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1570年1月〜4月、金ヶ崎の戦い
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【両端が結ばれた小豆袋は織田軍の仕込み説、採用】
【池田恒興、総てを台無しにした説、採用】
【池田恒興が台無しにした場面は歴史から末梢された説、採用】
【信長が言う衣替えとは影武者代行指揮の事説、採用】
【松永久秀、織田郡が事前に逃走路確保の為、朽木城の説得は後世の創作説、採用】
【木下秀吉、敵が追撃して来ず、まったく活躍出来なかった説、採用】
【織田軍、殿を含めて何の苦労もなく撤退出来た説、採用】
【足利義昭、京で敗軍を出迎えるが信長役の恒興だったので面食らった説、採用】
【浅井家、義昭から賊軍の認定を受けた説、採用】
浅井の裏切り。
その知らせを越前攻めの織田の本陣に齎したのは浅井長政に嫁いだ市姫の陣中見舞いの「両端が結ばれた小豆袋」ではない。
いや、正確には「両端が結ばれた小豆袋」は市姫の陣中見舞いとして織田の本陣に届けられたのだが。
これは織田軍の仕込みである。
実際には浅井家の動きを見張っていた木下隊が浅井の出兵と同時に、市姫の陣中見舞いとして織田の本陣に届けられた風を装って届けていた。
◇
侵攻前の京の信長滞在の本能寺での「浅井崩し」の密議の際に、戦場にどう浅井の寝返りを伝えるかとの話となり、木下秀吉が、
「市姫様の陣中見舞いは如何でしょう?」
と提案して、信長が、
「ふむ。それでいくか」
との承認の許に実行されており、
内幕を知る者には「臭過ぎる芝居」なのだが。
両端が結ばれた小豆袋が本陣に届いた後の展開としては、
「何だ、この結び目は?」
と信長が不思議がる中、竹中重治が、
「何かの暗示でしょうか?」
「ま、まさか、浅井が寝返ったのでは?」
提案した秀吉が図々しく一番おいしい役を得てそう主張し、
「サル、そのような事ある訳がなかろうが。この作戦は公方様(他の将も居るので)の命令で行われてるのだぞ?」
「ですが」
「くどい」
「信長様、念の為、浅井を探るべきかと」
「確かに。用心をするに越した事はないかと。この結び目には何か意味があるのでしょうから」
「うむ」
などの会話の流れになる事が事前の密議で決まっていた。
本当である。
こうなるはずだったのだ。
その取り決めを総て台無しにしたのは、やはり恒興だったが。
◇
浅井長政が裏切ったその日。
本陣の信長の許に将達が集まり談笑していると、秀吉がやってきて、
「信長様、浅井家のお市様より陣中見舞いが届きました」
「ん? 妹の市から? 持って来い」
との信長の命令で運ばれてきたのは、両端が結ばれた小豆袋の山だった。
これを用意するだけでも結構面倒臭い作業だった訳だが。
「何だ、これは?」
「何かの暗示でしょうか?」
竹中重治が呟き、木下秀吉が満を持して、
「も、もしや、浅井が・・・」
シャキン。
「・・・へっ?」
続く秀吉の言葉がそんなマヌケなものとなったのは、信長の隣で刀を抜いた者が居たからだ。
天高く掲げた抜き身の刀を握っていたのは恒興だった。
「おまえにしては失策だったなぁぁぁぁ、悪知恵の柴田ぁぁぁぁぁっ!」
そう叫びながら斬り掛かり、
「のわっ!」
いきなり斬り掛かられた柴田勝家は片腕でギンッと恒興の刀を弾いた。
というのも、戦場に居たので鎧一色を装備しており、勝家は籠手もちゃんと装備していたのだ。
「痛っ!」
だが、恒興の刀は名刀中の名刀だ。
ジャギンッと籠手の部分を切断する威力があり、腕にまで刃が達していた。
恒興が勝家に斬り掛かった事で、
「な、何を?」
「勝三郎?」
「血迷われたか、池田殿っ!」
事情を知らない家臣や客将達が叫んだ。
対して、恒興は、
「黙ってろっ! この柴田は浅井の裏切りを事前に知ってやがったんだぞっ! こんな裏切り者を生かしておけるかっ!」
と一喝した。
事情を知ってる信長は頭痛を覚えながら、
(勝め、普段はぼけっとしてる癖にこういう時だけっ!)
秀吉は、
(えっ、信長様に知らされていなかったのに瞬時に気付いた? さすがは勝様)
重治は勝家の顔色が視界に入っていたので、
(今のは柴田殿の失策だな。顔が綻んでたから)
丹羽長秀は恒興の怒り方を見て、
(拙い、この怒り方。柴田殿が斬られる)
柴田勝家は利き腕を負傷した為、
(勝三郎、こいつだけは・・・くそ、籠手を斬って傷を負わせるとは・・・)
と瞬時に恒興の凄さを再確認したのだった。
「おらぁぁぁっ! 信勝様があの世で待ってるぞ、柴田ぁぁぁぁっ!」
更に斬り掛かろうとし、勝家が、
(拙い、利き腕が・・・斬られるっ!)
死を覚悟した時、
「浅井の裏切り、織田殿も御存じでしたよ」
との言葉が響き、恒興は柴田勝家へ振り降ろそうとした刀を当たる寸前で止めた。
本陣でそう声を発したのは松永久秀だった。
恒興は久秀など無視して、信長を見て、
「そうなので、信長様?」
「そんな訳なかろう」
「ですよね~。柴田はこのまま殺していいですよね?」
「ああ」
信長は素知らぬ顔で答えたが、信長の顔色を読める恒興は刀を鞘に納めて、
「騒がせて申し訳ない。今のはナシで小豆袋が届いたところからもう一回頼む」
ペコリとお辞儀して恒興は信長の斜め後方に戻ったのだった。
当然、何事もなく続けられる訳もなく、秀吉が、
「ええっと・・・本当にやるんですか、勝様?」
「ああ、秀吉、やれ」
「いや、でも・・・」
「いいから」
「分かりました」
との問答の後、
そんな訳で、改めて本陣にて、
「信長様、浅井家のお市様より陣中見舞いが届きました」
秀吉は本意気で演技したが、信長はやる気もなく、
「やるのか? ったく・・・何だ、これは?(棒読み)」
お義理で台詞を言った。
「何かの暗示でしょうか?」
「も、もしや、浅井が裏切ったのでは?」
「はあ・・・サル、そのような事ある訳がなかろうが。この作戦は公方様(他の将も居るので)の命令だぞ(棒読み)」
「ですが」
「・・・」
「・・・(信長様の台詞の番です)」
「ああ、オレか・・・くどいぞ、サル(棒読み)」
秀吉に教えられた信長がやる気なく台詞を吐き、勝家が、
「イテテーー信長様、浅井を探るべきかと」
「確かに、用心をするに越した事はないかと。この結び目には何か意味があるのでしょうから」
と丹羽長秀が締め括ったところで、恒興がボソッと、
「なるほど、本来はこうなる予定だったのか。それにしても下手糞な演技だな、秀吉、長秀」
納得しつつも、身も蓋もない評価をした。
下手糞以前に二度目ならこんなものだ。
だが、秀吉から言わせれば、
「勝様の所為でしょうがっ! この秀吉の一世一代の名場面になる予定だったのに、それを台無しにしてっ!」
「下手糞は言い過ぎだろうが、勝」
長秀までが反論したが、二人とも脱力気味であった。
二人がこれなのだから本陣全体が脱力している。
「どう責任を取るつもりだ、勝三郎?」
そう追及した勝家は医師を読んで血止めの手当てをして貰っている最中である。
「責任? 何の? 公方様の討伐令で越前を攻めてる討伐軍の背後で浅井か寝返った。つまりは公方様に弓を引いた。織田は単に浅井の寝返りの可能性を考慮して見張ってた。ただそれだけの話だろ、今回の話は? 別に浅井を嵌めた訳でもないし」
「――そうだが」
実は「偽書を真似た織田製の偽書」を送って浅井家を嵌めているのだが、それには触れずに勝家は答えた。
「重要なのはこれからどうするか。敵地の奥深くで予期せぬ挟撃。摂津守護の池田の惣領家殿、貴殿の考えは?」
恒興が名指しすると本陣に居た池田勝正が、
「一旦退くべきかと」
「幕府から出仕の明智殿の考えは?」
「無念ですが、退くが上策かと」
明智光秀も撤退を支持した。
「同盟国の徳川殿は?」
「背後での裏切りは兵が浮足立つので退くべきかと」
徳川家康までが撤退を口にし、
「幕府軍から参加の松永殿は?」
「さっさと退くに限りますな」
松永久秀が答え、最後に恒興が、
「織田単独で朝倉、浅井の両軍を迎え討ちますか、信長様?」
「いや、撤退する」
信長が決定を下した。
そればかりか、
「念を入れて衣替えでな」
と続けた。
それには恒興の方が、
「ほへ? そんなにヤバイんですか?」
「柴田が何かをしているかも知れんであろうが。そっちの松永も」
と信長が指摘する中、衣替えが何であるかを信長と恒興以外で唯一知る河尻秀隆が本陣の入口で、
「小姓十人、入ってこい。信長様がお着替えになる」
と命令して、本当に小姓十人が入ってきた。
「やるんですね? 本当に?」
恒興が最終確認を信長にする中、
「当然だ」
「分かりました」
と恒興が覚悟を決め、秀隆が、
「信長様と勝三郎の鎧と着物を脱がせろ。ふんどし以外総てだ。そして信長様と勝三郎の装備と着物を交換して着替えさせろ」
と小姓に命じて、本陣に居る上将達が見ている前で信長と恒興は装備も含めて全部を交換したのだった。
立ち位置まで交換である。
「まさか、戦場で信長様の影武者をやらされるとはな~」
と呟いた恒興が気合を入れて、
「これより、この信長が撤退戦の指揮を執る。敵の眼を誤魔化す為なのだから反論は許さんぞ」
そう宣言したのだった。
恒興の鎧を纏った信長がその横で頷く。
それにより全員がその恒興の指揮下に入る事を承諾した。
「昔はこれでよく柴田が放った暗殺者を騙したものでのう。まあ、その分、影武者達も死んだ訳だが。生き残ってたのはオレと長門守くらいだったか。そうそう、全員、気を付けろよ。今の信長は少々手荒だぞ」
そう昔語りをしながら、火縄銃もないのに持ってる手付きで徳川家康の足下に銃口を向けて、
「三河殿はその事、実際に鉛玉を受けて知っておるよな~?」
ニヤリと悪そうに笑った。
織田家の人間全員が何の事か理解し、秀吉が代表して、
「うっひょ~。もしかして信長様が子供の頃に人質だった三河殿を火縄銃で撃ったのって」
そう口にする中、恒興役の信長が、
「信長様、そんなどうでも良い事よりも早く撤退の御指示を」
「そうだったな、勝。殿は当然、竹中が居る木下隊だ」
「私も残りましょう」
「私も」
池田勝正と明智光秀が即答し、
「では、池田殿と明智殿にも頼み申そう」
「撤退の先導の先駆けは当然、柴田、おまえだ。成政、利家、もし『この信長が襲われた』との報が入った時は遠慮は要らん。柴田を斬れ。コヤツの策謀に決まってるのでな」
「そんな事にはなりませんよ」
勝家は信長役の恒興に信長に接するように答えた。
事実、そんな手筈はしていない。
勝家の狙いは信玄を引っ張り出して戦場で確実に信長を討つ事なのだから。
成功するか失敗するか分からない賭けには出ていなかった。
何より、この撤退を知るのは信長を含めて六人。
もし信長が襲われたら一番に疑われるのは勝家なので危険過ぎて。
「さ~て、そいつはどうかな。そうそう、知らぬ地ゆえ不慣れであろう。松永殿と徳川殿にもこちらから近習を付けねばのう」
これが恒興である。
無論、言葉通りの善意で近習を二人に付けるのではない。
今の会話の流れならば当然、
「おまえ達の事も疑っているぞ」
なのだから。
「断らぬよな?」
素知らぬ顔で信長役の恒興が問い、
「織田殿に任せます」
家康は受けたが、久秀の方は、
(撤退時のドタバタに狙うのは無理かのう。せめて事前に知ってれたら)
と考えつつ、
「・・・ありがとうございます」
結局は近習が傍に付く事を認めた。
「では、出発だ。おっと、そうだ、久太郎」
「はっ」
「勝が死んだら大御ちが悲しむのでな。オレの事は良い。勝の護衛をしろ。一人でな」
「ははっ」
「では出発だ」
その決定で、信長役の恒興が本陣から出ていこうとする中、
「池田殿、アナタは池田の惣領家の当主なのですから、無理はせぬように。いいですな?」
「畏まりました」
「絶対ですぞ」
そう池田勝正に言いながら出ていったのだった。
◇
四月二十九日、撤退戦が開始された。
織田の撤退する行程は北近江は完全に敵方な事から、
若狭、北近江(鯖街道)、京。
この順である。
だが、撤退戦は恒興の心配をよそに何の問題も起きなかった。
総ての準備がされており、朽木谷に入ったところで夜となったが、松明を持った佐久間隊の兵が等間隔に並んで鯖街道を照らしており、
「なるほど。さすがは信長様。ここまでの準備をされてた訳か」
余りの快適さに恒興も苦笑する破目となった。
馬も信長の名馬を使ってるので最高である。
対して隣の恒興役の信長は恒興の馬に不満だったらしく、
「信長様、この信玄から貰った馬、もう年では?」
不平を口にした。
「かもな。では、新たに馬を信長から勝に取らそう」
「ありがとうございます」
恒興と信長は入れ替わりごっこで遊びながら鯖街道を進んだ。
松明で照らされた夜の鯖街道を進むと朽木城に到着した。
朽木城主の朽木元綱は事前に飛鳥井雅敦と佐久間信盛に織田軍が撤退する事を聞かされており、「これが負け戦じゃない」事を知っていたので敗軍の将の寝首を掻く動きも当然、見せてはいない。
元綱自らが信長を出迎えて、
「ようこそ、おいで下さいました、織田殿」
挨拶してるくらいである。
その挨拶を受けているのも信長役の恒興だったが。
初対面の朽木元綱(本当は上洛命令で挨拶に来てる)など信用も出来ないので。
それでも恒興は堂々と信長らしく、
「大儀だ、朽木元綱。悪いが少し馬を休ませて貰うぞ」
そう声を掛けてきた。
朽木元綱も信長の顔を見たのは一回だけだ。
正直、もう忘れており、まさか影武者とは思わず、
「はっ」
恒興が演じる信長に畏まっていた。
「この度、お主が我が織田の味方をした功績は多い。所領安堵と鯖街道の独占は信長の名で約束しよう」
信長役の恒興は太っ腹だ。
「ありがとうございます」
元綱は感激して答えてるが、織田の政策方針は関所撤廃による物流の流動化である。
つまりは鯖街道の既得権益も間もなく消滅する事を意味した。
恒興も当然、その事を知っていて、それでも鯖街道の独占とか言っていたのだが。
馬の休息の後に、
「では、後日改めてな」
「はっ、織田殿」
元綱に見送られて、織田軍は鯖街道を進んだのだった。
松明で照らされた夜の鯖街道を進む訳だが、京に入る前には比叡山延暦寺がある。
もし、この時、比叡山延暦寺まで襲い掛かってきていたら、朝倉、浅井軍が追い付いてしまい殿と激しい交戦をしたはずなのだが。
比叡山延暦寺は我関せずだったので、そのまま鯖街道を素通りして織田軍は京に戻ったのだった。
撤退準備ありきの撤退だったので、殿隊も朝倉軍の追撃が遅く、浅井軍も来ないので「金ヶ崎の退き口」は暇だった。
地元の野盗による襲撃すらない。
何もなくて後世では創作が作られまくりなのだが、
「つまらんのう。全然、敵兵が来ぬではないか。これでは手柄が立てられぬぞ。竹中殿、どうなっておるのだ?」
秀吉が敵兵が一兵も現れない状況に不満を覚えながら竹中重治に尋ねた。
「幕府軍に楯突く者などなかなか居ないかと」
「浅井軍は?」
「織田が朝倉から手を退いたので満足したのでしょう」
「ん? だが・・・」
「はい。一度でも幕府軍に弓を引けば、それは賊軍となります」
「討ってよい、のだよな?」
「ええ、その為の退却ですので。調略を更に進めるべきかと」
と重治から今後の展開を教わったのだった。
◇
尚、よっぽど未練があったのか、秀吉は天下人になると「小豆袋の逸話」を含めた「金ヶ崎の退き口」をかなり創作して後世に伝えたのだった。
◇
織田軍の先発隊が京に逃げ帰ったのは四月三十日の昼間の事である。
その報告は、すぐに二条御所に居た足利義昭の許まで届いたのだった。
「信長が負けた? 何がどうなっておるのだ?」
驚きの余り、表に出て敗軍の信長を出迎えた程である。
そしたら信長が信長の鎧を纏った恒興だったので、更に、
「????」
訳が分からず、恒興は演技派だったので義昭の前で下馬をして、
「申し訳ございません、公方様。我が義弟、浅井長政が、まさか公方様に楯突いて賊軍になろうとは予期する事が出来ず、撤退と相成りました」
見物人が居る町中でそれをやったものだから、
「おお、そうか」
と一応は答えた義昭に、恒興が、
「事情はすぐに二条御所にて報告させていただきます。まずは兵を本能寺に入れて労りますね。では失礼」
そう言って、本能寺に入っていったのだった。
◇
二条御所の幕臣込みの義昭の御前には、着替えを終えた恒興が呼ばれて、
「どういう事だ、恒興? 織田は負けたという事か?」
その回答についても信長と打ち合わせ済みの恒興は本当の事は言わず、
「はい。朝倉を攻めてる最中に浅井が寝返って織田を攻撃する素振りを見せたので撤退致しました」
「ど、どうして、そんな事に?」
「例の『織田を討て』との偽書を鵜呑みにしたのではないかと推察されます」
「浅井めっ! あのような偽の書状に惑わされおってっ!」
義昭が激昂する中、同席してる幕臣の中でその話を聞いていた三淵藤英は、
(? 浅井は織田の妹婿なので偽書は送っておらぬと思ったが? 送ったのだったか?)
記憶を辿る破目になった。
「幕府軍に弓を引いたのです。浅井は賊軍でよろしゅうございますよね?」
恒興がしれっと尋ね、
「ん? 信長の妹婿ではなかったのか?」
「はい。ですが、そんな事は言ってられません。今や浅井の卑劣な行為は日の本中に響き渡っているのですから」
「うむ。では、浅井も討つとよい」
「はっ、必ずや浅井、朝倉を討って御覧に入れまする」
と恒興は答えたのだった。
二条御所の廊下にて、曾我助乗とすれ違う際に、恒興は、
「申し訳ない。忠言をいただいておきながら」
足を止めて囁くように謝罪したのだった。
「いえいえ、今後はどのように?」
「浅井、朝倉を討つ為に兵を起こすかと」
「三好三人衆の事もお忘れなく」
「なるほど。またもや忠言ありがとうございます」
感謝した恒興は足を動かし、廊下を歩いていったのだった。
登場人物、1570年度
河尻秀隆(43)・・・織田家の第五家老。勝山城主。信長の最古参の家臣。信勝を殺害。織田奇妙丸の守役の一人。衣替えが入れ替わりと知る数少ない人物。
能力値、信長流の戦巧者の秀隆A、政務の素養E、織田信勝(信行)殺害の知名度S、信長への忠誠A、信長からの信頼A、織田家臣団での待遇A
堀秀政(17)・・・織田家の家臣。通称、久太郎。信長のお気に入りの小姓頭。信長の機嫌を直せる数少ない人物。恒興役の信長の護衛を任される。
能力値、機嫌直しの秀政C、名人久太郎B、文武両道B、信長への忠誠A、信長からの信頼A、織田家臣団での待遇C
【池田恒興、総てを台無しにした説、採用】
【池田恒興が台無しにした場面は歴史から末梢された説、採用】
【信長が言う衣替えとは影武者代行指揮の事説、採用】
【松永久秀、織田郡が事前に逃走路確保の為、朽木城の説得は後世の創作説、採用】
【木下秀吉、敵が追撃して来ず、まったく活躍出来なかった説、採用】
【織田軍、殿を含めて何の苦労もなく撤退出来た説、採用】
【足利義昭、京で敗軍を出迎えるが信長役の恒興だったので面食らった説、採用】
【浅井家、義昭から賊軍の認定を受けた説、採用】
浅井の裏切り。
その知らせを越前攻めの織田の本陣に齎したのは浅井長政に嫁いだ市姫の陣中見舞いの「両端が結ばれた小豆袋」ではない。
いや、正確には「両端が結ばれた小豆袋」は市姫の陣中見舞いとして織田の本陣に届けられたのだが。
これは織田軍の仕込みである。
実際には浅井家の動きを見張っていた木下隊が浅井の出兵と同時に、市姫の陣中見舞いとして織田の本陣に届けられた風を装って届けていた。
◇
侵攻前の京の信長滞在の本能寺での「浅井崩し」の密議の際に、戦場にどう浅井の寝返りを伝えるかとの話となり、木下秀吉が、
「市姫様の陣中見舞いは如何でしょう?」
と提案して、信長が、
「ふむ。それでいくか」
との承認の許に実行されており、
内幕を知る者には「臭過ぎる芝居」なのだが。
両端が結ばれた小豆袋が本陣に届いた後の展開としては、
「何だ、この結び目は?」
と信長が不思議がる中、竹中重治が、
「何かの暗示でしょうか?」
「ま、まさか、浅井が寝返ったのでは?」
提案した秀吉が図々しく一番おいしい役を得てそう主張し、
「サル、そのような事ある訳がなかろうが。この作戦は公方様(他の将も居るので)の命令で行われてるのだぞ?」
「ですが」
「くどい」
「信長様、念の為、浅井を探るべきかと」
「確かに。用心をするに越した事はないかと。この結び目には何か意味があるのでしょうから」
「うむ」
などの会話の流れになる事が事前の密議で決まっていた。
本当である。
こうなるはずだったのだ。
その取り決めを総て台無しにしたのは、やはり恒興だったが。
◇
浅井長政が裏切ったその日。
本陣の信長の許に将達が集まり談笑していると、秀吉がやってきて、
「信長様、浅井家のお市様より陣中見舞いが届きました」
「ん? 妹の市から? 持って来い」
との信長の命令で運ばれてきたのは、両端が結ばれた小豆袋の山だった。
これを用意するだけでも結構面倒臭い作業だった訳だが。
「何だ、これは?」
「何かの暗示でしょうか?」
竹中重治が呟き、木下秀吉が満を持して、
「も、もしや、浅井が・・・」
シャキン。
「・・・へっ?」
続く秀吉の言葉がそんなマヌケなものとなったのは、信長の隣で刀を抜いた者が居たからだ。
天高く掲げた抜き身の刀を握っていたのは恒興だった。
「おまえにしては失策だったなぁぁぁぁ、悪知恵の柴田ぁぁぁぁぁっ!」
そう叫びながら斬り掛かり、
「のわっ!」
いきなり斬り掛かられた柴田勝家は片腕でギンッと恒興の刀を弾いた。
というのも、戦場に居たので鎧一色を装備しており、勝家は籠手もちゃんと装備していたのだ。
「痛っ!」
だが、恒興の刀は名刀中の名刀だ。
ジャギンッと籠手の部分を切断する威力があり、腕にまで刃が達していた。
恒興が勝家に斬り掛かった事で、
「な、何を?」
「勝三郎?」
「血迷われたか、池田殿っ!」
事情を知らない家臣や客将達が叫んだ。
対して、恒興は、
「黙ってろっ! この柴田は浅井の裏切りを事前に知ってやがったんだぞっ! こんな裏切り者を生かしておけるかっ!」
と一喝した。
事情を知ってる信長は頭痛を覚えながら、
(勝め、普段はぼけっとしてる癖にこういう時だけっ!)
秀吉は、
(えっ、信長様に知らされていなかったのに瞬時に気付いた? さすがは勝様)
重治は勝家の顔色が視界に入っていたので、
(今のは柴田殿の失策だな。顔が綻んでたから)
丹羽長秀は恒興の怒り方を見て、
(拙い、この怒り方。柴田殿が斬られる)
柴田勝家は利き腕を負傷した為、
(勝三郎、こいつだけは・・・くそ、籠手を斬って傷を負わせるとは・・・)
と瞬時に恒興の凄さを再確認したのだった。
「おらぁぁぁっ! 信勝様があの世で待ってるぞ、柴田ぁぁぁぁっ!」
更に斬り掛かろうとし、勝家が、
(拙い、利き腕が・・・斬られるっ!)
死を覚悟した時、
「浅井の裏切り、織田殿も御存じでしたよ」
との言葉が響き、恒興は柴田勝家へ振り降ろそうとした刀を当たる寸前で止めた。
本陣でそう声を発したのは松永久秀だった。
恒興は久秀など無視して、信長を見て、
「そうなので、信長様?」
「そんな訳なかろう」
「ですよね~。柴田はこのまま殺していいですよね?」
「ああ」
信長は素知らぬ顔で答えたが、信長の顔色を読める恒興は刀を鞘に納めて、
「騒がせて申し訳ない。今のはナシで小豆袋が届いたところからもう一回頼む」
ペコリとお辞儀して恒興は信長の斜め後方に戻ったのだった。
当然、何事もなく続けられる訳もなく、秀吉が、
「ええっと・・・本当にやるんですか、勝様?」
「ああ、秀吉、やれ」
「いや、でも・・・」
「いいから」
「分かりました」
との問答の後、
そんな訳で、改めて本陣にて、
「信長様、浅井家のお市様より陣中見舞いが届きました」
秀吉は本意気で演技したが、信長はやる気もなく、
「やるのか? ったく・・・何だ、これは?(棒読み)」
お義理で台詞を言った。
「何かの暗示でしょうか?」
「も、もしや、浅井が裏切ったのでは?」
「はあ・・・サル、そのような事ある訳がなかろうが。この作戦は公方様(他の将も居るので)の命令だぞ(棒読み)」
「ですが」
「・・・」
「・・・(信長様の台詞の番です)」
「ああ、オレか・・・くどいぞ、サル(棒読み)」
秀吉に教えられた信長がやる気なく台詞を吐き、勝家が、
「イテテーー信長様、浅井を探るべきかと」
「確かに、用心をするに越した事はないかと。この結び目には何か意味があるのでしょうから」
と丹羽長秀が締め括ったところで、恒興がボソッと、
「なるほど、本来はこうなる予定だったのか。それにしても下手糞な演技だな、秀吉、長秀」
納得しつつも、身も蓋もない評価をした。
下手糞以前に二度目ならこんなものだ。
だが、秀吉から言わせれば、
「勝様の所為でしょうがっ! この秀吉の一世一代の名場面になる予定だったのに、それを台無しにしてっ!」
「下手糞は言い過ぎだろうが、勝」
長秀までが反論したが、二人とも脱力気味であった。
二人がこれなのだから本陣全体が脱力している。
「どう責任を取るつもりだ、勝三郎?」
そう追及した勝家は医師を読んで血止めの手当てをして貰っている最中である。
「責任? 何の? 公方様の討伐令で越前を攻めてる討伐軍の背後で浅井か寝返った。つまりは公方様に弓を引いた。織田は単に浅井の寝返りの可能性を考慮して見張ってた。ただそれだけの話だろ、今回の話は? 別に浅井を嵌めた訳でもないし」
「――そうだが」
実は「偽書を真似た織田製の偽書」を送って浅井家を嵌めているのだが、それには触れずに勝家は答えた。
「重要なのはこれからどうするか。敵地の奥深くで予期せぬ挟撃。摂津守護の池田の惣領家殿、貴殿の考えは?」
恒興が名指しすると本陣に居た池田勝正が、
「一旦退くべきかと」
「幕府から出仕の明智殿の考えは?」
「無念ですが、退くが上策かと」
明智光秀も撤退を支持した。
「同盟国の徳川殿は?」
「背後での裏切りは兵が浮足立つので退くべきかと」
徳川家康までが撤退を口にし、
「幕府軍から参加の松永殿は?」
「さっさと退くに限りますな」
松永久秀が答え、最後に恒興が、
「織田単独で朝倉、浅井の両軍を迎え討ちますか、信長様?」
「いや、撤退する」
信長が決定を下した。
そればかりか、
「念を入れて衣替えでな」
と続けた。
それには恒興の方が、
「ほへ? そんなにヤバイんですか?」
「柴田が何かをしているかも知れんであろうが。そっちの松永も」
と信長が指摘する中、衣替えが何であるかを信長と恒興以外で唯一知る河尻秀隆が本陣の入口で、
「小姓十人、入ってこい。信長様がお着替えになる」
と命令して、本当に小姓十人が入ってきた。
「やるんですね? 本当に?」
恒興が最終確認を信長にする中、
「当然だ」
「分かりました」
と恒興が覚悟を決め、秀隆が、
「信長様と勝三郎の鎧と着物を脱がせろ。ふんどし以外総てだ。そして信長様と勝三郎の装備と着物を交換して着替えさせろ」
と小姓に命じて、本陣に居る上将達が見ている前で信長と恒興は装備も含めて全部を交換したのだった。
立ち位置まで交換である。
「まさか、戦場で信長様の影武者をやらされるとはな~」
と呟いた恒興が気合を入れて、
「これより、この信長が撤退戦の指揮を執る。敵の眼を誤魔化す為なのだから反論は許さんぞ」
そう宣言したのだった。
恒興の鎧を纏った信長がその横で頷く。
それにより全員がその恒興の指揮下に入る事を承諾した。
「昔はこれでよく柴田が放った暗殺者を騙したものでのう。まあ、その分、影武者達も死んだ訳だが。生き残ってたのはオレと長門守くらいだったか。そうそう、全員、気を付けろよ。今の信長は少々手荒だぞ」
そう昔語りをしながら、火縄銃もないのに持ってる手付きで徳川家康の足下に銃口を向けて、
「三河殿はその事、実際に鉛玉を受けて知っておるよな~?」
ニヤリと悪そうに笑った。
織田家の人間全員が何の事か理解し、秀吉が代表して、
「うっひょ~。もしかして信長様が子供の頃に人質だった三河殿を火縄銃で撃ったのって」
そう口にする中、恒興役の信長が、
「信長様、そんなどうでも良い事よりも早く撤退の御指示を」
「そうだったな、勝。殿は当然、竹中が居る木下隊だ」
「私も残りましょう」
「私も」
池田勝正と明智光秀が即答し、
「では、池田殿と明智殿にも頼み申そう」
「撤退の先導の先駆けは当然、柴田、おまえだ。成政、利家、もし『この信長が襲われた』との報が入った時は遠慮は要らん。柴田を斬れ。コヤツの策謀に決まってるのでな」
「そんな事にはなりませんよ」
勝家は信長役の恒興に信長に接するように答えた。
事実、そんな手筈はしていない。
勝家の狙いは信玄を引っ張り出して戦場で確実に信長を討つ事なのだから。
成功するか失敗するか分からない賭けには出ていなかった。
何より、この撤退を知るのは信長を含めて六人。
もし信長が襲われたら一番に疑われるのは勝家なので危険過ぎて。
「さ~て、そいつはどうかな。そうそう、知らぬ地ゆえ不慣れであろう。松永殿と徳川殿にもこちらから近習を付けねばのう」
これが恒興である。
無論、言葉通りの善意で近習を二人に付けるのではない。
今の会話の流れならば当然、
「おまえ達の事も疑っているぞ」
なのだから。
「断らぬよな?」
素知らぬ顔で信長役の恒興が問い、
「織田殿に任せます」
家康は受けたが、久秀の方は、
(撤退時のドタバタに狙うのは無理かのう。せめて事前に知ってれたら)
と考えつつ、
「・・・ありがとうございます」
結局は近習が傍に付く事を認めた。
「では、出発だ。おっと、そうだ、久太郎」
「はっ」
「勝が死んだら大御ちが悲しむのでな。オレの事は良い。勝の護衛をしろ。一人でな」
「ははっ」
「では出発だ」
その決定で、信長役の恒興が本陣から出ていこうとする中、
「池田殿、アナタは池田の惣領家の当主なのですから、無理はせぬように。いいですな?」
「畏まりました」
「絶対ですぞ」
そう池田勝正に言いながら出ていったのだった。
◇
四月二十九日、撤退戦が開始された。
織田の撤退する行程は北近江は完全に敵方な事から、
若狭、北近江(鯖街道)、京。
この順である。
だが、撤退戦は恒興の心配をよそに何の問題も起きなかった。
総ての準備がされており、朽木谷に入ったところで夜となったが、松明を持った佐久間隊の兵が等間隔に並んで鯖街道を照らしており、
「なるほど。さすがは信長様。ここまでの準備をされてた訳か」
余りの快適さに恒興も苦笑する破目となった。
馬も信長の名馬を使ってるので最高である。
対して隣の恒興役の信長は恒興の馬に不満だったらしく、
「信長様、この信玄から貰った馬、もう年では?」
不平を口にした。
「かもな。では、新たに馬を信長から勝に取らそう」
「ありがとうございます」
恒興と信長は入れ替わりごっこで遊びながら鯖街道を進んだ。
松明で照らされた夜の鯖街道を進むと朽木城に到着した。
朽木城主の朽木元綱は事前に飛鳥井雅敦と佐久間信盛に織田軍が撤退する事を聞かされており、「これが負け戦じゃない」事を知っていたので敗軍の将の寝首を掻く動きも当然、見せてはいない。
元綱自らが信長を出迎えて、
「ようこそ、おいで下さいました、織田殿」
挨拶してるくらいである。
その挨拶を受けているのも信長役の恒興だったが。
初対面の朽木元綱(本当は上洛命令で挨拶に来てる)など信用も出来ないので。
それでも恒興は堂々と信長らしく、
「大儀だ、朽木元綱。悪いが少し馬を休ませて貰うぞ」
そう声を掛けてきた。
朽木元綱も信長の顔を見たのは一回だけだ。
正直、もう忘れており、まさか影武者とは思わず、
「はっ」
恒興が演じる信長に畏まっていた。
「この度、お主が我が織田の味方をした功績は多い。所領安堵と鯖街道の独占は信長の名で約束しよう」
信長役の恒興は太っ腹だ。
「ありがとうございます」
元綱は感激して答えてるが、織田の政策方針は関所撤廃による物流の流動化である。
つまりは鯖街道の既得権益も間もなく消滅する事を意味した。
恒興も当然、その事を知っていて、それでも鯖街道の独占とか言っていたのだが。
馬の休息の後に、
「では、後日改めてな」
「はっ、織田殿」
元綱に見送られて、織田軍は鯖街道を進んだのだった。
松明で照らされた夜の鯖街道を進む訳だが、京に入る前には比叡山延暦寺がある。
もし、この時、比叡山延暦寺まで襲い掛かってきていたら、朝倉、浅井軍が追い付いてしまい殿と激しい交戦をしたはずなのだが。
比叡山延暦寺は我関せずだったので、そのまま鯖街道を素通りして織田軍は京に戻ったのだった。
撤退準備ありきの撤退だったので、殿隊も朝倉軍の追撃が遅く、浅井軍も来ないので「金ヶ崎の退き口」は暇だった。
地元の野盗による襲撃すらない。
何もなくて後世では創作が作られまくりなのだが、
「つまらんのう。全然、敵兵が来ぬではないか。これでは手柄が立てられぬぞ。竹中殿、どうなっておるのだ?」
秀吉が敵兵が一兵も現れない状況に不満を覚えながら竹中重治に尋ねた。
「幕府軍に楯突く者などなかなか居ないかと」
「浅井軍は?」
「織田が朝倉から手を退いたので満足したのでしょう」
「ん? だが・・・」
「はい。一度でも幕府軍に弓を引けば、それは賊軍となります」
「討ってよい、のだよな?」
「ええ、その為の退却ですので。調略を更に進めるべきかと」
と重治から今後の展開を教わったのだった。
◇
尚、よっぽど未練があったのか、秀吉は天下人になると「小豆袋の逸話」を含めた「金ヶ崎の退き口」をかなり創作して後世に伝えたのだった。
◇
織田軍の先発隊が京に逃げ帰ったのは四月三十日の昼間の事である。
その報告は、すぐに二条御所に居た足利義昭の許まで届いたのだった。
「信長が負けた? 何がどうなっておるのだ?」
驚きの余り、表に出て敗軍の信長を出迎えた程である。
そしたら信長が信長の鎧を纏った恒興だったので、更に、
「????」
訳が分からず、恒興は演技派だったので義昭の前で下馬をして、
「申し訳ございません、公方様。我が義弟、浅井長政が、まさか公方様に楯突いて賊軍になろうとは予期する事が出来ず、撤退と相成りました」
見物人が居る町中でそれをやったものだから、
「おお、そうか」
と一応は答えた義昭に、恒興が、
「事情はすぐに二条御所にて報告させていただきます。まずは兵を本能寺に入れて労りますね。では失礼」
そう言って、本能寺に入っていったのだった。
◇
二条御所の幕臣込みの義昭の御前には、着替えを終えた恒興が呼ばれて、
「どういう事だ、恒興? 織田は負けたという事か?」
その回答についても信長と打ち合わせ済みの恒興は本当の事は言わず、
「はい。朝倉を攻めてる最中に浅井が寝返って織田を攻撃する素振りを見せたので撤退致しました」
「ど、どうして、そんな事に?」
「例の『織田を討て』との偽書を鵜呑みにしたのではないかと推察されます」
「浅井めっ! あのような偽の書状に惑わされおってっ!」
義昭が激昂する中、同席してる幕臣の中でその話を聞いていた三淵藤英は、
(? 浅井は織田の妹婿なので偽書は送っておらぬと思ったが? 送ったのだったか?)
記憶を辿る破目になった。
「幕府軍に弓を引いたのです。浅井は賊軍でよろしゅうございますよね?」
恒興がしれっと尋ね、
「ん? 信長の妹婿ではなかったのか?」
「はい。ですが、そんな事は言ってられません。今や浅井の卑劣な行為は日の本中に響き渡っているのですから」
「うむ。では、浅井も討つとよい」
「はっ、必ずや浅井、朝倉を討って御覧に入れまする」
と恒興は答えたのだった。
二条御所の廊下にて、曾我助乗とすれ違う際に、恒興は、
「申し訳ない。忠言をいただいておきながら」
足を止めて囁くように謝罪したのだった。
「いえいえ、今後はどのように?」
「浅井、朝倉を討つ為に兵を起こすかと」
「三好三人衆の事もお忘れなく」
「なるほど。またもや忠言ありがとうございます」
感謝した恒興は足を動かし、廊下を歩いていったのだった。
登場人物、1570年度
河尻秀隆(43)・・・織田家の第五家老。勝山城主。信長の最古参の家臣。信勝を殺害。織田奇妙丸の守役の一人。衣替えが入れ替わりと知る数少ない人物。
能力値、信長流の戦巧者の秀隆A、政務の素養E、織田信勝(信行)殺害の知名度S、信長への忠誠A、信長からの信頼A、織田家臣団での待遇A
堀秀政(17)・・・織田家の家臣。通称、久太郎。信長のお気に入りの小姓頭。信長の機嫌を直せる数少ない人物。恒興役の信長の護衛を任される。
能力値、機嫌直しの秀政C、名人久太郎B、文武両道B、信長への忠誠A、信長からの信頼A、織田家臣団での待遇C
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