池田恒興

竹井ゴールド

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1566年、三代目蝮の悪名

河野島の戦い

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 【織田信長、上洛軍に1万じゃなくて2万人用意していた説、採用】

 【斎藤龍興、三好三人衆と同盟を結び、上洛軍を出したふりをして織田の上洛軍を急襲する予定だった説、採用】

 【河野島の戦い、天気は雨説、採用】

 【河野島の戦い、織田軍2万人説、採用】

 【河野島の戦い、斎藤軍3000人説、採用】

 【六角義賢、公方暗殺を重臣達と密談した説、採用】

 【布施公雄、1523年生まれ説、採用】

 【平井定武、1505年生まれ説、採用】

 【三雲定持、1530年生まれ説、採用】

 【足利義秋、矢島御所から脱出して若狭に向かった説、採用】

 【進士藤延、明智光秀を謀殺した説、採用】

 【進士藤延、三淵藤英の所為で明智光秀に変名させられた説、採用】

 【浅井長政、約束通り、兵1000人を出した為に六角軍といくさとなる説、採用】

 【遠藤直経、1534年生まれ説、採用】

 【三雲腎持、1548年生まれ説、採用】

 【柴田勝家、「負けいくさをしろ」と密命を受けた説、採用】

 【斎藤龍興、事前に氏家直元に相談してたら尾張を取れてた説、採用】





 刻を前後するが、

 織田信長が足利義昭を奉じて1568年に上洛した時の軍勢は領土を美濃、北伊勢と広げ、更には徳川、浅井の軍勢も加わっていたが六万人だった。





 なので、桶狭間で今川義元を討ち、犬山城を平らげて尾張を一統した信長は尾張だけでも(中美濃と東美濃に守備兵を残しても)実は最大で二万人を動員出来た。

 矢島御所から来た和田惟政に動員出来る兵数を、

「一万人」

 と言ったのは、

「一万と言って二万人を連れて行ったら公方様もお喜びになろう」

 とのゴマすり精神からでは当然なかった。

 戦略的な意図があったからだ。

 一万と二万では兵数は倍だ。

 色々と戦略も立てられるのだから。

 例えば、上洛軍は一万で、もう一万で同時に美濃攻めとか。

 そんな訳で、小牧山城の城下には既に二万人の兵隊が用意されており、





 小牧山城の評議では信長が、

「先鋒隊4000人、大将は権六に任す」

「ははっ!」

 鎧姿の柴田勝家が承った。

「二番隊3000人、大将は久秀とする」

「はっ」

 鎧姿の平手久秀が二番隊を拝命した。

「三番隊3000人、大将は五郎左とする」

「はっ」

 鎧姿の丹羽長秀が三番隊を受けた。

 これで1万人の計算である。

「残る1万人はオレが補給隊も込みで率いる。よいな」

「ははっ!」

 鎧姿の全員が返事をして、小牧山城から出陣する事となったのだった。





 恒興は馬廻り(親衛隊)の隊長なので信長が率いる最後の軍の中核だ。

 信長に向かって恒興が、

「信長様は斎藤が『美濃の領地を通す』と本気で思ってるんですか?」

「勝、おまえも分かって居ながら・・・」

 信長が呆れ果てた。

 というのも、2万人はどうにか動員出来たが2万人を喰わせる兵糧が実は織田には無かったのだ。

 そもそも美濃斎藤家が京の将軍を殺した三好三人衆と書状を交わしてるとの情報は、美濃斎藤家で織田に内応すると約束した連中からの密告で確認済みだ。

 信長は最初からこの上洛作戦は失敗すると見通しているどころか、上洛作戦を利用して美濃に入った織田軍を斎藤軍に攻撃させて、その反撃を皮切りになし崩し的に美濃の稲葉山城を攻め取る策謀を巡らせていた。

 その為に2万人も織田軍は動員したのである。

 斎藤が美濃を通した時は仕方がない。

 今回は足利義秋が和議を仲介してるという背景がある。

 「道を借りて草を枯らすの計」のごとく、問答無用で美濃を襲うと信長の方が悪人となってしまうので、その場合は2万人で南近江の矢島御所に行き、兵糧を六角に出させるか、兵糧がある間にさっさと上洛して三好軍を蹴散らして素早く帰る事となる。

 正直、旨味のないいくさ働きを足利義秋の為にする破目となる訳だが。

 このように、どちらに転んでも良い作戦を立てていた。

 だが、本命は京への上洛ではなく、美濃の稲葉山城だった訳だが。

「最高の形で餌に食い付けば良いのだがな~」

 恒興に何も教えていない信長がそう嘯き、作戦は聞かされていないが看破した恒興が、

「聞けば、三代目は蝮に似てきたとか。喰い付くかと。宣伝の御用意は?」

「オレは悪知恵の柴田や勝じゃないんだぞ。そこまではしていないさ」

「では、のんびりと参りましょうか」

 と喋ったが、





 世の中、思い通りに行く事ばかりではない。

 その最たるが天気である。





 雨となった。





 永禄九年八月二九日に織田軍は美濃国境までは雨の中、進軍したが木曽川が増水していた。

 戦国時代の治水技術での大川の木曽川の増水だ。

 当然、暴れ川となっており、そもそも木曽川には橋がない。

 舟での渡河ですら危険なのに、人が泳いで渡る事など不可能だった。

 先鋒隊の柴田勝家からも伝令で、

「増水によって木曽川の渡河は無理との事です」

 そう伝えてきた。

 信長も尾張の人間だ。

 木曽川が増水した凄さは知っている。

「よし、晴れるのを待つぞ」

 信長は犬山城に入って雨露を凌いだが、先鋒隊と二番隊は雨の中、一晩過ごす破目となった。





 翌三十日には斎藤軍3000人も美濃の国境まで出てきたが、雨だ。

 木曽川の渡河はなく、川越しに睨み合った。

 この雨だが・・・

 連日続いた。

 渡河が可能となったのが閏八日なのだから逆算して最低、渡河の三日前まで。

 つまり五日連続で、である。





 ◇





 その頃、南近江では・・・





 六角義賢、六角義治親子が足利義秋に対しての叛意を明確にして動き出した。

 何せ、観音寺城に重臣達を呼んで、

「三好が足利家の正統な後継者を将軍に就けると言ってきた」

「つまりは矢島御所に居る公方は幕府の朝敵となる訳だ。討とうと思う」

 そう提案したのだから。

 だが、観音寺騒動の落とし前も決着していないのに、そんな事を言ったものだから、

「何の呼び出しかと思えば、将軍殺しの三好と手を組む?」

「後藤殿を咎無く殺す殿には似合いの相手ですが、止した方がよろしいかと」

「というか頭は大丈夫ですか、殿?」

「大丈夫ならこんな事は提案せんだろ」

 まさかの重臣達からの非難轟々である。

 それも主家の六角親子に対して言いたい放題。

 言ってるのは、布施公雄、平井定武、蒲生定秀、三雲定持である。

 「六角家の両藤」は暗殺された後藤家はともかく進藤家も欠席だった。

「いや、だがな・・・」

「現実的になって下さい、殿。京であれだけ嫌われてる三好なんかに味方したら殿まで将軍殺しの一味になるのですよ?」

「例え、三好が将軍を擁立するとしても静観するのが一番でしょう」

 その後も義賢、義治親子は兵を挙げる同意を得ようとしたが、重臣達によって退けられたのだった。





 問題はこの観音寺城の密議が矢島御所に伝わった事である。





 矢島御所の諜報能力が高かったのか、それとも観音寺騒動が尾を引いており、故意に誰かが矢島御所側に危険を伝える為に情報を流したのか、足利義秋の耳にも入り、

「織田はどうした? 1万人を連れてくる約束だったではないかっ!」

「それが・・・美濃で斎藤軍と睨み合ってて動けぬ、との情報が入ってきております」

 答えたのは和田惟政である。

「やはり斎藤は三好と結んでいたか」

「その上、南近江を統治する六角までが三好側に味方したとなると織田は矢島御所まで来れますまい」

「それよりも公方様の安全です。南近江はもう危険かと。越前に来られますか?」

 明智光秀が問うと、

「越前に行く前に妹婿の若狭の武田義統殿を頼っては?」

 三淵藤英が提案し、

「よし、矢島御所より脱出するぞ」

 義秋がそう決定し、立ち去る事にしたのだが、

「矢島御所の留守居は進士とする」

 そう進士藤延を名指しした。

 その指名は足利義秋が藤延の顔の刀傷を嫌っていたからだが。

「畏まりました」

 藤延はそう快く返事をしたが、





 出立前に藤延が明智光秀を見つけて、

「明智殿、米蔵に隠されてる銭を発見したのだが、あれはどうされるのだ?」

「え? そんなのがあったのですか?」

「ええ、こちらに」

 と誘導されて米蔵の中に入り、昼間なので中を見渡せる中、

「どちらに?」

「その奥ですよ」

 指差して、背を向けた隙に音もなく刀を抜いた藤延が光秀の首を一刀でズシャッと斬ったのだった。

「ぐおおお・・・どうして?」

 信じられないと光秀が驚きながら絶命した。

 その絶命を確認した藤延が、死んだ光秀の短刀を抜いて刀身を血で汚してから光秀に握らせ、

「おお、六角親子の裏切りの責任を取って自害されるとは。さすがは忠臣の明智殿ですな~」

 などと芝居がかった口調で呟き、素知らぬ顔で米蔵を出て、錠を掛けたのだった。





 ◇





 将軍、足利義輝の弟。

 その肩書だけで矢島御所には有象無象の武士が多数集まってきている。

 既に700人近く。

 六角が裏切った今、その内の何人が信用出来るかは不明である。

 いつ寝返るか分からない人間まで連れて行く訳にはいかず、義秋の脱出は近習のみで秘密裏に行われた。

 昼間はさすがに無理だ。

 夜に琵琶湖で舟で比叡山延暦寺を目指した。

 何せ、雨の中でも篝火が焚かれていたので。

 方角を見失わなかったのは御仏の加護であろう。





 美濃の木曽川が雨なのだから南近江も雨である。

 雨の舟での移動中、ようやく足利義秋が留守居役を言い付けた進士藤延が同乗してる事に気付き、

「待て。おまえ、進士藤延ではないのか?」

「いいえ、明智十兵衛光秀にございまする」

 と答えたのは三淵藤英だった。

「何の冗談だ、大和守?」

「十兵衛殿が『六角親子が寝返ったのは自分の失態だ』と責任を重く受毛止め手おられ、日向守に役目の交換を願い出ている現場に出食わして『公方様の命令なのだから無理に決まっていよう』と諌めたのですが、 十兵衛殿が諦めずに『では、名を交換して下され。進士藤延の名であれば公方様の命令違反にはなりますまい』と一休御尚のようなトンチの利いた事を言い始めて、根負けした日向守が承諾してしまい」

 予め用意していたのか、スラスラと藤英が説明した。

 説明を聞いた足利義秋は人を疑う事を知らぬのか、

「ったく、光秀め、憎めぬ奴。若狭に着いたら呼び戻すようにな」

「はっ」

 事前に殺害を承認したので、自害に偽装して殺害された事を知っていた藤英は爽やかな顔で答え、なりゆきを見守っていた藤延が、

「えっと、まさか、オレの名前・・・」

「戻ってくるまで明智十兵衛光秀を名乗るが良い」

 まさかの足利義秋の裁決により、 進士藤延はこの日より明智十兵衛光秀を名乗る破目になったのだった。





 ◇





 「足利義秋が矢島御所から脱出した」とは知らずに九月九日の重陽の節句に間に合うよう雨の中、北近江から矢島御所へと出陣したのが浅井長政である。

「本当に行かれるのですか、この雨の中で?」

 副将の遠藤直経の問いに、

「仕方なかろう。そう約定したのだから」

 浅井長政はそう苦笑し、浅井軍1000人を引き連れて本当に出陣した。

 浅井家は織田とは違い、外交勝者で南近江の佐和山城の返還を躱している。

 その分、兵は出さねばならなかった。

 だが、浅井軍の1000人など誰からも相手にされておらず、義秋が逃亡した連絡すらまだ届いていなかった。

 それでも直経が使える男だったので斥候を放ち、

「何やら変ですぞ、殿。『矢島御所から公方様が消えた』との情報が飛び交っています」

 と報告し、

「それは変だな」

 浅井長政も怪しんだ。





 一方の南近江の観音寺城では、

「浅井軍1000人が雨の中、南近江に侵入してきました」

 との報告が上がってきた為に、上座で、

「何だと?」

 六角義賢が緊張する中、三雲定持が、

「平井殿、まさか孫可愛さに浅井に寝返られたのではあるまいな?」

「失礼な。あの男は無礼にも娘を返してきたのだぞ。誰が味方などするものか、布施殿ではあるまいし」

「御冗談を。京極氏を追い落とした浅井に味方する馬鹿がどこに居るのですか」

「では矢島御所から公方様が消えた事を知らない?」

 蒲生定秀がそう状況を整理すると、

「それは」

「あり得るな」

 重臣達が顔を見合わせた。

 そして定持が、

「これ、騙し討ちにはなりませんよな? 六角家の領地を侵入した浅井が悪いのですから?」

「だが、今の六角の殿の為に兵は出したくありませんな~」

 兵を出し渋ったのが布施公雄で、

「では各自の判断で」

 と重臣達が勝手に決めてしまい、緊急時なので当主の六角義賢も従った。





 進軍する浅井軍1000人は六角軍2300人に襲撃されたが、怪しんでいた事で既に臨戦態勢だったので、

「矢を放てっ!」

 浅井軍が先に応戦し、

「クソ、気付いていたかっ!」

 六角義治が陣頭指揮を取っていたが先制攻撃を受け、

「お逃げ下さい、殿」

 三雲定持の嫡子の三雲持が庇って、

「ぐあああ」

 流れ矢に当たって落馬して絶命したのだった。

「クソ、浅井め。いや公方だ。あの疫病神が南近江に転がり込んで来なければ」

 義治が撤退した事で六角軍は敗走した。

 浅井軍の方も六角軍が攻撃してきた事で、

「殿、これは・・・」 

「ああ、佐和山城に入って確認するまでもない。小谷城に撤退するぞ」

 小競り合いを終えて撤退したのだった。





 ◇





 木曽川の増水で睨み合いが続く織田軍にも遅蒔きに、矢島御所から足利義秋が出奔したとの情報が届いた。

 犬山城の評議の席で、

「東ではなく北に逃げたか~」

 信長が落胆する中、恒興が素知らぬ顔で、

「上洛を目指してた織田軍が美濃で斎藤軍に奇襲されて大々的に負けると良い宣伝になるんですけどね~。斎藤家が悪玉として」

 と言ってから、

「って、悪知恵の柴田が言ってました~」

 付け加えた。

「勝、おまえな~」

 信長が呆れながら、

「年々酷くなってるぞ、性格が。大御ちに折檻されぬようにな」

「最近はされてませんから御安心を」

 と信長と恒興は笑ったのだが、





 雨が上がって数日。

 木曽川の水量が元に戻った事で木曽川を挟んだ対陣に斎藤軍3000人が居ると言うのに、

(『負けいくさをしろ』との密命を受ける破目になるとは。最近、何かがおかしい・・・星周りが悪くなってるのか?)

 柴田勝家は真剣にそう思いながらも、

「全軍、渡河せよ。予定通り南近江の矢島御所に向かうぞ」

 そう命令を下した。

 寄騎の前田利家が慌てて、

「お待ちを、権六殿。対岸には斎藤軍がおりますぞ?」

「ただの出迎えであろう。和議による停戦も終わっている。一緒に上洛する為に待ってただけであろうよ」

「雨の中、ずっと対陣していたのですぞ? そんな訳がありますまい」

「心配し過ぎだ、利家」

 勝家がそう言い、勝家の命令で先鋒隊4000人が進軍を開始するが、





 対岸の木曽川で陣取っていた斎藤軍3000人を率いる武将、長井道利の許に、

「報告、織田軍が渡河を始めました」

 との報告が入った。

 まあ、見れば分かるのだが。

 そして、いくら戦下手とは言ってもすぐに攻撃をしないくらいの分別はある。

 柴田隊4000人が木曽川を渡ったのを待ってから、

「全軍、織田軍に攻撃せよっ!」

 との号令で斎藤軍は織田軍の柴田隊に攻撃したのだった。

 斎藤軍が攻撃をしてきたのを受けて、

「言わんこっちゃないっ!」

 前田利家がそう言いながら、

「迎撃しろっ!」

 と吠えたが、その横で柴田勝家が、

「撤退だっ! 武器を捨てて木曽川を泳いで逃げよっ!」

 そう命令を下したので、

「権六殿、何を・・・まさか、信長様の御命令?」

「知らんでよいっ! 逃げるぞっ!」

 そう言って柴田勝家はさっさと木曽川に馬のまま飛び込んで、利家以下部下達も続いたのだった。





 大将がさっさと逃げたのだから織田軍先鋒隊の4000人は総崩れ。

 それを背後から襲った斎藤軍の圧倒的勝利で終わった。





 だが、勝った方が大変で、





 勝利後の美濃稲葉山城の評議の席では、

「何を考えておるんだ、貴様は? 公方様の和議を破るとはっ!」

 そう長井道利を叱責してるのは織田軍への攻撃命令を下したはずの斎藤龍興だった。

 当然、道利の反応は、

「へっ?」

 である。

 対して怒り心頭の龍興が、

「氏家のジイ、長井をどう裁く?」

 氏家直元は、やれやれ、と呟いてから、

「三点ですな」

 十点満点中で。

「何がだ?」

「演技がですよ」

「駄目か、今の?」

「ええ。道三様ならもっと上手く演じておりましたぞ」

 とひょうした直元が、

「それよりも公方様が仲裁した和議を破棄して織田軍に攻撃とは。殿はどうなさるおつもりなのですか? これで美濃の領地返還は永久に流れましたぞ」

「ふん、織田は最初から領地を返還する気なんぞなかったわ」

 龍興のその言葉に直元はぬけぬけと、

「ですので、織田の主力が京に出向いてる隙に美濃の領地を奪還し、更には尾張へ侵攻すると思っておりましたが」

「・・・そんな事を氏家のジイは考えておったのか?」

 そっちにすれば良かった、と思いながら龍興は呆れた。

「はい。兵を3000しか南近江に送らないのもその為かと」

「ジイ、そういう大切な事は事前にオレに進言せぬか」

「いやいや、聞かれませんでしたので」

「まあ、やってしまったものは仕方あるまい」

「それで、まさか、殿は将軍殺しの三好と通じてはいないでしょうな? 斎藤家は先代の義龍様が将軍家の御一門の一色の名跡を貰っており、それを裏切ると何かと面倒ですぞ」

「問題ない。三好が別の将軍を立てる事が既に決まっているのでな」

 龍興はそう勝ち誇ったが、直元は懐疑的に、

「領地が面していない三好などと結んで、本当に織田から美濃が守れると思っておられるのですかな、殿は?」

「六角とも同盟を結んだから問題ない」

「お待ちを。六角は美濃の守護だった土岐氏に嫁を出しており、土岐氏を追い出した斎藤家を憎んでおりますのにどうやって同盟を?」

「息子の方は話が通じたのでな」

「なるほど。話が通じたのであれば問題ないでしょう」

 と考えながら承諾した直元に、龍興が、

「それよりも織田軍に靡いた美濃の国衆連中よ。どうすればよいと思う?」

「今回のいくさの勝利を大々的に宣伝して織田よりも斎藤が強いと理解させるのが肝要かと」

 その進言によって大々的に斎藤家は「河野島の戦い」を宣伝したのだった。





 つまりは、美濃斎藤家は将軍殺しの三好一派の仲間と周囲に宣伝したのである。





 尾張小牧山城で斎藤家が勝利を宣伝してる情報を掴んだ信長は、

「ふふふ、『父殺し』の汚名で苦慮した父親の姿を見てぬらしいな、龍興は。三好なんぞに与するとは。これでようやく美濃はいただきだな」

 そう喜んだ。

「はい。さすがは信長様です」

 墨俣城の城代ながら呼び出された秀吉がそう追従した。

 部屋には信長、秀吉の二人しかいない。

 密談である。

「負けいくさは勝の進言だがな」

「さすがは勝様」

「サル、次の段階に移った事は分かるな」

「はい。伊勢の切り崩しですね。サルに命じていただければ」

「いや、サルは美濃だ。『戦わずして勝つ』が上策と昔教わったが、オレから言わせれば『敵の兵を丸ごと取り込んで勝つ』が上策だ」

「美濃の強兵を丸ごと取り込む訳ですね。西美濃三人衆は既に織田に靡いていると聞きましたが」

「今回の将軍殺しの三好一派に龍興が与した事で確定だろう」

 と笑った信長だったが、真顔になり、

「ーー但し、安藤が臭い」

「畏まりました。気を付けまする」

「そして稲葉山城を乗っ取った竹中だ。勝も『許す』と言ってるのでな。出来れば欲しい」

「渡りを付けまする」

「同時に北近江の浅井の若当主の評判も探れ」

「はっ!」

 その後も信長は秀吉に幾つかの命令を下したのだった。





 若狭後瀬山城。

 妹婿の若狭守護の武田義統を頼って到着した足利義秋は斎藤家が三好に与した噂を聞き、

「あの恩知らずの斎藤がっ! 絶対に許さんぞっ!」

 そう息巻いたのだった。

 出迎えたのは当主の義統だったが、言いにくそうに、

「義秋殿、実は若狭は今、国内が安定しておらず京まで兵が派遣出来ないのだが」

「そうなのか?」

 若狭の兵を当てにしていた義がそう落胆した。

「ええ。尾張の織田を頼るとよろしかろう」

 義統が織田を推薦したのは若狭守護として無能ではなかったからである。

 現実が見えており、有能と言えた。

 ただ地盤が悪過ぎて詰んでおり、若狭での挽回は不可能であったが。

「ん? 尾張に? ここより南ではなかったか?」

「ええ、そうです」

「せっかく若狭まできたのに。越前の朝倉は駄目なのか?」

「駄目ですな。加賀に一向一揆を抱え、とてもではないが京まで兵を出せぬでしょうから。刻を無駄にしますぞ」

「・・・ふむ。だが書状だけは書いておこう」

 などと言って書状を書いた為に、朝倉義景に上手い事言われて越前にのこのこと出向いてしまい、

 足利義秋は大切な時期に大切な1年間を無駄にするのだった。





 登場人物、1566年度





 布施公雄(43)・・・六角家の家臣。大森城主。義治が無断で斎藤家と婚姻を結ぼうとした際は関与した。観音寺騒動後、六角家と距離を取る。この年、浅井に寝返ってない。

 能力値、独断の公雄C、主を替えたいA、面従腹背B、六角家への忠誠D、六角家からの信頼B、六角家臣団での待遇A

 平井定武(61)・・・六角家の家臣。六宿老の一人。通称、加賀守。娘が浅井長政の最初の正室。浅井万福丸は孫。

 能力値、頑固者の定武C、名前が残ったのは娘のお陰A、まだまだ元気A、六角家への忠誠C、六角家からの信頼A、六角家臣団での待遇S

 蒲生定秀(58)・・・六角家の家臣。日野城主。別名、藤十郎。官位、下野守。室は馬淵山城守の娘。六角家の重臣中の重臣。北伊勢の関家、神戸家に娘を嫁がせてる。

 能力値、北伊勢狙いの定秀B、両藤に次ぐ蒲生A、有能一族A、六角家への忠誠B、六角家からの信頼S、六角家臣団での待遇S

 三雲定持(36)・・・六角家の家臣。甲賀五十三家の一つ。何も知らぬ浅井軍を討つ提案をした為に嫡子を戦場で失う。

 能力値、忠臣の定持B、甲賀者B、沈む舟から逃げずC、六角家への忠誠C、六角家からの信頼B、六角家臣団での待遇A

 浅井長政(21)・・・北近江の大名。通称、新九郎。離婚した妻は平井定武の娘。流鏑馬の長政。火縄銃に詳しい。外交上手。朝倉が嫌い。

 能力値、流鏑馬の長政A、国友村持ちの浅井A、国友で火縄銃を学ぶA、豊かな北近江B、足引っ張りの父S、外交上手A

 遠藤直経(32)・・・浅井家の家臣。通称、喜右衛門。知勇兼備の謀将。忍び使いの直経。

 能力値、忍び使いの直経SS、 国友より刀A、必要とあらば毒をB、長政への忠誠A、長政からの信頼S、浅井家臣団での待遇C

 三雲腎持(18)・・・六角家の家臣。父は定持。子の賢春は真田十勇士の猿飛佐助との俗説あり。

 能力値、息子は軍記物の有名人S、甲賀者C、六角家への忠誠A、六角家からの信頼D、六角家臣団での待遇D、本日の運勢最悪★★★

 木下秀吉(29)・・・将来の天下人。出しゃばり。信長の傍に良く出没。槍働きよりも知恵で信長に貢献。墨俣に一夜城を築く。墨俣城主。

 能力値、天下人の才気S、人誑しの秀吉SS、愛妻ねねS、信長への忠誠A、信長からの信頼C、織田家臣団での待遇E

 武田義統(40)・・・若狭守護。武田氏一門の本流だが風前の灯火。母は六角定頼の娘。正室は足利義晴の娘。側室は京極高吉の娘、松子。足利義秋に実弟を出仕させる。

 能力値、武田一門本流A、有能だが家は風前の灯火A、義秋が転がり込むも何も出来ずA、小浜の銭C、助言は金言S
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この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

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