池田恒興

竹井ゴールド

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1568年、15代将軍、足利義昭

義昭元服

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 【二条晴良、義栄に将軍宣下が出て居ても立っても居られず越前まで足を運んだ説、採用】

 【足利義秋、次の頼り先に織田家を視野に入れた説、採用】

 【朝倉義景、当主としてちゃんと家臣を臣従させられてない説、採用】

 【足利義昭の幕臣達、朝倉景鏡から、夜逃げしろ、と言われて憤った説、採用】

 【池田恒興、稲葉良通の目付の役職を追加される説、採用】

 【稲葉良通、三好三人衆の三好長逸から信長との仲介を頼まれた説、採用】

 【斎藤利三、三好長逸に遭いに京まで出向いた説、採用】

 【斎藤龍興、普門御所で細川駿河入道に美濃行きを急かされてる説、採用】

 【斉藤龍興、義栄暗殺を三好政康に囁く説、採用】

 【岩成友通、三好義継に帰参を願うも普門御所に露見する説、採用】

 【足利義栄、毒を盛られた説、採用】

 【三好三人衆、普門御所から脱出した為に犯人にされた説、採用】





 四月。

 越前一乗谷には朝倉が出した旅費を使って二条晴良が自ら乗り込んできていた。

 足利義秋へ上洛を促す為である。

 どうして上洛を促すのかと言えば、足利義栄を倒させて義栄を将軍に推挙した近衛前久の鼻を明かすという二条晴良の私的な事情が存在したからなのだが。

「どうなっているのだ、義秋殿? 貴殿は最初から征夷大将軍になるつもりがなかったのか?」

「ちゃんとありますよ。私は何度も朝倉殿に兵を起こすように頼んでいるのですが一向に動く気配を見せず」

 公家の二条家なのでさすがに義秋も言葉使いには気を付けて答えた。

「一年待っても動かぬのであれば今後も動かぬのであろうよ。捨てなされ、さっさと。そんな者を後生大事に頼っておらずに」

「しかし誰を頼っていいのか分からず」

「? 考えるまでもなく織田であろう、今なら」

 さらりと晴良は答えた。

 だが、懐疑的に義秋が、

「ここの朝倉の更に下の出自だと聞いておりますが?」

「出自ではなく戦歴で見られよ。今川義元を討ち、尾張と美濃を従え、北畠を押しやり北伊勢も従えてる。三好に対抗出来るのは、もう織田しかあるまいて」

「配下の者も皆もそう言っていたのですが」

「では、どうして動かれぬ? このままでは義栄なるものが本当に征夷大将軍になってしまうぞえ」

「ですが、朝倉が私を離そうとはせず」

「なるほど。確かに」

 と晴良が義秋の置かれてる状況を理解して、

「・・・では、ワシが一つ、知恵を授けて進ぜよう」

「元服されよ。秋の字は不吉なので。そして烏帽子親の栄誉を朝倉殿に与えて華を持たせる。その後はーーお分かりであろう?」

「分かり申した。二条殿のお知恵の通りに」

 との密談の結果、





 一乗谷にて足利義秋は元服して足利義昭となり、その烏帽子親には(管領代が通例なので)管領代となった朝倉義景がなったのだった。





 義昭の元服後の祝いの席には公家の二条晴良と幕臣達、そして朝倉の家臣団も勢揃いしていた。

「いや~、実にめでたい。義昭殿はこのまま京に上洛されるのかな?」

 二条晴良が水を向け、

「それは我が烏帽子親の朝倉殿の気持ち次第かと」

「ふむ。そうですな。一度、京の都に足を運ぶのも良いでしょうな」

 義昭の問いに、管領代になって御機嫌の義景が前向きに答える中、一門衆筆頭の朝倉景鏡が、

「義景殿、そのような重要な事を勝手に決めないでいただきたい」

「まったくですぞ。殿には加賀の一向一揆と戦った越前の民達の事も労わっていただきたいですな~」

 仁者の魚住景固が同意し、越前滞在中の義昭に見事に取り入って同席してる前波吉継は、

「祝いの席で難しい話は止めましょうよ。公方様、それにお付きの皆様、ささ、酒をどうぞ」

 酒を注いで回り、

「京に行っても領土が貰える訳でもなし。京へ遠征するなら加賀の一向一揆を潰して後顧の憂いをなくしてからにするべきかと」

 景鏡の小姓の富田長繁までがそう否定的な意見を述べた。

(なるほどのう。家臣達を臣従させておらぬのか。よくこんなところに無為に居続けられるものだ。義昭は「将軍の器に非ず」か。かと言って近衛が推した義栄に将軍が務まるとも思えぬ。幕府はもう畳んだ方が良いのかもな)

 などと晴良は考えを巡らせながらも、

「なるほどなるほど」

 とぼけただけで、三淵藤英が、

「皆々様、そうおっしゃらずに。京にのぼって逆賊を討って下され」

 そう水を向けるが、朝倉家臣団は殆どがいい顔をせず、宴には白けた空気が流れたのだった。





 宴が終わった晩の事である。

 細川藤孝が朝倉景鏡の屋敷を内々に訪れていた。

 景鏡の屋敷には小姓の富田長繁も居た訳だが、

「こんな夜分に何用かな?」

「実は公方様は越前を発とうと考えておりまして」

 景鏡を使うという考えの大本は信長である。

 義秋改め義昭の幕臣達は、まさか客である自分達が越前で厄介者扱いされてる、とは夢にも思わず、この考えには至らなかったのだが。

 水を向けると本当に公方一行が厄介者だったとばかりに、

「おお、それはそれは。では、すぐにでも・・・」

 景鏡が喜んで喰い付いてきた。

 それはそれで複雑な気持ちだったのだが、任務遂行の為に藤孝が、

「それが朝倉の御当主殿が一乗谷から公方様を出して下さりませんで。景鏡殿に御知恵をお借りしたく」

「堂々と出ていこうとするからでしょ。夜逃げされればよいと思いますが」

 さらりと言ったのは富田長繁である。

「夜逃げ? 我々は悪い事は何一つしておりませぬぞ」

 幕臣の藤孝には夜逃げの発想はなく凄く驚いたが、

「いやいや、昼間は無理ならば、ね~。夜逃げが気に入らないのならば朝駆けでも構いませんが」

 長繁の言葉に藤孝は、

「一度、皆で協議してもよろしいですか? さすがに夜逃げは問題ですので」

「うむ。ではまた来られよ」

 という訳で、藤孝は帰った訳だが、





 足利義昭が滞在する一乗谷の安養寺でその事を話すと、

「夜逃げだと?」

「あり得ん。それでは我々が厄介者みたいではないか」

「少なくともあの連中はそう思っておったのだろうよ」

「信じられぬ。公方様は正当な幕府の後継者だというのに」

「越前の田舎者には何も分からぬという事であろうよ」

「それよりもどうする? この事を公方様にお告げするのか?」

「明日、京に発たれる二条殿には告げよう。公方様にはおいおい」

 そう幕臣達の間で方針が固められたのだった。





 ◇





 岐阜では北伊勢の人質兼近習候補の若者が増え、そちらの訓練教官からは免除された池田恒興だったが、代わりに美濃の国衆、それも蝮の牙の稲葉良通の目付役をやらされる破目になった。

「どうしてこうなったんだ~? 尾張に居た頃は仕事もせずに信長様と遊んでられてたのに~?」

 そう嘆く恒興の横で馬に乗る池田家家臣ながら織田家近習でもある森寺忠勝が、

「よろしいではありませんか。偉くなられて」

「目付なんて割に合わないんだって。目付対象の奴が何か変な事をやったらオレまで信長様に怒られるんだぞ、この役職はっ!」

 と文句を言いながら、本日は馬で西美濃の曽根城にやってきたのだが、

「おお、よく来たな、目付殿。さっそくだが、この書状を見てくれ」

 屋敷の奥の書斎で歓迎した稲葉良通が書状を見せてきた。

 何気なく読んだ恒興が、

「ぶふっ!」

 と息を吹いた。

 三好三人衆の三好長逸からの書状だったからだ。

「えっ、何で? 知り合いなの、稲葉殿は三好三人衆と? ってか、これ、本物なの?」

「書状は本物だが、三好とは知り合いでも何でもない。いきなり送り付けられてきて織田の殿との取り次ぎを頼まれた。どうすればいいと思う?」

「いやいやいや、ないでしょ。越前の公方様を岐阜に迎えたら、すぐに京にのほるのに。そもそも、この三好長逸って将軍様を殺してるのに」

「ん? 公方様が岐阜に来て京にのぼるって何だ?」

「おっと、拙い。これ、まだ喋っちゃ駄目な情報だったっけ。まあ、稲葉殿なら問題ないか」

 恒興はそう気軽に言ったが、特別な情報を教えられた稲葉良通は悪い気はしなかった。

「では、取り次がない方が良いかのう?」

「蝮の牙とも称された人が何を眠たい事を」

「?」

「取り次ぐふりをして偽将軍や三好の情報を抜くくらいはして下さいよ」

 恒興に言われて、実はその気だった良通がニヤリとして、

「いいのか?」

「当然でしょ。この書状は信長様に見せてきますね。ついでに接触の許可も貰ってきます」

「ああ、頼んだ」

 という訳で恒興はさっさと曽根城を出て、





 岐阜城の信長にその書状を見せた。

「三好長逸がオレとの取り次ぎのう。目的は何だと思う?」

「皆目見当も付きませぬ。稲葉殿に探らせても構いませんか?」

「稲葉が三好の調略を受けぬかちゃんと眼を光らせろよ、勝」

「はっ、お任せ下さい」

「それと兼山湊奉行の方も」

「え~と、西美濃と東美濃なのでこの際、どちらか一つに」

 恒興が最後まで言う前に、

「両方やれ」

 信長はそう厳命したのだった。





 ◇





 曽根城で良通と恒興が協議を重ねた結果、書状が本物かの使者を出す事とし、

「オレの婿で斎藤利三という。こやつを三好の許に送ろうと思うのだが」

「斎藤利三です。道三様の斎藤氏とは別の系統で、美濃の本当の斎藤氏です」

 そう利三が自己紹介をし、

「それは御丁寧に。池田恒興です。多分、近江か美濃の池田氏です」

 恒興もそう名乗った。

「それで本当に向かうのですか? 無意味に終わると思いますが」

「無意味とは?」

 恒興が尋ねると、

「成果なしで終わるという意味でーー」

 利三が説明を始め、説明が終わる前に良通が、

「ああ、気にするな。コヤツはいつも人のやる気をぐような事を言うのでな」

「はあ」

「出向いて苦労するのは下っ端の私なのに」

 なるほど、こういう男か、と思いながら、

「京の情報、偽将軍の情報、三好の情報、六角の情報、色々と探ってこられますように」

「畏まりました」

「これは往復の旅費です」

 恒興がさらっと一貫出す中、

「いやいや、それくらい稲葉家で出すぞ」

「では両方出すという事で。金は多いに越した事はありませんから。そうだ、旅の人数を増やせばもっと情報が得られるかと」

「ふむ」

「では、無駄足だと思いますが行ってきます」

 こうして斎藤利三は出発したのだった。





 南近江の浅井領の関所は織田家の通行手形で簡単に抜けられ、後は琵琶湖を舟で移動。

 あっという間に京に到着した。

 京の三好屋敷で事情を説明したら、数日の滞在後に摂津から三好長逸本人が出張ってきた。

 それだけ実は切羽詰っていたのだ。

 幕府内での居場所が無くて。

 挨拶もそこそこに、

「あの書状は本物ですぞ。織田殿との誼を通じたく」

「それは将軍様の御命令で、でしょうか?」

「いえいえ、私が個人的にです」

 その後も三好長逸と斎藤利三は会見をして、新たな密書と稲葉良通への貢物の名刀、使者である斎藤利三にまで銭とそこそこの名刀を土産としてくれて、南近江の大津湊まで護衛を十人も付けてくれたのだった。





 だが、護衛十名を付けて貰ったのに、京から大津湊までの道中で襲撃された。

 京の三好三人衆の屋敷なんぞ見張られてるに決まっている。

 利三自身、美濃から供の者も四人連れて来ていたので十五人も居たのに、それでも襲われた。

 それもみえみえの森からの奇襲で。

 この賊は松永が雇った嫌がらせの要員だった。

 なので、明らかに武将っぽい斎藤利三が狙われ、

「やってしまえっ!」

 賊の数も三十人以上居たが、三好の護衛には鉄砲を持ってた者が三人も居て、森の鳥の羽ばたきから賊の奇襲を探知して事前に弾込めと火縄を用意してたので、最初の銃撃で頭目らしき男が、

「ぐああ」

 呆気なく戦死。

 それで少し混乱が見られ、利三が見逃さずに四人斬り伏せて、

「可哀想に。みえみえの奇襲で死ぬなんて」

 と強者の余裕を見せると、

「チッ、退け」

 退却していった。

「強いんですね?」

「いえいえ、これくらいは」

 護衛の三好兵に褒められて苦笑した利三はそのまま旅路を急いで大津湊から舟に乗って、

「では」

「ええ、無事にお帰り下さい」

 三好の護衛と別れて美濃を目指したのだった。





 斎藤利三が帰ってきたというので、恒興は曽根城に向かい報告を聞く事にした。

「調べましたところ、どうやら三好三人衆、新幕府内では『将軍殺し』が災いし、立場がないようです。織田様と誼を通じるどころか、越前の公方様とすげ替えて幕府内での権勢を手に入れたいというのが本音でしょう」

 から始まり、色々と情勢が判明した。





 三好家は宗家当主の三好義継が松永久秀の許に出奔した事で、阿波三好氏に権勢が移り、三好三人衆は本流から弾かれた事。

 阿波三好氏の当主の三好長治は若く、執権の篠原長房の思いのままな事。

 阿波三好氏は細川阿波守護家10代当主の細川真之も抱えてるとの事。

 足利義栄自身は兵を持っていない事。

 阿波三好の兵は3万。

 だが、徐々に本国の阿波、讃岐に帰ってるとの事。

 三好三人衆の兵は1万。

 鉄砲の数は600挺。





 それらの情報を書面にした恒興が、

「これは良い情報を。さすがは稲葉殿の娘婿ですな。優秀でいらっしゃる。これからも定期的に三好との連絡、よろしくお願いしますね」

「ええっ、また向かうんですか? 命を狙われたのですが? 次は死ぬかもしれないのに」

「大丈夫でしたでしょう? よろしく」

「三好から贈られた刀はどうすれば良いと思う?」

 よっぽどの名刀だったのか未練がましく良通が尋ねたので、

「『信長様の命で三好から巻き上げてやった』と吹聴されればよろしいかと」

 恒興はそう答えたのだった。





 ◇





 摂津の普門寺では将軍義栄に美濃返還を頼んだ事で斎藤龍興が窮地に立たされていた。

 廊下で美濃返還の交渉を纏めた細川駿河入道と遭い、

「ん? 一色殿、まだ普門寺ここに居るのか? ワシがせっかく上総介から『美濃を返還させる』と約束させてきたというのに? これではワシが手柄を吹聴出来ぬではないか。さっさと美濃を取り返してこられよ」

(美濃に出向いても領地を返さないどころか殺されるのに決まってるのにわざわざ殺されに行く訳がないだろうがっ!)

 と内心では悪態をつきまくってるのだが、表情では困り顔で、

「それが三好殿が兵を貸してくれず」

「阿波三好が兵を貸さぬのは当然であろうが。阿波三好の兵は公方様を守る直属の兵だぞ。あの罪人三人衆から兵を借りるとよろしかろうて」

「それは気付きませんでしたな。頼んでみますね」

「ったく、公方様にはワシから罪人三人衆に美濃まで兵を出す命令をしてくれるよう頼んでおこう」

 そう言って廊下を去っていく駿河入道を龍興は頭を下げて見送ったが、顔を上げたその眼差しは誰にも見せた事のない蝮のような鋭さとなっていたのだった。





 摂津の某所で三好政康と斎藤龍興が談合していた。

 無論、三好の兵を借りて返還を約束された美濃を取り返しに行く相談ではない。

「あの幕府、不要ではありませんか?」

 進退極まった龍興が三人衆をそそのかす為だった。

 それで三人衆の中で一番ちょろい政康に相談を持ち掛けていたのだ。

「そんな事はオレも分かってる。だが『二代続けて将軍殺し』などやってみろ。末代まで悪逆非道のそしりを受ける事になる。お陰で手が出せんのだ。クソ、松永め。どこまでも祟ってくれる」

(一代でも謗りを受けるのに何を言ってるんだか)

 龍興はそんな事を思っていたが、億尾にも出さずに、

「つまり阿波三好と揉める事は眼中にないと?」

「無論だ。畿内を制した三好こそが本流なのだからな。四国の田舎者に大きな顔をされて溜まるか」

「では」

 囁くように、そして声は小さかったが、凄味のある声で、

「三好の皆様とは関係なく私がやりましょうか?」

 ゾクリとした政康が背筋を正す中、

「・・・やれるのか?」

「ええ。普門御所に入れますので」

 と請け負う斎藤龍興の凄味に、

「事が事だ。独断では判断出来ぬ。暫し待たれよ。確認を取るので」

 政康は即答を避けたがその案に乗り気だったので、





 すぐに三好三人衆で集まって将軍暗殺の謀議がされたのだった。

「斎藤龍興が独断で公方様を殺すと言ってるのか?」

 三好長逸が驚きながら尋ね、政康が、

「はい。あの男は使えますね。如何しましょう?」

「駄目に決まってるでしょう。あの男が捕まり口を割った場合、我らは『二代続けての将軍殺し』となるのですよ? 末代までの謗りを受けますのに」

 常識的な正論を唱えた岩成友通は他の二人から非難の視線を浴びる事となった。

「えっ、まさか、御二人とも・・・」

「ここで行動を起こさねば取り返しが付かぬ事になるのでな」

「あの幕府、もう要らぬであろう?」

「いやいや、せめて摂津に居ない時にやって貰わねば・・・」

 友通はそういうのがやっとだったが、意外に良い案だったらしく、

「それだ。松永もそれで永禄の変の時、ぬけぬけと悪名を逃れた」

「なるほど。悪くない。だが、どうする? 何か理由を付けて・・・そうだ、松永攻めをしては?」

 三好長逸、三好政康がそれぞれ口にした。

(この二人と一緒に行動をしてるとオレまで巻き込まれる)

 もう既に充分巻き込まれてるが、それでも二人との手切れを考え始めた友通が、

「そんな事で松永攻めをやるのですか?」

「どうせやらねばならぬ事ではないか」

「そうそう。松永を倒して出来れば若当主に『追放は松永の指示だった』と書状を書かせねば」

「うむ。よくぞ言ったぞ、政康」

 などと二人が喋るに対して友通は、その通り、とか適当な相槌を打ってやり過ごしたのだった。





 大和の信貴山城にて松永久秀が不思議な顔で書状を読んでから上座に座る主君と崇める三好義継に、

「義継様、妙な書状が舞い込んで参りましたぞ」

「どのような?」

「三人衆の一人、岩成友通が『義継様の許に帰参したい』と」

「・・・それは妙だな。罠であろう」

「こちらが掴んだ情報では普門御所で公方様から嫌われているとか」

「私もあの者達は好かん。帰参は許さぬからな」

 そう義継は答えたのだが、久秀が若僧の言う事を聞く訳がなく、独断で返書を書いたのだが、





 松永久秀という男は謀略に長けており、返書をわざと岩成友通の居城の山城国の勝龍寺城ではなく、摂津の普門御所に送り届けており、





 普門御所に三好三人衆の三人が呼び出されて、何事か、と出向けば、将軍義栄こそ居なかったが普門御所の幕臣や阿波三好氏の執権の篠原長房が同席する中、普門御所の政所執事の伊勢貞助が、

「長房殿、お願いします」

 直接喋る事もせずにそう頼むと、長房が、

「これは何だ? 松永殿と手を結ぶという事か?」

 書状を見せながら三好三人衆への詰問を始めた。

 内容は当然、岩成友通の帰参願いを承諾する内容で、初めて見た三好長逸と三好政康は、

「――なっ!」

「岩成殿、貴殿、まさか」

 驚いて友通を疑った。

 別に二人に疑われても構わないのだが、さすがに普門御所は場所が悪過ぎる。

 御座所である普門御所なので友通の麾下の兵が一兵も居ないのだから。

 ここで認めてしまえば(松永久秀には幕府から追討令が出てる為)「謀反人をお手打ち」して一環の終わりだ。

 なので、友通の選択肢は一つしかなく、

「ははは、皆は何を真面目な顔をしているのだ。こんな偽書は松永が内部分裂を誘うのに使う常套手段ではないか」

 すっとぼけた。

「本当であろうな?」

 長逸の質問に、

「何でしたら我が兵で大和の松永を攻め滅ぼしましょうか?」

 そう摂津からの脱出を試みたが、それくらいは誰もが見抜いているので、

「それには及ばぬよ」

 長房が出陣を拒否したのだが、その時、御所勤務の御供衆の一人が駆け込んできて、

「た、大変だっ! 公方様がお倒れにっ! どうやら毒を盛られたようだっ!」

「はあ?」

「どういう事だ?」

 室内が騒然とする中、部屋の外から襖越しに声色を変えた誰かが、

「まさか、あの三人が義輝公に続いて・・・」

 と言った事から、室内に居た全員の視線が三好三人衆に突き刺さったのだった。

「いやいや、違うぞっ!」

「そもそも招いたのはそちらであろうがっ!」

「毒を盛るならちゃんと別日にーー」

「岩成っ!」

 慌てて三好長逸が岩成友通の言葉を封じるも、後の祭りで、部屋に居た幕臣達は不信感丸出しの視線を向けており、

「とりあえず捕縛しておくとよい。よろしいな、長房殿」

「畏まりました」

「なっ、どういう事だ、伊勢殿、篠原殿?」

 幕臣達に腕を掴まれながら長逸が抗議の声を上げる中、長房が、

「毒を盛っていないのならば問題無かろうが? それとも何かやましい事でもあるのか?」

「ないが、こんな扱いを受ける言われは・・・」

「あるであろうが。義輝公を殺しておいて。ともかく別室で幽閉させて貰うぞ」

 そう言って三人は捕縛されたのだった。





 毒を盛られた将軍義栄は毒が微量だったのと治療が早かった事で一命だけは取り留めたが、お茶に含まれていた毒の種類がフグ毒だった為に食中毒等々は有り得ず、れっきとした暗殺未遂として普門御所内は警戒体制となった。





 尚、毒を仕込んだ犯人は三代目蝮の斎藤龍興で、部屋の外から襖越しに三人衆を疑った声も龍興だったが、





 夜、捕縛されて窮地の三好三人衆の許にその龍興がやってきて、

「まさか、お主が・・・」

 当然、長逸は疑ったが、龍興はさらっと、

「いいえ、毒の用意もまだしておりませんでしたのに。お三方ではなかったのですか? 私はてっきり。『さすがはお三方は仕事が早い』と感服していたのですが」

「違うわ」

「ならば松永か」

 龍興は名演技を披露した。

 長逸が引っ掛かり、聞き咎めて、

「何?」

「実は篠原殿が松永の手の者が御所内に居ると探してまして」

「つまり我らは嵌められた訳か? ならば疑いは晴れた訳だな?」

 そう安堵した三人衆に向かって龍興が、

「いいえ。逆です。犯人が分からずでは面子が保てぬとの事で犯人にされますぞ、お三方は」

「はあ?」

「ふざけるな」

「冗談ではないぞ」

 三好三人衆が驚く中、龍興が、

「悪い事は言いません。お逃げなされ」

「いや、しかし、ここで逃げたら犯人に・・・」

「命あっての物種ですよ。私が出来るのはここまでです」

 そう言って三人の所持品の二本差しを渡したのだった。

「恩に切る」

「斎藤殿、ありがとよ」

「必ず借りは返すからな」

 単純な三人はそう感謝して夜陰に紛れて普門御所から脱出したのだった。





 逃げた三好三人衆の三人が毒を盛った黒幕にされたのは言うまでもない。





 登場人物、1568年度





 朝倉景鏡(39)・・・朝倉一門衆筆頭。通称、孫八郎。官位、式部大輔。父は朝倉景高。母は烏丸冬光の娘。朝倉義景の従兄。当主名代。朝倉軍の総大将。聡明で現実的。

 能力値、朝倉の陰の当主の景鏡A、京被れの朝倉B、否定的な流言多しC、義景への忠誠E、義景からの信頼E、朝倉家臣団での待遇☆

 魚住景固(39)・・・朝倉家の重臣。播磨国赤松氏の庶流。通称、彦四郎。官位、備後守。奉行。穏やかな性格。仁者。

 能力値、税負けの景固S、領民思いの仁者A、越前国の事を真面目に考えてる少数派B、義景への忠誠C、義景からの信頼D、朝倉家臣団での待遇A

 前波吉継(27)・・・朝倉家の家臣。別名、九郎兵衛尉。官位、播磨守。遅刻癖あり。義昭からの覚えがめでたい。幕臣扱い。

 能力値、遅刻癖の吉継A、義昭からの覚えがめでたいB、朝倉家の情報を献上B、義景への忠誠A、義景からの信頼D、朝倉家臣団での待遇D

 富田長繁(17)・・・朝倉家の家臣。朝倉景鏡の小姓。通称、弥六郎。越前の狂犬。樊噌が勇にも過ぎたり。

 能力値、今樊噌の長繁B、景鏡は踏み台S、人心など要らぬC、義景への忠誠E、義景からの信頼E、朝倉家臣団での待遇E

 森寺忠勝(25)・・・池田家の重臣。信長の近習。先代の織田信秀の重臣、森寺秀勝の息子。文武両道。城普請が得意。

 能力値、城普請の忠勝B、銭勘定はお手の物A、鉄砲撃ちより鷹狩りB、恒興への忠誠B、信長への忠誠S、池田家臣団での待遇A

 稲葉良通(52)・・・織田家の家臣。美濃国衆。別名、彦四郎。蝮の八の牙。きかん坊。誠の仁者。三好長逸から信長への仲介を頼まれる。

 能力値、蝮の八の牙の良通S、自領安泰を図るA、誠の仁者C、信長への忠誠C、信長からの信頼D、織田家臣団での待遇C

 斎藤利三(34)・・・稲葉家の重臣。斎藤姓だが道三とは別系統。本来の美濃斎藤氏の一族。妻は稲葉良通の娘の安。娘は春日局。勇猛だが主君運がない。三好長逸との連絡係。

 能力値、主君運なしA、娘達は大成A、嘆きの利三A、良通への忠誠B、良通からの信頼D、稲葉家臣団での待遇D

 伊勢貞助(64)・・・足利幕府の奉公衆にして申次衆。足利義輝、足利義栄に仕える。親三好政権派閥。足利義栄の将軍宣下に尽力。松永久秀と裏で繋がっている。

 能力値、普門御所の古狸の貞助SS、永禄の変では唐櫃を持って逃げる☆、伊勢氏は室町幕府では凄いA、将軍義栄への忠誠D、将軍義栄からの信頼A、普門御所での待遇☆☆

 三好政康(40)・・・三好三人衆。六悪人の一人。別名、宗渭。足利義輝殺害。足利義栄毒殺未遂。三好義興と十河一存の殺害。三好宗家追放。悪の限りを尽くす。

 能力値、六悪人の政康★★★、普門御所から逃亡★、三好宗家追放★、足利義輝の祟り★★、将軍殺しは下剋上ではなく大罪★、三好三人衆家臣団での待遇☆

 岩成友通(49)・・・三好三人衆。六悪人の一人。足利義輝殺害。足利義栄毒殺未遂。三好義興と十河一存の殺害。三好宗家を追放。悪の限りを尽くす。

 能力値、六悪人の友通★★★、普門御所から逃亡★、三好宗家追放★、足利義輝の祟り★★、将軍殺しは下剋上ではなく大罪★、三好三人衆家臣団での待遇☆

 篠原長房(33)・・・阿波三好家の執権。継室は本願寺蓮如の孫娘。三好三人衆に代わって幕府を掌握。将軍義栄に仕える軍団長。細川真之、三好長治を抱える。

 能力値、共食い鳥賊の長房A、阿波、讃岐の実力者A、本願寺贔屓B、将軍義栄への忠誠C、将軍義栄からの信頼SS、普門御所での待遇☆
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歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽
歴史・時代
【第13章を夏ごろからスタート予定です】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。 12章は16世紀後半のフランスが舞台になっています。 ※このお話は史実を参考にしたフィクションです。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

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