短編集

竹井ゴールド

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物静かな男爵令嬢には文才があった。婚約破棄された鬱積を脚色して小説にぶつけたら元婚約者が破滅してました。あの小説は燃やしたのよね、ばあや

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「ナイラ・ナイラードっ! おまえはこのオレがこちらのアイリーン嬢と懇意にしてる事に嫉妬して、私物を盗み、悪評を立て、遂には階段から突き落とすという暴挙に出たっ! そのような恐ろしい女と結婚など出来る訳もないっ! よって、ここにナイラ・ナイラードとの婚約を破棄し、このオレ、レイド・ジェラーゼンは真実の愛の相手、アイリーン・ローレンス嬢との婚約を発表するっ!」

 ベアグラス王国の貴族学校の卒業パーティーで突如始まった婚約破棄劇の中心に居たのは・・・

 貴族学校で一番の色男のジェラーゼン伯爵家の令息のレイド。

 レイドの婚約者で、地味で物静かなナイラード男爵家の令嬢のナイラ。

 そして、貴族学校では知らぬ者がいないレイドとの恋仲で、姉が王太子の側妃というローレンス侯爵家の令嬢のアイリーン。

 この3人だった。

 貴族学校の卒業パーティーの出席者で本日、卒業生の誰もがこの茶番に呆れた。

 ベアグラス王国の貴族学校に通学する者なら誰もがアイリーンの性格の悪さと苛烈さを知っていたからだ。

「(むしろ、逆だろ)」

「(よね)」

「(あの我儘令嬢がやられっぱなしな訳があるか)」

「(ってか、もう半年はナイラ嬢の声を聞いてないぞ)」

 と全員が思ったほどだ。

 というか、婚約者であるナイラの方が学校内で何度もアイリーンに、

「さっさとレイドとの婚約を破棄しなさいよっ!」

 と詰め寄られてるところを生徒達は目撃している。

 校内で婚約者が居るレイドと平気でアイリーンがイチャイチャしているところも。

 だが、それを指摘する者は誰も居なかった。

 総てはアイリーンの実家のローレンス侯爵家のベアグラス王国内での強大な権勢が原因だ。

 元々、大物貴族な事に加えて、アイリーンの3歳上の姉が、隣国の姫を王太子妃として娶った王太子の側妃に収まって、権力が更に増し、貴族学校でもその権力を背景に我儘放題していたのだから。

「さあ、さっさと謝罪しろっ!」

「ほら、早く謝りなさいよっ!」

 と2人に詰め寄られたナイラ嬢はと言えば・・・・・・

 言い返せるような気性でない事は誰もが知っていた。

 何せ、いつもアイリーンに虐められて泣いてるくらいだから。

 なので、この卒業パーティーでもナイラ嬢は泣き始めて、

「泣けば許して貰えると思ってるのかっ!」

「さっさと謝りなさいよねっ!」

 2人に追及されて、ぺこりと頭を下げると逃げるようにナイラ嬢は卒業パーティーの出口へと向かって逃げていったのだった。

「ふん、最後までつまらない女だったなっ!」

「レイドも災難ね。亡き祖父に生まれる前からあんな女と勝手に婚約させられて」

「だが、今日であの女との悪縁も切れた。これからはおまえだけさ、アイリーン」

「嬉しい、レイド」

 ナイラを追い出した2人はその後、卒業パーティーの中心でイチャイチャし、誰もが、嫌な物を見た、と思ったのだった。





 卒業パーティーで婚約破棄を言い渡されたナイラはナイラード男爵家の屋敷でその日から自室に引き篭もる生活を送った。

 とは言っても食事の時間に食堂に下りてくるし、家族とも普通に会話をするので、両親は心配してはいなかったが、それでもナイラの居ないところで、

「ナイラはやはり部屋で泣いてるのか?」

「いえ、何やら物書きをしてるそうですわよ」

「物書き?」

「大衆小説の真似事ですわ」

「まあ、部屋で泣いてるよりはマシか」

「ええ、好きにさせた方がいいと思って好きにさせているわ」

 そう両親は話し合い、ナイラはそっとされたのだった。





 数週間でナイラはその小説を長々と書き終えた。

 だが、ナイラは物静かな令嬢で出版社に持ち込むような性格ではなかったので、

「ばあや、これを燃やしておいて」

 書き終えただけで満足した小説の束を長年仕えたメイドのメルゼに渡して焼却を頼んだのだった。

「読んじゃダメよ」

 それだけ言って簡単に渡したのは生まれた時から屋敷に居るばあやの事を信用しての事だ。

「畏まりました、ナイラお嬢様」

 そう返事したベルゼはナイラから小説の束を預かったのだが・・・




 ナイラが書いた小説を読んだ後、メルゼはそれを燃やさず・・・





 後日、外出の用事の合間に王都内にある出版社に持ち込んだのだった。

「こちらの小説を出版出来ないでしょうか?」

 対応した出版社の社員が、外出着を纏ったメルゼを見ながら、

「失礼ですが、アナタがお書きになったのでしょうか?」

「いいえ、知り合いの娘ですわ。内容がかなりタイムリーでしたので」

「では、読ませていただきます」

 と読み進める内に、眼を輝かせた社員が、

「これを預からせていただいても構いませんか?」

「ええ、どうぞ」

「滞在先をうかがっても?」

「それはご容赦下さい。1週間以内に来訪しますので」

 そう言ってメルゼは出版社を去ったのだが、その社員が出版社の窓からメルバを見れば、上質な紙や綺麗な文字から想像した通り、貴族馬車に乗り込んで帰っていった。





 1週間以内にメルゼが出版社に現れる事はなかった。

 本当は出向く予定だったが、腰をやって寝込んでいたからだ。





 よって1週間どころか3週間待ったが、小説を持ち込んだメルゼは現れず・・・





 出版社はその後、その小説を勝手に販売した。

 ローラ・ルルーとの筆者名を勝手に付けて。

 そしてベアグラス王国内で爆発的にその大衆小説は売れた。

 売れた原因はその小説が、ナイラが出版などを微塵も考えていなかった為に、実名で書いた為だ。

 設定の爵位や血縁も丸々そのままだった。

 出版社も、さすがにそれは拙いと思ったのか、名前の文字を一文字ひともじだけ変えて、設定等々はそのまま変更せずに販売していたので暴露本の要素もあり、貴族の生活が知れる、と庶民の間で火が付いたのだった。





 その小説の内容はヒロインのナイルが、悪役令嬢のエイリーンにいじめられるというありふれた内容だったが・・・・・・・

 べアグラス王国の貴族学校で起こった実話だった。

 中でも人気となったのが、ヒロインをフる婚約者のレイズだ。

 その婚約者は、表向きは王国(小説では一切、国名は出てこない)1の美貌を誇る貴公子なのだが、そのレイズの独白(作中での思考の台詞)の悪役っぷりが人気だった。

 因みに、その作中の独白は悪意に満ち、

(グヘグヘグへ、これで遂にエイリーンと結婚だぁ~。ナイルは手も握らせてくれなかったがエイリーンはワガママなクソ女だが簡単に色々やらせてくれたからなぁ~、グヘグヘグヘ。それにこのクソ女の姉のネイリシアは王太子(作中では名前は出てこない)の側妃だからなぁ~。後は義理の弟として甘い顔をしてネイリシアに近付いてオレ様の子を孕ませて、王国を乗っ取ってやるだけだぁ~、グヘグヘグへ)

 美貌の貴公子とは思えぬ最低の内容で、それが何故か読者に受けていた。

 作中で卒業後に話が進むと、

(グヘグヘグへ、オレ様の美貌でネイリシアを落としたぞぉ~。王太子の側妃を寝取ってやったぜぇ~、グヘグヘグへ)

 そして遂には作中で、

(グヘグヘグへ、遂にネイリシアの子供を孕ませてやったぞぉ~。これでオレの子供が次の次のこの国の国王だぁ~。念の為に隣国から来た王太子妃の方も甘い顔をして口説いておくか。王太子よりもオレ様の方がカッコイイから簡単だろ、グヘグヘグへ)

 側妃ネイリシアと関係を持って子供まで孕ませ・・・・・・

 まあ、その企みは上手くいかず、途中で王家にバレて、断頭台で、

「私は無実です。これは私の容姿に嫉妬した者による悪意ある讒言ですっ! 信じて下さいっ!」

 と貴公子ぶりながら、

(グヘグヘグへ、どうしてバレたんだぁ~? 死にたくねぇ~よぉ~。死にたくねぇ~よぉ~、グエグヘグヘーーギャアアアアアア)

 作中で三枚目のマヌケな死に方をしたのだったが。





 そして、この小説が売れた頃には、その原作の元となった美貌の貴公子、レイド・ジェラーゼンはアイリーン・ローレンスと大々的に結婚して、ローレンス侯爵家に婿入りしてレイド・ローレンスと名乗り、その美貌から王宮の舞踏会で貴婦人達にチヤホヤされて人気者になっていたのだが・・・

 その大衆小説が売れてから風向きが一気に変わった。

 何せ、設定が丸々そのままなのだから。

 名前も一文字違い。

 誰の事かは丸分かりだ。

 王宮の舞踏会に出ても貴婦人達が群がる事はなく、遠巻きにクスクスと笑われ、

「?」

 グヘグヘグへ、との気味の悪い言葉までが聞こえてきて·······





 後日、遅蒔きにその小説の内容を知ったレイドが、ローレンス侯爵邸内で、

「ふざけるなっ! 何だ、この小説はっ!」

 激怒して本を床に叩き付けた。

 我儘なアイリーンが、

「レイド、アナタ、私の事をそんな風に思ってたのっ?」

 そう詰め寄って、

「そんな訳あるかっ! そもそも創作小説だろうがっ!」

 新婚ながら夫婦喧嘩する破目になった。





 だが話はそれだけでは終わらなかった。





 間の悪い事にべアグラス王国の王太子ダイロトの側妃のアイリシアが現実に懐妊したからだ。





 お陰で貴族達は真剣な顔で、

「もし小説のように王子だったらどうするんだ? 王家の血を引かない王子なんて考えただけでも恐ろしいぞ」

「ただの創作の小説だろ?」

「いや、あのローレンス侯爵だぞ? 自分の娘の血を王座に添える為ならやり兼ねん」

「この原作者のローラ・ルルーとは何者だ? もしや、この秘事を知って小説という形で暴露したのか?」

「ないとは言い切れないな」

「だとしたら、側妃付きの王宮の女官か?」

「それよりもどうする?」

「腹の子は下ろすしかあるまい」

「ローレンス侯爵が黙っていないぞ」

「ベアグラス王家の血を途絶えさせるよりはマシだ」

 議論が続き、反ローレンス侯爵包囲網が着々と出来つつあり・・・





 側妃懐妊情報が流れると大衆小説を知る一部の市民が怒り、ローレンス侯爵邸の周囲を取り囲んで、

「グヘグへ野郎、出て来いっ!」

「おまえの思い通りにはさせないぞっ!」

「そうだ、出て来い、グヘグへ野郎っ!」

 いかれる暴徒がローレンス伯爵邸内に投石する暴動が起きた。

「何をしているっ! さっさと取り締まれっ!」

 ベアグラス王国の最高権力者のローレンス侯爵が命令して、私兵達が武力で渋々と市民を散らしたが・・・・・・・





 それで怒りが収まる訳もなく、ローレンス侯爵家の馬車が王都を移動すると市民から投石される事となった。





 ベアグラス王国の王宮では王太子ダイロトが側妃のアイリシアに、

「王宮は雑音があって胎児に悪い。アイリシアは離宮に移るといい」

「ダイロト殿下はつまらぬ大衆小説など信じておりませんよね?」

 すがるように尋ねる側妃のアイリシアに、王太子ダイロトは、

「もちろんだ」

 そう笑顔で答えたが、部屋を出た時には嫌悪感丸出しで、

けがらわしい娼婦に名前を呼ばれただけでゾッとするわっ!」

 そう吐き捨てて、廊下を歩いて行ったのだった。





 ローレンス侯爵邸では、大衆小説が原因で新婚ながら夫婦仲が最悪となったアイリーンが父親のローレンス侯爵に、

「お父様、レイドと離婚させて下さい」

 そう願い出たが、

「あれだけ大々的に結婚式を挙げたばかりなのに離婚など出来るかっ! そもそも離婚なんぞしたら、あの小説の内容が事実だと認める事になるのだぞっ! せっかくアイリシアが王家の子を孕んだというのに」

「なら、せめてレイドを殺して下さい。それならいいでしょ?」

「放っておいても王家が処分するさ。それまで待っておれ」

「そんなぁ~」

 との会話が繰り広げられたが、その話を廊下側の執務室のドアの前でノックしようとしたレイドが聞いており、

(オレを殺すだと? ふざけるなっ! 殺される前に、こっちがおまえ達をーーいや、ダメだ。バレるに決まってる。ここは他国に逃げるのが得策か)

 と考えて、喧嘩ばかりで新婚ながら寝室も別々だったので・・・





 数日後には夜逃げを実行したのだが、ローレンス侯爵家の紋章入りの馬車なんかに乗った為に、夜の王都の移動中、酔っ払い達に、

「おい、あの馬車の紋章・・・グヘグへ侯爵の紋章じゃないのか?」

「本当だ・・・・・・おぉ~いっ! ここにグヘグへ野郎が居るぞっ!」

 発見されて、あっという間に囲まれて、馭者ぎょしゃが一目散に馬車から飛び降りて逃げた事で、レイドは置き去りにされて、酔っ払った群衆に、

「おっ、コイツ、グヘグへ野郎本人だぞっ!」

「本当だ。ツラがいい」

「顔を潰して悪さが出来ないようにしてやれっ!」

「おっ、いいな、それ」

 馬車から引きずり出されたレイドは、

「や、やめろぉぉぉぉっ!」

 酔っ払い達に殴られて顔をナイフで切り刻まれたのだった。





 それでも、この時点でレイドが死ぬ事はまだなかった。





 レイドは通りかかった警備隊によって保護されたのだ。

 だが、警備兵もレイドの事は大衆小説で知っていたので、あっという間に騎士団の幹部にまでレイドの身柄を保護した事が伝わり、保護されたその日の深夜の内に王太子ダイロト自らが会いに来て、不機嫌そうに、

「おい、アイリシアを抱いたのか?」

「・・・抱いてません・・・本当です」

 ボロボロのレイドが答えるも、

「ローレンス侯爵の指示でアイリシアを抱いた、アイリシアの腹の胎児は自分の子供だ、との書類に署名しろ」

「・・・・・・出来ません・・・・・・やってないのですから」

「よく考えろ。それしかおまえが簡単に死ねる道はないぞ。拷問してでも書かせるからな。やれ」

 王太子ダイロトはそう指示を出してから部屋を出て行き、拷問官によってレイドは拷問されて、あっさりと言われた通りに書類に署名したのだった。





 それによりローレンス侯爵のベアグラス王家乗っ取りの陰謀が判明して、

「陛下、いいですね?」

 側妃のアイリシアを寝取られてメンツが丸潰れの王太子ダイロトが強く国王に迫り、

「もう少し穏便には・・・・・・」

 穏やかな性格の国王がそう言おうとしたが、

「出来ません。そもそもローレンス侯爵陣営の圧力に屈して無理矢理、側妃を私に押し付けた陛下にも今回の責任の一端がある事を痛感して下さい」

「それは悪かったと思って・・・」

「ならば許可を下さい。アイリシアの腹に居る呪われた子はそうでなくても日に日に大きくなっているのですから」

 王太子ダイロトに詰め寄られた国王は最後には押し切られ・・・・・・・





 レイドが脱走した翌日の内に、ローレンス侯爵家の一族全員と、レイドの出身家のジェラーゼン伯爵家の全員が捕縛されたのだった。





 ローレンス侯爵の指示でやった、とレイドが罪を認めた署名入りの書類があるので、他の取り調べは形だけの物となって、すぐに公開処刑が実行された。

 民衆が集まる広場に設置された断頭台にベアグラス王家の乗っ取りを企んだ貴族達が護送されてくる。

 レイドは治療されずズタズタの顔を晒していた。

「おい、グヘグへ野郎は顔がズタズタだぞっ? やっぱり誰かが顔を切り裂いたって話は本当だったんだな」

「グヘグへ野郎っ! これでも喰らえっ!」

 と投石が始まり、ローレンス侯爵やジェラーゼン伯爵の一族も石を投げられ、

「違うっ! 何も悪い事なんかしていないっ! あの小説は嘘っぱちーーグオオ」

 股間に投石が直撃して無様に前屈みになり、

「グヘグへ夫人にもだっ!」

「どうして、このわたくしがこんな目に。全部アンタの所為よ・・・・・・痛い、痛いっ! グヘグへ夫人って何よっ!」

 アイリーンも投石を受けて痛がり、

「諸悪の根源のグヘグへ侯爵っ! おまえも喰らえっ!」

「誰がグヘグへ侯爵だっ! ワシは建国以来ーーグアっ!」

 ローレンス侯爵は頭部に投石がぶつかり、そのまま気絶して倒れたのだった。





 そして粛々と断頭台での処刑が始まり、

「ギャアアア」

「グアアアア」 

「ウゲエエエ」

 と王家乗っ取りを企んだ(側妃アイリシアを除く)貴族全員が処刑された。

 その様子を見物に来ていたナイラード男爵家のメイドのベルゼは、

(あれまぁ~、大変な事になったわね)

 と思いながらも、

(まあ、あんな心優しいお嬢様を泣かせたんだから当然だね)

 と満足したのだった。





 尚、王太子ダイロトの側妃アイリシアだけは断頭台ではなく離宮で毒酒を賜り、

「嫌よ。お腹に居るのは正真正銘、ダイロト殿下の子供なのにっ! 王家の子を殺すつもりなのっ?」

 と抵抗したが、女官4人に両手と顎を掴まれて、

「いや、飲まないわよっ! 殿下、助けて、殿下っ!」

 ゴクゴクッと毒酒を飲まされて、お腹の子供共々絶命したのだった。





 そして、作中の悪役令嬢のエイリーンの取り巻きの令嬢6人も悪意に満ちた悪女にされており、名前が一文字違いなだけで爵位や家族構成が一緒だった為、特定されて、婚約者達からは婚約を破棄され、既に結婚していた者は離婚され、一生日陰者として過ごし・・・

 同じく貴族学校でエイリーンの虐めを解決しなかった教師達は、作中では賄賂を貰ってる悪徳教師として描かれていたので、いくら賄賂を貰ってないと言っても信じて貰えず、こちらもクビになって名前がバレバレな事から日陰者として生涯を過ごしたのだった。





 さて。

 作中ではフラれた直後に騎士にプロポーズされてパッピーエンドを迎えたヒロインだったが・・・・・・・

 現実のナイラにはそう簡単に結婚相手は現れなかった。





 騎士団や王家の影が必死にローラ・ルルーを探し回ったが、出版社がいち早く持ち込まれた自筆の原本を危険視して焼却し、出版社からはそれ以上の作者の情報が得られず、作者が謎のままだった為だ。

 小説を出版社に持ち込んだベルゼも反響の大きさから物静かなナイラお嬢様には耐えられないと判断して口を噤んだので・・・

 ナイラに褒美が与えられる事もなく、売れに売れた本の印税も貰えなかった。

 というか、ナイラ自身は自分が憤懣をぶつけた小説が、まさか大衆小説として売り出されてるとは知らず、元婚約者のレイドの話題がナイラード男爵家で禁句だった事もあり、処刑された事をナイラが知るのは3年後だった。

 そして遅蒔きに処刑の原因となった大衆小説の存在を知り、

「あの小説は燃やしたのよね、ばあや?」

 ナイラがベルゼに確認するも、

「はい、ちゃんと焼却しましたよ、ワタシは」

 そう嘘をいたので、3年前の愚痴をつづった小説の内容など覚えていなかったナイラが、

(グヘグヘという笑い方だけは覚えがあるんだけど・・・あの笑い方は演劇の役者の笑い方をそのまま使っただけだから、ありふれてるものね。ヤダわ、ベストセラーの小説を自分が書いたと自惚うぬぼれるだなんて。恥ずかしい)

 そう赤面して、自分が書いた小説だと気付かなかったので真相を知る事はなかった。





 ナイラはその後、ナイラード男爵領に引き篭もり、貴族学校卒業から5年後の23歳の時に後妻として知り合いの子爵家に嫁いで幸せになったのだった。





 おわり
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