32 / 91
1563年、嫌われ柴田の復権
織田しばの花嫁行列
しおりを挟む
【竹中重治、柴田勝家に流言説、採用】
【柴田勝家、竹中対策で池田恒興を暗殺出来ない説、採用】
【木下秀吉 織田市に懸想説、採用】
【池田恒興、濃姫派説、採用】
【池田恒興、昔から信長の持ってる物が良く見えた説、採用】
【織田信長、花嫁行列を囮にして犬山城攻略を企てる説、採用】
【織田信広、恒興が怖くて気を使う説、採用】
【織田信清、花嫁行列の襲撃を狙うも報告を受けて断念する説、採用】
【飯尾尚清、織田しば、形だけの婚儀を済ます説、採用】
【織田しば、初夜も済まさず人質として那古野城に逆戻り説、採用】
柴田勝家に対する流言が止まらない。
小牧山城で次に流れた流言は、
「織田信勝が同腹の妹、織田市を柴田勝家にやると生前約束していた」
というものだった。
これは拙い。
織田信勝の名前は禁句なのだ。
特に池田恒興には。
「くそったらぁぁぁっ! 竹中の奴、どこまでもオレの足を引っ張りやがってぇぇぇっ!」
噂を聞いた瞬間から勝家は怒り心頭だった。
「文荷斎、勝三郎は後回しだ。先に竹中を殺せっ! アイツを野放しにしてたらオレの方が先に潰されるっ!」
「はっ!」
文楽斎はそう返事して手配したのだった。
小牧山城の城内の廊下にて。
まさかの竹中重治のお陰で命拾いしているとは知らない恒興が怒髪天で、勝家に、
「そうなの、柴田~」
「何の事か分からんが、噂の事なら違うぞ」
「本当に~?」
普段通りの表情だが迫力が込められた顔で恒興が問い、
「同腹は恐れ多いわ」
「なら別腹の姫を貰うと約束してたのかな~?」
「そういう意味で言ったのではないわっ!」
と喋ってると、
「でも美人ですよね、お市様って。一晩でいいからお相手願いたいもんですな~」
との声が聞こえて、振り向けば木下秀吉だった。
ギロリンッと恒興が睨んで、慌てて秀吉が、
「違います、勝様。今のはそれくらい美しいという意味で、別に織田家の姫に劣情をいだいたとかそういう事では」
「違う。オレが気に入らないのは一晩の方だ、秀吉」
「はい?」
「織田の姫は優秀な織田の家臣には貰えるかもしれないんだよ。実際、尾張の最高血統の飯尾家なんて2人も貰える事になってる。『織田の姫を貰えるくらい出世するぞ』って意味なら別に構わんが、織田家の姫を遊女みたいに言ったのは・・・気にいらんぞ」
「なるほど、そちらでしたか」
何度も頷いて納得した秀吉が恒興の背後を見て眼をパチクリする中、
「勝三郎、おまえは織田の姫が欲しくないのか?」
背後から恒興に勝家に似せた声が掛かり、
「いや、オレはいらんさ」
「勝三郎は織田の姫よりも蝮の姫一筋だからな」
背後の声に、秀吉が、
「そうなんですか、勝様?」
「いや、別にそういう訳では」
「濃姫様のどこがよろしいので?」
「あの蝮が親なところだな。あの蝮は凄かった。本当に睨まれてチビッたからな、あの時。その姫ならば間違いないだろうから。それにここだけの話、信長様の持ってるものは何故か昔っから何でも良く見えるんだよ~」
と答えてから、
「って、柴田、おまえが妙な事を言うから変な話になっちまったじゃねえか」
恒興が振り返ると、そこに居たのは信長だった。
「えっ、信長様? いつから聞いておられたので?」
「無論、『そうなの、柴田~』からだよ」
「最初からじゃないですか、声を掛けて下さいよ」
恒興が口を尖らせる中、信長が勝家を見て、
「信勝の事を持ち出すのは笑えんのでな。権六、さっさと竹中をどうにかせえ」
「はっ」
「竹中を調略されませんので?」
秀吉が問う中、
「織田には靡かんだろう」
最初から調略は無理だと諦めた信長が、
「それよりも3人とも来い」
恒興、勝家、秀吉を広間に集めて、
「『飯尾が妹のしばとの婚姻を形だけにしたい』と言ってきおった」
「はあ? 何を考えているんだ、あの男は?」
「女を10人以上囲ってよろしくやってるらしいからな。今更、織田の姫を奥に入れて気を使いたくないというのが本音だろう。祝言を挙げたら初夜もなしで正室をオレへの人質として戻すそうだ」
「何だ、それ? お待ちを。まさか、七条も・・・」
「姪の七条の方は大丈夫だから安心せい」
恒興を宥めた信長が、
「ここからが本題なのだが、しばには心に決めた男がいるらしい」
「分かりました、しば姫を誑かした奴を斬ればいいんですね」
恒興が理解を示す中、信長が、
「しばを誑かした男の名だが池田恒興と言うらしい」
「ほう、オレの名を騙るとはますますもってけしからん」
ボケているのではない。
真面目に言っている事は乳兄弟の信長も理解しており、仕方なく、
「いや、勝本人の事だ」
「はあ? オレ、何もしてませんよ」
「しばが勝手に熱を上げてるだけだ」
「モテますからな、勝様は」
「えっ、オレって、そうなの?」
恒興が秀吉に問う中、
「ええ、凄く」
「それで話とは?」
勝家が話を進めたので、
「北島城で祝言を挙げるが、場所が場所だ。花嫁行列を犬山城の兵に襲撃されては敵わん。権六がその警備に当たれ。秀吉は世話係。勝はオレの代参。まあ、兄も付けるが。そして祝言をしたその日の内に必ずしばを那古野城に戻せ。よいな」
「もしや、しば様の祝言と北島城を囮にして犬山城をお取りになられますので?」
そう質問したのは勝家だった。
それでようやく秀吉と恒興もこの祝言の意味を理解した。
「美濃側も含めて犬山城を囲むよりは安上がりだからな」
信長が答え、
「おまえ達は花嫁のしばの警護だけで良い。他はこちらで手配するのでな」
こうして、しば姫を囮にした犬山城攻略戦が計画されたのだった。
◇
それからすぐの吉日。
「信長殿からちゃんと聞いているな、勝三郎? あの時、犬山城に居たのは『妹が明日をも知れぬ命』と騙されたからであって別に信長殿を裏切ってなどいないのだと」
祝言行列なので烏帽子姿の御舎兄の信広が何度となく説明する中、同じく烏帽子姿の池田恒興も、
「分かってますって、信広様」
「おまえは分かってても、わざと分かってないふりをして斬り付けてくるであろうが」
「斬り付けませんよ、失礼だな」
「そんな事言って、おまえ、子供の頃、与四郎に斬り付けてるよな?」
「えっ、家老の河尻様に?」
その会話に大袈裟に驚いたのは烏帽子姿の秀吉である。
「信長様の命令で仕方なくで、その後、母上に尻を叩かれたよ、ちゃんと。信広様もつまらない昔の事を言わないで下さいよ」
「えっと、河尻様の方は怪我とかは?」
「無理無理、勝てないって。余裕で躱されたよ」
と会話する中、信広が、
「おまえは木下だったな」
「はっ、信広様。御舎兄様に名前を覚えていただき光栄です」
「そんなオベンチャラはいらん。ここだけの話、今回の急な祝言の信長殿の狙いは何なんだ?」
真面目に秀吉に聞いたが、恒興がその隣で、
「そんなの犬山城に内応してる信広様と柴田をまとめて始末する為に決まってーー」
「なっ! だから違うと言ってるだろうが、勝三郎」
「違います違います、今のは勝様の冗談です」
花嫁行列にしては賑やかな行列だった。
輿の中の花嫁は好きでもない三十路男に嫁ぐ破目になり、泣き腫らしていたのだが。
そして勝家である。
(それもあるか。犬山城の兵に見せてのオレと兄君の謀殺。だが、それにしては餌が勝三郎とサル、それにしば姫なのは豪華過ぎる。やはり犬山城方の誘引と見るべきか」
警戒しながら進むと、
行列を山の裏から見てるのが犬山城方の家老、中島豊後守、そして犬山城主の織田信清本人だった。
「あれのようです」
「よし、襲え」
「ですが、犬山殿の妹御の行列ですよ?」
「清洲と北島城の飯尾との婚姻が結ばれれば犬山城の包囲網が着々と完成するではないか」
と言った時、早馬が駆けて来て、
「小牧山城より出た兵が犬山城に向かってるとの由にございまする」
そう報告し、豊後守が、
「まさか、この花嫁行列は囮?」
「それだ。信長め、味な真似をする。引き返すぞ」
と信清は兵を率いて帰っていったのだが、
犬山城に戻った信清を待っていたのは、
「小牧山城の兵は出撃しましたが、すぐに城内に引き返していきました」
和田定利の申し訳なさそうな顔でのこの報告である。
だが、信清が考えたのは、
(定利が内応していれば門を閉じて我らを城外へと締め出し、信長の軍が押し寄せるのを待っていればそれで事足りる。つまり定利は内応していない。これはオレと定利を仲違いさせる離反の計か。それよりも問題はやはり豊後守だ。コイツ、清洲方に内応していないか?)
「そうか、御苦労であったな」
「もう一度出陣されますか?」
中島豊後守がそう尋ね、
(止めてた癖にそれを聞くとは・・・ますます怪しいな。その手は食うか)
「いや、やはり花嫁行列を襲うのは止そう。策としても下策だ」
信清は諦めたのだった。
◇
北島城に到着した花嫁行列の一行は、そのまま祝言を行った。
家臣達が見守る中、花婿の飯尾尚清と、沈んだままの花嫁のしばが三三九度で婚儀を終える。
そして尚清が、
「では、織田殿に人質として正室を差し出しましょう。お連れ下さい」
「確かに受け取りました。これで縁戚ですので今後ともよしなに」
信長の名代の信広が答えて、
「ですが、七条の方はこんな形だけの祝言だとーー」
「無碍にはせんから安心せい」
恒興が睨みを利かせると、尚情が笑いながら答え、
(えっ? えっ?)
13歳のしば姫がキョトンとする中、花嫁衣裳のまま輿に乗って那古野城へと帰っていったのだった。
帰路にも犬山城方からの襲撃はなく、
「襲ってこないな、裏切り者~」
「信長様が上手くやられたのでは?」
恒興と秀吉が喋る中、勝家が、
「婚儀自体に意味があったのかもな」
と答えてから、
「それよりも勝三郎、清州に帰ってるのか?」
「全然だけど?」
「勝三郎の屋敷に遠江の商人が出入りしてるぞ」
「柴田~、殿の件のお返しにしては随分と笑えないぞ、それは?」
「全然違うわ。情報が耳に入ったから善意で教えてやってるのに」
「誰が噛んでるの?」
「奥方だ。信時様の代から出入りしてた商人らしいぞ」
「えっ、それって信時様が今川とーー」
「そんな訳あるか」
と答えたのは死んだ信時の兄の信広である。
「大方、知らずにであろう」
それには誰もが納得である。
恒興も、
「信長様と信勝様で織田弾正忠家が割れてた頃の尾張は本当に酷かったですもんね~。尾張守護の斯波義統様、尾張の守護代の織田大和家の織田信友様、織田伊勢守の織田信安様まで居て、今川の連中が大手を振ってやりたい放題してましたから~」
「今は平和になったもんだな」
感慨深げに信広が答える中、恒興が、
「まだ残ってるでしょ、犬山城の馬鹿が」
「それよりもどうするんですか、奥方様の件?」
秀吉が尋ね、
「当然、信長様に報告だ。機嫌が悪かったら『誰かが死ぬ』、それだけさ。まあ、今回死ぬのは柴田なんだけどな」
「どうしてオレが?」
「はあ? そうなるように仕組んだ癖に白々しい」
「そんな訳あるか」
そんな事を喋りながら何事もなく花嫁行列は那古野城に到着したのだった。
登場人物、1563年度
織田信広(32)・・・織田の一門衆。信長の兄。通称、三郎五郎、信秀の遺言は、死にたくなければ信長に逆らうな。
能力値、織田一門衆S、母親の地位の低さSS、信秀の遺言B、織田家の家督に未練D、信長より恒興が怖いA、お人好しA
飯尾尚清(35)・・・織田家の家臣。織田大和守家の飯尾氏。通称、茂助。母親が細川晴元の娘。北島城主。しばと形だけの祝言を挙げる。
能力値、尾張最高血統SS、細川晴元の孫S、織田家で知らぬ者なしA、信長への忠誠B、信長からの信頼B、信長家臣団での待遇S
織田しば(13)・・・織田家の姫。信秀の十女。母親は斯波氏の緑者。飯尾尚清と形ばかりの祝言を挙げて正室となる。
能力値、織田家の姫A、信長の妹A、大御ちの庇護A、 那古野城内でのみ遭遇A、池田贔屓A、泣く泣く花嫁になるB
【柴田勝家、竹中対策で池田恒興を暗殺出来ない説、採用】
【木下秀吉 織田市に懸想説、採用】
【池田恒興、濃姫派説、採用】
【池田恒興、昔から信長の持ってる物が良く見えた説、採用】
【織田信長、花嫁行列を囮にして犬山城攻略を企てる説、採用】
【織田信広、恒興が怖くて気を使う説、採用】
【織田信清、花嫁行列の襲撃を狙うも報告を受けて断念する説、採用】
【飯尾尚清、織田しば、形だけの婚儀を済ます説、採用】
【織田しば、初夜も済まさず人質として那古野城に逆戻り説、採用】
柴田勝家に対する流言が止まらない。
小牧山城で次に流れた流言は、
「織田信勝が同腹の妹、織田市を柴田勝家にやると生前約束していた」
というものだった。
これは拙い。
織田信勝の名前は禁句なのだ。
特に池田恒興には。
「くそったらぁぁぁっ! 竹中の奴、どこまでもオレの足を引っ張りやがってぇぇぇっ!」
噂を聞いた瞬間から勝家は怒り心頭だった。
「文荷斎、勝三郎は後回しだ。先に竹中を殺せっ! アイツを野放しにしてたらオレの方が先に潰されるっ!」
「はっ!」
文楽斎はそう返事して手配したのだった。
小牧山城の城内の廊下にて。
まさかの竹中重治のお陰で命拾いしているとは知らない恒興が怒髪天で、勝家に、
「そうなの、柴田~」
「何の事か分からんが、噂の事なら違うぞ」
「本当に~?」
普段通りの表情だが迫力が込められた顔で恒興が問い、
「同腹は恐れ多いわ」
「なら別腹の姫を貰うと約束してたのかな~?」
「そういう意味で言ったのではないわっ!」
と喋ってると、
「でも美人ですよね、お市様って。一晩でいいからお相手願いたいもんですな~」
との声が聞こえて、振り向けば木下秀吉だった。
ギロリンッと恒興が睨んで、慌てて秀吉が、
「違います、勝様。今のはそれくらい美しいという意味で、別に織田家の姫に劣情をいだいたとかそういう事では」
「違う。オレが気に入らないのは一晩の方だ、秀吉」
「はい?」
「織田の姫は優秀な織田の家臣には貰えるかもしれないんだよ。実際、尾張の最高血統の飯尾家なんて2人も貰える事になってる。『織田の姫を貰えるくらい出世するぞ』って意味なら別に構わんが、織田家の姫を遊女みたいに言ったのは・・・気にいらんぞ」
「なるほど、そちらでしたか」
何度も頷いて納得した秀吉が恒興の背後を見て眼をパチクリする中、
「勝三郎、おまえは織田の姫が欲しくないのか?」
背後から恒興に勝家に似せた声が掛かり、
「いや、オレはいらんさ」
「勝三郎は織田の姫よりも蝮の姫一筋だからな」
背後の声に、秀吉が、
「そうなんですか、勝様?」
「いや、別にそういう訳では」
「濃姫様のどこがよろしいので?」
「あの蝮が親なところだな。あの蝮は凄かった。本当に睨まれてチビッたからな、あの時。その姫ならば間違いないだろうから。それにここだけの話、信長様の持ってるものは何故か昔っから何でも良く見えるんだよ~」
と答えてから、
「って、柴田、おまえが妙な事を言うから変な話になっちまったじゃねえか」
恒興が振り返ると、そこに居たのは信長だった。
「えっ、信長様? いつから聞いておられたので?」
「無論、『そうなの、柴田~』からだよ」
「最初からじゃないですか、声を掛けて下さいよ」
恒興が口を尖らせる中、信長が勝家を見て、
「信勝の事を持ち出すのは笑えんのでな。権六、さっさと竹中をどうにかせえ」
「はっ」
「竹中を調略されませんので?」
秀吉が問う中、
「織田には靡かんだろう」
最初から調略は無理だと諦めた信長が、
「それよりも3人とも来い」
恒興、勝家、秀吉を広間に集めて、
「『飯尾が妹のしばとの婚姻を形だけにしたい』と言ってきおった」
「はあ? 何を考えているんだ、あの男は?」
「女を10人以上囲ってよろしくやってるらしいからな。今更、織田の姫を奥に入れて気を使いたくないというのが本音だろう。祝言を挙げたら初夜もなしで正室をオレへの人質として戻すそうだ」
「何だ、それ? お待ちを。まさか、七条も・・・」
「姪の七条の方は大丈夫だから安心せい」
恒興を宥めた信長が、
「ここからが本題なのだが、しばには心に決めた男がいるらしい」
「分かりました、しば姫を誑かした奴を斬ればいいんですね」
恒興が理解を示す中、信長が、
「しばを誑かした男の名だが池田恒興と言うらしい」
「ほう、オレの名を騙るとはますますもってけしからん」
ボケているのではない。
真面目に言っている事は乳兄弟の信長も理解しており、仕方なく、
「いや、勝本人の事だ」
「はあ? オレ、何もしてませんよ」
「しばが勝手に熱を上げてるだけだ」
「モテますからな、勝様は」
「えっ、オレって、そうなの?」
恒興が秀吉に問う中、
「ええ、凄く」
「それで話とは?」
勝家が話を進めたので、
「北島城で祝言を挙げるが、場所が場所だ。花嫁行列を犬山城の兵に襲撃されては敵わん。権六がその警備に当たれ。秀吉は世話係。勝はオレの代参。まあ、兄も付けるが。そして祝言をしたその日の内に必ずしばを那古野城に戻せ。よいな」
「もしや、しば様の祝言と北島城を囮にして犬山城をお取りになられますので?」
そう質問したのは勝家だった。
それでようやく秀吉と恒興もこの祝言の意味を理解した。
「美濃側も含めて犬山城を囲むよりは安上がりだからな」
信長が答え、
「おまえ達は花嫁のしばの警護だけで良い。他はこちらで手配するのでな」
こうして、しば姫を囮にした犬山城攻略戦が計画されたのだった。
◇
それからすぐの吉日。
「信長殿からちゃんと聞いているな、勝三郎? あの時、犬山城に居たのは『妹が明日をも知れぬ命』と騙されたからであって別に信長殿を裏切ってなどいないのだと」
祝言行列なので烏帽子姿の御舎兄の信広が何度となく説明する中、同じく烏帽子姿の池田恒興も、
「分かってますって、信広様」
「おまえは分かってても、わざと分かってないふりをして斬り付けてくるであろうが」
「斬り付けませんよ、失礼だな」
「そんな事言って、おまえ、子供の頃、与四郎に斬り付けてるよな?」
「えっ、家老の河尻様に?」
その会話に大袈裟に驚いたのは烏帽子姿の秀吉である。
「信長様の命令で仕方なくで、その後、母上に尻を叩かれたよ、ちゃんと。信広様もつまらない昔の事を言わないで下さいよ」
「えっと、河尻様の方は怪我とかは?」
「無理無理、勝てないって。余裕で躱されたよ」
と会話する中、信広が、
「おまえは木下だったな」
「はっ、信広様。御舎兄様に名前を覚えていただき光栄です」
「そんなオベンチャラはいらん。ここだけの話、今回の急な祝言の信長殿の狙いは何なんだ?」
真面目に秀吉に聞いたが、恒興がその隣で、
「そんなの犬山城に内応してる信広様と柴田をまとめて始末する為に決まってーー」
「なっ! だから違うと言ってるだろうが、勝三郎」
「違います違います、今のは勝様の冗談です」
花嫁行列にしては賑やかな行列だった。
輿の中の花嫁は好きでもない三十路男に嫁ぐ破目になり、泣き腫らしていたのだが。
そして勝家である。
(それもあるか。犬山城の兵に見せてのオレと兄君の謀殺。だが、それにしては餌が勝三郎とサル、それにしば姫なのは豪華過ぎる。やはり犬山城方の誘引と見るべきか」
警戒しながら進むと、
行列を山の裏から見てるのが犬山城方の家老、中島豊後守、そして犬山城主の織田信清本人だった。
「あれのようです」
「よし、襲え」
「ですが、犬山殿の妹御の行列ですよ?」
「清洲と北島城の飯尾との婚姻が結ばれれば犬山城の包囲網が着々と完成するではないか」
と言った時、早馬が駆けて来て、
「小牧山城より出た兵が犬山城に向かってるとの由にございまする」
そう報告し、豊後守が、
「まさか、この花嫁行列は囮?」
「それだ。信長め、味な真似をする。引き返すぞ」
と信清は兵を率いて帰っていったのだが、
犬山城に戻った信清を待っていたのは、
「小牧山城の兵は出撃しましたが、すぐに城内に引き返していきました」
和田定利の申し訳なさそうな顔でのこの報告である。
だが、信清が考えたのは、
(定利が内応していれば門を閉じて我らを城外へと締め出し、信長の軍が押し寄せるのを待っていればそれで事足りる。つまり定利は内応していない。これはオレと定利を仲違いさせる離反の計か。それよりも問題はやはり豊後守だ。コイツ、清洲方に内応していないか?)
「そうか、御苦労であったな」
「もう一度出陣されますか?」
中島豊後守がそう尋ね、
(止めてた癖にそれを聞くとは・・・ますます怪しいな。その手は食うか)
「いや、やはり花嫁行列を襲うのは止そう。策としても下策だ」
信清は諦めたのだった。
◇
北島城に到着した花嫁行列の一行は、そのまま祝言を行った。
家臣達が見守る中、花婿の飯尾尚清と、沈んだままの花嫁のしばが三三九度で婚儀を終える。
そして尚清が、
「では、織田殿に人質として正室を差し出しましょう。お連れ下さい」
「確かに受け取りました。これで縁戚ですので今後ともよしなに」
信長の名代の信広が答えて、
「ですが、七条の方はこんな形だけの祝言だとーー」
「無碍にはせんから安心せい」
恒興が睨みを利かせると、尚情が笑いながら答え、
(えっ? えっ?)
13歳のしば姫がキョトンとする中、花嫁衣裳のまま輿に乗って那古野城へと帰っていったのだった。
帰路にも犬山城方からの襲撃はなく、
「襲ってこないな、裏切り者~」
「信長様が上手くやられたのでは?」
恒興と秀吉が喋る中、勝家が、
「婚儀自体に意味があったのかもな」
と答えてから、
「それよりも勝三郎、清州に帰ってるのか?」
「全然だけど?」
「勝三郎の屋敷に遠江の商人が出入りしてるぞ」
「柴田~、殿の件のお返しにしては随分と笑えないぞ、それは?」
「全然違うわ。情報が耳に入ったから善意で教えてやってるのに」
「誰が噛んでるの?」
「奥方だ。信時様の代から出入りしてた商人らしいぞ」
「えっ、それって信時様が今川とーー」
「そんな訳あるか」
と答えたのは死んだ信時の兄の信広である。
「大方、知らずにであろう」
それには誰もが納得である。
恒興も、
「信長様と信勝様で織田弾正忠家が割れてた頃の尾張は本当に酷かったですもんね~。尾張守護の斯波義統様、尾張の守護代の織田大和家の織田信友様、織田伊勢守の織田信安様まで居て、今川の連中が大手を振ってやりたい放題してましたから~」
「今は平和になったもんだな」
感慨深げに信広が答える中、恒興が、
「まだ残ってるでしょ、犬山城の馬鹿が」
「それよりもどうするんですか、奥方様の件?」
秀吉が尋ね、
「当然、信長様に報告だ。機嫌が悪かったら『誰かが死ぬ』、それだけさ。まあ、今回死ぬのは柴田なんだけどな」
「どうしてオレが?」
「はあ? そうなるように仕組んだ癖に白々しい」
「そんな訳あるか」
そんな事を喋りながら何事もなく花嫁行列は那古野城に到着したのだった。
登場人物、1563年度
織田信広(32)・・・織田の一門衆。信長の兄。通称、三郎五郎、信秀の遺言は、死にたくなければ信長に逆らうな。
能力値、織田一門衆S、母親の地位の低さSS、信秀の遺言B、織田家の家督に未練D、信長より恒興が怖いA、お人好しA
飯尾尚清(35)・・・織田家の家臣。織田大和守家の飯尾氏。通称、茂助。母親が細川晴元の娘。北島城主。しばと形だけの祝言を挙げる。
能力値、尾張最高血統SS、細川晴元の孫S、織田家で知らぬ者なしA、信長への忠誠B、信長からの信頼B、信長家臣団での待遇S
織田しば(13)・・・織田家の姫。信秀の十女。母親は斯波氏の緑者。飯尾尚清と形ばかりの祝言を挙げて正室となる。
能力値、織田家の姫A、信長の妹A、大御ちの庇護A、 那古野城内でのみ遭遇A、池田贔屓A、泣く泣く花嫁になるB
10
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
黄金の檻の高貴な囚人
せりもも
歴史・時代
短編集。ナポレオンの息子、ライヒシュタット公フランツを囲む人々の、群像劇。
ナポレオンと、敗戦国オーストリアの皇女マリー・ルイーゼの間に生まれた、少年。彼は、父ナポレオンが没落すると、母の実家であるハプスブルク宮廷に引き取られた。やがて、母とも引き離され、一人、ウィーンに幽閉される。
仇敵ナポレオンの息子(だが彼は、オーストリア皇帝の孫だった)に戸惑う、周囲の人々。父への敵意から、懸命に自我を守ろうとする、幼いフランツ。しかしオーストリアには、敵ばかりではなかった……。
ナポレオンの絶頂期から、ウィーン3月革命までを描く。
※カクヨムさんで完結している「ナポレオン2世 ライヒシュタット公」のスピンオフ短編集です
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885142129
※星海社さんの座談会(2023.冬)で取り上げて頂いた作品は、こちらではありません。本編に含まれるミステリのひとつを抽出してまとめたもので、公開はしていません
https://sai-zen-sen.jp/works/extras/sfa037/01/01.html
※断りのない画像は、全て、wikiからのパブリック・ドメイン作品です
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?
俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。
この他、
「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」もよろしくお願いします。

信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~
佐倉伸哉
歴史・時代
その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。
父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。
稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。
明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。
◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる