池田恒興

竹井ゴールド

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1569年、伊勢、志摩、制圧

大河内城の戦い

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 【池田恒興、兼山湊奉行の仕事を完全に忘れてた説、採用】

 【織田信長、出陣よりも奉行仕事を優先させた説、採用】

 【池田恒興、刀を隠される説、採用】

 【池田恒興、子供の詫びに森えいから良い物を貰う説、採用】

 【池田恒興、これ以上の遅延は認められず森長一と取引した説、採用】

 【池田恒興、平手汎秀に夜襲の指揮官を体験させた説、採用】

 【北畠具教、人減らしの為に夜襲をした説、採用】

 【大河内城、落城寸前に京より和議の使者がやってきた説、採用】





 恒興の今年最大のヤラカシは八月である。





 織田軍のこの年の八月の予定は南伊勢攻めに決まっていた。

 なので岐阜城では、信長以下家臣全員が鎧を纏っており、

「これより南伊勢に攻め入る。北畠を潰すぞ」

「おおっ!」

 全員がやる気に満ちていた。

 もう下準備は万全。

 五月の段階で南伊勢の木造城主の木造具政が寝返って滝川一益らが城内に詰めて籠城戦を展開し、北畠軍の兵糧を使わせている。

 そして伊勢全体は現在、兵糧が枯渇状態なのだ。

 昨年に続いて堺商人達の暗躍の他に、武田は駿河攻め、徳川は遠江攻め、織田は京に行軍して米を浪費しまくっているので。

 その南伊勢にとどめを刺すのが今回の織田軍の遠征であり、織田信長が出陣の号令を掛けようと、

「では、出ーー」

 口を開こうとした瞬間、森可成が、

「あいや、しばらく、信長様」

「何だ、三左? 重要な事か?」

「いえ、領内の事なのですが、実は兼山湊奉行が仕事を全くしておりませんで、どうしたものかと。信長様に裁量を仰ぎたく」

 との言葉を聞いて、

「あっ」

 と声を出したのは兼山湊奉行の恒興だった。

「四月、五月、六月、七月と平和ながら何かを忘れてると思っていたら・・・それだったのか」

 合点がいったとばかりに頷いた。

いくさが終わったら、すぐに片付けますのでご安心下さい」

 恒興は気軽にそう言ったが、信長が、

「今から金山城に行って書類仕事を終わらせてこい」

「えっ、嘘ですよね、信長様? これからいくさだってのに。それにオレ、馬廻りの隊長ですよ?」

 だが、出陣の号令をこんな下らない事で中断されて怒ってる信長の冷たい顔色を見て、撤回されない、と知ると、

「畏まりました。文官数名を貸して下さればすぐにでも」

「何を言ってる。いくさ前に人員など割けるか。一人でやってこい」

「ええ~」

「よいな」

「はっ」

「隊長として勝が不在の時の馬廻りの役職を他の奴に振れ」

「オレが、ですか?」

 恒興が驚きながら、

「そうだ」

「では、攻め手のいくさ働きは平手秀千代、信長様の世話と守りは弥三郎、柴田と北伊勢の国衆の総目付は久太郎で。幹部達が三人をそれぞれ補佐、それとちゃんと出来てるかの確認も」

「うむ。では、皆の者、出発だっ!」

 そう宣言して、信長がまず一番に飛び出していき、室内に居た馬廻りの、

「さすがは池田のお兄ぃ」

「守りって、攻められた時の指揮ですよね。やれるかな?」

「行って参ります」

 指名された側近の平手沉秀、岩室勘右衛門、堀秀政が続き、

 その後に武将達が出発を始め、

「では、勝様の分の手柄もこの秀吉が立てておきますね」

 秀吉が挨拶をし、

「ああ、頼んだぞ」

「何をやってるんだか」

 佐々成政が呆れ、

「忘れてたんだよ、完全に」

「さっさと終わらせてこいよ。南伊勢はもう詰んでるんだから」

 丹羽長秀が苦笑し、

「了解」

 恒興が返事する中、柴田勝家が怒りながら、

「何で、オレに目付が必要なんだ?」

「京で暗躍してたって聞いたからね」

(オレの書状を受け取った幕府方が勝三郎に確認した?)

「してないわ」

 と言って去っていった。

 森可成が恒興の前で満面の笑顔で、

「頼んだぞ、湊奉行殿」

「出陣前に言うなんて酷くないですか」

「仕方ないだろ。今朝、家来に指摘されるまでオレも忘れてたんだからさ」

「あのですね~。そもそも自分でやって下さいよ」

 見送ってから、最後に留守居役の林秀貞に、

「金山城に行ってきます、林殿」

「役目を疎かにするからだ」

「だって忘れてたから~」

 恒興は出発したのだった。





 今回は家宰の森寺秀勝と足軽二人を連れて金山城に来ていた。

 配下の伊木忠次も森寺忠勝もいくさで手柄を立てたくて薄情にも出発していたのだ。

 通常の出発だったので恒興の名馬が誰かに乗って行かれる事はなかったが。

 だが、「鎧姿のまま金山城に出向いたのは間違いの素だった」と恒興が気付いたのは森長一が眼を輝かせて出迎えた時ではない。





 兼山湊奉行としての書類整理に二日で終わった。





 二日で終わらせたのは、

「オジちゃん、遊ぼう」

「今回は駄目だ。急いで終わらせないと駄目だからな」

 長一に何回か誘われたが、今回ばかりは仕事をさっさと終わらせる為に遊ばなかった事もあるが。

 偏に恒興が優秀だったからである。

 これだけは誇っていい。

「ふ~、これでようやく明日出発出来る」

 と安堵したが、翌三日目の朝、眼を覚めたら枕元に置いていた将軍義輝より拝領の「瓦滑」が消えていた時だ。





 この時になって恒興は初めて「鎧姿で来たのは間違いだった」と気付いたのだった。

 こんな子供のような真似をするのはーー





 子供しかいない。





 だが、この時、三男の蘭丸は四歳である。

 長男の可隆は元服しており、父親の可成と一緒に出陣しているので、犯人は一人しかいない。

「長一、今すぐ池田様の刀を出しなさいっ!」

 母親のえいが長一を叱り付けるが、さすがは森可成の息子だ。

「・・・知らないもん」

 簡単には口を割らない。

「そう怒らずに、奥方様。子供が隠すような場所なら簡単に見つかるでしょう」

 恒興はそう気軽に構えて(恒興達四人どころか金山城に残る数少ない守備兵総出で)探したが、





 まさかの夕方になっても発見出来なかった。

「申し訳ございません。長一がまだ口を割らず」

 えいが謝罪する中、もう一泊する破目になった。





 そして皆が寝静まる中、恒興は夜も一人で探してーー





 金山城滞在の三日目の夜、誰の居ない天守閣で恒興が探してると、

「まだお捜しに?」

 えいが一人でやってきた。

「長一の目の動きから多分、天守閣だと思うんですが」

「あの、これって問題になりますよね?」

「いえいえ、問題になんかしませんよ」

 などの問答の後、えいが、

「池田様、このようなお詫びしか出来ませんが・・・」

 シュルシュルと帯を解き、着物を脱ぎ出した。

「ちょ、えい様? 落ち付いて。さすがにこれは。そもそも三左殿に殺されますし」

「黙ってれば大丈夫ですから」

「えっ、いや・・・んんっ」

 恒興の抵抗はここまでで裸で唇を合わされたら、あっという間に男女の関係になったのだった。

 いくさ前だった事や色々と欝憤が溜まっていた事、えいに昔から憧れていた事など、様々な要因が重なりあった結果、何度も何度も楽しんでしまい、





 翌四日目の夜もえいと楽しんでしまい、





 翌五日目の朝には恒興も「日数以前に(えい殿とこれ以上関係を続けたら)さすがに拙いだろ」と思い、長一に、

「オレの負けだ、長一。刀を返してくれ。返してくれたら、これから一緒に戦場いくさばに連れて行ってやるから」

 恒興がそう大人の取引を持ち出したら、

「本当? 嘘じゃないよね? 嘘だったら針千本だからね」

 長一はそう喜んで隠し場所に案内した。

 隠し場所はやはり天守閣だった。

 だが、扉のところで、信じられない事に天守閣の扉の柱が動いて、その中の空間に恒興の刀は入っていた。

 扉を閉めないと柱が動かない仕組みらしく、こんなの知らないと誰も気付かない。

「あらら、これは一生見つからないわ」

「約束だよ、オジちゃん」

「お兄さんね」

 と訂正した恒興が、

「連れていってもいいでしょうか?」

 えいに尋ねた。

 二晩の情事でもう完全に恒興の女なので、

「よろしくお願いします」

 しおらしくえいは長一を恒興に託したのだった。





 ◇





 恒興が南伊勢の大河内城を包囲する織田軍の本陣に到着したのは九月三日の事だった。

 子供を馬に一緒に乗せているので早駆けも出来ず、とろとろと進んでこの日数となった訳だが。

 本陣で信長が恒興に、

「勝、遅かったな・・・その前に、何だ、その子供は?」

「三左殿の次男の長一殿です」

「どうしてこんなところに連れてきたかと聞いているんだが?」

「金山城で刀を隠されてしまい、知恵勝負でこの長一に負けてしまい・・・」

「『戦場に連れていってやるから刀を返してくれ』と泣きを入れた訳か。子供相手に情けない」

「申し訳ございません」

 恒興がそう謝罪した訳だが、信長は恒興の事を子供の頃からよく知っている。

 まだ何か隠してる、と瞬時に気付き、

「他には?」

「二人っきりの時にでも」

 信長は背筋を正した。

(相当拙い事をしてきたな)

 すぐに人払いをしたかったが、森可成が本陣に乗り込んで来て、

「ようやく来たか、長一っ! 金山城からの報告は既に受けてるぞ。武士もののふの刀を隠すなど死罪に等しい。尻叩きの刑だ」

「ひぃ、オジちゃん、助けて」

 オジちゃんではないが恒興が、

「まあまあ、三左殿。今回は長一が知恵勝負でオレに勝った御褒美という事で」

「いや駄目だ。他の武辺者なら首が飛んでるのだからな」

「もう二度としないよな、長一?」

 仕方ないので恒興が尋ね、

「うん、しないよ」

「と言っておりますので」

「勝三郎、余り長一を甘やかしてくれるなよ」

「いやいや、今回は長一に一本取られてしまいましたので」

「ったく、こっちに来い、長一。陣を見せてやる。信長様、失礼します」

「ああ、子供の面倒は親の三左が見るようにな」

 という訳で、ようやく信長も人払いが出来、

「何をしてきた?」

 問われた恒興は(本当に洒落にならないので)小声で、

「(三左殿の御内儀が長一が刀を隠した詫びだと)」

「?」

「(抱かせてくれました、二晩)」

 正直に伝えた。

 信長に隠し事など恒興はした事がなかったので。

「(この勝は――何をやっておるのだっ!)」

 信長は抜刀した刀の峰の方で恒興が被る兜をカンカンッと軽く叩いたのだった。

「(言い訳のしようもなく)」

「(露見しては・・・しておるよな、勝なのだから)」

「(いえいえ。露見はしておりませぬよ、信長様。それだけは自信があります)」

「(どうしてだ?)」

「(二晩とも天守閣でしたので)」

「(? ならば警備が居よう)」

「(居ませんよ。森家の兵は殆どが動員されており空城同然でしたので)」

「(それはそれで問題ではないか、三左の奴)」

 信長はそう呟きながらも、

「(露見してたら三左に殺される前に織田家から逐電しろよ)」

「(はい、オレも命は惜しいですからね)」

 恒興はそう請け負ったのだった。





 ◇





 南伊勢での織田と北畠の最大の戦いは「大河内城の戦い」である。

 織田軍はまさかの7万人を動員。

 北畠軍は8000人がやっとだった。

 だが、この織田軍の7万人の動員は北畠側に多くの兵を動員させる為の「見せ兵」だ。

 多くの兵を動員させただけ、北畠の兵糧を早く消費させられる事が出来るのだから。

 月日は恒興の到着時点で九月三日。

 つまりは八月二十八日の段階で大河内城は織田軍に包囲されており、鹿垣が二重にも三重にも建築された後だった。

 鹿垣とは、まあ、石垣の長いのだ。

 それが大河内城を囲んでいるのだから、もう一兵も逃げ出る隙間はなかった。

 そして織田軍も今回で南伊勢を制圧する予定だったので引く気はなかった。





 問題があったとしたら信長の性格である。

 もう大河内城内の兵糧は少ない。

 そのはずだ。

 よって兵糧攻めで陥落なのだが、信長は悠長に兵糧攻めなどしてるのを良しとはしない性格なので。

 九月八日の昼間の軍議の席で、

「西側から夜討ちをして一気に攻め滅ぼすぞ」

 こんな事を信長が言い出した。

 言い出したのには原因がある。

 数刻前に稲葉良通が、

「兵糧攻めだと敵も油断してる様子。夜討ちをして一気に蹴りを付けるのはどうでしょう?」

 と進言し、

「面白い」

 それを信長が採用したからだ。

「良通、五郎左、それに勝。今夜、西の搦め手から夜討ちを掛けよ」

「えっと」

 恒興の兵は馬廻り衆である。

「馬廻りの一部を預ける」

「はっ」

 こうして夜討ちが決まった。





 戦場いくさばに遅参した将が堂々と信長の横に居ては士気に関わるので、恒興は信長と離れた南の山に布陣していた訳だが。

 恒興は現在、その自分の陣で、

「いいな~、いいな~。オレが馬廻りを任されてた時は攻撃命令が一回も出なかったのに池田のお兄ぃが到着したらすぐに攻撃命令が出るなんて」

 平手汎秀に絡まれていた。

「まあ、運だな」

「オレも参加していいよね」

「駄目に決まってるが・・・紛れ込むつもりだよな」

「あれ、分かった?」

「ああ。森家の次男の教わったのでな。おまえが死ぬと信長様と久秀殿が激昂されるしーー今回の夜討ち、秀千代が指揮してみるか」

「いいの?」

「但し、条件付きだ」

「何?」

「怪我をしない事。無論、討ち死にも駄目だぞ」

「それじゃあ、一番乗り出来ないんじゃ・・・」

「隊長は部隊の全部を見ないと駄目だからな。真っ先に負傷して戦線離脱なんてあり得ないし。どうする?」

「ーーやる」

 汎秀の返事で、恒興が動かす馬廻りの指揮官が決まったのだった。





 世の中、思い通りにならない事もある。

 その一つが天気だ。

 夜襲を掛ける夜になって雨が降り出した。

 雨音で音が紛れる反面、鉄砲が使えなくなった。

 何故ならば戦国時代の最新兵器の鉄砲は火縄で点火する火縄銃だからだ。

 火縄の火種は雨粒で消えるし、火薬が湿気れば発射は出来ない。

 ついてるのか、ついていないのか。

 そして更に問題となったのが、稲葉隊の抜け駆けであった。

「かかれっ!」

 と攻めて、

「ちょ、こっちはまだ配置についてないのに」

 汎秀が慌てる中、

「戦場では抜け駆けは良くある事だからな。臨機応変にな」

「よし、かかれ」

 汎秀の号令で、恒興が率いる馬廻り隊も攻めたのだったが、





 この夜討ちは失敗に終わった。





 まあ、分かり切っていた事だ。

 籠城戦は篭城側が有利なのだから。

 攻め手も三隊だけだったし。

 数の有利も働いていない。

「ねえ、池田のお兄い、今回のって何が駄目だったの?」

 兵を退く時、汎秀がそう尋ねてきたので、

「夜討ちの作戦自体かな? 成功したら儲けもの程度の作戦だったし」

「ちょっと、お兄ぃ~、それだと無駄に死ねって事だったの?」

「いいや、それでも作戦を成功させないと駄目だったんだが、今回は相手が上手うわてだったな」

「失敗しても怒られない?」

「それはないから安心しろ」

 恒興が頷き、





 翌朝、本陣で報告を聞いた信長も、

「そうか」

 と呟いただけで咎めはなかった。





 その後、信長が取った作戦は、

 文献では大河内城の近辺も焼き討ちして、その住民を大河内城へと追い込んでいる。

 そして一月の空白が空く訳だが。





 ◇





 実際は少し違う。

 記載されていない小競り合いもあった。





 大河内城内に籠もる北畠具教は兵糧がもう持たない事を気付いていたのだ。

 既に兵糧節約の為に水で薄めたお粥にしてるくらいだ。

 節約しても、それでも兵糧が持たない。

 そこで北畠具教が考えた策は冷酷な間引きであった。

 城内の人数を減らし、兵糧の減りを食い止めるのである。

 とはいえ、自ら、

「兵糧が足りぬので死んでくれ」

 などと言って殺し回る訳ではない。

 別の言い方をした。

「夜襲をかけ、敵の武将を人質にし、敵の兵糧を奪うぞ」

 である。

「お待ち下さい。既に鹿垣が築かれており・・・」

「越えれば良かろう。体力がある内に行動を起こさねば落城するぞ」

「畏まりました」

 という訳で、北畠軍も夜襲を掛けたが、北畠が籠もる大河内城は織田軍が見張ってるのだ。

 露見しない訳がなく、

「撃てぇ~」

 ダダダダンッと鉄砲をお見舞いされて前線の兵が死ぬ中、

「次弾装填までには時間がある。かかれっ!」

「おおっ!」

 北畠は高い士気を保ったまま突撃してきた。

「馬鹿なんじゃないのか?」

 戦闘となってるのは西側で、遅参した事で、信長の本陣ではなく、南の山に配置された恒興はそこで呆れたが、

 西側の陣に居る竹中重治が、

「そうきたか」

 と不機嫌そうに呟いたのだった。





 当然、北畠軍が鹿垣を突破出来る訳もなく退却していき、戦場いくさばには1000人を越える北畠軍の足軽の死体が残ったのだった。





 その夜は激戦で、数刻の後、もう一度、北畠による夜襲があった。

 西の陣には竹中重治が寄稿をしてる木下隊があり、二度目の夜襲を看破しており、

「撃てぇ~」

 鉄砲を馳走して出鼻を挫くも、北畠軍の攻撃は止まらず、更に鹿垣の一部が突破されるまで押し込まれた。

 ここへきて、南の山の恒興が南側の織田軍の大将である滝川一益に、

「好機だけど、いつ攻撃の命令を出すの?」

 わざわざ確認しに出向いた。

「出さんよ。西側に救援を送るのみだ」

「あらら。今、城を攻めたら落ちると思うんだけどな~」

「独断専行はせんよ」

 それが滝川一益の決定で、

「まあ、今回は兵糧攻めと決まってるから急がなくてもいいか」

 と恒興は軽く考えたのだった。





 西側では北畠軍の夜襲の第二波も織田軍が押し返し、その夜襲も不発に終わった。

 戦場いくさばとなった場所には北畠軍の死体が合計3000人近く横たわっていた。





 この夜の夜明け前、信じられない事に第三波の夜襲があった。

 今回は大河内城の城門が開かなかったので織田軍も見過ごしており、完全な奇襲という形で押し込まれた。

 つまりは戦場いくさばに転がっていた3000人の兵の死骸の中に紛れて無傷な兵が500人ほど居て、織田軍が寝静まったのを待って奇襲を掛けたのだ。

 名門北畠氏には似つかわしくない野盗戦法である。

 その戦法を読んでたのは木下隊だけで、

「うひょ~、本当に竹中殿の指摘通りに」

 秀吉が大袈裟に驚く中、

「せこ、これってオレ達の野武士戦法だろ?」

「違いない」

 前野長康と蜂須賀正勝が苦笑してる中、

「城門が開いての連動はなし。捨て駒な訳ね」

 竹中重治はつまらなそうに呟いてたが、





 西の陣の他の隊はそれで被害を受ける破目になった。

 とはいえ、兵500人では夜襲をして篝火の火で西の陣の一部を焼くのが精一杯だった。

 その暴れてる隙に、木下隊の横槍の攻撃で奇襲隊500人も簡単に討ち取ったのだった。





 翌日、軍議が開かれたその席で木下秀吉が、

「竹中殿曰く、昨夜の夜襲は人減らしだとの事です」

「人減らし?」

 信長が呟く中、

「兵糧の減りを少なくする為だそうです」

 秀吉の言葉を聞いて、

「そこまで切迫している訳か。では、こちらは予定通り兵糧攻めとする」

 信長がそう決定を下す中、

「あれ、何かを見落としてませんか、信長様?」

 恒興が思った事を口にしたが、

「何をだ?」

「とるに足らない事のようで思い出せませんが」

「思い出したら、それが何か教えろ」

「はっ」

 と答えたのだった。





 ◇





 十月。

 大河内城は落城寸前となっていた。

 何故、城内の様子が分かるのかと言えば。

 大河内城からガリガリの脱走兵が包囲する織田軍に駆け込む事案が続出してるからだ。

 飯を食わせて城内の様子を聞けば、もう米の殆ど入っていない粥一杯の食事を一日一回食べれるのがやっとらしい。

「勝ったな」

 織田軍の誰もがそう思ってる時に、ようやく恒興があの時、指摘した事が何だったのかを織田軍の将兵達は思い知る破目になった。





 京の足利義昭からの使者が南伊勢にやってきて。





 それも、

「北畠とは和議をされますように」

 である。
 使者はあろう事か、家格だけは凄いが無能な一色藤長だった。

 南の山より本陣に呼ばれた恒興がそれを聞いて、

「御冗談を、式部殿? 後、数日で落ちますけど、北畠は?」

「おや、そうなので?」

「ええ、そもそもどうして北畠との和議なんて話になったのです?」

「織田殿が北畠攻めに苦戦してると京でも噂になっておりましたので、公方様がそれならば、と」

(勝手に動いた? あり得ない。何かが変だな。誰かが何かを公方様に吹き込んだ?)

 背景を読もうとする恒興が横の信長の顔色を盗み見れば、

「・・・和議の条件は?」

 と問うていた。

 激昂の冷徹さで。

「北畠の今の当主には男子がいなかったので、『織田家の男子を入れて北畠の姫を嫁がせて、北畠の家を存続すれば問題無かろう』と言うのが公方様のお言葉です」

「――それは、良うございますね」

 全然そう思っていない信長が底冷えのする声で答え、信長の心情に気付いていない藤長が、

「そうであろう? では早速、北畠に城に行って参りますね」

「ええ、どうぞ」

 という訳で、藤長が大河内城に向かう中、

「勝、どう思う?」

「織田の伊勢併合を嫌った勢力が公方様に良からぬ事を吹き込んだかと」

「家督乗っ取りの件は?」

「公方様に北伊勢併合の話をした記憶はございます」

「チッ。今回は公方(呼び捨て)の顔を立てるか」

「信長様、御冗談を。今なら野盗が出たという事にも出来ますぞ。もしくは北畠が逆上して攻撃したとも」

 さすがに今更和議などやってられないと思ったのか、傍に居た河尻秀降がそう進言するも、

「そんな事をすれば織田に臣従してる北伊勢の国衆が何をするか分かったものではないわ。これは飲むしかないのよ。そして時期を見て――のう」

 信長がそう眼を細めて、全員が「殺す」と理解したのだった。





 大河内城内の北畠具教は入城した京の使者、一色藤長からの和議の話を聞いて、

(あと数日で落ちるのにか? もしや罠?)

 そう疑ったほどだった。

 だが、それに縋るしかなく、

「お受けし、直ちに大河内城から立ち退きます」

 こうして和議が終了してしまい、





 北畠を倒しての伊勢の制圧は、北畠家に織田が養子を入れての併合になってしまったのだった。

 和議をまとめた一色藤長は大仕事を終えて大満足だったが。





 その後、馬廻りだけを率いて、信長は戦勝報告に京に出向いたが、機嫌が悪くてさっさと美濃に帰り、





 京の滞在中に恒興の二条御所に出向いて義昭に、

「信長様がかなり怒ってますので覚悟しておいて下さいね、公方様」

「いやいや、苦戦してると聞いたからであって悪気はーー」

「分かっております。ですが、次男坊を差し出しての従属降伏ですから」

「拙いのか?」

「少しだけ」

「どのように?」

「伊勢に今の国主の信長様と前の国主の北畠殿が居る関係で、北畠殿が兵を挙げたら面倒臭い事に」

「ふむ。信長の機嫌を取る方法はないかのう」

「頭が冷えるのを待つのがよろしいかと」

「うむ。正月には京に来るのであろうのう。それと若狭の件」

「無論、覚えております。では、今回はオレもこの辺で」

 恒興も信長と一緒に帰っていったのだった。





 登場人物、1569年度

 森可成(47)・・・織田家の第四家老。金山城主。織田二代に仕える。信長のお気に入り。織田軍先鋒。攻めの三左。政務能力皆無。出陣前に変な事を言うから。

 能力値、攻めの三左S、豪傑が集うA、信長のお気に入りS、織田二代への忠誠S、信長からの信頼A、織田家臣団での待遇A

 岩室勘右衛門(22)・・・信長の小姓。重体の指名で岩室の家督を継ぐ。別名、加藤弥三郎。三河の竹千代が尾張人質時代に幽閉された熱田羽城の城主の次男。

 能力値、早込めの弥三郎A、狂犬の世話係C、薬は自前でD、信長への忠誠A、信長からの信頼B、織田家臣団での待遇C

 佐々成政(33)・・・織田家の家臣。織田信安の元部下。政務が有能。正室は村井貞勝の娘。比良城主の城主。柴田勝家の寄稿。鉄砲奉行の一人。

 能力値、まさかの文官肌A、不運の佐々A、豪傑への尊敬A、信長への忠誠B、信長からの信頼B、織田家臣団での待遇B

 林秀貞(56)・・・織田家の第一家老。岐阜城下町の普請総奉行。美濃国衆総目付。戦の兵糧奉行。今回は伊勢攻めの兵糧集めに成功する。

 能力値、織田家の家宰B、歳で槍働きはもう無理S、信勝への寝返りは信長の密命C、信長への忠誠B、信長からの信頼B、織田家臣団での待遇SS

 森えい(33)・・・森可成の正室。林通安の娘。兄に林為忠。金山城に滞在。美貌の夫人。恒興との関係を持ち、更には。

 能力値、森家の正室A、政治に口を挟むB、美貌の夫人☆、夫に変わり金山城の帳簿を管理するB、子育ては武辺一辺倒A、酒を嗜むB

 森長一(11)・・・森可成の次男。後の長可。子供なのに槍棒を好む。鎧姿で現れ、戦場にまで連れてきてくれたので更に恒興に傾倒する。

 能力値、槍棒好みの長一B、鬼の森家の血を引くB、恒興が軍記物の談話混じりに戦に必要なイロハを教えるC

 稲葉良通(53)・・・織田家の家臣。美濃国衆。別名、彦四郎。蝮の八の牙。きかん坊。誠の仁者。大河内城への夜襲を提案する。

 能力値、蝮の八の牙の良通S、自領安泰を図るA、誠の仁者C、信長への忠誠C、信長からの信頼D、織田家臣団での待遇C

 竹中重治(25)・・・織田家の家臣。秀吉の寄騎。竹中重元の息子。美濃の今孔明。正室は安藤守就の娘。信長の軍事顧問。

 能力値、今孔明の重治SS、容貌婦人の如しA、健康な肉体A、信長への忠誠C、信長からの信頼A、織田家臣団での待遇B

 滝川一益(44)・・・織田家の第七家老。本小説では恒興の親族ではない。鉄砲奉行。伊勢攻めの責任者。伊勢平定後、北畠(織田)茶筅の家老を兼務。

 能力値、火縄銃の一益S、伊勢の家老S、信長の信頼を得るA、信長への忠誠C、信長からの信頼D、織田家臣団での待遇B

 北畠具教(41)・・・伊勢国司北畠家の第8代当主。村上源氏。母は細川高国の娘。官位、権中納言。複数の剣豪に剣を学ぶ。嫡子廃嫡に秘密裏に動く。

 能力値、剣豪の具教A、風流人の北畠C、伊勢湾は銭を生むS、伊勢は戦国時代にそぐわずB、肥満の息子に不満A、後の祭り★★

 前野長康(41)・・・織田家の家臣。秀吉の寄騎。木曽川の前野衆の棟梁。蜂須賀正勝とは兄弟分。建築の才能あり。漢詩を好む。竹中重治に師事する。

 能力値、築城の長康C、野盗の外見B、ちょろまかし癖ありA、織田への忠誠C、織田からの信頼E、織田家臣団での待遇E

 蜂須賀正勝(42)・・・織田家の家臣。木曽川の川並衆。後世でも野盗扱い。秀吉の寄騎。竹中重治に師事する。

 能力値、義理の蜂須賀A、後世でも野盗扱いB、木曽川の顔役A、織田への忠誠D、織田からの信頼E、織田家臣団での待遇E

 一色藤長(48)・・・足利義昭の奉公衆。色部一色家出身。官位、式部少輔。一色の名跡を斎藤義龍に売る。いつの間にか無能に。南伊勢まで和議の使者としてやってくる。

 能力値、足引っ張りの藤長A、信長の怒りを買うA、要領悪しC、義昭への忠誠C、義昭からの信頼C、二条御所での待遇A

 河尻秀隆(42)・・・織田家の第五家老。信長の最古参の家臣。信勝を殺害。猿啄城改め勝山城主。織田奇妙丸の守役の一人。

 能力値、戦上手の秀隆A、政務の素養E、織田信勝(信行)殺害の知名度SS、信長への忠誠A、信長からの信頼A、織田家臣団での待遇A
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