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1563年、嫌われ柴田の復権
犬山城の両家老の内応
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【織田信清、家老二人に偽の内応をさせる必勝の策を考えた説、採用】
【中島豊後守、その策を使って本当に清洲方に投降する説、採用】
【中島豊後守、内応の条件に信長と恒興から赦免状を貰った説、採用】
【家老の内応によって犬山城が裸城になった説、採用】
【犬山城軍、城門奪還の為に夜襲した説、採用】
【策の出所は信長説、採用】
【偽の朱印状の黒幕も信長説、採用】
【柴田勝家、まったく信長に信用されてなかった説、採用】
尾張の堅牢な犬山城には城門が3つある。
山の裾野の城と城下町の堺目の門が第1の城門。
山道の途中にあるのが第2の城門。
そして山頂の天守閣を守る最後の城門である。
◇
犬山城の天守閣では織田信清が家老2人を呼び出して、
「おまえ達、『信長に内応する』と言って信長を犬山城に誘き出せ」
「はあ? 何ですか、それは?」
和田定利が問う中、
「このまま籠城してもジリ貧なのでな、策を考えた」
信清が得意げに口を開いた。
「おまえ達が内応すると言って、信長の軍を犬山城に入れる。そして第1の門を開放」
「なりませんぞ。そんな事をしたらーー」
定利が慌てて止める。
「まあ、聞け。先方には『第2の門まで開ける』と言っておく」
「信清様っ!」
「だから聞けと言うに。信長の軍が第2の門に迫るが、第2の門は開かない。そこで第1の門と第2の門の間の山道に火を掛ける。油も仕込んであるので良く燃えて、織田軍は燃えて死ぬ訳だ」
「なるほど火計ですか。ですが、第1の門と第2の門の間だけなら、精々500の兵が死ぬだけだと思いますが」
「それで充分であろう。どう思う?」
信清の問いに定利が、
「私が『内応する』と言って清洲方がホイホイと信じるでしょうか?」
「そこよ。定利、オレの為に家族を捨てれるか?」
「と言うと?」
「内応の証明として人質を出せ」
「えっと偽物のをですよね?」
「いいや、本物でないとバレるであろうが」
さらりと信清は言った。
「人質に誰を出すのです?」
「定利は子が居なかったな。では弟だ」
「そんな。たかだが清洲の500の兵を焼くのに定教はやれませんよ」
「頼む、定利。清洲に勝ちたいのだっ!」
「ぐむむ、中島殿の考えは?」
無理難題を言われた定利が中島豊後守に問うと、
「勝てるのですね?」
付き物が落ちたような顔の豊後守がそう確認した。
「無論よ」
「では、私は妻と子を人質として差し出しましょう」
「それでこそ、我が家老よ。定利も良いな」
「ええっと、定教に清洲軍の侵攻と同時に逃げるように伝えておいても?」
「それくらいは構わん」
との事で作戦は進められ、
商人に扮した丹羽長秀と犬山城の城下町の料亭で密会した。
「ほう、お二方が第2の城門まで開けて清洲の軍を中に入れると? その約定として人質まで出す?」
「そうだ」
「では信長様に確認を取りましょう。人質はこちらで受け取っても?」
「ああ、連れて来てる」
「それと小口城で戦死した岩室長門守の赦免をいただきたい。信長殿と池田殿の二人からの」
「・・・確認してみましょう。では御免」
丹羽長秀が席を立って小牧山城に戻っていく中、定利が豊後守に、
「さっきのは何だ、中島殿?」
「清洲方を信用させる為よ。小口城で信長の小姓筆頭が死んでる件を有耶無耶にしたままでは信じる訳がないのでな」
「本当でしょうな?」
定利はそう豊後守を見据えたのだった。
◇
「中島豊後守が守った小口城で討ち死にした岩室重休の件は不問とする。
但し、次に織田弾正忠家を裏切った時にはこの赦免状は効果を発揮しない。
織田信長。
池田恒興」
◇
そして内応の約束が事細かに決まり、小牧山城に陣取る信長が2800人の軍勢で犬山城に攻めたのは恒興が赦免の約束を無理矢理信長に飲まされた後だった。
「いつまで不貞腐れてるつもりだ、勝?」
「・・・」
恒興は不貞腐れると無言になる。
面倒臭い限りなので、仕方なく信長が、
「耳を貸せ、勝」
「・・・」
「勝っ!」
渋々と恒興が耳を貸すと、
「このオレが長門を殺した中島を許す訳ないだろ」
と信長が囁いた。
背筋を正した恒興が眼を輝かす。
あれだけ不貞腐れてたのが嘘のように笑顔になった。
(やはり勝に教えては駄目だったか。これでは赦免状が嘘だとバレバレになるからな)
そう思った信長が、
「だが、すぐには殺せん。咎を作らねば。10年は寝かせるかな」
「ええ~」
恒興はすぐに不機嫌顔になった。
「我慢しろ」
「で~も~」
「駄目だ。それまではこき使ってやるわ」
「チッ、わかりましたよ」
まだ不機嫌顔の恒興はそれでも喋るようになったのだった。
犬山城の天守閣から詰め寄せる信長の軍勢を見た織田信清は、
「来おった来おった。焼かれるとも知らないで」
と笑ったのだった。
犬山城の城下町の外周には城壁などはなく、あっさりと城下町は信長軍が占拠。
信長が攻めるという情報が出回っていたのか、住民も逃げており、無人の城下町を進んだ信長軍は犬山城の第1の城門の前までやってきた。
今回の信長軍の先鋒は調略担当でもある丹羽長秀である。
接近と同時に第1城門が開かれて、
「どうぞ」
内応の話を聞かされていた中島隊の城兵が通したので、
「では、かかれっ!」
長秀の命令で丹羽隊は第2の城門へと向けて山道を突進したのだった。
犬山城の天守閣でその様子を見ていた信清が、
「おっ、来た来たーー今だっ!」
と叫んだが、山道が燃える事はなく、第2の城門が開かれて信長軍が犬山城の中腹まで一気に占拠したのだった。
「はあ?」
信清が唖然とする中、伝令兵が、
「報告っ! 第2城門が内側から開き、清洲軍が占拠致しましたっ!」
「見れば分かるわっ! どうしてそうなっておるっ? 定利と豊後守はどうした?」
と叫ぶ中、別の伝令兵が、
「報告っ! 家老の中島、乱心っ! 和田様を人質に取って和田隊に城門を開かせましたっ!」
その報告で信清は総てを悟った。
前々から怪しいとは思っていたが、中島豊後守が本当に清洲方に寝返ったのだ。
それも最悪の形で。
「豊後守~っ!」
信清が吠える中、
「報告、裏切り者の中島が和田様を清洲方に引き渡しましたっ!」
「あの阿呆がっ!」
信清はそう憤怒したが後の祭りで、犬山城は第2城門までを失い、
山城の頂上の天守閣まで兵糧や味噌や金を運ぶのは手間が掛かる。
最後の門と第2の城門の間にある櫓の中にその総てが保管され、使う分だけを天守閣に運んで使っていたので、
犬山城は今や完全な裸城となったのだった。
犬山城の城下町の広場で待っていた信長の前に、捕縛された和田定利と普通に歩いてる中島豊後守がやってきた。
「中島豊後守、よくやった」
「はっ」
信長にしたその返事を打ち消すような、
「チッ、チッ、チッ、チッ、チッ」
舌打ちの連発が聞こえ、視線を向ければ不満顔の恒興が舌打ちを連発していた。
「勝、五月蠅いぞ」
「はっ」
仕方なく恒興が黙るがそれだけだ。
赦免状の約束が守られていた事を知り、豊後守は安堵したが、その隣では、
「この裏切り者がっ!」
今度は和田定利が叫んでいた。
信長が、
「それは違うぞ、定利。おまえも裏切ったのだからな」
「はあ?」
「そう約定して人質の弟をオレに差し出したであろうが」
「あれは作戦で・・・」
「そんな作戦はなかったのだよ。犬山城の家老二人が阿呆の信清を見限った。世間的にはそう通す。家老二人に愛想を尽かされた信清にはもう誰も味方をしない訳よ。まあ、兵糧庫を失ったのだ。兵糧攻め一つで簡単に落ちるであろうがな」
信長が得意げに笑う中、定利が、
「犬山殿は姉君ではありませんか。見捨てるおつもりで?」
「アヤツに姉が斬れる訳が無かろうが。ん?」
総てを見通す信長に定利が無念に思う中、
「安心しろ、おまえは殺さん。京にのぼった時に将軍の御前でおまえの兄にもよろしくと頼まれているのでな」
そう言われて定利は渋い顔をしながらも信長に服従したのだった。
これが犬山城方の家老、和田定利と中島豊後守の二人が城門を開いた真相である。
だが、信長公記には当然、2人が丹羽長秀の調略で城門を開いた、と記されたのだった。
とはいえ、まだ犬山城は落城していない。
そして作戦の為に兵を最後の城門の内側まで移動させられており、余力があった事から、
中島豊後守が寝返って第2の城門までが信長軍に奪われた日の深夜。
犬山城方の300人の決死隊が第2の城門、そして第1の城門を奪還するべく最後の城門から討って出たのだった。
松明など付けずに一気に強襲だ。
目指すは第2の城門の内側にある櫓の中に居る信長軍で、それらの抹殺する為に討って出たのだが、最後の城門を出た直後に、
「うわっ!」
「何だ、これ? 滑るぞ」
犬山城側の決死隊が深夜の山道を次々にすっ転んだ。
そして転んだ雑兵が地面に触れて、
「ん、何だ、これ? 濡れてる?」
「クンクンーーこれは油だっ!」
誰かがそう叫んだ時には火矢があちこちから射られて、開かれた最後の城門から第2の城門の間の山道に撒かれた油に引火して一瞬で燃え広がったのだった。
「うわああっ!」
「助けてくれええっ!」
犬山城方の決死隊300人の内、最後の城門を潜った200人が生きたまま燃やされる。
その様子を最後の城門の横の物見櫓で見ていた信清が、
「なっ! これは我が策、そのままではないか・・・そうか、豊後守ぃぃぃっ! どこまでもオレの邪魔をぉぉぉっ!」
そう叫んだのだが、
この火計を実行したのは丹羽隊で、
「さすがは信長様だな。今夜、夜襲があるから火計を使え、と言われた時は半信半疑だったけど」
丹羽長秀がそう勝ち誇ったのだった。
もっとも犬山城の攻防戦で200人が死んだだけだ。
信長公記には一行も掲載されなかったが。
その夜、犬山城のもう一つの動きとして、
犬山城の木曽川に面した櫓の仕掛け床から長い縄梯子が落とされて、それを伝い、犬山城の命運を握る1人の密使が木曽川に飛び込んでいた。
密使はそのまま美濃方面へと泳いでいったのだった。
◇
朱印状の偽物の調査を終えた平手久秀が小牧山城で内々に信長と面会していた。
「どうであった?」
「はっ、調査の結果、総てが分かりました」
「ほう、黒幕はやはり竹中であったか?」
「いいえ、金を下ろしたのはサルの下で働く前野長康という男で、黒幕は信長様でした」
「ほう」
信長はそれでも余裕の顔で、
「何故そのような結論に?」
「柴田が犬山城方と通じている事を犬山城の調略担当の丹羽長秀が掴んだからです。そして城門を開ける罠を事前に知っていた信長様がこの好機を柴田に掻き回されては敵わんと牢に入れた。まあ、私を復帰させるのもあったでしょうが」
「ん? 犬山城方の家老二人が策を聞いたのは権六の捕縛の後のはずだが?」
「当然です。城門を開ける策を出所が信長様で、それを姉君の犬山殿がそれとなく信清に伝えて、信清は自分の策のように家老達に話したのですから」
「・・・まあ、合格だな」
黒幕の信長はそう笑った。
「ありがとうございます」
「牢の権六はどうする?」
「証拠不十分、1000貫全額が戻ってきた事を加味して今回は御咎めなしでよろしいかと」
「では出してやるか。少しは懲りたようだからな」
そう信長が笑い、小牧山城の牢からは柴田勝家達が解放されたのだった。
登場人物、1563年度
丹羽長秀(28)・・・織田家の家臣。信長の密命で犬山城、美濃の調略に動く。利説きの長秀。星回りが悪い。文官が周囲に集まる。犬山城攻めも担当。兵800人を預かる。
能力値、利説きの長秀A、米五郎左A、星回りの悪さD、信長への忠誠A、信長からの信頼B、織田家臣団での待遇B
【中島豊後守、その策を使って本当に清洲方に投降する説、採用】
【中島豊後守、内応の条件に信長と恒興から赦免状を貰った説、採用】
【家老の内応によって犬山城が裸城になった説、採用】
【犬山城軍、城門奪還の為に夜襲した説、採用】
【策の出所は信長説、採用】
【偽の朱印状の黒幕も信長説、採用】
【柴田勝家、まったく信長に信用されてなかった説、採用】
尾張の堅牢な犬山城には城門が3つある。
山の裾野の城と城下町の堺目の門が第1の城門。
山道の途中にあるのが第2の城門。
そして山頂の天守閣を守る最後の城門である。
◇
犬山城の天守閣では織田信清が家老2人を呼び出して、
「おまえ達、『信長に内応する』と言って信長を犬山城に誘き出せ」
「はあ? 何ですか、それは?」
和田定利が問う中、
「このまま籠城してもジリ貧なのでな、策を考えた」
信清が得意げに口を開いた。
「おまえ達が内応すると言って、信長の軍を犬山城に入れる。そして第1の門を開放」
「なりませんぞ。そんな事をしたらーー」
定利が慌てて止める。
「まあ、聞け。先方には『第2の門まで開ける』と言っておく」
「信清様っ!」
「だから聞けと言うに。信長の軍が第2の門に迫るが、第2の門は開かない。そこで第1の門と第2の門の間の山道に火を掛ける。油も仕込んであるので良く燃えて、織田軍は燃えて死ぬ訳だ」
「なるほど火計ですか。ですが、第1の門と第2の門の間だけなら、精々500の兵が死ぬだけだと思いますが」
「それで充分であろう。どう思う?」
信清の問いに定利が、
「私が『内応する』と言って清洲方がホイホイと信じるでしょうか?」
「そこよ。定利、オレの為に家族を捨てれるか?」
「と言うと?」
「内応の証明として人質を出せ」
「えっと偽物のをですよね?」
「いいや、本物でないとバレるであろうが」
さらりと信清は言った。
「人質に誰を出すのです?」
「定利は子が居なかったな。では弟だ」
「そんな。たかだが清洲の500の兵を焼くのに定教はやれませんよ」
「頼む、定利。清洲に勝ちたいのだっ!」
「ぐむむ、中島殿の考えは?」
無理難題を言われた定利が中島豊後守に問うと、
「勝てるのですね?」
付き物が落ちたような顔の豊後守がそう確認した。
「無論よ」
「では、私は妻と子を人質として差し出しましょう」
「それでこそ、我が家老よ。定利も良いな」
「ええっと、定教に清洲軍の侵攻と同時に逃げるように伝えておいても?」
「それくらいは構わん」
との事で作戦は進められ、
商人に扮した丹羽長秀と犬山城の城下町の料亭で密会した。
「ほう、お二方が第2の城門まで開けて清洲の軍を中に入れると? その約定として人質まで出す?」
「そうだ」
「では信長様に確認を取りましょう。人質はこちらで受け取っても?」
「ああ、連れて来てる」
「それと小口城で戦死した岩室長門守の赦免をいただきたい。信長殿と池田殿の二人からの」
「・・・確認してみましょう。では御免」
丹羽長秀が席を立って小牧山城に戻っていく中、定利が豊後守に、
「さっきのは何だ、中島殿?」
「清洲方を信用させる為よ。小口城で信長の小姓筆頭が死んでる件を有耶無耶にしたままでは信じる訳がないのでな」
「本当でしょうな?」
定利はそう豊後守を見据えたのだった。
◇
「中島豊後守が守った小口城で討ち死にした岩室重休の件は不問とする。
但し、次に織田弾正忠家を裏切った時にはこの赦免状は効果を発揮しない。
織田信長。
池田恒興」
◇
そして内応の約束が事細かに決まり、小牧山城に陣取る信長が2800人の軍勢で犬山城に攻めたのは恒興が赦免の約束を無理矢理信長に飲まされた後だった。
「いつまで不貞腐れてるつもりだ、勝?」
「・・・」
恒興は不貞腐れると無言になる。
面倒臭い限りなので、仕方なく信長が、
「耳を貸せ、勝」
「・・・」
「勝っ!」
渋々と恒興が耳を貸すと、
「このオレが長門を殺した中島を許す訳ないだろ」
と信長が囁いた。
背筋を正した恒興が眼を輝かす。
あれだけ不貞腐れてたのが嘘のように笑顔になった。
(やはり勝に教えては駄目だったか。これでは赦免状が嘘だとバレバレになるからな)
そう思った信長が、
「だが、すぐには殺せん。咎を作らねば。10年は寝かせるかな」
「ええ~」
恒興はすぐに不機嫌顔になった。
「我慢しろ」
「で~も~」
「駄目だ。それまではこき使ってやるわ」
「チッ、わかりましたよ」
まだ不機嫌顔の恒興はそれでも喋るようになったのだった。
犬山城の天守閣から詰め寄せる信長の軍勢を見た織田信清は、
「来おった来おった。焼かれるとも知らないで」
と笑ったのだった。
犬山城の城下町の外周には城壁などはなく、あっさりと城下町は信長軍が占拠。
信長が攻めるという情報が出回っていたのか、住民も逃げており、無人の城下町を進んだ信長軍は犬山城の第1の城門の前までやってきた。
今回の信長軍の先鋒は調略担当でもある丹羽長秀である。
接近と同時に第1城門が開かれて、
「どうぞ」
内応の話を聞かされていた中島隊の城兵が通したので、
「では、かかれっ!」
長秀の命令で丹羽隊は第2の城門へと向けて山道を突進したのだった。
犬山城の天守閣でその様子を見ていた信清が、
「おっ、来た来たーー今だっ!」
と叫んだが、山道が燃える事はなく、第2の城門が開かれて信長軍が犬山城の中腹まで一気に占拠したのだった。
「はあ?」
信清が唖然とする中、伝令兵が、
「報告っ! 第2城門が内側から開き、清洲軍が占拠致しましたっ!」
「見れば分かるわっ! どうしてそうなっておるっ? 定利と豊後守はどうした?」
と叫ぶ中、別の伝令兵が、
「報告っ! 家老の中島、乱心っ! 和田様を人質に取って和田隊に城門を開かせましたっ!」
その報告で信清は総てを悟った。
前々から怪しいとは思っていたが、中島豊後守が本当に清洲方に寝返ったのだ。
それも最悪の形で。
「豊後守~っ!」
信清が吠える中、
「報告、裏切り者の中島が和田様を清洲方に引き渡しましたっ!」
「あの阿呆がっ!」
信清はそう憤怒したが後の祭りで、犬山城は第2城門までを失い、
山城の頂上の天守閣まで兵糧や味噌や金を運ぶのは手間が掛かる。
最後の門と第2の城門の間にある櫓の中にその総てが保管され、使う分だけを天守閣に運んで使っていたので、
犬山城は今や完全な裸城となったのだった。
犬山城の城下町の広場で待っていた信長の前に、捕縛された和田定利と普通に歩いてる中島豊後守がやってきた。
「中島豊後守、よくやった」
「はっ」
信長にしたその返事を打ち消すような、
「チッ、チッ、チッ、チッ、チッ」
舌打ちの連発が聞こえ、視線を向ければ不満顔の恒興が舌打ちを連発していた。
「勝、五月蠅いぞ」
「はっ」
仕方なく恒興が黙るがそれだけだ。
赦免状の約束が守られていた事を知り、豊後守は安堵したが、その隣では、
「この裏切り者がっ!」
今度は和田定利が叫んでいた。
信長が、
「それは違うぞ、定利。おまえも裏切ったのだからな」
「はあ?」
「そう約定して人質の弟をオレに差し出したであろうが」
「あれは作戦で・・・」
「そんな作戦はなかったのだよ。犬山城の家老二人が阿呆の信清を見限った。世間的にはそう通す。家老二人に愛想を尽かされた信清にはもう誰も味方をしない訳よ。まあ、兵糧庫を失ったのだ。兵糧攻め一つで簡単に落ちるであろうがな」
信長が得意げに笑う中、定利が、
「犬山殿は姉君ではありませんか。見捨てるおつもりで?」
「アヤツに姉が斬れる訳が無かろうが。ん?」
総てを見通す信長に定利が無念に思う中、
「安心しろ、おまえは殺さん。京にのぼった時に将軍の御前でおまえの兄にもよろしくと頼まれているのでな」
そう言われて定利は渋い顔をしながらも信長に服従したのだった。
これが犬山城方の家老、和田定利と中島豊後守の二人が城門を開いた真相である。
だが、信長公記には当然、2人が丹羽長秀の調略で城門を開いた、と記されたのだった。
とはいえ、まだ犬山城は落城していない。
そして作戦の為に兵を最後の城門の内側まで移動させられており、余力があった事から、
中島豊後守が寝返って第2の城門までが信長軍に奪われた日の深夜。
犬山城方の300人の決死隊が第2の城門、そして第1の城門を奪還するべく最後の城門から討って出たのだった。
松明など付けずに一気に強襲だ。
目指すは第2の城門の内側にある櫓の中に居る信長軍で、それらの抹殺する為に討って出たのだが、最後の城門を出た直後に、
「うわっ!」
「何だ、これ? 滑るぞ」
犬山城側の決死隊が深夜の山道を次々にすっ転んだ。
そして転んだ雑兵が地面に触れて、
「ん、何だ、これ? 濡れてる?」
「クンクンーーこれは油だっ!」
誰かがそう叫んだ時には火矢があちこちから射られて、開かれた最後の城門から第2の城門の間の山道に撒かれた油に引火して一瞬で燃え広がったのだった。
「うわああっ!」
「助けてくれええっ!」
犬山城方の決死隊300人の内、最後の城門を潜った200人が生きたまま燃やされる。
その様子を最後の城門の横の物見櫓で見ていた信清が、
「なっ! これは我が策、そのままではないか・・・そうか、豊後守ぃぃぃっ! どこまでもオレの邪魔をぉぉぉっ!」
そう叫んだのだが、
この火計を実行したのは丹羽隊で、
「さすがは信長様だな。今夜、夜襲があるから火計を使え、と言われた時は半信半疑だったけど」
丹羽長秀がそう勝ち誇ったのだった。
もっとも犬山城の攻防戦で200人が死んだだけだ。
信長公記には一行も掲載されなかったが。
その夜、犬山城のもう一つの動きとして、
犬山城の木曽川に面した櫓の仕掛け床から長い縄梯子が落とされて、それを伝い、犬山城の命運を握る1人の密使が木曽川に飛び込んでいた。
密使はそのまま美濃方面へと泳いでいったのだった。
◇
朱印状の偽物の調査を終えた平手久秀が小牧山城で内々に信長と面会していた。
「どうであった?」
「はっ、調査の結果、総てが分かりました」
「ほう、黒幕はやはり竹中であったか?」
「いいえ、金を下ろしたのはサルの下で働く前野長康という男で、黒幕は信長様でした」
「ほう」
信長はそれでも余裕の顔で、
「何故そのような結論に?」
「柴田が犬山城方と通じている事を犬山城の調略担当の丹羽長秀が掴んだからです。そして城門を開ける罠を事前に知っていた信長様がこの好機を柴田に掻き回されては敵わんと牢に入れた。まあ、私を復帰させるのもあったでしょうが」
「ん? 犬山城方の家老二人が策を聞いたのは権六の捕縛の後のはずだが?」
「当然です。城門を開ける策を出所が信長様で、それを姉君の犬山殿がそれとなく信清に伝えて、信清は自分の策のように家老達に話したのですから」
「・・・まあ、合格だな」
黒幕の信長はそう笑った。
「ありがとうございます」
「牢の権六はどうする?」
「証拠不十分、1000貫全額が戻ってきた事を加味して今回は御咎めなしでよろしいかと」
「では出してやるか。少しは懲りたようだからな」
そう信長が笑い、小牧山城の牢からは柴田勝家達が解放されたのだった。
登場人物、1563年度
丹羽長秀(28)・・・織田家の家臣。信長の密命で犬山城、美濃の調略に動く。利説きの長秀。星回りが悪い。文官が周囲に集まる。犬山城攻めも担当。兵800人を預かる。
能力値、利説きの長秀A、米五郎左A、星回りの悪さD、信長への忠誠A、信長からの信頼B、織田家臣団での待遇B
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たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
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