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婚約破棄された貧乏男爵家の令嬢は偽名で仕立て屋に就職したけど、王国の後継者問題のせいでチーズとして王宮で王妃様の針子をする事になりました
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「エリティス・リワーっ! おまえとの婚約を破棄するっ!」
ホーンビーム王国の貴族学校の卒業パーティーでそう盛大にやらかしたのは私ことエリティス・リワーの婚約者であるホーム・デスーロ様でしたわ。
ええっと、何をおっしゃってるのかしら、このおバカ様は?
とは正直、私は思いませんでした。
実は前々から予感があったからです。
だって我がリワー家は男爵位なのですけど、正直貧乏で、デスーロ子爵家の後継者であるホーム様も嫌そうにされていましたから。
「あの、理由を伺っても?」
「それはおまえの家が貧乏だからだっ!」
ドヤ顔でそうホーム様はおっしゃいましたわ。
やっぱり。
私はそう思いましたが、ここで引き下がる訳には参りません。
婚約破棄されたのだったら、慰謝料を分捕らないと。
そうでないとお父様もお母様も弟達4人も困ってしまいますから。
例え、卒業パーティーの出席されてる同級の令息や令嬢の皆様がクスクスされてて恥ずかしくても私はホーム様に、
「ウチが貧乏なのはデスーロ家の小父さまや小母さまも御存知だったはずですが? それを承知で婚約を申し込まれたのに、卒業パーティーで婚約破棄だなんて。それだとホーム様のワガママの有責になると思いますが?」
「そんな訳あるかっ! おまえは婚約者の義務を果たしていなかったからであろうがっ?」
「? 卒業パーティーで婚約者を放ったらかしにしてエスコートされてないのはホーム様ではありませんか?」
「それは・・・・・・いや、それ以前に、おまえは家に呼んでも来なかったであろうが?」
「当然ですわ。ウチは貧乏で馬車がないのですから。そちらが用意して下さいませんと。現にデスーロ家で本当に私を招きたい時は、ちゃんと馬車をご用意されてましたわよ?」
馬車を用意してくれないから先方に出向けなかっただなんて。
言ってるこっちが恥ずかしくて赤面しそうですが、堂々と言い張ってやりましたわ。
やっぱり貧乏なのに弟が4人も居る環境で育ったからでしょうか?
可憐で物分かりの良い令嬢とは程遠い、肝っ玉が付いてしまったようで。
それにそもそもここだけの話、実家では生活費の足しにと刺繍や裁縫三昧でしたので、大した用もないのにデスーロ家に出向くなんて無駄な事、出来なかったんですよね。
「黙れっ! ともかく、おまえとの婚約は破棄するっ!」
「ええ、畏まりましたわ。後日、デスーロ家との話し合いで決着を付けましょうっ!」
私はホーム様との婚約破棄を終えた後も、せっかくの卒業パーティーですので、ちゃんと残って思い出作りをしましたわ。
だって、我が家は本当に貧乏なので、私はもうこんな煌びやかな世界には足を踏み入れる事はないと知っていましたから。
後日、デスーロ家の小父さまと私のお父様の間で破棄ではなく婚約解消の話し合いが行われて、白紙という事で話は付いたそうですわ。
まあ、それでも、貧乏人の我が家からすれば、結構な見舞金をいただきましたが。
さて、問題は私の進路です。
貴族学校卒業後はすぐにデスーロ家に嫁いで、我が家の食い扶持を減らす予定でしたが、我が家に居座る事になりまして。
すぐに恥を忍んで通ってた貴族学校で仕事を斡旋して貰おうと思ったのですが、制服姿で出向いた私に担任だったセンセーが、
「スマン、もう王都内での仕事はないんだ。地方にはまだ結構あるんだが」
「ですわよね」
私は暗い顔になりました。
地方なんて冗談ではありませんわ。
だって、王都から移動するのにお金が掛かるんですもの。
そんなお金、貧乏な我が家にはありませんから。
そんな訳で、
「分かりました。他を当たります」
そう言って貴族学校を出た私は・・・・・・・
古いけど一応は貴族屋敷のリワー男爵邸で、両親に、
「偽名で平民として働こうと思うのですが」
「働くってどこで?」
「仕立て屋です。裁縫や刺繍は得意だから」
これは本当です。
こちとら6歳の時から、お母様が家計を助ける為に内職で刺繍や裁縫をされていたので、長女の私が弟達の服を全部、直してたんですから。
弟達が手間が掛からなくなってからは、私もお母様に倣って内職をやってましたから。
そんな訳で、偽名をエリーとして(まあ、愛称ですけど)、適当な経歴をでっち上げて仕立て屋の面接を受けて、裁縫のテストをやったら見事合格して雇われて働く事が出来ましたわ。
私が働くのに選んだ仕立て屋はこじんまりとした仕立て屋でした。
表通りに店を構える一流店は敷居が高くて。
でも、この店を選んで失敗した、と気付いたのは3ヶ月後の事でした。
勤続3ヶ月でもう仕事を完璧に覚えて、内職が歩合制だった所為で仕事が早かった私は奥の工房でバリバリ働いてたのですが、仕立て屋がこじんまりしていたので、工房で働く人数は5人で、今日は4人しか来ておらず、店長のブルドーさんが、
「ミナさん、悪いが午後から付いてきておくれ」
「嫌だよ、私は腰が痛いんだから」
「じゃあ、アンさん」
「悪いけど、私は今日は午前で早引きだよ」
との会話の後に、店長さんが残る2人を見渡して、
「じゃあ、仕方ない。エリーで」
「えっ? 私ですか? 分かりました」
「よろしく。外出着はこちらで用意しておくから」
と言われて、店長さんが出て行き、
「外出着を着て出張って事は貴族様の御屋敷に行くんですよね?」
工房の生き字引のミナお婆ちゃんに尋ねると、
「それは行ってからのお楽しみだよ」
と言われ・・・
午後からは店長さんと店の馬車で先方に出向いました。
馬車内で店長さんが、
「ああ、そうそう、これから出向く場所だが、どこへ行ったかは皆にも内緒だからね。喋ったらクビだから」
「クビ······ですか?」
「ああ、お客様の情報を喋るような裁縫係は嫌われるから。この商売は口が固くないとダメだから覚悟するようにな、エリー」
「はぁ~い」
と平民のフリをして気軽に答えた訳ですが・・・・・・
出向いた先は王宮の裏門でした。
はぁいぃぃ?
私が驚く中、店長さんが守衛小屋? でしょうか、そこで、
「ブルドー裁縫店です」
「ああ、御苦労さん。すぐに向かってくれ。王宮内の騎士団の幹部の執務室だ。兵士が案内する」
「畏まりました」
と店長さんが返事して、本当に兵士さんが先導する中、私は、
「えっと、ここってーー」
「喋らない。いいね、エリー」
「はい」
私は仕方なく兵士さんと一緒に店長さんに付いて行き、途中からは案内役が騎士さんに替わって、王宮の廊下で女官や騎士や文官の人達と擦れ違いながら、出向いた先は、王宮の一室のドアの前でした。
案内された騎士の方がノックしてから、
「ブルドー裁縫店の方が来られました」
「すぐに通せ」
との室内からの返事で店長さんと私だけが室内に通されました。
室内に居たのはかなり若い騎士の方お1人でした。
正直、私と同年代くらいの。
それで王宮内に部屋持ちって。公爵家のお坊っちゃんかしら?
「良く来てくれた、ブルドー。悪いがすぐにこれを直してくれ」
その騎士の人が肩飾りの付いた制服を投げて来られました。
まずは店長さんが確認して、制服のボタンが外れてるのを見て、
「ボタン直しだけですね?」
「ああ、そうだ」
そう若い騎士の人が答えたので、
「えっ? ボタン直しの為だけにわざわざ呼ばれたのですか?」
私が思った事を口にすると、店長さんが慌てて、
「こら、エリー」
「あっ、スミマセン。直ちにボタンを付けます。糸はこちらの用意したもので?」
「ああ、そちらに任せる」
と言われたので、店長さんが、
「最高級品の黒系だ、エリー」
そう指示されたので、ボタンくらい、そりゃ、チャッチャと付け直しましたよ。
「うむ。悪くない」
制服を着た若い騎士の方がそう言われて、
「ありがとう、お嬢さん。ところで、キミ、貴族か?」
「まさか、平民ですよ、オホホホ」
「ふむ。まあ、良かろう。御苦労だった」
それだけで本当に王宮から裁縫店の工房に帰る事になったのですが・・・
私の家って貧乏貴族でしょう?
だから顔なんて知る由もなくて、王宮のあの室内で誰も騎士の人の名前を呼ばなかったので私は最後まで気付かず、後日、知る事になったのですが・・・
あの人、第2王子様だったそうです。
なので、あの時の質問は最初から私の素性を知ってての質問だったっぽく・・・
3日後には執務室で店長さんが真面目な顔で、
「エリー、キミはクビだ」
「クビ? どうしてですか? 私、何もミスなんてしてませんよね?」
ここ、お給料も良かったので、私は必死に訴えたのですが、店長さんが一言、
「エリティス・リワー男爵令嬢」
と言われて私はぐうの音も出ませんでした。
えっ? どうして正体がバレたの? それも名前まで?
と私が眼をパチクリする中、
「まさか、貴族のお嬢様がウチで偽名で働いていたとはな」
「いやいや、貧乏貴族でして、正直お金がなくて、出来ればこのまま雇っては・・・」
「ウチはダメだ。だが別の働き口を紹介しよう。そこで働きなさい、お嬢さん」
と紹介された先は・・・
王宮勤めの針子でした。
もちろん、採用テストもあり、既に裁断された布地でドレスを作りましたわ。
手の込んだフリル付きのドレスだったので2日掛けて。
それで採用されて任された王宮の配属先は、何故か大部屋ではなくて、いきなり王妃様付きの針子でした。
「ど、どうして?」
いくら肝っ玉があったって王妃様の担当なんて驚くに決まっています。
なので、採用と配属先を通達した試験官で上司になるナッツ夫人に質問すると、
「アナタの腕がいいからよ。それにリワー男爵家は王家直参で寄り親もいないし」
「でもウチ、貧乏ですよ? 買収されるかも」
「自分で言わないの・・・それにここだけの話、それが狙いらしいわよ、この採用は」
「?」
「王妃様の周囲を嗅ぎ回ってるネズミ捕りのチーズって事よ、アナタは」
だそうです。
我がホーンビーム王国は貧乏男爵の私には殆ど関係ない事ですが・・・
ホーンビーム王国には実はまだ王太子が居ないんですよねぇ~。
王子が居ないって訳では無くて、側妃様が産んだ第1王子と、王妃様が産んだ第2王子のどっちを後継者にするかで揉めてて、王太子を決めれなくて。
そんな訳でホーンビーム王国は現在、第1王子派と第2王子派に分かれてて・・・
貧乏貴族の我が家は何の役に立たないので蚊帳の外だった訳ですけど、この度、第2王子と王妃様の陣営に勝手に組み込まれたようです。
そんな訳で私に拒否権はなく、王宮で働く事になりました。
そのチーズの話は本当らしく・・・・・・
王宮に採用された5日後には、人払いされた王宮の室内で初めて王妃様のオレンジーニュ様を見るどころか、下着姿で身体の寸法をナッツ夫人に測られてる際に、お母様と同世代だとは思えない美貌の王妃様から、
「アナタがそうなのね。話はマチルダから聞いてる?」
声を掛けていただきました。
「ええっと、その、マチルダ様とはどなたの事でしょうか?」
と私が困惑してると、身体をメジャーで喋ってるナッツ夫人を見て、
「ああ、マチルダ・ナッツ夫人よ」
王妃様が面白そうに笑いながら教えて下さいました。
「ああ、はい。ネズミ捕りのチーズの話ですね?」
「そうよ。頑張ってね」
「私にチーズ役が務まるかは分かりませんが、王妃様の為に頑張ります」
「褒美は何がいいの?」
「無論、金貨で。ウチ、貧乏なので」
「・・・そう、わかったわ」
面白い物を見るような顔で王妃様が私に微笑まれて顔合わせは終わったのでした。
ですが、それからは全然何事もなく、半年間が過ぎました。
私は普通に家からの通いで(まあ、泊まり込みの日もありましたが)王宮で働いた訳ですが·······
いやぁ~。さすがは王宮勤め。
食堂で食べる賄いは美味しいし、王妃様付きなので他の針子よりも給料もいいし、余った質の悪い布(庶民や貧乏貴族には高級品)の残りも貰えて、それで家で服まで作れて、もう最高ぉ~。
と私はチーズの事を完全に忘れて、お気楽に王宮勤めをやってたのですが・・・
その頃です。
ネズミがチーズに喰いついたのは。
我がリワー男爵家は本当に貧乏で、雇ってる使用人は住み込みの料理人、家庭菜園管理人、弟達の世話係と家庭教師係、その他諸々を1人でこなす、老婆のゼインさん1人だけだったのですが・・・
この時は更に2人も雇っていました。
無論、王妃様が用意した密偵なんですけどね。
でも使用人としても優秀で、弟達も懐いてました。
そして、チーズに引っ掛かったネズミというのが、お笑いな事に、デスーロ子爵家のホーム様でした。
卒業パーティーで私をフッておきながら、まだあれから8ヶ月しか経過していないのに我が家に先触れを出してノコノコとやってくるこの図々しさ。
思わず笑ってしまいましたわ。
我がリワー男爵邸で一番豪華な客室で、
「久しぶりだな。王妃様の針子をやってると聞いたぞ。出世したな」
愛想笑したホーム様が私の機嫌を取るように話し掛けられましたわ。
卒業パーティーで貧乏だからとフッておきながら。
なので私は沸々とした不機嫌さを我慢しながら、それでも嫌味っぽく、
「それで怖くなって謝罪に来られたのかしら? 聞けば、そちらはもう結婚されたそうね? いつから付き合ってたのかしら? まさか私との婚約中からじゃないでしょうね?」
「そんな訳あるか」
「まあ、いいわ。それで何の御用なの?」
「オレに王妃様の情報を流してくれ。相当の金額でその情報を買おう」
「そうねぇ、どうしようかしらぁ~」
「何を勿体ぶっている? 金が居るのだろう?」
「あら、気付かなかった? 我が家の使用人が増えてる事に? 最近、私が働き出したからか収入が増えたのよねぇ~。それで雇えるようになって。わざわざ危険を冒さずとも現状維持で十分満足なのよ」
「・・・なら、どうすれば情報を売ってくれるんだ?」
「領地と爵位。我がリワー男爵家は領地を持っておらず、お父様が役職に就けなかった事もあって、雀の涙ほどの年金の支給だけで苦労したから。税収が見込める領地が欲しいわ。後はもう1つ男爵位を貰おうかしら? ウチは弟が多いから」
「待て、何を言ってる? オレがそんな事出来る訳がーー」
とホーム様が言われたので、私はホーム様の付き添いで同席されてる執事を見ました。
30代の切れ者風の。
ああ、因みに、こちらは使用人は同席しておりませんわ。
そんな事しなくても壁が薄くて隣室まで会話が筒抜けですから。
「ホーム様には出来なくても、そっちの使用人を装った紳士なら約束出来るんじゃないかしら?」
「ど、どういう意味だ?」
ホーム様が動揺される中、私は笑いながら、
「あら、私、これでもホーム様と4年も婚約してましたのよ? 嫁入り先のデスーロ子爵家の使用人の顔くらいは覚えてますわ。本邸にはオーンさん、ベドさん、レッカさん、ロンドさん。領地にはググロさん、ドボルコさん、エンさん。ねっ? なら、ホーム様付きのレッカさんを押し退けて同席してるそちらの紳士は誰なのかしら?」
使用人の名前を挙げた私がそう尋ねると、
「なるほど。デスーロ子爵令息の報告以上ですね、リワー男爵令嬢は。王妃様の針子に抜擢されるだけの事はある」
そう執事の方が答えました。
「情報を流す見返りは領地と男爵位をもう1つ、それでいいのですね?」
と確認されたので、
「はあ? 御冗談でしょ? 守られるかも分からない口約束だけで情報を渡す訳ないでしょ。情報料もちゃんといただきますわ、相場の3倍の」
「3倍ですか?」
「えっ、私が卒業パーティーで何をされたか聞いてませんの?」
「・・・ふむ、2倍でお願いします」
「あら、値切るだなんて、そちらも商売上手ね、いいでしょう。但しーー」
私は席を立つとテーブルを迂回して、向かい側に移動し、
「この浮気男の卒業パーティーの時の謝罪も付けて貰いましょうかっ!」
そう言うとホーム様の髪を鷲掴みにして、無理矢理頭を下げさせたのでした。
「イタタタッ! 止めろっ! エリティスっ!」
「はあ? 気安く名前を呼ぶんじゃないわよ、この浮気男がっ! まだ聞いてないわよ、私はアンタの口から卒業パーティーで婚約破棄した事への謝罪をっ! それを有耶無耶にして情報が欲しい? 馬鹿なんじゃないのっ! ほら、抵抗してないで、さっさと頭を下げなさいなっ! アンタもこの浮気男に頭を下げるように命令しなさいよねっ!」
と私は激昂したのでした。
えっ? 貴族の令嬢にあるまじき行為ですって?
こっちは弟が4人も居るのよ?
諭しても分からない子は力で抑えるのが一番なんだから。
「ほら、さっさと謝りなさいっ! 浮気していてすみませんってっ!」
「だから浮気なんて・・・・・・」
「はあ? こっちは王妃様の針子をしてるのよ? 知りたい情報は何でも手に入るのっ! 卒業した学年の冬休み、アンタが領地に浮気相手を連れて行ったの、こっちはちゃんと知ってるんだからねっ!」
と無理矢理髪を引っ張って頭を下げさせてると紳士が、
「謝罪しろ、デスーロ子爵令息」
「しかし・・・」
「謝罪だ」
「そうよ、謝罪しなさい」
紳士と私に言われて、ようやくホーム様が、
「・・・すまなかった、エリティス」
「聞こえない、もっと大きな声で」
「すみませんでした、エリティス」
「エリティスじゃないでしょっ! いつまで婚約者ヅラしてるのよっ!」
「すみませんでした、リワー男爵令嬢っ!」
「何を謝ってるのかしら?」
「卒業パーティーで婚約破棄をしてーー」
「浮気が抜けてるっ!」
「浮気しておいて卒業パーティーで難癖を付けて婚約破棄をしてすみませんでした、リワー男爵令嬢っ!」
とホーム様が叫んだところで、私はようやくホーム様の髪の毛を放して、
「まあ、いいでしょう」
と尊大に頷き、席に戻ったのでした。
「これで満足されましたか?」
と紳士が質問してきたので、
「ええ、今日のところはね」
「今日のところとは?」
そう紳士が聞き咎めたので、
「あら、私が情報を渡す繋ぎ役は、私が王妃様の針子になった事で怖くなって機嫌を取りに元婚約者の家にやってきてる情けない浮気男なんでしょ? 浮気男にはちゃんと毎回謝って貰わないと」
私がぬけぬけと言うと、紳士が、
「敵いませんな。では、それで」
「領地と男爵譲渡の覚書はどうしましょうか? そんなのが書面で残るとこちらもバレた時に面倒なんだけど」
私が真面目な顔でそう尋ねると、
「そうですな、書面は拙いでしょう。口約束を信じていただくしかありませんな」
「まあ、いいわ。では、これからもよろしくね、お二人さん」
「おっと、私はもう来ませんが?」
「はあ? それじゃあ、この浮気男が頭を下げないでしょうがっ?」
「ちゃんと別の者を付けますからご安心ください」
「本当でしょうね」
私と紳士が朗らかに今後の事を語る中、ずっとホーム様は無言で悔しそうに私を睨んでましたわ。
ウフフ、なんて気分がいいのかしら?
ああ、一応、断っておくけど、この取引は私が王妃様を裏切ったからじゃないわよ。
王妃様の命令でやってる事なんだから。
勘違いしないでね。
それを証拠に、ホーム様を10回以上の訪問の度に、毎回金貨を巻き上げて、更には髪を掴んで頭を下げて謝罪させて、と楽しい5ヶ月を過ごした後・・・
国王陛下の行列を賊が襲撃する事件が起きました。
それも、その国王様の行列を襲った賊の黒幕が、何と、第1王子と側妃様だった、という衝撃の事実のオマケつきの。
まあ、早い話が王妃様陣営が、第1王子派を見事にハメたって訳です。
もちろん、私も一役買ってますわよ。
だって、その国王陛下の襲撃された日時と場所を、王妃様の移動情報としてホーム様に売りましたもの。
そして、その結果・・・
激昂した国王様によって大粛清が執行されましたわ。
第1王子と側妃様は国王陛下の暗殺を企んだ大罪人として、王都の広場で、公開処刑の断頭台送りとなり・・・
第1王子と側妃様の2人が断頭台送りなのですから、第1王子の側近の大物貴族を筆頭に貴族14家の一族全員、合計100名以上が3日間に渡って断頭台で公開処刑されたそうですわ。
さすがに私も、見学に行く、という悪趣味な真似はしませんでしたけど。
だって、王宮に仕えてる王妃様の取り巻きって皆さん育ちが良くて、誰も見学に行きたがらないんですもん。
私だけ見学しに広場に出向いたら浮いてしまいますし。
そうそう。
その公開処刑された貴族14家の1つが、ホーム様と結婚した奥様の実家の伯爵家だった関係で、巻き添えでデスーロ子爵家の皆さんも一緒に処刑されたそうですわ。
つまりは、小父さまも小母さまもホーム様も断頭台で首チョッパっ!
なんて気分がいいのかしら、ウフフフ。
ざまぁみなさい。
浮気した罰よっ!
後、私の家は確かに貧乏だけど、満座で蔑んだ罰ねっ!
そして私はホーム様から巻き上げた金貨の他にも、第1王子派の粛清後に、
「良くやったわ、エリー」
王妃様からも直々に褒美として金貨の入った袋をいただきましたわ。
それで針子の仕事もお役御免かと思ったのですけど、王妃様が、
「ナニを言ってるの、アナタはわたくしの針子でしょ? 傍に居なさい」
とおっしゃられて、そのまま王宮で働く事になったのでした。
私が新たに男爵位を得た王太子殿下の側近の1人と結婚したのはそれから2年後の事でしたわ。
おわり
ホーンビーム王国の貴族学校の卒業パーティーでそう盛大にやらかしたのは私ことエリティス・リワーの婚約者であるホーム・デスーロ様でしたわ。
ええっと、何をおっしゃってるのかしら、このおバカ様は?
とは正直、私は思いませんでした。
実は前々から予感があったからです。
だって我がリワー家は男爵位なのですけど、正直貧乏で、デスーロ子爵家の後継者であるホーム様も嫌そうにされていましたから。
「あの、理由を伺っても?」
「それはおまえの家が貧乏だからだっ!」
ドヤ顔でそうホーム様はおっしゃいましたわ。
やっぱり。
私はそう思いましたが、ここで引き下がる訳には参りません。
婚約破棄されたのだったら、慰謝料を分捕らないと。
そうでないとお父様もお母様も弟達4人も困ってしまいますから。
例え、卒業パーティーの出席されてる同級の令息や令嬢の皆様がクスクスされてて恥ずかしくても私はホーム様に、
「ウチが貧乏なのはデスーロ家の小父さまや小母さまも御存知だったはずですが? それを承知で婚約を申し込まれたのに、卒業パーティーで婚約破棄だなんて。それだとホーム様のワガママの有責になると思いますが?」
「そんな訳あるかっ! おまえは婚約者の義務を果たしていなかったからであろうがっ?」
「? 卒業パーティーで婚約者を放ったらかしにしてエスコートされてないのはホーム様ではありませんか?」
「それは・・・・・・いや、それ以前に、おまえは家に呼んでも来なかったであろうが?」
「当然ですわ。ウチは貧乏で馬車がないのですから。そちらが用意して下さいませんと。現にデスーロ家で本当に私を招きたい時は、ちゃんと馬車をご用意されてましたわよ?」
馬車を用意してくれないから先方に出向けなかっただなんて。
言ってるこっちが恥ずかしくて赤面しそうですが、堂々と言い張ってやりましたわ。
やっぱり貧乏なのに弟が4人も居る環境で育ったからでしょうか?
可憐で物分かりの良い令嬢とは程遠い、肝っ玉が付いてしまったようで。
それにそもそもここだけの話、実家では生活費の足しにと刺繍や裁縫三昧でしたので、大した用もないのにデスーロ家に出向くなんて無駄な事、出来なかったんですよね。
「黙れっ! ともかく、おまえとの婚約は破棄するっ!」
「ええ、畏まりましたわ。後日、デスーロ家との話し合いで決着を付けましょうっ!」
私はホーム様との婚約破棄を終えた後も、せっかくの卒業パーティーですので、ちゃんと残って思い出作りをしましたわ。
だって、我が家は本当に貧乏なので、私はもうこんな煌びやかな世界には足を踏み入れる事はないと知っていましたから。
後日、デスーロ家の小父さまと私のお父様の間で破棄ではなく婚約解消の話し合いが行われて、白紙という事で話は付いたそうですわ。
まあ、それでも、貧乏人の我が家からすれば、結構な見舞金をいただきましたが。
さて、問題は私の進路です。
貴族学校卒業後はすぐにデスーロ家に嫁いで、我が家の食い扶持を減らす予定でしたが、我が家に居座る事になりまして。
すぐに恥を忍んで通ってた貴族学校で仕事を斡旋して貰おうと思ったのですが、制服姿で出向いた私に担任だったセンセーが、
「スマン、もう王都内での仕事はないんだ。地方にはまだ結構あるんだが」
「ですわよね」
私は暗い顔になりました。
地方なんて冗談ではありませんわ。
だって、王都から移動するのにお金が掛かるんですもの。
そんなお金、貧乏な我が家にはありませんから。
そんな訳で、
「分かりました。他を当たります」
そう言って貴族学校を出た私は・・・・・・・
古いけど一応は貴族屋敷のリワー男爵邸で、両親に、
「偽名で平民として働こうと思うのですが」
「働くってどこで?」
「仕立て屋です。裁縫や刺繍は得意だから」
これは本当です。
こちとら6歳の時から、お母様が家計を助ける為に内職で刺繍や裁縫をされていたので、長女の私が弟達の服を全部、直してたんですから。
弟達が手間が掛からなくなってからは、私もお母様に倣って内職をやってましたから。
そんな訳で、偽名をエリーとして(まあ、愛称ですけど)、適当な経歴をでっち上げて仕立て屋の面接を受けて、裁縫のテストをやったら見事合格して雇われて働く事が出来ましたわ。
私が働くのに選んだ仕立て屋はこじんまりとした仕立て屋でした。
表通りに店を構える一流店は敷居が高くて。
でも、この店を選んで失敗した、と気付いたのは3ヶ月後の事でした。
勤続3ヶ月でもう仕事を完璧に覚えて、内職が歩合制だった所為で仕事が早かった私は奥の工房でバリバリ働いてたのですが、仕立て屋がこじんまりしていたので、工房で働く人数は5人で、今日は4人しか来ておらず、店長のブルドーさんが、
「ミナさん、悪いが午後から付いてきておくれ」
「嫌だよ、私は腰が痛いんだから」
「じゃあ、アンさん」
「悪いけど、私は今日は午前で早引きだよ」
との会話の後に、店長さんが残る2人を見渡して、
「じゃあ、仕方ない。エリーで」
「えっ? 私ですか? 分かりました」
「よろしく。外出着はこちらで用意しておくから」
と言われて、店長さんが出て行き、
「外出着を着て出張って事は貴族様の御屋敷に行くんですよね?」
工房の生き字引のミナお婆ちゃんに尋ねると、
「それは行ってからのお楽しみだよ」
と言われ・・・
午後からは店長さんと店の馬車で先方に出向いました。
馬車内で店長さんが、
「ああ、そうそう、これから出向く場所だが、どこへ行ったかは皆にも内緒だからね。喋ったらクビだから」
「クビ······ですか?」
「ああ、お客様の情報を喋るような裁縫係は嫌われるから。この商売は口が固くないとダメだから覚悟するようにな、エリー」
「はぁ~い」
と平民のフリをして気軽に答えた訳ですが・・・・・・
出向いた先は王宮の裏門でした。
はぁいぃぃ?
私が驚く中、店長さんが守衛小屋? でしょうか、そこで、
「ブルドー裁縫店です」
「ああ、御苦労さん。すぐに向かってくれ。王宮内の騎士団の幹部の執務室だ。兵士が案内する」
「畏まりました」
と店長さんが返事して、本当に兵士さんが先導する中、私は、
「えっと、ここってーー」
「喋らない。いいね、エリー」
「はい」
私は仕方なく兵士さんと一緒に店長さんに付いて行き、途中からは案内役が騎士さんに替わって、王宮の廊下で女官や騎士や文官の人達と擦れ違いながら、出向いた先は、王宮の一室のドアの前でした。
案内された騎士の方がノックしてから、
「ブルドー裁縫店の方が来られました」
「すぐに通せ」
との室内からの返事で店長さんと私だけが室内に通されました。
室内に居たのはかなり若い騎士の方お1人でした。
正直、私と同年代くらいの。
それで王宮内に部屋持ちって。公爵家のお坊っちゃんかしら?
「良く来てくれた、ブルドー。悪いがすぐにこれを直してくれ」
その騎士の人が肩飾りの付いた制服を投げて来られました。
まずは店長さんが確認して、制服のボタンが外れてるのを見て、
「ボタン直しだけですね?」
「ああ、そうだ」
そう若い騎士の人が答えたので、
「えっ? ボタン直しの為だけにわざわざ呼ばれたのですか?」
私が思った事を口にすると、店長さんが慌てて、
「こら、エリー」
「あっ、スミマセン。直ちにボタンを付けます。糸はこちらの用意したもので?」
「ああ、そちらに任せる」
と言われたので、店長さんが、
「最高級品の黒系だ、エリー」
そう指示されたので、ボタンくらい、そりゃ、チャッチャと付け直しましたよ。
「うむ。悪くない」
制服を着た若い騎士の方がそう言われて、
「ありがとう、お嬢さん。ところで、キミ、貴族か?」
「まさか、平民ですよ、オホホホ」
「ふむ。まあ、良かろう。御苦労だった」
それだけで本当に王宮から裁縫店の工房に帰る事になったのですが・・・
私の家って貧乏貴族でしょう?
だから顔なんて知る由もなくて、王宮のあの室内で誰も騎士の人の名前を呼ばなかったので私は最後まで気付かず、後日、知る事になったのですが・・・
あの人、第2王子様だったそうです。
なので、あの時の質問は最初から私の素性を知ってての質問だったっぽく・・・
3日後には執務室で店長さんが真面目な顔で、
「エリー、キミはクビだ」
「クビ? どうしてですか? 私、何もミスなんてしてませんよね?」
ここ、お給料も良かったので、私は必死に訴えたのですが、店長さんが一言、
「エリティス・リワー男爵令嬢」
と言われて私はぐうの音も出ませんでした。
えっ? どうして正体がバレたの? それも名前まで?
と私が眼をパチクリする中、
「まさか、貴族のお嬢様がウチで偽名で働いていたとはな」
「いやいや、貧乏貴族でして、正直お金がなくて、出来ればこのまま雇っては・・・」
「ウチはダメだ。だが別の働き口を紹介しよう。そこで働きなさい、お嬢さん」
と紹介された先は・・・
王宮勤めの針子でした。
もちろん、採用テストもあり、既に裁断された布地でドレスを作りましたわ。
手の込んだフリル付きのドレスだったので2日掛けて。
それで採用されて任された王宮の配属先は、何故か大部屋ではなくて、いきなり王妃様付きの針子でした。
「ど、どうして?」
いくら肝っ玉があったって王妃様の担当なんて驚くに決まっています。
なので、採用と配属先を通達した試験官で上司になるナッツ夫人に質問すると、
「アナタの腕がいいからよ。それにリワー男爵家は王家直参で寄り親もいないし」
「でもウチ、貧乏ですよ? 買収されるかも」
「自分で言わないの・・・それにここだけの話、それが狙いらしいわよ、この採用は」
「?」
「王妃様の周囲を嗅ぎ回ってるネズミ捕りのチーズって事よ、アナタは」
だそうです。
我がホーンビーム王国は貧乏男爵の私には殆ど関係ない事ですが・・・
ホーンビーム王国には実はまだ王太子が居ないんですよねぇ~。
王子が居ないって訳では無くて、側妃様が産んだ第1王子と、王妃様が産んだ第2王子のどっちを後継者にするかで揉めてて、王太子を決めれなくて。
そんな訳でホーンビーム王国は現在、第1王子派と第2王子派に分かれてて・・・
貧乏貴族の我が家は何の役に立たないので蚊帳の外だった訳ですけど、この度、第2王子と王妃様の陣営に勝手に組み込まれたようです。
そんな訳で私に拒否権はなく、王宮で働く事になりました。
そのチーズの話は本当らしく・・・・・・
王宮に採用された5日後には、人払いされた王宮の室内で初めて王妃様のオレンジーニュ様を見るどころか、下着姿で身体の寸法をナッツ夫人に測られてる際に、お母様と同世代だとは思えない美貌の王妃様から、
「アナタがそうなのね。話はマチルダから聞いてる?」
声を掛けていただきました。
「ええっと、その、マチルダ様とはどなたの事でしょうか?」
と私が困惑してると、身体をメジャーで喋ってるナッツ夫人を見て、
「ああ、マチルダ・ナッツ夫人よ」
王妃様が面白そうに笑いながら教えて下さいました。
「ああ、はい。ネズミ捕りのチーズの話ですね?」
「そうよ。頑張ってね」
「私にチーズ役が務まるかは分かりませんが、王妃様の為に頑張ります」
「褒美は何がいいの?」
「無論、金貨で。ウチ、貧乏なので」
「・・・そう、わかったわ」
面白い物を見るような顔で王妃様が私に微笑まれて顔合わせは終わったのでした。
ですが、それからは全然何事もなく、半年間が過ぎました。
私は普通に家からの通いで(まあ、泊まり込みの日もありましたが)王宮で働いた訳ですが·······
いやぁ~。さすがは王宮勤め。
食堂で食べる賄いは美味しいし、王妃様付きなので他の針子よりも給料もいいし、余った質の悪い布(庶民や貧乏貴族には高級品)の残りも貰えて、それで家で服まで作れて、もう最高ぉ~。
と私はチーズの事を完全に忘れて、お気楽に王宮勤めをやってたのですが・・・
その頃です。
ネズミがチーズに喰いついたのは。
我がリワー男爵家は本当に貧乏で、雇ってる使用人は住み込みの料理人、家庭菜園管理人、弟達の世話係と家庭教師係、その他諸々を1人でこなす、老婆のゼインさん1人だけだったのですが・・・
この時は更に2人も雇っていました。
無論、王妃様が用意した密偵なんですけどね。
でも使用人としても優秀で、弟達も懐いてました。
そして、チーズに引っ掛かったネズミというのが、お笑いな事に、デスーロ子爵家のホーム様でした。
卒業パーティーで私をフッておきながら、まだあれから8ヶ月しか経過していないのに我が家に先触れを出してノコノコとやってくるこの図々しさ。
思わず笑ってしまいましたわ。
我がリワー男爵邸で一番豪華な客室で、
「久しぶりだな。王妃様の針子をやってると聞いたぞ。出世したな」
愛想笑したホーム様が私の機嫌を取るように話し掛けられましたわ。
卒業パーティーで貧乏だからとフッておきながら。
なので私は沸々とした不機嫌さを我慢しながら、それでも嫌味っぽく、
「それで怖くなって謝罪に来られたのかしら? 聞けば、そちらはもう結婚されたそうね? いつから付き合ってたのかしら? まさか私との婚約中からじゃないでしょうね?」
「そんな訳あるか」
「まあ、いいわ。それで何の御用なの?」
「オレに王妃様の情報を流してくれ。相当の金額でその情報を買おう」
「そうねぇ、どうしようかしらぁ~」
「何を勿体ぶっている? 金が居るのだろう?」
「あら、気付かなかった? 我が家の使用人が増えてる事に? 最近、私が働き出したからか収入が増えたのよねぇ~。それで雇えるようになって。わざわざ危険を冒さずとも現状維持で十分満足なのよ」
「・・・なら、どうすれば情報を売ってくれるんだ?」
「領地と爵位。我がリワー男爵家は領地を持っておらず、お父様が役職に就けなかった事もあって、雀の涙ほどの年金の支給だけで苦労したから。税収が見込める領地が欲しいわ。後はもう1つ男爵位を貰おうかしら? ウチは弟が多いから」
「待て、何を言ってる? オレがそんな事出来る訳がーー」
とホーム様が言われたので、私はホーム様の付き添いで同席されてる執事を見ました。
30代の切れ者風の。
ああ、因みに、こちらは使用人は同席しておりませんわ。
そんな事しなくても壁が薄くて隣室まで会話が筒抜けですから。
「ホーム様には出来なくても、そっちの使用人を装った紳士なら約束出来るんじゃないかしら?」
「ど、どういう意味だ?」
ホーム様が動揺される中、私は笑いながら、
「あら、私、これでもホーム様と4年も婚約してましたのよ? 嫁入り先のデスーロ子爵家の使用人の顔くらいは覚えてますわ。本邸にはオーンさん、ベドさん、レッカさん、ロンドさん。領地にはググロさん、ドボルコさん、エンさん。ねっ? なら、ホーム様付きのレッカさんを押し退けて同席してるそちらの紳士は誰なのかしら?」
使用人の名前を挙げた私がそう尋ねると、
「なるほど。デスーロ子爵令息の報告以上ですね、リワー男爵令嬢は。王妃様の針子に抜擢されるだけの事はある」
そう執事の方が答えました。
「情報を流す見返りは領地と男爵位をもう1つ、それでいいのですね?」
と確認されたので、
「はあ? 御冗談でしょ? 守られるかも分からない口約束だけで情報を渡す訳ないでしょ。情報料もちゃんといただきますわ、相場の3倍の」
「3倍ですか?」
「えっ、私が卒業パーティーで何をされたか聞いてませんの?」
「・・・ふむ、2倍でお願いします」
「あら、値切るだなんて、そちらも商売上手ね、いいでしょう。但しーー」
私は席を立つとテーブルを迂回して、向かい側に移動し、
「この浮気男の卒業パーティーの時の謝罪も付けて貰いましょうかっ!」
そう言うとホーム様の髪を鷲掴みにして、無理矢理頭を下げさせたのでした。
「イタタタッ! 止めろっ! エリティスっ!」
「はあ? 気安く名前を呼ぶんじゃないわよ、この浮気男がっ! まだ聞いてないわよ、私はアンタの口から卒業パーティーで婚約破棄した事への謝罪をっ! それを有耶無耶にして情報が欲しい? 馬鹿なんじゃないのっ! ほら、抵抗してないで、さっさと頭を下げなさいなっ! アンタもこの浮気男に頭を下げるように命令しなさいよねっ!」
と私は激昂したのでした。
えっ? 貴族の令嬢にあるまじき行為ですって?
こっちは弟が4人も居るのよ?
諭しても分からない子は力で抑えるのが一番なんだから。
「ほら、さっさと謝りなさいっ! 浮気していてすみませんってっ!」
「だから浮気なんて・・・・・・」
「はあ? こっちは王妃様の針子をしてるのよ? 知りたい情報は何でも手に入るのっ! 卒業した学年の冬休み、アンタが領地に浮気相手を連れて行ったの、こっちはちゃんと知ってるんだからねっ!」
と無理矢理髪を引っ張って頭を下げさせてると紳士が、
「謝罪しろ、デスーロ子爵令息」
「しかし・・・」
「謝罪だ」
「そうよ、謝罪しなさい」
紳士と私に言われて、ようやくホーム様が、
「・・・すまなかった、エリティス」
「聞こえない、もっと大きな声で」
「すみませんでした、エリティス」
「エリティスじゃないでしょっ! いつまで婚約者ヅラしてるのよっ!」
「すみませんでした、リワー男爵令嬢っ!」
「何を謝ってるのかしら?」
「卒業パーティーで婚約破棄をしてーー」
「浮気が抜けてるっ!」
「浮気しておいて卒業パーティーで難癖を付けて婚約破棄をしてすみませんでした、リワー男爵令嬢っ!」
とホーム様が叫んだところで、私はようやくホーム様の髪の毛を放して、
「まあ、いいでしょう」
と尊大に頷き、席に戻ったのでした。
「これで満足されましたか?」
と紳士が質問してきたので、
「ええ、今日のところはね」
「今日のところとは?」
そう紳士が聞き咎めたので、
「あら、私が情報を渡す繋ぎ役は、私が王妃様の針子になった事で怖くなって機嫌を取りに元婚約者の家にやってきてる情けない浮気男なんでしょ? 浮気男にはちゃんと毎回謝って貰わないと」
私がぬけぬけと言うと、紳士が、
「敵いませんな。では、それで」
「領地と男爵譲渡の覚書はどうしましょうか? そんなのが書面で残るとこちらもバレた時に面倒なんだけど」
私が真面目な顔でそう尋ねると、
「そうですな、書面は拙いでしょう。口約束を信じていただくしかありませんな」
「まあ、いいわ。では、これからもよろしくね、お二人さん」
「おっと、私はもう来ませんが?」
「はあ? それじゃあ、この浮気男が頭を下げないでしょうがっ?」
「ちゃんと別の者を付けますからご安心ください」
「本当でしょうね」
私と紳士が朗らかに今後の事を語る中、ずっとホーム様は無言で悔しそうに私を睨んでましたわ。
ウフフ、なんて気分がいいのかしら?
ああ、一応、断っておくけど、この取引は私が王妃様を裏切ったからじゃないわよ。
王妃様の命令でやってる事なんだから。
勘違いしないでね。
それを証拠に、ホーム様を10回以上の訪問の度に、毎回金貨を巻き上げて、更には髪を掴んで頭を下げて謝罪させて、と楽しい5ヶ月を過ごした後・・・
国王陛下の行列を賊が襲撃する事件が起きました。
それも、その国王様の行列を襲った賊の黒幕が、何と、第1王子と側妃様だった、という衝撃の事実のオマケつきの。
まあ、早い話が王妃様陣営が、第1王子派を見事にハメたって訳です。
もちろん、私も一役買ってますわよ。
だって、その国王陛下の襲撃された日時と場所を、王妃様の移動情報としてホーム様に売りましたもの。
そして、その結果・・・
激昂した国王様によって大粛清が執行されましたわ。
第1王子と側妃様は国王陛下の暗殺を企んだ大罪人として、王都の広場で、公開処刑の断頭台送りとなり・・・
第1王子と側妃様の2人が断頭台送りなのですから、第1王子の側近の大物貴族を筆頭に貴族14家の一族全員、合計100名以上が3日間に渡って断頭台で公開処刑されたそうですわ。
さすがに私も、見学に行く、という悪趣味な真似はしませんでしたけど。
だって、王宮に仕えてる王妃様の取り巻きって皆さん育ちが良くて、誰も見学に行きたがらないんですもん。
私だけ見学しに広場に出向いたら浮いてしまいますし。
そうそう。
その公開処刑された貴族14家の1つが、ホーム様と結婚した奥様の実家の伯爵家だった関係で、巻き添えでデスーロ子爵家の皆さんも一緒に処刑されたそうですわ。
つまりは、小父さまも小母さまもホーム様も断頭台で首チョッパっ!
なんて気分がいいのかしら、ウフフフ。
ざまぁみなさい。
浮気した罰よっ!
後、私の家は確かに貧乏だけど、満座で蔑んだ罰ねっ!
そして私はホーム様から巻き上げた金貨の他にも、第1王子派の粛清後に、
「良くやったわ、エリー」
王妃様からも直々に褒美として金貨の入った袋をいただきましたわ。
それで針子の仕事もお役御免かと思ったのですけど、王妃様が、
「ナニを言ってるの、アナタはわたくしの針子でしょ? 傍に居なさい」
とおっしゃられて、そのまま王宮で働く事になったのでした。
私が新たに男爵位を得た王太子殿下の側近の1人と結婚したのはそれから2年後の事でしたわ。
おわり
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