて深傷を負っていた母上が、王家に伝わる秘術中の秘術……《時渡り》によって時空の門を開き、その門に私を突き飛ばしました……」
「時渡り……?」
「《時渡り》は術者の生命と引き換えに、別の時代に繋がる門を開く秘術……もう自分は助からないと悟った母上は私を逃がす為に……母上はきっと私を守る為に、私を『勇者が既にこの世を去った時代』へと送ろうとしたのでしょう……ですが、余程その想いが強かったのか……私が辿り着いたのは……」
「三百年後のこの時代だと……そういう事なのですね姫様?」
マナの言葉に、シルエッタは頷いた。
「私を知る人も、私の知る人も誰一人いない……言葉や文字すら三百年の間に大きく変容していました」
影光はシルエッタの境遇を聞いて小さく唸った。自分の場合は本体がこっちの世界に渡る為に、不正コピーした異界渡りの書を使った際に得た『異世界の言葉や単位が自動的に翻訳される』という能力ごと複製されて生み出されたお陰で、意思の疎通には不自由しないが……仮に自分が翻訳能力も無しに、三百年も違う時代……例えば江戸時代に飛ばされたとして、誰一人知り合いもいない状況で、現代とはまるで違う文字や言葉や文化の中で生きていくというのは、想像するだに過酷である。
「それでも、そんな世界で私は何とか生き抜いてきました……辛く苦しい生活の中で、三年が過ぎた頃には言葉や文字もどうにか習得する事が出来ました。そして……私は知ってしまったのです」
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