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東条院の陪臣幹部連、白鳳院鈴の訪問、久遠寺の代行決定
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青夜は白鳳院枢の葬場祭に出席後、藤名家の屋敷で青色紋付から着替えた。
そして、そのままさっさと田中家に帰りたかったが、この日は東条院青蓮の初七日法要があった日でもあり、藤名金城に捕まった。
正確には金城と『当主生誕の儀』で東条院の宗家屋敷が邪気汚染した事で序列が一新された東条院の新一党の陪臣幹部の、
陪臣筆頭、節分行事総括、如月平三。
陪臣次席、暗部『顎門』出身、日ノ岡月雄。
陪臣三席、京都留守役、阿修羅坂正成。
陪臣四席、封魔忍軍頭目、風間諸刃。
陪臣五席、青龍密教僧侶、榊弁吉。
に捕まった、だが。
「何? 御小言とか聞きたくないんだけど?」
青夜が不貞腐れた顔で言う中、金城が、
「若様は正式に東条院の副宗家になりましたので藤名の屋敷に住まいを移していただきたいのですが」
「嫌だよ。田中家も十分快適なのに。それに青龍大学も近いし」
「本音は?」
「東条院の屋敷は出たけど、分家にドップリなんて何か死亡フラグっぽくて怖いから絶対に嫌だ、かな?」
「きっと大丈夫ですから」
「『きっと』? 藤名のジイはいつからお母様以上の予知能力に目覚めたんだ? 賭け金はオレの命なんだぞ。『オレの命』は宗家嫡子の地位よりも大切な事をそろそろ分かってくれないと」
と青夜は呆れながら、
「そもそもどうして急に? 何か問題でもあるのか?」
「田中の娘達とイチャイチャしてると一部の者達が・・・」
「言ってる奴全員を締め上げて黙らせろ、それで解決だ。月雄さん、よろしくね」
青夜が堂々と言い放ち、52歳、身長166センチ、黒髪の額禿げで、右眼に縦傷のある隻眼の日ノ岡月雄を見た。
日ノ岡一族は東条院の家が興った安土桃山時代からの陪臣で、東条院の暗部分門を担当する一族だ。異能力は『サムライ』だが色々と『裏技』も施されている。
月雄は東条院の先代青蓮の側近中の側近だったが『生誕の儀』の時は暗部の仕事で秋田県に東条院を裏切った馬鹿を粛清しに直接出向いていて難を逃れていた。
「分かり・・・」
「待った。それには及ばん」
月雄は本当にやるタイプだったので、慌てて止めて『やはり、この路線での説得は無理か』と諦めた金城が、
「・・・新たな許嫁の選出を・・・」
「はあ? 親父殿の初七日法要の日にオレの結婚相手を決める話をするか、普通? 少し不謹慎だと思うのはオレが息子だからじゃないよね? ってか、田中家への養子は白鳳院も了承済みだ。それがあの叙勲だったんだからな。いい加減諦めろ、ジイ」
青夜はその後、のらりくらりとして、そちらは諦めたのか、35歳、身長176センチ、黒髪で生真面目。先代宗家の側近の兄達2人が『当主生誕の儀』で呪詛汚染を受け、一族の跡目を継いだばかりに如月平三が、
「そちらは構いません、もう。それよりも東条院の宗家のスケジュールなのですが、宗家の緑子様では無理ですので副宗家に出席していただきたく」
と見せられたスケジュールを見て、青夜は絶句した。
スケジュールがアホみたいに埋まってる。
東条院がデカイからだろう。
東条院は異能界の四柱に数えられる名家だが、政界の与党大物の大谷純一を支援したり、経済界の弐式グループのオーナーだったりする。
その為、宗家の死に伴い、副宗家としての関係者への挨拶回り。
毎年恒例の和歌山県青龍村での端午の節句の式典参加。その前後の移動。
直後の皐月武術祭等々もあり、廃嫡されて東条院の宗家屋敷から出られたので、初めて『ゴールデンウイークを庶民らしく遊べる』と夢見てたが、
(毎年恒例だから青龍村はもう慣れたが・・・・・・分家が総崩れで、そっちも今年は副宗家がやる訳ね。嫡子だった時以上にタイトなスケジュールだぞ)
青夜は頭痛を覚えながら、
「これは宗家代理にも頑張って貰わないとな」
「いやいや、新副宗家と宗家代理では格が違いますし。若様に挨拶したい連中は山ほど居りますから」
「ウンザリだな」
と青夜は苦笑したのだった。
新宗家に緑子、副宗家に青夜が就任して東条院宗家の体制はこれで一段落した訳だが、そうなると次は分家だ。
分家は当主が死んだり、呪詛で今も苦しんでるので、分家代理を正式に決めなければならない。
東条院宗家は総てを統括してるが、デカ過ぎるので分家も手伝ってる。
分家頭の藤名家は東条院宗家全般の補佐。
久遠寺家は忍軍、暗部部門の補佐。
鵜殿家は地方(主に東海道)の代理統括。
綾波家は式典(五節句を除く)、流派、治癒系部門を補佐。
仁王家は発祥の地の青龍村を防衛、管理。五節句準備。
小巻園は旧財閥系の巨大企業、弐式グループを始めとした経済部門、並びに交渉部門の補佐。
となっている。
中でも酷いのが久遠寺家だ。久遠寺は邪気汚染で全滅だが、別に後継者がいない訳ではない。東条院の血を引く者達も居たのだが、複数居て先日の鵜殿を罰する総集会では代表も立てられないくらい揉めていた。
◇
白鳳院枢の葬場祭の出席後、藤名家で金城と分家当主の選抜を見繕ってると、
「ここまで来るか、普通」
青夜が呟き、金城と『どうされました?』『いや』との会話をした10分後、使用人が足早にやってきて、
「白鳴院鈴様がお越しです」
と報告した時にはドアが開いて鈴が姿を見せていた。
どうやら火葬場から直接乗り込んできたらしい。
白鳳院鈴は儚げな大和撫子だが、それは外面だけだ。内面は全然違う。高貴な家柄なので上品なのは違いないが激情家だった。
今も美人に似つかわしくない三白眼で青夜を睨みながら、
「『初めまして』になるのよね、東条院の副宗家になった田中青夜さん?」
「はい、白鳳院のお姫様。この度は枢様が・・・」
「そんな挨拶は要らないわ。それよりもどういう事なのかしら? 末端の家に養子に出されてわたくしとの婚約が白紙になったと聞いたけど?」
「それには海よりも深い事情が・・・」
「簡潔に説明なさい」
「死んだ母に『東条院から出ないと死ぬ』と言われ、それで『落ちこぼれ』を演じてどうにか家から出ましたが、その際に婚約も白紙にすると先代宗家に言われてしまい、どうする事も出来ず・・・・・・」
との問答をしてる間に、室内に居た東条院側の人間は全員が退室していた。
室内には青夜、鈴、鈴の護衛の桑原紗枝だけになり、
「『青夜さんの命』と『わたくしとの婚約』、どちらが大事だと青夜さんは思ってるのかしら?」
当然『命』の方が青夜は大事な訳だが、ここで鈴が欲しいセリフは別だ。
「東条院の嫡子で無くなった者に気高き白鳳院の姫を娶る資格は無く・・・・・・」
「先代が亡くなって、どうして青夜さんが東条院を継がなかったの?」
と言われて初めて、
(ああ、義兄上様の葬儀と親父殿の初七日法要が重なったのにはそんな要因もあったのか。お陰でお姫様が葬儀準備に追われて東条院の後継に干渉出来なかった? それを見越しての手術日程だった訳か。凄いな、このシナリオを考えた人。おそらくは当主様だろうけど)
青夜は関心しながら、
「先代宗家の意思を尊重・・・」
との青夜の言葉は鼻をギュッと鈴に抓まれた事で掻き消えたのだった。
兄の枢の崩御で気落ちしていたのか、優しいおしおきだった。
このお姫様は本当に性格がキツく、こんなのはまだマシな方なのだから。
「東条院の宗家と分家の人間の殆どが呪詛汚染に遭い、これから盛り返すのは大変ですので姫の嫁ぎ先として東条院は相応しくないかと具申致しました」
青夜のその言葉で鈴の手は青夜の鼻から離れた。
「一生の幸運を使い果たしてわたくしの許嫁になれたというのにその許嫁の座をこんなにも簡単に手放すなんて痴鈍者ね、青夜さんも」
「・・・申し訳・・・・・・」
ビシッと手の甲で青夜は鈴に頬を打たれたのだった。
「謝罪するくらいなら最初からおよしなさいといつも言ってるでしょ?」
(すぐ頬を張るよな、このお姫様は。子供の頃からでもう慣れたけど。白鳳院は他は全員がまともなのに。愛情表現とか義兄上様には言われていたが。まあ、100日後にはこのお姫様とも正式に縁が切れるからそれまでの我慢か)
鈴のビンタは許嫁になった子供の頃からなので今更、青夜は気にもしない。表情も歪める事もなく、
「はっ」
「アナタとはこれでお別れね。さようなら」
「はっ」
「何かわたくしに最後に言う事は?」
(また頬を張られる訳ね)
「申し訳・・・・・・」
ビシッとまた手の甲で青夜は頬を打たれた。
「・・・」
青夜が黙る中、
「ではね、青夜さん」
そう言って白鳳院鈴は去っていき、薔薇の黒眼帯をした護衛の桑原紗枝が目礼後に退出して廊下を歩いていき、玄関先で車に乗った鈴の気配を確認してから青夜はようやく安堵の息を吐いたのだった。
◇
さて。
先代の初七日法要をした当日に決着を付けなければならない事が1つある。
東条院の分家の1つ、久遠寺の代理の決定作業だ。
分家の久遠寺には青夜も(『条太との家来ごっこ』で端午の節句で笹餅を毒味して、本当に毒で死んだという)借りがある。
藤名屋敷に久遠寺の代理候補2人を同時に招聘した。
富丘津富。64歳。久遠寺の当主の実兄。女遊びが過ぎて先代の父親に放逐されている。元久遠寺で当然、東条院の血を引いている。
鬼札東子。33歳。久遠寺の当主の長女。太宰府月御門家の婚約者が居たのに、鬼札家の若様と『ロミオとジュリエットごっこ』をして駆け落ちして大問題となり、東条院、月御門、鬼札の三氏合意で決着したが、父親の当主が許さずに久遠寺とは絶縁していた。
双方とも一族衆の資格を失っており、『当主生誕の儀』には不参加。
なので、宗家屋敷に居らず、難を逃れている。
性格には問題があったが、東条院の血が入っており、血筋に問題はない。過去の経緯はともかく2人とも異能力者としても優秀だった。
「お初に御意を得ます、副宗家様。先代様は残念な事でお悔やみを」
「副宗家様とは幼少期にお会いした事がございます。亡き先代様には過分な情けを掛けていただきました」
と2人が挨拶して青夜も二言三言挨拶してから、単刀直入に、
「東条院の為に2人とも死ねるか?」
「無論です」
「はい」
「おっと、今のは問い方が悪かったな。久遠寺朝陽の症状が比較的軽い。呪詛を移せば復帰が可能なのだが、呪詛を肩代わり出来るか?」
「無論です」
「それで東条院と久遠寺の窮地が救えるのなら」
青夜は面白いオモチャを見つけた子供のように眼を輝かせながら、
「2人とも凄いな。ここまで東条院への忠誠心がない分家をオレは初めて見るぞ。本当に分家の血を引いてるのか? 暗部部門を補佐する久遠寺の人間は東条院への忠誠の塊の者達ばかりだったのに?」
「なっ、そんな事は」
「私は東条院の為に・・・」
「ほら、また。オレの身代わりで死んだ久遠寺条太は本気でオレの家来になったものだが・・・もう2人とも下がっていいよ」
青夜がそう2人から興味を失うと、
「お待ちを・・・」
「待って下さい。もう一度チャンスを・・・」
「おまえ達にはもうチャンスは回って来ない。大人しくしていろ」
青夜はそう決定し、肩を落とした2人が部屋から下がると、同席してた藤名金城に、
「どうしてあんな奴らと面会させたんだ、ジイ? 時間の無駄だっただけなのに」
「会わずに別の者を立てたら久遠寺の陪臣が納得しませんので」
『なるほど』と納得した青夜は下座に居る風間諸刃を見た。
「風間、久遠寺の代行は任せたぞ」
「はっ、久遠寺権限の代行の任、承りました」
と答えた諸刃は26歳。身長169センチ。茶髪の好青年だった。封魔忍軍の頭目でもあるが、26歳で頭目になれたのは例の『生誕の儀』とは一切関係がない。封魔忍軍は東条院に突っ掛かってくる雑魚狩り担当の部署の1つだったので、完全な実力による席次だった。『生誕の儀』では外周警備をしており、眼前で邪気爆発を許す失態を犯している。
尚、『風間諸刃』という名前は封魔忍軍が持つ名跡の1つで本名ではない。いずれは『風魔小太郎』を継ぐ男だった。
「あの2人の処遇は? 久遠寺朝陽の呪詛を移す贄に使いますか?」
「冗談だろ。条太の件でオレを内心で怨んでる朝陽さんなんて復活させても騒動になるだけなのに。あの2人は家に帰してやれ。変に騒いだらその時に潰せばいい」
「畏まりました」
「さて、次は小巻園だが、こっちは庶子がわんさかか。どうするかな」
青夜はリストを見て頭を悩ませたのだった。
そして、そのままさっさと田中家に帰りたかったが、この日は東条院青蓮の初七日法要があった日でもあり、藤名金城に捕まった。
正確には金城と『当主生誕の儀』で東条院の宗家屋敷が邪気汚染した事で序列が一新された東条院の新一党の陪臣幹部の、
陪臣筆頭、節分行事総括、如月平三。
陪臣次席、暗部『顎門』出身、日ノ岡月雄。
陪臣三席、京都留守役、阿修羅坂正成。
陪臣四席、封魔忍軍頭目、風間諸刃。
陪臣五席、青龍密教僧侶、榊弁吉。
に捕まった、だが。
「何? 御小言とか聞きたくないんだけど?」
青夜が不貞腐れた顔で言う中、金城が、
「若様は正式に東条院の副宗家になりましたので藤名の屋敷に住まいを移していただきたいのですが」
「嫌だよ。田中家も十分快適なのに。それに青龍大学も近いし」
「本音は?」
「東条院の屋敷は出たけど、分家にドップリなんて何か死亡フラグっぽくて怖いから絶対に嫌だ、かな?」
「きっと大丈夫ですから」
「『きっと』? 藤名のジイはいつからお母様以上の予知能力に目覚めたんだ? 賭け金はオレの命なんだぞ。『オレの命』は宗家嫡子の地位よりも大切な事をそろそろ分かってくれないと」
と青夜は呆れながら、
「そもそもどうして急に? 何か問題でもあるのか?」
「田中の娘達とイチャイチャしてると一部の者達が・・・」
「言ってる奴全員を締め上げて黙らせろ、それで解決だ。月雄さん、よろしくね」
青夜が堂々と言い放ち、52歳、身長166センチ、黒髪の額禿げで、右眼に縦傷のある隻眼の日ノ岡月雄を見た。
日ノ岡一族は東条院の家が興った安土桃山時代からの陪臣で、東条院の暗部分門を担当する一族だ。異能力は『サムライ』だが色々と『裏技』も施されている。
月雄は東条院の先代青蓮の側近中の側近だったが『生誕の儀』の時は暗部の仕事で秋田県に東条院を裏切った馬鹿を粛清しに直接出向いていて難を逃れていた。
「分かり・・・」
「待った。それには及ばん」
月雄は本当にやるタイプだったので、慌てて止めて『やはり、この路線での説得は無理か』と諦めた金城が、
「・・・新たな許嫁の選出を・・・」
「はあ? 親父殿の初七日法要の日にオレの結婚相手を決める話をするか、普通? 少し不謹慎だと思うのはオレが息子だからじゃないよね? ってか、田中家への養子は白鳳院も了承済みだ。それがあの叙勲だったんだからな。いい加減諦めろ、ジイ」
青夜はその後、のらりくらりとして、そちらは諦めたのか、35歳、身長176センチ、黒髪で生真面目。先代宗家の側近の兄達2人が『当主生誕の儀』で呪詛汚染を受け、一族の跡目を継いだばかりに如月平三が、
「そちらは構いません、もう。それよりも東条院の宗家のスケジュールなのですが、宗家の緑子様では無理ですので副宗家に出席していただきたく」
と見せられたスケジュールを見て、青夜は絶句した。
スケジュールがアホみたいに埋まってる。
東条院がデカイからだろう。
東条院は異能界の四柱に数えられる名家だが、政界の与党大物の大谷純一を支援したり、経済界の弐式グループのオーナーだったりする。
その為、宗家の死に伴い、副宗家としての関係者への挨拶回り。
毎年恒例の和歌山県青龍村での端午の節句の式典参加。その前後の移動。
直後の皐月武術祭等々もあり、廃嫡されて東条院の宗家屋敷から出られたので、初めて『ゴールデンウイークを庶民らしく遊べる』と夢見てたが、
(毎年恒例だから青龍村はもう慣れたが・・・・・・分家が総崩れで、そっちも今年は副宗家がやる訳ね。嫡子だった時以上にタイトなスケジュールだぞ)
青夜は頭痛を覚えながら、
「これは宗家代理にも頑張って貰わないとな」
「いやいや、新副宗家と宗家代理では格が違いますし。若様に挨拶したい連中は山ほど居りますから」
「ウンザリだな」
と青夜は苦笑したのだった。
新宗家に緑子、副宗家に青夜が就任して東条院宗家の体制はこれで一段落した訳だが、そうなると次は分家だ。
分家は当主が死んだり、呪詛で今も苦しんでるので、分家代理を正式に決めなければならない。
東条院宗家は総てを統括してるが、デカ過ぎるので分家も手伝ってる。
分家頭の藤名家は東条院宗家全般の補佐。
久遠寺家は忍軍、暗部部門の補佐。
鵜殿家は地方(主に東海道)の代理統括。
綾波家は式典(五節句を除く)、流派、治癒系部門を補佐。
仁王家は発祥の地の青龍村を防衛、管理。五節句準備。
小巻園は旧財閥系の巨大企業、弐式グループを始めとした経済部門、並びに交渉部門の補佐。
となっている。
中でも酷いのが久遠寺家だ。久遠寺は邪気汚染で全滅だが、別に後継者がいない訳ではない。東条院の血を引く者達も居たのだが、複数居て先日の鵜殿を罰する総集会では代表も立てられないくらい揉めていた。
◇
白鳳院枢の葬場祭の出席後、藤名家で金城と分家当主の選抜を見繕ってると、
「ここまで来るか、普通」
青夜が呟き、金城と『どうされました?』『いや』との会話をした10分後、使用人が足早にやってきて、
「白鳴院鈴様がお越しです」
と報告した時にはドアが開いて鈴が姿を見せていた。
どうやら火葬場から直接乗り込んできたらしい。
白鳳院鈴は儚げな大和撫子だが、それは外面だけだ。内面は全然違う。高貴な家柄なので上品なのは違いないが激情家だった。
今も美人に似つかわしくない三白眼で青夜を睨みながら、
「『初めまして』になるのよね、東条院の副宗家になった田中青夜さん?」
「はい、白鳳院のお姫様。この度は枢様が・・・」
「そんな挨拶は要らないわ。それよりもどういう事なのかしら? 末端の家に養子に出されてわたくしとの婚約が白紙になったと聞いたけど?」
「それには海よりも深い事情が・・・」
「簡潔に説明なさい」
「死んだ母に『東条院から出ないと死ぬ』と言われ、それで『落ちこぼれ』を演じてどうにか家から出ましたが、その際に婚約も白紙にすると先代宗家に言われてしまい、どうする事も出来ず・・・・・・」
との問答をしてる間に、室内に居た東条院側の人間は全員が退室していた。
室内には青夜、鈴、鈴の護衛の桑原紗枝だけになり、
「『青夜さんの命』と『わたくしとの婚約』、どちらが大事だと青夜さんは思ってるのかしら?」
当然『命』の方が青夜は大事な訳だが、ここで鈴が欲しいセリフは別だ。
「東条院の嫡子で無くなった者に気高き白鳳院の姫を娶る資格は無く・・・・・・」
「先代が亡くなって、どうして青夜さんが東条院を継がなかったの?」
と言われて初めて、
(ああ、義兄上様の葬儀と親父殿の初七日法要が重なったのにはそんな要因もあったのか。お陰でお姫様が葬儀準備に追われて東条院の後継に干渉出来なかった? それを見越しての手術日程だった訳か。凄いな、このシナリオを考えた人。おそらくは当主様だろうけど)
青夜は関心しながら、
「先代宗家の意思を尊重・・・」
との青夜の言葉は鼻をギュッと鈴に抓まれた事で掻き消えたのだった。
兄の枢の崩御で気落ちしていたのか、優しいおしおきだった。
このお姫様は本当に性格がキツく、こんなのはまだマシな方なのだから。
「東条院の宗家と分家の人間の殆どが呪詛汚染に遭い、これから盛り返すのは大変ですので姫の嫁ぎ先として東条院は相応しくないかと具申致しました」
青夜のその言葉で鈴の手は青夜の鼻から離れた。
「一生の幸運を使い果たしてわたくしの許嫁になれたというのにその許嫁の座をこんなにも簡単に手放すなんて痴鈍者ね、青夜さんも」
「・・・申し訳・・・・・・」
ビシッと手の甲で青夜は鈴に頬を打たれたのだった。
「謝罪するくらいなら最初からおよしなさいといつも言ってるでしょ?」
(すぐ頬を張るよな、このお姫様は。子供の頃からでもう慣れたけど。白鳳院は他は全員がまともなのに。愛情表現とか義兄上様には言われていたが。まあ、100日後にはこのお姫様とも正式に縁が切れるからそれまでの我慢か)
鈴のビンタは許嫁になった子供の頃からなので今更、青夜は気にもしない。表情も歪める事もなく、
「はっ」
「アナタとはこれでお別れね。さようなら」
「はっ」
「何かわたくしに最後に言う事は?」
(また頬を張られる訳ね)
「申し訳・・・・・・」
ビシッとまた手の甲で青夜は頬を打たれた。
「・・・」
青夜が黙る中、
「ではね、青夜さん」
そう言って白鳳院鈴は去っていき、薔薇の黒眼帯をした護衛の桑原紗枝が目礼後に退出して廊下を歩いていき、玄関先で車に乗った鈴の気配を確認してから青夜はようやく安堵の息を吐いたのだった。
◇
さて。
先代の初七日法要をした当日に決着を付けなければならない事が1つある。
東条院の分家の1つ、久遠寺の代理の決定作業だ。
分家の久遠寺には青夜も(『条太との家来ごっこ』で端午の節句で笹餅を毒味して、本当に毒で死んだという)借りがある。
藤名屋敷に久遠寺の代理候補2人を同時に招聘した。
富丘津富。64歳。久遠寺の当主の実兄。女遊びが過ぎて先代の父親に放逐されている。元久遠寺で当然、東条院の血を引いている。
鬼札東子。33歳。久遠寺の当主の長女。太宰府月御門家の婚約者が居たのに、鬼札家の若様と『ロミオとジュリエットごっこ』をして駆け落ちして大問題となり、東条院、月御門、鬼札の三氏合意で決着したが、父親の当主が許さずに久遠寺とは絶縁していた。
双方とも一族衆の資格を失っており、『当主生誕の儀』には不参加。
なので、宗家屋敷に居らず、難を逃れている。
性格には問題があったが、東条院の血が入っており、血筋に問題はない。過去の経緯はともかく2人とも異能力者としても優秀だった。
「お初に御意を得ます、副宗家様。先代様は残念な事でお悔やみを」
「副宗家様とは幼少期にお会いした事がございます。亡き先代様には過分な情けを掛けていただきました」
と2人が挨拶して青夜も二言三言挨拶してから、単刀直入に、
「東条院の為に2人とも死ねるか?」
「無論です」
「はい」
「おっと、今のは問い方が悪かったな。久遠寺朝陽の症状が比較的軽い。呪詛を移せば復帰が可能なのだが、呪詛を肩代わり出来るか?」
「無論です」
「それで東条院と久遠寺の窮地が救えるのなら」
青夜は面白いオモチャを見つけた子供のように眼を輝かせながら、
「2人とも凄いな。ここまで東条院への忠誠心がない分家をオレは初めて見るぞ。本当に分家の血を引いてるのか? 暗部部門を補佐する久遠寺の人間は東条院への忠誠の塊の者達ばかりだったのに?」
「なっ、そんな事は」
「私は東条院の為に・・・」
「ほら、また。オレの身代わりで死んだ久遠寺条太は本気でオレの家来になったものだが・・・もう2人とも下がっていいよ」
青夜がそう2人から興味を失うと、
「お待ちを・・・」
「待って下さい。もう一度チャンスを・・・」
「おまえ達にはもうチャンスは回って来ない。大人しくしていろ」
青夜はそう決定し、肩を落とした2人が部屋から下がると、同席してた藤名金城に、
「どうしてあんな奴らと面会させたんだ、ジイ? 時間の無駄だっただけなのに」
「会わずに別の者を立てたら久遠寺の陪臣が納得しませんので」
『なるほど』と納得した青夜は下座に居る風間諸刃を見た。
「風間、久遠寺の代行は任せたぞ」
「はっ、久遠寺権限の代行の任、承りました」
と答えた諸刃は26歳。身長169センチ。茶髪の好青年だった。封魔忍軍の頭目でもあるが、26歳で頭目になれたのは例の『生誕の儀』とは一切関係がない。封魔忍軍は東条院に突っ掛かってくる雑魚狩り担当の部署の1つだったので、完全な実力による席次だった。『生誕の儀』では外周警備をしており、眼前で邪気爆発を許す失態を犯している。
尚、『風間諸刃』という名前は封魔忍軍が持つ名跡の1つで本名ではない。いずれは『風魔小太郎』を継ぐ男だった。
「あの2人の処遇は? 久遠寺朝陽の呪詛を移す贄に使いますか?」
「冗談だろ。条太の件でオレを内心で怨んでる朝陽さんなんて復活させても騒動になるだけなのに。あの2人は家に帰してやれ。変に騒いだらその時に潰せばいい」
「畏まりました」
「さて、次は小巻園だが、こっちは庶子がわんさかか。どうするかな」
青夜はリストを見て頭を悩ませたのだった。
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洗濯しか取り柄のなかった僕が何とか楽して暮らしていきます。
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この子のおかげで作家デビューできました
ありがとうルーク、いつか日の目を見れればいいのですが
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気だるげ男子のいたわりごはん
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第7回ライト文芸大賞【奨励賞】作品です。
◇◇◇◇
いつも仕事でへとへとな私、清家杏(せいけあん)には、とっておきの楽しみがある。それは週に一度、料理代行サービスを利用して、大好きなあっさり和食ごはんを食べること。疲弊した体を引きずって自宅に帰ると、そこにはいつもお世話になっている女性スタッフではなく、無愛想で見目麗しい青年、郡司祥生(ぐんじしょう)がいて……。
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