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マチルダーズ連合黎明編

遠征日の前夜

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 クラン拠点の屋敷の食堂で、オレは夕食をパリの指導で食べていた。

 バニラさんはクラン長としてノルメ閣下に呼ばれて明日の打ち合わせで不在なのだが。

「師匠、切る時はナイフで食器を鳴らさない」

 ムズっ!

 今世ではマナーなんてザク家で習わなかったからさ。ってか、食器も陶器じゃなくて木製だったし。

 前世の日本では気にもしていなかったから。

「パリ先生、鳴らさないコツは何?」

 習う時はパリは先生ね。

「力加減ですね」

「力加減、難しい言葉だ」

 食堂にはオレとパリの他にクランメンバーのベリロアさん、ジョニー・デーーコホン、ただのジョニーや【狼牙三星】の3人も居た。

「大変だな」

「本当に」

 と他人事みたいに言ってる。

 やれやれ、上昇志向がないのかね~。

 バニラさんとオレが成り上がった時、一緒にオコボレで出世して、このマナーをやる破目になるとも知らないで。

 まあ、それまで生きてるかは微妙だけど。

「そうだ。オレの身内ってのが、もしこの屋敷を訪ねてきたらそれは偽物だから半殺しにして警備隊に突き出してね」

「そうなんですか?」

 モンが尋ねる中、

「うん、オレの家、父方は男爵家だけど貧乏でここまでくる旅費を捻出出来ないし、もし本物でも今更連れ戻されるのとか嫌だし、偽物扱いして殴ってくれていいから。母方の商家はオレと遭った事が一度もないから。それなのにオレが有名になって今更、身内ヅラされても本物かどうか分からないし半殺しにしておいて」

「わかりました、半殺しにします」

 などと会話しながらもオレはマナーを身に付ける為に頑張ったのだった。

 まあ、1日や2日で称号は出なかったけどね。





 ◇





 クランなんて創設した所為で面倒な事が色々と起こる。

 夕食後、風呂に入ってると(ああ、フランス風呂ね)ギルド長の来訪を告げられて、それでも慌てる事なく普通に風呂に入ってから服を着て、

「どうもお待たせしたみたいで。どうされました?」

 応接室でギルド長と会った。

「あのな~。オレはこの足なんだぞ。出向かせるなよな」

「申し訳ございません。で、御用件は何でしょうか?」

「南門の外に置いてあるアースビッグタートルの討伐報告を出してないだろ」

「えっ、出さないとダメなんですか、それ?」

「これだーー冒険者ギルドを何だと思ってるんだ? 霧平原のモンスター情報の把握もあるんだから討伐の報告は必要だろうが。ってか、クリスタルスタッグビートルを討伐したって噂も聞いたが」

「ええっと」

 オレが眼を泳がすと、

「まさかとは思うがもおまえじゃないだろうな? 西の森で手付かすの虫モンスター400匹の死骸が見つかったお祭り騒ぎ?」

「ああ、運ぶのも剥ぐのも面倒で放置しましたっけ」

 オレが答えると、ギルド長が隻眼を細めて不機嫌そうに、

「その死骸の山の横にうちのギルド加盟の冒険者が4人死んでたそうだが、あれにもおまえが噛んでるのか?」

「まさか。オレ達が運んでる素材を横取りしようと因縁を付けてきましたけど、そこにモンスターの大群が襲ってきて勝手に死んだだけですよ」

「十分噛んでるだろうが。どうして助けなかった?」

「オレが指示を出す前に突撃していって3人が死に、1人はオレが戦ってる隙に逃げて死にましたから」

「ギルド所属の冒険者は他の冒険者と協力し合う必要があるんだぞ?」

「あんなクズを冒険者として加盟させてるギルドにも問題があると思いますけど」

「クズでも戦闘力はあったんだよ」

 なるほど。

 一理ある。

 この異世界ファンタジーではモンスターを倒せる奴の方が無力な善人よりも役立つもんな。

「だが、あの400匹の死骸がおまえの仕業で助かったな」

「と言うと?」

「聞いてないのか、国境のサンドワームがジオール王国の魔法騎士団に討伐された話?」

 おっと、そういう事になってる訳ね。

 手柄をパクるか、やるね~。

 まあ、経験値と称号を貰ったんで名誉なんてオレは要らないんだけど。

「ええっと、通過した時、遭遇しませんでしたけど本当に居るんですか?」

 オレもとぼけておいた。

「確実にな。そして討伐されたらしい。その死肉の存在を嗅ぎ付けた近隣の巨大モンスターが移動してるらしいぞ」

「へ~、それは初耳ですね」

 虫系だったら経験値に替えられるんだが。

「次からは冒険者は助けろよ」

「素材を横取りしようとしなければね」

「約束したぞ。それじゃあ今すぐ報告書を書け。3本等級に昇格させてやるから」

「えっ、面倒臭いんですけど。冒険者ギルドからクラン【氷の百合】に職員を派遣して貰えたりは?」

「ふざけるなよ。そこまで優遇する訳がないだろうが」

「ええ~」

 オレはガッカリしながら書類を書く破目になった。

「1人で討伐したんだよな、両方?」

「いえ、アースビッグタートルの方はパリオーズがちょろっと傷付けてます」

「パリオーズってクリスタルスビッグタートルシリーズの装備をしてる魔術師になり損ねた剣士だよな? LV上げの為か?」

「ええ」

「関心せんぞ、楽をさせるのは」

「でも、その甲斐あって後天開放で魔術師の素質を開花させましたよ。ここからが本番ですから、パリは」

「だからと言って楽をさせるのは・・・そうだ、おまえの事が噂になってるぞ」

「?」

「今日の露払い遠征でホワイトスネークの頭部を棒で一撃で吹き飛ばしただろ」

「まあ、それくらいはね。それよりも問題は明日の本番のミストジャイアントマンティスですよ」

「やばくなったら逃げろよ」

「霧を使っての分身、それに本体は霧隠れ、霧の中からの攻撃ですか?」

「さすがに知ってたか」

「噂になってますから」

 攻撃パターンの情報が事前にあるのは助かるよな。

「遠征部隊の実力では倒せないからな。おまえがダメなら今回は全滅だ」

 あれ、そうなの? そんなに強いのか?

 だとしたら拙いな、カマキリだから殺虫スプレーで一撃だぞ、多分。

「まあ、死なない程度に頑張りますけど、倒した手柄はここの閣下が総取りですから書類は書きませんよ」

「分かってるよ。それの見返りが先の表彰なんだろ?」

「らしいです」

 オレが書類を書いて渡すと義足のギルド長が立ち上がった。

「次からはちゃんと出せよ」

「玄関まで送ります」

 ギルド長とオレは部屋を出て廊下を歩いた訳だが、玄関ホールに到着した時、ふとギルド長が、

「そう言えば――ここに着いた時、妙なのがこの屋敷を探ってたぞ」

「えっと、もしかして蜘蛛使いですか?」

「何だ、知ってたのか」

 蟲使いと蜘蛛使いは別な訳ね。

 ややこしいな。

「ジオール王国の暗殺者らしいですよ、バニラさん狙いの」

「ーー何をやったんだ、おまえのところのクラン長は?」

「さあ。蜘蛛使い、どんな奴でしたか?」

「門の柵越しに見ていたフードをした奴だ。毒蜘蛛の嫌な匂いがして視線を向けたら歩いていった。多分、男だ」

「明日が遠征日だってのにやれやれですね。倒して貰えたりは?」

「何だ、知らないのか? とっくにクラン長が依頼してるぞ。4本等級の冒険者4人組に」

 ったく、バニラさんめ。

 ちゃんと報告しろよな。

 情報の共有は意外と大切なんだから。

 前世の蜜柑農家でも木に付いた虫の情報とか新しい農薬の情報とかさ。

「4本等級に倒せると思いますか、その暗殺者?」

「白兵戦に持ち込めればな」

 と答えた時にギルド長は玄関を出て、玄関前に停車してたギルドの蜥蜴車に乗り込み、

「じゃあな、死ぬなよ」

「ええ、もちろん。ではお休みなさい」

 そうギルド長を見送ったのだった。





 ◇





 ギルド長が帰って玄関ホールに入ったら透明のバニラさんが姿を見せた。

「ちょっと、心臓に悪いよ、バニラさん」

「ごめんごめん」

 お詫びとばかりに、モニュンッとおっぱいを押し付けてきた。

 こんなおっぱい貯金くらいでオレが許すと思うなよ。

 気持ちいいから今回だけは許すけど。

「いつから居たの?」

「内緒」

「そうだ、蜘蛛使いが屋敷の前まで来てたんだって」

「ああ、そっちはもういいわ」

「?」

「ほら、この古代文明の腕輪を持ってるから。車の中から見かけたから姿を消してね」

 ああ、もう始末した訳ね。

「なら安心ですね」

「それよりも早く寝ましょう。明日は日の出前には出発だから」

「は~い」

 オレはバニラさんと寝室に向かったのだった。





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