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1565年、一乗院覚慶、逃げる
矢島御所
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【三好三人衆、永楽の変の三好軍の暴走が松永久秀の策謀だと知ってブチギレてる説、採用】
【三好義継、三好三人衆に河内高屋城に移転させられる説、採用】
【松永久秀、失脚した説、採用】
【和田惟政、尾張で信長と一乗院覚慶を尾張に移す計画をしていた説、採用】
【一乗院覚慶、矢島御所に御座所を移した説、採用】
【津田宗及、尾張まで足を運んで商いをする説、採用】
【斎藤龍興、一乗院覚慶を使って美濃を取り返す策を思い付いた説、採用】
【朝倉義景、一乗院覚慶の脱出に噛んでなかった説、採用】
【明智光秀、1528年生まれ説、採用】
【明智光秀、義景によって矢島御所に派遣された説、採用】
十一月。
将軍義輝を殺した三好軍の方は迷走を続けていた。
三好三人衆が軍を率いて河内稲盛山城を襲撃したのだ。
稲盛山城は先代・三好長慶の居城で、今は現三好本家当主の三好義継の居城である。
その城を襲撃するという暴挙を三好三人衆はやっていた。
松永久秀、松永久通親子はその時、稲盛山城にはいなかった。
丹波を任せていた弟の松永長頼が五月の永禄の変の煽りで八月に敗死して、そちらの対処に追われていたからだ。
まあ、久秀達が居なかったから三人衆達は襲った訳だが。
そして、
「な、何だ。将軍の次は三好本家を継いだ私を・・・」
三好義継が仰天する中、三人衆筆頭の三好長逸が、
「だから、何度も言ってるように、あれは松永の仕業ですよっ! 雑兵達に将軍を殺せば一万貫の褒美が貰えると噂を流したっ!」
それが三好三人衆があの後、調べて知り得た事実である。
だが、その一万貫の噂の出所までが三好三人衆となっていたので、どんなに頑張って潔白を叫んでも将軍殺しの悪名を雪ぐ事は出来なかった。
それで怒っており、
「ともかく、この飯盛山城は拙いっ! 我らと一緒に来ていただきますぞっ!」
三好政康もそう言い、三好家の当主で上司であるはずの義継を拉致したのだった。
拉致した先は三好氏が畠山氏から奪った河内高屋城だった。
この城は安閑天皇稜を流用しており、防御に適している。
監禁場所にもだが。
そこに義継を押し込んでから、
「三好の敵、松永久秀、久通親子と縁を切ると宣言して下さい」
「あいつらが居る限り三好家は滅茶苦茶ですので」
「お願いします、殿。三好の事は総て我ら三人にお任せ下さい」
長逸、政康、それに岩成友通が願い出たのだった。
家臣からの願いという形式が取られているが、どう見ても強要である。
「いやいや、松永久秀を後見人にすると決めたのは先代の長慶様で・・・」
「それが間違いだったのです」
「長慶様が弱ってるのを良い事にある事ない事讒言して」
「三好家を思うなら松永と手をお切り下さい」
「だがな」
「いいえ、殿は騙されているのですっ!」
「三好家を潰す気ですかっ!」
「アイツは悪人なんですよっ!」
義継も当初は抵抗したが、抗弁する度に三人衆からの否定の言葉が返ってきて、
僅か三時間後には説得に応じて、
「・・・良きに計らえ」
弱々しく答える事となったのだった。
それにより三好家で松永親子は失脚。
三好三人衆が三好家を完全掌握したのだが、
松永久秀の息の根を止めなかったので後々まで災いとなるのだった。
◇
この年のこの季節、信長は機嫌が良かった。
尾張からは東美濃の遠山氏の養女の花嫁行列が甲斐に出発し、東美濃を平定したので障害もなく無事甲斐に到着し、
南近江の甲賀からは幕臣の和田惟政が信長に遭いに小牧山城まで来訪していたのだから。
総ては1559年に信長が京にのぼったからである。
それにより先代義輝の覚えもめでたく、遺臣達も信長の事を覚えていたのだ。
そして地理的要因もある。
南近江の甲賀は伊勢国を挟んでるが尾張に近いのだ。
少し進めば尾張だ。
その上、惟政が、
「尾張殿、覚慶様を擁して京にのぼってくださりませ」
なんて言うものだから、信長も気分良く、
「待たれよ、和田殿。今、美濃と戦の最中でな」
「明国には呉越同舟という言葉がございます。一時休戦して一緒に上洛していただきたく」
「さすがにそれは夢物語であろうよ」
信長が言い、話を聞いていた恒興も、
(無理無理、斎藤と一緒に上洛?さすがにないわ~)
柴田勝家も、
(それを名目に斎藤龍興を誘き出して討つのはありだな。それで美濃を牛耳る。悪くない)
などと考えていた。
「いえ、それが出来るのが将軍家の権限でございましょうよ。北畠、六角、浅井も味方に引き入れて共に悪逆の徒の三好を討伐して下さいませ」
「そうよな~。それにはまずーー」
「分かっております。覚慶様には尾張に起こしいただいて、三好への反転攻勢をしていただきましょう」
惟政が調子良く話す中、急ぎ足で入室した岩室勘右衛門が信長の許にやってきて、
「甲賀の和田殿より早馬がこれを」
「甲賀からだと?」
と書状を読んだ信長が見る見ると表情を険しくして、
「惟政、良くもこの信長を謀ってくれたなっ!」
上座から一喝した。
同席していた家臣一同が背筋を正す中、叱責された張本人の惟政は、
「何の事でございましょうか?」
「これを見よ、おまえの弟からだ」
と書状を見せられた惟政は仰天した。
六角家の好意で用意した京に近い野洲郡矢島村の屋敷(矢島御所)に一乗院覚慶が甲賀郡和田から御座所を移す為に出発した、とあったからだ。
「・・・馬鹿な。聞いておらぬぞ、このような話」
「所詮、尾張者は田舎者扱いという事か」
冷酷な眼をした信長が歌うように、
「田舎者の支援など公方様には必要なかろうて」
「お待ちを、尾張殿」
「聞かんな。六角が味方しておるのだ。必要なかろう、遠方の尾張からの支援など」
「いいえ、六角は過去にも将軍家を裏切った事のある不忠義者で、尾張殿こそか覚慶様の御味方に相応しく――」
「くどいぞ、惟政。ならばその覚慶様を信長の前に連れて来い。話はそれからだ」
信長が聞く耳を持たず、惟政も諦めて、
「・・・此度は申し訳ございませんでした。ですが、尾張殿の力こそが必要である事を覚えておいて下さいませ。では、失礼させていただきます」
こうして和田惟政は小牧山城の評議の席から消え、恒興が、
「これでようやく美濃攻めに専念できますね、信長様」
空気を読まずにさらっと言った。
不機嫌な信長が、
「勝は覚慶様が来なくて良かったと思っておるのか?」
「織田と斎藤が手を取り合って上落などあり得ませんから」
「だが、それを使って斎藤龍興を討つのも一興かと」
柴田勝家が進言した。
「将軍家の仲裁なのに騙し討ち? さすがは悪知恵の柴田。けど、信長様の名声が傷付く下策だろ、さすがに」
「それは否めんな」
勝家と恒興が喋る中、信長が、
「東美濃と中美濃を平らげたのだ。次は稲葉山城となるが、そうなると美濃の墨俣に城が欲しいのう。信盛、築城して来い」
「はっ、期限は?」
「早ければ早い方が良い」
「畏まりました。今より掛かります」
信盛が答え、退席したのだった。
南近江の矢島御所では六角義賢に直々に案内された一乗院覚慶が、
「おお、これが琵琶湖か。何とも美しい」
と呑気な事を言っていたが、義輝の遺臣達は過多に警戒していた。
当然である。
六角義賢は「教興寺の戦い」で不可解な行動を取っており、三好の勢力を拡大させている。
この男は確かに将軍家の味方だが、
命を賭けるどころか、自分が損をしない程度の味方でしかなかった。
自分に被害が及ぶ、と算盤を弾いた時、裏切る可能性が多分にある。
警戒するのは当然だった。
「でございましょう、公方様?」
「今後とも期待しておるぞ、六角」
「はっ、公方様」
遺臣達の警戒をよそに、気軽に覚慶は六角義賢に声を掛けたのだった。
◇
今、織田家で一番困ってる事は鉄砲が堺で入手出来ない事である。
恒興が噛んだ三好冬康切腹騒動の余波であったが、それでも手に入る運びとなったのは代替わりした堺の天王寺屋の津田宗及が尾張の小牧山城まで挨拶きたからである。
機内が情勢不安の中、各国の偵察も兼ねてなのだが。
「ほう、確かに少し甘いな」
茶を振る舞って貰った信長が感服し、宗及が、
「ありがとうございます」
「更に鉄砲200挺、確かに手に入るのだな?」
150挺を受け取った信長がそう宗及に問うと、
「確実に。但し、織田様の名前は堺では忌避されておりますので、松平様や斎藤様がご購入という形となりますが」
(忌避ね~。勝め、オレの想像以上に堺で暴れたようだな。いや、この場合はサルの尻拭いか)
「うむ。それで構わん」
と答えた信長が、
「畿内はどうなっておる?」
「表向きは平静を保っていますが、さすがに公方様を殺した三好様の天下は長続きしないかと」
「ふむ。近江に逃げてる公方様は将軍の器か?」
「六角様に頼った時点で『器ではない』と思いますね」
「南近江の六角とはそんなに駄目なのか? 確か忠臣を斬ったと聞いたが?」
「本物か紛い物かと言われれば、紛い物の部類かと。今の三好様よりも劣りますので。それに最近では美濃の斎藤様との間での密使もお盛んだとか」
商人にしては耳が良過ぎるな、と思いつつ、その情報を掴んでる信長はすっとぼけて、
「それはなかろう。斎藤が追い出した土岐氏と六角は縁戚だったはずだ」
「それが息子様の方が縁よりも利を取られたようで」
「優秀という事か?」
「いえ、目先の小利しか見えていないお方です。その内、三好様とも手を取り合って、手の内にある公方様を取り逃がすかと」
「つまり信長の出番という訳か?」
「いえ、公方様も遠回りが好きな御方のようですので」
「ふむ」
と呟いた信長はふと、
「三好では内紛があったと聞くが?」
「松永様ですね」
「それだ。大人しく引き下がる珠なのか?」
「いえいえ、三好様は更なる内紛が続くかと」
「天下の三好も当主が死ねばこのザマか」
「人望のある弟様が生きていれば違ったのでしょうが」
「ああ、松永が讒言で殺した、か?」
恒興が噛んでる事は言わず信長が問うと、同じく宗及も恒興の事は言わずに、
「はい、そうでございます」
とぼけたのだった。
美濃の稲葉山城では一乗院覚慶より放たれた書状によって評議が開かれる事となった。
「織田と和議をして将軍の弟殿の上洛を助けよ、と?」
領地から呼び出された稲葉良通が書状を読んで呆れながら上座を見た。
「まさか、この話、乗るのではありますまいな、殿?」
「無論、条件次第では乗るかな」
龍興が祖父の道三譲りの悪そうな顔で笑い、
「織田に奪われた中美濃と東美濃が返ってくるのならば、という意味ですな?」
との直元の指摘を、
「違う。公方様の美濃返還命令を織田が受けたら、だ」
龍興が訂正した。
それには余りの悪辣さに牙の二人が噴き出して笑い出した。
傷が癒えた竹腰尚光が真面目な顔で、
「素直に返すでしょうか?」
「違うぞ、尚光。美濃の返還命令が出るかどうかだ」
直元が指摘し、良通が、
「出たら最後。返還せねば織田は幕府に逆らう反逆者、という事よ」
「さてと。その為には誰か弁の立つ者を南近江に送らねばならんな」
龍興がそう水を向けると、
「ちょうど良いのが居るではありませんか」
「待て、氏家殿。戦働きの出来ぬ片腕落ちの事か?」
直元と良通が喋るのを聞いて、龍興も誰か分かり、
「危険ではないか、ジイ? アヤツ、オレを憎んでおろう?」
「問題ございません。何故ならば失敗すればその咎で安藤家を仕置き出来るのですから」
直元の言葉に良通は、
「その領地を氏家殿が統治とか言うのではないでしょうな。領地喰いの悪い癖が出始めてますぞ」
「おお、それはすまなんだ」
と宿老二人が笑い、
城下町の安藤屋敷で静養中の安藤定治が稲葉山城の評議の間に呼び出されて、
「南近江に居る公方様の許へ行き、織田との停戦は領地の返還が条件だと伝えよ」
龍興がさらっと命令した。
まるで定治の左腕を切断した事など忘れたように普通に。
それだけでも定治はむかっ腹を立てており、
「私では何の役にも立たぬかと」
「構わん。失敗すれば安藤は役立たずだと再認識出来るのでな」
龍興がさらっと言い、良通が、
「自信がないのであれば断ってもいいのだぞ」
「ふむ。まだ腕が痛いのであろう」
直元までが同情するが、完全に嘘っぽい。
罠だ、と瞬時に気付くくらいの知能は備わっていたので、
「いえ、出来るかどうか分かりませんがやらせていただきます」
「領地の事は安心せい。ワシがちゃんと管理しておくのでのう」
直元がそう嫌味を言い、
「ありがとうございます」
嫌味に気付かぬふりをして定治は旅立ったのだった。
◇
永禄の変が五月なのだから、十一月は半年後な訳だが。
京の二条御所の近くの薬屋の納屋では、
「まだ不意に頭の傷口に痛みが走るのだが」
包帯を取ったが、額に横傷、更には頭部に二本傷のある進士藤延が薬屋の店主に相談していた。
「頭部ですのでね。こればかりは仕方がなかろうかと。命があっただけでも儲けものと思って下されませ」
「・・・ふむ。では世話になったな」
「はい、進士様、お元気で」
こうして進士藤延は半年間の養生を終えて薬屋の納屋から出たのだった。
越前一乗谷城にて。
書状等々では仕切りに興福寺からの一乗院覚慶の脱出の手柄は朝倉だと宣伝してる朝倉義景ではあるが、別に何かをやった訳ではない。
金を払ってそう書かせただけだ。
だが、さすがに矢田御所に御座所を構えたとなると話は違ってくる。
美濃の浪人を経て仕官した明智光秀を呼び出した朝倉義景が、
「五月に殺された公方様の弟様が南近江の矢田に御座所を構えたらしい。 明智、出向いてくれ」
「その公方様に仕えるのですか? それともこの一乗谷へお連れするのですか?」
「一乗谷にお連れしろ」
「畏まりました」
光秀は冬の越前から雪道を進み、南近江に向かったのだった。
登場人物、1565年度
津田宗及(37)・・・天王寺屋の店主。堺の豪商。名は助五郎。号は天信、幽更斎。茶湯の天下三宗匠の一人。強運の持ち主。父親が死に代替わりした。
能力値、大吉引きの宗及S、堺の顔役A、茶の名人S、石山本願寺はお得意様A、勝ち馬がやってくるA、賄賂贈りB
朝倉義景(32)・・・朝倉家の当主。越前の大名。通称、孫次郎。官位、左衛門督。好機逃がしの義景。京の真似。苦労知らず。
能力値、好機逃しの義景C、京真似の朝倉A、一乗谷好きC、若狭が欲しいS、苦労知らずA、織田は朝倉の神官上がりA
明智光秀(37)・・・朝倉家の家臣。別名、十兵衛。美濃国明智氏の支流。長良川の戦いに敗北後、越前に逃れる。医術の心得あり。貧乏侍。
能力値、医術の光秀B、貧乏暮らしC、出世したいB、義景への忠誠E、義景からの信頼E、朝倉家臣団での待遇E
【三好義継、三好三人衆に河内高屋城に移転させられる説、採用】
【松永久秀、失脚した説、採用】
【和田惟政、尾張で信長と一乗院覚慶を尾張に移す計画をしていた説、採用】
【一乗院覚慶、矢島御所に御座所を移した説、採用】
【津田宗及、尾張まで足を運んで商いをする説、採用】
【斎藤龍興、一乗院覚慶を使って美濃を取り返す策を思い付いた説、採用】
【朝倉義景、一乗院覚慶の脱出に噛んでなかった説、採用】
【明智光秀、1528年生まれ説、採用】
【明智光秀、義景によって矢島御所に派遣された説、採用】
十一月。
将軍義輝を殺した三好軍の方は迷走を続けていた。
三好三人衆が軍を率いて河内稲盛山城を襲撃したのだ。
稲盛山城は先代・三好長慶の居城で、今は現三好本家当主の三好義継の居城である。
その城を襲撃するという暴挙を三好三人衆はやっていた。
松永久秀、松永久通親子はその時、稲盛山城にはいなかった。
丹波を任せていた弟の松永長頼が五月の永禄の変の煽りで八月に敗死して、そちらの対処に追われていたからだ。
まあ、久秀達が居なかったから三人衆達は襲った訳だが。
そして、
「な、何だ。将軍の次は三好本家を継いだ私を・・・」
三好義継が仰天する中、三人衆筆頭の三好長逸が、
「だから、何度も言ってるように、あれは松永の仕業ですよっ! 雑兵達に将軍を殺せば一万貫の褒美が貰えると噂を流したっ!」
それが三好三人衆があの後、調べて知り得た事実である。
だが、その一万貫の噂の出所までが三好三人衆となっていたので、どんなに頑張って潔白を叫んでも将軍殺しの悪名を雪ぐ事は出来なかった。
それで怒っており、
「ともかく、この飯盛山城は拙いっ! 我らと一緒に来ていただきますぞっ!」
三好政康もそう言い、三好家の当主で上司であるはずの義継を拉致したのだった。
拉致した先は三好氏が畠山氏から奪った河内高屋城だった。
この城は安閑天皇稜を流用しており、防御に適している。
監禁場所にもだが。
そこに義継を押し込んでから、
「三好の敵、松永久秀、久通親子と縁を切ると宣言して下さい」
「あいつらが居る限り三好家は滅茶苦茶ですので」
「お願いします、殿。三好の事は総て我ら三人にお任せ下さい」
長逸、政康、それに岩成友通が願い出たのだった。
家臣からの願いという形式が取られているが、どう見ても強要である。
「いやいや、松永久秀を後見人にすると決めたのは先代の長慶様で・・・」
「それが間違いだったのです」
「長慶様が弱ってるのを良い事にある事ない事讒言して」
「三好家を思うなら松永と手をお切り下さい」
「だがな」
「いいえ、殿は騙されているのですっ!」
「三好家を潰す気ですかっ!」
「アイツは悪人なんですよっ!」
義継も当初は抵抗したが、抗弁する度に三人衆からの否定の言葉が返ってきて、
僅か三時間後には説得に応じて、
「・・・良きに計らえ」
弱々しく答える事となったのだった。
それにより三好家で松永親子は失脚。
三好三人衆が三好家を完全掌握したのだが、
松永久秀の息の根を止めなかったので後々まで災いとなるのだった。
◇
この年のこの季節、信長は機嫌が良かった。
尾張からは東美濃の遠山氏の養女の花嫁行列が甲斐に出発し、東美濃を平定したので障害もなく無事甲斐に到着し、
南近江の甲賀からは幕臣の和田惟政が信長に遭いに小牧山城まで来訪していたのだから。
総ては1559年に信長が京にのぼったからである。
それにより先代義輝の覚えもめでたく、遺臣達も信長の事を覚えていたのだ。
そして地理的要因もある。
南近江の甲賀は伊勢国を挟んでるが尾張に近いのだ。
少し進めば尾張だ。
その上、惟政が、
「尾張殿、覚慶様を擁して京にのぼってくださりませ」
なんて言うものだから、信長も気分良く、
「待たれよ、和田殿。今、美濃と戦の最中でな」
「明国には呉越同舟という言葉がございます。一時休戦して一緒に上洛していただきたく」
「さすがにそれは夢物語であろうよ」
信長が言い、話を聞いていた恒興も、
(無理無理、斎藤と一緒に上洛?さすがにないわ~)
柴田勝家も、
(それを名目に斎藤龍興を誘き出して討つのはありだな。それで美濃を牛耳る。悪くない)
などと考えていた。
「いえ、それが出来るのが将軍家の権限でございましょうよ。北畠、六角、浅井も味方に引き入れて共に悪逆の徒の三好を討伐して下さいませ」
「そうよな~。それにはまずーー」
「分かっております。覚慶様には尾張に起こしいただいて、三好への反転攻勢をしていただきましょう」
惟政が調子良く話す中、急ぎ足で入室した岩室勘右衛門が信長の許にやってきて、
「甲賀の和田殿より早馬がこれを」
「甲賀からだと?」
と書状を読んだ信長が見る見ると表情を険しくして、
「惟政、良くもこの信長を謀ってくれたなっ!」
上座から一喝した。
同席していた家臣一同が背筋を正す中、叱責された張本人の惟政は、
「何の事でございましょうか?」
「これを見よ、おまえの弟からだ」
と書状を見せられた惟政は仰天した。
六角家の好意で用意した京に近い野洲郡矢島村の屋敷(矢島御所)に一乗院覚慶が甲賀郡和田から御座所を移す為に出発した、とあったからだ。
「・・・馬鹿な。聞いておらぬぞ、このような話」
「所詮、尾張者は田舎者扱いという事か」
冷酷な眼をした信長が歌うように、
「田舎者の支援など公方様には必要なかろうて」
「お待ちを、尾張殿」
「聞かんな。六角が味方しておるのだ。必要なかろう、遠方の尾張からの支援など」
「いいえ、六角は過去にも将軍家を裏切った事のある不忠義者で、尾張殿こそか覚慶様の御味方に相応しく――」
「くどいぞ、惟政。ならばその覚慶様を信長の前に連れて来い。話はそれからだ」
信長が聞く耳を持たず、惟政も諦めて、
「・・・此度は申し訳ございませんでした。ですが、尾張殿の力こそが必要である事を覚えておいて下さいませ。では、失礼させていただきます」
こうして和田惟政は小牧山城の評議の席から消え、恒興が、
「これでようやく美濃攻めに専念できますね、信長様」
空気を読まずにさらっと言った。
不機嫌な信長が、
「勝は覚慶様が来なくて良かったと思っておるのか?」
「織田と斎藤が手を取り合って上落などあり得ませんから」
「だが、それを使って斎藤龍興を討つのも一興かと」
柴田勝家が進言した。
「将軍家の仲裁なのに騙し討ち? さすがは悪知恵の柴田。けど、信長様の名声が傷付く下策だろ、さすがに」
「それは否めんな」
勝家と恒興が喋る中、信長が、
「東美濃と中美濃を平らげたのだ。次は稲葉山城となるが、そうなると美濃の墨俣に城が欲しいのう。信盛、築城して来い」
「はっ、期限は?」
「早ければ早い方が良い」
「畏まりました。今より掛かります」
信盛が答え、退席したのだった。
南近江の矢島御所では六角義賢に直々に案内された一乗院覚慶が、
「おお、これが琵琶湖か。何とも美しい」
と呑気な事を言っていたが、義輝の遺臣達は過多に警戒していた。
当然である。
六角義賢は「教興寺の戦い」で不可解な行動を取っており、三好の勢力を拡大させている。
この男は確かに将軍家の味方だが、
命を賭けるどころか、自分が損をしない程度の味方でしかなかった。
自分に被害が及ぶ、と算盤を弾いた時、裏切る可能性が多分にある。
警戒するのは当然だった。
「でございましょう、公方様?」
「今後とも期待しておるぞ、六角」
「はっ、公方様」
遺臣達の警戒をよそに、気軽に覚慶は六角義賢に声を掛けたのだった。
◇
今、織田家で一番困ってる事は鉄砲が堺で入手出来ない事である。
恒興が噛んだ三好冬康切腹騒動の余波であったが、それでも手に入る運びとなったのは代替わりした堺の天王寺屋の津田宗及が尾張の小牧山城まで挨拶きたからである。
機内が情勢不安の中、各国の偵察も兼ねてなのだが。
「ほう、確かに少し甘いな」
茶を振る舞って貰った信長が感服し、宗及が、
「ありがとうございます」
「更に鉄砲200挺、確かに手に入るのだな?」
150挺を受け取った信長がそう宗及に問うと、
「確実に。但し、織田様の名前は堺では忌避されておりますので、松平様や斎藤様がご購入という形となりますが」
(忌避ね~。勝め、オレの想像以上に堺で暴れたようだな。いや、この場合はサルの尻拭いか)
「うむ。それで構わん」
と答えた信長が、
「畿内はどうなっておる?」
「表向きは平静を保っていますが、さすがに公方様を殺した三好様の天下は長続きしないかと」
「ふむ。近江に逃げてる公方様は将軍の器か?」
「六角様に頼った時点で『器ではない』と思いますね」
「南近江の六角とはそんなに駄目なのか? 確か忠臣を斬ったと聞いたが?」
「本物か紛い物かと言われれば、紛い物の部類かと。今の三好様よりも劣りますので。それに最近では美濃の斎藤様との間での密使もお盛んだとか」
商人にしては耳が良過ぎるな、と思いつつ、その情報を掴んでる信長はすっとぼけて、
「それはなかろう。斎藤が追い出した土岐氏と六角は縁戚だったはずだ」
「それが息子様の方が縁よりも利を取られたようで」
「優秀という事か?」
「いえ、目先の小利しか見えていないお方です。その内、三好様とも手を取り合って、手の内にある公方様を取り逃がすかと」
「つまり信長の出番という訳か?」
「いえ、公方様も遠回りが好きな御方のようですので」
「ふむ」
と呟いた信長はふと、
「三好では内紛があったと聞くが?」
「松永様ですね」
「それだ。大人しく引き下がる珠なのか?」
「いえいえ、三好様は更なる内紛が続くかと」
「天下の三好も当主が死ねばこのザマか」
「人望のある弟様が生きていれば違ったのでしょうが」
「ああ、松永が讒言で殺した、か?」
恒興が噛んでる事は言わず信長が問うと、同じく宗及も恒興の事は言わずに、
「はい、そうでございます」
とぼけたのだった。
美濃の稲葉山城では一乗院覚慶より放たれた書状によって評議が開かれる事となった。
「織田と和議をして将軍の弟殿の上洛を助けよ、と?」
領地から呼び出された稲葉良通が書状を読んで呆れながら上座を見た。
「まさか、この話、乗るのではありますまいな、殿?」
「無論、条件次第では乗るかな」
龍興が祖父の道三譲りの悪そうな顔で笑い、
「織田に奪われた中美濃と東美濃が返ってくるのならば、という意味ですな?」
との直元の指摘を、
「違う。公方様の美濃返還命令を織田が受けたら、だ」
龍興が訂正した。
それには余りの悪辣さに牙の二人が噴き出して笑い出した。
傷が癒えた竹腰尚光が真面目な顔で、
「素直に返すでしょうか?」
「違うぞ、尚光。美濃の返還命令が出るかどうかだ」
直元が指摘し、良通が、
「出たら最後。返還せねば織田は幕府に逆らう反逆者、という事よ」
「さてと。その為には誰か弁の立つ者を南近江に送らねばならんな」
龍興がそう水を向けると、
「ちょうど良いのが居るではありませんか」
「待て、氏家殿。戦働きの出来ぬ片腕落ちの事か?」
直元と良通が喋るのを聞いて、龍興も誰か分かり、
「危険ではないか、ジイ? アヤツ、オレを憎んでおろう?」
「問題ございません。何故ならば失敗すればその咎で安藤家を仕置き出来るのですから」
直元の言葉に良通は、
「その領地を氏家殿が統治とか言うのではないでしょうな。領地喰いの悪い癖が出始めてますぞ」
「おお、それはすまなんだ」
と宿老二人が笑い、
城下町の安藤屋敷で静養中の安藤定治が稲葉山城の評議の間に呼び出されて、
「南近江に居る公方様の許へ行き、織田との停戦は領地の返還が条件だと伝えよ」
龍興がさらっと命令した。
まるで定治の左腕を切断した事など忘れたように普通に。
それだけでも定治はむかっ腹を立てており、
「私では何の役にも立たぬかと」
「構わん。失敗すれば安藤は役立たずだと再認識出来るのでな」
龍興がさらっと言い、良通が、
「自信がないのであれば断ってもいいのだぞ」
「ふむ。まだ腕が痛いのであろう」
直元までが同情するが、完全に嘘っぽい。
罠だ、と瞬時に気付くくらいの知能は備わっていたので、
「いえ、出来るかどうか分かりませんがやらせていただきます」
「領地の事は安心せい。ワシがちゃんと管理しておくのでのう」
直元がそう嫌味を言い、
「ありがとうございます」
嫌味に気付かぬふりをして定治は旅立ったのだった。
◇
永禄の変が五月なのだから、十一月は半年後な訳だが。
京の二条御所の近くの薬屋の納屋では、
「まだ不意に頭の傷口に痛みが走るのだが」
包帯を取ったが、額に横傷、更には頭部に二本傷のある進士藤延が薬屋の店主に相談していた。
「頭部ですのでね。こればかりは仕方がなかろうかと。命があっただけでも儲けものと思って下されませ」
「・・・ふむ。では世話になったな」
「はい、進士様、お元気で」
こうして進士藤延は半年間の養生を終えて薬屋の納屋から出たのだった。
越前一乗谷城にて。
書状等々では仕切りに興福寺からの一乗院覚慶の脱出の手柄は朝倉だと宣伝してる朝倉義景ではあるが、別に何かをやった訳ではない。
金を払ってそう書かせただけだ。
だが、さすがに矢田御所に御座所を構えたとなると話は違ってくる。
美濃の浪人を経て仕官した明智光秀を呼び出した朝倉義景が、
「五月に殺された公方様の弟様が南近江の矢田に御座所を構えたらしい。 明智、出向いてくれ」
「その公方様に仕えるのですか? それともこの一乗谷へお連れするのですか?」
「一乗谷にお連れしろ」
「畏まりました」
光秀は冬の越前から雪道を進み、南近江に向かったのだった。
登場人物、1565年度
津田宗及(37)・・・天王寺屋の店主。堺の豪商。名は助五郎。号は天信、幽更斎。茶湯の天下三宗匠の一人。強運の持ち主。父親が死に代替わりした。
能力値、大吉引きの宗及S、堺の顔役A、茶の名人S、石山本願寺はお得意様A、勝ち馬がやってくるA、賄賂贈りB
朝倉義景(32)・・・朝倉家の当主。越前の大名。通称、孫次郎。官位、左衛門督。好機逃がしの義景。京の真似。苦労知らず。
能力値、好機逃しの義景C、京真似の朝倉A、一乗谷好きC、若狭が欲しいS、苦労知らずA、織田は朝倉の神官上がりA
明智光秀(37)・・・朝倉家の家臣。別名、十兵衛。美濃国明智氏の支流。長良川の戦いに敗北後、越前に逃れる。医術の心得あり。貧乏侍。
能力値、医術の光秀B、貧乏暮らしC、出世したいB、義景への忠誠E、義景からの信頼E、朝倉家臣団での待遇E
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