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ジオール王国脱出編

蟲使い

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 滞在3日目、モルゼスの街の午前中。

 この3日目は装備品が出来る日の事ではない。

 オーダーメイドの装備が出来るのは4日目の朝だ。

 そんな訳で、オレとバニラさんはモルゼスの街の騎獣屋に向かうところだった。

 オレは蜥蜴車での旅も風情があっていいと思っていたが、バニラさんは逃亡者だ。

 気を使うのが嫌らしく、騎獣を買うと言い、

「お金、半分出しましょうか?」

「必要ないわ。使わない魔法の指輪を売ってお金なら持ってるから」

「ええっと、もしかしてーーあの時の資産分け50:50じゃない?」

「そういう難しい事は子供のアランは考えちゃダメよ」

 バニラさんがウインクしてきた。

「ええ~」

 やっぱりか。

「アランだって魔術師の杖とローブを売ったんでしょ?」

「全部で金貨20枚でしたけどね」

「また嘘を――」

「いえ、本当ですよ、子供だからって足下を見られちゃって」

「ーー本当に金貨20枚で売っちゃったの? あれ全部なら捨て値でも金貨2000枚はしたはずなのに」

「業突く張りは良くないですからね~」

「後学の為に金貨20枚で売った理由を教えてちょうだい」

「あんなヤバイ物、いつまでも手元に置いとく訳ないでしょ。オレが今付けてる魔法の指輪や首飾りや腕輪だって本当は売り払って同じ効果の魔法のアクセサリーに交換したいくらいなのに」

「アランって意外に用心深ーー」

 何かを感じたのか、そこで言葉を区切ったバニラさんが、

「アラン、私と今から街を出るか、残ってここで別れるか、選んでちょうだい」

「そんなの残るにーー」

 まだ装備が出来てないのでオレがそう言おうとすると、頭の上のピピーがピピピッと否定したので、仕方なく、

「分かりました。逃げますよ」

「荷物はーー持ってるのよね、アランって」

 オレがリュックを背負ってるのを見てバニラさんは呆れてるが、

「宿屋なんかに置いておける訳がないでしょ」

 盗まれたらどうするんだ。

 オレの今の所持金は金貨400枚以上なんだぞ。

 つまりは4000万円以上。

 防犯カメラもない異世界ファンタジーの宿屋なんかに置いて外出出来るかっ!

 盗まれたら泣き寝入りで戻って来ないのに。

 そもそもファンタジーの宿屋の部屋には金庫だってないしっ!

 そんな部屋に置いておける訳がないだろ。

 金貨だけ手元に持って、他を部屋に置いて出歩くのも無理だ。

 何せ、銀貨100枚で100万円だもん。

 100万円を宿屋の部屋に置いて外出するぅ~?

 無理無理無理。

 オレは貧乏農家なんだよ。

 100万円は大金なんだから。

 置いてはいけない。

 同じ理由で小銀貨1000枚も無理だ。

 それで100万円なんだからさ。

 結果、オレは全財産を入れたリュックを背負って移動していた。

 携帯してる武器は当然、強盗撃退用だ。

 4000万円も持ってるんだぞ。

 日本じゃないんだ。

 異世界ファンタジーの治安の悪さを舐めるなよ。

 街中で襲われる可能性だってあるんだから。(0.1秒)

「じゃあ、一緒に来て」

 バニラさんが早足で表通りの騎獣屋に向かい、オレも後を追った。

 ここでは騎獣を売ってる。

 騎獣とは言っても動物だけではない。蜥蜴とかの爬虫類も居た。

 一番の高級品は駆け鳥だな。ダチョウっぽいのだ。黄色じゃないぞ。

 バニラさんが購入するのは蜥蜴で、

「この子を売ってちょうだい。2人用の鞍付きで。鞄も居るわね」

「構いませんが身分証の提示をお願いします。御存知だとは思いますがジオール王国では軍関係以外はーー」

「安心していいわよ。軍関係だから」

 バニラさんが堂々と精霊獣の森から出た時に遭った5人の身分証の1つを出して交渉した。

「もしかして連合内への潜入任務ですか? じゃあ、あっちの少年も?」

「そういう事。急ぎだから書類を早く用意してちょうだい」

 バニラさんがそう急かしたが店主がオレの方をマジマジと見て、

「ーー本当ですか?」

 と疑ったので、オレは内心で苦笑しつつ、余裕のやれやれ顔で、

「聖光」

 右手の中に聖魔法で光を出して見せた。

 初見のバニラさんもそれを見て驚いて息を飲む中、店主も露骨に驚いて、

「無詠唱魔法? し、失礼しました。すぐに用意しますね」

 オレの凄さを理解した結果、3分後には蜥蜴の所有権がバニラさんに移った。

 店主が書類を用意してる間に、バニラさんが小声で、

「(どうやったの、今の無詠唱?)」

「(まぐれですよ)」

「(本当に手の内を明かさないわね、アランって)」

「(当然でしょ、実力を隠すのは)」

 そんな会話をした。

 蜥蜴と一緒に二人用の背鞍と蜥蜴装着の横鞄(バランスを取る為に左右)を購入。これで収納スペースが3倍だ。

 門を出る前に、オレはパン屋と野菜屋でパンと果実系のトマトと林檎、それに露店で水筒3つを購入し、それらを横鞄に入れる。

 そして蜥蜴の背に2人で乗って、さっさとモルゼスの街から旅立ったのだった。





 ◇





 モルゼスの街から東側に向かって蜥蜴が全速力で疾走する。

 背鞍なので座席が固定されてるがオレは遠慮なくバニラさんの腰に抱き付いていた。

 バイクの2人乗りで後部席の人がするあれだ。

「バニラさん、追っ手はいないっぽいですけど」

「アランはられてるって感じないの?」

「全然」

「アナタの精霊獣の様子は?」

「右側を見てますね」

「あらら、アランよりも優秀ね」

「悪かったですね」

 オレはそう口を尖らせながら、

「なら使っちゃいます?」

「何を?」

「あの5人が持ってたモンスター寄せの香炉3個」

「ナイス、アラン。まだ持ってたなんて」

「だってLV上げに使えそうだったので」

「LV上げでモンスター寄せって滅茶苦茶な発想よ、それ」

 ゲームでは常識的なLV上げなんだがな。

 そんな事を喋りながら逃げたのだった。





 昼前に脱出して、蜥蜴に無理をさせて走らせに走らせた。

 1時間ぶっ通しでだ。

 そして前方に両国の国境の目印でもある岩山が見えてきたのだが、

「あらら」

 バニラさんが苦笑して蜥蜴を止めた。

「どうしたんです?」

「ほら、見なさい、アランも」

 オレがバニラさん越しに前方を見ると、街道に蟻のモンスターの大群がいた。

 20匹以上のモンスターが居るのだが――

 綺麗に整列している?

 何だ、あれ?

 一糸乱れぬって奴か。

 統率が取れ過ぎだろ。本当にモンスターなのか?

「何ですか、あれ? 少しヤバそうなんですけど」

「術師が操ってるから実際にヤバイわよ」

「はあ? そんな事、魔法で出来るんですか?」

「いえ、特別な蟲使いのジョブがないと無理ね」

「へ~、あれだけの数を操るなんて凄いんですね~」

 だが虫モンスターって。

 オレとは相性が悪過ぎだろ。

 運がなかったな。

 はっーー今、オレ、凄い事を思い付いたぞ。

 ソイツと組んだらオレ、LVを上げ放題じゃないのか、もしかして?

 そうだよ。

 高LVモンスターを連れて来て貰って、殺虫スプレーでシューッで難なくLVアップ。

 おお、凄い裏ワザを考え付いたぞ。

 オレって天才なんじゃないか?(0.1秒)

「まあ、LVの低い雑魚モンスターしか操れないからまだ付け入る隙があるんだけど」

 バニラさんがオレの気持ちも知らないでさらっとオレが閃いたナイスアイデアをボツにした。

 そんな上手い事いかないか。

「バニラさんの攻撃魔法の、ちゅどん、で終わりですね」

「アランがやってよ」

「いやいや。そんな魔法、まだ使えませんよ」

「いえ、スキルでよ。マウントスパイダーを倒すくらいなんだから蟻くらい余裕でしょ?」

「ったく、分かりましたよ」

 オレはリュックを背負ったまま蜥蜴から降りるとLV192の全速力で突っ込んだ。

 はい、2秒で射程範囲の1メートルだ。

 2~3メートル級の蟻のモンスター、キラーアントの赤色の前に移動する。

 あれ? 炎を纏ってるキラーアントがいないか?

 まあ、いいや。

 無印スプレー二刀流でシューッと倒していく。

 駆除駆除駆除っ!

 虫は死ねっ!

 おわ、燃えてるキラーアントにスプレーを吹き掛けたら引火した。

 さすがは【殺虫スプレー】。

 仕様は日本と一緒か。

 火気厳禁ってね。

 あっ、松明を使った火炎放射戦法、使えるかもな。

 いや、無理か。

 スプレーの射程が1~2メートルだから。

 オレまで危険だし。

 使用方法はちゃんと守らないとね。(0.1秒)

 という訳で、シューッ、シューッやって1分で20匹以上のキラーアントを倒したのだった。

 炎を纏ってるキラーアントにも引火しながらも【殺虫スプレー】が効いたので何の問題もない。

 つまり、キラーアントごときには何もさせなかったって事だ。

 無双して終わりだ。

 蜥蜴に乗ったバニラさんが近付いてくる。

「ファイアキラーアント20匹をこんなに早く倒すなんてね」

「これくらい余裕ですよ」

 蜥蜴の背鞍に乗りながら答えたオレは、ん?

「ファイアキラーアントって?」

「推定LV60の炎タイプのキラーアントよ。ほら全部、赤色でしょ?」

 死骸を見ながらバニラさんが答える。

「えっ、LV60? そんなに強い訳が――」

「炎を纏ってたでしょ? ファイアキラーアントはそうよ。炎にだって耐性があるし」

 あれれ?

 もしかして何かやっちゃった、オレ~?

 お~、素で出たぞ、今の言葉。

「ーーええっと、バニラさん、雑魚って言ってませんでしたっけ?」

「LV300越えのマウントスパイダーと比べたら雑魚でしょ?」

 バニラさん、やっぱり油断ならないな。

 いや、待てよ。それにしては弱過ぎだ。

 本当にLV60だったのか?

「LV60にしては弱かったような?」

「術師が蟻に命令する前にアランが倒しちゃったからね」

 なるほど、そう言われると納得だが。

「そうだ。術師、どこに居たんですか?」

「あの山の上よ。慌てて逃げたけど」

「追って始末しないんですか?」

「そんな貴重な魔法騎士団所属の術師を殺したら問題になるでしょ。落とし所はちゃんと残しておかないと」

 蜥蜴を発進させながらバニラさんが答える。

「落とし所ってどういう風にです?」

「「えっ、あのモンスターって魔法騎士団の人が操ってたんですか? 知りませんでした。言ってくれたらよかったのに~、ってか、そちら実害ありませんでしたよね?」とか」

「バニラさんっていい性格してますよね、絶対に」

「アランほどじゃないわよ」

 そんな事を喋りながらオレ達は国境へと向かったのだった。





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