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1562年、小牧山の城普請
織田信広の寝返り阻止
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【一宮つる、1545年生まれ説、採用】
【織田信広、1531年生まれ説、採用】
【犬山殿、本名不明説、採用】
【犬山殿、1533年生まれ説、採用】
【真田とき、真田綱吉の娘として存在していた説、採用】
清州城では信長が「やられた、信玄坊主め」と舌打ちせずにはいられない状況に陥っていた。
この日は甲斐より輿で送られてきた恒興が手を付けた身重の歩き巫女が到着し、信長の悪い癖が出て、興味本位で謁見したのだが。
どう見ても歩き巫女ではない。
武家の娘であった。
唯一の救いは上流の武家の姫ではないところだろうか。
せいぜい、良くても中堅どころである。
家臣の娘か、それとも人質の娘かは知らないが。
それは武田側が娘をあてがった当時、恒興を軽く見ていた表れでもある。
もし恒興を重要視していたら上流の武家の姫、下手をすれば武田の縁続きの娘が寝所に送り込まれていたはずなのだから。
信長は不機嫌そうに成政を一瞥した後、
「名を聞こうか?」
「一宮つるでございます」
「父親の名は?」
「一宮元実です」
「左様か。余り勝を困らせぬように。屋敷はこちらで用意させてあるのを使うがよい」
そう言って信長は謁見を終わらせたのだった。
そして佐々成政はその後、
「内蔵、どう見ても武家の娘でないか。どうして報告しなかった?」
「申し訳ございません」
恒興の女の不始末のとばっちりで信長に怒られたのだった。
◇
小牧山の防衛任務を任された恒興はヤラカシ系の男である。
そして犬山城方の小口城の敵はあの夜襲の撃退から一度もこちらに攻撃してこない。
つまりは暇だ。
本当に暇で、暇過ぎて、信じられない事に、恒興は遊ぶ場所が何もない小牧山の築城の普請現場から抜け出して、近隣で一番栄えた街に遊びに出向いてしまった。
そう、敵の本拠地、犬山城の下に栄える城下町に、である。
犬山城の枝城の小口城は緊張状態だが、本城の犬山城はまだ戦場にもなっておらず平和なものである。
そして日本の城下町は別に中国のように城壁で囲われてはいない。
簡単に潜入出来た。
そこで恒興がばったりと遭遇したのが、信長の命令で内応工作をしていた商人に扮した丹羽長秀である。
長秀が犬山城下でのあり得ない遭遇に絶句する中、
「何やってんの?」
侍姿の恒興が呑気に尋ねてくる。
「・・・はい? 誰かとお間違いでは? 私、万吉と申しますが」
「ププッ」
「笑うな、馬鹿。ってか、こっちに来い」
長秀に脇道に連れ込まれて、
「おまえ、何をやっているんだ? 小牧山で普請の警備任務のはずだろうが?」
「敵が城から出て来なくて暇だからさ~」
「だからってふざけるなよっ! 敵のど真ん中だぞ?」
「そっちだって」
「オレは命令。ってか、オレは無名だが、おまえはいつも信長様の隣に居るんだから有名人だろうが。犬山城方にも結構顔が知られてるんだぞ」
「大丈夫だって」
「ったく、ほどほどにな。オレは発つところだから騒ぎを起こしても助けられないからな」
「了解」
こうして別れた訳だが、
すぐに大丈夫ではなくなった。
まだ恒興は誰にも正体がバレていないが、ヤバイ奴を見てしまったのだ。
織田信広。
信長の兄で、つまりは御舎弟ならぬ御舎兄である。
織田弾正忠家の先代当主、信秀の長男ながら、母親の身分が低くて織田家の家督が継げなかった男だ。
信長が家督を継ぐと信長に従ったが、それでも信勝を抹殺した年に一度、美濃と結託して信長を裏切ろうとしている。
その時は信長が許したのだが。
その信広が犬山城下に居ると話が少しややこしくなる。
恰好はお忍び風の侍だった。
お忍び風という事はバレたら困る訳だ。
凄く気に入らない。
その恒興の視線に気付いたのか、側近の一人が恒興を見たが、素知らぬ顔で上手くやり過ごした。
恒興も馬鹿ではない。
これ以上は危険だと思い、さっさと小牧山の普請現場に戻ったのだった。
但し、「上手くやり過ごした」は恒興の主観である。
実際は恒興が去ると同時に、側近が城下町を歩く信広の耳元で、
「池田が居ました」
「はん?」
「信長様の乳兄弟の池田です。もう去りましたが」
「ははは、見間違いであろう。アヤツは今、弟がきまぐれで言い出した小牧山の城普請の警備に・・・そう言えば、意外とこの犬山に近いな。本当に勝三郎だったのか?」
「はい。今にも噛み殺さんと言わんばかりの形相で信広様を睨んでましたから。間違いありません」
「待て。オレは今回、倒れた妹の見舞いにーー」
「言い訳なんて通じませんよ、あの狂犬には」
「・・・心して犬山に入るぞ」
こうして信広は気を引き締めて犬山城に入ったのだが、
「あら、どうしたの、信広お兄様?」
出迎えたのは信広の妹で、信長の姉である人物だった。
裏切った犬山城主の織田信清の正室で犬山殿と呼ばれている。
「おまえ、明日をも知れぬ命ではなかったのか?」
「そんな訳がないじゃないですか」
との犬山殿の返事に、嵌められた、と信広が思う中、
「おお、義兄上殿。良く来て下さいました」
妹婿で信長を裏切った犬山城主、織田信清が嘘臭い笑顔で現れた。
「どういう事だ、信清殿? 妹が明日をも知れぬ命でオレを呼んでるというから敵味方の中、隠れてやってきたというのに」
「まあまあ、義兄上殿にも得な話ですから」
(こっちはあの勝三郎に犬山に居るのを見られてるんだよ。おまえがいくら美味しい話をしても裏切る訳がないだろうが)
と思いながら、話をしながら別室に通されたら、
「斎藤家の宿老、安藤守就でございます」
想像以上の大物が出てきた。
女のような小姓を連れてる。
「美濃斎藤の? それでは敵味方ではありませんか?」
「いえいえ、御冗談を。将軍義輝様の仲裁で和議になっているではありませんか」
「ああ、そうでしたな~」
今、思い出したとばかりに苦笑してると、その小姓、つまりは竹中重治が、
「実はこの度は信広様に・・・」
喋ろうとしたのだが、信広が即座に、
「これは驚いた。名もなき小姓が喋り出しおったわ。この信広も軽く見られたものだ」
そう怒りながら席を立ち、
「お待ちを、義兄上殿」
信清が取り成そうとしたが、
「今、何をされたか見たよな、信清殿も? 小姓が口を開いたのだぞ? つまりは、斎藤家の宿老は『この信広は口を利くにあたわず』と小姓を使って示した訳だ。はぁん、ここまでコケにされるとはなっ! 信清殿の顔を立てて遭ったが、これはさすがに不愉快過ぎる。帰らせて貰うぞ」
聞く耳を持たず、ヤバイ密議に参加せずに犬山城から帰っていったのだった。
室内に残った安藤守就が信広の態度を見て、
「何と狭量な」
「いえ、違いますよ、安藤の義父上。あれは怒ったふりをしてこの密議の参加を拒んだのです」
「ほう。兄にそこまでさせるとは。尾張のうつけは相当怖いと見えるな」
(本当にそれだけか? あの恐れ方はそれだけとは思えなかったが)
竹中重治が思案を巡らせたのだった。
翌日、信広は清州城に速攻で駆け込んでいた。
「おお、兄か。何か用か?」
別に信長は兄の信広を嫌ってはいない。普通に会った。
信広が必死に、
「助けてくれ、信長殿。殺される」
これが信広の異母弟の信長の呼び方である。
「それは穏やかではないな。オレの兄を殺す不届き者の名を聞いておこうか」
「池田勝三郎だよ、信長殿の乳兄弟の」
「はあ? 何をしたらそうなるんだーーまさか、兄よ。オレを裏切ったのか?」
「全然違う。昨日犬山城に行ってきただけだ」
次の瞬間、信長の眉がピクリと動き、信長の小姓達が戦闘態勢に入る中、信広が、
「話を最後まで聞け。犬山城に出向いたのは『妹が明日をも知れぬ命で、オレに会いたがっている』との文が届いたからだ」
「どうせ嘘だったのだろう」
「ああ、嘘だった。妹はピンピンしてて、別室に通されたら居たのは斎藤家の宿老の安藤だったよ。斬ろうかとも一瞬考えたが将軍家が仲介した和議の話を持ち出されて何も出来なかったが」
「兄よ、確認だが安藤だけか。女顔の若武者はいなかったか?」
「女顔、そう言えば横にそんな小姓が居たな」
「詳しく聞こうか」
信広は犬山城の城下町で池田恒興に睨まれた事から怒ったふりをして席を立ったところまでを全部話したのだった。
「なるほど、それで兄は勝に殺される訳か」
「オレは悪くないだろ。助けてくれ、信長殿。勝三郎はオレにでも斬り掛かってくるぞ」
と言ってる傍から小姓の長谷川橋介が、
「小牧山の池田殿より文が届きました」
「読んでみろ、右近。どうせ、兄が犬山城に通じてると書いてあるのだろう」
信長の指図で橋介が文を読み、
「本当にそう書かれてあります。信広様が大山城に御内通と」
信長の慧眼に尊敬したのだった。
「兄よ、運が良かったな。文の到着が先だったら・・・分かってるよな?」
「ああ。だがオレの方が文よりも先だった。だから助けてくれるんだよな?」
「勝には言っておこう」
信長の言葉を聞いて信広は安堵して清州城から帰っていったのだが。
部屋に残った信長の方は、眼を細めて、
「それにしても犬山城まで乗り込んできたか。宿老の安藤までが顔を出していたところを見ると・・・」
「信広様を寝返らす、よっぽどの自信があったのでございましょうね」
同室に居た秀吉がそう言葉を継いだ。
「兄が寝返ればさすがに面倒な事になってたな。これは命拾いしたやも知れぬな」
「犬山城下に居た勝様、様様ですな」
秀吉がニヤリとして、信長の方は呆れながら、
「本人は城普請の警備任務から抜け出して、不真面目に遊びに出向いただけなのであろうがな」
「そこが勝様の凄いところですよ、信長様」
「ふむ」
などと笑いつつも、本気で美濃対策を考え始めたのだった。
登場人物、1562年度
一宮つる(17)・・・武田家の女中。本名、真田とき。真田綱吉の娘。武藤喜兵衛の従姉。喜兵衛の不始末の責任を取って恒興の間に入る。腹の子の父親は恒興。
能力値、武田への忠誠B、密命ありA、武芸の腕E、恒興の子を孕む幸運A、織田家での待遇B、信長の裁定待ちC
丹羽長秀(25)・・・織田家の家臣。信長の密命で犬山城、美濃の調略に動く。利説きの長秀。星回りが悪い。文官が周囲に集まる。
能力値、利説きの長秀A、米五郎左A、星回りの悪さD、信長への忠誠A、信長からの信頼B、織田家臣団での待遇B
織田信広(31)・・・織田の一門衆。信長の兄。通称、三郎五郎。信秀の遺言は、死にたくなければ信長に逆らうな。
能力値、織田一門衆S、母親の地位の低さSS、信秀の遺言B、織田家の家督に未練D、信長より恒興が怖いA、お人好しA
犬山殿(29)・・・織田家の姫。犬山城主の織田信清の正室。信広の妹、信長の姉。
能力値、どっち付かずA、政治に口出しせずB、内助の功E、破滅への囁きA、実は裏で信長とA、着物よりも和菓子A
織田信清(29)・・・織田一門衆。犬山城主。織田信秀の弟、信康の子供。信長の従兄にして、信長の実姉、大山殿と婚姻関係。それでも信長に対して謀反を起こす。
能力値、織田一門衆S、怜悧の信清B、勝算ありで謀反S、家来が無能A、自分が得する話大好きA、尾張を盗むA
長谷川橋介(25)・・・信長の小姓。通称、右近。信長の矢銭徴収の折衝係。兄が与次。最近は茶道に夢中。
能力値、矢銭狩りの橋介S、面良しA、茶道に夢中C、信長への忠誠B、信長からの信頼A、織田家臣団での待遇A
【織田信広、1531年生まれ説、採用】
【犬山殿、本名不明説、採用】
【犬山殿、1533年生まれ説、採用】
【真田とき、真田綱吉の娘として存在していた説、採用】
清州城では信長が「やられた、信玄坊主め」と舌打ちせずにはいられない状況に陥っていた。
この日は甲斐より輿で送られてきた恒興が手を付けた身重の歩き巫女が到着し、信長の悪い癖が出て、興味本位で謁見したのだが。
どう見ても歩き巫女ではない。
武家の娘であった。
唯一の救いは上流の武家の姫ではないところだろうか。
せいぜい、良くても中堅どころである。
家臣の娘か、それとも人質の娘かは知らないが。
それは武田側が娘をあてがった当時、恒興を軽く見ていた表れでもある。
もし恒興を重要視していたら上流の武家の姫、下手をすれば武田の縁続きの娘が寝所に送り込まれていたはずなのだから。
信長は不機嫌そうに成政を一瞥した後、
「名を聞こうか?」
「一宮つるでございます」
「父親の名は?」
「一宮元実です」
「左様か。余り勝を困らせぬように。屋敷はこちらで用意させてあるのを使うがよい」
そう言って信長は謁見を終わらせたのだった。
そして佐々成政はその後、
「内蔵、どう見ても武家の娘でないか。どうして報告しなかった?」
「申し訳ございません」
恒興の女の不始末のとばっちりで信長に怒られたのだった。
◇
小牧山の防衛任務を任された恒興はヤラカシ系の男である。
そして犬山城方の小口城の敵はあの夜襲の撃退から一度もこちらに攻撃してこない。
つまりは暇だ。
本当に暇で、暇過ぎて、信じられない事に、恒興は遊ぶ場所が何もない小牧山の築城の普請現場から抜け出して、近隣で一番栄えた街に遊びに出向いてしまった。
そう、敵の本拠地、犬山城の下に栄える城下町に、である。
犬山城の枝城の小口城は緊張状態だが、本城の犬山城はまだ戦場にもなっておらず平和なものである。
そして日本の城下町は別に中国のように城壁で囲われてはいない。
簡単に潜入出来た。
そこで恒興がばったりと遭遇したのが、信長の命令で内応工作をしていた商人に扮した丹羽長秀である。
長秀が犬山城下でのあり得ない遭遇に絶句する中、
「何やってんの?」
侍姿の恒興が呑気に尋ねてくる。
「・・・はい? 誰かとお間違いでは? 私、万吉と申しますが」
「ププッ」
「笑うな、馬鹿。ってか、こっちに来い」
長秀に脇道に連れ込まれて、
「おまえ、何をやっているんだ? 小牧山で普請の警備任務のはずだろうが?」
「敵が城から出て来なくて暇だからさ~」
「だからってふざけるなよっ! 敵のど真ん中だぞ?」
「そっちだって」
「オレは命令。ってか、オレは無名だが、おまえはいつも信長様の隣に居るんだから有名人だろうが。犬山城方にも結構顔が知られてるんだぞ」
「大丈夫だって」
「ったく、ほどほどにな。オレは発つところだから騒ぎを起こしても助けられないからな」
「了解」
こうして別れた訳だが、
すぐに大丈夫ではなくなった。
まだ恒興は誰にも正体がバレていないが、ヤバイ奴を見てしまったのだ。
織田信広。
信長の兄で、つまりは御舎弟ならぬ御舎兄である。
織田弾正忠家の先代当主、信秀の長男ながら、母親の身分が低くて織田家の家督が継げなかった男だ。
信長が家督を継ぐと信長に従ったが、それでも信勝を抹殺した年に一度、美濃と結託して信長を裏切ろうとしている。
その時は信長が許したのだが。
その信広が犬山城下に居ると話が少しややこしくなる。
恰好はお忍び風の侍だった。
お忍び風という事はバレたら困る訳だ。
凄く気に入らない。
その恒興の視線に気付いたのか、側近の一人が恒興を見たが、素知らぬ顔で上手くやり過ごした。
恒興も馬鹿ではない。
これ以上は危険だと思い、さっさと小牧山の普請現場に戻ったのだった。
但し、「上手くやり過ごした」は恒興の主観である。
実際は恒興が去ると同時に、側近が城下町を歩く信広の耳元で、
「池田が居ました」
「はん?」
「信長様の乳兄弟の池田です。もう去りましたが」
「ははは、見間違いであろう。アヤツは今、弟がきまぐれで言い出した小牧山の城普請の警備に・・・そう言えば、意外とこの犬山に近いな。本当に勝三郎だったのか?」
「はい。今にも噛み殺さんと言わんばかりの形相で信広様を睨んでましたから。間違いありません」
「待て。オレは今回、倒れた妹の見舞いにーー」
「言い訳なんて通じませんよ、あの狂犬には」
「・・・心して犬山に入るぞ」
こうして信広は気を引き締めて犬山城に入ったのだが、
「あら、どうしたの、信広お兄様?」
出迎えたのは信広の妹で、信長の姉である人物だった。
裏切った犬山城主の織田信清の正室で犬山殿と呼ばれている。
「おまえ、明日をも知れぬ命ではなかったのか?」
「そんな訳がないじゃないですか」
との犬山殿の返事に、嵌められた、と信広が思う中、
「おお、義兄上殿。良く来て下さいました」
妹婿で信長を裏切った犬山城主、織田信清が嘘臭い笑顔で現れた。
「どういう事だ、信清殿? 妹が明日をも知れぬ命でオレを呼んでるというから敵味方の中、隠れてやってきたというのに」
「まあまあ、義兄上殿にも得な話ですから」
(こっちはあの勝三郎に犬山に居るのを見られてるんだよ。おまえがいくら美味しい話をしても裏切る訳がないだろうが)
と思いながら、話をしながら別室に通されたら、
「斎藤家の宿老、安藤守就でございます」
想像以上の大物が出てきた。
女のような小姓を連れてる。
「美濃斎藤の? それでは敵味方ではありませんか?」
「いえいえ、御冗談を。将軍義輝様の仲裁で和議になっているではありませんか」
「ああ、そうでしたな~」
今、思い出したとばかりに苦笑してると、その小姓、つまりは竹中重治が、
「実はこの度は信広様に・・・」
喋ろうとしたのだが、信広が即座に、
「これは驚いた。名もなき小姓が喋り出しおったわ。この信広も軽く見られたものだ」
そう怒りながら席を立ち、
「お待ちを、義兄上殿」
信清が取り成そうとしたが、
「今、何をされたか見たよな、信清殿も? 小姓が口を開いたのだぞ? つまりは、斎藤家の宿老は『この信広は口を利くにあたわず』と小姓を使って示した訳だ。はぁん、ここまでコケにされるとはなっ! 信清殿の顔を立てて遭ったが、これはさすがに不愉快過ぎる。帰らせて貰うぞ」
聞く耳を持たず、ヤバイ密議に参加せずに犬山城から帰っていったのだった。
室内に残った安藤守就が信広の態度を見て、
「何と狭量な」
「いえ、違いますよ、安藤の義父上。あれは怒ったふりをしてこの密議の参加を拒んだのです」
「ほう。兄にそこまでさせるとは。尾張のうつけは相当怖いと見えるな」
(本当にそれだけか? あの恐れ方はそれだけとは思えなかったが)
竹中重治が思案を巡らせたのだった。
翌日、信広は清州城に速攻で駆け込んでいた。
「おお、兄か。何か用か?」
別に信長は兄の信広を嫌ってはいない。普通に会った。
信広が必死に、
「助けてくれ、信長殿。殺される」
これが信広の異母弟の信長の呼び方である。
「それは穏やかではないな。オレの兄を殺す不届き者の名を聞いておこうか」
「池田勝三郎だよ、信長殿の乳兄弟の」
「はあ? 何をしたらそうなるんだーーまさか、兄よ。オレを裏切ったのか?」
「全然違う。昨日犬山城に行ってきただけだ」
次の瞬間、信長の眉がピクリと動き、信長の小姓達が戦闘態勢に入る中、信広が、
「話を最後まで聞け。犬山城に出向いたのは『妹が明日をも知れぬ命で、オレに会いたがっている』との文が届いたからだ」
「どうせ嘘だったのだろう」
「ああ、嘘だった。妹はピンピンしてて、別室に通されたら居たのは斎藤家の宿老の安藤だったよ。斬ろうかとも一瞬考えたが将軍家が仲介した和議の話を持ち出されて何も出来なかったが」
「兄よ、確認だが安藤だけか。女顔の若武者はいなかったか?」
「女顔、そう言えば横にそんな小姓が居たな」
「詳しく聞こうか」
信広は犬山城の城下町で池田恒興に睨まれた事から怒ったふりをして席を立ったところまでを全部話したのだった。
「なるほど、それで兄は勝に殺される訳か」
「オレは悪くないだろ。助けてくれ、信長殿。勝三郎はオレにでも斬り掛かってくるぞ」
と言ってる傍から小姓の長谷川橋介が、
「小牧山の池田殿より文が届きました」
「読んでみろ、右近。どうせ、兄が犬山城に通じてると書いてあるのだろう」
信長の指図で橋介が文を読み、
「本当にそう書かれてあります。信広様が大山城に御内通と」
信長の慧眼に尊敬したのだった。
「兄よ、運が良かったな。文の到着が先だったら・・・分かってるよな?」
「ああ。だがオレの方が文よりも先だった。だから助けてくれるんだよな?」
「勝には言っておこう」
信長の言葉を聞いて信広は安堵して清州城から帰っていったのだが。
部屋に残った信長の方は、眼を細めて、
「それにしても犬山城まで乗り込んできたか。宿老の安藤までが顔を出していたところを見ると・・・」
「信広様を寝返らす、よっぽどの自信があったのでございましょうね」
同室に居た秀吉がそう言葉を継いだ。
「兄が寝返ればさすがに面倒な事になってたな。これは命拾いしたやも知れぬな」
「犬山城下に居た勝様、様様ですな」
秀吉がニヤリとして、信長の方は呆れながら、
「本人は城普請の警備任務から抜け出して、不真面目に遊びに出向いただけなのであろうがな」
「そこが勝様の凄いところですよ、信長様」
「ふむ」
などと笑いつつも、本気で美濃対策を考え始めたのだった。
登場人物、1562年度
一宮つる(17)・・・武田家の女中。本名、真田とき。真田綱吉の娘。武藤喜兵衛の従姉。喜兵衛の不始末の責任を取って恒興の間に入る。腹の子の父親は恒興。
能力値、武田への忠誠B、密命ありA、武芸の腕E、恒興の子を孕む幸運A、織田家での待遇B、信長の裁定待ちC
丹羽長秀(25)・・・織田家の家臣。信長の密命で犬山城、美濃の調略に動く。利説きの長秀。星回りが悪い。文官が周囲に集まる。
能力値、利説きの長秀A、米五郎左A、星回りの悪さD、信長への忠誠A、信長からの信頼B、織田家臣団での待遇B
織田信広(31)・・・織田の一門衆。信長の兄。通称、三郎五郎。信秀の遺言は、死にたくなければ信長に逆らうな。
能力値、織田一門衆S、母親の地位の低さSS、信秀の遺言B、織田家の家督に未練D、信長より恒興が怖いA、お人好しA
犬山殿(29)・・・織田家の姫。犬山城主の織田信清の正室。信広の妹、信長の姉。
能力値、どっち付かずA、政治に口出しせずB、内助の功E、破滅への囁きA、実は裏で信長とA、着物よりも和菓子A
織田信清(29)・・・織田一門衆。犬山城主。織田信秀の弟、信康の子供。信長の従兄にして、信長の実姉、大山殿と婚姻関係。それでも信長に対して謀反を起こす。
能力値、織田一門衆S、怜悧の信清B、勝算ありで謀反S、家来が無能A、自分が得する話大好きA、尾張を盗むA
長谷川橋介(25)・・・信長の小姓。通称、右近。信長の矢銭徴収の折衝係。兄が与次。最近は茶道に夢中。
能力値、矢銭狩りの橋介S、面良しA、茶道に夢中C、信長への忠誠B、信長からの信頼A、織田家臣団での待遇A
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颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
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