短編集

竹井ゴールド

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初代国王が定めた聖樹の守護一族との3代ごとの結婚を白紙にした王太子のお陰で、今年は聖樹様に赤い花がたくさん咲きそうです

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 グロリオサ王国の南部には聖樹が聳えている。

 その聖樹を守護する一族がスオン大公家である。

 そして、グロリオサ王家とスオン大公家との間には初代国王が建国時に結んだ盟約があった。

 3代ごとに王家の血を引く者をスオン大公家の者を結婚させる、という盟約だ。

 だが、7代国王の直系の子供は王太子の1人しか居らず、スオン大公家から娘を迎える必要があった。

 つまり王太子と結婚するスオン大公家の娘は王太子妃となり、ひいてはグロリオサ王国の王妃になるという事だ。

 スオン大公家は王都の宮殿には出仕しゅっしせず聖樹と南部地域の守護の専任だった為、政権中枢に足場がなく、権力争いを繰り広げる王宮の貴族達も面白くなかった。

 そこで王太子ゼルーノスをそそのかした結果、王太子ゼルーノスも、

「初代国王が残したカビ臭い盟約など今更踏襲とうしゅうする必要はない」

 と公言するようになり、グロリオサ王国南部の聖樹が見えるスオン大公家の屋敷に、それからしばらくして王都から王家の使者が訪れたのだった。

 ◇

 スオン大公家の当主ガウリーは書簡の内容を見て、

「ん? この書簡には、初代国王が定めたグロリオサ王家とスオン大公家の婚姻盟約の破棄が書かれてるが?」

「はい。そうです」

 王太子ゼルーノスの命令で南部のスオン大公領に使者として派遣された若き文官が返事すると、

「誰の差し金だ? 王家ではあるまい?」

「いえ、ちゃんと国王陛下の承認の許・・・」 

「よせよせ。そんな嘘は。国王なら死んでも初代国王の盟約は破棄せんさ。大方、盟約など必要ない、とか叫んでる王太子だろう。どうやら国王は王太子の教育に失敗したらしいな」

 と思った事をスオン大公が呟くと、

「大公殿、先程から敬称をおっしゃっておられませんが?」

 使者が気になったのか、そうやんわりと指摘した。

 だが、ガウリーはそれでも気付かず、

「んん? 何の事だ?」

「国王陛下、王太子殿下です」

「ああ、スマン、スマン。田舎者でな。まあ、いい。この初代国王が定めた盟約破棄の話、承諾した、とバカ王太子に伝えろ」

「今、王太子殿下の事をバカとーー」

「うん? 言ってないが。聞き間違いだろう」

 スオン大公かすっ呆けて、使者も諦めて、

「御理解いただき助かりました」

「ああ、ではな。グロリオサ王家に発展があらん事を」

 スオン大公はそう言って使者を送り返したのだった。

 ◇

 スオン大公は聖樹の許に来ていた。

 聖樹の前には野外神殿があり、そこではスオン大公の娘のアリスが聖樹に祈りを捧げていた。

 グロリオサ王国には聖樹教こそはない物の、信仰自体はあり、地元では聖樹を神としてもう何百年と祀っている。

 無論、その信仰をまとめ上げるのはスオン大公家だ。

 スオン大公も聖樹の前に跪き、祈りを捧げたが、すぐに祈りを止めて立ち上がり、

「アリス、聖樹様の神託通り、バカ王子がおまえとの婚約を断ってきたぞ」

 と娘のアリスに報告した。

 娘の方は祈りを捧げながら父親の言葉に反応して、

「それはようございましたわ、お父様。私は聖樹様から離れた王宮などには行きたくはございませんでしたもの」

「そういう事だ。だが、聖樹様は・・・」

「ええ、お怒りのようです。今年は赤い花を咲かせるでしょうね」

 祈りを捧げながらアリスは聖樹を見上げたのだった。

 ◇

 スオン大公領から戻ってきた使者の大公の(不敬を割愛した)承諾の話を聞いた王太子ゼルーノスは上機嫌で、

「そうか。盟約の破棄を受け入れたか、ハハハハ。では今日のパーティーで新たな婚約者のお披露目を皆にしよう」

 と計画したのだった。

 ◇

 その夜の王宮で開かれたパーティーで、王太子ゼルーノスの、

「皆に伝える事がある。余はこのガルーゴ公爵家のイリーナを我が妻に迎える」

 との宣言でパーティーが始まり、王太子のゼルーノスと公爵令嬢のイリーナも踊っていたのだが、

「ああああーー」

 踊っていたイリーナがそう悲鳴を上げて、苦しみ始めた。

 何事か、と誰もが視線を向けると、王太子ゼルーノスの腕の中に居た、若く美しかったイリーナ公爵令嬢が凄いスピードでみるみると干乾ひからび、ミイラのような状態となり、

「うおっ!」

 と王太子ゼルーノスも驚いてイリーナ公爵令嬢から手から放したのだった。

 干乾びたイリーナ公爵令嬢は生命力を奪われたようにその場で死んでいた。

 ◇

 結婚相手として発表した直後に指名したイリーナが奇妙なミイラとなって死んだ。

 それも王太子ゼルーノスの腕の中で死んだのだ。

 その為、王太子ゼルーノスは気が滅入ってはーー居なかった。

 その夜のパーティーは中断されたが、嫌な事は女を抱いて忘れるに限る、と言わんばかりに愛妾と一緒に寝室で愛し合っていたのだ。

 だが、その愛妾が、

「あああーー」

 と苦しみ始めて、何事か、と王太子ゼルーノスが裸の相手を見ると、その相手も若く美しかったが、凄いスピードで干乾び始めて、ミイラのようになったのだった。

「うわぁぁっ!」

 驚いた王太子ゼルーノスは裸のままベッドから転げ落ちて、

「誰か、誰か、来いっ!」

 その言葉で、廊下の外の衛兵が、

「失礼します、殿下っ!」

 と部屋に雪崩れ込み、王太子ゼルーノスが裸だったのを見て、

「これは、申し訳ーー」

「そんな事はいいから、あれをどうにかしろっ!」

 と王太子ゼルーノスがベッドを指差した時にはベッドでは愛妾が生命力を奪われて死んでいた。

 ◇

 変死はまだまだ続いた。

 二度の変死でさすがの王太子ゼルーノスもへこんでいたが、初代国王が定めたスオン大公家との盟約に反対で息子の王太子をそそのかした1人の王妃モスラーナが王太子ゼルーノスの手を取って、

「今、王国の騎士団が原因を調べてますから、安心なさーー」

「?」

「あああああーー」

 励ましていた王妃モスラーナまでが苦しみ始め、使用人達の見てる前でまたまた凄いスピードで干乾び始めた。

「えっ? 母上、しっかりして下さいっ! だ、誰かっ! 宮廷医師をっ!」

 と叫ぶが、宮廷医師が駆け付けた時には王妃モスラーナは崩御したのだった。

 ◇

 王妃モスラーナの変死でグラリオサ王国の王宮の空気は一転した。

 無論、重く、暗く、だ。

 間の悪い事に国王は隣国の同盟国に出向いており、不在だった。

 まあ、その国王不在を狙っての初代国王の盟約破棄と、婚約者発表という暴挙に出た訳だが。

 国王の帰国はまだ先でその為、その間、王妃モスラーナの埋葬も出来なかった。

 王宮の地下の遺体安置室に安置されていたのだが、王妃モスラーナの変死から3日後の夜、槍とランタンを持った衛兵が王宮内を巡回して地下の廊下に差し掛かった。

「異常なしが分かり切ってるのに巡回しなければならないこの馬鹿らしさ」

 衛兵の1人が呟き、

「不謹慎だぞ。もしかしたら誰かが王妃様の遺体を盗むからもしれないだろう」

「誰があんなカピカピのミイラなんかを盗むんだよ」

「不敬だぞ」

「へいへい、真面目だね」

 と2人の衛兵が地下の廊下を巡回した。

 無論、夜の巡回の衛兵は2人両方が片手にはランタンをそれぞれ持つ。

 廊下を照らしながら歩いてると、ランタンの光が当たるギリギリに動く人影を見た。

「ーーえっ?」

「そこに居る奴、誰だっ! ーー動くなよっ!」

 とランタンを片手に槍をもう片方の手で器用に構える。

 ランタンと槍を構えた衛兵2人が油断なくゆっくりと近付く。

 そしてランタンの光に照らされる中、振り返った不審者はミイラとなって死んだはずの王妃モスラーナだった。

 ◇

 深夜に叩き起こされて不機嫌だった王太子ゼルーノスだったが、報告を聞くと青ざめた。

「はあ? 母上の死体が動いていただと?」

「はい、衛兵が見ております」

「大方、夢でも・・・」

「いえ、それが最初に発見した衛兵2人の悲鳴と警笛で、衛兵が6人、地下へと駆け付け、その全員が動く王妃様の姿をーーそれも槍で刺しても死なず、衛兵達が槍で押さえ付けていますがーーまだ、その、動いてます、死んだ王妃様が」

「勘弁してくれ」

 王太子ゼルーノスは責任者として王宮地下の廊下に出向くと、普段は静かな地下は騎士団と衛兵でごった返しており、案内された先では本当にミイラとなった王妃モスラーナが複数の槍に押さえ付けられていたが、本当に手足をバタバタさせていた。

「殿下、どうしましょう?」

 騎士団の幹部の問いかけに、王太子ゼルーノスは、

「どうってーーこのような際の対処法は?」

「ございません。前例がありませんので」

「とりあえず独房にでも放り込んでおけ」

「遺体安置室と地下監獄は場所が違い、一度、王宮の1階の廊下を経由せねばならず、人目に付きますがよろしいのですね?」

「それは・・・ダメだ」

 と王太子ゼルーノスが言葉を絞り出した。

「何か妙案はないのか?」 

「頑丈な棺に入れて外側から鍵を掛けるくらいしか思い付きません」

「それだ。すぐにやってくれ」

 王太子ゼルーノスがその言葉に飛び付き、

「はっ」

 すぐに、その命令は実行された。

 ◇

 人の口に戸は立てられない。

 あっという間に王妃モスラーナの遺体が動き出した話は王都在住の貴族達の間に広がった。

 そして、王太子ゼルーノスを励ますと称して次期国王に取り入ろうとする大物貴族達が王太子ゼルーノスと謁見していたのだが、今度はその大物貴族5人が、

「心を強く持って下さい。殿下」

「そうですよ。我々が付いておりますから」

「だから安心してーーアアアアーー」

「うわ、どうーーアアアア」

「アアアアーー」

 同時にミイラ化したのだった。

「うわぁぁぁっ!」

 それには、さすがの王太子ゼルーノスも悲鳴を上げて驚いたのだった。

 ◇

 ここにきて、誰が言い出したのかは分からないが、ある仮説が王宮内で独り歩きを始めた。

「王太子ゼルーノス殿下は呪われているのではないか?」

 という噂がだ。

 実際に王太子ゼルーノスの近しい者だけがミイラになっている。

 この根拠のない根も葉もない噂は変死が奇っ怪なだけに払拭出来ず、徐々に蔓延し、誰も王太子ゼルーノスに取り入ろうとしなくなった。

 誰だって命が惜しいのだから。

 だが、王太子ゼルーノスが近くに居なくても、それまで懇意だった貴族令嬢、貴族令息、大物貴族、騎士、文官達が100人以上ミイラとなる変死は続いた。

 20体以上の死後の活動も。

 これまでは被害が王太子に謁見出来る王宮出入りの特権層のみの上、グロリオサ王国が必死に騒動を隠していたので市井しせいにまでは伝わっていなかったが、埋葬されたが地上に這い出て墓地を徘徊する20体以上のゾンビによって、遂には市井にまで王宮のミイラ化とゾンビ騒ぎが知れ渡り、王都中が大混乱に陥ったのだった。

 ◇

 そして30日の同盟国との外を終えてグロリオサの国王が王宮に帰還した。

「父上、良く帰ってきて下さりましたっ! 待っておりましたよっ! 聞いて下さい、大変なのですっ!」

 王宮の玄関まで出迎えた王太子ゼルーノスに対して、言い放った国王の最初の言葉は、

「近付くなっ! この邪神信仰者がっ! 貴様はこの場にて廃嫡っ! 今回の一連の騒動の黒幕として公開処刑とするっ!」

「ち、父上?」

 何の事かさっぱり分からない王太子ゼルーノスが状況を理解出来ぬ中、

「調べは既に騎士団が付けているっ! 邪教になど心を奪われて、国母である王妃を、己が母親までもを生贄に捧げるとは何という恐ろしい子よっ! いや、貴様などが我が子であるはずがないっ! 騎士団、何をしているっ! さっさとこの黒幕を処刑台に乗せぬかっ! 本日中に処刑するのだっ! この恐ろしい男をっ!」

「はっ」

 王命によって騎士団が動き、王太子ゼルーノスは捕縛されて、そのまま公開処刑用の処刑台に乗せられたのだった。

「違うっ! 私じゃないっ! 私は何の関係もないんだっ!」

 と王太子ゼルーノスは無実を訴えたが、既に噂は王都中に広がっている。

 ゾンビの目撃例も多数あるのだ。

 何せ、怖いもの見たさで噂を確かめに墓地に出向いた物好きが本当に徘徊するゾンビを目撃して周囲に吹聴した事で。

 それに王太子が原因の噂が加わり、誰もが、王太子ゼルーノスが犯人だ、と思っていたところに帰国と同時に国王陛下が王太子の処刑を決定したのだ。

 その名裁きに、公開処刑場に集まった群衆達の誰もが王太子が犯人として怒号をぶつけていた。

 石まで投げられる。

「違う。違うんだ。本当に余ではないのだ・・・」

 王太子ゼルーノスは誰にも信じて貰えず絶望の中、首を落とされたのだった。

 ◇

 処刑は王太子ゼルーノスだけでは終わらず、ミイラ化した者を出した一族も、邪教信仰をしていた、と決め付けられて処刑や貴族籍剥奪の囚人として鉱山送りにされたのだった。

 ミイラ化した者が100人以上出た為、グラリオサ王国は建国以来の大粛清となったが、それを断行した国王に対する群衆達からの支持は厚かった。

 ◇

 同時に、ミイラ化した遺体は王妃、大物貴族、貴族令嬢令息だろうと総て、既に土葬されていたとしても、国王の命令で全員が掘り返されて一カ所に集められて焼かれたのだった。

 ◇

 ミイラ化してたからか、燃やすと骨も残らずに燃えて、これでこの騒動は終着したのだが、この騒動の諸悪の根源として王太子ゼルーノスの悪名は歴史に残す事となった。

 ◇

 ミイラ化騒動から半年後、後始末を終えた国王はグラリオサ王国南部の聖樹が見えるスオン大公家の屋敷に来ていた。

 内密な会談の為、護衛すら室外に移動させてから、国王の方が椅子に座るスオン大公にひざまずき、

「この度は愚息が至らぬ所為で申し訳ございませんでした。愚息は指示通り、公開処刑にしましたので御安心下さい」

「質問だが伝えていなかったのか? グロリオサ王国の真の王が誰なのかを?」

「はい。国王のみが知る事の出来る秘事ですので」

 2人の会話が示す通り、このグロリオサ王国の真の支配者は聖樹の守護者たるスオン大公家だった。

 それを初代国王がスオン大公家から国を借り受けて仮の王として君臨しているのが、このグロリオサ王国建国の真相だった。

 3代ごとの婚姻はスオン大公家に対する忠誠の証でもあった。

「まあ、良かろう。邪魔者は総て聖樹様が消して下された。グロリオサ王国の運営もこれで少しは楽になろう。任せたぞ」

「はっ」

 と国王は真の支配者であるスオン大公に返事した。

 因みに、今回の王国を襲ったミイラ化騒動の黒幕はスオン大公家ーーではない。

 総てはスオン大公家をないがしろにした事に怒った、自我を持つ聖樹の独断だった。

 普段なら守護一族のスオン大公家の宥めるところだが、それを今回しなかった為に、聖樹が遠く離れた王都の人々から生命力を吸い、それがミイラ化となっていた。

 ミイラとなった者がゾンビとして動いたのは、聖樹に生命力を吸われるとそういう事例もあるから、としか言えない。詳しい事は分からないのだ。

 そんな力のある聖樹を守護する一族であるスオン大公家だからこそ、グロリオサ王国の真の支配者として君臨していた。

 無論、その秘事を知るのは極数人だけだったが。

「私には子供がもう居らず、愚息の不祥事もありますので、責任を取り、遠縁から養子を迎えようと思うのですが?」

「何を言ってる。これから励めば良かろう。ワシは娘を手放す気はないぞ。今から励めば、そちの子と娘が産む孫の年齢も釣り合いが取れるであろうよ」

「温情ありがとうございます。ではそのようにさせていただきます」

 こうしてグロリオサ王家に関する最重要課題は決められていった。

 会談が終わり、ふと窓から聖樹を見た国王が質問した。



「聖樹様が花を咲かせてるところを初めて拝見しましたが、聖樹様は赤い花を咲かせるのですね?」

「ああ、罪人達の命を吸った数だけな」





 おわり
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