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1570年8月〜12月、第一次信長包囲網
勅命による和議
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【志賀の陣、堅田の国衆、降伏した説、採用】
【足利義昭、前線の延暦寺の包囲網まではやってこなかった説、採用】
【延暦寺、浅井・朝倉連合軍の兵の素行に音を上げて帝に和議の仲介を申し出た説、採用】
【本願寺、帝の和議を受けた説、採用】
【濃姫、信長の欠点を指摘した説、採用】
【一宮つる、岐阜城下の池田屋敷の女主人になった説、採用】
長々と延暦寺を包囲してる訳だが、
十一月二十五日。
坂本から東寄りの堅田の地の浅井の国衆三人が降伏を申し出てきた。
宇佐山城の信長が、
「誰に堅田城へ向かわすかのう」
「私に行かせて下さい」
坂井政尚の志願に信長は、
「無理はするでないぞ」
と忠告して政尚に任せたが、
その日の夜、夜陰に紛れて信長配下の坂井政尚が1000人の兵を率いて堅田城へと向かったが、その投降は浅井・朝倉軍にも察知されていた。
堅田城は浅井・朝倉軍からすれば帰り道だ。
逃走路の封鎖など冗談ではなく、浅井・朝倉軍も夜の内に兵を出した。
二十六日未明に坂井隊の背後を急襲し、
「何、背後から敵だと? 迎え討てっ!」
兵糧攻めの長滞陣で勘が鈍っていたのか、夜襲を受けた政尚は比類なく戦うが、
「ぐふっ! くそったれ」
戦死したのだった。
二十六日には宇佐山城の信長の許に、
「坂井政尚殿、お討ち死に」
との伝令が届き、
「無理をするなと言ったというのに」
信長も政尚の死を残念がったのだった。
十一月二十九日。
足利義昭が京より近江の西端の三井寺までやってきた。
宇佐山城からは少し離れてるが、信長は会見する為に出向いた。
義昭が出向いてくるのは良くない兆候なので、何事か、と信長が会見したら、
「信長、拙いぞ。二条関白殿から聞いたのだがな。間もなく延暦寺との和議の勅命が帝から下りるそうだ」
「ほう・・・何故でしょう?」
と眼を知的に光らせて尋ねた信長は、内心で、
(もしや、あの寺、兵糧が底を突き掛けてる?)
そう勘違いしたが全然違い、義昭は苦笑しながら、
「信長は寺の事情に詳しくないらしいな」
「と言うと?」
「延暦寺は聖地ぞ。その内部に学のない雑兵2万人以上が二月と籠もって、夜も騒ぐ。賭け事をする。尿を撒き散らす。鳥や獣を取って喰らう。炊飯や暖の為に境内の木々を無断で伐採する。我が物顔で歴史ある御堂にいつまでも居座る。よそ者がいる手前、僧達も酒を飲めない。贅沢な膳を食べれない。女も隠さねばならない。延暦寺の僧達からすればさっさと出て行って欲しいに決まってるではないか。それで延暦寺の上層部が音を上げてな。伝手を使って京の帝に泣き付いた訳だ。延暦寺は京からしも特別な場所だ。帝も勅命を出す意向を固めたらしい」
(三左と信治が殺されてるのに、オレが寺ごときを許すと思ってるのか?)
「飲まねばならぬのですよね?」
「それで来た。勝てるのであれば突っ撥ねても良いぞ」
義昭が信長の顔を見て探るように尋ねた。
「勝てる勝てないで言ったら勝てますが。勝、おまえの意見は?」
信長が同席していた恒興に話を振ると、
「延暦寺だけとの和議なのですか?」
「いや、立て篭もってる浅井と朝倉とも和議となろう」
「浅井と朝倉は幕府軍に逆らった逆賊ですのに、そいつらとも和議ですか?」
恒興の不服そうな言葉を聞いて、
(勝も考えてたであろうが。ああ、禁じ手を使う気か)
片眉を上げた信長が内心で苦笑した。
「仕方なかろう」
「和議はしても逆賊のままなのですよね、浅井と朝倉は?」
「無論だ」
「確認ですが、勅命の和議に承知したふりをして退却する浅井、朝倉の軍の背後から襲ったりしても・・・」
「駄目に決まってるであろうが。内裏に仲介した公方様の顔に泥を塗る気か」
と答えたのは義昭の側近で三井寺まで付いてきていた上野秀政だった。
一色藤長は姿を見せてるが、三淵藤英は来ていない。
本当に遠ざけられてるようだ。
「ですよね~」
恒興はそう納得しながら、
「和議を結んだ後、どのくらい戦をしてはならないのですか?」
「半年だな」
「なるほど」
との恒興の返事の声質だけで信長は、
(守る気はなしか。当然だな)
「この際、摂津の連中とも和議をするというのはどうでしょう、公方様?」
恒興が提案した。
(本願寺と和議、それも勅命で。悪くない。伊勢長島に専念出来るし)
信長はすぐに恒興の狙いを理解したが、
「三好とも和議だと? 恒興、何故だ?」
「摂津からの報告では阿波三好の軍勢が割れる寸前だそうですから。阿波国で割れてくれた方が都合がいいので」
恒興は狙いを隠した。
「ふむ。信長、どう思う?」
「畿内での戦を止めるのは良いかと。長々と戦をしていると敵方の調略に乗る者も出てきますし。一度、和議を結んで仕切り直してる間に守護達と婚儀を結び結束を固めるのもよいかと」
「なるほどのう。では、そのように関白殿に伝えよう」
こうして全勢力との和議をする外交方針が信長と義昭の間で確認されたのだった。
◇
比叡山延暦寺に籠もった浅井・朝倉連合軍の食事は悲惨な物になっていた。
鯖街道で連日のように野盗が頻発するからである。
護衛を付けてその荷を運んでも狙われるのだ。
総ては延暦寺に籠もった逆賊である浅井、朝倉の荷だからだった。
逆賊の荷なのだ。
強奪しても罪に問われない。
悪しき強奪行為が「正義の行い」となって。
罪に問われないとの噂を聞いた近隣の野盗や野武士達がこぞって鯖街道に集まって荷を襲っていた。
結果、延暦寺には兵糧が届かず、冬前なので鳥や獣も取れず、米の消費を抑える為の粥の日が続いた。
武将達もだ。
「今日で何日目だ? 味噌も届かぬのか?」
味のない粥に朝倉景鏡はうんざりと呟き、浅井長政が、
「義景殿、織田と決戦をされますか?」
「兵の士気が下がりっぱなしなのに無理であろう」
義景が答えると、
「いえ、苦しいのは織田も同じ。聞けば摂津の三好三人衆の陣営は優勢で、尾張では一向一揆が織田の兄弟を殺したとか。我らも続きましょうぞ」
勇ましい事を言ってるが、朝倉景鏡と朝倉景建は長政が調子の良いだけの男である事をこの一年の付き合いで完全に看破していた。
「一向一揆か。加賀の坊主どもが約定を守れば良いのですが」
「それはさすがに無理でしょう。何年小競り合いをしていたと思ってるのです? それよりもそろそろ雪が降り出したとか。当主、我らはこの寺で新年を迎えるのですか?」
「そうなれば朝倉の雑兵どもが勝手に逃亡して越前に向かうやもな」
「違いない」
などと景鏡、景建の二人が喋り、長政が、
「そうなる前に決戦で織田を蹴散らしてやりましょうぞ」
決戦を口にするも、義景は、
「ふむ」
と答え、
「(現実が見えておらんのか、浅井の若当主は? どうして戦をしたがる?)」
「(浅井単独では織田には勝てぬからですよ。我らの手を借りればまともに織田と戦も出来ない、という訳です)」
「(なるほどのう。だが正面から当たるのは得策ではなかろう)」
「(ええ。摂津の三好三人衆軍がもっと暴れて、包囲してる織田の兵を割いてくれればどうにかなるのですが。同数での激突はさすがに)」
「(確かにな。勝っても辛勝では朝倉自体の力が弱まるからのう)」
景鏡、景建は粥を食べながら小声で密談した。
◇
摂津では阿波三好陣営の侍大将数人が城内で暗殺され、
野田城には執権の座を手放さない篠原長房。
福島城には当主で兵の指揮権が欲しい三好長治。
二人の拠点を別にしなければならないほど関係が拗れていた。
もはや修復は不可能で、とてもではないが織田と戦をする事は出来ない。
「クソ、何をやってるんだ。兵を2万も引き連れておいて。織田を倒せる絶好の好機だというのに内輪揉めとは」
斎藤龍興はまだ戦を諦めていなかったが、
十二月に入り、遂には内裏の使者が摂津の野田城にやってきた。
公家の日野輝資である。
帝の使者なので、上座に座って、
「帝は双方の和議をお望みです」
用件を伝えた。
三好長逸、岩成友通、篠原長房、三好長治、斉藤龍興の誰も織田との和議など受けるつもりはなかったが、京の情報収集の為に、
「延暦寺の方はまだ包囲が続いているのですか?」
友通が質問した。
「間もなく和議が整って浅井、朝倉は領国に帰るであろう。では、返事は数日後に聞かせてくれれば構わぬから」
そう言って輝資が席を立ったので、慌てて篠原長房が、
「お待ちを。どちらへ?」
「『門跡』の本願寺に返事を聞き行かねばならぬのでな」
「返事?」
龍興が言葉尻を捕らえて、長房もその意味に気付いて、
「それはつまり、ここに来る前に本願寺に寄られたのですか?」
「ああ、それが?」
輝資が当然と言わんばかりに答えた。
その言葉で下座の全員が顔を見合わせた。
自分達が思ってる以上に事態は進んでる事を知って、
「お待ちを。本願寺にも和議の話が?」
「無論だ。九条家が本願寺を助けたくて帝にしつこく言ったらしいからのう。そなたらは公方様の慈悲でついでだ。別に戦を続けても構わんが、織田が延暦寺と和議を結んで引き返してくる前に逃げた方が良いと思うぞ」
そう言って輝資は本当に石山本願寺に向かい、重臣達の軍議にて長逸が、
「織田とは和議をする。皆の者、異存はないな」
「異存なし」
岩成友通が一番に賛同し、
「それでよろしかろう」
篠原長房も納得し、
「おや、いいのか、長房? おまえの執権として最後の戦なのだぞ?」
三好長治が嫌味を言いながらも同意したので、
(コイツラ、本当に役に立たないな。織田を倒せたはずの好機を逸したのだぞ。もっと悔しがらぬか)
斉藤龍興は畿内を見限る決心をしながらも、
「いいのではないですか」
と答えて織田との和議が決まって、その後、三好三人衆と阿波三好は畿内から兵を退いたのだった。
石山本願寺では日野輝資が内裏の使者としてくる前から、京の九条家と連絡を取っており、近衛前久も居たので内裏内部の情報を掴んでいた。
なので、
「帝の御意志とあらば。門跡として謹んで和議に応じます」
本願寺顕如はそう輝資に返事をしたのだった。
◇
延暦寺の方は意外に揉めた
「馬鹿な。最後まで戦いましょうぞ、朝倉殿。織田は帝に泣き付くほど弱ってるという事なのですから」
延暦寺に籠もった浅井長政が最後まで粘ったからだ。
朝倉陣営は十二月で越前は雪が降り始めており、何よりもう粥は嫌だったので、早く帰国したかったのに。
その気持ちを知らずに数日間邪魔をして、
(浅井との同盟は間違いであったな)
朝倉義景でさえ浅井長政の事を嫌がるようになっていた。
その後も織田軍が兵をどこまで退くかで浅井がしつこく粘り、仕方なく織田軍は勢田まで兵を退いた。
その織田軍の動きを見て、延暦寺から琵琶湖の北沿いを通って浅井・朝倉連合軍は撤退していったのだが、その帰路にて浅井長政が、
「クソっ! 勝てる戦を落とすとはっ! 朝倉の連中は何を考えているのだっ! 戦わずに延暦寺に二月籠もっただけではないかっ! これなら浅井軍単独で佐和山城を助けに向かった方が百倍ましだったわっ!」
「若殿、お声が大きいですぞ」
雨森清貞がそう長政に忠告するが、
「聞こえるように言っておるのだっ! 朝倉の腰抜けどもめっ!」
「若殿っ! そこまでになさいませっ!」
「畿内の三好三人衆や本願寺の一向一揆もだっ! もう少し役立てばよいものをっ!」
その後も長政は吠えながら小谷城に帰ったのだった。
和議を結んだ織田軍も琵琶湖の南側を通って美濃に向かった。
信長の方は次に戦に思いを馳せており、
「まずは伊勢長島か。あの要害をどうやって落とすか」
「その前に紀伊守護の畠山との婚儀をお忘れなく、信長様」
「分かっておる」
「信長様から預かってる我が娘の婚儀も」
「もう、そんな年頃か?」
「はい」
「そうだ、勝。三左が死んだ森家の跡継ぎの後見人をやれよ」
「その前に森家は誰が継ぐんですか?」
「無論、息子であろうが」
「えっ? 嫡子の方も越前で春に死んでますから、次男になりますが、まだ十三ですよ、長一は」
「仕方あるまい。三左の忘れ形見だ。岐阜城で使えるように鍛えるが勝もちゃんと見てろよ」
「はっ」
「来年は忙しくなるぞ」
と進んだが、
十二月十七日に美濃の岐阜城に帰還すると、すぐに反省会が行われた。
それも信長の奥の私的な部屋で。
出席者は信長と濃姫、恒興の三人だけである。
「どうして今回オレが負けたのか、お濃、腹蔵なく申してみよ」
濃姫が即答で、
「信長殿の性格の所為かと」
「具体的には」
「誰も信用しておらず兵を5000人以上、配下の将に与えられないので」
「・・・それ、関係あるのか?」
「はい。延暦寺を包囲しながら、別動隊5000人以上で横山城方面から小谷城を攻めたら戦局は違いましたよ。延暦寺からでも見えるように夜に城下を燃やしたら浅井は討って出てきたやも」
「・・・なるほどのう。だが誰が信用出来る?」
「そこの池田殿がいるではないですか」
「嫌ですよ、濃姫様。そんな責任重大な事」
「ならば久秀か五郎左か」
「他には秀隆殿、秀吉、秀千代、長一、蒲生の嫡子、久太郎ですかね」
恒興はそう答えた。
「ふむ。お農、他には?」
「特には」
「では、勝は?」
「そうですね~。今回は完全に公方様の事を舐め過ぎてましたね~。まさか本願寺や延暦寺に矢銭の催促をして幕府の不満を募らせていたなんて~」
「確かにな」
「それに延暦寺。あの要害を敵の浅井、朝倉が使うなんて。そう考えると邪魔ですね、あの京に近過ぎる立地の要害は」
「ああ。燃やして使えなくするしかあるまい」
「後はやっぱり三好三人衆かな。都合が悪くなると四国の領地に逃げるから長引くと思いますよ。四国に兵を向けるまでは」
「他には?」
「和議で戦が出来ないのなら商人を使って北近江と越前を経済封鎖をして弱らせるべきかと」
「他には?」
「同盟の数を増やすべきです。相模や播磨や丹波とか」
「他には?」
「信長様の官位が低過ぎます。だから他家に織田家が侮られるのかと」
「他には?」
「公方様から貰った旗印を使ってませんので使うべきかと」
「他には?」
「岐阜城から京まで遠くないですか?」
「他には?」
「オレが気付いたのはそれくらいですね」
「そうか、オレはお濃の膝枕で休むので勝は帰ってよいぞ」
「はっ」
こうして恒興が部屋から出ていき、信長が濃姫の膝枕に寝転がると、
「お濃、勝の献策で使えるのは?」
「経済封鎖で浅井、朝倉を弱らせるのと同盟の数を増やすのは特に。同盟で三好の裏を突くのはいいと思いますよ。確か稲葉家の娘婿の子供が四国の大名に嫁いでいたはず。それに官位の低さも一理あるかと」
「ふむ」
と信長は考えを整理したのだった。
岐阜城の城下の池田屋敷にて、
「お帰りなさいませ」
一宮つるを名乗る真田ときが夫の恒興を出迎えた。
その横では池田せんが、
「お帰りなさいませ、父上」
「ああ、ただいま」
と恒興も笑った。
那古野城の城下屋敷に頻繁に出入りしたので他人行儀な事もない。
側室だがちゃんと家族だった。
「大変だったそうですね。今回の戦?」
「戦ってはないけどな」
「そうなので?」
「ああ、敵が城や寺に籠もっててそれを囲んでただけだからな。手柄の立てようがなくて肩すかしを食っただけさ」
と家族団欒で過ごしたのだった。
登場人物、1570年度
坂井政尚(43)・・・織田家の家臣。馬廻りの幹部。古参の織田に仕えた美濃衆。坂井大膳亮、坂井利貞とは遠縁。姉川の戦いで嫡子を失う。
能力値、高名比類なきの政尚B、坂井氏は尾張では意外に名門A、川越え上手B、信長への忠誠A、信長からの信頼A、本日の運勢最悪★★★
濃姫(35)・・・信長の正室。斎藤道三の娘。切れ者。嫡子の奇妙を養育する。徳姫の実母。信長の相談役。
能力値、織田家当主の正室A、母似の美貌A、蝮継承C、信長との阿吽の呼吸SS、信長を天下人に押し上げる内助の功SS、信長からの信頼B
池田つる(25)・・・元武田家の女中。本名、真田とき。真田綱吉の娘。武藤喜兵衛の従姉。池田せんの母親。岐阜の城下屋敷の女主人。
能力値、武田への忠誠D、密命ありC、武芸の腕E、恒興の子を産む幸運A、織田家での待遇B、信長の裁定待ちC
池田せん(7)・・・池田恒興の娘。母は池田つる。
能力値、将来美人確定S、岐阜城下で既に評判A、岐阜城下に移住で運勢開けるA
【足利義昭、前線の延暦寺の包囲網まではやってこなかった説、採用】
【延暦寺、浅井・朝倉連合軍の兵の素行に音を上げて帝に和議の仲介を申し出た説、採用】
【本願寺、帝の和議を受けた説、採用】
【濃姫、信長の欠点を指摘した説、採用】
【一宮つる、岐阜城下の池田屋敷の女主人になった説、採用】
長々と延暦寺を包囲してる訳だが、
十一月二十五日。
坂本から東寄りの堅田の地の浅井の国衆三人が降伏を申し出てきた。
宇佐山城の信長が、
「誰に堅田城へ向かわすかのう」
「私に行かせて下さい」
坂井政尚の志願に信長は、
「無理はするでないぞ」
と忠告して政尚に任せたが、
その日の夜、夜陰に紛れて信長配下の坂井政尚が1000人の兵を率いて堅田城へと向かったが、その投降は浅井・朝倉軍にも察知されていた。
堅田城は浅井・朝倉軍からすれば帰り道だ。
逃走路の封鎖など冗談ではなく、浅井・朝倉軍も夜の内に兵を出した。
二十六日未明に坂井隊の背後を急襲し、
「何、背後から敵だと? 迎え討てっ!」
兵糧攻めの長滞陣で勘が鈍っていたのか、夜襲を受けた政尚は比類なく戦うが、
「ぐふっ! くそったれ」
戦死したのだった。
二十六日には宇佐山城の信長の許に、
「坂井政尚殿、お討ち死に」
との伝令が届き、
「無理をするなと言ったというのに」
信長も政尚の死を残念がったのだった。
十一月二十九日。
足利義昭が京より近江の西端の三井寺までやってきた。
宇佐山城からは少し離れてるが、信長は会見する為に出向いた。
義昭が出向いてくるのは良くない兆候なので、何事か、と信長が会見したら、
「信長、拙いぞ。二条関白殿から聞いたのだがな。間もなく延暦寺との和議の勅命が帝から下りるそうだ」
「ほう・・・何故でしょう?」
と眼を知的に光らせて尋ねた信長は、内心で、
(もしや、あの寺、兵糧が底を突き掛けてる?)
そう勘違いしたが全然違い、義昭は苦笑しながら、
「信長は寺の事情に詳しくないらしいな」
「と言うと?」
「延暦寺は聖地ぞ。その内部に学のない雑兵2万人以上が二月と籠もって、夜も騒ぐ。賭け事をする。尿を撒き散らす。鳥や獣を取って喰らう。炊飯や暖の為に境内の木々を無断で伐採する。我が物顔で歴史ある御堂にいつまでも居座る。よそ者がいる手前、僧達も酒を飲めない。贅沢な膳を食べれない。女も隠さねばならない。延暦寺の僧達からすればさっさと出て行って欲しいに決まってるではないか。それで延暦寺の上層部が音を上げてな。伝手を使って京の帝に泣き付いた訳だ。延暦寺は京からしも特別な場所だ。帝も勅命を出す意向を固めたらしい」
(三左と信治が殺されてるのに、オレが寺ごときを許すと思ってるのか?)
「飲まねばならぬのですよね?」
「それで来た。勝てるのであれば突っ撥ねても良いぞ」
義昭が信長の顔を見て探るように尋ねた。
「勝てる勝てないで言ったら勝てますが。勝、おまえの意見は?」
信長が同席していた恒興に話を振ると、
「延暦寺だけとの和議なのですか?」
「いや、立て篭もってる浅井と朝倉とも和議となろう」
「浅井と朝倉は幕府軍に逆らった逆賊ですのに、そいつらとも和議ですか?」
恒興の不服そうな言葉を聞いて、
(勝も考えてたであろうが。ああ、禁じ手を使う気か)
片眉を上げた信長が内心で苦笑した。
「仕方なかろう」
「和議はしても逆賊のままなのですよね、浅井と朝倉は?」
「無論だ」
「確認ですが、勅命の和議に承知したふりをして退却する浅井、朝倉の軍の背後から襲ったりしても・・・」
「駄目に決まってるであろうが。内裏に仲介した公方様の顔に泥を塗る気か」
と答えたのは義昭の側近で三井寺まで付いてきていた上野秀政だった。
一色藤長は姿を見せてるが、三淵藤英は来ていない。
本当に遠ざけられてるようだ。
「ですよね~」
恒興はそう納得しながら、
「和議を結んだ後、どのくらい戦をしてはならないのですか?」
「半年だな」
「なるほど」
との恒興の返事の声質だけで信長は、
(守る気はなしか。当然だな)
「この際、摂津の連中とも和議をするというのはどうでしょう、公方様?」
恒興が提案した。
(本願寺と和議、それも勅命で。悪くない。伊勢長島に専念出来るし)
信長はすぐに恒興の狙いを理解したが、
「三好とも和議だと? 恒興、何故だ?」
「摂津からの報告では阿波三好の軍勢が割れる寸前だそうですから。阿波国で割れてくれた方が都合がいいので」
恒興は狙いを隠した。
「ふむ。信長、どう思う?」
「畿内での戦を止めるのは良いかと。長々と戦をしていると敵方の調略に乗る者も出てきますし。一度、和議を結んで仕切り直してる間に守護達と婚儀を結び結束を固めるのもよいかと」
「なるほどのう。では、そのように関白殿に伝えよう」
こうして全勢力との和議をする外交方針が信長と義昭の間で確認されたのだった。
◇
比叡山延暦寺に籠もった浅井・朝倉連合軍の食事は悲惨な物になっていた。
鯖街道で連日のように野盗が頻発するからである。
護衛を付けてその荷を運んでも狙われるのだ。
総ては延暦寺に籠もった逆賊である浅井、朝倉の荷だからだった。
逆賊の荷なのだ。
強奪しても罪に問われない。
悪しき強奪行為が「正義の行い」となって。
罪に問われないとの噂を聞いた近隣の野盗や野武士達がこぞって鯖街道に集まって荷を襲っていた。
結果、延暦寺には兵糧が届かず、冬前なので鳥や獣も取れず、米の消費を抑える為の粥の日が続いた。
武将達もだ。
「今日で何日目だ? 味噌も届かぬのか?」
味のない粥に朝倉景鏡はうんざりと呟き、浅井長政が、
「義景殿、織田と決戦をされますか?」
「兵の士気が下がりっぱなしなのに無理であろう」
義景が答えると、
「いえ、苦しいのは織田も同じ。聞けば摂津の三好三人衆の陣営は優勢で、尾張では一向一揆が織田の兄弟を殺したとか。我らも続きましょうぞ」
勇ましい事を言ってるが、朝倉景鏡と朝倉景建は長政が調子の良いだけの男である事をこの一年の付き合いで完全に看破していた。
「一向一揆か。加賀の坊主どもが約定を守れば良いのですが」
「それはさすがに無理でしょう。何年小競り合いをしていたと思ってるのです? それよりもそろそろ雪が降り出したとか。当主、我らはこの寺で新年を迎えるのですか?」
「そうなれば朝倉の雑兵どもが勝手に逃亡して越前に向かうやもな」
「違いない」
などと景鏡、景建の二人が喋り、長政が、
「そうなる前に決戦で織田を蹴散らしてやりましょうぞ」
決戦を口にするも、義景は、
「ふむ」
と答え、
「(現実が見えておらんのか、浅井の若当主は? どうして戦をしたがる?)」
「(浅井単独では織田には勝てぬからですよ。我らの手を借りればまともに織田と戦も出来ない、という訳です)」
「(なるほどのう。だが正面から当たるのは得策ではなかろう)」
「(ええ。摂津の三好三人衆軍がもっと暴れて、包囲してる織田の兵を割いてくれればどうにかなるのですが。同数での激突はさすがに)」
「(確かにな。勝っても辛勝では朝倉自体の力が弱まるからのう)」
景鏡、景建は粥を食べながら小声で密談した。
◇
摂津では阿波三好陣営の侍大将数人が城内で暗殺され、
野田城には執権の座を手放さない篠原長房。
福島城には当主で兵の指揮権が欲しい三好長治。
二人の拠点を別にしなければならないほど関係が拗れていた。
もはや修復は不可能で、とてもではないが織田と戦をする事は出来ない。
「クソ、何をやってるんだ。兵を2万も引き連れておいて。織田を倒せる絶好の好機だというのに内輪揉めとは」
斎藤龍興はまだ戦を諦めていなかったが、
十二月に入り、遂には内裏の使者が摂津の野田城にやってきた。
公家の日野輝資である。
帝の使者なので、上座に座って、
「帝は双方の和議をお望みです」
用件を伝えた。
三好長逸、岩成友通、篠原長房、三好長治、斉藤龍興の誰も織田との和議など受けるつもりはなかったが、京の情報収集の為に、
「延暦寺の方はまだ包囲が続いているのですか?」
友通が質問した。
「間もなく和議が整って浅井、朝倉は領国に帰るであろう。では、返事は数日後に聞かせてくれれば構わぬから」
そう言って輝資が席を立ったので、慌てて篠原長房が、
「お待ちを。どちらへ?」
「『門跡』の本願寺に返事を聞き行かねばならぬのでな」
「返事?」
龍興が言葉尻を捕らえて、長房もその意味に気付いて、
「それはつまり、ここに来る前に本願寺に寄られたのですか?」
「ああ、それが?」
輝資が当然と言わんばかりに答えた。
その言葉で下座の全員が顔を見合わせた。
自分達が思ってる以上に事態は進んでる事を知って、
「お待ちを。本願寺にも和議の話が?」
「無論だ。九条家が本願寺を助けたくて帝にしつこく言ったらしいからのう。そなたらは公方様の慈悲でついでだ。別に戦を続けても構わんが、織田が延暦寺と和議を結んで引き返してくる前に逃げた方が良いと思うぞ」
そう言って輝資は本当に石山本願寺に向かい、重臣達の軍議にて長逸が、
「織田とは和議をする。皆の者、異存はないな」
「異存なし」
岩成友通が一番に賛同し、
「それでよろしかろう」
篠原長房も納得し、
「おや、いいのか、長房? おまえの執権として最後の戦なのだぞ?」
三好長治が嫌味を言いながらも同意したので、
(コイツラ、本当に役に立たないな。織田を倒せたはずの好機を逸したのだぞ。もっと悔しがらぬか)
斉藤龍興は畿内を見限る決心をしながらも、
「いいのではないですか」
と答えて織田との和議が決まって、その後、三好三人衆と阿波三好は畿内から兵を退いたのだった。
石山本願寺では日野輝資が内裏の使者としてくる前から、京の九条家と連絡を取っており、近衛前久も居たので内裏内部の情報を掴んでいた。
なので、
「帝の御意志とあらば。門跡として謹んで和議に応じます」
本願寺顕如はそう輝資に返事をしたのだった。
◇
延暦寺の方は意外に揉めた
「馬鹿な。最後まで戦いましょうぞ、朝倉殿。織田は帝に泣き付くほど弱ってるという事なのですから」
延暦寺に籠もった浅井長政が最後まで粘ったからだ。
朝倉陣営は十二月で越前は雪が降り始めており、何よりもう粥は嫌だったので、早く帰国したかったのに。
その気持ちを知らずに数日間邪魔をして、
(浅井との同盟は間違いであったな)
朝倉義景でさえ浅井長政の事を嫌がるようになっていた。
その後も織田軍が兵をどこまで退くかで浅井がしつこく粘り、仕方なく織田軍は勢田まで兵を退いた。
その織田軍の動きを見て、延暦寺から琵琶湖の北沿いを通って浅井・朝倉連合軍は撤退していったのだが、その帰路にて浅井長政が、
「クソっ! 勝てる戦を落とすとはっ! 朝倉の連中は何を考えているのだっ! 戦わずに延暦寺に二月籠もっただけではないかっ! これなら浅井軍単独で佐和山城を助けに向かった方が百倍ましだったわっ!」
「若殿、お声が大きいですぞ」
雨森清貞がそう長政に忠告するが、
「聞こえるように言っておるのだっ! 朝倉の腰抜けどもめっ!」
「若殿っ! そこまでになさいませっ!」
「畿内の三好三人衆や本願寺の一向一揆もだっ! もう少し役立てばよいものをっ!」
その後も長政は吠えながら小谷城に帰ったのだった。
和議を結んだ織田軍も琵琶湖の南側を通って美濃に向かった。
信長の方は次に戦に思いを馳せており、
「まずは伊勢長島か。あの要害をどうやって落とすか」
「その前に紀伊守護の畠山との婚儀をお忘れなく、信長様」
「分かっておる」
「信長様から預かってる我が娘の婚儀も」
「もう、そんな年頃か?」
「はい」
「そうだ、勝。三左が死んだ森家の跡継ぎの後見人をやれよ」
「その前に森家は誰が継ぐんですか?」
「無論、息子であろうが」
「えっ? 嫡子の方も越前で春に死んでますから、次男になりますが、まだ十三ですよ、長一は」
「仕方あるまい。三左の忘れ形見だ。岐阜城で使えるように鍛えるが勝もちゃんと見てろよ」
「はっ」
「来年は忙しくなるぞ」
と進んだが、
十二月十七日に美濃の岐阜城に帰還すると、すぐに反省会が行われた。
それも信長の奥の私的な部屋で。
出席者は信長と濃姫、恒興の三人だけである。
「どうして今回オレが負けたのか、お濃、腹蔵なく申してみよ」
濃姫が即答で、
「信長殿の性格の所為かと」
「具体的には」
「誰も信用しておらず兵を5000人以上、配下の将に与えられないので」
「・・・それ、関係あるのか?」
「はい。延暦寺を包囲しながら、別動隊5000人以上で横山城方面から小谷城を攻めたら戦局は違いましたよ。延暦寺からでも見えるように夜に城下を燃やしたら浅井は討って出てきたやも」
「・・・なるほどのう。だが誰が信用出来る?」
「そこの池田殿がいるではないですか」
「嫌ですよ、濃姫様。そんな責任重大な事」
「ならば久秀か五郎左か」
「他には秀隆殿、秀吉、秀千代、長一、蒲生の嫡子、久太郎ですかね」
恒興はそう答えた。
「ふむ。お農、他には?」
「特には」
「では、勝は?」
「そうですね~。今回は完全に公方様の事を舐め過ぎてましたね~。まさか本願寺や延暦寺に矢銭の催促をして幕府の不満を募らせていたなんて~」
「確かにな」
「それに延暦寺。あの要害を敵の浅井、朝倉が使うなんて。そう考えると邪魔ですね、あの京に近過ぎる立地の要害は」
「ああ。燃やして使えなくするしかあるまい」
「後はやっぱり三好三人衆かな。都合が悪くなると四国の領地に逃げるから長引くと思いますよ。四国に兵を向けるまでは」
「他には?」
「和議で戦が出来ないのなら商人を使って北近江と越前を経済封鎖をして弱らせるべきかと」
「他には?」
「同盟の数を増やすべきです。相模や播磨や丹波とか」
「他には?」
「信長様の官位が低過ぎます。だから他家に織田家が侮られるのかと」
「他には?」
「公方様から貰った旗印を使ってませんので使うべきかと」
「他には?」
「岐阜城から京まで遠くないですか?」
「他には?」
「オレが気付いたのはそれくらいですね」
「そうか、オレはお濃の膝枕で休むので勝は帰ってよいぞ」
「はっ」
こうして恒興が部屋から出ていき、信長が濃姫の膝枕に寝転がると、
「お濃、勝の献策で使えるのは?」
「経済封鎖で浅井、朝倉を弱らせるのと同盟の数を増やすのは特に。同盟で三好の裏を突くのはいいと思いますよ。確か稲葉家の娘婿の子供が四国の大名に嫁いでいたはず。それに官位の低さも一理あるかと」
「ふむ」
と信長は考えを整理したのだった。
岐阜城の城下の池田屋敷にて、
「お帰りなさいませ」
一宮つるを名乗る真田ときが夫の恒興を出迎えた。
その横では池田せんが、
「お帰りなさいませ、父上」
「ああ、ただいま」
と恒興も笑った。
那古野城の城下屋敷に頻繁に出入りしたので他人行儀な事もない。
側室だがちゃんと家族だった。
「大変だったそうですね。今回の戦?」
「戦ってはないけどな」
「そうなので?」
「ああ、敵が城や寺に籠もっててそれを囲んでただけだからな。手柄の立てようがなくて肩すかしを食っただけさ」
と家族団欒で過ごしたのだった。
登場人物、1570年度
坂井政尚(43)・・・織田家の家臣。馬廻りの幹部。古参の織田に仕えた美濃衆。坂井大膳亮、坂井利貞とは遠縁。姉川の戦いで嫡子を失う。
能力値、高名比類なきの政尚B、坂井氏は尾張では意外に名門A、川越え上手B、信長への忠誠A、信長からの信頼A、本日の運勢最悪★★★
濃姫(35)・・・信長の正室。斎藤道三の娘。切れ者。嫡子の奇妙を養育する。徳姫の実母。信長の相談役。
能力値、織田家当主の正室A、母似の美貌A、蝮継承C、信長との阿吽の呼吸SS、信長を天下人に押し上げる内助の功SS、信長からの信頼B
池田つる(25)・・・元武田家の女中。本名、真田とき。真田綱吉の娘。武藤喜兵衛の従姉。池田せんの母親。岐阜の城下屋敷の女主人。
能力値、武田への忠誠D、密命ありC、武芸の腕E、恒興の子を産む幸運A、織田家での待遇B、信長の裁定待ちC
池田せん(7)・・・池田恒興の娘。母は池田つる。
能力値、将来美人確定S、岐阜城下で既に評判A、岐阜城下に移住で運勢開けるA
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