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1565年、一乗院覚慶、逃げる
宇留間・伊木の戦い
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【ユリウス暦と日本の暦は少しズレてる説、採用】
【しば、次男(池田輝政)を産んで力尽きる説、採用】
【次男の幼名、古新の命名は信長説、採用】
【第一次宇留間・伊木の戦い、斎藤軍2000人説、採用】
【第一次宇留間・伊木の戦い、織田軍2300人説、採用】
【第二次宇留間・伊木の戦い、斎藤軍2800人説、採用】
【第二次宇留間・伊木の戦い、織田軍2400人説、採用】
永禄七年十二月二十九日。
清洲城下の池田屋敷で池田恒興の次男が難産の末、誕生した。
それ自体はめでたい事なのだが、しばはまだ15歳。
医療も充実していない戦国の世だ。
その為、
「しば、良くやったぞ。立派な男の子だ」
「恒興様、その子の事、よろしくお願いしますね・・・」
その言葉を残して、しばは力尽きたのだった。
織田しばは飯尾尚清の正室として清洲の寺で葬儀に出された。
夫の尚清は年末だったが、駆け付けて葬儀に喪主として参加。
信長は清洲城に用があって来ていたが、一々親族の葬儀に出席するような性格ではなかったので代理を出している。
当然、代理は恒興だった。
「荒尾殿、この度は――」
自分でも、白々しい、と思いながら恒興が挨拶をし、
「流行り病では仕方ありませんよ」
何も知らない喪主の尚清はそう応対したのだった。
清洲城にて、しばの葬儀に代参として参列して帰ってきた恒興は信長に、
「このような結果となり、申し訳ございません、信長様」
「こればかりは仕方があるまい。しばが産んだのは男子とか。どうするつもりだ?」
「善応院が産んだ子として育てまする。跡継ぎになれるかは力量を見て、おいおい判断を」
「うむ、そうせい。子には母が必要であろう。室の尼寺謹慎を解こう」
「ありがとうございまする。もう一つ、図々しいとは承知でお願いしたき儀が」
「何だ?」
「しばが産んだ子の幼名を信長様に付けていただきたく」
「何だ、そんな事か」
と笑った信長が考えながら、
「そうだのう。では古きを新しくする。古新と名付けよう」
「ありがとうございまする」
このようにして次男は古新と命名されて善応院が産んだ次男として処理されたのだった。
◇
新年になって美濃兵が動き出した。
奪われた宇留間城と美濃の領地内に築城された伊木山城を攻め落とす為である。
信長が出陣しなかった事で小競り合い扱いとなり、信長公記に記されていない「宇留間・伊木の戦い」の始まりである。
斎藤軍2000人。
斎藤軍総大将、長井道利。
織田軍、伊木山城1800人、宇留間城1000人。
伊木山城主、池田恒興。
宇留間城代、木下秀吉。
これらが激突した。
正確には狙われたのは宇留間城である。
「うひょぉ~、どうして宇留間城に斎藤軍が来るんじゃ~。勝様の居る伊木山城に行けよな~」
物見櫓でその様子を眺めている秀吉の横で寄騎の前野長康と蜂須賀正勝が、
「織田家の鉄砲隊も居ないもんな、こっちには。鉄砲は自前の4挺だけ。どうしろってんだか」
「それよりも問題は兵が川並衆ばっかりってところだろ。旗色が悪くなったら絶対に脱走するぞ、これ」
「そうならんように眼を光らせておいてくれ」
秀吉がそう絶叫し、
「そうだ、返事は? 伊木山城の勝様は何と?」
「寒いから気分が乗ったら背後を突く、と」
長康が伝令の言伝をそのまま伝えると、正勝が頷きながら、
「その気持ち分からないでもないな~。冬に戦とかあり得ないだろ。今日なんて冷えるのに」
「違いない」
他人事のように言う正勝と長康に、秀吉は、
「おぬしら、もう川並衆ではないのだぞ。織田家の家臣としての自覚を・・・」
「自覚って言われてもな~」
「蜂須賀党はまだ織田家の雇われだから。ってか、重臣の池田殿も寒いって言ってるし」
やる気のない寄騎達に秀吉はどうトンチを利かすか、頭を悩ませたのだった。
一方の伊木山城では、
「恒興、本当に木下の居る宇留間城を見捨てるのか?」
鉄砲奉行で従軍してる佐々成政が真顔で尋ねた。
「そんな訳あるか。見捨てて宇留間城の落城なんて許した日には信長様に怒られるわ」
「何だ。ちゃんと分かってるじゃないか」
「だが、敵だってこちらが背後を突くのはお見通しだからな。そこが難しい」
「兵を外に出して、伊木山城を失っては元も子もありませんからね」
池田家の家宰の伊木忠次が答え、同じく池田隊の飯尾善久が、
「どうされるんです、義兄上?」
「とりあえず静観だな。木下隊だけでも本当は余裕なんだから」
「そうなのか? 川並衆の連中しかいないのに」
「野盗戦術ってのは意外と使えるものなんだぞ、成政」
と真面目に軍議を開いていたが、
その必要はなかった。
季節は冬。
場所は美農。
その日は午後から雪が降り始めたのだから。
雪の何が問題かと言えば、ずばり兵の士気を下げるところである。
正直、やってられない。
そして夜になったらキンキンに冷え出す。
城内はまだいいが野外などはやってられず、元宇留間城主の大沢左衛門が、
「長井様、この雪では兵達が戦える状態ではありません」
「それでもやるんだよっ! 龍興様の御命令なんだからっ!」
雪が降る中、攻城戦を開始したが、斎藤軍の兵の士気が上がらず、矢や投石だけで応戦する宇留間城に手こずり、
その日は夕方になり、斎藤軍は関城には戻らず、宇留間城近くの猿啄城へと入った。
だが2000人だ。
織田軍との国境の最前線となった猿啄城に元々詰める兵600人が居る事から全員は城の屋内には入れず、城内の野外で一泊した兵も居たのだが、
その夜は雪が止まず、
翌朝には雪は降り積もり、猿啄城で一泊した斎藤軍の中には凍死者までが出て、堪らず大沢左衛門が、
「長井様、これでは兵が無駄に死ぬばかりですぞ」
「分かっておる。出直すぞ。戦は中止だ」
そう長井道利が決定を下して、斎藤軍は猿啄城からも撤退し、
それを追い討ちするような真似は織田軍もせず、
斎藤軍が撤退した後、宇留間城から伊木山城にやってきた秀吉が、
「ふう~。どうにか助かりましたな、勝様」
「喜んでるところ悪いが、死んだのは精々100人ちょっとだ。また来るぞ、秀吉」
「信長様は援軍として来ていただけないのですか?」
「冬だぞ。こんな小城の為に出てくる訳がないさ。オレ達だけで死守だ」
「ですよね~」
秀吉も納得する中、ふと、
「あの~、鉄砲隊を20人ばかり回していただけたりは・・・」
そう鉄砲奉行の成政に打診すると、成政が、
「信長様に聞け、木下」
「そうさせていただきます」
そんな会話が語られたのだった。
一方の撤退した長井道利の方は稲葉山城で、
「雪が降って寒いから撤退しただと? 子供の遊びじゃないんだぞ、長井」
龍興から叱責を受ける破目になっていた。
「今回、兵の動員に掛かった費用は総ておまえが持て」
「はっ」
「下がれ、この役立たずが」
(ぐぅ、オレは最初からこの季節の出兵に反対だったのにっ! 撤退しただけで暗愚に『役立たず』扱いをされる破目になるとは)
そう道利は不満を募らせたのだった。
◇
春先になってまた斎藤軍が兵を動員して押し寄せてきた。
今回、斎藤軍は2800人。
同じく大将は長井道利。
織田軍の方も100人追加で、伊木山城1800人、宇留間城1100人。
伊木山城主、池田恒興。
宇留間城代、木下秀吉。
こうなっていた。
兵数はそれほど変わらないが、織田軍側は秀吉が信長に泣き付いたお陰で軍備が充実しており、
「かかれ~っ!」
長井道利の号令で、斎藤軍2800人が宇留間城に迫るも、
「ったく、どうしてオレが木下の守る宇留間城なんかに・・・」
信長の指図で配置換えになった佐々成政がぶつくさ文句を言いながら、
「撃てっ!」
鉄砲隊100人を指揮して奮戦した。
戦国時代の最新兵器の鉄砲は籠城戦では抜群の威力を発揮する。
更に織田家の鉄砲隊は専門の部隊だけあり、命中率も高く、僅か100挺ながらも1回撃てば斎藤軍の90人以上が死傷。
2回撃てば180人以上が死傷。
3回撃てば270人以上が死傷。
4回撃てば360人以上が死傷。
となった。
火縄銃には弾込め時間が存在する。
その間に間合いを詰めた斎藤軍には木下隊が奮戦して矢を放ち、石を落とす。
そして弾込めを終えた鉄砲隊が近付いた斎藤軍に一斉に火を噴くのだ。
「これはいかん。退け退け」
4回目の鉄砲の発射が行われてから、道利が兵に退くよう命令した時には500人以上の死傷が出ていた。
そして第二次宇留間・伊木の戦いは春である。
寒いから出陣は嫌だ、などという指揮官はもう存在しない。
伊木山の裾に広がる木々に潜むように最大限、近付いた伊木山軍に参加の滝川一益率いる鉄砲隊100人が横合いから銃撃した。
「ぐあああ」
その狙撃に長井道利が負傷して、
「いかん、殿が・・・」
「退け退け」
またしても斎藤軍が撤退したのだが、今回は池田恒興が、
「狩り尽くせっ!」
総崩れとなって逃げてる斎藤軍の背後を襲って、面白いように斎藤の兵を狩り尽くした。
下手に逃がすとまた来るので、騎兵が敗走する歩兵を背後から撥ね殺し、槍で突き、弓兵達が背後から矢の雨を降らせた。
それにより、この敗走でも500人以上の被害が出て、斎藤軍は1000人以上の被害を出して関城に引き返していったのだった。
斎藤軍の撤退後に秀吉が勝利を祝いにやってきた。
「やりましたな、勝様~」
「ああ。だが、城を守っても褒美は貰えないからな」
「そうですね。城は奪ってこそですもんね。でも勝ちは勝ちです。祝いましょう」
そう健闘を讃えて笑ったのだった。
左腕を狙撃されて負傷した長井道利が美濃稲葉山城へ敗戦の報告に出向いた訳だが、
「織田軍は弱い事で有名なはずだが・・・鉄砲とは災難だったな、長井。休んで身体を労ると良い」
叱責を受けると思っていた道利に投げ掛けられたのは斎藤龍興からの労りの言葉だった。
それも笑顔での。
少し嘘臭かったが。
その顔を見た瞬間、道利はゾクリッと寒気を覚えた。
その作り笑顔に見覚えがあったからだ。
(気の所為か? 雰囲気が道三様にそっくりだぞ)
「傷を癒すように。また働いて貰う事になろうから」
嘘臭い労りの言葉を投げ掛けられて、
「はっ、次こそは必ず」
そう道利は平伏したのだった。
登場人物、1565年度
池田恒興(29)・・・主人公。信長の近習幹部。信長の乳兄弟。織田一門衆と同格扱い。次男と引き換えにしばを失う。伊木山城の城将として城を守る。
能力値、信長と養徳院の教えS、大物に気に入られる何かS、ヤラカシ伝説A、信長への絶対忠誠SS、信長からの信頼SS、織田家臣団での待遇S
織田しば(15)・・・織田家の姫。信秀の十女。母親は斯波氏の縁者。形だけの飯尾尚清の正室。池田恒興の実質の妻。次男の古新を産んで死す。
能力値、織田家の姫A、信長の妹A、大御ちの庇護A、戦国時代に淫行規制なしS、公然の秘密の池田屋敷の女主人A、飯尾の正室E
織田信長(31)・・・将来の天下人。織田家当主。天才肌。奇抜な事好き。桶狭間の戦いで今川義元に勝利して武名が近隣に轟く。犬山城を平らげ、次に狙うは中美濃。
能力値、天下人の才気SS、うつけの信長S、麒麟の如くS、奇抜な事好きS、新しい物好きSS、 火縄銃SS
木下秀吉(28)・・・将来の天下人。出しゃばり。信長の傍に良く出没。槍働きよりも知恵で信長に貢献。宇留間城の城代を担当する。
能力値、天下人の才気S、人証しの秀吉SS、愛妻ねねS、信長への忠誠A、信長からの信頼C、織田家臣団での待遇E
前野長康(37)・・・織田家の家臣。秀吉の寄騎。木曽川の前野衆の棟梁。蜂須賀正勝とは兄弟分。建築の才能あり。漢詩を好む。
能力値、築城の長康C、野盗の外見B、ちょろまかし癖ありA、織田への忠誠C、織田からの信頼E、織田家臣団での待遇E
蜂須賀正勝(38)・・・織田信清の元家臣。木曽川の川並衆。野盗扱い。秀吉の寄騎。銭の払い方も決まり、織田軍に参加。
能力値、義理の蜂須賀A、野盗扱いB、木曽川の顔役A、織田への忠誠D、織田からの信頼E、織田家臣団での待遇E
伊木忠次(24)・・・池田家の家宰。別名、香川長兵衛。姓の名付けは信長。池田家配属は信長の命令。姓の由来の伊木山への帰還でやる気が張ってる。伊木山城の留守居役。
能力値、伊木は信長からの賜り姓A、池田家の家宰A、恒興の側近A、恒興への忠誠B、恒興からの信頼C、池田家臣団での待遇SS
荒尾善久(26)・・・織田家臣。通称、小太郎。荒尾家当主。木田城主。善応院の弟。恒興の義弟。恥ずかしい父親が居る。池田家に属する。
能力値、恥ずかしい父A、槍働きC、命知らずD、信長への忠誠A、信長からの信頼E、織田家臣団での待遇E
佐々成政(29)・・・織田家の家臣。織田信安の元部下。政務が有能。正室は村井貞勝の娘。比良城主の城主。柴田勝家の寄騎。鉄砲奉行の一人。
能力値、まさかの文官肌A、不運の佐々A、豪傑への尊敬A、信長への忠誠B、信長からの信頼B、織田家臣団での待遇B
大沢左衛門(43)・・・斎藤家の家臣。元宇留間城主。正室は道三の娘とは無関係。だが実は道三派
能力値、舟漕ぎの左衛門A、義龍嫌いA、三代目に期待C、龍興への忠誠C、龍興からの信頼E、斎藤家臣団での待遇D
長井道利(44)・・・斎藤家の家老。先代、義龍に異母弟の暗殺を囁いた謀臣。武田と個人的に取引をしてる。戦下手過ぎて道三の子供の噂を払拭中。
能力値、長良川の戦いの元凶A、蝮の落とし子の噂D、道三嫌いSS、龍興への忠誠D、龍興からの信頼A、斎藤家臣団での待遇A
斎藤龍興(17)・・・美濃斎藤家の当主。13歳で家督を継承。稲葉山城の乗っ取り事件を得て蝮の血が徐々に覚醒する。
能力値、三代目蝮B、部下は駒、悪の華E、戦国時代に飲酒規制なしS、戦国時代に淫行規制なしS、五月蠅い年寄りA
【しば、次男(池田輝政)を産んで力尽きる説、採用】
【次男の幼名、古新の命名は信長説、採用】
【第一次宇留間・伊木の戦い、斎藤軍2000人説、採用】
【第一次宇留間・伊木の戦い、織田軍2300人説、採用】
【第二次宇留間・伊木の戦い、斎藤軍2800人説、採用】
【第二次宇留間・伊木の戦い、織田軍2400人説、採用】
永禄七年十二月二十九日。
清洲城下の池田屋敷で池田恒興の次男が難産の末、誕生した。
それ自体はめでたい事なのだが、しばはまだ15歳。
医療も充実していない戦国の世だ。
その為、
「しば、良くやったぞ。立派な男の子だ」
「恒興様、その子の事、よろしくお願いしますね・・・」
その言葉を残して、しばは力尽きたのだった。
織田しばは飯尾尚清の正室として清洲の寺で葬儀に出された。
夫の尚清は年末だったが、駆け付けて葬儀に喪主として参加。
信長は清洲城に用があって来ていたが、一々親族の葬儀に出席するような性格ではなかったので代理を出している。
当然、代理は恒興だった。
「荒尾殿、この度は――」
自分でも、白々しい、と思いながら恒興が挨拶をし、
「流行り病では仕方ありませんよ」
何も知らない喪主の尚清はそう応対したのだった。
清洲城にて、しばの葬儀に代参として参列して帰ってきた恒興は信長に、
「このような結果となり、申し訳ございません、信長様」
「こればかりは仕方があるまい。しばが産んだのは男子とか。どうするつもりだ?」
「善応院が産んだ子として育てまする。跡継ぎになれるかは力量を見て、おいおい判断を」
「うむ、そうせい。子には母が必要であろう。室の尼寺謹慎を解こう」
「ありがとうございまする。もう一つ、図々しいとは承知でお願いしたき儀が」
「何だ?」
「しばが産んだ子の幼名を信長様に付けていただきたく」
「何だ、そんな事か」
と笑った信長が考えながら、
「そうだのう。では古きを新しくする。古新と名付けよう」
「ありがとうございまする」
このようにして次男は古新と命名されて善応院が産んだ次男として処理されたのだった。
◇
新年になって美濃兵が動き出した。
奪われた宇留間城と美濃の領地内に築城された伊木山城を攻め落とす為である。
信長が出陣しなかった事で小競り合い扱いとなり、信長公記に記されていない「宇留間・伊木の戦い」の始まりである。
斎藤軍2000人。
斎藤軍総大将、長井道利。
織田軍、伊木山城1800人、宇留間城1000人。
伊木山城主、池田恒興。
宇留間城代、木下秀吉。
これらが激突した。
正確には狙われたのは宇留間城である。
「うひょぉ~、どうして宇留間城に斎藤軍が来るんじゃ~。勝様の居る伊木山城に行けよな~」
物見櫓でその様子を眺めている秀吉の横で寄騎の前野長康と蜂須賀正勝が、
「織田家の鉄砲隊も居ないもんな、こっちには。鉄砲は自前の4挺だけ。どうしろってんだか」
「それよりも問題は兵が川並衆ばっかりってところだろ。旗色が悪くなったら絶対に脱走するぞ、これ」
「そうならんように眼を光らせておいてくれ」
秀吉がそう絶叫し、
「そうだ、返事は? 伊木山城の勝様は何と?」
「寒いから気分が乗ったら背後を突く、と」
長康が伝令の言伝をそのまま伝えると、正勝が頷きながら、
「その気持ち分からないでもないな~。冬に戦とかあり得ないだろ。今日なんて冷えるのに」
「違いない」
他人事のように言う正勝と長康に、秀吉は、
「おぬしら、もう川並衆ではないのだぞ。織田家の家臣としての自覚を・・・」
「自覚って言われてもな~」
「蜂須賀党はまだ織田家の雇われだから。ってか、重臣の池田殿も寒いって言ってるし」
やる気のない寄騎達に秀吉はどうトンチを利かすか、頭を悩ませたのだった。
一方の伊木山城では、
「恒興、本当に木下の居る宇留間城を見捨てるのか?」
鉄砲奉行で従軍してる佐々成政が真顔で尋ねた。
「そんな訳あるか。見捨てて宇留間城の落城なんて許した日には信長様に怒られるわ」
「何だ。ちゃんと分かってるじゃないか」
「だが、敵だってこちらが背後を突くのはお見通しだからな。そこが難しい」
「兵を外に出して、伊木山城を失っては元も子もありませんからね」
池田家の家宰の伊木忠次が答え、同じく池田隊の飯尾善久が、
「どうされるんです、義兄上?」
「とりあえず静観だな。木下隊だけでも本当は余裕なんだから」
「そうなのか? 川並衆の連中しかいないのに」
「野盗戦術ってのは意外と使えるものなんだぞ、成政」
と真面目に軍議を開いていたが、
その必要はなかった。
季節は冬。
場所は美農。
その日は午後から雪が降り始めたのだから。
雪の何が問題かと言えば、ずばり兵の士気を下げるところである。
正直、やってられない。
そして夜になったらキンキンに冷え出す。
城内はまだいいが野外などはやってられず、元宇留間城主の大沢左衛門が、
「長井様、この雪では兵達が戦える状態ではありません」
「それでもやるんだよっ! 龍興様の御命令なんだからっ!」
雪が降る中、攻城戦を開始したが、斎藤軍の兵の士気が上がらず、矢や投石だけで応戦する宇留間城に手こずり、
その日は夕方になり、斎藤軍は関城には戻らず、宇留間城近くの猿啄城へと入った。
だが2000人だ。
織田軍との国境の最前線となった猿啄城に元々詰める兵600人が居る事から全員は城の屋内には入れず、城内の野外で一泊した兵も居たのだが、
その夜は雪が止まず、
翌朝には雪は降り積もり、猿啄城で一泊した斎藤軍の中には凍死者までが出て、堪らず大沢左衛門が、
「長井様、これでは兵が無駄に死ぬばかりですぞ」
「分かっておる。出直すぞ。戦は中止だ」
そう長井道利が決定を下して、斎藤軍は猿啄城からも撤退し、
それを追い討ちするような真似は織田軍もせず、
斎藤軍が撤退した後、宇留間城から伊木山城にやってきた秀吉が、
「ふう~。どうにか助かりましたな、勝様」
「喜んでるところ悪いが、死んだのは精々100人ちょっとだ。また来るぞ、秀吉」
「信長様は援軍として来ていただけないのですか?」
「冬だぞ。こんな小城の為に出てくる訳がないさ。オレ達だけで死守だ」
「ですよね~」
秀吉も納得する中、ふと、
「あの~、鉄砲隊を20人ばかり回していただけたりは・・・」
そう鉄砲奉行の成政に打診すると、成政が、
「信長様に聞け、木下」
「そうさせていただきます」
そんな会話が語られたのだった。
一方の撤退した長井道利の方は稲葉山城で、
「雪が降って寒いから撤退しただと? 子供の遊びじゃないんだぞ、長井」
龍興から叱責を受ける破目になっていた。
「今回、兵の動員に掛かった費用は総ておまえが持て」
「はっ」
「下がれ、この役立たずが」
(ぐぅ、オレは最初からこの季節の出兵に反対だったのにっ! 撤退しただけで暗愚に『役立たず』扱いをされる破目になるとは)
そう道利は不満を募らせたのだった。
◇
春先になってまた斎藤軍が兵を動員して押し寄せてきた。
今回、斎藤軍は2800人。
同じく大将は長井道利。
織田軍の方も100人追加で、伊木山城1800人、宇留間城1100人。
伊木山城主、池田恒興。
宇留間城代、木下秀吉。
こうなっていた。
兵数はそれほど変わらないが、織田軍側は秀吉が信長に泣き付いたお陰で軍備が充実しており、
「かかれ~っ!」
長井道利の号令で、斎藤軍2800人が宇留間城に迫るも、
「ったく、どうしてオレが木下の守る宇留間城なんかに・・・」
信長の指図で配置換えになった佐々成政がぶつくさ文句を言いながら、
「撃てっ!」
鉄砲隊100人を指揮して奮戦した。
戦国時代の最新兵器の鉄砲は籠城戦では抜群の威力を発揮する。
更に織田家の鉄砲隊は専門の部隊だけあり、命中率も高く、僅か100挺ながらも1回撃てば斎藤軍の90人以上が死傷。
2回撃てば180人以上が死傷。
3回撃てば270人以上が死傷。
4回撃てば360人以上が死傷。
となった。
火縄銃には弾込め時間が存在する。
その間に間合いを詰めた斎藤軍には木下隊が奮戦して矢を放ち、石を落とす。
そして弾込めを終えた鉄砲隊が近付いた斎藤軍に一斉に火を噴くのだ。
「これはいかん。退け退け」
4回目の鉄砲の発射が行われてから、道利が兵に退くよう命令した時には500人以上の死傷が出ていた。
そして第二次宇留間・伊木の戦いは春である。
寒いから出陣は嫌だ、などという指揮官はもう存在しない。
伊木山の裾に広がる木々に潜むように最大限、近付いた伊木山軍に参加の滝川一益率いる鉄砲隊100人が横合いから銃撃した。
「ぐあああ」
その狙撃に長井道利が負傷して、
「いかん、殿が・・・」
「退け退け」
またしても斎藤軍が撤退したのだが、今回は池田恒興が、
「狩り尽くせっ!」
総崩れとなって逃げてる斎藤軍の背後を襲って、面白いように斎藤の兵を狩り尽くした。
下手に逃がすとまた来るので、騎兵が敗走する歩兵を背後から撥ね殺し、槍で突き、弓兵達が背後から矢の雨を降らせた。
それにより、この敗走でも500人以上の被害が出て、斎藤軍は1000人以上の被害を出して関城に引き返していったのだった。
斎藤軍の撤退後に秀吉が勝利を祝いにやってきた。
「やりましたな、勝様~」
「ああ。だが、城を守っても褒美は貰えないからな」
「そうですね。城は奪ってこそですもんね。でも勝ちは勝ちです。祝いましょう」
そう健闘を讃えて笑ったのだった。
左腕を狙撃されて負傷した長井道利が美濃稲葉山城へ敗戦の報告に出向いた訳だが、
「織田軍は弱い事で有名なはずだが・・・鉄砲とは災難だったな、長井。休んで身体を労ると良い」
叱責を受けると思っていた道利に投げ掛けられたのは斎藤龍興からの労りの言葉だった。
それも笑顔での。
少し嘘臭かったが。
その顔を見た瞬間、道利はゾクリッと寒気を覚えた。
その作り笑顔に見覚えがあったからだ。
(気の所為か? 雰囲気が道三様にそっくりだぞ)
「傷を癒すように。また働いて貰う事になろうから」
嘘臭い労りの言葉を投げ掛けられて、
「はっ、次こそは必ず」
そう道利は平伏したのだった。
登場人物、1565年度
池田恒興(29)・・・主人公。信長の近習幹部。信長の乳兄弟。織田一門衆と同格扱い。次男と引き換えにしばを失う。伊木山城の城将として城を守る。
能力値、信長と養徳院の教えS、大物に気に入られる何かS、ヤラカシ伝説A、信長への絶対忠誠SS、信長からの信頼SS、織田家臣団での待遇S
織田しば(15)・・・織田家の姫。信秀の十女。母親は斯波氏の縁者。形だけの飯尾尚清の正室。池田恒興の実質の妻。次男の古新を産んで死す。
能力値、織田家の姫A、信長の妹A、大御ちの庇護A、戦国時代に淫行規制なしS、公然の秘密の池田屋敷の女主人A、飯尾の正室E
織田信長(31)・・・将来の天下人。織田家当主。天才肌。奇抜な事好き。桶狭間の戦いで今川義元に勝利して武名が近隣に轟く。犬山城を平らげ、次に狙うは中美濃。
能力値、天下人の才気SS、うつけの信長S、麒麟の如くS、奇抜な事好きS、新しい物好きSS、 火縄銃SS
木下秀吉(28)・・・将来の天下人。出しゃばり。信長の傍に良く出没。槍働きよりも知恵で信長に貢献。宇留間城の城代を担当する。
能力値、天下人の才気S、人証しの秀吉SS、愛妻ねねS、信長への忠誠A、信長からの信頼C、織田家臣団での待遇E
前野長康(37)・・・織田家の家臣。秀吉の寄騎。木曽川の前野衆の棟梁。蜂須賀正勝とは兄弟分。建築の才能あり。漢詩を好む。
能力値、築城の長康C、野盗の外見B、ちょろまかし癖ありA、織田への忠誠C、織田からの信頼E、織田家臣団での待遇E
蜂須賀正勝(38)・・・織田信清の元家臣。木曽川の川並衆。野盗扱い。秀吉の寄騎。銭の払い方も決まり、織田軍に参加。
能力値、義理の蜂須賀A、野盗扱いB、木曽川の顔役A、織田への忠誠D、織田からの信頼E、織田家臣団での待遇E
伊木忠次(24)・・・池田家の家宰。別名、香川長兵衛。姓の名付けは信長。池田家配属は信長の命令。姓の由来の伊木山への帰還でやる気が張ってる。伊木山城の留守居役。
能力値、伊木は信長からの賜り姓A、池田家の家宰A、恒興の側近A、恒興への忠誠B、恒興からの信頼C、池田家臣団での待遇SS
荒尾善久(26)・・・織田家臣。通称、小太郎。荒尾家当主。木田城主。善応院の弟。恒興の義弟。恥ずかしい父親が居る。池田家に属する。
能力値、恥ずかしい父A、槍働きC、命知らずD、信長への忠誠A、信長からの信頼E、織田家臣団での待遇E
佐々成政(29)・・・織田家の家臣。織田信安の元部下。政務が有能。正室は村井貞勝の娘。比良城主の城主。柴田勝家の寄騎。鉄砲奉行の一人。
能力値、まさかの文官肌A、不運の佐々A、豪傑への尊敬A、信長への忠誠B、信長からの信頼B、織田家臣団での待遇B
大沢左衛門(43)・・・斎藤家の家臣。元宇留間城主。正室は道三の娘とは無関係。だが実は道三派
能力値、舟漕ぎの左衛門A、義龍嫌いA、三代目に期待C、龍興への忠誠C、龍興からの信頼E、斎藤家臣団での待遇D
長井道利(44)・・・斎藤家の家老。先代、義龍に異母弟の暗殺を囁いた謀臣。武田と個人的に取引をしてる。戦下手過ぎて道三の子供の噂を払拭中。
能力値、長良川の戦いの元凶A、蝮の落とし子の噂D、道三嫌いSS、龍興への忠誠D、龍興からの信頼A、斎藤家臣団での待遇A
斎藤龍興(17)・・・美濃斎藤家の当主。13歳で家督を継承。稲葉山城の乗っ取り事件を得て蝮の血が徐々に覚醒する。
能力値、三代目蝮B、部下は駒、悪の華E、戦国時代に飲酒規制なしS、戦国時代に淫行規制なしS、五月蠅い年寄りA
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