短編集

竹井ゴールド

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婚約者に新しい回復薬の精製法を勝手に発表されて婚約破棄された令嬢は実家から追放されて隣国へと旅立った。半年後、その回復薬の欠陥が判明し

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「アニス・ペインタス、オフィキナリス王国への叛意のあるおまえとは結婚出来ないっ! この場にておまえとの婚約は破棄させて貰うっ!」

 そうオフィキナリス王国の王宮の研究棟の主任室で、婚約者であるメリスト・クロス様にそう言われても、私ことアニス・ペインタスは理解出来ませんでした。

 その前に凄い事を言われたので。

「ま、待って下さい、メリスト様」

「ああ、鬱陶しい泣き言は聞きたくないっ! この婚約破棄は決定事項だからなっ!」

「そ、そうではなくて、その前におっしゃった事をもう一度お願いします」

「? おまえが隠してた新型の回復薬の精製法をオレの名前で陛下に献上した。陛下はいたく喜ばれてな。オレを男爵から一気に伯爵にするとおっしゃられていたぞ。後日、正式に伯爵位の授与式があるだろうが、新型の回復薬が完成していたのに隠蔽してオフィキナリス王国に多大な損害を与えようとした罪で研究棟をクビになるおまえにはもう関係のない事だっ!」

 何か情報が増えてるっ!

 クビになるの、私?

 そうじゃなくてっ!

「あ、あの薬を発表したのですか?」

 ゴクリッと唾を飲み込みながら、私は質問しました。

 あの欠陥のある回復薬を?

 どうして?

 アレは問題があるから開発を中止したのに?

「発表どころか、もう1月前から生産している」

 そうメリスト様が得意げに言われた時には、私は目の前が真っ暗にやりました。

 お先真っ暗とはこの事です。

 あれを1月前から作ってるぅ?

 いえ、まだ間に合うわっ!

「今すぐ生産を中止して下さい、メリスト様。あれは欠陥品なんですから」

「黙れ。あんなにも素晴らしい回復薬を発表もせずに私物化しようなど研究者の風上にも置けぬ奴に、とやかく言われる筋合いはないっ! おい、警備兵、早く来いっ! この愚か者をこの研究棟から摘まみ出せ」

 その言葉で部屋に入ってきた警備兵2人に私は両腕を掴まれる中、

「お願いです、メリスト様。あの回復薬は欠陥品なんですっ! あんな物が世に出回れば大変な事に・・・・・・」

 必死に私が懇願したのに、

「ふん、まだ言うか。私にフラれて正気を失ったか。やれやれだ」

 メリスト様はそう呆れられて、私が連れ出された主任室のドアは閉じたのでした。





 私は本当に研究棟を追い出されました。

 私物は後日、自宅に配送するそうです。

 私は仕方なく自宅であるペインタス家に戻ったのですが、そのペインタス家の屋敷ではお父様が待っていて、

「アニス、おまえ、クロス男爵から婚約破棄されたというのは本当か?」

 と質問されました。

 発表された欠陥品の回復薬の事で頭が一杯な私が、

「ああ、そう言えば、そんな事を言ってたような・・・」

 そう同意すると、

「この大バカモンがっ! 新薬を発表して伯爵への昇格が内定しているクロス男爵との婚約を破棄されるなど・・・・・・研究などにうつつを抜かして婚約者に逃げられるような娘は要らんっ! おまえなど追放だっ! 貴族籍を抜くから、どこへなりとも消え失せろっ!」

「そんな・・・」

 お父様に言われて、一瞬そう思ったのですけどーーいや、ありかも。

 アレの生産が止められないのであれば。

 でも、その前にあの薬の危険性をオフィキナリス王国の首脳に上奏しないと。

「畏まりました。明日にでも出て行きますね」

「何を悠長な事をっ! 今すぐ出て行けっ!」

「そんな・・・私にはまだやる事が」

「五月蠅いっ! 出て行けっ!」

 こうして私はその日内にペインタス家を追われたのでした。





 まあ、働いていたので銀行に預金があり、お金には困りませんでしたが。

 全額を引き下ろして、宿屋でオフィキナリス王国の幹部に上奏文を送った後、私はさっさとこのオフィキナリス王国から去りました。

 連座で処刑なんて嫌だったからです。


 ◇◆◇


 1ヶ月後、アニスが隣国との国境に辿り着いた日。

 オフィキナリス王国の王宮の謁見の間では授与式が盛大に催されていた。

「素晴らしい新薬開発の功績を讃え、メリスト・クロスに伯爵位を与える」

「ははっ、ありがたき幸せ」

 謁見の間に居る貴族達が見守る中、オフィキナリス王国の国王の前に跪き、手ずから胸に伯爵の勲章を付けて貰ったメリストは鼻高々に答えたのだった。





 その後、メリストは公爵家の令嬢と結婚したが、その幸せは長くは続かなかった。

 国外を脱出したアニスがオフィキナリス王国の国王、宰相、騎士団長の3人に宛てて送った書状の所為だ。

 国王へ送った上奏文は当然、本人の手元にまでは届かなかった。

 そんなのが届いたら、毎日何百通と国王の許に手紙が届く事になるのだから。

 だが、宰相と騎士団長の手元には、公表されたばかりの新薬の情報だっただけに、実は運良く、書状が届いていた。

 それなのに回復薬の生産が中止にならなかったのは、相手にされなかったからだ。

 メリストが元婚約者との婚約を破棄した事が伝わっていた関係で、大方、婚約破棄された腹いせに元婚約者の悪口を書いたのだろう、と思われていたからだ。





 よって、新薬の回復薬はオフィキナリス王国で生産はされ続け・・・・・・

 あの回復薬の欠陥は、驚異的な回復力こそあるが、それは人間が元来持つ回復力を無理矢理、前借りしてるだけで、平均7回服用すると、その回復力が底を尽き、身体が痩せ細り、それでも服用すると最悪、死に至るというモノなのだが・・・・・・・

 負傷する度に、新薬の回復薬を使い続けた騎士や兵士の中に、その症状が出てくる者が現れたのは4ヶ月後で・・・





 その時になって、始めて、

「うん、何故か、知ってるぞ、この症状?」

 と宰相と騎士団長は思い当たったが、手紙を受け取って4ヶ月後だったので、どうして知ってるのか2人は思い出せなかった。

 アニスの手紙も既に破棄されていたので。

 だが、宰相と騎士団長はその知ってる情報を前提に独自に検証した結果・・・





 2ヶ月掛けてようやく、本当に今やオフィキナリス王国中に流布されてるあの新薬が欠陥品である事が証明したのだった。





 そして半年後、オフィキナリス王国の王宮の謁見の間では、国王が激怒していた。

「この愚か者がっ! よくもあんな死をもたらす危険のある欠陥薬を新薬などと偽ってに勧めてくれたなっ! 余も2回、あれを飲んでしまっているのだぞっ!」

 自分も飲んでるので尚、怒ってる。

 当然だ。

 命の危険がある物を飲んだのだから。

 命に危険があるのなら毒と一緒だ。

 毒を飲まされて怒らない者などいない。

「ち、違うのです。あの薬は元々、アニス・ペインタスが作った物でーー」

 メリストは真実を述べて弁明し、その言葉を聞いて同席していた宰相と騎士団長は、

(あっ、そうか)

(そう言えば)

 と思い出したのだが、危険だと上奏を受けておきながら無視したとバレたら激怒中の国王のとばっちりに遭うのが明白だったので、処世術に長けた2人はあの手紙を受け取らなかった事にして沈黙を保った。

「今更、そのような嘘を吐くなっ! 新薬発表の際にはそのような事、一言も言わなかったではないかっ!」

「そ、それは・・・」

 アニスから新薬開発の功績を横取りして、その上、婚約者を捨てたからだが、そんな事、口外出来る訳もなく、メリストが黙る中、激怒してる国王が、

「宰相、あのような毒物を新薬と偽って作った者に対する罪状は?」

「国家反逆罪、国王陛下暗殺未遂、服用したと申告した貴族が50人以上な事から貴族大量暗殺未遂による国家騒乱罪、騎士や兵士の死者が23名、虚弱の症状が出てる者がオフィキナリス王国内で400名以上の事から大量殺人罪。貴族の爵位を得た事による特級詐欺罪。他にも余罪は多数ありますが、当然、公開処刑が妥当かと」

「お、お待ち下さい。今すぐ解毒薬を開発するので―――」

 とメリストが命乞いをしようとしたが、その発言を受けて、

「解毒薬だとっ?」

 国王が更に激怒した。

「毒と認めたな、貴様、今っ! ええぇ~い、実に腹立たしいっ! 今すぐ、このバカを公開処刑しろっ! いいなっ!」

 その国王の鶴の一声で・・・





 5日後、オフィキナリス王国の王都の広場に設定された断頭台では首枷にセットされたメリストは、集まった群衆達に、

「この人殺しっ!」

「さっさとくたばっちまえっ!」

「極悪人っ!」

「死に晒せっ!」

「高い金を払って飲んじまったじゃねぇかっ!」

 怒号と共に投石をされていたのだった。

 あの回復薬が死に至る毒だとオフィキナリス王国が認めた事で、飲んだ者達は当然、全員が怒っていた。

 絶大な効果から半年間で結構な数が出回っていたので、飲んだ被害者数は数万人に及んでいた。

「さっさとくたばれっ!」

 との怒りをぶつけられる中、メリストが、

「違う、オレじゃない・・・全部、アニスが・・・」 

 断頭台にセットされて刃が落ちてくる恐怖から泣きながら弁明したが・・・

 悪いのはアニスの忠告を聞かなかったメリストだった。

 厳密には、アニスの研究資料の内容を理解出来なかった無能さがあくだった、のたが。

 研究資料の内容を理解する頭があれば欠陥品だと一目で分かったはずだが、無能ゆえにこのような目にあっていた。

 そして、刃を止めてる縄が切られ、

「ギャアアアアアアア」

 メリストは公開処刑されたのだった。


 ◇◇◇


 私がメリスト様の処刑を知ったのは1年後でした。

 と言うのも、私はオフィキナリス王国から3国挟んで遠く離れたクレマチス王国に居たからです。

 隣国だと追っ手を放たれる可能性もある、と鑑みて逃げてきた訳ですが。

 このクレマチス王国では、私は小さな薬局の若旦那のボギーに熱烈に口説かれて、奥さんに納まっていました。

 元は貴族で男爵令嬢でしたが、まあ、夫が平民でも仕方ありません。

 実家からも追放されましたし、高望みも出来ませんから。

 そんな訳で、私は結構、新鮮な平民生活を楽しみながら、

「へぇ~、そんな事があったんだぁ~。毒を薬と偽って売るなんて怖い人も居たものねぇ~」

 そう薬草を卸す行商人と世間話をしてると、

「そう言えば、アーニャさんもオフィキナリス王国の出身じゃなかったっけ?」

 そう問われて、内心でギクッとしながらも、

「まあね。でも、私はただの行商人だったから」

 と笑って、乗り切ったのだった。

 ああ、因みにアーニャと言うのは私の今の名前です。

 お父様から家を追放されてペインタスの家名は使えないけど、アニスなんて名前を使ってた日には、どこで素性がバレるか分からないから。

 行商人と喋ってると、夫のボギーが奥から、

「アーニャ、世間話もその辺にして・・・」

「わかってるわよ、旦那様」

 私はそう笑いながら、薬局の奥に行き、新婚だったので他の男と喋っ出た事に嫉妬した夫に抱き寄せられてキスをされてから、調合室で普通の回復薬の調合を始めたのでした。

 夫は平民だけど私を大切にされてるのに私は結構幸せでした。





 おわり
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