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本編

5、VS猪熊香

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『まずは、柊一刀流剣術後継者、玄武館高校の柊誠選手の入場です』





とのアナウンスでオレは通路からスタジアムへと進んだ。

東京闘技場とはいう場所は、一頃で言えばコロッセオみたいな擂り鉢状の観客席が設置された屋根なしのスタジアムな訳だけど。

オレが最初に注目したのはそのスタジアムではなく、スタジアムの上空に浮かぶ飛行船だった。

飛行船というのはラグビーボールみたいな浮遊機体に各種パーツが付いた乗り物で、まあ、オレの世界ではもう廃れた珍しい乗り物だ。

どうして廃れたのかは不明だが、その銀色の飛行船2隻がスタジアムの試合会場から見える上空を浮遊していた。

続いて注目したのはやっぱり観客数の多さだ。

オレの世界のJリーグでもここまでの動員数はないだろう。まあ、Jリーグのような大きなフラッグや横断幕は観客席にやたらとあったがね。

こんな何万人の観客が見ているところで勝負をする訳か~。(ニヤニヤ)

なんか燃えてくるものがあるな~。(ニヤニヤ)

テンションが上がってきたぞ。(ニヤニヤ)

よし、やってやりますか。(ニヤニヤ)

と思ったのも束の間、オレはある重大な事実に気が付いた。

・・・ん? あれ?

気の所為か?

オレは試合場の石畳のリングの上から周囲の全方位のフラッグの内容全部を確認していきーー

き、気の所為じゃないだと~。

全部のフラックが香を応援するものじゃねえかっ!

オレを応援するフラッグが一つもないって。

柊流は応援の観客を動員していないのか?

ったく、こっちの世界のもう一人のオレ、どれだけ人気がねえんだよ?

あぁ~あ、何かテンションがガクッと落ちちまったな~。

やっぱ、さっさと秒殺して帰ろっと。

ってか、香の奴、まだ出てきてねえじゃん。

待たすね~。

と思ってると、





『さて、続きましては弱冠15歳でプロハンターとなり、今やハンター界でトップ10入りを果たした、チーム『艶姫』のトライアングルの一角、猪熊剣道場の剣姫、東京の守護者、疾風の桜吹雪、猪熊香選手の入場です』





そのやたらと長いアナウンスで対面の入場口から香が出てきたと思ったら観客から大歓声が上がった。

オレの時はそんな大歓声はなかっただろうが。

おまえら、本当に見る目がないな~。

こっちの世界の香と比べても、オレの方が強いだろう、どう見ても。

いったい、どこに目を付けて――ん?

入場してくる香を見て、オレは違和感を覚えた。

歩き方に微かにズレがないか?

ああ、そうか。香の奴、左足を怪我してやがるな。

つまり、怪我をしてる状態でオレと戦う訳だ~。

ハッハ~。

ナメられたものだね~。このオレも~。

ーーそれでもオレは剣では紙めた真似はしないんだけどな。

うちの祖父様、その辺の指導がやたらと厳しかったから。 

でも「騙すのはありだ」と祖父様も言っていた。

なので、

「ひぃ、ひぃええ~、本物の猪熊香だ~。か、勝てる訳がないのにぃ~」

名演技をオレは披露した。

こすい方法だが、大歓声の中、オレのその声が聞こえたのか香が馬鹿にしたように笑った。

効果抜群だろ?

この調子でどんどん行くぜ。

「ど、どうして、ボクが、こんな目に~。悪いのは猪熊流を怒らせた曾祖父様達なのに~」

「猪熊のカオリ姫なんかに勝てる訳ないじゃ~ん」

「ど、どうか、こ、殺されないように天国のお母様、見守っていて下さい~」

オレの名演技の数々に、香はどんどんさげすんだ眼でオレを見たのだった。





香の入場が終わって、審判のオッサンに呼ばれてオレは試合場の中央で香と対面した。

「ひぃ、近くで見たら更に強そう~」

オレの呟き攻撃の前に、香は思わずプッと吹きながら、

「安心しなさい。一撃で終わらせてあげるから」

「そ、そんな無様な負け方はしないぞ~。さ、三合は持たせて見せるんだからな~」

「わかったわ。柊流に敬意を払って三合で決めてあげるわね」

とオレ達が会話する中、審判のオッサンが、

「このデュエルはデスマッチだ。勝てないと悟ったらすぐに棄権するように。場外に出たらその時点でデュエルは終了だから逃げるように」

「・・・は、はい」

「わかりました」





「では、はじめっ!」





審判のオッサンの声と同時に、香が日本刀を抜いた。

その日本刀の刀身は赤半透明のガラスのような作りだった。

「へっ? レッドムーン鉱石製の刀身? は、反則だ~。し、審判っ!」

とのオレのリアクションは残念ながら演技ではない。

レッドムーンに石製の武器は、対コスモアネモニー用に発見されたこっちの世界だけに存在する鉱物だ。

対コスモアネモニー用の武器なのだから強度が従来の日本刀の刀身よりも強固だった。

その最大の特性は気闘法を通わせた時にある。コスモアネモニーの体液に触れても解る事がなかったのだ。

それどころか逆にコスモアネモニーの体液を蒸発させる性質があり、対コスモアネモニー用の武器として重宝されていた。

まあ、強固な材質なので、普通に武器として使用しても、一合で日本刀の刀身なんて砕けるんだけども。

それくらいの強度がある。

こんなのを対人戦で使うなんて反則だからな。

なので、オレは正当な主張をした訳だが、審判のオッサンは、

「事前に使用許可が申請されているのでルール上は問題ない。ファイトっ!」

続行だと~。

「そ、そんな~」

オレは絶望の顔を作ると香が呆れながら、

「ほら、さっさと抜きなさい」

と言ってきたので、オレは遠慮なく、





「柊流居合抜刀術、遅れ春風」





左側に構えた日本刀を抜くフリをしてゆっくりと動かす右手の手刀を横切るフェイントと共に左手の逆手で握った刀にぶん回し、刀身半分に引っ掛けた鞘で香の横面をバキッと神速で殴ったのだった。





はい、終わり。 
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