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1563年、嫌われ柴田の復権
織田しばの花嫁行列
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【竹中重治、柴田勝家に流言説、採用】
【柴田勝家、竹中対策で池田恒興を暗殺出来ない説、採用】
【木下秀吉 織田市に懸想説、採用】
【池田恒興、濃姫派説、採用】
【池田恒興、昔から信長の持ってる物が良く見えた説、採用】
【織田信長、花嫁行列を囮にして犬山城攻略を企てる説、採用】
【織田信広、恒興が怖くて気を使う説、採用】
【織田信清、花嫁行列の襲撃を狙うも報告を受けて断念する説、採用】
【飯尾尚清、織田しば、形だけの婚儀を済ます説、採用】
【織田しば、初夜も済まさず人質として那古野城に逆戻り説、採用】
柴田勝家に対する流言が止まらない。
小牧山城で次に流れた流言は、
「織田信勝が同腹の妹、織田市を柴田勝家にやると生前約束していた」
というものだった。
これは拙い。
織田信勝の名前は禁句なのだ。
特に池田恒興には。
「くそったらぁぁぁっ! 竹中の奴、どこまでもオレの足を引っ張りやがってぇぇぇっ!」
噂を聞いた瞬間から勝家は怒り心頭だった。
「文荷斎、勝三郎は後回しだ。先に竹中を殺せっ! アイツを野放しにしてたらオレの方が先に潰されるっ!」
「はっ!」
文楽斎はそう返事して手配したのだった。
小牧山城の城内の廊下にて。
まさかの竹中重治のお陰で命拾いしているとは知らない恒興が怒髪天で、勝家に、
「そうなの、柴田~」
「何の事か分からんが、噂の事なら違うぞ」
「本当に~?」
普段通りの表情だが迫力が込められた顔で恒興が問い、
「同腹は恐れ多いわ」
「なら別腹の姫を貰うと約束してたのかな~?」
「そういう意味で言ったのではないわっ!」
と喋ってると、
「でも美人ですよね、お市様って。一晩でいいからお相手願いたいもんですな~」
との声が聞こえて、振り向けば木下秀吉だった。
ギロリンッと恒興が睨んで、慌てて秀吉が、
「違います、勝様。今のはそれくらい美しいという意味で、別に織田家の姫に劣情をいだいたとかそういう事では」
「違う。オレが気に入らないのは一晩の方だ、秀吉」
「はい?」
「織田の姫は優秀な織田の家臣には貰えるかもしれないんだよ。実際、尾張の最高血統の飯尾家なんて2人も貰える事になってる。『織田の姫を貰えるくらい出世するぞ』って意味なら別に構わんが、織田家の姫を遊女みたいに言ったのは・・・気にいらんぞ」
「なるほど、そちらでしたか」
何度も頷いて納得した秀吉が恒興の背後を見て眼をパチクリする中、
「勝三郎、おまえは織田の姫が欲しくないのか?」
背後から恒興に勝家に似せた声が掛かり、
「いや、オレはいらんさ」
「勝三郎は織田の姫よりも蝮の姫一筋だからな」
背後の声に、秀吉が、
「そうなんですか、勝様?」
「いや、別にそういう訳では」
「濃姫様のどこがよろしいので?」
「あの蝮が親なところだな。あの蝮は凄かった。本当に睨まれてチビッたからな、あの時。その姫ならば間違いないだろうから。それにここだけの話、信長様の持ってるものは何故か昔っから何でも良く見えるんだよ~」
と答えてから、
「って、柴田、おまえが妙な事を言うから変な話になっちまったじゃねえか」
恒興が振り返ると、そこに居たのは信長だった。
「えっ、信長様? いつから聞いておられたので?」
「無論、『そうなの、柴田~』からだよ」
「最初からじゃないですか、声を掛けて下さいよ」
恒興が口を尖らせる中、信長が勝家を見て、
「信勝の事を持ち出すのは笑えんのでな。権六、さっさと竹中をどうにかせえ」
「はっ」
「竹中を調略されませんので?」
秀吉が問う中、
「織田には靡かんだろう」
最初から調略は無理だと諦めた信長が、
「それよりも3人とも来い」
恒興、勝家、秀吉を広間に集めて、
「『飯尾が妹のしばとの婚姻を形だけにしたい』と言ってきおった」
「はあ? 何を考えているんだ、あの男は?」
「女を10人以上囲ってよろしくやってるらしいからな。今更、織田の姫を奥に入れて気を使いたくないというのが本音だろう。祝言を挙げたら初夜もなしで正室をオレへの人質として戻すそうだ」
「何だ、それ? お待ちを。まさか、七条も・・・」
「姪の七条の方は大丈夫だから安心せい」
恒興を宥めた信長が、
「ここからが本題なのだが、しばには心に決めた男がいるらしい」
「分かりました、しば姫を誑かした奴を斬ればいいんですね」
恒興が理解を示す中、信長が、
「しばを誑かした男の名だが池田恒興と言うらしい」
「ほう、オレの名を騙るとはますますもってけしからん」
ボケているのではない。
真面目に言っている事は乳兄弟の信長も理解しており、仕方なく、
「いや、勝本人の事だ」
「はあ? オレ、何もしてませんよ」
「しばが勝手に熱を上げてるだけだ」
「モテますからな、勝様は」
「えっ、オレって、そうなの?」
恒興が秀吉に問う中、
「ええ、凄く」
「それで話とは?」
勝家が話を進めたので、
「北島城で祝言を挙げるが、場所が場所だ。花嫁行列を犬山城の兵に襲撃されては敵わん。権六がその警備に当たれ。秀吉は世話係。勝はオレの代参。まあ、兄も付けるが。そして祝言をしたその日の内に必ずしばを那古野城に戻せ。よいな」
「もしや、しば様の祝言と北島城を囮にして犬山城をお取りになられますので?」
そう質問したのは勝家だった。
それでようやく秀吉と恒興もこの祝言の意味を理解した。
「美濃側も含めて犬山城を囲むよりは安上がりだからな」
信長が答え、
「おまえ達は花嫁のしばの警護だけで良い。他はこちらで手配するのでな」
こうして、しば姫を囮にした犬山城攻略戦が計画されたのだった。
◇
それからすぐの吉日。
「信長殿からちゃんと聞いているな、勝三郎? あの時、犬山城に居たのは『妹が明日をも知れぬ命』と騙されたからであって別に信長殿を裏切ってなどいないのだと」
祝言行列なので烏帽子姿の御舎兄の信広が何度となく説明する中、同じく烏帽子姿の池田恒興も、
「分かってますって、信広様」
「おまえは分かってても、わざと分かってないふりをして斬り付けてくるであろうが」
「斬り付けませんよ、失礼だな」
「そんな事言って、おまえ、子供の頃、与四郎に斬り付けてるよな?」
「えっ、家老の河尻様に?」
その会話に大袈裟に驚いたのは烏帽子姿の秀吉である。
「信長様の命令で仕方なくで、その後、母上に尻を叩かれたよ、ちゃんと。信広様もつまらない昔の事を言わないで下さいよ」
「えっと、河尻様の方は怪我とかは?」
「無理無理、勝てないって。余裕で躱されたよ」
と会話する中、信広が、
「おまえは木下だったな」
「はっ、信広様。御舎兄様に名前を覚えていただき光栄です」
「そんなオベンチャラはいらん。ここだけの話、今回の急な祝言の信長殿の狙いは何なんだ?」
真面目に秀吉に聞いたが、恒興がその隣で、
「そんなの犬山城に内応してる信広様と柴田をまとめて始末する為に決まってーー」
「なっ! だから違うと言ってるだろうが、勝三郎」
「違います違います、今のは勝様の冗談です」
花嫁行列にしては賑やかな行列だった。
輿の中の花嫁は好きでもない三十路男に嫁ぐ破目になり、泣き腫らしていたのだが。
そして勝家である。
(それもあるか。犬山城の兵に見せてのオレと兄君の謀殺。だが、それにしては餌が勝三郎とサル、それにしば姫なのは豪華過ぎる。やはり犬山城方の誘引と見るべきか」
警戒しながら進むと、
行列を山の裏から見てるのが犬山城方の家老、中島豊後守、そして犬山城主の織田信清本人だった。
「あれのようです」
「よし、襲え」
「ですが、犬山殿の妹御の行列ですよ?」
「清洲と北島城の飯尾との婚姻が結ばれれば犬山城の包囲網が着々と完成するではないか」
と言った時、早馬が駆けて来て、
「小牧山城より出た兵が犬山城に向かってるとの由にございまする」
そう報告し、豊後守が、
「まさか、この花嫁行列は囮?」
「それだ。信長め、味な真似をする。引き返すぞ」
と信清は兵を率いて帰っていったのだが、
犬山城に戻った信清を待っていたのは、
「小牧山城の兵は出撃しましたが、すぐに城内に引き返していきました」
和田定利の申し訳なさそうな顔でのこの報告である。
だが、信清が考えたのは、
(定利が内応していれば門を閉じて我らを城外へと締め出し、信長の軍が押し寄せるのを待っていればそれで事足りる。つまり定利は内応していない。これはオレと定利を仲違いさせる離反の計か。それよりも問題はやはり豊後守だ。コイツ、清洲方に内応していないか?)
「そうか、御苦労であったな」
「もう一度出陣されますか?」
中島豊後守がそう尋ね、
(止めてた癖にそれを聞くとは・・・ますます怪しいな。その手は食うか)
「いや、やはり花嫁行列を襲うのは止そう。策としても下策だ」
信清は諦めたのだった。
◇
北島城に到着した花嫁行列の一行は、そのまま祝言を行った。
家臣達が見守る中、花婿の飯尾尚清と、沈んだままの花嫁のしばが三三九度で婚儀を終える。
そして尚清が、
「では、織田殿に人質として正室を差し出しましょう。お連れ下さい」
「確かに受け取りました。これで縁戚ですので今後ともよしなに」
信長の名代の信広が答えて、
「ですが、七条の方はこんな形だけの祝言だとーー」
「無碍にはせんから安心せい」
恒興が睨みを利かせると、尚情が笑いながら答え、
(えっ? えっ?)
13歳のしば姫がキョトンとする中、花嫁衣裳のまま輿に乗って那古野城へと帰っていったのだった。
帰路にも犬山城方からの襲撃はなく、
「襲ってこないな、裏切り者~」
「信長様が上手くやられたのでは?」
恒興と秀吉が喋る中、勝家が、
「婚儀自体に意味があったのかもな」
と答えてから、
「それよりも勝三郎、清州に帰ってるのか?」
「全然だけど?」
「勝三郎の屋敷に遠江の商人が出入りしてるぞ」
「柴田~、殿の件のお返しにしては随分と笑えないぞ、それは?」
「全然違うわ。情報が耳に入ったから善意で教えてやってるのに」
「誰が噛んでるの?」
「奥方だ。信時様の代から出入りしてた商人らしいぞ」
「えっ、それって信時様が今川とーー」
「そんな訳あるか」
と答えたのは死んだ信時の兄の信広である。
「大方、知らずにであろう」
それには誰もが納得である。
恒興も、
「信長様と信勝様で織田弾正忠家が割れてた頃の尾張は本当に酷かったですもんね~。尾張守護の斯波義統様、尾張の守護代の織田大和家の織田信友様、織田伊勢守の織田信安様まで居て、今川の連中が大手を振ってやりたい放題してましたから~」
「今は平和になったもんだな」
感慨深げに信広が答える中、恒興が、
「まだ残ってるでしょ、犬山城の馬鹿が」
「それよりもどうするんですか、奥方様の件?」
秀吉が尋ね、
「当然、信長様に報告だ。機嫌が悪かったら『誰かが死ぬ』、それだけさ。まあ、今回死ぬのは柴田なんだけどな」
「どうしてオレが?」
「はあ? そうなるように仕組んだ癖に白々しい」
「そんな訳あるか」
そんな事を喋りながら何事もなく花嫁行列は那古野城に到着したのだった。
登場人物、1563年度
織田信広(32)・・・織田の一門衆。信長の兄。通称、三郎五郎、信秀の遺言は、死にたくなければ信長に逆らうな。
能力値、織田一門衆S、母親の地位の低さSS、信秀の遺言B、織田家の家督に未練D、信長より恒興が怖いA、お人好しA
飯尾尚清(35)・・・織田家の家臣。織田大和守家の飯尾氏。通称、茂助。母親が細川晴元の娘。北島城主。しばと形だけの祝言を挙げる。
能力値、尾張最高血統SS、細川晴元の孫S、織田家で知らぬ者なしA、信長への忠誠B、信長からの信頼B、信長家臣団での待遇S
織田しば(13)・・・織田家の姫。信秀の十女。母親は斯波氏の緑者。飯尾尚清と形ばかりの祝言を挙げて正室となる。
能力値、織田家の姫A、信長の妹A、大御ちの庇護A、 那古野城内でのみ遭遇A、池田贔屓A、泣く泣く花嫁になるB
【柴田勝家、竹中対策で池田恒興を暗殺出来ない説、採用】
【木下秀吉 織田市に懸想説、採用】
【池田恒興、濃姫派説、採用】
【池田恒興、昔から信長の持ってる物が良く見えた説、採用】
【織田信長、花嫁行列を囮にして犬山城攻略を企てる説、採用】
【織田信広、恒興が怖くて気を使う説、採用】
【織田信清、花嫁行列の襲撃を狙うも報告を受けて断念する説、採用】
【飯尾尚清、織田しば、形だけの婚儀を済ます説、採用】
【織田しば、初夜も済まさず人質として那古野城に逆戻り説、採用】
柴田勝家に対する流言が止まらない。
小牧山城で次に流れた流言は、
「織田信勝が同腹の妹、織田市を柴田勝家にやると生前約束していた」
というものだった。
これは拙い。
織田信勝の名前は禁句なのだ。
特に池田恒興には。
「くそったらぁぁぁっ! 竹中の奴、どこまでもオレの足を引っ張りやがってぇぇぇっ!」
噂を聞いた瞬間から勝家は怒り心頭だった。
「文荷斎、勝三郎は後回しだ。先に竹中を殺せっ! アイツを野放しにしてたらオレの方が先に潰されるっ!」
「はっ!」
文楽斎はそう返事して手配したのだった。
小牧山城の城内の廊下にて。
まさかの竹中重治のお陰で命拾いしているとは知らない恒興が怒髪天で、勝家に、
「そうなの、柴田~」
「何の事か分からんが、噂の事なら違うぞ」
「本当に~?」
普段通りの表情だが迫力が込められた顔で恒興が問い、
「同腹は恐れ多いわ」
「なら別腹の姫を貰うと約束してたのかな~?」
「そういう意味で言ったのではないわっ!」
と喋ってると、
「でも美人ですよね、お市様って。一晩でいいからお相手願いたいもんですな~」
との声が聞こえて、振り向けば木下秀吉だった。
ギロリンッと恒興が睨んで、慌てて秀吉が、
「違います、勝様。今のはそれくらい美しいという意味で、別に織田家の姫に劣情をいだいたとかそういう事では」
「違う。オレが気に入らないのは一晩の方だ、秀吉」
「はい?」
「織田の姫は優秀な織田の家臣には貰えるかもしれないんだよ。実際、尾張の最高血統の飯尾家なんて2人も貰える事になってる。『織田の姫を貰えるくらい出世するぞ』って意味なら別に構わんが、織田家の姫を遊女みたいに言ったのは・・・気にいらんぞ」
「なるほど、そちらでしたか」
何度も頷いて納得した秀吉が恒興の背後を見て眼をパチクリする中、
「勝三郎、おまえは織田の姫が欲しくないのか?」
背後から恒興に勝家に似せた声が掛かり、
「いや、オレはいらんさ」
「勝三郎は織田の姫よりも蝮の姫一筋だからな」
背後の声に、秀吉が、
「そうなんですか、勝様?」
「いや、別にそういう訳では」
「濃姫様のどこがよろしいので?」
「あの蝮が親なところだな。あの蝮は凄かった。本当に睨まれてチビッたからな、あの時。その姫ならば間違いないだろうから。それにここだけの話、信長様の持ってるものは何故か昔っから何でも良く見えるんだよ~」
と答えてから、
「って、柴田、おまえが妙な事を言うから変な話になっちまったじゃねえか」
恒興が振り返ると、そこに居たのは信長だった。
「えっ、信長様? いつから聞いておられたので?」
「無論、『そうなの、柴田~』からだよ」
「最初からじゃないですか、声を掛けて下さいよ」
恒興が口を尖らせる中、信長が勝家を見て、
「信勝の事を持ち出すのは笑えんのでな。権六、さっさと竹中をどうにかせえ」
「はっ」
「竹中を調略されませんので?」
秀吉が問う中、
「織田には靡かんだろう」
最初から調略は無理だと諦めた信長が、
「それよりも3人とも来い」
恒興、勝家、秀吉を広間に集めて、
「『飯尾が妹のしばとの婚姻を形だけにしたい』と言ってきおった」
「はあ? 何を考えているんだ、あの男は?」
「女を10人以上囲ってよろしくやってるらしいからな。今更、織田の姫を奥に入れて気を使いたくないというのが本音だろう。祝言を挙げたら初夜もなしで正室をオレへの人質として戻すそうだ」
「何だ、それ? お待ちを。まさか、七条も・・・」
「姪の七条の方は大丈夫だから安心せい」
恒興を宥めた信長が、
「ここからが本題なのだが、しばには心に決めた男がいるらしい」
「分かりました、しば姫を誑かした奴を斬ればいいんですね」
恒興が理解を示す中、信長が、
「しばを誑かした男の名だが池田恒興と言うらしい」
「ほう、オレの名を騙るとはますますもってけしからん」
ボケているのではない。
真面目に言っている事は乳兄弟の信長も理解しており、仕方なく、
「いや、勝本人の事だ」
「はあ? オレ、何もしてませんよ」
「しばが勝手に熱を上げてるだけだ」
「モテますからな、勝様は」
「えっ、オレって、そうなの?」
恒興が秀吉に問う中、
「ええ、凄く」
「それで話とは?」
勝家が話を進めたので、
「北島城で祝言を挙げるが、場所が場所だ。花嫁行列を犬山城の兵に襲撃されては敵わん。権六がその警備に当たれ。秀吉は世話係。勝はオレの代参。まあ、兄も付けるが。そして祝言をしたその日の内に必ずしばを那古野城に戻せ。よいな」
「もしや、しば様の祝言と北島城を囮にして犬山城をお取りになられますので?」
そう質問したのは勝家だった。
それでようやく秀吉と恒興もこの祝言の意味を理解した。
「美濃側も含めて犬山城を囲むよりは安上がりだからな」
信長が答え、
「おまえ達は花嫁のしばの警護だけで良い。他はこちらで手配するのでな」
こうして、しば姫を囮にした犬山城攻略戦が計画されたのだった。
◇
それからすぐの吉日。
「信長殿からちゃんと聞いているな、勝三郎? あの時、犬山城に居たのは『妹が明日をも知れぬ命』と騙されたからであって別に信長殿を裏切ってなどいないのだと」
祝言行列なので烏帽子姿の御舎兄の信広が何度となく説明する中、同じく烏帽子姿の池田恒興も、
「分かってますって、信広様」
「おまえは分かってても、わざと分かってないふりをして斬り付けてくるであろうが」
「斬り付けませんよ、失礼だな」
「そんな事言って、おまえ、子供の頃、与四郎に斬り付けてるよな?」
「えっ、家老の河尻様に?」
その会話に大袈裟に驚いたのは烏帽子姿の秀吉である。
「信長様の命令で仕方なくで、その後、母上に尻を叩かれたよ、ちゃんと。信広様もつまらない昔の事を言わないで下さいよ」
「えっと、河尻様の方は怪我とかは?」
「無理無理、勝てないって。余裕で躱されたよ」
と会話する中、信広が、
「おまえは木下だったな」
「はっ、信広様。御舎兄様に名前を覚えていただき光栄です」
「そんなオベンチャラはいらん。ここだけの話、今回の急な祝言の信長殿の狙いは何なんだ?」
真面目に秀吉に聞いたが、恒興がその隣で、
「そんなの犬山城に内応してる信広様と柴田をまとめて始末する為に決まってーー」
「なっ! だから違うと言ってるだろうが、勝三郎」
「違います違います、今のは勝様の冗談です」
花嫁行列にしては賑やかな行列だった。
輿の中の花嫁は好きでもない三十路男に嫁ぐ破目になり、泣き腫らしていたのだが。
そして勝家である。
(それもあるか。犬山城の兵に見せてのオレと兄君の謀殺。だが、それにしては餌が勝三郎とサル、それにしば姫なのは豪華過ぎる。やはり犬山城方の誘引と見るべきか」
警戒しながら進むと、
行列を山の裏から見てるのが犬山城方の家老、中島豊後守、そして犬山城主の織田信清本人だった。
「あれのようです」
「よし、襲え」
「ですが、犬山殿の妹御の行列ですよ?」
「清洲と北島城の飯尾との婚姻が結ばれれば犬山城の包囲網が着々と完成するではないか」
と言った時、早馬が駆けて来て、
「小牧山城より出た兵が犬山城に向かってるとの由にございまする」
そう報告し、豊後守が、
「まさか、この花嫁行列は囮?」
「それだ。信長め、味な真似をする。引き返すぞ」
と信清は兵を率いて帰っていったのだが、
犬山城に戻った信清を待っていたのは、
「小牧山城の兵は出撃しましたが、すぐに城内に引き返していきました」
和田定利の申し訳なさそうな顔でのこの報告である。
だが、信清が考えたのは、
(定利が内応していれば門を閉じて我らを城外へと締め出し、信長の軍が押し寄せるのを待っていればそれで事足りる。つまり定利は内応していない。これはオレと定利を仲違いさせる離反の計か。それよりも問題はやはり豊後守だ。コイツ、清洲方に内応していないか?)
「そうか、御苦労であったな」
「もう一度出陣されますか?」
中島豊後守がそう尋ね、
(止めてた癖にそれを聞くとは・・・ますます怪しいな。その手は食うか)
「いや、やはり花嫁行列を襲うのは止そう。策としても下策だ」
信清は諦めたのだった。
◇
北島城に到着した花嫁行列の一行は、そのまま祝言を行った。
家臣達が見守る中、花婿の飯尾尚清と、沈んだままの花嫁のしばが三三九度で婚儀を終える。
そして尚清が、
「では、織田殿に人質として正室を差し出しましょう。お連れ下さい」
「確かに受け取りました。これで縁戚ですので今後ともよしなに」
信長の名代の信広が答えて、
「ですが、七条の方はこんな形だけの祝言だとーー」
「無碍にはせんから安心せい」
恒興が睨みを利かせると、尚情が笑いながら答え、
(えっ? えっ?)
13歳のしば姫がキョトンとする中、花嫁衣裳のまま輿に乗って那古野城へと帰っていったのだった。
帰路にも犬山城方からの襲撃はなく、
「襲ってこないな、裏切り者~」
「信長様が上手くやられたのでは?」
恒興と秀吉が喋る中、勝家が、
「婚儀自体に意味があったのかもな」
と答えてから、
「それよりも勝三郎、清州に帰ってるのか?」
「全然だけど?」
「勝三郎の屋敷に遠江の商人が出入りしてるぞ」
「柴田~、殿の件のお返しにしては随分と笑えないぞ、それは?」
「全然違うわ。情報が耳に入ったから善意で教えてやってるのに」
「誰が噛んでるの?」
「奥方だ。信時様の代から出入りしてた商人らしいぞ」
「えっ、それって信時様が今川とーー」
「そんな訳あるか」
と答えたのは死んだ信時の兄の信広である。
「大方、知らずにであろう」
それには誰もが納得である。
恒興も、
「信長様と信勝様で織田弾正忠家が割れてた頃の尾張は本当に酷かったですもんね~。尾張守護の斯波義統様、尾張の守護代の織田大和家の織田信友様、織田伊勢守の織田信安様まで居て、今川の連中が大手を振ってやりたい放題してましたから~」
「今は平和になったもんだな」
感慨深げに信広が答える中、恒興が、
「まだ残ってるでしょ、犬山城の馬鹿が」
「それよりもどうするんですか、奥方様の件?」
秀吉が尋ね、
「当然、信長様に報告だ。機嫌が悪かったら『誰かが死ぬ』、それだけさ。まあ、今回死ぬのは柴田なんだけどな」
「どうしてオレが?」
「はあ? そうなるように仕組んだ癖に白々しい」
「そんな訳あるか」
そんな事を喋りながら何事もなく花嫁行列は那古野城に到着したのだった。
登場人物、1563年度
織田信広(32)・・・織田の一門衆。信長の兄。通称、三郎五郎、信秀の遺言は、死にたくなければ信長に逆らうな。
能力値、織田一門衆S、母親の地位の低さSS、信秀の遺言B、織田家の家督に未練D、信長より恒興が怖いA、お人好しA
飯尾尚清(35)・・・織田家の家臣。織田大和守家の飯尾氏。通称、茂助。母親が細川晴元の娘。北島城主。しばと形だけの祝言を挙げる。
能力値、尾張最高血統SS、細川晴元の孫S、織田家で知らぬ者なしA、信長への忠誠B、信長からの信頼B、信長家臣団での待遇S
織田しば(13)・・・織田家の姫。信秀の十女。母親は斯波氏の緑者。飯尾尚清と形ばかりの祝言を挙げて正室となる。
能力値、織田家の姫A、信長の妹A、大御ちの庇護A、 那古野城内でのみ遭遇A、池田贔屓A、泣く泣く花嫁になるB
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これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
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