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1563年、嫌われ柴田の復権
偽造朱印状騒動
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【竹中重治、出奔後に長島願証寺に来ていた説、採用】
【津島の矢銭徴収に偽物の朱印状が使われた説、採用】
【朱印状の犯人は柴田勝家説、採用】
【信長、妹しばを池田屋敷に送り込む事を画策する説、採用】
【竹中重治と池田恒興、長島願証寺で遭遇説、採用】
【本多正信、この時期、三河一向一揆の最中に支援要請の使者として伊勢長島の願証寺に派遣されていた説、採用】
ヤマトタケルノミコトの写し身の辻講釈が広まった為、美濃の竹中重治を恨んでる者は多い。
辻講釈の餌食となった今川、織田、武田、上杉。
それに斎藤義龍殺しの辻講釈を信じた斎藤龍興。
それらが竹中重治を狙った訳だが。
そこは今孔明と評判の重治。
軽々と追っ手を撒いて、美濃から伊勢河内郡長島にある石山本願寺派の願証寺に流れ着いていた。
「寺とは思えない栄え方と立地だな。まさに天然の要害か」
見物していると、商人風の男が、
「竹中様で?」
「そういうそちらは竹内殿かな?」
名前を当てられた松永久秀配下の竹内秀勝がギクリとして、
「えっと、どこかでお会いしましたっけ?」
「尾張津島の見物に出かけた際に見かけた事があるだけさ。摂津屋と名乗ってたかな、その時は」
「敵いませんな~」
「三好に士官ならしないけど、何か用かな?」
「その聞き方だと身も蓋もないではありませんか」
呆れ気味に秀勝が答え、
「仕方ないだろ。そちらはそろそろ危ないのだろう、主殿?」
「まさか。うちの殿はピンピンしておりますよ」
「違う。一番上だ。三好の御当主殿」
「えっ、そうなので?」
初耳の秀勝が眼をぱちくりする中、
「気を付けなよ。三好の御当主殿が倒れたら三好家中での主導権争いが勃発だからな。松永殿の追い落としが起こるぞ」
「まあ、確かにうちの殿は嫌われ者ですからな」
「それと竹内殿も」
「はい?」
「今付けられてるのでね、私は。野盗崩れ3人に」
「無論、気付いておりますよ。何ですか、あれは?」
「尾張の柴田が放った辻斬りさ。さすがに昼間の門前通りでは刀を抜く度胸はなさそうだが」
「こちらで処分しましょうか?」
「いや。竹中重治は辻斬りにあって今夜死ぬのでね」
「はあ?」
「まあ、来年の年明けに再登場する訳だが」
「そういう事でしたら邪魔は致しません。では、またいずれ」
そう言って秀勝と重治は別れて、
その夜、門前通りにもある色街の一角で、
「ギャアアアア」
「よし、逃げるぞ」
辻斬りが発生して1人の若武者が斬られたのだった。
◇
尾張の小口城では柴田勝家の重臣の中村文荷斎が、
「やりましたぞ、殿。見事、暗殺者が竹中重治を暗殺しました――」
喜んで報告に来たのだが、その勝家の部屋では兵士達によって勝家が大人しく捕縛されてるところだった。
「な、何をされてるので、前田殿、佐々殿」
「信長様から権六殿への捕縛命令が出たのでな」
冷淡に利家が義理で答えた。
「こ、今度はどんな流言がされたのです?」
「流言ではない。尾張津島での矢銭徴収だ。実際に被害も出てる」
「馬鹿な、あれは信長様の朱印状がなければ徴収出来ない仕組みで――」
利家の説明を受けて文荷斎が指摘する中、成政が、
「偽造だよ、信長様の朱印状の。さすがに重罪だ。今回はかなりヤバイぞ」
「文荷斎、探れ。誰かがオレの名前を騙ってやったに決まってる」
「殿、竹中重治の暗殺に成功しましたのでその功績で罪の相殺をーー」
文荷斎の言葉に、勝家が、
「馬鹿、矢銭徴収をしたのがオレじゃないのに、そんな申し出が出来るかっ! ともかく探せっ! オレはしばらく牢送りだから。仕方ない、勝三郎に泣き付け。アイツは信長様の為なら動く男だ。矢銭徴収の捜査でも動くかもしれん。津島で遊ぶ名目で」
勝家はその後、小牧山城へと連行されていったのだった。
◇
朱印状。
つまりは信長の公文書の事である。
それの偽造。
はっきり言って大罪である。
何せ、そんな事を許したら尾張国内でやりたい放題出来るのだから。
小牧山城の評定の場で信長が不機嫌そうに、
「どこの馬鹿がやったのか探れ、久秀っ!」
「謹慎中の私が担当でよろしいのですか?」
「林のジイや村田では無理だ。信盛だと津島の豪商の接待漬けになって鼻が利かなくなる。秀隆と三左は兵の訓練中だ。おまえしかいない。謹慎を解くからやれ」
「畏まりました」
久秀が頭を下げる中、
「いいな~、久秀殿。津島で豪遊が出来て」
と呑気に呟いたのは池田恒興である。
さすがに激怒中の信長が、
「勝っ!」
一喝すると、
「はっ、柴田が担当の小口城に入って警備してます」
「ならば、今すぐに行け」
不機嫌な信長がそう命令して、恒興が小口城に入ったのだが、
その小口城の金蔵で、
「おお、やっぱり犯人は柴田だったか」
恒興が発見したのは1000貫という大金だった。
貫とは永楽銭の真ん中の穴に紐を通して束にした単位の事だ。
それがザックザク。
「そ、そんな。ある訳が・・・」
「何を言ってるんだ、文荷斎。目の前にあるじゃないか~。おまえも捕縛ね」
「ちょ、嘘ですよね、池田殿?」
文荷斎は無関係だったが、さすがに刀を抜いてまでは抵抗出来ず、仕方なくお縄になったのだった。
小牧山城に戻った恒興が、
「津島で偽造朱印状で取られた1000貫を小口城の金蔵で発見しました~」
意気揚々と戻って報告した。
信長が広間に並べられた押収された1000貫を見て、
「これを見てどう思った、勝?」
「残念ですけど、柴田が犯人の線はこれで無くなりましたね。悪知恵の働くあの柴田が素直に金を金蔵にしまう訳がないじゃないですか」
「では、黒幕は誰だ?」
「小口城の柴田の兵に聞いた話ではーー柴田が成政達に捕縛されて連れて行かれて、文荷斎が犯人探しに津島に出向いたのと間髪入れずに擦れ違うように『信長様の命令』という近習のような身なりの連中10人ほどが金蔵に軍資金を置いていったと」
「・・・鮮やか過ぎるな。やはり美濃の竹中の仕業か」
「? 殺したんじゃないんですか? 確か柴田のところの文荷斎がそれで罪の相殺を願い出てましたが」
「あいつらじゃあ無理だろ」
「なるほど。それよりも信長様、これって」
「ああ、文字はともかく紙と朱印状の方は本物だった。これはオレの周囲に裏切り者が居るな」
「でも信長様の朱印状なんてオレでも触られませんよ?」
「? 触れるだろ? オレの仕事部屋に入れるんだから?」
「信長様が居たら入れますけど、信長様が居ないのにオレが部屋に入ったら変でしょ」
「なるほど。だとしたら掃除係の小姓か女中か?」
「これ、何か嫌な気分ですよね? 騙し取られた1000貫が手付かずでまるまるあるのが逆に不気味で」
「ああ、戦で負けるよりも気分が悪いな」
信長が答える中、恒興は、
「秀吉はどうしたんですか? こんな時にこそ出番なのに」
「調略中だ。サルに付けた与力が犬山城方の川並衆と縁があるとかで『説得出来る』と自信満々で言うのでな。五郎左と並行してやらせてる」
「ったく、必要な時に限って居ないんだから」
そう呟いた恒興が、
「そうだ、こんな時に何ですけど、清洲のオレの屋敷に出入りしてる遠江の商人の方はどうしましょうか?」
「『室を殺せ』と言ったら、勝は殺すか」
「ええ、信長様の命令ならば」
「だろうな、勝なら」
信長が当然のように頷き、
「おまえの室を尼寺に入れて、しばと入れ替えるのも面白いとは思わんか」
「しば姫は飯尾家の正室ですよ?」
「何を言ってる。向こうが要らんと言ってるんだ。貰っておけ、勝。しばにも確認した。おまえの室になりたいと言ってる」
「はあ」
「ん? しばが気に入らんのか?」
「いえ、武田の女中を清洲の屋敷に迎えようと考えてたので、しば姫を貰ったらさすがに一生迎えるのは無理だと思って」
「当然だ。武田が滅ぶまであの女中は監視だからな、那古野においておけ」
「えっと、子を産ませてもいいんですよね?」
「ったく、好きにしろ」
「後、しば姫の事ですが、母上にはどう説明していいのか分からず」
「ああ、大御ちか、オレの方でやっておこう」
「しば姫が屋敷に入るのなら女中も総入れ替えですよね?」
「わかったわかった、全部手配しておく」
信長が脱力しながら答えたのだった。
小牧山城の牢屋の前に出向いた恒興が、
「柴田~、おまえの処刑日が決まったぞ~」
と笑うと隣の牢の中村文荷斎が、
「そんな~」
そう絶望したが、牢の中の勝家の方は、
「無実なのが証明されたか」
そう安堵した。
「えっ、柴田、どうして分かったの?」
「おまえが笑ってたからだよ。もし本当に処刑ならオレが犯人だと思ってる勝三郎の顔は憤怒のはずだからな」
「へ~、勉強になるな~。さすがは悪知恵の柴田」
「それを言ってるのは・・・まあ、今はそれはいい。どうなった?」
「小口城の金蔵から出てきたのは津島から騙し取られた1000貫だった。良く分からんが縛ってる紐や結び方で分かるそうだ。そして金蔵に金が持ち込まれたのは柴田が捕まって、文荷斎が慌てて小口城を出ていった直後だった」
「はあ? そうなんですか?」
それには文荷斎が驚き、勝家は熟考した。
「問題は1000貫まるまるが手付かずであった事だ。普通は使うのにな~。信長様は竹中の仕業だって言ってる」
「えっ、竹中なら殺しましたよ、池田様」
と隣の牢の文荷斎が答える中、恒興が、
「殺せる訳ないだろ、ってのが信長様の考えだ。それでとりあえず久秀殿の調査が終わるまでおまえ達は牢の中だってさ」
「どうしてですか、池田様?」
文荷斎が尋ねる中、
「小口城の金蔵から金が出てきたからだよ。柴田が悪知恵が働く事を知らない連中からしたら柴田が犯人なんだぜ?」
「それで勝三郎はそれだけを言いに来たのか?」
「んな訳あるか。『美濃の柴田』はもう放っておけない。殺すからソイツの居場所をオレに教えろ」
「美濃の柴田って?」
文荷斎が問う中、
「竹中だよ。斉藤家を追われてる今なら尾張のオレが暗殺しても斎藤からも文句も出ない、って寸法な訳よ~」
恒興はそう不敵に笑い、勝家の許可の後に文荷斎が暗殺に成功した場所を教えたのだった。
そんな訳で恒興は伊勢長島にある願証寺に来ていた。
「さすがは伊勢方面、尾張の端っこでも栄えてるね~」
この長島の地が尾張領だと完全に勘違いしている恒興が馬に乗って歩いてると、前から女顔の若い武士が歩いてきた。
「おまえ、美濃の竹中重治か?」
「いえ、違いますが」
「そうか。声を掛けて悪かったな」
そう言って恒興がすれ違い、
「そんなすぐに出会える訳ないか~。ってか、女顔だけを手掛かりに竹中を探せって無理があるだろ」
そう恒興がすれ違う中、たった今、声を掛けられたのは本当に竹中重治で、それが振り返って恒興を見ながら、
(殺気を放ってたが・・・織田家中の者か? 運勢は強そうだが、正直さが仇となって好機を掴み損ねたな。それにしても舟でしか来れないこの地に馬まで舟で渡すとは何を考えているんだか?)
そのまま人混みに紛れて逃げようとしたのだが、
「そこの女顔、待て」
恒興が何かに思い当たってそう声を掛けた。
「まだ何か?」
今度は恒興が下馬して、
「一応確認だ、御免」
股間に手を伸ばして握った。
「ヒィッ」
「何だ、やはり男か。男のふりをした女かとも一瞬思ったのだが、呼び止めて悪かったな、もう行っていいぞ」
恒興は興味を失い、そう言ったが、今度は重治の方が、
「ここまで無礼を働かれて帰したのでは武士の名が廃る、腰の物を抜け」
そう言って刀の柄に手を掛けた。
「物騒な奴だな。霊峰あらたかな願証寺の門前で・・・」
恒興の方は相手をせずにそう宥めようとしたが、その時、
「うわっ」
周囲で騒ぎを見ていた野次馬の1人がそう声を上げ、瞬時に恒興が、
「おまえ、オレの顔を見て驚いたな。誰だ?」
と睨んだ時には、
「クソ、何で、ここに?」
その野次馬は野次馬の輪の外から逃げ出しており、
「女顔、オレの馬を任せたーー誰か知らんが気に入らんぞ、その態度っ! 待ちやがれっ!」
と恒興が追い掛けていき、
「この私を無視だと? ・・・ここまでコケにされるとは。その上、見ず知らずの他人に馬を任すとかあり得んだろ」
そう呆れながら重治は馬の背に乗り、ゆっくりと恒興の後を追ったのだった。
重治が追い付いた時には恒興が刀を相手の首に押し当ててるところだった。
(門前町の大通りで抜刀してるなんて信じられない。ああ、相手が先に抜いたのか)
落ちてる刀を見てそう重治が納得する中、
「で、誰だ、おまえ?」
恒興が問うた。
相手の男が、
「ヒィ、だ、誰でもありませんっ!」
「斬りかかってきた癖に、そんな訳ーーあっ、思い出した。おまえは確か・・・」
(おっ、上手い)
重治がそう評し、恒興の演技に釣られた相手が、
「違います、私は中島豊後守なんかではありません」
(中島豊後守? 犬山城の家老の? お伴も連れずにどうして1人でーーああ、願証寺に矢銭を借りに来たのか。おっと、騒ぎを聞き付けて僧兵がやってくるとは思ったが次代様自らが登場か)
重治が気付く中、恒興は相手の素性を知り、
「ーー中島豊後守? そうか、おまえが長門の仇かっ! 何て巡り合わせだっ!」
殺気を張らせて斬ろうとした時、
「そこまでにしていただけませんか、お武家様」
「はん?」
恒興が振り返ると、若い徳の高そうな御坊様とその一団が居た。
僧兵だけでも20人以上混じってる。
「御二方にどのような因縁があるかは存じませんが、ここ願証寺では狼藉はされないように願います」
「友の仇なのです。討たせて下さい」
「なりません」
「では三つ数えてる間、眼を瞑ってーー」
「なりません」
「長島の願証寺は犬山城方の味方をされるので?」
「俗世の揉め事に首を突っ込むような真似は致しませんよ」
(おっ、それとなく言質を取った)
重治が片眉を上げる中、恒興が、
「わかったよ、ここは若い坊さんの顔を立てて――なんて言うと思ったら大間違いだっ! 死ね、中島豊後ーー」
そう言って斬ろうとしたが、問答中に死角から背後に回り込んだ野武士が火縄銃の先端を背中にグイッと押し付けて、
「動くな。撃つぞ」
と凄んだので恒興は動きを止めた。
「チッ、くそ、分かったよっ!」
仕方なく刀を鞘に収めた恒興が、
「この場所ではこれまでだ。だがな、オレも信長様も絶対に長門を殺したおまえを許さないからそう覚えておけ」
そう耳元で囁くと、肝を冷やした豊後守が更に震え上がり、
「今回は引きます。もう帰りますね」
そう坊様に一礼し、
「御理解いただいたみたいで助かります、お武家様」
「いえいえ、こちらも尾張での揉め事は望みませんので」
長島が尾張領だと完全に勘違いしてる恒興がそう言って、更に火縄銃を背中に押し当てた野武士に、
「おまえもだ、弾も込めていないペテンの三河者。こちらの徳の高そうな坊さんに免じて今のはなかった事にしてやるよ」
「・・・どうして三河者だと?」
「この時期、この平和な願証寺内でそんなギラついてる野武士は、矢銭を借りにきた尾張の犬山城方か、三河で一向一揆を起こしたはいいが劣勢で願証寺に救援を求めてる連中だけだろうが。そしてこの家老の中島を狙ったオレに対して殺気立たないとくれば・・・」
(へえ~)
竹中重治が恒興を見直し、
「・・・なるほど。弾が込めていないのは平和な願証寺で火縄銃を撃てる状態にしてるのがおかしいから、と。まあ、火縄も点いてませんし、最初からバレバレでしたか」
野武士こと本多正信も「理に適ってる」と苦笑した。
恒興はもう火縄銃を向けた野武士には興味を失い、重治に、
「馬をありがとな」
「まだ私との話が終わってないはずですが?」
「またにしようぜ。今はもうそんな気分じゃないから。人探しも止めだ」
そう言った恒興は馬に跨って、
「では、徳の高いお坊さん、失礼」
そう言って馬を進ませて去っていき、
(織田家中の人間か。礼儀はなってないが優秀ではありそうだな)
重治は評したのだった。
登場人物、1563年度
竹内秀勝(33)・・・松永久秀の若き腹心。商人にも扮せるが武士。買収が得意。願証寺で偶然、竹中重治を見かけて勧誘する。
能力値、松永久秀の使いの秀勝A、どこにでも出没A、ピンハネC、松永家臣団での待遇SS、三好家臣団での待遇A、上司の久秀嫌いD
願証寺証意(26)・・・浄土真宗。願証寺4世。伊勢長島の次代僧正。
能力値、伊勢長島の僧正後継A、南無阿弥陀仏SS、戦を好まずS、武器すら好まずA、父の教えB、本山から指示E
本多正信(25)・・・三河松平家の家臣。三河一向一揆に加担中。劣勢の三河一向一揆の支援の使者として長島願証寺に滞在。
能力値、今陳平の正信D、殿よりも本願寺S、大ボラ吹きの本多B、火縄銃C、松平家への忠誠E、松平家臣団での待遇E
【津島の矢銭徴収に偽物の朱印状が使われた説、採用】
【朱印状の犯人は柴田勝家説、採用】
【信長、妹しばを池田屋敷に送り込む事を画策する説、採用】
【竹中重治と池田恒興、長島願証寺で遭遇説、採用】
【本多正信、この時期、三河一向一揆の最中に支援要請の使者として伊勢長島の願証寺に派遣されていた説、採用】
ヤマトタケルノミコトの写し身の辻講釈が広まった為、美濃の竹中重治を恨んでる者は多い。
辻講釈の餌食となった今川、織田、武田、上杉。
それに斎藤義龍殺しの辻講釈を信じた斎藤龍興。
それらが竹中重治を狙った訳だが。
そこは今孔明と評判の重治。
軽々と追っ手を撒いて、美濃から伊勢河内郡長島にある石山本願寺派の願証寺に流れ着いていた。
「寺とは思えない栄え方と立地だな。まさに天然の要害か」
見物していると、商人風の男が、
「竹中様で?」
「そういうそちらは竹内殿かな?」
名前を当てられた松永久秀配下の竹内秀勝がギクリとして、
「えっと、どこかでお会いしましたっけ?」
「尾張津島の見物に出かけた際に見かけた事があるだけさ。摂津屋と名乗ってたかな、その時は」
「敵いませんな~」
「三好に士官ならしないけど、何か用かな?」
「その聞き方だと身も蓋もないではありませんか」
呆れ気味に秀勝が答え、
「仕方ないだろ。そちらはそろそろ危ないのだろう、主殿?」
「まさか。うちの殿はピンピンしておりますよ」
「違う。一番上だ。三好の御当主殿」
「えっ、そうなので?」
初耳の秀勝が眼をぱちくりする中、
「気を付けなよ。三好の御当主殿が倒れたら三好家中での主導権争いが勃発だからな。松永殿の追い落としが起こるぞ」
「まあ、確かにうちの殿は嫌われ者ですからな」
「それと竹内殿も」
「はい?」
「今付けられてるのでね、私は。野盗崩れ3人に」
「無論、気付いておりますよ。何ですか、あれは?」
「尾張の柴田が放った辻斬りさ。さすがに昼間の門前通りでは刀を抜く度胸はなさそうだが」
「こちらで処分しましょうか?」
「いや。竹中重治は辻斬りにあって今夜死ぬのでね」
「はあ?」
「まあ、来年の年明けに再登場する訳だが」
「そういう事でしたら邪魔は致しません。では、またいずれ」
そう言って秀勝と重治は別れて、
その夜、門前通りにもある色街の一角で、
「ギャアアアア」
「よし、逃げるぞ」
辻斬りが発生して1人の若武者が斬られたのだった。
◇
尾張の小口城では柴田勝家の重臣の中村文荷斎が、
「やりましたぞ、殿。見事、暗殺者が竹中重治を暗殺しました――」
喜んで報告に来たのだが、その勝家の部屋では兵士達によって勝家が大人しく捕縛されてるところだった。
「な、何をされてるので、前田殿、佐々殿」
「信長様から権六殿への捕縛命令が出たのでな」
冷淡に利家が義理で答えた。
「こ、今度はどんな流言がされたのです?」
「流言ではない。尾張津島での矢銭徴収だ。実際に被害も出てる」
「馬鹿な、あれは信長様の朱印状がなければ徴収出来ない仕組みで――」
利家の説明を受けて文荷斎が指摘する中、成政が、
「偽造だよ、信長様の朱印状の。さすがに重罪だ。今回はかなりヤバイぞ」
「文荷斎、探れ。誰かがオレの名前を騙ってやったに決まってる」
「殿、竹中重治の暗殺に成功しましたのでその功績で罪の相殺をーー」
文荷斎の言葉に、勝家が、
「馬鹿、矢銭徴収をしたのがオレじゃないのに、そんな申し出が出来るかっ! ともかく探せっ! オレはしばらく牢送りだから。仕方ない、勝三郎に泣き付け。アイツは信長様の為なら動く男だ。矢銭徴収の捜査でも動くかもしれん。津島で遊ぶ名目で」
勝家はその後、小牧山城へと連行されていったのだった。
◇
朱印状。
つまりは信長の公文書の事である。
それの偽造。
はっきり言って大罪である。
何せ、そんな事を許したら尾張国内でやりたい放題出来るのだから。
小牧山城の評定の場で信長が不機嫌そうに、
「どこの馬鹿がやったのか探れ、久秀っ!」
「謹慎中の私が担当でよろしいのですか?」
「林のジイや村田では無理だ。信盛だと津島の豪商の接待漬けになって鼻が利かなくなる。秀隆と三左は兵の訓練中だ。おまえしかいない。謹慎を解くからやれ」
「畏まりました」
久秀が頭を下げる中、
「いいな~、久秀殿。津島で豪遊が出来て」
と呑気に呟いたのは池田恒興である。
さすがに激怒中の信長が、
「勝っ!」
一喝すると、
「はっ、柴田が担当の小口城に入って警備してます」
「ならば、今すぐに行け」
不機嫌な信長がそう命令して、恒興が小口城に入ったのだが、
その小口城の金蔵で、
「おお、やっぱり犯人は柴田だったか」
恒興が発見したのは1000貫という大金だった。
貫とは永楽銭の真ん中の穴に紐を通して束にした単位の事だ。
それがザックザク。
「そ、そんな。ある訳が・・・」
「何を言ってるんだ、文荷斎。目の前にあるじゃないか~。おまえも捕縛ね」
「ちょ、嘘ですよね、池田殿?」
文荷斎は無関係だったが、さすがに刀を抜いてまでは抵抗出来ず、仕方なくお縄になったのだった。
小牧山城に戻った恒興が、
「津島で偽造朱印状で取られた1000貫を小口城の金蔵で発見しました~」
意気揚々と戻って報告した。
信長が広間に並べられた押収された1000貫を見て、
「これを見てどう思った、勝?」
「残念ですけど、柴田が犯人の線はこれで無くなりましたね。悪知恵の働くあの柴田が素直に金を金蔵にしまう訳がないじゃないですか」
「では、黒幕は誰だ?」
「小口城の柴田の兵に聞いた話ではーー柴田が成政達に捕縛されて連れて行かれて、文荷斎が犯人探しに津島に出向いたのと間髪入れずに擦れ違うように『信長様の命令』という近習のような身なりの連中10人ほどが金蔵に軍資金を置いていったと」
「・・・鮮やか過ぎるな。やはり美濃の竹中の仕業か」
「? 殺したんじゃないんですか? 確か柴田のところの文荷斎がそれで罪の相殺を願い出てましたが」
「あいつらじゃあ無理だろ」
「なるほど。それよりも信長様、これって」
「ああ、文字はともかく紙と朱印状の方は本物だった。これはオレの周囲に裏切り者が居るな」
「でも信長様の朱印状なんてオレでも触られませんよ?」
「? 触れるだろ? オレの仕事部屋に入れるんだから?」
「信長様が居たら入れますけど、信長様が居ないのにオレが部屋に入ったら変でしょ」
「なるほど。だとしたら掃除係の小姓か女中か?」
「これ、何か嫌な気分ですよね? 騙し取られた1000貫が手付かずでまるまるあるのが逆に不気味で」
「ああ、戦で負けるよりも気分が悪いな」
信長が答える中、恒興は、
「秀吉はどうしたんですか? こんな時にこそ出番なのに」
「調略中だ。サルに付けた与力が犬山城方の川並衆と縁があるとかで『説得出来る』と自信満々で言うのでな。五郎左と並行してやらせてる」
「ったく、必要な時に限って居ないんだから」
そう呟いた恒興が、
「そうだ、こんな時に何ですけど、清洲のオレの屋敷に出入りしてる遠江の商人の方はどうしましょうか?」
「『室を殺せ』と言ったら、勝は殺すか」
「ええ、信長様の命令ならば」
「だろうな、勝なら」
信長が当然のように頷き、
「おまえの室を尼寺に入れて、しばと入れ替えるのも面白いとは思わんか」
「しば姫は飯尾家の正室ですよ?」
「何を言ってる。向こうが要らんと言ってるんだ。貰っておけ、勝。しばにも確認した。おまえの室になりたいと言ってる」
「はあ」
「ん? しばが気に入らんのか?」
「いえ、武田の女中を清洲の屋敷に迎えようと考えてたので、しば姫を貰ったらさすがに一生迎えるのは無理だと思って」
「当然だ。武田が滅ぶまであの女中は監視だからな、那古野においておけ」
「えっと、子を産ませてもいいんですよね?」
「ったく、好きにしろ」
「後、しば姫の事ですが、母上にはどう説明していいのか分からず」
「ああ、大御ちか、オレの方でやっておこう」
「しば姫が屋敷に入るのなら女中も総入れ替えですよね?」
「わかったわかった、全部手配しておく」
信長が脱力しながら答えたのだった。
小牧山城の牢屋の前に出向いた恒興が、
「柴田~、おまえの処刑日が決まったぞ~」
と笑うと隣の牢の中村文荷斎が、
「そんな~」
そう絶望したが、牢の中の勝家の方は、
「無実なのが証明されたか」
そう安堵した。
「えっ、柴田、どうして分かったの?」
「おまえが笑ってたからだよ。もし本当に処刑ならオレが犯人だと思ってる勝三郎の顔は憤怒のはずだからな」
「へ~、勉強になるな~。さすがは悪知恵の柴田」
「それを言ってるのは・・・まあ、今はそれはいい。どうなった?」
「小口城の金蔵から出てきたのは津島から騙し取られた1000貫だった。良く分からんが縛ってる紐や結び方で分かるそうだ。そして金蔵に金が持ち込まれたのは柴田が捕まって、文荷斎が慌てて小口城を出ていった直後だった」
「はあ? そうなんですか?」
それには文荷斎が驚き、勝家は熟考した。
「問題は1000貫まるまるが手付かずであった事だ。普通は使うのにな~。信長様は竹中の仕業だって言ってる」
「えっ、竹中なら殺しましたよ、池田様」
と隣の牢の文荷斎が答える中、恒興が、
「殺せる訳ないだろ、ってのが信長様の考えだ。それでとりあえず久秀殿の調査が終わるまでおまえ達は牢の中だってさ」
「どうしてですか、池田様?」
文荷斎が尋ねる中、
「小口城の金蔵から金が出てきたからだよ。柴田が悪知恵が働く事を知らない連中からしたら柴田が犯人なんだぜ?」
「それで勝三郎はそれだけを言いに来たのか?」
「んな訳あるか。『美濃の柴田』はもう放っておけない。殺すからソイツの居場所をオレに教えろ」
「美濃の柴田って?」
文荷斎が問う中、
「竹中だよ。斉藤家を追われてる今なら尾張のオレが暗殺しても斎藤からも文句も出ない、って寸法な訳よ~」
恒興はそう不敵に笑い、勝家の許可の後に文荷斎が暗殺に成功した場所を教えたのだった。
そんな訳で恒興は伊勢長島にある願証寺に来ていた。
「さすがは伊勢方面、尾張の端っこでも栄えてるね~」
この長島の地が尾張領だと完全に勘違いしている恒興が馬に乗って歩いてると、前から女顔の若い武士が歩いてきた。
「おまえ、美濃の竹中重治か?」
「いえ、違いますが」
「そうか。声を掛けて悪かったな」
そう言って恒興がすれ違い、
「そんなすぐに出会える訳ないか~。ってか、女顔だけを手掛かりに竹中を探せって無理があるだろ」
そう恒興がすれ違う中、たった今、声を掛けられたのは本当に竹中重治で、それが振り返って恒興を見ながら、
(殺気を放ってたが・・・織田家中の者か? 運勢は強そうだが、正直さが仇となって好機を掴み損ねたな。それにしても舟でしか来れないこの地に馬まで舟で渡すとは何を考えているんだか?)
そのまま人混みに紛れて逃げようとしたのだが、
「そこの女顔、待て」
恒興が何かに思い当たってそう声を掛けた。
「まだ何か?」
今度は恒興が下馬して、
「一応確認だ、御免」
股間に手を伸ばして握った。
「ヒィッ」
「何だ、やはり男か。男のふりをした女かとも一瞬思ったのだが、呼び止めて悪かったな、もう行っていいぞ」
恒興は興味を失い、そう言ったが、今度は重治の方が、
「ここまで無礼を働かれて帰したのでは武士の名が廃る、腰の物を抜け」
そう言って刀の柄に手を掛けた。
「物騒な奴だな。霊峰あらたかな願証寺の門前で・・・」
恒興の方は相手をせずにそう宥めようとしたが、その時、
「うわっ」
周囲で騒ぎを見ていた野次馬の1人がそう声を上げ、瞬時に恒興が、
「おまえ、オレの顔を見て驚いたな。誰だ?」
と睨んだ時には、
「クソ、何で、ここに?」
その野次馬は野次馬の輪の外から逃げ出しており、
「女顔、オレの馬を任せたーー誰か知らんが気に入らんぞ、その態度っ! 待ちやがれっ!」
と恒興が追い掛けていき、
「この私を無視だと? ・・・ここまでコケにされるとは。その上、見ず知らずの他人に馬を任すとかあり得んだろ」
そう呆れながら重治は馬の背に乗り、ゆっくりと恒興の後を追ったのだった。
重治が追い付いた時には恒興が刀を相手の首に押し当ててるところだった。
(門前町の大通りで抜刀してるなんて信じられない。ああ、相手が先に抜いたのか)
落ちてる刀を見てそう重治が納得する中、
「で、誰だ、おまえ?」
恒興が問うた。
相手の男が、
「ヒィ、だ、誰でもありませんっ!」
「斬りかかってきた癖に、そんな訳ーーあっ、思い出した。おまえは確か・・・」
(おっ、上手い)
重治がそう評し、恒興の演技に釣られた相手が、
「違います、私は中島豊後守なんかではありません」
(中島豊後守? 犬山城の家老の? お伴も連れずにどうして1人でーーああ、願証寺に矢銭を借りに来たのか。おっと、騒ぎを聞き付けて僧兵がやってくるとは思ったが次代様自らが登場か)
重治が気付く中、恒興は相手の素性を知り、
「ーー中島豊後守? そうか、おまえが長門の仇かっ! 何て巡り合わせだっ!」
殺気を張らせて斬ろうとした時、
「そこまでにしていただけませんか、お武家様」
「はん?」
恒興が振り返ると、若い徳の高そうな御坊様とその一団が居た。
僧兵だけでも20人以上混じってる。
「御二方にどのような因縁があるかは存じませんが、ここ願証寺では狼藉はされないように願います」
「友の仇なのです。討たせて下さい」
「なりません」
「では三つ数えてる間、眼を瞑ってーー」
「なりません」
「長島の願証寺は犬山城方の味方をされるので?」
「俗世の揉め事に首を突っ込むような真似は致しませんよ」
(おっ、それとなく言質を取った)
重治が片眉を上げる中、恒興が、
「わかったよ、ここは若い坊さんの顔を立てて――なんて言うと思ったら大間違いだっ! 死ね、中島豊後ーー」
そう言って斬ろうとしたが、問答中に死角から背後に回り込んだ野武士が火縄銃の先端を背中にグイッと押し付けて、
「動くな。撃つぞ」
と凄んだので恒興は動きを止めた。
「チッ、くそ、分かったよっ!」
仕方なく刀を鞘に収めた恒興が、
「この場所ではこれまでだ。だがな、オレも信長様も絶対に長門を殺したおまえを許さないからそう覚えておけ」
そう耳元で囁くと、肝を冷やした豊後守が更に震え上がり、
「今回は引きます。もう帰りますね」
そう坊様に一礼し、
「御理解いただいたみたいで助かります、お武家様」
「いえいえ、こちらも尾張での揉め事は望みませんので」
長島が尾張領だと完全に勘違いしてる恒興がそう言って、更に火縄銃を背中に押し当てた野武士に、
「おまえもだ、弾も込めていないペテンの三河者。こちらの徳の高そうな坊さんに免じて今のはなかった事にしてやるよ」
「・・・どうして三河者だと?」
「この時期、この平和な願証寺内でそんなギラついてる野武士は、矢銭を借りにきた尾張の犬山城方か、三河で一向一揆を起こしたはいいが劣勢で願証寺に救援を求めてる連中だけだろうが。そしてこの家老の中島を狙ったオレに対して殺気立たないとくれば・・・」
(へえ~)
竹中重治が恒興を見直し、
「・・・なるほど。弾が込めていないのは平和な願証寺で火縄銃を撃てる状態にしてるのがおかしいから、と。まあ、火縄も点いてませんし、最初からバレバレでしたか」
野武士こと本多正信も「理に適ってる」と苦笑した。
恒興はもう火縄銃を向けた野武士には興味を失い、重治に、
「馬をありがとな」
「まだ私との話が終わってないはずですが?」
「またにしようぜ。今はもうそんな気分じゃないから。人探しも止めだ」
そう言った恒興は馬に跨って、
「では、徳の高いお坊さん、失礼」
そう言って馬を進ませて去っていき、
(織田家中の人間か。礼儀はなってないが優秀ではありそうだな)
重治は評したのだった。
登場人物、1563年度
竹内秀勝(33)・・・松永久秀の若き腹心。商人にも扮せるが武士。買収が得意。願証寺で偶然、竹中重治を見かけて勧誘する。
能力値、松永久秀の使いの秀勝A、どこにでも出没A、ピンハネC、松永家臣団での待遇SS、三好家臣団での待遇A、上司の久秀嫌いD
願証寺証意(26)・・・浄土真宗。願証寺4世。伊勢長島の次代僧正。
能力値、伊勢長島の僧正後継A、南無阿弥陀仏SS、戦を好まずS、武器すら好まずA、父の教えB、本山から指示E
本多正信(25)・・・三河松平家の家臣。三河一向一揆に加担中。劣勢の三河一向一揆の支援の使者として長島願証寺に滞在。
能力値、今陳平の正信D、殿よりも本願寺S、大ボラ吹きの本多B、火縄銃C、松平家への忠誠E、松平家臣団での待遇E
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