池田恒興

竹井ゴールド

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1564年、犬山城落城

稲葉山城の城下見学

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 【織田軍、稲葉山城が竹中に乗っ取られてるので逆に美濃に侵攻出来ない説、採用】

 【池田恒興、無役で妻達に堺土産を渡して回ってた説、採用】

 【養徳院と織田信秀の子供の名はち説、採用】

 【小ちが十女のしばより年下なのに六女なのは信長の強権説、採用】

 【池田恒興、秀吉に騙されて蜂須賀党に気軽に出向いた説、採用】

 【池田恒興、銭を払って蜂須賀党の使いとして稲葉山城に向かった説、採用】

 【武藤喜兵衛、信玄の使者として稲葉山城の城下町に居た説、採用】

 【池田恒興、蜂須賀党の使いとして日根野弘就と面談してた説、採用】

 【日根野弘就、面識のある仇敵の池田恒興に全く気付かない説、採用】

 【武藤喜兵衛、密使として竹中重治と面談した説、採用】





 犬山城を落城させて波に乗る織田軍も今の美濃には出兵出来ない。





 理由は竹中重治が乗っ取っている稲葉山城にあった。

 稲葉山城が落城してるのだ。

 美濃斎藤家の家臣団はそちらに兵を集中させており、他の美濃の領地は攻める絶好の好機な訳だが。

 下手に織田軍が美濃に攻めて、稲葉山城を乗っ取ってる竹中重治が斎藤家に城を返上したら元も子もない。

 織田家は今、その竹中重治が所有する稲葉山城が欲しいのだ。

 それも虫の良い事に無償ただで。

 よって竹中重治の機嫌を損ねる訳にはいかないのだ。

 お陰で織田家はもう五ヶ月も美濃への出兵を見合わせていた。





 そして現在、織田家では稲葉山城に居る竹中重治の調略こそが美濃攻略戦の一番手柄となっており、





 お陰で尾張家中の大半がその一番手柄を得ようと、あの手この手で竹中重治に連絡を取ってる始末だった。





 ◇





 恒興は余り手柄に興味がなかったので堺での土産配りも兼ねて、





 まずは清洲の池田屋敷にて、14歳ながら懐妊した正室しばに、

「しば、でかしたぞ、妊娠なんて」

「いえ、恒興様のお手柄ですよ、子宝は」

「名前は何にする?」

「もう。まだ男の子か女の子かも分かりませんのに」

 幸せそうな顔で答えるしばに恒興は甘えながら、

「そうだよな~。そうだ、はい、堺土産」

「まあ、こんな立派な反物を・・・」

「さすがは堺だよな~。こっちはかんざしね」

「青玉(サファイアの事)ですか? ありがとうございます」

 その後もしばとイチャイチャしたのだった。





 続いて那古野城にて、恒興は母親の養徳院と異父妹のちに、

「母上、堺土産です、どうぞ」

「鏡? こんな豪華な螺鈿らでん細工のものを・・・どうしたの、勝? 高かったでしょう?」

「堺の天王寺屋の御好意でいただきました」

「恥ずかしくタカったり、信長様の名前を使ったのではないでしょうね?」

 養徳院がそう質問したのは、恒興ならばやりかねないからだが、今回は違い、

「いえいえ、堺に出向いた際に知り得た情報を教えたら喜んでくれて、お礼としていただきました」

「ならばいいですが」

「そして、小ちにはこっちを」

 恒興はそう言って同席してる織田信秀の六女、小ちに煌びやかな反物を渡した。

 小ちは織田信秀の六女だが、母親は養徳院である。

 つまり、信長の妹であり、恒興の妹でもあった。

 そして十女のしばより年下なのに六女なのは信長の仕業で、

「小ちが六女で良かろう」

 との鶴の一声で、姉妹の序列が入れ替わっていた。

「わあ、綺麗な反物~。ありがとう、池田のお兄様。お母様、女中さんに仕立てて貰ってきますね」

「ええ、そうしなさい」

 養徳院が許可して、

「池田のお兄様、帰ったら嫌ですからね」

「ああ、待ってるよ」

 恒興が答える中、小ちが退室すると養徳院が、

「そう言えば聞きましたよ、しば姫の事」

「申し訳ございません、まだ若いのに」

「まあ、授かり物ですから悪いとは言いませんが、ほどほどにね」

「はっ」

 その後も恒興は喋って母親孝行をしたのだった。




 
 続いて城下の池田屋敷別邸では、一宮つるを名乗る相手に、

「つる、元気にしてたか?」

「これは恒興様、本日はどのような?」

「無論、可愛いつるを抱きにだよ。後、堺土産を渡しにかな」

 恒興に抱き寄せながら、つると名乗る真田ときが、。

「堺へ向かわれたのですか?」

「ああ、大変だったよ。和泉屋の鉄砲詐欺に引っ掛かった家中の者の後始末で」

 その後も恒興は喋れる情報を語りながら、つるとイチャイチャしたのだった。





 最後は尾張にある某尼寺である。

 恒興の正室の善応院の尼僧姿を見て、

「おお、やはり尼僧の姿も美しい。どれどれ、味見を」

「何を考えて・・・ダメですよ、尼寺なんですから」

 抱き寄せられながらも満更でもなさそうに善応院は恒興をたしなめた。

「いいだろ、夫婦なんだから」

「信長様のお怒りが解けてからにしましょうね」

「何だ、つまらん。そうだ、堺土産を持ってきたよ」

「こんな派手なの尼寺で使える訳がないでしょ」

「じゃあ、取っておいて。その内、屋敷に帰れるだろうからその時にでも」

 そう恒興は笑い、





 母親と妹、それに妻達の間を飛び回った恒興はマッタリしていたのだが。





 堺での仕事を終えた後の休みもそこそこに、恒興は信長に小牧山城に呼出されていた。

「犬山城が落城したというのにサルが『説得出来る』と言っていた犬山城方に味方していた木曽川の川並衆の調略が難航している。勝、どのくらい難航しているのかサルと一緒に確認してきてくれ」

「オレがですか?」

「暇であろうが?」

「まあ、そうですが」

「よいな、サル」

「ははっ。勝様、よろしくお願い致しまする~」

 秀吉が大袈裟に返事をし、恒興と秀吉は広間から下がったのだった。





 広間を出た小牧山城の廊下にて、恒興が、

「で、秀吉。どのくらい蜂須賀党の説得の方、難航してるんだ?」

「いえいえ、難航だなんてそんな大袈裟な。犬山城が落城した今、この秀吉と勝様とが出向けば万事解決でございますよ」

「なら、どうして信長様はあんな事を言ったんだ?」

「さあ、誰かが何かを吹き込んだからじゃないですか」

 秀吉が安請け合いをしたので、恒興は安心して気軽に出向いたのだが、





 蜂須賀党の屋敷では大歓迎された。

 50人以上の殺気立った野武士が出迎えて、全員が抜いた刀や構えた槍先を秀吉と恒興、それに秀吉の家来数人に向けての大歓迎だが。

「秀吉、騙したなっ! 何が万事解決だっ! 何だ、この状況はっ?」

 刀を向けられた恒興がそう喚く中、

「いやいや、騙してませんから、勝様。本日で万事解決ですので」

 秀吉がそう愛嬌のある顔を向けてから、棟梁の蜂須賀正勝に、

「小六殿、そろそろ覚悟がお出来になりましたかな?」

「ふざけるなっ! 何度来ても答えは一緒だっ! 誰が清洲なんかに手を貸すかっ!」

 それが正勝の答えだった。

「しかし、犬山城が落城した今、さっさと信長様に味方しなければ攻め滅ぼされますぞっ! ほれ、この通り、本日は織田家の重臣の池田様まで来られてますので」

 秀吉に出汁に使われた、と恒興は理解しつつも、成り行きを見守ったが、

「それでも答えは一緒だっ!」

 頑なに正勝が吼え、 川並衆の配下が殺気立っていた。

 その一連の流れを見ていた恒興が不思議そうに秀吉を見ながら、

「秀吉、おまえ、何をやってんの?」

「川並衆の説得ですが?」

「蜂須賀党の説得は義理だろうが? 信長様から預かってる義理をさっさと出せ」

「それが信長様が味方になるまでは出せないと」

「なら蜂須賀党の説得なんて無理に決まってーー」

 そう言うおうとした恒興が何かに気付いて、

「待て、秀吉。信長様は正確にはなんて言ったんだ?」

「前渡しではなく成功報酬にしろと」

 それで総ての事情を理解した恒興が、

「なるほどな~。それで蜂須賀党は『そんなの信用出来るか、先に出せ』と言ってこうなってる訳か」

「そういう事です」

 秀吉がそう頷き、正勝も、話が分かる奴が織田にもいるな、と頷いた。

 恒興が少し考えてから、

「因みに『倍払うから後払い』ってのはダメなの?」

 試しに聞いてみた。

「そんな旨い話があるかっ!」

 正勝が騙されないぞとばかりに吐き捨てたが、

「いやいや、織田家は津島を抑えてるから銭が唸ってるんだよ。ほら、聞いた事ない? 一千貫の偽朱印状事件?」

「ああ、あったな。それが?」

「あれってさ~。朱印状一枚で津島の連中が一千貫くらいなら相手を確かめもせずに出すって事なんだぜ? それくらい銭が頻繁に動いてるんだよ。とりあえず後払い用の料金表を出して貰おうか。小牧山城に持ち帰って検討するから」

 と言う恒興に、今度は秀吉が、

「えっ、勝様、それだと今日中に説得出来ないじゃないですか?」

「この状態なら当然だろうが。えっ、まさか、秀吉。オレが呼ばれる前に信長様に『今日中に説得する』って大言を吐いちゃったのか?」

「だって出来そうでしたから~」

 秀吉が眼を泳がす。

「知~らね~。信長様に怒られろ」

「いやいや、それではこの秀吉の立つ瀬が・・・そうだ、『説得も無事出来、料金表を渡された』という事で、ここは一つ穏便に」

「お調子者め。そこは蜂須賀党の連中と勝手に交渉しろ」

 と突き放して、秀吉が正勝と交渉をする中、恒興が、

「堺を見てきた後なだけに、これも大して面白いとは思えんな~。稲葉山城のような面白い事は起こらないものかね~」

 と呟いてから、ある事に気付いて、

「そうか。そうだよな」

 ニヤリとしたのだった。





 ◇





 恒興は美濃に来ていた。

 格好は信長の重臣という恰好ではなく、蜂須賀党で借りたぼろい野武士の格好だ。

 馬は武田信玄から貰った馬だと立派過ぎるので、秀吉が乗ってた普通の馬を借りて、稲葉山城に向かった。

 今の稲葉山城付近は当然、厳戒態勢だ。

 何せ、まだ竹中重治の一党が稲葉山城に(斎藤龍興が人質になってる事は知られていないが)立て籠もっている。

 なので、美濃兵による検問は山ほどあるが、その総てを、

「あっしは木曽川の川並衆の蜂須賀党の者で、尾張の犬山城が落城しましたので、これからは美濃様に御味方出来ないかとの棟梁からの書状を預かってきておりやす」

 蜂須賀正勝に書かせた書状を見せて突破していた。

 無論、無料ただではない。

 総てに銭が掛かっていたが、恒興の財布の銭で事足りていた。





 蜂須賀党の屋敷でのその準備中に秀吉が、

「ダメですって、勝様。何かあったら信長様にこの秀吉が怒られるのですよ」

「大丈夫だって。ちょろっと見物してくるだけだから」

 だが秀吉では恒興は止まらず、こうして出向いていたのだった。





 呼び止めた美濃兵が、

「ああ、尾張の犬山城、落城したんだってな。だがな、今は美濃もそれどころではなくてな。城から落ち延びた殿様は不貞腐れてずっと女のところに居るって話だし」

「あっしもそう棟梁に尋ねましたが、美濃の裁量は重臣様達が決めてるので問題ないと」

「まあ、確かにな」

 龍興の暗愚っぷりは末端でも有名らしい。

「仕方ない。通れ」

 難無く突破して稲葉山城に向かった。





 稲葉山城は稲葉山の山頂に築城されており、城下町は裾野にあった。

 一部は兵士達で厳重警戒だったが、他の場所は普通に出入りが可能で、恒興はお気楽に城下町を歩いていたのだが、そこで出会ったのが、

「よう、年を重ねて男っぷりが増したな」

 17歳になった武藤喜兵衛だった。

 喜兵衛が少し拗ねた顔で、

「どうも。目的は同じなようで」

「違う違う。オレは別に『稲葉山城を譲れ』なんて無駄な交渉には来てないぞ」

「無駄ですか、やっぱり?」

「ヤマトタケルノミコトの写し身だからな。名声には気を使うだろうさ」

「なら、何の御用で?」

「稲葉山城見物」

「ならば暇ですよね? 一丁いっちょう勝負しませんか、池田殿?」

「しないよ。面倒臭い」

 気の抜けた返事をした恒興だったが、

「そう言わずに。そうだ、オレが負けたら織田が勧めようとしてる武田との婚儀に一肌抜脱ぎますよ」

 喜兵衛がそう言ったので、さすがに恒興も顔が真剣になった。

 織田外交の極秘情報の一つだったからだ。

 それを知ってる喜兵衛が武田の重臣である事はやはり間違いない。

 恒興が探るように、

「オレが負けたら何をさせる気なんだ?」

「何も」

「?」

「池田殿に負けっぱなしなのが嫌なだけですから」

「何だ、そりゃあ? まだまだ子供だね~。で、勝負の内容は?」

「どっちが先に稲葉山城の竹中の前まで移動出来るか」

「竹中か~。一度、面を拝んでおく必要があるな~」

「では」

「ああ、受けよう。でもオレが負けても何もしないからな」

 と恒興が言った瞬間にニヤリとした喜兵衛が、

「ここに尾張の間者が居るぞぉぉぉっ!」

 と叫んだのだった。

「あっ、汚え」

「そっちが格上なんですから飛車角落ちくらいはして貰わないと」

 そう笑って喜兵衛は群衆の中に駆けていき、

「そこのおまえ、ちょっと来い」

 恒興は集まってきた美濃兵を見て、斬り合いをする気はなかったので、

「違う違う、尾張の間者はあっちだって。オレはれっきとした使者なんだから」

 そう言って書状を渡したのだった。





 恒興の方はその後、一直線に家老の一人、日根野弘就の前まで連れていかれた。

 間者扱いだったが。

 恒興は相手のつらを見た瞬間に、

(やっばぁっ、道三の子供を殺した義龍の懐刀の日根野だ)

 面識のある相手に仰天したが顔には出さなかった。

 但し、それは恒興の主観であって本当は顔に出ていたが、弘就の方は書状の内容を確認していて気付かなかった。

「木曽川の蜂須賀党がね~」

「はい、まずは書状を運んだ義理を頂戴したく」

「ったく、川並衆はこれだから」

 二十文ほどを渡されて手の中で器用に数える中、

「なるほど、犬山城を落城させた尾張には従いたくないと」

「へい。そう聞いておりやす」

「良かろう。待ってろ」

 と奥へ下がっていき、内心ドキドキの恒興は、

(バレなかった? それともバレて奥で兵を集める指示を出してる? 案外まだ気付かれてないかもな。何せ『絶対に殺してやるからな、小僧』って面と向かって日根野に言われてるからな、あの時。バレてたらとっくに殺されてる訳だし)

 疑心暗鬼となっていたが、しばらくして書状を持ってきた弘就が、

「こちらが返書だ。頼んだぞ」

「へい」

 と書状を受け取った恒興が去ろうとしたので、弘就が、

「待て」

 と声を掛けた。

 ギクリッとしながらも、

「な、何か?」

「書状を運ぶ分の義理を忘れてるぞ」

 そう言ってまた小銭をくれた。

「それは、あっとした事が。さすがは美濃の、ええっと――」

「日根野だ」

「日根野のお殿様は御立派でございますねえ。困った事がありやしたら蜂須賀党をお頼り下せえ」

 そう言って、恒興はどうにか難を逃れたのだった。





 陣屋を出た恒興は勝負の事など、とっくに忘れて、

「さっさと尾張にか~えろっと」

 馬に乗って、稲葉山城の城下町を歩いたのだが、その際に、

「よう、女顔」

 稲葉山城の抜け道を通って城下町に出て、舅の傷に効く薬を買って帰る途中の竹中重治と遭遇していた。

 深編笠あみがさを被って顔が見えないはずなのにそう声を掛けられた重治がさすがに、

「・・・深編笠を被ってるのに、どうして私だと?」

「洒落ものの帯と二本差しの鍔飾りと柄が一緒だったのでね」

(変なところを見てるな)

「変装するならそちらのようになりきれと?」

 野武士の恰好を指摘するも、

「尾張者なのでね。まあ、オレも刀は変えてないが」

 そう笑いながらそのまま馬で歩いて去っていったのだった。

 その後を追う美濃武士を見ながら、

(日根野の手の者か。相変わらずやる事がズレてるな。泳がさずにさっさと牢屋に入れてしまえば良いものを)

 そう呆れながら、城下の抜け道から帰っていくと、





 稲葉山城内の雑兵が、

「甲斐からの使いです」

 と報告し、仕方なく武藤喜兵衛と面会する破目になった。

「また貴殿か。何度来ても答えは同じだぞ」

「いえいえ、今回の条件は美濃半国でして――その前にお聞きしますが、随分と待たされましたが織田の池田殿と遭っておられたので?」

(織田の池田? 織田の乳兄弟の池田勝三郎恒興? 先代の義龍様を火縄銃で狙撃して半殺しにした? どうしてその名を。そうか、あの尾張者。あの男がそうだったのかーー待てよ。なのに先代の懐刀の日根野の陣屋から無事に出てきたのか? 日根野が使えないのか、それともあの男が使えるのか)

 重治が味方の無能さに軽い頭痛を覚えながら、

「名乗らなかったのでね、素性は知らないが」

「? 素性も分からない相手と遭われた? そう言えば『薬を調合している』と言われて待たされましたが、その調合する薬はどこから? まさか自ら城下に買い付けにーー」

 真相に気付いた喜兵衛が、

(本当に城下で先に遭われた? 嘘だろ? 美濃兵に捕縛させて刻を稼いだのに? これが勘助様の言っていた武勇や智謀以外の何かって奴か)

 そう絶句する中、

「詮索も結構だが、御用件は美濃半国だけか?」

「ええ。稲葉山城を武田に譲っていただけるのであれば、それ以上の見返りも御用意させていただきますが」

「興味はないな」

「そうですか」

「今回が最後で断ったら私を殺せ、と言われているのかな?」

「まさか、 私の仕事は使者だけですよ。美濃半国が駄目なら更に値を吊り上げるまでです。では、また来ますね」

 喜兵衛が使者の役目を終えて席を立とうとすると、重治が、

「長井殿によろしく」

 ギクリッとなる事を言われた。

「何の事でしょう?」

「そっちが使者の本命なのだろう? 約束手形は同じ美濃半国かな? あの男は簡単にそれで釣れそうだが」

 言い当てた重治を見て、喜兵衛が、

(この男、御館様が危険視するだけあって本当に・・・)

「ハハハ、御冗談を」

 そうとぼけようとしたが、

「まあ、無駄になるでしょうがお役目頑張って」

(池田殿は陽気だが、この男は少し癇に障るな。御館様に暗殺部隊を放たれる訳だ)

 そう思いながら席を立ち、喜兵衛はその後、長井道利に会ってから甲斐へと帰ったのだった。





 ◇





 小牧山城に戻った恒興は不機嫌そうな信長に、

「で? 川並衆の料金交渉を全部サルに任せて、勝は稲葉山城見物に出向いたと聞いたが。楽しかったか?」

「全然ですよ。武田の武藤は居るわ、美濃の日根野とは対面する破目になるわ」

「日根野?」

「ほら、義龍の懐刀でオレを殺すって喚いてたのが居たでしょ? その本人ですよ」

 片眉を上げた信長が、

「会ったのか、その日根野に?」

「はい」

「良く無事で帰ってこられたな?」

「野武士の恰好と川並衆の蜂須賀党に書かせた『美濃の御味方をしたい』との書状を持ってたのが功を奏したのか、対面しても何故かバレなかったので」

「呆れて物も言えんわ。火遊びはほどほどにしろよ、勝」

「はっ」

「当分はオレの周囲で仕事を真面目にするように」

「はっ」

 こうして恒興は小牧山城で信長の近習の仕事に戻ったのだった。





 登場人物、1564年度





 養徳院(49)・・・池田恒興の実母。信長の乳母。先代、信秀の側室。折檻は尻叩き。信秀の六女、小ちの実母。

 能力値、信長の乳母A、先代織田家当主の側室A、恒興を正しく導くS、信長からの信頼S、織田家臣の女房衆からの尊敬A、政治には口を挟まずA

 織田小ち(13)・・・織田家の姫。織田信秀の六女(但し、母親の地位の高さで序列繰り上げ)。母親は養徳院。異母兄は織田信長。異父兄は池田恒興。

 能力値、織田家の姫A、信長の強権で六女に繰り上げA、怖い織田の兄ありS、優しい池田の兄ありA、嫁ぎ先はもう決まってるC、那古野城のみ出没A

 一宮つる(19)・・・もと武田家の女中。本名、真田とき。真田綱吉の娘。武藤喜兵衛の従姉。喜兵衛の不始末の責任を取って恒興の室に。池田せんの母親。

 能力値、武田への忠誠B、密命ありA、武芸の腕E、恒興の子を産む幸運A、織田家での待遇B、信長の裁定待ちC

 善応院(25)・・・恒興の正室。前夫は信長の異母兄の織田信時。前夫との間に娘、七条あり。池田勝九郎の母親。今川内通疑惑で尼寺へ。堺土産を貰い、御機嫌。

 能力値、再婚は信長の命令B、姑に頭上がらずSS、政治に口を挟まずA、実家にウンザリA、子育てA、今の生活に満足D

 蜂須賀正勝(37)・・・織田信清の元家臣。木曽川の川並衆。野盗扱い。信長に味方する事は決まってるが銭の払い方で揉めてる真っ最中。

 能力値、義理の蜂須賀A、野盗扱いB、木曽川の顔役A、信長への忠誠E、信長からの信頼E、信清家臣団での待遇E

 武藤喜兵衛(17)・・・甲斐源氏の武藤家の養子。真田幸綱の三男。稲葉山城を落とした竹中重治への密使中に恒興と遭遇する。

 能力値、表裏比興の者E、風林火山陰C、信玄の右目B、武田家への忠誠S、信玄からの信頼B、武田家臣団での待遇C
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