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卒業パーティーでお隣で一瞬早く始まった婚約破棄の顛末を目撃しても婚約者が思い留まられませんでしたので婚約者の御実家の伯爵家は断絶となりました
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子爵令嬢の私ことナナーナナミシアは、はぁ~、と溜息を吐きました。
だって、だって、だって。
ダイアンサス王国の貴族学校の卒業パーティーなのに、同年で、同じ貴族学校を卒業した、私の婚約者のマイル・マクガード様が、婚約者の私のエスコートもしないで別の伯爵令嬢の(確か幼馴染みで婚約寸前までいったとかいう)ライラ・ミナル様に現を抜かしてるんですもの。
マイル様が婚約者の私を蔑ろにされ始めたのは、4ヶ月前から。
ええ、4ヶ月前ですわ。
間違いありません。
何せ、私の誕生日がありましたから。
なのに、花束とメッセージカードだけ。
それも婚約者のマイル様本人が我が子爵邸に持ってくる訳ではなく、執事の方が申し訳なさそうに届けられたのですから。
これまでも少し怪しかったのですが、私の誕生日を皮切りに私はマイル様から見向きもされなくなり、怒ったお父様やお母様によって我がナナミシア子爵家から婚約者のマイル様のマクガード伯爵家に抗議文が最低でも4回、送られたはずなのですが、婚約者のマイル様が改心される事はなく・・・
そして、本日の貴族学校の卒業パーティーを迎える事となりました。
卒業パーティーで令息令嬢の婚約破棄が横行する昨今。
卒業パーティーで婚約者の私のエスコートもしていないのですから、もうこれから何が起こるのかは明白で、私は憂鬱でした。
はぁ~。
私が溜息を吐いていると、ライラ様をエスコートされたマイル様と眼が合い、近付いて来られました。
そしてマイル様が私の前に立ち、意を決して口を開こうとしたその時、
「ガレリア・ロッテリスっ! おまえとの婚約を破棄させて貰うっ!」
と、すぐお隣からその声が卒業パーティーに響いたのでした。
私やマイル様が声がした方向に視線を向けると、そこではガレリア・ロッテリス侯爵令嬢とオットー・コンパル伯爵令息が対峙しており、オットー様は浮気相手のカレン・ゴラ男爵令嬢を連れておられました。
「はあ?」
ガレリア様は面を喰らって聞き返したのではなく、敵愾心剥き出しで不機嫌そうに聞き返す中、
「おまえは私がカレンと懇意にしてる事に嫉妬し、私物を――」
オットー様が声高にガレリア様の罪状を告発しようとしましたが、少々キツイ性格で有名なガレリア様が、
「下劣な浮気者が何をピーチクパーチク囀ろうとされてらっしゃいますのっ?」
と一喝されました。
「う、浮気など、してはーー」
「こちらは既に、本日、貴族学校を卒業する生徒201名中146名の署名を集めておりますわよ?」
「しょ、署名だと?」
「ええ、コンパル伯爵令息がそちらのゴラ男爵令嬢と仲睦まじくされていた、のを目撃した事を証言する、という署名ですわ、もちろん」
ああ、私も署名しましたわ、それ。
校舎の廊下で手を繋いでるのを目撃したと。
「冬なのに噴水前のベンチでイチャイチャ。貴族学校の廊下では手を繋いで歩く。貴族学校の食堂であーんをして食べさせ合う。他にも、校舎の陰でキスや繁みの中で制服の上から胸をまさぐっていた、という下衆な物まで色々とありましてよ? もう完全にソチラ様の有責ですのに、まさか、御自分の有責での婚約破棄が嫌でわたくしにありもしない罪を捏造して被せようなどと思ってはいらっしゃいませんわよねっ? そんな無法は通用しませんわよっ?」
ブチキレ中のガレリア様が、
「話を戻しますが、わたくしと婚約破棄したいのでしたわよね? そちらの浮気が原因の有責で?」
「待て。違う。婚約破棄の原因は貴様で――」
焦りながらオットー様が言おうとされましたが、ガレリア様が、
「あらあら、まだおっしゃってるの? お諦めなさいな。それはもう無理でしてよ。既に方々に手を回して調整してあるのですから。ああ、御安心なさって? コンパル伯爵家だけではなく、ちゃんと浮気相手のゴラ男爵家にも慰謝料の請求書を届けますから」
「ど、どうして我が家にまで?」
カレン様が驚く中、ガレリア様がお怒りの眼差しで、
「はあ? わたくしの婚約者に手を出しておいて、つまりはロッテリス侯爵家に喧嘩を売っておいて、ただで済む訳がないではありませんか? ちゃんとお2人から貴族籍を剥奪して仲良く平民に落として差し上げますわっ! こちらはその準備を万事済ませてあるのですからっ!」
「な、何を言っているっ? そんな事、一介の侯爵家に出来る訳がなかろうがっ?」
声を震わせながらオットー様はおっしゃられましたが、
「あら、コンパル伯爵もゴラ男爵も快くお引き受け下さいましたわよ? 血の繋がった家族に見捨てられるだなんて、お二方にはとんだ卒業の門出になりましたわね? オーッホッホッホッホッ、オーッホッホッホッホッ、オーッホッホッホッホッ」
と勝利の高笑いをされたガレリア様は、周囲に視線を向けて、
「では、わたくしはこれで失礼させていただきますわね」
それは見事なカーテシーを決めて卒業パーティーの会場から退場されていかれましたわ。
それも隣に居た私にだけはウィンクまでして。
もしかしたら、私が今日、婚約破棄される情報も掴んでられるのかも。
残されたオットー様とカレン様は呆然とされてましたが、周囲の厳しい視線に耐えられなかったのか、コソコソと卒業パーティーから出て行かれましたわ。
そして、お隣で行われた婚約破棄騒動のガレリア様の活躍から元気を貰った私は、
「あら、マイル様、婚約者の私のエスコートもされず、何をされておられますの? これだから貧乏貴族は。礼儀も弁えていなくて敵いませんわ」
とマイル様を挑発すると、
「貴様っ!」
そう怒られました。
そうなのです。
これが私がマイル様に毛嫌いされてる理由でもありました。
政略結婚で裕福な下位貴族から妻を娶るのがプライドだけは人一倍高いマイル様には許せなかったのでしょう。
「婚約者に向かって貴様ですか? 教養のなってない方はこれだから」
と私がそう扇で口元を隠して笑うと、
「ナナー・ナナミシアっ! 貴様との婚約はこの場で破棄させて貰うっ!」
先程、未来の御自身の姿をお隣の特等席で見せられていたにも関わらず、私の挑発に乗ったマイル様の口から、ダイアンサス王国の貴族学校の卒業パーティーで本日2回目の婚約破棄宣言が飛び出しました。
「畏まりました。そちらの浮気による婚約破棄ですわね? では、失礼します」
「ふざけるなっ! 貴様の暴言によるーー」
「はあ?」
私は普段はもう少しお椒やかなのですが、ガレリア様の人格が憑依したように、
「私とマイル様が婚約したのは2年前っ! 我がナナミシア家は子爵家ながらダイアンサス王国でも5指に入る富豪。そしてそちらのマクガード伯爵家は潰れる寸前の貧乏貴族。その事実はこの場に居られる貴族の令息令嬢の皆様、全員が知っておられますわっ!」
私は閉じた扇の先で全員を撫でるように指し示した。
「その両家が結ぶ政略結婚が意味するところは1つっ! マクガード伯爵家を潰したくない王国首脳による支援策に他なりませんっ! その意味すらも理解せず、幼馴染みの令嬢に鼻の下を伸ばして現を抜かし、マクガード伯爵家を支援して救うはずのナナミシア子爵家の婚約者を蔑ろにするような方とは結婚など出来ませんわっ! そもそも先程のロッテリス侯爵令嬢とコンパル伯爵令息との婚約破棄を見ておきながら、慰謝料を払いたくない、というだけの理由でありもしない罪をでっち上げて、わたくしの有責で婚約破棄をしようなどとは・・・頭は大丈夫ですの、マイル様? アナタのような浮気者で、その上、頭も弱い方はこちらから願い下げですわ。では、わたくしはこれで失礼しますわね」
と言った私に向かって、
「貴様っ!」
怒ったマイル様の手が飛んできました。
それもグーが。
正直、私でも避けれる速度のヘナチョコパンチだったのですが、敢えて私は顔に受けて(身体を引いてダメージは逃がしましたわよ、当然)殴られて卒業パーティーの床にバタンッと大袈裟に倒れたのでした。
拳が当たった頬骨よりも、勢い良く倒れた際の肩や膝の方が痛かったくらいですわ。
当然、気絶はしておりません。
ですが、倒れたままです。
目も瞑っております。
すぐに起き上がったりはしませんわ。
そんな勿体ない事、誰がしますか。
私が絶賛倒れ中の中、卒業バーティーの会場では、
「キャア」
「酷い」
「浮気をしておいて逆ギレして殴るだなんて・・・・・・」
という令嬢達の非難の声と、
「マクガード伯爵令息、おまえ、何をーー」
「拳で令嬢の顔を殴るなどあり得んっ!」
「本当に貴族の教育を受けていないのかっ?」
「平然と浮気をするような奴だ。受けていないのだろう」
「そもそも浮気を指摘されて逆上して婚約者に暴力を振るうなど最低だっ!」
「コイツを取り押さえろっ! 暴行の現行犯だっ!」
「騎士団に突き出せっ!」
という正義漢の強い貴族令息達によってマイル様は囲まれてしまいました。
「違う、悪いのはコイツで・・・」
とのマイル様の声は、
「どこがだっ! 浮気をしておいてっ!」
「悪いのは浮気をしたおまえだろうがっ!」
「令嬢の顔を殴るような奴の言う事など信用出来るかっ!」
「貴族令息の風上にも置けない奴めっ!」
「伯爵家の面汚しめっ!」
「騎士団に突き出せっ!」
マイル様を包囲した怒れる令息達の声によって掻き消されました。
そんな中、気絶(のフリ)中の私は、
「大丈夫ですか、ナナー様?」
私の友人の男爵令嬢のジャムに抱き抱えられました。
もちろん、私は気絶(のフリ)中ですので眼は瞑っております。
眼を瞑る中、私は1回だけドレスの裾をクイッと引っ張ってジャムに合図をすると、心得たジャムが、
「キャア、意識がないわ。誰かナナー様を医務室へ――いえ、ナナミシア子爵邸の方が確実ね。誰か、馬車まで運んで下さいませ」
そう叫び、私は卒業生ではなく、高位貴族の護衛かしら? に抱き抱えられて学校の玄関で待つ馬車へと運ばれたのでした。
ナナミシア子爵家の馬車の中で、私とジャムと侍女だけになったところで、私は眼を開けて、
「助かったわ、ジャム。ナイス判断よ」
そう笑ったのでした。
「ってか、どうして殴られたの、ナナー? マイル様って勉強も武術もダメダメだから、避けられたでしょ?」
「まあね」
と笑った私は、
「でも、その前の眼前で行われた婚約破棄騒動のガレリア様の立ち振る舞いに触発されちゃって。ほら、婚約破棄と同時にマクガード伯爵家が潰れるのは決まってたじゃない? その後で、成金の子爵家が伯爵家を潰した、とか陰口を叩かれるの嫌だったから。だから、あちら側の罪を白日の下に晒しただけよ」
そうです。
私が卒業パーティーの開始直後に憂鬱だったのは、婚約破棄を言い渡される事自体が理由ではなく、婚約破棄後にマクガード伯爵家が潰れ、その後に起こるナナミシア子爵家の外聞や評判を気にしての事でした。
「だからって殴られるのはやり過ぎだと思うわよ?」
そうジャムは呆れたのでした。
◇
さて、その後の経過を少々。
卒業パーティーで婚約破棄された私が殴られた事が決め手となり、我がナナミシア子爵家が支援をしていた多額の融資は総てマクガード伯爵家から引き揚げられ、この度、マクガード伯爵家は晴れて王家や王国首脳にも見限られて、破産となりました。
マクガード伯爵家は借金返済の為に領地と爵位を売って断絶されましたわ。
平民となったマイル様は当初、幼馴染みのミナル伯爵家のライラ様の家に転がり込む手筈を整えていたようですが、貴族令嬢への暴行罪で、5年間の鉱山送りとなられました。
いくら幼少期から面識があろうと、醜聞を起こした犯罪者を迎え入れる貴族など居る訳もなく、マイル様が鉱山に送られると同時に、浮気相手として外聞の悪くなったライラ様も実家から勘当を言い渡されて修道院へと送られたのでした。
そして、我がナナミシア子爵家は王家より、2年間の支援と無理な婚約をさせて殴られた私への慰謝料だと言わんばかりに、伯爵家への昇格と、更には二つ目の爵位の子爵位もいただいたのでした。
ああ、因みに私達の前に起こった婚約破棄のオットー・コンパル伯爵令息とカレン・ゴラ男爵令嬢はガレリア様の宣言通り、貴族籍を抜かれて平民に落とされたそうですわよ。
その後の事までは知りませんけど。
そして私は、とっくにマイル様を見限っていたお父様とお母様が内々に新たな婿選定をしていたので、伯爵家の昇格と同時にロッテリス侯爵家の次男、つまりはガレリア様のお兄様のガレール様と結婚して、いただいたばかりの二つ目の爵位の子爵位を継ぐ手筈となりました。
結婚式当日、花嫁の控え室に訪ねて来られた妹のガレリア様が、
「わたくしの兄を、よろしくね、ナナーお義姉様」
とおっしゃられたので、豪華なウエディングドレスを纏った私が興味本位に、
「卒業パーティーの時には、もうお兄様のガレール様と私との婚姻の事を御存知だったのですか、ガレリア様は?」
「まさか。あの時点では、ナナミシア子爵家は候補にもなっていなかったわ。いくらお金を持っていてもナナミシア子爵家には、ちゃんと跡継ぎが居られたでしょ? 子爵家の次期後継としてお兄様が婿入り出来ないのですから。でも私の退出後の卒業パーティーで、ナナーお義姉様が見事に立ち回り、伯爵への昇格と二つ目の爵位を得る、との情報をいち早く得たお父様が強引にねじ込んだって話よ」
「なるほど」
「そういう事ですので、これからよろしくね、ナナーお義姉様」
「私よりもどちらかと言えばガレリア様の方が姉の風格があるような気がしますけど」
私はそう苦笑し、結婚式を経て、ガレール様と幸せに暮らしたのでした。
そうそう。
ロッテリス侯爵家は少しキツイ貴族ですので、私を殴ったマイル様は、鉱夫達の欲情の捌け口にされたり、喧嘩で顔を潰されたり、と悲惨な目に遭われてるそうですわよ。
最後には落盤事故に遭って死んでしまい、残念ながら5年間の刑期を務め終える事は出来なかったと風の噂で聞きましたわ。
おわり
だって、だって、だって。
ダイアンサス王国の貴族学校の卒業パーティーなのに、同年で、同じ貴族学校を卒業した、私の婚約者のマイル・マクガード様が、婚約者の私のエスコートもしないで別の伯爵令嬢の(確か幼馴染みで婚約寸前までいったとかいう)ライラ・ミナル様に現を抜かしてるんですもの。
マイル様が婚約者の私を蔑ろにされ始めたのは、4ヶ月前から。
ええ、4ヶ月前ですわ。
間違いありません。
何せ、私の誕生日がありましたから。
なのに、花束とメッセージカードだけ。
それも婚約者のマイル様本人が我が子爵邸に持ってくる訳ではなく、執事の方が申し訳なさそうに届けられたのですから。
これまでも少し怪しかったのですが、私の誕生日を皮切りに私はマイル様から見向きもされなくなり、怒ったお父様やお母様によって我がナナミシア子爵家から婚約者のマイル様のマクガード伯爵家に抗議文が最低でも4回、送られたはずなのですが、婚約者のマイル様が改心される事はなく・・・
そして、本日の貴族学校の卒業パーティーを迎える事となりました。
卒業パーティーで令息令嬢の婚約破棄が横行する昨今。
卒業パーティーで婚約者の私のエスコートもしていないのですから、もうこれから何が起こるのかは明白で、私は憂鬱でした。
はぁ~。
私が溜息を吐いていると、ライラ様をエスコートされたマイル様と眼が合い、近付いて来られました。
そしてマイル様が私の前に立ち、意を決して口を開こうとしたその時、
「ガレリア・ロッテリスっ! おまえとの婚約を破棄させて貰うっ!」
と、すぐお隣からその声が卒業パーティーに響いたのでした。
私やマイル様が声がした方向に視線を向けると、そこではガレリア・ロッテリス侯爵令嬢とオットー・コンパル伯爵令息が対峙しており、オットー様は浮気相手のカレン・ゴラ男爵令嬢を連れておられました。
「はあ?」
ガレリア様は面を喰らって聞き返したのではなく、敵愾心剥き出しで不機嫌そうに聞き返す中、
「おまえは私がカレンと懇意にしてる事に嫉妬し、私物を――」
オットー様が声高にガレリア様の罪状を告発しようとしましたが、少々キツイ性格で有名なガレリア様が、
「下劣な浮気者が何をピーチクパーチク囀ろうとされてらっしゃいますのっ?」
と一喝されました。
「う、浮気など、してはーー」
「こちらは既に、本日、貴族学校を卒業する生徒201名中146名の署名を集めておりますわよ?」
「しょ、署名だと?」
「ええ、コンパル伯爵令息がそちらのゴラ男爵令嬢と仲睦まじくされていた、のを目撃した事を証言する、という署名ですわ、もちろん」
ああ、私も署名しましたわ、それ。
校舎の廊下で手を繋いでるのを目撃したと。
「冬なのに噴水前のベンチでイチャイチャ。貴族学校の廊下では手を繋いで歩く。貴族学校の食堂であーんをして食べさせ合う。他にも、校舎の陰でキスや繁みの中で制服の上から胸をまさぐっていた、という下衆な物まで色々とありましてよ? もう完全にソチラ様の有責ですのに、まさか、御自分の有責での婚約破棄が嫌でわたくしにありもしない罪を捏造して被せようなどと思ってはいらっしゃいませんわよねっ? そんな無法は通用しませんわよっ?」
ブチキレ中のガレリア様が、
「話を戻しますが、わたくしと婚約破棄したいのでしたわよね? そちらの浮気が原因の有責で?」
「待て。違う。婚約破棄の原因は貴様で――」
焦りながらオットー様が言おうとされましたが、ガレリア様が、
「あらあら、まだおっしゃってるの? お諦めなさいな。それはもう無理でしてよ。既に方々に手を回して調整してあるのですから。ああ、御安心なさって? コンパル伯爵家だけではなく、ちゃんと浮気相手のゴラ男爵家にも慰謝料の請求書を届けますから」
「ど、どうして我が家にまで?」
カレン様が驚く中、ガレリア様がお怒りの眼差しで、
「はあ? わたくしの婚約者に手を出しておいて、つまりはロッテリス侯爵家に喧嘩を売っておいて、ただで済む訳がないではありませんか? ちゃんとお2人から貴族籍を剥奪して仲良く平民に落として差し上げますわっ! こちらはその準備を万事済ませてあるのですからっ!」
「な、何を言っているっ? そんな事、一介の侯爵家に出来る訳がなかろうがっ?」
声を震わせながらオットー様はおっしゃられましたが、
「あら、コンパル伯爵もゴラ男爵も快くお引き受け下さいましたわよ? 血の繋がった家族に見捨てられるだなんて、お二方にはとんだ卒業の門出になりましたわね? オーッホッホッホッホッ、オーッホッホッホッホッ、オーッホッホッホッホッ」
と勝利の高笑いをされたガレリア様は、周囲に視線を向けて、
「では、わたくしはこれで失礼させていただきますわね」
それは見事なカーテシーを決めて卒業パーティーの会場から退場されていかれましたわ。
それも隣に居た私にだけはウィンクまでして。
もしかしたら、私が今日、婚約破棄される情報も掴んでられるのかも。
残されたオットー様とカレン様は呆然とされてましたが、周囲の厳しい視線に耐えられなかったのか、コソコソと卒業パーティーから出て行かれましたわ。
そして、お隣で行われた婚約破棄騒動のガレリア様の活躍から元気を貰った私は、
「あら、マイル様、婚約者の私のエスコートもされず、何をされておられますの? これだから貧乏貴族は。礼儀も弁えていなくて敵いませんわ」
とマイル様を挑発すると、
「貴様っ!」
そう怒られました。
そうなのです。
これが私がマイル様に毛嫌いされてる理由でもありました。
政略結婚で裕福な下位貴族から妻を娶るのがプライドだけは人一倍高いマイル様には許せなかったのでしょう。
「婚約者に向かって貴様ですか? 教養のなってない方はこれだから」
と私がそう扇で口元を隠して笑うと、
「ナナー・ナナミシアっ! 貴様との婚約はこの場で破棄させて貰うっ!」
先程、未来の御自身の姿をお隣の特等席で見せられていたにも関わらず、私の挑発に乗ったマイル様の口から、ダイアンサス王国の貴族学校の卒業パーティーで本日2回目の婚約破棄宣言が飛び出しました。
「畏まりました。そちらの浮気による婚約破棄ですわね? では、失礼します」
「ふざけるなっ! 貴様の暴言によるーー」
「はあ?」
私は普段はもう少しお椒やかなのですが、ガレリア様の人格が憑依したように、
「私とマイル様が婚約したのは2年前っ! 我がナナミシア家は子爵家ながらダイアンサス王国でも5指に入る富豪。そしてそちらのマクガード伯爵家は潰れる寸前の貧乏貴族。その事実はこの場に居られる貴族の令息令嬢の皆様、全員が知っておられますわっ!」
私は閉じた扇の先で全員を撫でるように指し示した。
「その両家が結ぶ政略結婚が意味するところは1つっ! マクガード伯爵家を潰したくない王国首脳による支援策に他なりませんっ! その意味すらも理解せず、幼馴染みの令嬢に鼻の下を伸ばして現を抜かし、マクガード伯爵家を支援して救うはずのナナミシア子爵家の婚約者を蔑ろにするような方とは結婚など出来ませんわっ! そもそも先程のロッテリス侯爵令嬢とコンパル伯爵令息との婚約破棄を見ておきながら、慰謝料を払いたくない、というだけの理由でありもしない罪をでっち上げて、わたくしの有責で婚約破棄をしようなどとは・・・頭は大丈夫ですの、マイル様? アナタのような浮気者で、その上、頭も弱い方はこちらから願い下げですわ。では、わたくしはこれで失礼しますわね」
と言った私に向かって、
「貴様っ!」
怒ったマイル様の手が飛んできました。
それもグーが。
正直、私でも避けれる速度のヘナチョコパンチだったのですが、敢えて私は顔に受けて(身体を引いてダメージは逃がしましたわよ、当然)殴られて卒業パーティーの床にバタンッと大袈裟に倒れたのでした。
拳が当たった頬骨よりも、勢い良く倒れた際の肩や膝の方が痛かったくらいですわ。
当然、気絶はしておりません。
ですが、倒れたままです。
目も瞑っております。
すぐに起き上がったりはしませんわ。
そんな勿体ない事、誰がしますか。
私が絶賛倒れ中の中、卒業バーティーの会場では、
「キャア」
「酷い」
「浮気をしておいて逆ギレして殴るだなんて・・・・・・」
という令嬢達の非難の声と、
「マクガード伯爵令息、おまえ、何をーー」
「拳で令嬢の顔を殴るなどあり得んっ!」
「本当に貴族の教育を受けていないのかっ?」
「平然と浮気をするような奴だ。受けていないのだろう」
「そもそも浮気を指摘されて逆上して婚約者に暴力を振るうなど最低だっ!」
「コイツを取り押さえろっ! 暴行の現行犯だっ!」
「騎士団に突き出せっ!」
という正義漢の強い貴族令息達によってマイル様は囲まれてしまいました。
「違う、悪いのはコイツで・・・」
とのマイル様の声は、
「どこがだっ! 浮気をしておいてっ!」
「悪いのは浮気をしたおまえだろうがっ!」
「令嬢の顔を殴るような奴の言う事など信用出来るかっ!」
「貴族令息の風上にも置けない奴めっ!」
「伯爵家の面汚しめっ!」
「騎士団に突き出せっ!」
マイル様を包囲した怒れる令息達の声によって掻き消されました。
そんな中、気絶(のフリ)中の私は、
「大丈夫ですか、ナナー様?」
私の友人の男爵令嬢のジャムに抱き抱えられました。
もちろん、私は気絶(のフリ)中ですので眼は瞑っております。
眼を瞑る中、私は1回だけドレスの裾をクイッと引っ張ってジャムに合図をすると、心得たジャムが、
「キャア、意識がないわ。誰かナナー様を医務室へ――いえ、ナナミシア子爵邸の方が確実ね。誰か、馬車まで運んで下さいませ」
そう叫び、私は卒業生ではなく、高位貴族の護衛かしら? に抱き抱えられて学校の玄関で待つ馬車へと運ばれたのでした。
ナナミシア子爵家の馬車の中で、私とジャムと侍女だけになったところで、私は眼を開けて、
「助かったわ、ジャム。ナイス判断よ」
そう笑ったのでした。
「ってか、どうして殴られたの、ナナー? マイル様って勉強も武術もダメダメだから、避けられたでしょ?」
「まあね」
と笑った私は、
「でも、その前の眼前で行われた婚約破棄騒動のガレリア様の立ち振る舞いに触発されちゃって。ほら、婚約破棄と同時にマクガード伯爵家が潰れるのは決まってたじゃない? その後で、成金の子爵家が伯爵家を潰した、とか陰口を叩かれるの嫌だったから。だから、あちら側の罪を白日の下に晒しただけよ」
そうです。
私が卒業パーティーの開始直後に憂鬱だったのは、婚約破棄を言い渡される事自体が理由ではなく、婚約破棄後にマクガード伯爵家が潰れ、その後に起こるナナミシア子爵家の外聞や評判を気にしての事でした。
「だからって殴られるのはやり過ぎだと思うわよ?」
そうジャムは呆れたのでした。
◇
さて、その後の経過を少々。
卒業パーティーで婚約破棄された私が殴られた事が決め手となり、我がナナミシア子爵家が支援をしていた多額の融資は総てマクガード伯爵家から引き揚げられ、この度、マクガード伯爵家は晴れて王家や王国首脳にも見限られて、破産となりました。
マクガード伯爵家は借金返済の為に領地と爵位を売って断絶されましたわ。
平民となったマイル様は当初、幼馴染みのミナル伯爵家のライラ様の家に転がり込む手筈を整えていたようですが、貴族令嬢への暴行罪で、5年間の鉱山送りとなられました。
いくら幼少期から面識があろうと、醜聞を起こした犯罪者を迎え入れる貴族など居る訳もなく、マイル様が鉱山に送られると同時に、浮気相手として外聞の悪くなったライラ様も実家から勘当を言い渡されて修道院へと送られたのでした。
そして、我がナナミシア子爵家は王家より、2年間の支援と無理な婚約をさせて殴られた私への慰謝料だと言わんばかりに、伯爵家への昇格と、更には二つ目の爵位の子爵位もいただいたのでした。
ああ、因みに私達の前に起こった婚約破棄のオットー・コンパル伯爵令息とカレン・ゴラ男爵令嬢はガレリア様の宣言通り、貴族籍を抜かれて平民に落とされたそうですわよ。
その後の事までは知りませんけど。
そして私は、とっくにマイル様を見限っていたお父様とお母様が内々に新たな婿選定をしていたので、伯爵家の昇格と同時にロッテリス侯爵家の次男、つまりはガレリア様のお兄様のガレール様と結婚して、いただいたばかりの二つ目の爵位の子爵位を継ぐ手筈となりました。
結婚式当日、花嫁の控え室に訪ねて来られた妹のガレリア様が、
「わたくしの兄を、よろしくね、ナナーお義姉様」
とおっしゃられたので、豪華なウエディングドレスを纏った私が興味本位に、
「卒業パーティーの時には、もうお兄様のガレール様と私との婚姻の事を御存知だったのですか、ガレリア様は?」
「まさか。あの時点では、ナナミシア子爵家は候補にもなっていなかったわ。いくらお金を持っていてもナナミシア子爵家には、ちゃんと跡継ぎが居られたでしょ? 子爵家の次期後継としてお兄様が婿入り出来ないのですから。でも私の退出後の卒業パーティーで、ナナーお義姉様が見事に立ち回り、伯爵への昇格と二つ目の爵位を得る、との情報をいち早く得たお父様が強引にねじ込んだって話よ」
「なるほど」
「そういう事ですので、これからよろしくね、ナナーお義姉様」
「私よりもどちらかと言えばガレリア様の方が姉の風格があるような気がしますけど」
私はそう苦笑し、結婚式を経て、ガレール様と幸せに暮らしたのでした。
そうそう。
ロッテリス侯爵家は少しキツイ貴族ですので、私を殴ったマイル様は、鉱夫達の欲情の捌け口にされたり、喧嘩で顔を潰されたり、と悲惨な目に遭われてるそうですわよ。
最後には落盤事故に遭って死んでしまい、残念ながら5年間の刑期を務め終える事は出来なかったと風の噂で聞きましたわ。
おわり
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