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1566年、三代目蝮の悪名
従五位下、左馬頭
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【斎藤家、三好家と通じてるとの流言流布説、採用】
【足利義秋が和田惟政に詫び状を書いたのはこの時期説、採用】
【三好義継、三人衆に蔑ろにされ始めた説、採用】
【織田小ち、婚姻この年説、採用】
【織田信包、池田恒興に敬語説、採用】
【森寺忠勝、1543年生まれ説、採用】
【稲葉良通、池田恒興を吟味してから織田に内通するか決めた説、採用】
四月。
足利義秋が従五位下、左馬頭に任官された。
この官位は足利直義の任官を嘉例として征夷大将軍になる者が前段階で就くとされており、これにより義秋が次の将軍である事を日本中に示す事となった。
◇
矢島御所にて、足利義秋が上座から側近全員に、
「どうして兄が三好と通じ、なおかつ父殺しを犯した危険な美濃の斎藤なんぞに足利一門である一色の家名を与えたのか詳しく申せ」
不機嫌そうに直答していた。
「斎藤龍興が兄を殺した三好と通じている」との噂を耳にしたからである。
そして先代の義龍は「父親殺し」。
先々代の道三は主家の土岐氏を追放した「下剋上も申し子」。
斎藤家は悪評を吹き込むまでもなく二代続けて悪人揃いなので、少し流言すれば尾ヒレは面白いように付いた。
三淵藤英が家臣を代表して、
「三好家から美濃斎藤家を引き剥がす為にございまする。当時、美濃斎藤家は三好と昵懇でして。姻戚をするとの噂もありましたから」
「それで一色の名跡を。破格過ぎないか?」
考えるように問う義秋の問いに、実は斎藤家に一色の家名を与えるのは反対だった藤英が、
「伊勢氏と婚姻を結び、斎藤は既に官位を得ており、名跡を与えるしかなく。ですが、その甲斐あって斎藤の先代は三好から公方様に転びました」
「だが、その跡継ぎはその恩を忘れて再び三好に転んだ訳か」
義秋がそう不機嫌そうに言い、
「尾張の織田とかいう下級武士の方がマシであったな。『美濃に領地を返せ』と命令したのは早計だったか?」
「公方様、まだ織田は領地の返還に応じてませんよ」
そう伝えたのは明智光秀である。
「何故だ? 余の命令を何だと思っておる。どういう事だ?」
「『斎藤は信用にあたわず、公方様の上洛後に返還する』とーー」
細川藤孝がそう答え、
「ほう、なかなか聡明なようだな」
と呟いてから、ふと、
「そう言えば、和田はどうした? まさか、まだ尾張から帰ってきていないのか?」
その言葉に全員が苦笑しつつも、三淵藤英が言葉を選びながら、
「南近江出身ゆえ六角家が信用出来ぬ事を知っており、いつ公方様が和田に戻ってきても良いように城を守ってると聞いております」
それには越前に連れ帰るのが目的の明智光秀が、
「公方様が御座所を移した事を怒っていると伺いましたが」
「・・・何と短慮な」
義秋が呆れたので、慌てて細川藤孝が、
「自領に公方様が下向されたのが余程嬉しかったのかと。それなのに何も言わずに発たれてはさすがのお調子者も落胆するかと」
「ったく、詫びの文でも書いてやるか」
そんな事を喋りながら、今後の対策に臨んだのだった。
河内高屋城の三好義継の御前では後見人の三好三人衆が難しい顔で議論していた。
議題は松永久秀が逃した足利義秋が左馬頭の官位を得た事だ。
三好家は京の事情にも精通しているので、それが何を意味するのか十二分に理解しており、
「左馬頭は拙いぞ。将軍に就任する前の官位なのだからな」
「公家どもめ。どこまで我らに逆らえば気が済むのだ」
「それよりも松永ですよ。どこまでも祟ってくれる。あの男が弟を逃がしていなければこんな苦労はしなかったというのに」
三好長逸、三好政康、岩成友通が真面目に議論し、
「六角を味方に引き入れるしかあるまい?」
「それが良いかと。弟が将軍になったら我らは逆賊となる。それだけは阻止せねば。別の者を将軍に添えましょう」
「ならば一層、将軍になる前に弟を殺すというのは?」
真面目に喋ってるが、上座の義継は興味がなく、
「ふぁ~」
と欠伸をしてしまい、
「集中なさりませ」
「アナタ様は三好本家の当主ですぞ」
「やれやれですな」
と三人衆に嫌味を言われて内心で、
(当主はオレで、三人はただの後見人なだけだよな?)
そう思ったのだった。
尾張小牧山城では信長に呼ばれて恒興が出向き、
「どうされました、信長様?」
「美濃で調略をさせてる五郎左と接触した西美濃の安藤守就が尾張に内応すると言ってきおった」
「それはおめでとうございます」
「更には氏家と稲葉も身内を誘拐して他の二人も帰順させる策があるとも」
「ほう。ですが、その二人よりも一年で北近江の出仕を辞めた婿の竹中が欲しいと言われた方がよろしいかと」
「無論、五郎左もそう言ったさ。だが竹中は無理らしい」
「それは残念。それでオレを呼ばれた訳は?」
「安藤がその策を実行する織田の工作部隊を貸して欲しいと言ってきおった」
「わかりました。必ずや信長様の御期待に添える結果を・・・」
合点がいった恒興がそう返事したのに対して、信長が、
「待て待て。違うぞ、勝。早とちりをするな」
「?」
「その任務は権六にやらせる」
「え? 柴田は今、手こずってる墨俣の築城の普請を・・・」
「そっちを勝に任せたい」
「ええ~。嫌ですよ、あんな失敗すると分かってる場所での築城なんて」
城の普請奉行の仕事をそもそも嫌ってる恒興が、
「そうだ、普請が得意な秀吉にでもやらせたらどうですか」
「サルを下に付けて勝にやらせる予定だったのだがな」
「それならば秀吉に直接御命令を。秀吉も自分の手柄になる仕事の方が働き甲斐があるでしょうし」
「サルに墨俣を押し付けるその心は?」
「手の開いたオレは南近江に居る次の将軍様の顔を見に・・・」
「駄目だぞ、勝。おまえはヤラカすからな。それに、どうもその弟御は古びた血統重視らしいし」
「では、ますますオレが最適ではありませんか。我が池田家も源泰政を祖に持つ立派な摂津池田氏からの派生ですので。それに父は12代将軍様に仕えて紀伊守の官位を貰った事があるらしく」
「本当か?」
事実が不明である事を知っている信長が笑いながら問うと、
「と、母上が申しておりました」
恒興は素知らぬ顔で答えた。
恒興が三歳の時に父親が死んでいるのだ。
系譜は不明で、摂津池田氏、美濃池田氏、近江池田氏のどこからの派生なのか、それとも勝手に名乗った池田氏なのか正直知らなかった。
官位の話も嘘臭い。
何せ、父親は婿養子なのだから。
官位を貰ってる家名なのに、わざわざ池田家に養子に入るのも変だ。
だが、逆にそんな人物を養子に取ってまでわざわざ池田家の家名を残してるのだから、系譜はやはり摂津池田氏から続いている、とも考えられた。
「それでも駄目だ。矢島御所対策は引き続き、和田の弟にやらせる」
「ええ~、オレ、それだと暇なんですけど~」
「なら、小ちの祝言にでも列席してやれ」
「そろそろでしたね。夫は織田藤左衛門家の信張殿の子の信直殿でしたっけ?」
「ああ、小田井城主でもある。問題なかろう」
「美濃を平らげようとしている日の出の信長様を相手に今更裏切るような真似はしないと思いますが」
恒興がそう水を向けた。
もっと良い相手でも良かったのでは、という意味で。
信長も苦笑しながら、
「仕方あるまい。尾張を統一した直後に嫁ぎ先を決めてしまったからな」
そう言ったのだった。
◇
吉日に、小田井城で織田小ちの祝言となった。
花嫁の小ちは十五歳。
戦国の世なので年齢的には問題はない。
相手は信長の父の信秀の時代に尾張で隆盛を極めた三奉行筆頭の織田藤左衛門家。
政略以外の何物でもなかったが、何ら問題はない。
小ちは織田の姫なのだから。
信長は当然、妹の祝言に一々列席などせず、母親の養徳院も警備上の理由で列席は見送っている。
信長の乳母でもある養徳院は織田家でも特別扱いなのだ。
何か不手際があったら小田井城が簡単に吹き飛ぶので。
今回の花嫁側の代理は兄の信広の都合が悪かったのか、それとも代理にも格があり、その格上としてか、信長の同腹の弟の織田信包が務めていた。
恒興はこの七歳年下の織田家の御曹司、信包が大の苦手だった。
何故ならば、
「お久しぶりです、勝様」
様付けで恒興を呼ぶからだ。
その上、敬語である。
織田家の御曹司、それも信長の弟なのに。
家臣の誰にでも、そうするのではない。
恒興にだけ敬語なのだ。
「だから止めて下さいよ、三十郎殿。様付けで呼ぶの。アナタ様は信長様の弟様なのですよ。もっと偉そうにしていただかないと家臣が困りますって」
「いえいえ、兄にそう呼ぶように言われておりますので」
これは本当だ。
過去に「勝」と呼び捨てにしてるところを虫の居所が悪かった信長が見咎めて、
「三十郎が勝を呼び捨てなど十年早いわ。勝様と呼べいっ!」
との一喝で、呼び方が決まってしまったのだから。
母親の養徳院経由で信長に取り成したが、まだ撤回されておらずこのザマだった。
一門衆と同格扱いとはいえ、これには恒興もうんざりである。
家臣達の視線が気になって。
その信包が、
「斎藤家とは和議になるのですか?」
「御冗談を。将軍様を殺した三好と通じている斎藤家と和議などをしたら亡き将軍様に申し訳が立ちませんよ。三好一派など潰すのみです」
と喋ったが、それは美濃側に筒抜けとなる結果となった。
その帰りの事である。
恒興は那古野城に立ち寄って母親の養徳院に、
「無事に小ちは嫁入り致しました」
「それは良かったわ。列席、ありがとね、勝」
「いえいえ。では、小牧山城の信長様にも報告がございますので」
那古野城の城下の一宮つるの許で一泊したいのを我慢して、小牧山城へ馬で急いだのだが、
田園風景の道に地蔵が立つ尾張の某所で御隠居風の男と出会った。
「ちと物を尋ねたいのだがのう」
「オレですか?」
「うむ」
「今の織田の殿様はどういう御仁なのかね?」
「『悪戯好きな子供がそのまま大人になった』ってところでしょうか」
馬に乗ったまま、祝言帰りの烏帽子姿の恒興が答えた。
別に警戒もしていない。
相手が誰か分かっているのだから。
正確には見た事がある。
確か美濃の宿老の稲葉良通だ。
そしてまだ四月だ。
田園は田植え前で遮蔽物はない。
馬の上から周囲をそれとなく見渡すも良通には護衛は一人も居なかった。
対する恒興の方は一人ではない。
従者として、馬に乗るのは家宰の森寺秀勝の息子の森寺忠勝と、他に二名である。
声を掛けてきた老人を忠勝は追い払おうとしたが、恒興が手で制していたので会話が成立していた。
「自分の殿様を褒めないのかね?」
「褒めてるつもりですが」
恒興は真顔で答えた。
「ふむ。織田家と言えば美濃の蝮の牙を討ち取った凄腕が居ったのう。確か池田勝三郎とか言ったか。その者はどういった御仁かね?」
「運が良い男かと」
「運が良い?」
「母親が今の殿の乳母となり、先代の信秀様に見染められて子を授かり、その姫御も本日、織田藤左衛門家の御曹司と祝言したのですから」
「武勇の方は? 蝮の牙を討ち取ったのだから凄腕なのだろう?」
「いやいや、あれも運ですな。相手の爺様、『死にたがってた』と聞きましたから」
「・・・死にたがってた?」
「布団の上よりも戦場でね。その爺様に二百で夜襲なんて命じたら死ぬまで戦いますって。蝮の二の牙が落ちたのはそれが原因ですな」
「なるほど」
「後、二人掛かりでしたし。それに、ほら」
シャキッと刀を抜いて老人に見せた。
「凄い名刀ですな」
先程までは他人事のように話していたが、
「でしょ。三好に殺された将軍様からの拝領品です。『先が少し刃毀れした』とか言われての。これで相手の刀を折れたのが勝因ですから。なのに『実力で倒した』なんて勝ち誇ったら、あの爺様が夢に出てきて『実力で倒しただと? 運だろうが、あんなの』と喚き散らしますよ」
刀を鞘に収めた恒興に対して、話をしていた良通が感じ入ったのか、
「ふふふ」
と笑い、
「そうそう、先程、妙なお武家様から書状を預かりましたっけ。織田の殿様宛てのを」
「預かりましょう」
「では」
「ええ」
と言ってから、
「そうだ、忘れてた。安藤には気を付けなされよ。織田に内応し、更には土産として氏家と稲葉の身内を押さえて織田に投降させると言ってましたので」
そう捨て台詞を吐いた後、恒興は馬を歩かせて去っていったのだった。
少し離れたところで、馬で並走する忠勝が、
「知り合いだったんですか、今の爺様と?」
「あれは美濃の宿老、稲葉良通だよ」
「はあ?」
仰天した忠勝が、
「では殺さないと」
「冗談だろ。蝮の牙は戦場で討ち取らないと意味がないのに」
そう笑って恒興はそのまま小牧山城へと向かい、
祝言を終えた報告を信長にしてから、
「そうそう、帰りにお忍びで一人で尾張に来ていた美濃の宿老、稲葉良通が信長様にこれを」
預かった書状を渡した。
信長が書状を見て、
「おっと、稲葉も『味方したい』と言ってきおったぞ」
「それはようございましたね」
「だが・・・義龍の系譜と稲葉は血が繋がっていたであろう。甥の息子のーー又甥だったか? 出来過ぎではないのか、この投降は? 罠の匂いがするな」
「三代目が見限られただけでは? 稲葉山城を取られたのですから」
「ふむ」
と信長は疑ったのだった。
登場人物、1566年度
織田信包(23)・・・織田一門衆。信長の同腹の弟。通称、三十郎。信長に疎まれぬよう絶対服従。才を隠す。織田一門衆次席。恒興に敬語。
能力値、織田一門衆A、才隠しの信包A、信勝の二の舞は御免A、戦働きに憧れるC、信長への忠誠S、信長からの信頼C
養徳院(51)・・・池田恒興の実母。信長の乳母。先代、信秀の側室。折檻は尻叩き。信秀の六女、小ちの実母。
能力値、信長の乳母A、先代織田家当主の側室A、恒興を正しく導くS、信長からの信頼S、織田家臣の女房衆からの尊敬A、政治には口を挟まずA
稲葉良通(50)・・・斎藤家の六宿老。別名、彦四郎。蝮の八の牙。きかん坊。誠の仁者。道三に似てきた龍興を見て遂に見限り、織田への内応を模索する。
能力値、蝮の八の牙の良通S、きかん坊A、斎藤家の家宰B、龍興への忠誠E、龍興からの信頼B、斎藤家臣団での待遇C
森寺忠勝(23)・・・池田家の重臣。信長の近習。先代の織田信秀の重臣、森寺秀勝の息子。文武両道。城普請が得意。
能力値、城普請の忠勝B、銭勘定はお手の物A、鉄砲撃ちより鷹狩りB、恒興への忠誠B、信長への忠誠S、池田家臣団での待遇A
【足利義秋が和田惟政に詫び状を書いたのはこの時期説、採用】
【三好義継、三人衆に蔑ろにされ始めた説、採用】
【織田小ち、婚姻この年説、採用】
【織田信包、池田恒興に敬語説、採用】
【森寺忠勝、1543年生まれ説、採用】
【稲葉良通、池田恒興を吟味してから織田に内通するか決めた説、採用】
四月。
足利義秋が従五位下、左馬頭に任官された。
この官位は足利直義の任官を嘉例として征夷大将軍になる者が前段階で就くとされており、これにより義秋が次の将軍である事を日本中に示す事となった。
◇
矢島御所にて、足利義秋が上座から側近全員に、
「どうして兄が三好と通じ、なおかつ父殺しを犯した危険な美濃の斎藤なんぞに足利一門である一色の家名を与えたのか詳しく申せ」
不機嫌そうに直答していた。
「斎藤龍興が兄を殺した三好と通じている」との噂を耳にしたからである。
そして先代の義龍は「父親殺し」。
先々代の道三は主家の土岐氏を追放した「下剋上も申し子」。
斎藤家は悪評を吹き込むまでもなく二代続けて悪人揃いなので、少し流言すれば尾ヒレは面白いように付いた。
三淵藤英が家臣を代表して、
「三好家から美濃斎藤家を引き剥がす為にございまする。当時、美濃斎藤家は三好と昵懇でして。姻戚をするとの噂もありましたから」
「それで一色の名跡を。破格過ぎないか?」
考えるように問う義秋の問いに、実は斎藤家に一色の家名を与えるのは反対だった藤英が、
「伊勢氏と婚姻を結び、斎藤は既に官位を得ており、名跡を与えるしかなく。ですが、その甲斐あって斎藤の先代は三好から公方様に転びました」
「だが、その跡継ぎはその恩を忘れて再び三好に転んだ訳か」
義秋がそう不機嫌そうに言い、
「尾張の織田とかいう下級武士の方がマシであったな。『美濃に領地を返せ』と命令したのは早計だったか?」
「公方様、まだ織田は領地の返還に応じてませんよ」
そう伝えたのは明智光秀である。
「何故だ? 余の命令を何だと思っておる。どういう事だ?」
「『斎藤は信用にあたわず、公方様の上洛後に返還する』とーー」
細川藤孝がそう答え、
「ほう、なかなか聡明なようだな」
と呟いてから、ふと、
「そう言えば、和田はどうした? まさか、まだ尾張から帰ってきていないのか?」
その言葉に全員が苦笑しつつも、三淵藤英が言葉を選びながら、
「南近江出身ゆえ六角家が信用出来ぬ事を知っており、いつ公方様が和田に戻ってきても良いように城を守ってると聞いております」
それには越前に連れ帰るのが目的の明智光秀が、
「公方様が御座所を移した事を怒っていると伺いましたが」
「・・・何と短慮な」
義秋が呆れたので、慌てて細川藤孝が、
「自領に公方様が下向されたのが余程嬉しかったのかと。それなのに何も言わずに発たれてはさすがのお調子者も落胆するかと」
「ったく、詫びの文でも書いてやるか」
そんな事を喋りながら、今後の対策に臨んだのだった。
河内高屋城の三好義継の御前では後見人の三好三人衆が難しい顔で議論していた。
議題は松永久秀が逃した足利義秋が左馬頭の官位を得た事だ。
三好家は京の事情にも精通しているので、それが何を意味するのか十二分に理解しており、
「左馬頭は拙いぞ。将軍に就任する前の官位なのだからな」
「公家どもめ。どこまで我らに逆らえば気が済むのだ」
「それよりも松永ですよ。どこまでも祟ってくれる。あの男が弟を逃がしていなければこんな苦労はしなかったというのに」
三好長逸、三好政康、岩成友通が真面目に議論し、
「六角を味方に引き入れるしかあるまい?」
「それが良いかと。弟が将軍になったら我らは逆賊となる。それだけは阻止せねば。別の者を将軍に添えましょう」
「ならば一層、将軍になる前に弟を殺すというのは?」
真面目に喋ってるが、上座の義継は興味がなく、
「ふぁ~」
と欠伸をしてしまい、
「集中なさりませ」
「アナタ様は三好本家の当主ですぞ」
「やれやれですな」
と三人衆に嫌味を言われて内心で、
(当主はオレで、三人はただの後見人なだけだよな?)
そう思ったのだった。
尾張小牧山城では信長に呼ばれて恒興が出向き、
「どうされました、信長様?」
「美濃で調略をさせてる五郎左と接触した西美濃の安藤守就が尾張に内応すると言ってきおった」
「それはおめでとうございます」
「更には氏家と稲葉も身内を誘拐して他の二人も帰順させる策があるとも」
「ほう。ですが、その二人よりも一年で北近江の出仕を辞めた婿の竹中が欲しいと言われた方がよろしいかと」
「無論、五郎左もそう言ったさ。だが竹中は無理らしい」
「それは残念。それでオレを呼ばれた訳は?」
「安藤がその策を実行する織田の工作部隊を貸して欲しいと言ってきおった」
「わかりました。必ずや信長様の御期待に添える結果を・・・」
合点がいった恒興がそう返事したのに対して、信長が、
「待て待て。違うぞ、勝。早とちりをするな」
「?」
「その任務は権六にやらせる」
「え? 柴田は今、手こずってる墨俣の築城の普請を・・・」
「そっちを勝に任せたい」
「ええ~。嫌ですよ、あんな失敗すると分かってる場所での築城なんて」
城の普請奉行の仕事をそもそも嫌ってる恒興が、
「そうだ、普請が得意な秀吉にでもやらせたらどうですか」
「サルを下に付けて勝にやらせる予定だったのだがな」
「それならば秀吉に直接御命令を。秀吉も自分の手柄になる仕事の方が働き甲斐があるでしょうし」
「サルに墨俣を押し付けるその心は?」
「手の開いたオレは南近江に居る次の将軍様の顔を見に・・・」
「駄目だぞ、勝。おまえはヤラカすからな。それに、どうもその弟御は古びた血統重視らしいし」
「では、ますますオレが最適ではありませんか。我が池田家も源泰政を祖に持つ立派な摂津池田氏からの派生ですので。それに父は12代将軍様に仕えて紀伊守の官位を貰った事があるらしく」
「本当か?」
事実が不明である事を知っている信長が笑いながら問うと、
「と、母上が申しておりました」
恒興は素知らぬ顔で答えた。
恒興が三歳の時に父親が死んでいるのだ。
系譜は不明で、摂津池田氏、美濃池田氏、近江池田氏のどこからの派生なのか、それとも勝手に名乗った池田氏なのか正直知らなかった。
官位の話も嘘臭い。
何せ、父親は婿養子なのだから。
官位を貰ってる家名なのに、わざわざ池田家に養子に入るのも変だ。
だが、逆にそんな人物を養子に取ってまでわざわざ池田家の家名を残してるのだから、系譜はやはり摂津池田氏から続いている、とも考えられた。
「それでも駄目だ。矢島御所対策は引き続き、和田の弟にやらせる」
「ええ~、オレ、それだと暇なんですけど~」
「なら、小ちの祝言にでも列席してやれ」
「そろそろでしたね。夫は織田藤左衛門家の信張殿の子の信直殿でしたっけ?」
「ああ、小田井城主でもある。問題なかろう」
「美濃を平らげようとしている日の出の信長様を相手に今更裏切るような真似はしないと思いますが」
恒興がそう水を向けた。
もっと良い相手でも良かったのでは、という意味で。
信長も苦笑しながら、
「仕方あるまい。尾張を統一した直後に嫁ぎ先を決めてしまったからな」
そう言ったのだった。
◇
吉日に、小田井城で織田小ちの祝言となった。
花嫁の小ちは十五歳。
戦国の世なので年齢的には問題はない。
相手は信長の父の信秀の時代に尾張で隆盛を極めた三奉行筆頭の織田藤左衛門家。
政略以外の何物でもなかったが、何ら問題はない。
小ちは織田の姫なのだから。
信長は当然、妹の祝言に一々列席などせず、母親の養徳院も警備上の理由で列席は見送っている。
信長の乳母でもある養徳院は織田家でも特別扱いなのだ。
何か不手際があったら小田井城が簡単に吹き飛ぶので。
今回の花嫁側の代理は兄の信広の都合が悪かったのか、それとも代理にも格があり、その格上としてか、信長の同腹の弟の織田信包が務めていた。
恒興はこの七歳年下の織田家の御曹司、信包が大の苦手だった。
何故ならば、
「お久しぶりです、勝様」
様付けで恒興を呼ぶからだ。
その上、敬語である。
織田家の御曹司、それも信長の弟なのに。
家臣の誰にでも、そうするのではない。
恒興にだけ敬語なのだ。
「だから止めて下さいよ、三十郎殿。様付けで呼ぶの。アナタ様は信長様の弟様なのですよ。もっと偉そうにしていただかないと家臣が困りますって」
「いえいえ、兄にそう呼ぶように言われておりますので」
これは本当だ。
過去に「勝」と呼び捨てにしてるところを虫の居所が悪かった信長が見咎めて、
「三十郎が勝を呼び捨てなど十年早いわ。勝様と呼べいっ!」
との一喝で、呼び方が決まってしまったのだから。
母親の養徳院経由で信長に取り成したが、まだ撤回されておらずこのザマだった。
一門衆と同格扱いとはいえ、これには恒興もうんざりである。
家臣達の視線が気になって。
その信包が、
「斎藤家とは和議になるのですか?」
「御冗談を。将軍様を殺した三好と通じている斎藤家と和議などをしたら亡き将軍様に申し訳が立ちませんよ。三好一派など潰すのみです」
と喋ったが、それは美濃側に筒抜けとなる結果となった。
その帰りの事である。
恒興は那古野城に立ち寄って母親の養徳院に、
「無事に小ちは嫁入り致しました」
「それは良かったわ。列席、ありがとね、勝」
「いえいえ。では、小牧山城の信長様にも報告がございますので」
那古野城の城下の一宮つるの許で一泊したいのを我慢して、小牧山城へ馬で急いだのだが、
田園風景の道に地蔵が立つ尾張の某所で御隠居風の男と出会った。
「ちと物を尋ねたいのだがのう」
「オレですか?」
「うむ」
「今の織田の殿様はどういう御仁なのかね?」
「『悪戯好きな子供がそのまま大人になった』ってところでしょうか」
馬に乗ったまま、祝言帰りの烏帽子姿の恒興が答えた。
別に警戒もしていない。
相手が誰か分かっているのだから。
正確には見た事がある。
確か美濃の宿老の稲葉良通だ。
そしてまだ四月だ。
田園は田植え前で遮蔽物はない。
馬の上から周囲をそれとなく見渡すも良通には護衛は一人も居なかった。
対する恒興の方は一人ではない。
従者として、馬に乗るのは家宰の森寺秀勝の息子の森寺忠勝と、他に二名である。
声を掛けてきた老人を忠勝は追い払おうとしたが、恒興が手で制していたので会話が成立していた。
「自分の殿様を褒めないのかね?」
「褒めてるつもりですが」
恒興は真顔で答えた。
「ふむ。織田家と言えば美濃の蝮の牙を討ち取った凄腕が居ったのう。確か池田勝三郎とか言ったか。その者はどういった御仁かね?」
「運が良い男かと」
「運が良い?」
「母親が今の殿の乳母となり、先代の信秀様に見染められて子を授かり、その姫御も本日、織田藤左衛門家の御曹司と祝言したのですから」
「武勇の方は? 蝮の牙を討ち取ったのだから凄腕なのだろう?」
「いやいや、あれも運ですな。相手の爺様、『死にたがってた』と聞きましたから」
「・・・死にたがってた?」
「布団の上よりも戦場でね。その爺様に二百で夜襲なんて命じたら死ぬまで戦いますって。蝮の二の牙が落ちたのはそれが原因ですな」
「なるほど」
「後、二人掛かりでしたし。それに、ほら」
シャキッと刀を抜いて老人に見せた。
「凄い名刀ですな」
先程までは他人事のように話していたが、
「でしょ。三好に殺された将軍様からの拝領品です。『先が少し刃毀れした』とか言われての。これで相手の刀を折れたのが勝因ですから。なのに『実力で倒した』なんて勝ち誇ったら、あの爺様が夢に出てきて『実力で倒しただと? 運だろうが、あんなの』と喚き散らしますよ」
刀を鞘に収めた恒興に対して、話をしていた良通が感じ入ったのか、
「ふふふ」
と笑い、
「そうそう、先程、妙なお武家様から書状を預かりましたっけ。織田の殿様宛てのを」
「預かりましょう」
「では」
「ええ」
と言ってから、
「そうだ、忘れてた。安藤には気を付けなされよ。織田に内応し、更には土産として氏家と稲葉の身内を押さえて織田に投降させると言ってましたので」
そう捨て台詞を吐いた後、恒興は馬を歩かせて去っていったのだった。
少し離れたところで、馬で並走する忠勝が、
「知り合いだったんですか、今の爺様と?」
「あれは美濃の宿老、稲葉良通だよ」
「はあ?」
仰天した忠勝が、
「では殺さないと」
「冗談だろ。蝮の牙は戦場で討ち取らないと意味がないのに」
そう笑って恒興はそのまま小牧山城へと向かい、
祝言を終えた報告を信長にしてから、
「そうそう、帰りにお忍びで一人で尾張に来ていた美濃の宿老、稲葉良通が信長様にこれを」
預かった書状を渡した。
信長が書状を見て、
「おっと、稲葉も『味方したい』と言ってきおったぞ」
「それはようございましたね」
「だが・・・義龍の系譜と稲葉は血が繋がっていたであろう。甥の息子のーー又甥だったか? 出来過ぎではないのか、この投降は? 罠の匂いがするな」
「三代目が見限られただけでは? 稲葉山城を取られたのですから」
「ふむ」
と信長は疑ったのだった。
登場人物、1566年度
織田信包(23)・・・織田一門衆。信長の同腹の弟。通称、三十郎。信長に疎まれぬよう絶対服従。才を隠す。織田一門衆次席。恒興に敬語。
能力値、織田一門衆A、才隠しの信包A、信勝の二の舞は御免A、戦働きに憧れるC、信長への忠誠S、信長からの信頼C
養徳院(51)・・・池田恒興の実母。信長の乳母。先代、信秀の側室。折檻は尻叩き。信秀の六女、小ちの実母。
能力値、信長の乳母A、先代織田家当主の側室A、恒興を正しく導くS、信長からの信頼S、織田家臣の女房衆からの尊敬A、政治には口を挟まずA
稲葉良通(50)・・・斎藤家の六宿老。別名、彦四郎。蝮の八の牙。きかん坊。誠の仁者。道三に似てきた龍興を見て遂に見限り、織田への内応を模索する。
能力値、蝮の八の牙の良通S、きかん坊A、斎藤家の家宰B、龍興への忠誠E、龍興からの信頼B、斎藤家臣団での待遇C
森寺忠勝(23)・・・池田家の重臣。信長の近習。先代の織田信秀の重臣、森寺秀勝の息子。文武両道。城普請が得意。
能力値、城普請の忠勝B、銭勘定はお手の物A、鉄砲撃ちより鷹狩りB、恒興への忠誠B、信長への忠誠S、池田家臣団での待遇A
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