短編集

竹井ゴールド

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本物の花の愛し子は隣国で狼王子を助けて幸せになり、子供の頃の借りを無自覚ざまぁで偽物に返す。偽物の所為で王国が大変? 知らないわよ

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 またあの夢だわ。

 どこかの綺麗な花畑に居た私の眼の前で黄金の花が咲き、私がその花を摘む。

 直後に私は横から突き飛ばされて、

「ふふん、これこれ」

 突き飛ばした少女が勝ち誇った顔で私が手放した黄金の花を拾い、そのまま走っていった。

 私が黄金の花を奪われる、それだけの夢だった。

 ◇

 そして私ことマリーナ・マルコスは目覚めた。

 最近やたらと頻繁に見る夢なんだけど、私はこの夢を見る度に思う事があるのよね。

「どうして夢の中の私はあのムカつくピンク髪の子供を追い掛けて、無防備な背中に跳び蹴りを喰らわせなかったのよっ! やられっぱなしなんて癪じゃないのよっ! ああ、もう夢でもムシャクシャするっ!」

 この夢を見る度に私は不機嫌さを爆発させた。

 元々、私のマルコス家は男爵位を持つ貴族様らしかったんだけど、それは子供の時に住んでいた隣国のレッドスパイダーリリー王国での話。

 今居るグレビレア王国では隣国の貴族位なんて何の価値もなく、私は平民として働いていた。

 たった今、起きた場所も勤め先の使用人部屋なくらいだ。

「マリーナ、起きてる?」

 ノックされる事もなく開いたドアから入室してきたメイド服の班長が私に声を掛け、

「はいはい。起きてますよ、班長」

「なら、さっさと朝食を済ませる。今日は東棟の廊下全部だからね」

「はぁ~い」

 私は手早く朝の支度を終えると、朝食を食べて仕事を始めた。

 ◇

 私の仕事は離宮の掃除婦。

 離宮と言うのはグレビレア王国の王族が持つ別荘みたいな物で、通常ならば給料も良くて、当たりの職場なんだけど、この離宮は少し様相が違っていた。

 通称、呪いの離宮。

 ちまたで噂のグレビレア王国の呪われた王子様が住んでる離宮なんですって。

 普通はそんなところに若い娘は働かなくて、私の両親も大反対したんだけど。

 私、結構、勝気な性格だから、危険だったらすぐ辞めるから、と16歳ながら気軽に求人に応募したら本当に求人がなかったのか、あっという間に採用されて今日で働いて5日目だった。

 離宮は広くて掃除は大変だけど、人も少なくて、中庭の花壇も綺麗で、危険もまだないから、今のところ、この職場は私の中では当たりだった。

 料理も美味しいし、居住環境も清潔だし。

 まあ、掃除は大変だけどね。

 私はまだ下っ端の掃除婦なので、部屋には入れず外の廊下だけなんだけど、その廊下が長いの何の。

「それじゃあ、汚れたバケツの水を捨てて来て頂戴」

「そこの地面じゃあダメなんですか?」

 私が中庭を指差すも、

「当然でしょ、ここは離宮なんだから。捨てる場所も決まってるのよ。誰も見てないからいいとか思わないでよ。この離宮は他とは違うんだから」

 呪いの離宮ですものね。

 禁句で、言ったらクビらしいけど。

「分かりました」

 と言う訳で、モップで汚れたバケツの水を新入りの私が捨てる事になったんだけど、中庭がある所為で廊下を通ると大回りなのよね。

 そうだ、中庭を通ればいいんだわ。私って頭いい。

 私は近道とばかりに中庭を汚れた水の入ったバケツを持って通り抜けていたのだけれど、そこで、

「ガルルルッ」

 との鳴き声が聞こえ、横を見ると灰色の狼が臨戦態勢になっていた。

「はあ? どうして離宮に狼が?」

 と私が驚いた時には狼が突進して来て、か弱い私は絶対絶命。

 普通だったらそうなんだけど、私は普通とは少し違ってね。

「茨よ」

 と私が念じただけで、花壇の地面から茨が生えて狼を捕縛した。

「私に勝とうなんて100年早いのよ」

 と私はニヤニヤ顔で狼を見下ろして勝ち誇った。

 どうしてこんな事が出来るのかは不明だけど、私はいつ頃からか色んな事が出来たのよね。

 まあ、使っちゃダメだって両親からはきつく言われてるんだけど。

 今回は私の身が危なかったって事で。

 私は見下ろすように動けなくなった茨で捕縛された狼を見て、

「あら、アナタ、もしかして呪いに掛かってない? それで攻撃的になってたのねーー分かった。呪いを掛けた犯人はこの離宮に居るとか言われてる呪われた王子でしょ? ソイツに何かされたのね? なら、丁度いいのがあるわ。呪いを術者に返す凄いのがっ!」

 狼のよこしまな波動から狼が呪われてる事に気が付いた。

 そして呪いの対抗手段を知っていた私は気軽に念じて、地面に淡く輝く花を咲かせた。

「さあ、この蜜を飲みなさい。って狼じゃ無理ね。ほら、舐めなさい」

 私は花の蜜を指で掬って狼の口元に持って行くが、信じられない事のこの狼はプイッと横を向いて舐めなかった。

「可愛くないわねっ!」

 私は花の蜜を絡めた指を狼の口元に突っ込む。

「ほら、全部よっ!」

 何回かに分けて狼の口元に蜜を運ぶと、直後に狼がポワァンッと光って、黒い靄の呪いが術者に返ったんだけど、

「ほへ?」

 私の眼の前で茨に捕縛された狼は、銀髪の男になったのだった。

 長い銀髪で白肌の美形だったけど、裸だったので、

「この、変態裸野郎がっ!」

 と私はそのイケメンの顔面を靴の裏で思いっきり蹴ったのだった。

 ◇

 その狼の裸男が呪われた王子様のシルバード・グレビレア殿下で、私は王子様の顔面を蹴った不埒者だった訳なんだけど、その罪は呪いを解いた事で不問にされた。

 そればかりか、掃除婦で離宮に雇われてたのに、その日の内からお客様扱いになって、何故か顔面を蹴った私の事を気に入ったイケメンの王子様に、出会って3日後には、

「惚れた。結婚してくれ、マリーナ。おまえじゃなきゃダメなんだ」

 と求婚されていた。

 もちろん、私は、

「嫌ですわ」

 って断ったわよ。

 なのに、あのクソ王子、1年掛けて私を口説いて、まあ、私もいいかもなぁ~、って思ってしまったのよね。はぁ~。

 ◇

 ああ、因みにシルバード王子様に呪いを掛けてたのって、自分が産んだ王子様を次期国王にしたかったグレビレア王国の王妃様とか、王妃様の出身の公爵家とか、王妃様が産んだ第2王子だったみたい。

 全員が呪い返しを受けて、腕や顔や足が狼になって、これまで散々シルバード王子様の事を「呪われた子供だ、隔離しろ」って世論を煽ったのが返ってきて、その世論の所為で今度は自分達が幽閉されたらしいわ。

 1度も会った事はないけど、いい気味ね。

 ◇

 そして私はしつこく付き纏われた1年間の求愛期間、求婚を受けてからの1年間の婚約期間(この期間に王太子妃教育もやらされたわよ、当然)を経て、本日が結婚式だったんだけど、その結婚式で花吹雪が舞った。

 それも教会だけではなく、集まった民衆が居る野外にも、花吹雪が。

「あら、凄く綺麗。これも結婚式の演出なの、シルバード?」

「いや、これはマリーナだからだと思うよ」

「?」

 私はその時は分からなかったけど、これが花の愛し子だけの祝福だと知ったのは後の事だった。

 ◇

 何せ、結婚式に列席していた隣国のレッドスパイダーリリー王国の大使が苦情を申し立てて騒ぎ立ててたからね。

 そのレッドスパイダーリリー王国こそが、花の愛し子をようしてる大国で、結婚式で花吹雪が舞うのは花の愛し子の祝福で、王族の結婚式でそれを真似るなど、花の愛し子に対しての不敬だ、とか訳の変わらない理屈で因縁を付けてきて。

 まあ、私が知ったのは結婚後の蜜月期間が終わった7日後だけど。

 聞いた私は無論、大激怒したけど、向こうは何故か強気で賠償金を請求してきた。

 当然、グレビレア王国は断ったけど、そしたら何と、そのレッドスパイダーリリー王国が兵を起こして戦争になってしまった。

 正確にはグレビレア王国の領地内にレッドスパイダーリリー王国の兵は1兵も入れず、戦争にはならなかったんだけどね。

 両国の国境に私が作った茨の森のお陰でね(ドヤ顔)。

 私が作った茨の森は花の愛し子のお家芸らしく、茨の森の威力を一番良く知ってるレッドスパイダーリリー王国の兵はそれを見ただけで戦意喪失。

 戦争にならず、兵を退いたってワケ。

 でも兵を退いただけでは終わらず、レッドスパイダーリリー王国内では王子と結婚してる花の愛し子の偽物疑惑が浮上して、王子や王家も偽物を守る事はせず、遠征失敗の30日後にはレッドスパイダーリリー王国の花の愛し子は、花の愛し子をかたった偽物、として出身一族の公爵家全員、それに神殿の関係者が多数処刑されたそうよ。

 ◇

 そして、あの騒ぎ立ててた頭のおかしなレッドスパイダーリリー王国の大使がグレビレア王国の宮殿にやってきて最早、見事としか言いようのない掌返しで、

「マリーナ様、アナタ様こそがレッドスパイダーリリー王国が誇る花の愛し子です。聞けばレッドスパイダーリリー王国のマルコス男爵家のだとか? お願いです、レッドスパイダーリリー王国に御帰国下さいませ」

 嫌に決まってるでしょ、馬鹿なんじゃないの、と言えないのが王太子妃という立場の辛いところで、お上品に、

「普通に嫌ですけど」

 と答えたけど、そんなお上品な言葉では頭のおかしな相手には通じず、

「お願いします。レッドスパイダーリリー王国は偽物の花の愛し子の所為で、今、大変なのです。こんな時こそ、本物の花の愛し子たるアナタ様が必要なんです」

 本当にしつこくしつこくお願いしてきたので、

「まずは戦争を起こした賠償金の話が先でしょ、大使? 払いなさいな。それと私を花の愛し子とレッドスパイダーリリー王国が認めるのなら、私の結婚式を不敬とかイチャモンを付けてきた件の謝罪と謝罪金も忘れないでね? そっちの清算が先でしょ? そちらを終えてからにしましょう、私の帰国の話は」

 私はそう答えて、これで追い払えるわ、と内心で北叟笑んだ。

 数日後に本当にレッドスパイダーリリー王国側が多額の賠償金を支払った時には、ビックリしたけどね。

 まあ、賠償金を支払われても帰国しなかったけど。

 ◇

 ってか、些細な理由でグレビレア王国に兵を向けた事からも分かるように、レッドスパイダーリリー王国って大国は花の愛し子の強大な力を背景に周辺国に威圧外交をしていたらしく、周辺国から怨みを買ってて、花の愛し子の私が不在になってからの10年以上、ずっと穀物の不作が続いていたので、隣国が穀物の輸出を止めただけで、戦争から90日もしない内に、

「花の愛し子が他国に流出した責任は王家にあるっ!」

 と民衆の不満が爆発して結局は反乱が起こり、王族も全員処刑されて王国も勝手に滅び、賠償金を支払われた直後から頭のおかしな大使と会う事もなくなったんだけどね。

 ◇

 そして私は、

「ねぇ、シルバードはいつから知ってたの? 私が花の愛し子だって?」

「マリーナがオレの呪いを解く為に花を咲かせた時からだよ」

「だから私に結婚を申し込んだの?」

「まさか、人の顔面を蹴るくらい粗野な半面、自分を襲おうとした見ず知らずの狼の呪いを解くくらい心根が優しかったからだよ」

「悪かったわね、育ちが悪くて」

「ハハハ、愛してるよ、マリーナ」

「私もよ」

 王太子のシルバードに愛され、グレビレア王国はレッドスパイダーリリー王国のように花の愛し子をようして周辺を威圧しなかったので、私は幸せに暮らしたのだった。





 おわり
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