短編集

竹井ゴールド

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婚約破棄された子爵令嬢の実家は王国建国以来、王家の影の長官を世襲する家だった。私的な報復の為に王家の影など使いませんわ。自滅されましたから

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「メルモ・メミットっ! キミとの婚約を破棄するっ!」

 タタリアンアスター王国の貴族学校の卒業パーティーでそう宣言したのは、ゼル子爵家の令息のアッソンで、婚約破棄を宣言されたのは同じく子爵家のメルモ・メミットだった。

 意外な展開に驚いたメルモは眼をパチクリとした後、本気だとは思わず、

「ええっと、アッソン様、御学友との罰ゲームか何かでしょうか?」

 そう質問したのだが、

「違うっ! オレは本気だっ!」

「では、私以外に誰か他に好きな御方でも出来たのですか?」

「まだメルモと婚約中なのに、そんな不誠実な真似が出来るかっ!」

 アッソンが真顔で答え、その答えを聞いたメルモも、

(ですわよね、アッソン様は誠実な性格ですし。何より女の陰なんてなかったでした・・・・・・・し)

 と納得する中、

「では、どうして婚約破棄になどを。何かゼル家で婚約破棄しなければならぬほどの不祥事でもございましたか?」

「不祥事などそんな事ある訳なかろうっ!」

 そう怒りながらアッソンが答える中、

(仮に不祥事などあっても卒業パーティーの場で婚約破棄しなくても内々に解消すれば済む事ですものね。まあ、卒業パーティーで婚約者に婚約破棄を突き付けるこれも十分、不祥事になりますが)

 とメルモは思いながらも、

「では婚約破棄の理由は何でございましょうか?」

「婚約破棄の原因はキミの家の役職にある」

「?」

「メミット家当主は代々、王宮の書庫室長の職にあり、機密文書を扱う家柄だ。その為、メミット家に婿入りするオレの卒業後の進路も文官で王宮の書庫室勤務だ」

「はい、そのようにお父様からも窺っております」

「代々、騎士を排出するゼル家のオレが文官だぞっ? 冗談じゃないっ! オレは文官になる為に物心付いた時から剣を振ってきた訳じゃないんだからなっ!」

「ええっと、書庫室勤務が嫌ならどうしてもっと早くに・・・・・・」

 とのメルモの指摘に、アッソンは悲劇の主人公のように、

「オレだって悩んださ。キミは可愛いし、その上、結婚すればオレはキミの子爵家の次期当主だ。次男坊で家を継げないオレからしたら恵まれた環境だからな。だが、騎士になる夢を諦めたくはないっ!」

「それでこの婚約破棄ですか?」

 と答えながら、メルモは内心で、

(確かにゼル家は騎士を排出する武官貴族のお家柄で、アッソン様も子供の頃から剣を振られていた事は知っていましたが、まさか騎士になるのが夢だったなんて。これは完全に杜撰な調査をしたこちら・・・の落ち度ですわね)

 そう呆れながら、

「なるほど、ここまで大事おおごとにすれば、ゼル家の小父おじさまも婚約破棄を認めざるを得ず、無事アッソン様は私と別れられるとの計算の下での婚約破棄ですか?」

「そうだ」

「退路が断たれますわよ?」

「どのような苦難があろうとも必ず騎士になってみせるっ!」

「ですが、今年の騎士団の募集は確かーー」

「ああ、第3次募集も終わってる。1年浪人するさ」

「そうですか。では最終確認ですが、騎士の夢を諦めきれずに私と婚約破棄をするという事ですね?」

 メルモがそう最終確認を取るとアッソンが、

「そうだ」

(自分の立ち位置が何も見えていないのですね。まさか、ここまでアッソン様が愚かだったとは。自身の勝手な都合で婚約者に恥に掻かすような男を騎士団が受け入れるはずがないでしょうに。それ以前に、セジル家の小父さまが怒って家から放逐する未来が予想出来ないてなんて。貴族籍を抜かれて、貴族時代に婚約者をないがしろにする1年浪人の男を騎士団が採用すると本当に思ってるのかしら? せいぜい警備兵止まりだと思うけど・・・)

 と内心で呆れたメルモは思考をそこで止めず、

(それとも・・・まさか貴族籍を抜かれ、放逐されるのが目的? 私が知らないだけで他国への潜入任務でも受けてる?)

 と用心深く疑い、

(ここは静観が正解ですわね。私をフった相手を助ける為に泣いてすがってあげる義理もありませんし)

「畏まりましたわ。婚約破棄を受け入れます」

 メルモの答えに、己の未来に希望を輝かせたアッソンが最高の笑顔で、

「ありがとう、メルモ」

「あら、感謝される謂われはありませんわ。こちらも卒業パーティーで婚約破棄されてメンツを潰され分の慰謝料をゼル家にちゃんと請求しますので」

 こうしてメルモとアッソンの婚約破棄劇は終了し、メルモは気丈に振る舞いながらもさっさと会場を後にして、アッソンだけが始まった卒業パーティーを何事もなく楽しんだのだった。






 卒業パーティーを抜け出してメミット子爵家の邸宅に戻ったメルモはすぐに父親に呼ばれた。

 執務室内には父親のメミット子爵の他に壁際に使用人が5人並んでいた。

 その室内で、父親のメミット子爵が娘のメルモに、

「先程、メルモが卒業パーティーで婚約破棄されたとの報告を受けたがこんな時間に帰ってきたという事は本当だったか?」

「はい、お父様。卒業パーティーで婚約破棄されて来ました」

 にっこりと笑顔でメルモが答える中、

「笑顔で答える内容か。どうして婚約破棄を阻止しなかった? メルモなら誰にも怪しまれずにアッソンを気絶させるくらいは出来たであろうが?」

 呆れながら娘の実力を知るメミット子爵は尋ねた。

「どうも連絡ミスの不手際があったようでしたので。アッソン様が何かしらの密命を受けて世間的に実家から放逐されたように偽装した節がございましたから静観を」

「そう故意に誤認した訳か?」

 ジロリッとメミット子爵がメルモを睨む中、

「誤認だなんて。卒業パーティーでの婚約破棄宣言をした本人に女の影や実家の不祥事がなく婚約破棄の理由が「王宮の書庫勤務は嫌だ、子供の頃からの夢だった騎士になりたい」なのですよ? もしや騎士団からの特殊任務? と背景を想像して邪魔せぬように静観するのは王家に仕える者として当然の事ではありませんか」

「・・・良く言う。事情説明を結婚後にしたワシの落ち度だと言いたいのだろう、メルモは?」

「いいえ。あんなの・・・・を私の婚約者にしたお父様の落ち度と言ってるんですわ。婚約破棄されたお陰で卒業パーティーも早々に切り上げる破目になりましたし」

「アッソンの王国への忠誠、それに頭脳や身体面は申し分なかったんだがなぁ~」

 頭を振りながら呟いたメミット子爵は、

「アッソンがダメなら仕方ない。アッソンの代わりにメルモが王宮に仕えるように」

「あら、そうですの? ですが、もう王宮の採用試験は・・・」

「ちょうど1人、騎士になりたい男の欠員が出たから大丈夫だ。貴族が後継者枠を使えば問題なかろう」

「あら、女だから後継者にはしない、とおっしゃったのはお父様でしたのに」

「婿候補を失ったのだから仕方なかろうが」

「では、そのように」

「それと、元婚約者を潰すのに家の者は使わぬようにな」

 そう釘を刺すメミット子爵に、メルモが、

「必要ありませんわ。婚約者を満座でフって貴族籍を失うような愚か者を騎士団が採用するはずがありませんもの。お父様なら採用されますの?」

「・・・する訳なかろう。命令違反、並びに妻を蔑ろにして他国の諜報員に付け入る隙をわざわざ作るような者なんぞ。なるほど、人格に問題あり、として騎士団も採用を4年は見送るか。ふむーーよし、わかった。この話はこれで終わりだ」

「慰謝料は先方からたっぷりと貰って下さいね」

「わかってるよ」

 と婚約破棄の一連の会話が終わった後、メミット子爵が一言、

「さて、仕事だ」

 と言うと、娘のメルモと室内に居た使用人達が背筋を正した。

「ロゼルトン伯爵がダンデライオン王国に内通してる事が確定した。ダンデライオン王国の密偵である愛人共々、伯爵領で事故死として処理せよ、との陛下からの御命令だ」

 王宮の書庫室長のメミット子爵がそう発言したのは、書庫室長の裏でもう1つ、王家の影の長官を兼任していたからだ。

 むしろ、そちらが本職だった。

 メミット子爵家はタタリアンアスター王国の建国以来、ずっと王家の影の長官を世襲する忠臣の家系だったのだから。

 その関係で、メミット子爵領内には王家の影の人員を育成する養成施設までが存在していた。

「メルモ、おまえが陣頭指揮をとれ」

 とメミット子爵は娘のメルモを見た。

 メルモは貴族学校を卒業したばかりだが、幼少期から養成施設とは別に王家の影としての英才教育を叩き込まれており、既に王家の影としての勤務歴が10年以上だったので裏切り貴族の暗殺の部隊指揮もお手の物だった。

「事故死以外の条件は?」

 メルモが問うと、

「王宮の初日勤務には間に合わせるようにな」

「畏まりました。婚約破棄された傷心を癒やす為、領地に出向きますね」

 その名目で屋敷から旅立つ事を示唆したメルモは執務室を退室して、その日の内に馬車で王都から旅立ったのだった。





 ロゼントン伯爵とダンデライオン王国の息の掛かった若い愛人が乗る馬車が伯爵領の街道を走っていた。

 山脈の崖沿いの街道をその馬車が疾走してると、突如、 上部で落石が発生した。

 貴族馬車よりも大きな岩がゴロンゴロンと落ちてくる。

 馬車の馭者ぎょしゃが慌てて停車させようとしたが、馬車は止まらず、大岩は運悪く馬車に直撃した。

 そのまま馬車は岩に押し出されて崖の下に落ちていく。

 落石が始まった山脈の上部では黒服を纏った複数の人影がその様子を確認するように冷淡に見下ろしていた。

 5日後、落石事故でロゼントン伯爵は死亡、と王宮より発表された。





 春になってメルモは新人文官として王宮に仕える事となった。

 王宮の書庫室勤務だ。

 書庫室とは図書館とは違う。

 王宮の文書関連の管理が仕事で、中には当然、機密文書も存在した。

 その為、アッソンはさげすんだが、意外に重要な部署で誇りある仕事だった。





 そのアッソンの方は、メルモに婚約破棄を宣言した卒業パーティーが終わったその日に父親のゼル子爵に報告し、

「馬鹿モンが、貴様など勘当だっ!」

 怒りを買って貴族籍を抜かれて廃されていた。

 だが、想定の範囲内で実は最悪、家を追い出されるだろうな、と準備を進めていたので、問題なくアッソンはゼル子爵家を出て来年の騎士団の入団試験に備えて浪人したのだった。





 さて。

 メルモの実家のメミット子爵家は、表向きは弱小貴族だが、裏では王家の影の長官を世襲する家柄だ。

 つまりは裏ではタタリアンアスター王国の権力者だった。

 そんな訳でメルモの次の婚約者も簡単に決まった。

 メルモの次の婚約者は、昨年の結婚間際に婚約者に駆け落ちされて女性不信気味になって未だに結婚していないセーゲット伯爵家の4男坊のビートだった。

 騎士団に入団2年目の好青年だ。

「よ、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 初対面でそう挨拶したメルモは、

「ですが、よろしいのですか、私が当主として子爵を継いで?」

「はい、問題ありません。騎士なのでいつ死ぬか分かりませんから」

 ビートはそうさわやかに笑顔で答えてメミット子爵の爵位継承を辞退したのだが・・・





 結婚してから半年後に子爵家乗っ取りを企み、まずは義父のメミット子爵を病気で葬ろうと微毒を盛ってしまった。

 だが、アッソンの時は次期当主だったので婿入りと同時にメミット子爵家の秘密を打ち明ける事となってたが、ビートは当主の伴侶だったので結婚しても義父のメミット子爵が王家の影の長官だとは教えて貰っていなかった。

 メミット子爵家に仕える使用人の全員が王家の影な事も。

 よって毒を盛る企みは当然、監視されてて(本人は成功したと思ってるが)失敗。

 そればかりか命を狙われて激怒したメミット子爵が国王陛下に報復の許可を貰った為に、

「うわっ!」

 ビートは騎士団の練習場での乗馬中に馬が蜂に刺された拍子に暴れて、振り落とされて落馬して地面に頭を強打して不幸な事故死に見舞われてしまったのだった。

 無論、王家の影がそう見せ掛けた謀殺だったが。

 夫の葬儀を終えたばかりの喪服姿のメルモが、

「お父様はもう婿選びをしないで下さい。私が自分で選びますから」

「・・・はい」

 娘に睨まれた喪服姿のメミット子爵はそう縮こまったのだった。





 そしてビートの死から1年と2ヶ月後にメルモが笑顔で父親のメミット子爵に紹介したのが、

「財務関係の部署に勤務するストル・トリネーズ男爵よ」

 だった。

 32歳で結婚歴を持ち、先妻には3年前に死別していた。

 この男を見た瞬間、メミット子爵が娘の腕を引き寄せて、

「(この男とは別れたんじゃなかったのか、メルモっ! この男は宰相の隠し子だから別れろって言ったら、はい、って返事したよなっ?)」

 小声で叫ぶと、

「(問題ないって。いい人だし)」

「(この男がいい人でも、我が子爵家の当主を隠し子に継がそうと宰相が暗躍したらどうするつもりだ? そもそも陛下だって、王家の影の長官の我が家と宰相家との婚約にいい顔なんてしないぞっ?)」

「(その時は殺せばいいわ)」

「(待て、殺すって誰をだ?)」

「(もちろん、宰相閣下よ。何言ってるの、お父様? メミット子爵家の直系が陛下を殺す訳ないでしょうが)」

「(何だ、宰相の方か――って宰相も殺せるかっ!)」

「(もういい年だし、いいんじゃないの?)」

「(ふざけるなよ、メルモっ!)」

 と小声で2人で喋る中、ストルが、

「あの、もしダメなら出直しましょうか?」

「そんな事ないわ、ストル。お父様が少し年上だからビックリしてただけで」

 とメルモが取り成して、メミット子爵の方も普通の貴族のフリをして、

「別に年齢の件はそれほど、名前は何でしたかな?」

「ストル・トリネーズです。男爵位を継いでいます。結婚してましたが、3年前に死別してそれからは独り身です。仕事は王宮の財務局に勤めています。覚えておられないとは思いますが、実はお会いするのは初めてではなく、士官したばかりの若い時分に子爵とは何度か書庫でお会いしています。その際はお世話になりました」

 と自己紹介されてしまい・・・

 宰相がメミット子爵が王家の影の長官だとは知らなかったので、後日、メミット子爵は宰相に呼び出されて、

「実はトリネーズ男爵はワシの隠し子でな。よろしく頼むな」

 と圧力を掛けられてしまい、

「お待ち下さい。爵位の件が解決しておらず、まだ婚姻を認めるに至っておりません。私としては娘に子爵を継がせたいのですが」

「ああ、そっちは何ら問題ない。ストルはトリネーズ男爵の爵位を持っているからな」

 メミット子爵が粘ろうとしたが、宰相に押し切られて、国王陛下に確認を取ったら、

「宰相が王家の影の長官だと知らないんなら別にいいんじゃないのか?」

 と許可が出たので、渋々メルモの再婚を認めたのだった。





 元婚約者のアッソンの方は・・・・・・・

 1年後、騎士団の入団試験を受けていた。

 結果は不合格だった。

 それでもへこたれる事なく翌年の騎士団の入団試験に臨んだ。

 しかし、2年目の入団試験も不合格だった。

 さすがに納得が行かず、騎士団の老齢の幹部に、

「何故、オレが不合格なんですか?」

 不合格の理由を聞きに出向いていた。

「ああ、キミは確か元子爵家の・・・キミのそういうところが不合格なんだよ」

「どういう事です?」

「キミの今年の結果は、実技は3位。試験は5位だったが・・・」

「それなら楽々平民でも合格基準じゃないですか。なのに、どうして不合格なんです? はっ、もしや父上か兄上ですか? オレを採用しないように圧力を・・・」

 そう決め付けるアッソンに対して騎士団の幹部が、

「騎士団の採用に下位貴族の子爵が干渉出来る訳がなかろうが」

 呆れつつ、

「人格に問題があったからだよ、キミが不合格なのは」

「人格? どういう事ですか?」

「父親が決めた婚約者を自分勝手な理由で、最悪の形で破棄して婚約者の名誉をいちじるしく傷付けた。婚約者の事を少しでも思っていれば、卒業パーティーで婚約破棄などしなかったからな。その上、婚約破棄後に父親の子爵が怒って、貴族籍を抜かれる事も想定していた、と回答していただろ、面接の時に? ーーそれらを総合すると、キミは独善的で我が強く、目的の為なら自分はもちろん、周囲の名誉を重んじない用意周到なタイプと分類出来る訳だ」

「違います。オレはそんな男ではありません。ただ子供の頃からの夢を追って騎士にーー」

「その結果、子爵家の婿入りをフイにして実家から勘当された、と。どうして父親や婿入り先に自分の夢を話して粘り強く説得しなかったんだね? キミ程の逸材を採用出来ず騎士団は大損失だよ」

「そんな」

「どうしても合格したかったら来年、実技試験の両方で1位を取りたまえ。それがキミの貴族籍剥奪の失点を黙らす、唯一の方法だから。それか騎士は諦めて一般の警備隊に入隊したまえ。そこならば楽々合格するだろうから」

 騎士団幹部の言葉に絶望して棒立ちのアッソンが、

「じゃ、じゃあ、オレはもう騎士にはなれないんですか?」

「聞いていなかったのかい? 人格の欠点に眼を瞑らせる程の、実技と試験で成績を残せば問題なく入れるよ。ではまた、来年の入団試験で」

 そう言って騎士団幹部は歩いて行き、絶望したアッソンはそのままフラフラとあてもなく歩いて行ったのだった。





 勤務して4年目。

 ストル・トリネーズ男爵と再婚してもメルモは王宮に勤めていた。

 王家の影としても。

 タタリアンアスター王国がある限り、王家の影が不要になる事などはないのだから。

 今も、とある任務で王家の影は動いていた。

 世間を騒がす盗賊の掃討作戦だ。

 王都を目指す豪商の隊商を郊外で皆殺しにしてその物資や資金を強奪するという凶悪な手口の盗賊の。

 通常、これらの捜査は騎士団の仕事で現在も捜索中だが、王家の影にも話が回ってきたのはタタリアンアスター王国の国王が激怒したのが原因だった。

 国王はワインをたしなむのだが、王家御用達の商人が国王に献上する為に運んでいたワインが強奪され、それを楽しみしていた国王が王家の影の長官のメミット子爵を呼び出して、

「世間を騒がす盗賊を掃討せよ、よいな」

 と厳命していた。

 はっきり言って私怨である。

「騎士団への通報ではなくて掃討なのですね?」

「そうだ」

「奪われたワイン等々が残っていた場合はどうしましょうか?」

「・・・ぐっ、破棄しろ。安全面が考慮出来ぬのに献上されては敵わんからな」

「畏まりました」

 そんな訳で王家の影に命令が下り、盗賊の足取りの調査する事となった。





 調査は難航などしなかった。

 奪われた物資は売却されて換金されるからだ。

 お陰で簡単に足が付く。

 王都内に居る盗品を買取る商人は既に把握していたので、すぐに悪徳貴族であるロイゼル男爵が黒幕の襲撃部隊だと判明し、王都郊外の村にある実動部隊のアジトを襲撃する事となった。





 因みに、メルモも参加していた。

 メルモの夫のストルは財務局勤務だ。

 財務局は王家の直轄領の経営や貴族の税収調査もやるので意外に地方に出向く事が多い。

 お陰で未だにメルモが王家の影だとバレる事はなかった。

 今回もストルが出張していたので夫に睡眠薬を飲ませてアリバイを偽装する必要もなく、メルモは現場に出向けていた。





 王家の影は騎士団とは違う。

 正攻法で戦う必要は一切ない。

 酒に毒を混入して待てば、30人程の実動部隊の連中が勝手に飲んで、戦わずに決着させる事が出来ていた。

 毒を盛られた犯罪者達はアジトの中で床に転がり、

「ぐあああ」

「苦しい」

「まさか、雇い主に裏切られたのか?」

「ゲフッ」

 毒で苦しみ抜いたのだった。





 深夜になって黒衣を纏った王家の影は8人でアジトに突入した。

 アジトに居る襲撃部隊の男達と連れ込まれた商売女の殆どが毒で虫の息だった。

 運悪く死んだのも居たが。

「他愛もないわね」

 今回の掃討作戦を指揮する黒衣を纏ったメルモが大広間の様子を見て呟く。

 部下が、

「これで一件落着ですね」

「それよりも数は合ってるの?」

「そのはず――おっと、ボス、コイツを」

 部下の1人が床に転がって毒で青ざめてる男の顔に気付いて、足で顔を向けた。

 メルモが一瞥すると、かつての婚約者のアッソンだった。

「騎士団の入団試験に2年連続で不合格になって王都から姿を消したと聞いてたけど、まさか僅か1年で盗賊にまで身を持ち崩していたとはね。バカな男」

「才能あったんですけどね、コイツ。4年我慢したら騎士になれたのに」

 部下の1人が言ったのは、騎士団の裏の採用基準の事だ。

 能力面では入団基準を満たしてるのに人格や性格等々で不採用となった者に対して、騎士団への熱意を見る為の措置としての。

「でも拙いわね。長官に私的に王家の影を使って報復するなって言われてるのに。これだと婚約破棄された腹いせに殺したみたいに見えるじゃない」

 とうそぶいたメルモは、

「仕方ない。騎士団に通報して。ロイゼル男爵の書状もボスの部屋に残す工作を」

 こうしてメルモ率いる王家の影はアジトで工作を済ませて、盗賊を掃討する事なく撤退し、通報を受けて突入した騎士団が毒で倒れてる全員を捕縛したのだった。





 騎士団の調査の結果、ロイゼル男爵が黒幕である事が分かり、ロイゼル男爵は調査後、断頭台で公開処刑された。

 それと同時に解毒治療されて捕まった盗賊達も全員が公開での縛り首と決まり、処刑が執行される日が来た。

 アッソンが処刑される様子を馬車で見に来ていたメルモは、

「お嬢様、あちらにゼル子爵家の馬車が」

 馬車に一緒に乗っていた王家の影だが普段はメイドのミルに教えられ、視線を向けると馬車があり、その窓からゼル家の小父さまがこちらを見ていたので会釈した。

 しばらく待つとアッソンの処刑の番が来た。

 他の罪人4人と一緒だ。

 アッソンは見物人達が見てる中、

(騎士をこころざしていたのに、どうしてこんな事に・・・・・・ちょいと腕の立つ奴に大口の稼ぎがあると言われてノコノコ出向いて悪党稼業に染まってズブズブと、オレはバカだ・・・)

 と自身の馬鹿さ加減に男泣きしながら縛り首の台座に昇った。

 泣くアッソンの首に処刑人が縄の輪を掛ける。

 そして5人の首に縄の輪を掛け終えると処刑人がレバーを動かした。

 足元の台座の床が一斉に抜けて、罪人5人が同時に縛り首となる。

 数十秒苦しんだ後、次々に罪人達は動かなくなった。

 アッソンの処刑を見届けてから、

「愛しのストルが待ってる屋敷に帰りましょう。出してちょうだい」

 メルモが乗る馬車は公開処刑の広場から走り去っていったのだった。






 おわり
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