池田恒興

竹井ゴールド

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1569年、伊勢、志摩、制圧

堺から矢銭2万貫徴収

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 【堺への2万貫の矢銭要求はこの年説、採用】

 【矢銭の使者、佐久間信盛説、採用】

 【矢銭の使者の補佐、池田恒興、松永久秀説、採用】

 【松永久秀、一行を三好義継の若江城に誘導した説、採用】

 【三好義継、正月の本圀寺の変の援軍派遣が遅くて困ってる説、採用】

 【三好義継、まだ正室が決まっていなかった説、採用】

 【池田恒興、完全に酔っ払ってヤラカシてペラペラ喋った説、採用】

 【十河たまき、存在した説、採用】

 【十河たまき、1553年生まれ説、採用】

 【2万貫の使用目的は京の義昭の新屋敷の建設費用説、採用】

 【疋田宗観、1509年生まれ説、採用】

 【疋田宗観、佐久間信盛に二束三文の茶器を進呈して馬鹿にした説、採用】

 【疋田宗観、足利義昭から二束三文の茶器を三千貫で買い戻した説、採用】





 この年の二月。

 織田家にとって意外に重要な出来事があった。





 河内の堺への矢銭要求である。

 それも2万貫。

 石高に換算すれば5万石だ。





 その2万貫の矢銭狩りの使者と派遣されたのは畿内の行政担当の一人、佐久間信盛である。

(信長様にも困ったものだな。2万貫なんて大金出す訳がないだろうに。そもそも織田家の矢銭狩りなら長谷川の次男の出番だろうに)

 最初から取らない、と思いつつ堺まで出向いてる訳だが、さすがに一人では心細かったのか、

「いや~、さすがは佐久間殿、オレを同行者に指名してくれるだなんて」

 普請なんて絶対にやりたくない恒興も信盛の指名で同行していた。

 そしてもう一人、信長の命令によって、

「いやはや、まさか、織田様の使者の案内役で堺まで出向かされる破目になるとは。織田様は人使いが荒いですのう」

 堺に顔が利く松永久秀が同行していた。





 家老の佐久間信盛はともかく残る二人は滅茶苦茶な人選である。

 恒興と久秀の事を知る者が穿った見方をすれば「わざと堺に矢銭請求を断らせて織田軍が攻める口実を作る為の人選」とも見えなくもなかった。





 だが、美濃の蝮の七掛け男の松永久秀という男はこのような機会を無駄にする男ではない。





 松永久秀は高齢で60歳を越えてる。

 その為か馬での移動が遅く、泉国の堺に入る前に日が暮れて河内国の若江城で一泊となった。

 出迎えたのは当然、若江城主の三好義継である。

「やれやれ。嵌めてくれたな、松永殿」

 図式がはっきりと読めた恒興がそう呟けば、

「何の事ですかな、池田殿?」

 松永久秀はすっとぼけながらも若江城に佐久間信盛と池田恒興を案内したのだった。





 夕方前の突然の来訪の豪華な宴会が用意されており、

「ささ、どうぞ、佐久間殿」

 三好宗家の義継自らが上座の佐久間信盛に酒を注いでいる始末であった。

 佐久間信盛が(左右にはべてる美女越しに)隣の席の恒興に、

「勝三郎、この若者が河内半国守護で三好宗家の義継殿でいいんだよな?」

「そうですよ」

「どうしてこんなに腰が低いんだ?」

「正月、三好三人衆が公方様を攻め殺そうとした時、援軍を出さず今、幕府内で窮地だからですよ」

 そう恒興が決め付けると、

「それは違うぞ、池田殿。織田様が京に到着した三日後にはちゃんと京に三好家の援軍も到着しているのですから」

 と弁護したのは松永久秀だったが、そんな詭弁は恒興には通じず、

「信長様の到着の三日後なら本圀寺が襲撃された七日後って事だろ、それ? 笑わせないでくれよな、松永殿。大方、京に向かって移動中の松永殿が慌てて書状を河内に送って援軍を出すよう指示したってところなんだろうからさ」

 ズバリ、その通りである。

 美濃から京への移動中の松永久秀が嫌な予感を覚えて、竹内秀勝に早馬を出させて若当主の義継に指示していた。

 ようやく自分の立場を理解した佐久間信盛が、

「待った、勝三郎。もしかして三好宗家って沈む舟なのか?」

「まだ沈みませんよ。ギリギリね」

「でも拙いんだよな?」

「ええ、本人達もそれを感じていて、どうにか織田家の家老の佐久間殿を取り込んで窮地を乗り切ろうとしてるんですから」

「ふざけんな、巻き添えにされて堪るか。オレは堺に向かわせて貰うぞ」

 慌てて立ち上がろうとする信盛に、久秀が、

「まあまあ、もう日も暮れましたし。今からでは三好三人衆に味方する野武士に襲われて危ないですぞ」

「そうか、それで道中とろとろと進んでたのか。この城に招く為に」

 ようやく理解した信盛が久秀を睨んで舌打ちした。

 久秀が背筋を正して両手を床に付きながら、

「ここからが本題なのですが三好義継様を助けて下さいませんか?」

「知らんよ。織田家には織田家の決まりがある。『信長様の怒りを買った奴は放っておけ』だ。オレに助けて貰おうなんて思うな」

 佐久間信盛はそう突っ撥ねたが、松永久秀の狙いは実は最初から池田恒興である。

「ですが、『信長様の乳兄弟なら怒りを買った者も助けられる』ですよね?」

「えっ? オレ?」

 一人で(久秀が調査して恒興が大好きな)鮎の塩焼き八匹盛りの御膳を楽しみ、酒を飲んでた恒興に話を振られた。

「お願いします。何でもしますから」

 義継もそう懇願するが、

「何でオレが? 大和国一国を貰う松永殿ならともかく、さきの公方様殺しに噛んで、今の公方様の不興を買った三好宗家を助ける義理なんてオレには・・・」

 恒興が否定的な意見を述べる中、松永久秀はこの日の為に美女達を集めており、

「ささ、池田様」

「わあ、いい飲みっぷり。さすがはお武家様ね」

 左右から美女に酒を飲まされ続け、





 数刻後、酒に完全に飲まれて出来上がった恒興が、

「ヒクッ、三好宗家の若当主がそこまで頼むなら起死回生の策を授けて進ぜよう」

 座りながらフラフラして、義継を指差すもその手がブレブレの中、

「ウィィッ、正室がまだ居なかったな。織田家の姫を貰え。政略結婚だ」

 そう言った。

 三好義継に正室が居ないのは織田軍の上洛まで三好三人衆との争いで劣勢だったからだ。

 負けそうな家に誰も大切な姫を嫁がせてはこない。

 結果、名家の姫を義継はまだ貰えていなかった。

「こら待て。勝三郎・・・」

 これは拙い、と思った信盛が慌てて止めようとしたが、信盛の左右に侍る美女達が、

「ささ、ご家老様、あ~ん」

 イチャイチャと刺身を食べさせ、黙らされた。

 その隙に義継が、

「織田との政略結婚ですか?」

「ヒクッ、そうだ。三好宗家ならば家格は何の問題もない。問題があるとすれば貰い方だ」

「貰い方?」

「プッハ~ッ、いいか、信長様は普通のやり方で『姫が欲しい』なんて頼んでもくれんぞ。それが信長様だ、おっとっと」

「さあ、どうぞ、池田様」

 美女に酒を注がれて盃に口を付けて、

「おう、ゴクゴク。何か手柄を立てて信長様に『褒美に何が欲しい』と言わせろ。そしたら貰える」

「どうやって手柄を立てるのでしょうか?」

「三好三人衆の御首級だよ。あれを献じろ。あれならば公方様も喜ばれよう」

「・・・それ以外にはないのですかのう」

 三好三人衆を殺す算段を立てながら松永久秀が尋ねると、完全に酔っ払てる恒興が、

「ウィ~、『笑いを取る』って方法もあるが。若当主には向かないから止めておけ」

 と口を滑らせて、眼を光らせた久秀が、

「どのように笑いを取るのでしょうか?」

「ヒックッ、信長様の姉君、『犬山殿を嫁に欲しい』と言うんだよ。信長様の二歳年上で、若当主からしたら母親のような年齢の姉君を若当主がねだってみろ。あの信長様でさえ吹き出して笑われるであろうよ、ハッハッハッ」

 恒興はそう高笑いして、久秀が呆れながらも最悪の方法として考慮に入れたのだった。





 翌朝、寝所で恒興が起きたら知らない裸の女が同じ布団の中で寝ていた。

 正確には昨日の宴会で恒興の右隣から杯に酒を注ぎ続けていた女だ。

 恒興は昨夜は酩酊状態だったが、ちゃんと閨でした事を覚えていた。

 男なのだから。

「アイタタタ、頭が・・・飲み過ぎたか、公方様の事をたしなめられんな、これは」

 そう呟いてると、寝ていた女が起きて、

「おはようございます」

「ああ、おはよう。名を聞こうか?」

「金山たまと申します」

「・・・三好宗家の若当主の乳兄弟の金山長貞殿の縁者か?」

 それくらいの下調べはしている。

 ーーというのは嘘だ。

 織田家の乳兄弟として覚えていただけだった。

 後、名前も信長の反対の長信だったので悪目立ちしていたので覚えやすく。

「長貞は兄です」

「大変だな、三好の若当主の尻拭いの為に遊女のふりをして生娘なのに男の閨に侍なくてはならないなんて」

「お家の為ですから」

「なるほど。それで、オレ、昨夜、何か拙い事、喋ってたか?」

「覚えてないんですか?」

「抱いたのは覚えてるが・・・宴会での会話は全然だな」

「私の事を覚えていただけてるだけで十分ですよ」

 そんな事を喋りながら恒興は二日酔いの中、起きたのだった。






 朝食を食べに出向いたら松永久秀が呑気に、

「昨夜はお楽しみだったようですな~」

 と質問してきた。

 二日酔いで頭痛を覚える恒興は不機嫌そうに、

「凄くな」

 と答えてから義継を見て、

「なかなかの趣向だったが武家ならばいくさ働きだぞ、若当主。それを忘れぬようにな」

「・・・はっ」

「それでオレ、昨夜、何を話してた?」

「覚えてないんですか?」

「男と喋った事なんてすぐに忘れるからな」

 恒興のその言葉に、さすがに警戒して女は遠慮した信盛が、

「ったく、あきれて物が言えんわ」

 そう呟いたのだった。





 ◇





 河内国の若江城の道草を経て、和泉国の堺に到着した。

 堺に三好が持ってた屋敷に堂々と入った三人を出迎えたのは堺の商人あきんど、会合衆達である。

 商人あきんどや会合衆と表記するから雑魚っぽいのであって、硬く表記すれば「堺巨大財閥連合」となる。

 その実態は、銭で武家や公家を操る日本屈指の巨大財閥組織だった。

 屋敷の玄関先で、その幹部達が一同に顔を揃え、代表の今井宗久が、

「織田の御家老様、ようこそお越し下さい――」

 佐久間信盛に声を発しようとして松永久秀を視界に捉えて、さすがに一瞬驚きつつも、

「ーーました。それで御用件は?」

「ええっと、矢銭の要求だが2万貫ほど出して貰えないかと」

 信盛が商人を相手に下手したてに頼んだのは「上から」だとさすがに出さないだろうと思ったからだったが、恒興が平然と、

「本来ならば5万貫なのだが、松永殿が『2万貫に負けて下さい』と信長様に値切り交渉をしてそうなった。出すのであろうな」

 上から命令した。

「池田殿、何の事ですかな、それは?」

 佐久間信盛はもちろん、松永久秀本人も初耳なのでそう尋ねた。

 初耳なのは当然だ。

 恒興の作り話なのだから。

「おや、もしや松永殿は人知れず堺の者達の為に尽力された事を誰にも言わぬつもりでしたのかな? いやはや松永殿は誠、仁者でいらっしゃる」

 極悪非道の松永久秀を仁者と言っているのだ。

 堺の会合衆の全員が「松永久秀が極悪人」である事を知っていた為に、全員が笑いを我慢する破目になった。

 数人が我慢出来ず、宗久までもが「クク」と笑ってしまい、

「失礼。思い出し笑いをしてしまいました。今の話と私の笑いは一切関係ございません」

 などと言い訳をする中、恒興の危険性を唯一知る津田宗及が、

「お久しぶりでございます、池田様」

「おう。いつぞやの若旦那か。久しぶり」

「今では死んだ父の後を継いで天王寺屋の店主をやらせて貰って・・・」

 恒興が最後まで聞かずに、

「相変わらず、天王寺屋さんは抜けてるよな~」

「というと?」

「『今井なんとか』って奴は昨年十月、芥川山城まで信長様に遭いに来てたぜ。戦勝祝いの凄い茶器を持ってきてな。まあ、松永殿が先に献上した茶器の九十九髪が凄過ぎてかすれちまったけど」

 恒興の真横に居る張本人の今井宗久が苦笑する中、恒興が宗及に、

「天王寺屋さんは信長様に遭いに行ったのかな?」

「それがまだでして」

「合わせる顔がなかったんだろ? 米を買い占めたから?」

「・・・何の事ですかな?」

 とぼけようとしたが恒興は聞かずに、

「2万貫は矢銭って事になってるが、正月に三好三人衆に襲われた京の公方様の屋敷を作る為の建築費用だ。断らん方がいいぞ。今の幕府にはある事ない事公方様に吹き込むやからがやたらと居るからな。昨年の上洛の米の件を蒸し返したら堺が面倒な事になるし」

「その一人でございましょう、池田様も」

 と言ったのは松永久秀で、

「オレみたいな織田家の下っ端が幕府なんかに入れる訳がないだろう、松永殿~」

 恒興はそう否定したが、織田家の重臣の池田が公方様のお気に入りなのは有名な話だったので会合衆は恒興の危険性を瞬時に理解した。

「ささ、まずは中へ」

 それで織田家の使者が屋敷の奥へと入る中、廊下で信盛が、

「勝三郎、さっきのって昨年の秀貞殿の上洛用の兵糧確保失敗の事だよな?」

「ええ」

「ここの連中が米の買い占めを主導したって事か?」

「偽公方に命令されて仕方なく、でしょ」

「信長様は知っているのか? それで2万貫も要求した?」

「さあ、2万貫払うなら、どっちでもいいんじゃないですか」

 恒興達が喋る一方で、玄関では宗及に宗久が、

「天王寺屋さん、あの池田殿とは、どういうお知り合いで?」

「三好冬康様が切腹させられた時、『和泉屋さん』から100挺の鉄砲詐欺の回収に来た織田家の家臣があの御方ですよ」

「なら、堺支配だった冬康殿を切腹させたもう一人という事ですか?」

「ええ。危険ですぞ、あの御方は。何せ『和泉屋さん』を潰していますからね」

「まあ、あれは和泉屋さんが悪かったですからな~」

「我らも上洛の妨害をしておりますぞ。織田様の論理で言えば・・・悪いです」

「ふむ」

 と真面目な顔で立ち話をしたのだった。





 屋敷は堺に三好が持ってただけあって立派だった。

 すぐに酒宴の用意がされたが、

「酒は結構」

 信盛がきっぱりと断り、

「オレも。昨夜、若江城で松永殿に嵌められて酒を飲まされて女と閏を共にさせられたからな」

「池田殿、何ですか、そのまるで被害者みたいな言い方は? 嫌がる娘を無理矢理閨に連れ込んだ癖に」

「良く言うぜ。あの娘に『闇を共にせよ』とか指南して『さすがにそれは』と止めようとする若当主に『三好宗家の為です。あの男は取り込んだ方が良いですから』とか言ってた癖に~」

 恒興がそう茶化すと久秀が片眉を上げながら、

「えっと、もしかして昨夜は酔ってたふりをなされていたのですか?」

 事実だ、と認めた上で質問した。

「いいや、酔ってたが小声の方が聞こえるんだぜ、ああいう時って」

 なんて三人が喋り、酒は抜きとなった。





 信盛と久秀は平然と食べたが、恒興は二日酔いの為、味噌汁を貰うにとどめた。

 食事をしながらも矢銭交渉となった。

 信盛が頑張るも、なかなか会合衆も飲まない。

 何せ、額が額だ。

 2万貫。

 簡単に用意出来る銭じゃない。

 恒興の方は雑談のふりをして、

「今年の夏に南伊勢に織田軍が攻め込む予定なんだけどさ~。昨年、堺商人が米を買い占めてくれたお陰で尾張と三河が伊勢に米を流してない関係で南伊勢はまだ米不足なんだよね~。舟で運ばないで欲しいな~。兵糧攻めが楽になるから~」

「こら、勝三郎。おまえ、何、軍事機密を・・・」

「信盛殿、コイツラはもうとっくに知ってますよ」

「何だと?」

「いやいや、驚かないで下さいよ。津島の連中だって異常に情報が早かったでしょうが。それと一緒ですよ」

「ふむ。南伊勢への米止めの方も出来れば頼む」

 家老の佐久間信盛が口にした事で正式に会合衆に要求した事になった。





 ◇





 別室では会合衆が顔を突き合わせて、

「どうします、2万貫?」

「払える訳がない。三好三人衆と手を組んで徹底抗戦だ」

「御冗談を。三好三人衆は昨年、コテンパンに負けてるではありませんか」

「今年の正月には京まで攻め込み返してる」

「そして織田様の軍の到着前に逃げた。勝てませぬな」

「だが2万貫を出しても終わりではありますまい」

「確かに」

 真面目な顔で顔を突き合わせてる最中、





 信盛達が居る部屋を、

「少しよろしいでございましょうか」

 と尋ねてきた珍客がいた。

 三好が堺に持ってた屋敷である。

 入口には警備も居た。

 普通の奴は入れない。

 見るからに商人風の老人だが、

「どちら様でしょうか?」

 一番年齢の若い恒興が質問すると、

「わたくし、京で大文字屋を営んでた疋田宗観と申します」

「京の商人がどうして堺へ?」

「堺の会合衆の皆様は茶をたしなまれ、その茶で一番と言えば『京の宇治』ですから。宇治茶は一端京であきなう事が決まっておりまして。その茶を運ぶついでに堺で茶器の掘り出し物を探しにやってきたという塩梅です」

「へ~、それで我々にどういった御用件でしょうか?」

「織田の家老の佐久間信盛様が居られると伺ったので御挨拶に」

「ですって、御家老様」

 恒興が家臣のふりをして、

「うむ。会おう」

 信盛もそのふりに便乗し、室内で挨拶をした疋田宗観が、

「こちらはつまらないものですが」

「これは?」

「茶器にございます」

 古い木箱の中から本当に茶器が出てきた。

 なかなか良品っぽい。

「おお、そうか。御苦労であったな」

 佐久間信盛も全く茶器の価値が分からなかったので気軽に茶器を受け取ったのだった。

「では、わたくしめはこれで」

「ああ。大文字屋、またな」

 こうして疋田宗観は帰っていった。

「松永殿、これ、いくらぐらいするのだ?」

 信盛が久秀に尋ねると、

「二束三文ですな」

 正直に査定した。

 別に高値の茶器に安値を付けて貰おうとかこすい事は考えてはいない。

 本当に二束三文の茶器なのだから。

 立派な木箱に入っていたが、それだけだ。

 中身は本当に二束三文の茶器だった。

「なぬ?」

「あの商人あきんどに『織田家の家老は茶器の価値も分からない』と馬鹿にされたのですよ」

 そう久秀が信盛に教えてやると、

「ふざけおーー」

「待ったっ! 投げるくらいならオレに下さいっ! 信盛様っ!」

 投げる前に慌てて恒興が声を発した。

「こんなもの、どうするのだ、勝三郎?」

 信盛が念の為に聞くと、

「無論、公方様に進呈するのですよ。『京の大文字屋からだ』と言って。公方様なら喜んで公家達の前でその茶器を使って下さるでしょうから」

「そんな事になったら公方様が恥を掻くではないか」

「そして、今の男は獄門送りですね」

 鼻歌混じりに恒興が言い、久秀が、

(こらこら、公方様を利用するつもりか? 火遊びが過ぎるであろうが・・・こんなのが織田殿の側近をしてるのか? やはり、昨夜はをしたな)

 恒興が予想以上だった事に内心でニヤリとする中、

「それは面白そうですな~」

 追従した事で、佐久間信盛も、

「好きにしろ、信長様には報告するからな」

 そう言って、恒興に木箱ごと茶器をくれてやったのだった。





 それから数日後、堺の会合衆は信長からの要求通り矢銭2万貫を支払う事を決めた。

 その2万貫の大半は納屋の今井宗久が捻出しており、宗久は堺での抜きん出た地位を信長から貰う事になるのだった。





 ◇





 そして京に戻った恒興は本当に本圀寺に向かい、

「堺で会った京の大文字屋がと茶器を献上しましたのでお渡しします」

 義昭に献上したのだった。

「おお、それは御苦労であったな」

 茶器を受け取った義昭が、

「聞けば堺に矢銭代2万貫を課したそうだのう。取り過ぎではないのか」

「いえいえ、矢銭代とは方便で本当は公方様の屋敷建設費用ですから。本当はもっと出させたかったくらいですよ。昨年の上洛の邪魔をしたんですから、あの連中は」

 さらっと恒興が暴露し、初耳の義昭が片眉を上げて、

「待て、恒興。一つずつだ。まず矢銭2万貫だが、余の新たに作る屋敷の建設費用なのか?」

「はい、絵図面はもう見られましたか? 立派なのが出来ますよ~」

「確かにあれは凄かったのう」

 そう満足した義昭が次に、

「『余の上洛の邪魔をした』とは何だ?」

「実は昨年の上洛、織田は兵糧集めに失敗しまして。米が無かったんですよ~。だから必死に日数が掛からぬように南近江を攻めて、降伏した南近江の国衆から米を出させた、という経緯がありまして。どうして米が集まらなかったのかと言えば、堺の商人達が似せ公方や三好の命令で尾張や美濃の米を買い占めてたという塩梅でして」

「聞いておらぬぞ、恒興」

 咎めるように義昭が言う中、

「上洛を控えた大事な時期の公方様にそのような粗末な事で心を乱す訳にもいきませぬから。それにオレが公方様とお話し出来るようになったのは畿内平定後だったですし」

「それでも伝えるべき事は伝えねばならぬであろうが。例えば再度京に上洛する時にでも」

「いやいや、征夷大将軍の就任前じゃないですか。そんな大切な時期に教えられませんよ~。就任後は酒宴続きで真面目な話は出来ませんでしたし~」

「確かにのう。まあ、事情は分かった」

 と納得した義昭が、

「何か堺で面白い事はなかったのか?」

「面白い以前に、松永久秀に嵌められて河内国の若江城に連れ込まれましたよ」

「なぬ? 三好宗家の若僧のところか?」

「はい、何事かと思えば、正月に援軍を送らなかった事で公方様の不興を買ってる事を察したらしく、織田との縁組を模索してました」

 事実とは異なるが、佐久間信盛が上辺を薄く喋った所為で、深酒で記憶のない恒興の中ではそうなってた。

 無自覚ながらヤラカシの一種である。

「ん? 待て。何だ、それは? 三好と松永は『美濃尾張身の終わり』のはずであろうが。信長は承諾したのか?」

「いえ、堺に帰って一番に公方様に遭いに来ましたので、まだ知らないかと。ーーいや、家老の佐久間殿がもう伝えたかな?」

「その縁組は『待った』を掛けるようにな」

「はっ」

 恒興はそう承諾して、





 信長の宿舎に出向き、

「だそうです」

「三好宗家なんかに姫など誰がやるか。まあ、姉上なら考えるがな」

「姉上って、まさか、犬山殿? 御冗談でしょ、親子ほど離れてるじゃないですか、信長様?」

 恒興のその普通の反応に、信長が、

「覚えておらぬのか? 『勝が考えた』と信盛は言っておったぞ」

「えっ、そうだったんですか? ・・・酒に酔っ払ってたからな~」

「その上、遊女を抱いたと聞いたが?」

「いえいえ、遊女のふりをした金山信貞殿の妹でしたよ」

「誰だ、それ?」

「ほら、信長様の反対の長信って名前だった三好宗家の若当主の乳兄弟ですよ。信長様が京にやってきて名前を変えたそうですが」

「ほう、そんなのが居たのか。で、オレとソイツが揉めたらどっちに・・・」

「一々聞かないで下さいよ、信長様~。一晩酔った勢いで抱いただけですのに~。正直、もう顔も覚えていませんよ~」

 薄情だと言うなかれ。

 酔っ払ってたら誰でもこんなものだ。

「確かにな。そう言えば公方(呼び捨て)に二束三文の茶器、もう渡したのか?」

「ええ、織田家の家老に舐めた真似をしたらどうなるのか、ちゃんと教えてやりますのでご安心下さい」

 そう恒興が悪そうな顔をして笑い、





 京ではあっという間に噂が広がった。

「大文字屋の御隠居が公方様に一千貫の茶器を贈ったそうだ」

「さすがは天下の大文字屋さんだ」

「いやはや、あるところにはあるんですな~、銭って」

「まったくですわ」

 との噂は早々に尾鰭が付いて、

「大文字屋さんが持つ秘蔵の「初花」に匹敵する茶器とか」

「値にして三千貫とか」

「それを公方様に進呈するとは、さすがは大文字屋さんは豪気ですな~」

 となり、





 大文字屋の疋田宗観の耳にもその噂が入り、その噂の出所を探って、遂に真相に行き当たった。

 つまりは、堺で田舎者の織田の家老を馬鹿にする為に贈った二束三文の茶器が足利義昭の手に渡っていたのだ。

 それも大文字屋の疋田宗観からの貢物として。

 宗観は慌てて京の佐久間信盛の宿舎までやってきて、

「あの茶器、公方様にお譲りになられたのですか?」

「ああ、あれか。立派だったのでな。安心しろ、おまえが献じた事してやったぞ」

 腹芸を見せて素知らぬ顔をして佐久間信盛も教えてやったのだった。

「と、取り返して下さい」

「無理であろう。大層公方様も気に入っていて、近々公家を招いた茶会で噂の茶器を披露するらしいからな」

「そ、そんな~」

「何か問題でも?」

 二束三文の値段だと知っていた信盛が素知らぬ顔で尋ね、本当の事が言えない宗観が、

「いえ」

 と引き下がっていった。





 疋田宗観としては足利義昭が茶会で公家の前で二束三文の茶器を使ったら最後だ。

 公家もマヌケではない。

 絶対に二束三文の茶器だと看破する。

 そして笑い物された義昭が大文字屋に報復するのは目に見えており、宗観は最後の手段として、京でのツテ(貧乏公家の借財の放棄)と賄賂を使い、





 本圀寺で酒宴を開いていた義昭の前までどうにか辿り着き、土下座をしながら、

「献じた茶器を三千貫で買い戻させて下さいませ」

 二束三文の茶器を買い戻す提案をしていた。

 それも三千貫で。

 大赤字である。

 三千貫を義昭に献じてるのと一緒なのだから。

 それだけではない。

 この会見の義昭の前に出る為だけにも相当使っており、合計で三千八百貫も損をする破目になった。

 織田の家老をからかっただけなのに。

「ん? どうしてだ?」

「あの茶器を一度は手放したものの、惜しくなってしまいまして」

「三千貫もしたのか、あの茶器?」

「・・・はい」

 義昭に本当の事は言えない。

 二束三文なんてバレたらそれだけで災難に見舞われるので。

「ったく、結構気に入っていたのだが仕方がないのう」

 酒も入って御機嫌だった義昭はそう言いながら(茶器など本当は興味がなかったので)気軽に了承した事で、

 木箱だけは立派な二足三文の茶器は、三千貫と引き換えに何とか最悪の事態になる前に宗観の手元への戻ってきた。





 そして、誰にも見せる訳にはいかなかったので、宗観は屋敷ですぐに粉々に茶器を砕いて処分したのだった。





 以来、誰も織田家の家老に安物の茶器を贈るような事はしなくなったという。





 登場人物、 1569年度





 佐久間信盛(40)・・・織田家の第三家老。別名、右衛門尉。織田家中随一の知将。しまり屋なのが玉に瑕。畿内方面軍団長。堺に矢銭を取りに出向く。

 能力値、織田家の家宰A、しまり屋の信盛A、退き佐久間A、信長への忠誠A、信長からの信頼A、織田家臣団での待遇SS

 金山たま(16)・・・三好の姫。本名、十河たまき。三好義継の異母妹。父親は十河一存。母は明国出身。遊女のふりをして恒興と一夜を共にした。畿内には今年入る。

 能力値、十歳まで三好の天下だったA、三好凋落を目撃A、摂関家(九条家)との縁談潰れるA、閨で恒興を殺すか最後まで迷ったD、阿波育ちS、明語が喋れるB


 今井宗久(49)・・・堺の豪商。会合衆の一人。通称、彦右衛門。号は昨夢庵寿林。屋号は納屋。茶湯の天下三宗匠の一人。銭の嗅覚が異常。

 能力値、銭嗅ぎの宗久☆☆、堺の顔役☆、茶の名人S、信長を買うSS、賄賂贈り☆、義昭も抑える☆

 津田宗及(41)・・・堺の豪商。会合衆の一人。名は助五郎。号は天信、幽更斎。屋号は天王寺屋。茶湯の天下三宗匠の一人。強運の持ち主。

 能力値、大吉引きの宗及☆、堺の顔役A、茶の名人S、石山本願寺はお得意様A、勝ち馬がやってくるA、賄賂贈りB

 疋田宗観(60)・・・大文字屋の隠居。京の商人。性格悪し。織田の家老を馬鹿にしたつもりが三千貫を奪われて大恥を掻く。悪目立ちした為、所有する初花が。

 能力値、茶利きの宗観A、京の町人衆の顔役A、性格悪しA、武家嫌いS、比叡山はお得意様A、織田は鬼門B
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