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1566年、三代目蝮の悪名
徳川改姓の舞台裏
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【松平家康の息子、狂犬説、採用】
【織田信長、本当に素で信長の影武者として恒興が家康を火縄銃で撃った事を忘れてた説、採用】
【池田恒興、北近江の国友村に出向いた説、採用】
【稲葉良通、恒興の美濃通過を手助けした説、採用】
【この時代の国友村の火縄銃、1挺5貫説、採用】
【池田恒興、信長の銭を気軽に使う説、採用】
【池田恒興、国友村で浅井政之と出会った説、採用】
【浅井政之、1549年生まれ説、採用】
【大津長治、1540年生まれ説、採用】
【岩室勘右衛門、三河の若様を気絶するまで殴った説、採用】
【織田信長、見舞金代わりに朝廷工作を行い、三河に恩を売る説、 採用】
来年は清洲会見で約束した信長の長女、五徳が松平家に嫁ぐ年である。
その準備の為に、尾張と三河の間で使者の往来が激しくなっていた訳だが。
信長に小牧山城に呼び出された恒興は、
「勝、三河に行ってくれ」
「えっ、五徳様の腰入れの件は水野殿がやってると聞きましたが。何か問題でも?」
「どうも狂犬の子供は狂犬であったようでな」
「? つまり?」
今一、信長の意図が飲み込めない恒興がそう尋ねると、信長がさらっと、
「殴って躾けてこい、三河の婿を」
恒興が記憶を辿りながら、
「五徳様は七歳でしたよね? 三河の婿、何歳なのです?」
「同年、七歳だ」
「七歳の子供を殴るんですか? 大人のオレが?」
呆れながら恒興が問うと、信長もニヤリとして、
「そうだ」
命令した。
信長の命令は絶対である。
だが、恒興の返事は、
「嫌ですけど」
「ん? 何を言ってるんだ、勝? オレの命令だぞ、断れる訳がなかろうが?」
断られるとは思っていなかった信長が少し不機嫌そうに恒興を見ると、恒興が火縄銃を持った手付きを両手でして(持ってないが)銃口を信長に向けた。
それには信長が噴き出して、
「ククク、そうであったな。完全に失念しておったわ」
笑いながら非を認めた。
恒興が信長の影武者として松平家康(改名した)を火縄銃で撃った事を本当に忘れていたからだ。
そして、
「その件だが、そちらも問題があるぞ、勝」
「?」
「余程怖かったのか、相手の顔を良く覚えていないらしい。会見の時にオレが『別人だ』と気付きおらんかったわ」
清洲会見の事を思い出し、信長がそう伝えた。
「そりゃあ、火縄銃で面白半分で撃たれてましたからね~、信長様が」
信長の影武者として自分で撃っておいて恒興がそうぬけぬけと言い、
「まあ、そうだが。だが、勝が駄目となると・・・躾けは弥三郎か?」
「もしくは飛騨守かと」
「仕方がない。他の連中にやらせよう。本当は勝が適任だったのだがのう」
「御勘弁を」
「では、勝には他の件をやって貰おう」
信長がさらっと話題を変えた。
「まだ何か? あっ、もしや矢島御所から若狭に逃げた公方様ですか? 遂にオレに遭いに行けと?」
「言う訳が無かろうが。美濃を平らげる前に尾張に来られて、また和議などと世間知らずな事を言われても困るからな。美濃を平らげるまでは放っておくさ」
「では?」
「北近江に行け」
「市姫の嫁ぎ先に決まりましたので?」
恒興が先読みしたが、違ったらしく、
「いや、国友の方だ」
信長がそう訂正して、恒興も納得した。
北近江の国友とは国内で生産されている火縄銃の産地だ。
「御注文された鉄砲がまた届かないんですか?」
「いや、100挺ほど注文したい」
「それくらいならオレじゃなくても・・・ああ、国友に出入りしてる各国の様子を探って来い、と?」
「そういう事だ」
「畏まりました」
その後、注文書と銭を貰って、恒興は北近江へと旅立ったのだった。
◇
北近江国友村。
この地で国産の鉄砲生産が始まったのは室町幕府の12代将軍足利義晴が種子島に伝わった鉄砲を元にして独自の鉄砲を開発するよう国友村の鍛冶師に命じたからである。
文献では天文十三年(1544年)には生産に成功している。
それから二十年。
量産化に成功した国友村の鉄砲は当然、有名になっていた。
生産地は近江なのだ。
近江商人の手によって各地に運ばれて大々的に売り込まれたのだから。
◇
その北近江の国友村までの道のりは尾張からだと、
尾張、美濃、北近江が最短の道順であったが、美濃は斎藤家の所領で敵対国だ。
なので、恒興は仕方なく、美濃(織田家の支配圏内)、美濃(斎藤家の支配圏内)、北近江と移動していた。
と言うのも、恒興が馬で一人なら伊勢、南近江、北近江との道順でも移動出来たが、今回は火縄銃100挺分の代金、700貫を運んでいる。
それも舟ではなく人力で。
1貫が宗銭1000枚で、永楽銭は宗銭の4倍の価値だから、それでも250枚。
それが700本である。
正直重く、荷車一台では到底無理で、何より信長は尾張国内で関所を廃したが、美濃斎藤家、南近江六角家には各地に関所を設置して、その税収をあてにしていた。
お陰で各所に関所がある。
700貫を運ぶ行列が関所を突破するのは不可能で、恒興が協力を仰いだのは西美濃の稲葉良通だった。
「あのな~。内応の約束はしたがオレはまだ斎藤家側だぞ?」
「いやいや、北近江の国友まで七百貫を運ばねばならず。通行の協力くらいはして下さいよ」
恒興が言い訳する中、
「それはそうと・・・おまえさん、何者だ? 織田の先代の重臣、森寺殿を配下に持つとは?」
家宰の森寺秀勝を先に使いにやったので、そう問われた訳だが、
「『その森寺殿の尾張での地位を丸々継いだ』と言いますか」
「ふむ。この貸しはデカイからな」
「無論ですよ、ちゃんと返しますので。信長様が」
「おまえが返せ」
こうして稲葉家の兵に守られて西美濃を難なく越えた。
後は簡単だ。
北近江は浅井家の領土で、浅井家と織田家は同盟関係にあったのだから(市はまだ嫁いではいない)。
なので通行は楽勝かと思ったが、
「どのような用件で?」
やたらと関所があり、その度に引っ掛かった。
浅井は何故か臨戦態勢となっており、恒興も一人ならばともかく、鉄砲の代金を運ぶ銭の荷車付きなので、信長の注文書を見せて、
「尾張の者です。殿の命令で国友の鉄砲100挺の代金を運んでいるところでして。浅井様とは同盟を結ばせていただいておりますので通過出来ると思ったのですが」
「そうであったか。御苦労様」
遂には好奇心から、
「何故、このように関が多いのでしょうか?」
「傍に伊賀と甲賀があるのでな。その為だ」
「なるほど」
恒興はそう返事をしながら、嘘つけ、と思ったのだった。
◇
北近江の国友村に到着した。
鉄を打つ音が無数に聞こえる中、村人に聞いて生産を受注する窓口の店を訪ねた。
「御免、国友の火縄銃100挺を頼みたい」
「ええっと、支払いは前払いになりますよ。1挺5貫となりますが」
「問題ない。銭で持ってきたから」
永楽銭が貫で縛られてる木箱を開けた。
五百貫どころか七百貫ある。
当然、途中で盗まれる等々の失態も犯していない。
「いつ頃、受け取れる?」
「予約が詰まってますので二年後かと」
「そこを一年後にして貰いたい。100挺を700貫で」
恒興は二年も待てない信長の性格を良く知っており、津島同様、多めに銭を支払う交渉をし、相手の番頭風の男も、
「それはそれは。畏まりました。そのように致しますね」
帳面に来年と書き終えて注文を終えたのだった。
このまま帰るのも芸がない。
「さっさと帰りましょうよ、殿」
家宰の森寺秀勝の言葉に、
「いやいや、視察も込みでの派遣だから」
そう言いながら恒興は国友村を見学したのだが、お付きの武士を連れた若殿風の若者と国友村で出会った。
「ええっと、どちらから?」
「尾張ですが、そちらは?」
「これは申し遅れた。浅井長政の弟、浅井政之と申す」
と名乗られたので池田恒興も背筋を正して、
「同盟国浅井家の御弟様でしたか。恐れ入ります。織田家家臣、池田恒興と申します」
「池田? という事は出身は摂津ですか?」
「摂津から美濃に流れた派生のそのまた尾張者ですよ」
「なるほどなるほど。時に良い刀をされてる御様子」
「分かりますか。今は亡き将軍様より拝領の品ですぞ、これは」
恒興が自慢げに刀を抜いて、見たがる政之に渡した。
「それで将軍様を亡き者にした三好三人衆を殺す事が宿願となりましたが」
「・・・では『譲ってくれ』とは言えませんな」
「えっ、そんな事を思ってたのですか? 駄目ですぞ。刀は武士の魂なのですから。ねだる時には相応の品と交換でなければ」
「ははは、兄にもよく言われます」
そう言いながら刀を返す政之に、恒興が、
「浅井家も、やはり国友を多数保有されておられるので?」
「いえいえ、もっぱら売って銭を稼いでるだけですよ」
「どちらが一番のお得意様なんですか? やはり三好?」
「それがここだけの話、比叡山の御坊様ですよ。何しろ、お金持ちですから」
「へ~。そう言えば、北近江の関所が厳しかったのですが、何かあったんですか?)
「越前に公方様が移られたからですよ。それで妙なのが越前方面に向かっておりまして。それを行かせないのも忠勤な訳でして」
「なるほど」
などと世間話をして、浅井政之と別れた。
まだ国友村なのだが、そこで妙な騒ぎを目撃した。
「これ、銃身が右にズレてるぞ。別のと交換してくれ」
と鉄砲1挺を持った男がそう文句を言っているのだから、妙だった。
それが坊主姿だったのだから更に妙だった。
「御冗談を」
「本当だって。鉄砲の分かる鍛冶師に確認を取ってくれ」
「鍛冶師は誰もが忙しくてですね~」
馬鹿にしたような相手の態度に、
「不良品を売り付けておいて何だ、その態度は」
もはや騒動になり始めており、恒興が野次馬の一人の若い武士に、
「何の騒ぎです、あれ?」
「銃身がズレてるとか文句を言ってるようですね。猟師ならともかく坊様がズレを気にするとは」
「ズレるものなんですか?」
「そりゃあ、鉄砲鍛冶師の中にはまだ駆け出しなのも居るそうですから」
「それを掴まされた、と騒いでる訳ですか?」
「みたいですね」
騒動を見守ってると、遂には先程別れた政之までがやってきた。
「何の騒ぎだ? この国友村で?」
「こちらのお坊様が国友で作った鉄砲に文句がおありのようでして」
対応していた者がそう報告し、
「拙僧は杉谷善住坊と申す。実はですな、この鉄砲には欠陥があり、何度撃っても右にズレるのです。銃身が右にズレてる証拠です」
善住坊の言い分を聞いた政之が、
「銃身が右にズレてる? 本当か?」
「ええ、なのに『別のと変えてくれ』と言ってるのに変えてくれず」
「そんな事はないでしょう。国友の製品はちゃんと納品前に発射実験までしているのですから」
それが国友産の火縄銃に誇りを持ってる店側の主張である。
結局、騒ぎは専門家の鉄砲鍛冶師の爺さんまでが仕事中に呼び出される展開となり、その鉄砲を鑑定した爺さんの言い分は、
「これをズレてると言われたら大半の国友がズレてる事になりますぞ。これくらいの誤差は誤差の内に入りませんな~」
「だそうだ」
「そんな~。これだとちゃんと的に当てられないじゃないか」
「鉄砲の癖も加味して命中させるのが、腕の良い鉄砲撃ちという事じゃな。精進されよ、若いの」
「不良品を売り付けておいて、何だ、その言い方は」
善住坊はそう文句を言ったが、裁定は覆らず、騒ぎは収まったのだった。
野次馬の中に居た恒興が、
「やれやれ、人騒がせですな」
「まったく。では」
と答えてその若い武士、竹中重治の実弟、竹中重矩と別れたのだった。
国友村での収穫はそれくらいだ。
恒興は一泊して尾張に帰ったのだった。
わざわざ大回りして南近江、伊賀、北伊勢と通過して。
まあ、何も特筆すべき事はなかったのだが。
◇
尾張の小牧山城に戻ると、城内が騒然としていた。
「おい、何があったんだ、五郎左の義弟?」
城内を早歩きで歩いてる文官の大津長治を捕まえてそう尋ねた。
「三河に出向いた小姓の岩室勘右衛門殿が大怪我を負われたそうです」
「はん?」
恒興が信長の許へと出向き、
「鉄砲100挺、五百貫だと受け取りが二年後だと言われたので七百貫支払って受け取りを一年後にしてきました」
「うむ、良くやった」
と答えた後、信長が、
「勝、狂犬の子供はやはり狂犬だったぞ。弥三郎がーー」
「噛まれたんですか?」
最後まで聞かずに、竹千代に噛まれた事を思い出して、恒興がそう問うたが、
「いや、躾けたら短刀を抜きおったらしいわ」
「相手は七歳ですよね? さすがに油断して負傷した弥三郎が悪いのでは?」
「ん? 何の話だ、勝? 弥三郎は負傷などしていないぞ。負傷したのは返り討ちにあった狂犬の子供の方だ。弥三郎が意識が無くなるまで殴ったらしいのでな」
「子供相手に大人げない」
「・・・」
「えっ、もしかして信長様のお指図なんですか?」
「『謝るまで殴れ』と言っておいた。どうも謝らなかったらしい。三河ではどういう教育をしてるんだか」
信長が呆れながら、
「それで今、同盟がご破算になりそうでな。林のジイと久秀、それに水野が三河岡崎まで出向いておるわ」
「・・・ったく、何をやっているんだか」
恒興もそう呆れたのだった。
小牧山城内に居る信長と恒興はそのような認識だったが、
三河岡崎城では、
「尾張との盟約などこれまでじゃっ! 跡継ぎの竹千代様を傷付けるなど言語道断っ! 織田信長など討ち取ってくれようぞっ!」
「おおっ!」
一部の家臣達が紛糾していた。
扇動してるのは三河の暴れ者の本多重次だったが。
他の重臣達は冷静だ。
何せ、今川と敵対してるのに、背後の織田とまで敵対したら松平は滅びるしかないのだから。
家老の石川数正が、
「落ち付かれよ、作左衛門殿。今年は戦よりも朝廷工作をすると言っておろうが」
「それとこれとは話が別だっ! 松平の後継ぎが尾張の小姓ごときに半殺しにされたのだぞっ! 許せるかっ!」
「だが、脇差しを抜いた若にも問題が」
「いいや、問題ないっ! 先に手を出したのは相手の方なのだからなっ! こんな事を許したら三河武士の名折れじゃっ! 皆の者、戦の準備じゃっ!」
と煽りに煽ったのだった。
小牧山城の城下の池田屋敷。
その夜は旅の疲れもあって、ぐっすりと眠ってしまい、
「池田殿」
と起こされるまで恒興は侵入者の存在に気付かなかった。
「・・・何だ? こんな夜半に」
役目柄、無理矢理起きる事はままある。
目覚めた恒興が侵入者を見て、
「――うおっ! 曲者っ!」
布団の外に置いた刀を引き寄せて抜刀しようとすると、忍び装束の男が、
「お待ちを。三河の伊賀者でござりますれば」
服部正成はそう名乗ったのだった。
「ああ、おまえか。桶狭間以来か。久し振りだな、何か用か? ・・・ってか、寝所に忍び込むなよな。趣味が悪いぞ。女を抱いてたらどうするつもりだったんだ?」
「今回だけですよ。緊急事態でしたので。今、三河では一部の者が織田との対決姿勢を鮮明にして暴発する恐れがありまして」
正成の言葉を聞いて、寝起きながら頭を働かせ始めた恒興が、
「馬鹿だね~。今の織田は上洛失敗で兵が余ってて返り討ちなだけなのに。まあ、こっちも困るか。三河なんぞを貰っても」
「・・・そうならぬようにお力を拝借したく」
「具体的には?」
「実は現在、松平は京の朝廷に対して改姓工作を行ってる真っ最中でして」
「ああ、空いてる『三河守』を貰おうとしてるんだっけ」
「それが難航しておりまして。尾張殿にお口添えしていただければ若様を傷付けられた家臣達の溜飲も下がるかと」
「分かった。信長様に伝えよう」
「ありがとうございます。では、失礼します」
そう言うと、寝所が暗闇な事もあり、本当に闇の中に正成は消えていったのだった。
翌朝、小牧山城に登城した恒興が、
「三河から勝に繋ぎがあったか」
「はい。改姓工作に協力して三河の家臣達の溜飲を下げて欲しいと」
「上手くいくのか、それ?」
「大々的に『織田が松平の為に朝廷工作をした』と宣伝すれば」
「しかしな~、勝。銭が掛かるぞ、朝廷工作は?」
「見舞金だと思えば安いものかと。オレが出向きましょう」
「待て待て。勝が京に出向くとややこしくなる。分かった。適当な奴を派遣しよう」
こうして適当な奴として選ばれたのが「尾張の最高血統」である飯尾尚清で、朝廷工作に大金を使い、
十一月、三河松平は「徳川」の姓を朝廷より貰い受け、「三河守」もついでに貰ったのだった。
これにより織田と徳川の仲は修繕され、衝突する事はなかったのだった。
◇
そして、この年の十二月である。
京の朝廷が与える官位には定員が定めらており、官位が被ってても実は定員が決まっているので問題ないのだが。
今回、朝廷は政治的判断の下、足利義親(後の義栄)にも「左馬頭」を与えたのだった。
この左馬頭は征夷大将軍になる前の、前段階の官位である。
つまり朝廷は政治判断として、義親をもう一人の将軍候補を認めたのだった。
こんな事が出来るのは京の朝廷工作が得意な三好家だからで、
「くくく、三好家の底力を余り甘く見るではないぞ」
左馬頭の官位を足利義親に出すように工作した三好長逸はそう悪そうに笑い、
南近江観音寺城の六角義賢、義治親子は、
「三好に味方して良かったでしょう?」
「ああ。矢島から公方も消えて助かったな」
と笑い、
その報告を聞いた美濃稲葉山城の斉藤龍興は、
「くくく、さすがは三好だな」
と評したが、
尾張小牧山城の信長は、
「三好は新たな将軍を担ぐ魂胆か。どう見る、勝?」
「将軍様を殺しておいて『寝言は寝てから言え』ですな」
「つまり?」
「美濃を平らげて、越前から将軍様の弟様を奪って、上洛の一手かと」
「ふむ。出来なくても『将軍様の敵討ち』と称して上洛か。悪くない」
と今後の方策を考えたのだった。
登場人物、1566年度
森寺秀勝(43)・・・池田家の家宰。織田信秀の重臣。幼少時の池田恒興の後見人。信長の命令で恒興の配下になる。
能力値、池田家の家宰B、熱田通の秀勝A、銭集めB、恒興への忠誠A、恒興からの信頼B、池田家臣団での待遇S
浅井政之(17)・・・浅井一門衆。浅井久政の三男。官位、石見守。国友村の代官。兄に北近江の要所を任されてハリキリ中。刀集めが趣味。
能力値、刀狩りの政之B、国友の代官A、鉄砲は無知A、長政への忠誠S、長政からの信頼S、浅井家臣団での待遇A
杉谷善住坊(25)・・・流れ者。鉄砲の名手。自称、伊勢杉谷城の縁者。坊主の格好。根来衆で2年修行。国友村に文句を言いに来ていた。
能力値、鉄砲名手の善住坊S、ニセ坊主A、お経はうろ覚え、鉄砲が気に入らず国友に苦情A、その日暮しの風来坊℃、根来衆に縁C
竹中重矩(20)・・・浪人。竹中重治の弟。兄と違い、頭の方はそれなり。国友村に居るのは兄の密命。
能力値、兄は今孔明S、怪力の重矩B、国友村通C、軍略はからっきしA、神算で恒興と接触A、仕官したいA
大津長治(26)・・・織田家の家臣。通称、伝十郎。妻は丹羽長秀の妹。近習幹部。丹羽長秀派閥。
能力値、補給の長治B、長秀の義弟A、将来有望の奉行候補A、信長への忠誠B、信長からの信頼C、織田家臣団での待遇C
本多重次(37)・・・三河家の家臣。妻は鳥居忠吉の娘。頑固者で声がデカイ。大喝の重次。
能力値、大喝の重次A、頑固者A、三河魂S、家康への忠誠A、家康からの信頼B、松平家臣団での待遇B
石川数正(33)・・・松平家の家臣。家康の今川人質時代からの近侍。悪人面の謀臣。家康と信政の入れ替えを独断で計画。入れ替えを知る水野氏の抹殺の機会を窺う。
能力値、家康の懐刀S、総ては三河の為SS、悪人面の課臣A、家康への忠誠B、家康からの信頼D、松平家臣団での待遇A
服部正成(24)・・・三河家の家臣。別名、服部半蔵。桶狭間で松平家康本人を殺害。鬼の半蔵。石川数正のグルで入れ替えを知ってる。
能力値、鬼の半蔵B、伊賀への影響力E、冷酷な計算A、家康への忠誠E、家康からの信頼D、松平家臣団での待遇C
【織田信長、本当に素で信長の影武者として恒興が家康を火縄銃で撃った事を忘れてた説、採用】
【池田恒興、北近江の国友村に出向いた説、採用】
【稲葉良通、恒興の美濃通過を手助けした説、採用】
【この時代の国友村の火縄銃、1挺5貫説、採用】
【池田恒興、信長の銭を気軽に使う説、採用】
【池田恒興、国友村で浅井政之と出会った説、採用】
【浅井政之、1549年生まれ説、採用】
【大津長治、1540年生まれ説、採用】
【岩室勘右衛門、三河の若様を気絶するまで殴った説、採用】
【織田信長、見舞金代わりに朝廷工作を行い、三河に恩を売る説、 採用】
来年は清洲会見で約束した信長の長女、五徳が松平家に嫁ぐ年である。
その準備の為に、尾張と三河の間で使者の往来が激しくなっていた訳だが。
信長に小牧山城に呼び出された恒興は、
「勝、三河に行ってくれ」
「えっ、五徳様の腰入れの件は水野殿がやってると聞きましたが。何か問題でも?」
「どうも狂犬の子供は狂犬であったようでな」
「? つまり?」
今一、信長の意図が飲み込めない恒興がそう尋ねると、信長がさらっと、
「殴って躾けてこい、三河の婿を」
恒興が記憶を辿りながら、
「五徳様は七歳でしたよね? 三河の婿、何歳なのです?」
「同年、七歳だ」
「七歳の子供を殴るんですか? 大人のオレが?」
呆れながら恒興が問うと、信長もニヤリとして、
「そうだ」
命令した。
信長の命令は絶対である。
だが、恒興の返事は、
「嫌ですけど」
「ん? 何を言ってるんだ、勝? オレの命令だぞ、断れる訳がなかろうが?」
断られるとは思っていなかった信長が少し不機嫌そうに恒興を見ると、恒興が火縄銃を持った手付きを両手でして(持ってないが)銃口を信長に向けた。
それには信長が噴き出して、
「ククク、そうであったな。完全に失念しておったわ」
笑いながら非を認めた。
恒興が信長の影武者として松平家康(改名した)を火縄銃で撃った事を本当に忘れていたからだ。
そして、
「その件だが、そちらも問題があるぞ、勝」
「?」
「余程怖かったのか、相手の顔を良く覚えていないらしい。会見の時にオレが『別人だ』と気付きおらんかったわ」
清洲会見の事を思い出し、信長がそう伝えた。
「そりゃあ、火縄銃で面白半分で撃たれてましたからね~、信長様が」
信長の影武者として自分で撃っておいて恒興がそうぬけぬけと言い、
「まあ、そうだが。だが、勝が駄目となると・・・躾けは弥三郎か?」
「もしくは飛騨守かと」
「仕方がない。他の連中にやらせよう。本当は勝が適任だったのだがのう」
「御勘弁を」
「では、勝には他の件をやって貰おう」
信長がさらっと話題を変えた。
「まだ何か? あっ、もしや矢島御所から若狭に逃げた公方様ですか? 遂にオレに遭いに行けと?」
「言う訳が無かろうが。美濃を平らげる前に尾張に来られて、また和議などと世間知らずな事を言われても困るからな。美濃を平らげるまでは放っておくさ」
「では?」
「北近江に行け」
「市姫の嫁ぎ先に決まりましたので?」
恒興が先読みしたが、違ったらしく、
「いや、国友の方だ」
信長がそう訂正して、恒興も納得した。
北近江の国友とは国内で生産されている火縄銃の産地だ。
「御注文された鉄砲がまた届かないんですか?」
「いや、100挺ほど注文したい」
「それくらいならオレじゃなくても・・・ああ、国友に出入りしてる各国の様子を探って来い、と?」
「そういう事だ」
「畏まりました」
その後、注文書と銭を貰って、恒興は北近江へと旅立ったのだった。
◇
北近江国友村。
この地で国産の鉄砲生産が始まったのは室町幕府の12代将軍足利義晴が種子島に伝わった鉄砲を元にして独自の鉄砲を開発するよう国友村の鍛冶師に命じたからである。
文献では天文十三年(1544年)には生産に成功している。
それから二十年。
量産化に成功した国友村の鉄砲は当然、有名になっていた。
生産地は近江なのだ。
近江商人の手によって各地に運ばれて大々的に売り込まれたのだから。
◇
その北近江の国友村までの道のりは尾張からだと、
尾張、美濃、北近江が最短の道順であったが、美濃は斎藤家の所領で敵対国だ。
なので、恒興は仕方なく、美濃(織田家の支配圏内)、美濃(斎藤家の支配圏内)、北近江と移動していた。
と言うのも、恒興が馬で一人なら伊勢、南近江、北近江との道順でも移動出来たが、今回は火縄銃100挺分の代金、700貫を運んでいる。
それも舟ではなく人力で。
1貫が宗銭1000枚で、永楽銭は宗銭の4倍の価値だから、それでも250枚。
それが700本である。
正直重く、荷車一台では到底無理で、何より信長は尾張国内で関所を廃したが、美濃斎藤家、南近江六角家には各地に関所を設置して、その税収をあてにしていた。
お陰で各所に関所がある。
700貫を運ぶ行列が関所を突破するのは不可能で、恒興が協力を仰いだのは西美濃の稲葉良通だった。
「あのな~。内応の約束はしたがオレはまだ斎藤家側だぞ?」
「いやいや、北近江の国友まで七百貫を運ばねばならず。通行の協力くらいはして下さいよ」
恒興が言い訳する中、
「それはそうと・・・おまえさん、何者だ? 織田の先代の重臣、森寺殿を配下に持つとは?」
家宰の森寺秀勝を先に使いにやったので、そう問われた訳だが、
「『その森寺殿の尾張での地位を丸々継いだ』と言いますか」
「ふむ。この貸しはデカイからな」
「無論ですよ、ちゃんと返しますので。信長様が」
「おまえが返せ」
こうして稲葉家の兵に守られて西美濃を難なく越えた。
後は簡単だ。
北近江は浅井家の領土で、浅井家と織田家は同盟関係にあったのだから(市はまだ嫁いではいない)。
なので通行は楽勝かと思ったが、
「どのような用件で?」
やたらと関所があり、その度に引っ掛かった。
浅井は何故か臨戦態勢となっており、恒興も一人ならばともかく、鉄砲の代金を運ぶ銭の荷車付きなので、信長の注文書を見せて、
「尾張の者です。殿の命令で国友の鉄砲100挺の代金を運んでいるところでして。浅井様とは同盟を結ばせていただいておりますので通過出来ると思ったのですが」
「そうであったか。御苦労様」
遂には好奇心から、
「何故、このように関が多いのでしょうか?」
「傍に伊賀と甲賀があるのでな。その為だ」
「なるほど」
恒興はそう返事をしながら、嘘つけ、と思ったのだった。
◇
北近江の国友村に到着した。
鉄を打つ音が無数に聞こえる中、村人に聞いて生産を受注する窓口の店を訪ねた。
「御免、国友の火縄銃100挺を頼みたい」
「ええっと、支払いは前払いになりますよ。1挺5貫となりますが」
「問題ない。銭で持ってきたから」
永楽銭が貫で縛られてる木箱を開けた。
五百貫どころか七百貫ある。
当然、途中で盗まれる等々の失態も犯していない。
「いつ頃、受け取れる?」
「予約が詰まってますので二年後かと」
「そこを一年後にして貰いたい。100挺を700貫で」
恒興は二年も待てない信長の性格を良く知っており、津島同様、多めに銭を支払う交渉をし、相手の番頭風の男も、
「それはそれは。畏まりました。そのように致しますね」
帳面に来年と書き終えて注文を終えたのだった。
このまま帰るのも芸がない。
「さっさと帰りましょうよ、殿」
家宰の森寺秀勝の言葉に、
「いやいや、視察も込みでの派遣だから」
そう言いながら恒興は国友村を見学したのだが、お付きの武士を連れた若殿風の若者と国友村で出会った。
「ええっと、どちらから?」
「尾張ですが、そちらは?」
「これは申し遅れた。浅井長政の弟、浅井政之と申す」
と名乗られたので池田恒興も背筋を正して、
「同盟国浅井家の御弟様でしたか。恐れ入ります。織田家家臣、池田恒興と申します」
「池田? という事は出身は摂津ですか?」
「摂津から美濃に流れた派生のそのまた尾張者ですよ」
「なるほどなるほど。時に良い刀をされてる御様子」
「分かりますか。今は亡き将軍様より拝領の品ですぞ、これは」
恒興が自慢げに刀を抜いて、見たがる政之に渡した。
「それで将軍様を亡き者にした三好三人衆を殺す事が宿願となりましたが」
「・・・では『譲ってくれ』とは言えませんな」
「えっ、そんな事を思ってたのですか? 駄目ですぞ。刀は武士の魂なのですから。ねだる時には相応の品と交換でなければ」
「ははは、兄にもよく言われます」
そう言いながら刀を返す政之に、恒興が、
「浅井家も、やはり国友を多数保有されておられるので?」
「いえいえ、もっぱら売って銭を稼いでるだけですよ」
「どちらが一番のお得意様なんですか? やはり三好?」
「それがここだけの話、比叡山の御坊様ですよ。何しろ、お金持ちですから」
「へ~。そう言えば、北近江の関所が厳しかったのですが、何かあったんですか?)
「越前に公方様が移られたからですよ。それで妙なのが越前方面に向かっておりまして。それを行かせないのも忠勤な訳でして」
「なるほど」
などと世間話をして、浅井政之と別れた。
まだ国友村なのだが、そこで妙な騒ぎを目撃した。
「これ、銃身が右にズレてるぞ。別のと交換してくれ」
と鉄砲1挺を持った男がそう文句を言っているのだから、妙だった。
それが坊主姿だったのだから更に妙だった。
「御冗談を」
「本当だって。鉄砲の分かる鍛冶師に確認を取ってくれ」
「鍛冶師は誰もが忙しくてですね~」
馬鹿にしたような相手の態度に、
「不良品を売り付けておいて何だ、その態度は」
もはや騒動になり始めており、恒興が野次馬の一人の若い武士に、
「何の騒ぎです、あれ?」
「銃身がズレてるとか文句を言ってるようですね。猟師ならともかく坊様がズレを気にするとは」
「ズレるものなんですか?」
「そりゃあ、鉄砲鍛冶師の中にはまだ駆け出しなのも居るそうですから」
「それを掴まされた、と騒いでる訳ですか?」
「みたいですね」
騒動を見守ってると、遂には先程別れた政之までがやってきた。
「何の騒ぎだ? この国友村で?」
「こちらのお坊様が国友で作った鉄砲に文句がおありのようでして」
対応していた者がそう報告し、
「拙僧は杉谷善住坊と申す。実はですな、この鉄砲には欠陥があり、何度撃っても右にズレるのです。銃身が右にズレてる証拠です」
善住坊の言い分を聞いた政之が、
「銃身が右にズレてる? 本当か?」
「ええ、なのに『別のと変えてくれ』と言ってるのに変えてくれず」
「そんな事はないでしょう。国友の製品はちゃんと納品前に発射実験までしているのですから」
それが国友産の火縄銃に誇りを持ってる店側の主張である。
結局、騒ぎは専門家の鉄砲鍛冶師の爺さんまでが仕事中に呼び出される展開となり、その鉄砲を鑑定した爺さんの言い分は、
「これをズレてると言われたら大半の国友がズレてる事になりますぞ。これくらいの誤差は誤差の内に入りませんな~」
「だそうだ」
「そんな~。これだとちゃんと的に当てられないじゃないか」
「鉄砲の癖も加味して命中させるのが、腕の良い鉄砲撃ちという事じゃな。精進されよ、若いの」
「不良品を売り付けておいて、何だ、その言い方は」
善住坊はそう文句を言ったが、裁定は覆らず、騒ぎは収まったのだった。
野次馬の中に居た恒興が、
「やれやれ、人騒がせですな」
「まったく。では」
と答えてその若い武士、竹中重治の実弟、竹中重矩と別れたのだった。
国友村での収穫はそれくらいだ。
恒興は一泊して尾張に帰ったのだった。
わざわざ大回りして南近江、伊賀、北伊勢と通過して。
まあ、何も特筆すべき事はなかったのだが。
◇
尾張の小牧山城に戻ると、城内が騒然としていた。
「おい、何があったんだ、五郎左の義弟?」
城内を早歩きで歩いてる文官の大津長治を捕まえてそう尋ねた。
「三河に出向いた小姓の岩室勘右衛門殿が大怪我を負われたそうです」
「はん?」
恒興が信長の許へと出向き、
「鉄砲100挺、五百貫だと受け取りが二年後だと言われたので七百貫支払って受け取りを一年後にしてきました」
「うむ、良くやった」
と答えた後、信長が、
「勝、狂犬の子供はやはり狂犬だったぞ。弥三郎がーー」
「噛まれたんですか?」
最後まで聞かずに、竹千代に噛まれた事を思い出して、恒興がそう問うたが、
「いや、躾けたら短刀を抜きおったらしいわ」
「相手は七歳ですよね? さすがに油断して負傷した弥三郎が悪いのでは?」
「ん? 何の話だ、勝? 弥三郎は負傷などしていないぞ。負傷したのは返り討ちにあった狂犬の子供の方だ。弥三郎が意識が無くなるまで殴ったらしいのでな」
「子供相手に大人げない」
「・・・」
「えっ、もしかして信長様のお指図なんですか?」
「『謝るまで殴れ』と言っておいた。どうも謝らなかったらしい。三河ではどういう教育をしてるんだか」
信長が呆れながら、
「それで今、同盟がご破算になりそうでな。林のジイと久秀、それに水野が三河岡崎まで出向いておるわ」
「・・・ったく、何をやっているんだか」
恒興もそう呆れたのだった。
小牧山城内に居る信長と恒興はそのような認識だったが、
三河岡崎城では、
「尾張との盟約などこれまでじゃっ! 跡継ぎの竹千代様を傷付けるなど言語道断っ! 織田信長など討ち取ってくれようぞっ!」
「おおっ!」
一部の家臣達が紛糾していた。
扇動してるのは三河の暴れ者の本多重次だったが。
他の重臣達は冷静だ。
何せ、今川と敵対してるのに、背後の織田とまで敵対したら松平は滅びるしかないのだから。
家老の石川数正が、
「落ち付かれよ、作左衛門殿。今年は戦よりも朝廷工作をすると言っておろうが」
「それとこれとは話が別だっ! 松平の後継ぎが尾張の小姓ごときに半殺しにされたのだぞっ! 許せるかっ!」
「だが、脇差しを抜いた若にも問題が」
「いいや、問題ないっ! 先に手を出したのは相手の方なのだからなっ! こんな事を許したら三河武士の名折れじゃっ! 皆の者、戦の準備じゃっ!」
と煽りに煽ったのだった。
小牧山城の城下の池田屋敷。
その夜は旅の疲れもあって、ぐっすりと眠ってしまい、
「池田殿」
と起こされるまで恒興は侵入者の存在に気付かなかった。
「・・・何だ? こんな夜半に」
役目柄、無理矢理起きる事はままある。
目覚めた恒興が侵入者を見て、
「――うおっ! 曲者っ!」
布団の外に置いた刀を引き寄せて抜刀しようとすると、忍び装束の男が、
「お待ちを。三河の伊賀者でござりますれば」
服部正成はそう名乗ったのだった。
「ああ、おまえか。桶狭間以来か。久し振りだな、何か用か? ・・・ってか、寝所に忍び込むなよな。趣味が悪いぞ。女を抱いてたらどうするつもりだったんだ?」
「今回だけですよ。緊急事態でしたので。今、三河では一部の者が織田との対決姿勢を鮮明にして暴発する恐れがありまして」
正成の言葉を聞いて、寝起きながら頭を働かせ始めた恒興が、
「馬鹿だね~。今の織田は上洛失敗で兵が余ってて返り討ちなだけなのに。まあ、こっちも困るか。三河なんぞを貰っても」
「・・・そうならぬようにお力を拝借したく」
「具体的には?」
「実は現在、松平は京の朝廷に対して改姓工作を行ってる真っ最中でして」
「ああ、空いてる『三河守』を貰おうとしてるんだっけ」
「それが難航しておりまして。尾張殿にお口添えしていただければ若様を傷付けられた家臣達の溜飲も下がるかと」
「分かった。信長様に伝えよう」
「ありがとうございます。では、失礼します」
そう言うと、寝所が暗闇な事もあり、本当に闇の中に正成は消えていったのだった。
翌朝、小牧山城に登城した恒興が、
「三河から勝に繋ぎがあったか」
「はい。改姓工作に協力して三河の家臣達の溜飲を下げて欲しいと」
「上手くいくのか、それ?」
「大々的に『織田が松平の為に朝廷工作をした』と宣伝すれば」
「しかしな~、勝。銭が掛かるぞ、朝廷工作は?」
「見舞金だと思えば安いものかと。オレが出向きましょう」
「待て待て。勝が京に出向くとややこしくなる。分かった。適当な奴を派遣しよう」
こうして適当な奴として選ばれたのが「尾張の最高血統」である飯尾尚清で、朝廷工作に大金を使い、
十一月、三河松平は「徳川」の姓を朝廷より貰い受け、「三河守」もついでに貰ったのだった。
これにより織田と徳川の仲は修繕され、衝突する事はなかったのだった。
◇
そして、この年の十二月である。
京の朝廷が与える官位には定員が定めらており、官位が被ってても実は定員が決まっているので問題ないのだが。
今回、朝廷は政治的判断の下、足利義親(後の義栄)にも「左馬頭」を与えたのだった。
この左馬頭は征夷大将軍になる前の、前段階の官位である。
つまり朝廷は政治判断として、義親をもう一人の将軍候補を認めたのだった。
こんな事が出来るのは京の朝廷工作が得意な三好家だからで、
「くくく、三好家の底力を余り甘く見るではないぞ」
左馬頭の官位を足利義親に出すように工作した三好長逸はそう悪そうに笑い、
南近江観音寺城の六角義賢、義治親子は、
「三好に味方して良かったでしょう?」
「ああ。矢島から公方も消えて助かったな」
と笑い、
その報告を聞いた美濃稲葉山城の斉藤龍興は、
「くくく、さすがは三好だな」
と評したが、
尾張小牧山城の信長は、
「三好は新たな将軍を担ぐ魂胆か。どう見る、勝?」
「将軍様を殺しておいて『寝言は寝てから言え』ですな」
「つまり?」
「美濃を平らげて、越前から将軍様の弟様を奪って、上洛の一手かと」
「ふむ。出来なくても『将軍様の敵討ち』と称して上洛か。悪くない」
と今後の方策を考えたのだった。
登場人物、1566年度
森寺秀勝(43)・・・池田家の家宰。織田信秀の重臣。幼少時の池田恒興の後見人。信長の命令で恒興の配下になる。
能力値、池田家の家宰B、熱田通の秀勝A、銭集めB、恒興への忠誠A、恒興からの信頼B、池田家臣団での待遇S
浅井政之(17)・・・浅井一門衆。浅井久政の三男。官位、石見守。国友村の代官。兄に北近江の要所を任されてハリキリ中。刀集めが趣味。
能力値、刀狩りの政之B、国友の代官A、鉄砲は無知A、長政への忠誠S、長政からの信頼S、浅井家臣団での待遇A
杉谷善住坊(25)・・・流れ者。鉄砲の名手。自称、伊勢杉谷城の縁者。坊主の格好。根来衆で2年修行。国友村に文句を言いに来ていた。
能力値、鉄砲名手の善住坊S、ニセ坊主A、お経はうろ覚え、鉄砲が気に入らず国友に苦情A、その日暮しの風来坊℃、根来衆に縁C
竹中重矩(20)・・・浪人。竹中重治の弟。兄と違い、頭の方はそれなり。国友村に居るのは兄の密命。
能力値、兄は今孔明S、怪力の重矩B、国友村通C、軍略はからっきしA、神算で恒興と接触A、仕官したいA
大津長治(26)・・・織田家の家臣。通称、伝十郎。妻は丹羽長秀の妹。近習幹部。丹羽長秀派閥。
能力値、補給の長治B、長秀の義弟A、将来有望の奉行候補A、信長への忠誠B、信長からの信頼C、織田家臣団での待遇C
本多重次(37)・・・三河家の家臣。妻は鳥居忠吉の娘。頑固者で声がデカイ。大喝の重次。
能力値、大喝の重次A、頑固者A、三河魂S、家康への忠誠A、家康からの信頼B、松平家臣団での待遇B
石川数正(33)・・・松平家の家臣。家康の今川人質時代からの近侍。悪人面の謀臣。家康と信政の入れ替えを独断で計画。入れ替えを知る水野氏の抹殺の機会を窺う。
能力値、家康の懐刀S、総ては三河の為SS、悪人面の課臣A、家康への忠誠B、家康からの信頼D、松平家臣団での待遇A
服部正成(24)・・・三河家の家臣。別名、服部半蔵。桶狭間で松平家康本人を殺害。鬼の半蔵。石川数正のグルで入れ替えを知ってる。
能力値、鬼の半蔵B、伊賀への影響力E、冷酷な計算A、家康への忠誠E、家康からの信頼D、松平家臣団での待遇C
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