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竹井ゴールド

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浮気男の婚約者が婚約破棄を口にする度に泣いてすがったのは結婚式の場で誓いの言葉を拒否する為。あら、グーパンチは予定にありませんでしたのに

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 クローバー王国の王宮のパーティーでは見慣れた光景が繰り広げられていた。

 別の令嬢のエスコートをしていたグレート公爵家の令息であるマッシュが婚約者の侯爵令嬢のパイン・アイドムに、

「パイン、おまえとの結婚など冗談ではない。婚約を破棄させて貰うっ!」

 と言い放ち、浮気をされてる側の侯爵令嬢のパインが、

「グッスン・・・そんなぁ~、お願い、捨てないでぇ~、マッシュ様ぁ~」

 涙を流して浮気男のマッシュにすがるのだ。

 周囲に居るパーティーの参加者達は、

「またやってるのか?」

 と冷めた視線を向けて、その様子を眺める程、ありふれた光景になっていた。

 そんな中、マッシュが、

「オレに捨てられたくなかったら、オレが誰と居ようと口出しなどするなっ! それならば捨てずに婚約は続けてやるっ!」

「グッスン」

「返事はどうした、パイン?」

「・・・はい、マッシュ様」

「ふん、最初からそう言え、グズが。行くぞ、カナリア嬢」

 マッシュがエスコートしてるレード子爵家の令嬢カナリアに声を掛け、

「はい、マッシュ様」

 隣に居るカナリアは申し訳無ささなど微塵もない、それどころか勝ち誇った顔をパインに向けて去っていき、残されたパインはそんなマッシュの後ろ姿をただ涙を流して見送るのだった。

 遠巻きで見ていたパーティーの参加者達は、

「パイン嬢もあんな浮気男のどこがいいんだか。2人の婚約って恋愛だったのか?」

「いえ、政略だと聞きましたわ。それもグレート公爵家が無理矢理アイドム侯爵家にねじ込んだって」

「それで公爵令息の方が浮気か? どうしようもないな」

「全くですわ。堂々と浮気なんてーー最低ですわね」

「アイドム侯爵はパイン嬢の醜態を御存知ないのか?」

「さすがに耳に入れておられるのではなくて? わたくしでさえ、もう20回以上は見ていましてよ、今のやり取り」

「確かに。なら、知ってて放置してる訳か」

 と囁き合うくらい珍しくもない光景だった。

 ◇

 そして半年が過ぎ、遂に公爵令息マッシュ・グレートと侯爵令嬢のパイン・アイドムの結婚式の当日となった。

 グレート公爵家がクローバー王国の実力者であった事から、結婚式の会場にはクローバー王国の王宮内にある礼拝堂を借りて催された。

 結婚式の参列席には国王陛下、王妃殿下、側妃殿下、王太子殿下、第2王子殿下、第1王女殿下と王族は全員が参加。

 王族が全員参加なのだから、クローバー王国の高位貴族の殆どが代参を立てずに列席していた。まあ、王宮の礼拝堂が結婚式会場なのだから爵位を持たぬ者が代参として列席する事が出来る訳もなかったが。

 結婚式を取り仕切る神父役も教会のトップである老齢のバレン大司教に頼み込んで、引きずり出している。

 グレート公爵家がクローバー王国中に公爵家の威信を知らしめる為の結婚式だった。

 ◇

 結婚式はスケジュール通りに開始された。

 新郎と新婦が入場する。

 新婦の花嫁衣装はグレート公爵家が用意しただけあり、清楚な中にも豪華さがあった。

「新郎マッシュ・グレートよ。汝、健やかなる時も、病める時も、常にこのパインを愛すると誓いますかな?」

 バレン大司教の問いかけに、マッシュは真面目に、

「誓います」

 と答えた。

「新婦パイン・アイドムよ。汝、健やかなる時もーー」

 バレン大司教が問いかけを始めると、最後まで聞く気がなかったのか、それとも言い終わるのを待てなかったのか、パインはバレン大司教の言葉を遮るように、

「誓いませんっ!」

 きっぱりと言い放った。

「・・・はい?」

 バレン大司教がパインを見た。

「誓いません、と言ったのですわ、大司教猊下」

 とパインはニッコリと微笑した。 

「ええっとーー」

「そもそも婚約破棄を42回も満座で宣言されて、更には結婚前にあちらのーー」

 と結婚式会場に振り返って、パインは厚顔にも式場に居たレード子爵家のカナリアを指差し、

「カナリア嬢を孕ませ、結婚式直前に花嫁の控え室にやってきて、カナリアが孕んだから産んだ子供を第1子としておまえが産んだ事にして届けろ、男子だったらその子をオレの跡継ぎにする、と言ってくるような浮気男とどうやって健全な結婚生活をしろ、とおっしゃるんですか、大司教猊下は? もし、そのような方法があるのでしたら私の方が御教授願いたいくらいですわ」

 そう暴露したパインは列席者達には見えない悪そうな顔をバレン大司教に向けて質問した。

 それには暴露された花婿のマッシュが驚きながら、

「な、な、何を言っている、パインっ! おまえは黙ってーー」

「あら? もしかしてこれまで散々私を邪険にしておいて、それでも私に惚れられてるなんて幻想抱いていませんわよね、マッシュ様? 私はグレート公爵家に無理矢理結婚するよう強要されただけなのですのよ? でも、それもマッシュ様の42回の婚約破棄宣言と、カナリア嬢の懐妊、それと結婚式前の控え室での跡継ぎ発言のお陰で、マッシュ様の有責でようやく破談に出来ますわ。42回も婚約破棄を言われても、泣いてもすがった甲斐がありましたわね、オホホ」

 と花嫁衣装のパインが勝ち誇った様子で微笑すると、これまで散々見下してきたパインによる結婚式での反抗に、逆上したマッシュが、

「ふ、ふ、ふざけるなっ!」

 パインを害そうと手を伸ばそうとしたが、

「気安く触ろうとするんじゃないわよ、この勘違いの浮気野郎がっ!」

 パインは、待ってました、これまでの怨みを総てこの一撃に込める、と言わんばかりにグーパンチをマッシュの鼻先にグシャリッと叩き込んだのだった。

 見事なグーパンチで、本当にグシャリッとマッシュの鼻を潰して、

「ひでぶしゃああっ!」

 床に吹き飛ぶくらいだった。

 床に仰向けに倒れたマッシュは、そのグーパンチの1撃で鼻血を噴きながら、白眼を剥いて気絶するという醜態を晒していた。

 結婚式に列席してた全員が公爵令息である花婿のみっともない姿に、

「あれがグレート公爵家の跡取りか。何とも情けない」

「女の細腕の一撃で気絶って」

「それにしても、まさか結婚式直前の花嫁に向かって別の女が孕んだ子を跡継ぎにする、と宣言するとは・・・頭が悪いのか、もしかして?」

「悪いでしょう。あれだけの騒ぎをこれまで王宮のパーティーで起こしていたのですから」

「ええ、分かりきっていた事ですわ」

「元々、クズで有名でしたものね。ですから優秀な淑女のアイドム侯爵令嬢が婚約者に添えられた訳ですし」

 皆々が失笑を禁じえない中、

「怖かったぁ~。逆上したマッシュ様に暴力を振るわれるのかと思いましたわ」

 と猫を被って白々しく取り繕ったパインは、列席者の方へと向き直り、

「という訳で、皆様、本日は浮気男マッシュ・グレートの有責による婚約破棄の場に立ち会って戴きありがとうございました」

 そう締め括って花嫁衣装ながら見事なカーテシーを決めたのだった。

 ◇

 後日、恥を掻かされたグレート公爵家とアイドム侯爵家の間で貴族裁判が勃発した。

 グレート公爵家の絶大な権力と目撃者多数の結婚式での花婿へのグーパンチで裁判はアイドム侯爵家側の劣勢かと思われたが、これまで王宮で何度となく行われたマッシュの婚約破棄劇場とカナリア嬢の妊娠が決め手となり、結婚式場での婚約破棄と花婿への暴行を差し引いてもグレート公爵家側の有責が確定し、多額の慰謝料がアイドム侯爵家に支払われる事が決まった。

 それだけでは話は終わらず、貴族裁判の敗北直後は、さすがに今は拙い、とグレート公爵や派閥の側近達は自重したが、結婚式で大恥を掻き、未だに折られた鼻の骨が治っていない令息のマッシュが暴発してしまい、パインが乗るアイドム侯爵家の馬車が何者かに襲撃される事となった。

 だが、この襲撃は誰もが予想していた事なので騎士団も陰ながら警備をしており、賊は襲撃と同時に捕縛され、その賊の証言によってマッシュの命令である事が判明。

 結果、マッシュは騎士団の捜査が入るよりも先に情報を入手して、激怒した父親のグレート公爵に去勢された後に、貴族籍を抜かれて廃嫡。その後、騎士団に捕縛されて貴族籍を失った事から鉱山送りとなった。

 無論、それだけでは済まず、マッシュを廃嫡して被害を最小限に抑えようとしたグレート公爵も、令息の監督責任を問われるどころか、令息の賊の襲撃指示を黙認した、と解釈されて(真相はマッシュ個人の暴走だが)共犯扱いとして裁定が下り、領地を半分以上削られた上、貴族裁判の裁定に反抗した者への見せしめとして、公爵は親族に当主の地位を譲渡、爵位も子爵まで一気に落とされ、再起不能になるまで権力を奪われてから引退させられたのだった。

 浮気相手のカナリア・レードは平民落ちどころか、犯罪者にまで成り下がったマッシュとの結婚などを望む訳もなく、かと言って両家の結婚を潰したお腹の子を堕胎する事も叶わず、1人で産まされる事となったが、出産後は手元には置かず、赤子はすぐに教会の孤児院へと送られる事となった。

 カナリア本人も出産後に今回の騒動の責任を父親に取らされて修道院送りとなった。

 カナリアの父親のレード子爵は今回の件では何も責任を問われなかったが、自主的に爵位の格下げを申し出て、それが認められて男爵として一からクローバー王国に仕える事となった。

 ◇

 一方のパイン・アイドムはと言えば、クローバー王国の王族と国中の大物貴族達が見てる前で、あれだけ盛大にやらかしたのに何故か釣書が大量に送られてきており、その中で一番の優良物件だった国王陛下の甥で、王家と同名のクローバー大公家のナリスト令息とお見合いをしていた。

「ナリスト様は本当にあんな事をしでかした私との結婚を希望されるのですか?」

 パインは真面目な顔でナリストを見た。

 パインがナリストを選んだのは血統や顔が良かったからだけではない。

 パーティー嫌いで、王宮のパーティーに滅多に出席せず、パインがマッシュにすがって涙を流した醜態を見られていなかったので、どちらかと言えばそっちが決め手となってお見合いをしていた。

「ええ、結婚式場でのアナタの花嫁姿の見事なカーテシーにかれてしまいまして」

「では、これからよろしくお願いしますね、ナリスト様。でも、私を怒らせたらアナタ様にも式場で見られたグーパンチが飛ぶかもしれませんわよ、オホホ」





 おわり
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