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1562年、小牧山の城普請
七条の嫁ぎ先
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【池田恒興が集めた兵2300人説、採用】
【森寺秀勝、1523年生まれ説、採用】
【毛利良勝、桶狭間の戦い直後に改名説、採用】
【毛利良勝、武士の誉れと英雄視されてる説、採用】
【織田家、今川方に靡いた全氏族が家督を交代した説、採用】
【竹中重治、尾張三河との謁見の介入を企てていた説、採用】
【飯尾尚清の前正室は尾張守護の斯波氏の姫だった説、採用】
【織田しば、恒興に惚れてる説、採用】
清州城下の池田屋敷。
その屋敷内には鎧武者達が多数集っており、合戦前の活気に満ちていた。
その中で唯一鎧を着ていない木下秀吉が鎧姿の恒興に、
「勝様、お願いですから頭を冷やして下さい。さすがに私闘で尾張領内の城を落としたら信長様に切腹を命じられますから」
「秀吉、分かってないな。放っておいた方が信長様の叱責を喰らうんだよ、今回は」
「そうですけれども」
秀吉が部屋に広げられた木田城の絵図面を見て絶句した。
(本気で城を落とす気だ、勝様は。信長様の乳兄弟として幼少期からお傍に居るだけあって過激なところが信長様に似過ぎてる。こうなったら最後の手段で大御ち様に報告して止めて貰うか? だが、大御ち様を信長様の許可なく政に関与させたら信長様の逆鱗に触れてしまうし)
秀吉が思案を巡らせていると、池田家の家臣筆頭の森寺秀勝が、
「恒興様、門前に荒尾の義弟様がお出でです」
「捕縛して連れて来い」
本当に縄で縛られた荒尾善久が現れた。
縄で縛られても背筋を正しており、
「義兄上、お久しぶりです」
「悪いな、小太郎。荒尾とは一方的に縁を切らせて貰った。これからは敵と味方だ」
恒興が言う中、善久が、
「荒尾の家督をこの度、オレが継ぎました。オレの首でこの騒動は終わりにして下さい」
「? 家督を継いだってどうやって? あの男は家督を死ぬまで譲ったりはせんだろうが」
「刀を父の首筋に当てて脅迫しましたので。失禁してましたよ、我が父ながら情けない限りですが。水野殿が証人ですのでこの家督相続は有効かと」
と善久が説明し、恒興はその様子を想像したのか、ふふ、と笑ってから
「よし、清洲城で信長様の裁定を仰ぐか。小太郎はその姿のままついて来い」
恒興が捕縛された善久を連れて清洲城に登城する中、入れ違うように池田屋敷にやってきたのが、
織田軍では誰もが知っており、誰もが「武士ならばこうなりたい」と憧れる一昨年の桶狭間の戦いで今川義元の首を挙げて、名を良勝と改めた「織田家を救った英雄」毛利良勝であった。
戦前の活気付いていた屋敷の雰囲気は良勝の登場で水を打ったかのように静まり返っていく。
良勝はそのまま屋敷の奥までやってきて、それを見た秀吉は、
(信長様も止める気だったのか。よかった~)
「池田殿は?」
「たった今、清洲城に登城していきましたよ。義弟の善久殿を捕らえて」
秀吉がそう教えた。
「ふ~、助かったな。いくら信長様の命令とはいえ、池田殿を説得する自信がなかったから」
そう苦笑した良勝が、
「信長様の命令をお伝えします。攻撃先を木田城から犬山城の枝城、小口城に変更とする。先鋒は柴田隊、並びに平手隊。この戦は城を落とすのが目的ではなく柴田、平手の両名が犬山城方に内応していないかどうかの確認をする為だけの戦なので無駄死にはなされませんように。指揮は森様。戦目付は不肖、この私めが務める事と相成りました。では、森様、出陣の触れをお願いします」
その説明を聞いて、中村文荷斎は、
(やはり木田城攻めは犬山方の城攻めの兵を集める為の口実か。事実、うちの殿は犬山城と密書をやりとりしているからな~。それに謹慎中の平手も)
「では向かうぞ、皆の者」
森可成の号令で池田屋敷に集まった兵は目的地を変えて出陣したのだった。
清洲城内では鎧姿の恒興が捕縛した義弟、善人を連れて信長と会っていた。
「信長様、この度、荒尾の家督をこの小太郎が継いだとの事で、この者の切腹で織田家の姫を荒尾の先代が勝手に嫁がせようとした件は水に流してもよろしいでしょうか」
「ん? 荒尾は代替わりをしたのか?」
「はい、水野殿も認めているようなのでその場しのぎではなさそうです」
「隠居したのであればもう良い。勝も矛を収めてやれ」
「ですが・・・」
「それよりも今回の騒動の発端となった七条の嫁ぎ先を決めたぞ、勝」
「どちらでしょうか?」
「織田大和守家の飯尾の当主の息子だ」
「えっ、それって尾張の最高血統の細川晴元の孫、いや曾孫って事ですよね?」
「そうなるな」
「いいんですか、そんな高貴な家に嫁いで?」
「我が姪でもあるからな」
「ありがとうございます、信長様」
あれだけ大騒ぎしていたのが嘘のように、恒興は七条の嫁ぎ先の余りの良さに喜んだのだった。
そして、その直後の事である。
一昨年の桶狭間の戦いの今川上洛軍の侵攻の際に今川方に早々に投降したが、桶狭間で今川義元が討ち死にして今川が兵を退いた後、のこのこと織田に帰参し、桶狭間の勝利で上機嫌だった信長も赦免を出した氏族達が雪崩を打ったように代替わりを始めたのは。
今川に投降した尾張国内の全氏族が代替わりしていた。
陪臣、つまりはその氏族に仕える家来までもがそれに倣って。
清洲城の奥で濃姫を相手に報告書を見た信長が、
「二十三氏が総て代替わりか。悩ませていた問題の一つが片付き、手間が省けたと言えばそれまでだが、これではまるで・・・」
「はい、信長様による仕置きですね。桶狭間の時、今川方に投降した者達を表向きは赦免としましたが内心では許しておらず、その手始めに『乳兄弟の池田殿に身内の不始末を正すように命令された』と見えたのでございましょう」
愉快そうに濃姫が答えた。
「ちゃんと赦免を出したのにか?」
「信長様はそこまで皆に恐れられているという事でしょう」
「あれは勝が勝手にやっただけなんだがな~」
「ですが、結果は信長様の一人勝ち。美濃の知恵者も信長様の手腕に舌を巻いている事でしょう」
「ならば良いのだが」
信長はそう苦笑したのだった。
美濃の稲葉山城では物見台から尾張方面を見ていた竹中重治が、
「・・・やられた。これで三河と尾張の会見は何事もなく無事に終わる、か。さすがは今川義元を討つだけの事はある。美濃の若殿とは役者が違い過ぎるな。ならば、次の一手は当然」
そう呟いて思案に耽るのだった。
池田荒尾騒動により、尾張国内の簡単に侵略者に靡く風見鶏の氏族はその全員が家督を失い、信長からすれば最高の形での終着となった。
池田荒尾騒動で池田屋敷に集まった兵は森可成が率いて犬山城方を攻めたので、何の御咎めもない。
ただの小競り合いだったので勝利もなかったが。
勝利していたら信長の見事な策として信長公記に残されていたかもしれないが記される事はなかった。
◇
池田恒興は犬山城の織田信清が信長に反旗を翻した事で、最前線の1つとなった北島城を訪ねていた。
「良く来てたな、池田殿」
そう門前で出迎えたのは34歳の飯尾尚情である。
飯尾を名乗るが織田大和守れっきとした氏族で、母親に至っては細川晴元の娘である。
斯波氏を除けば、本当に尾張の最高血統の男で、実は一部では有名だった。
「これは飯尾様自らのお出迎えとは恐れ入ります」
別に血統に屈した訳ではないが、娘の嫁ぎ先なので礼儀正しく恒興が挨拶をすると、
「息子の舅殿になるのだからな。それと様は止めてくれ。これからは親戚付き合いになるのだから」
「では、これからは飯尾殿で」
「ああ、そうしてくれ」
と笑って答えたが、
「信長殿に『しば殿の嫁入りは勘弁してくれと言っていた』と伝えておいてくれないか」
「信長様の妹だと分かっておられますよね? どこが気に入らないのでしょうか」
との恒興の何気ない質問に、尚清の方は要警戒である。
信長の乳兄弟だけあり、恒興は織田家命の男なのだから。
「年齢がな」
「確かに。まだ12歳ですもんね」
「それに私は女好きでもあってだな。信長様の妹なので蔑ろにする気などはもちろんないが、女の勘気である事ない事信長様に告げ口されたら堪ったものではないからな」
「確か離縁された前の正室は尾張守護の斯波氏の姫でしたっけ? その時で懲りたと?」
前の正室との離縁の理由は桶狭間の戦いの直後に、信長が尾張守護の斯波氏を追放したからだ。
斯波氏が桶狭間の戦いの時、今川に内応していたのだから仕方がない。
本当はまだ斯波氏は尾張国内を始めるのに利用価値があり、今回の犬山城の寝返りなどにも抜群にその正統性が使えたのだが。
尚清の方も信長に忠誠を見せる為、との理由で離縁したが、この口ぶりだと渡りに舟だったのかもしれない。
「そういう事だ」
「ん? まさかとは思いますが息子殿も女好きだなんて事は」
何気なく探る恒興に、
「まだ8歳だぞ。何とも言えんよ、さすがに」
尚清が躱しながら会話は弾んだ。
一方の清洲城では那古野城から珍しい客人が来ていた。
織田市。
信長の13歳年下の妹である。
「兄様、しばの嫁ぎ先を決めたと伺いましたが」
「それがどうした? まさか、そんな事を言う為だけに清洲までわざわざ来たのか?」
「まさか、本当だったとは。何とお惨い事を。しばには心に決めた殿方がいたというのに」
「信長の妹が好いた男に嫁げる訳がなかろうが」
と呆れた信長だったが、興味を覚えたのか、
「で、相手は誰だ? 那古野城の小姓か? 名前を教えろ」
「いえ、小姓ではなく兄様の乳兄弟の池田殿です」
「はあ? 勝だと?」
信長もそれには驚き、思案するように、
「しばの婚姻を破談にする為に勝の名前を利用しているとかそういう訳ではないのだな、市」
「はい」
「いつからだ?」
「しばが6歳の頃からですよ。池田殿が那古野城に出向かれた際に」
「二人の馴れ初めは?」
「林のジイの家来の娘達が城で女中をしており、しばを陰で虐めていたとかで、それを城に来ていた池田殿が見咎められて女中達の髪を引っ張ってそのまま大御ち様の許に連れて行かれて大事に。当然、池田殿は大御ち様に尻叩きの折檻をされていましたが。事情が露見して留守居役のジイが大御ち様に平謝り。その娘達もすぐに城に来なくなり、しばは池田殿の事を想うように」
記憶を辿りながら信長が、
「そう言えばそんな事を勝が言っていたような・・・それで他には?」
「いえ、それだけです」
「? 市、それだと勝はしばの事などオレの妹としか見ていないぞ」
「そのはずです。しばが一方的に想っているだけですので。まだ那古野城に池田殿が来た時に挨拶をするだけの関係ですから」
「ふむ。その事を事前に知っていればしばは勝にやったものを。飯尾の息子にやると言ってしまったからな」
「細川の曾孫の許にはこの市が参りましょうか?」
「いや、おまえは畿内のいずこかの予定だ。南近江の六角は断ってきたからな。今は北近江に打診中だ」
「えっ、畿内なのですか? てっきり伊勢だと思ってましたのに」
「伊勢では京に遠過ぎるわ」
「高望みも程々にされた方がよろしいですわよ、兄上」
信長と市はその後も談話したのだった。
登場人物、1562年度
木下秀吉(25)・・・将来の天下人。出しゃばり。信長の傍に良く出没。槍働きよりも知恵で信長に貢献。信長に許可を貰ってねねと結婚。
能力値、天下人の才気S、人誑しの秀吉SS、愛妻ねねS、信長への忠誠A、信長からの信頼C、織田家臣団での待遇E
森寺秀勝(39)・・・池田家の家臣。筆頭家臣。池田二代に仕える。
能力値、池民家の家宰D、そろばん勘定C、槍働きC、池田二代への忠誠S、恒興からの信頼B、池田家臣団での待遇S
毛利良勝(23)・・・織田家の家臣。信長の近習。改名前は新介。織田家で知らぬ者なし。今川義元を討った男。
能力値、今川義元を討った男SS、織田家で知らぬ者なしSS、森可成の推薦A、信長への忠誠S、信長からの信頼B、信長家臣団での待遇A
森可成(40)・・・織田家の家老。古参の美濃衆。織田二代に仕える。信長のお気に入り。美濃攻めの織田軍先鋒。攻めの三左。正室は林秀貞の系譜ではない。
能力値、攻めの三左S、豪傑が集うA、信長のお気に入りS、織田二代への忠誠S、信長からの信頼A、織田家臣団での待遇A
飯尾尚清(34)・・・織田家の家臣。織田大和守家の飯尾氏。通称、茂助。母親が細川晴元の娘。北島城主。
能力値、尾張最高血統SS、細川晴元の孫S、織田家で知らぬ者なしA、信長への忠誠D、信長からの信頼B、信長家臣団での待遇S
織田市(15)・・・織田家の姫。信長の同腹の妹。
能力値、戦国一の美女A、信長の妹A、信長に意見B、男運なしE、悲運な運命E、血は高貴へとE
【森寺秀勝、1523年生まれ説、採用】
【毛利良勝、桶狭間の戦い直後に改名説、採用】
【毛利良勝、武士の誉れと英雄視されてる説、採用】
【織田家、今川方に靡いた全氏族が家督を交代した説、採用】
【竹中重治、尾張三河との謁見の介入を企てていた説、採用】
【飯尾尚清の前正室は尾張守護の斯波氏の姫だった説、採用】
【織田しば、恒興に惚れてる説、採用】
清州城下の池田屋敷。
その屋敷内には鎧武者達が多数集っており、合戦前の活気に満ちていた。
その中で唯一鎧を着ていない木下秀吉が鎧姿の恒興に、
「勝様、お願いですから頭を冷やして下さい。さすがに私闘で尾張領内の城を落としたら信長様に切腹を命じられますから」
「秀吉、分かってないな。放っておいた方が信長様の叱責を喰らうんだよ、今回は」
「そうですけれども」
秀吉が部屋に広げられた木田城の絵図面を見て絶句した。
(本気で城を落とす気だ、勝様は。信長様の乳兄弟として幼少期からお傍に居るだけあって過激なところが信長様に似過ぎてる。こうなったら最後の手段で大御ち様に報告して止めて貰うか? だが、大御ち様を信長様の許可なく政に関与させたら信長様の逆鱗に触れてしまうし)
秀吉が思案を巡らせていると、池田家の家臣筆頭の森寺秀勝が、
「恒興様、門前に荒尾の義弟様がお出でです」
「捕縛して連れて来い」
本当に縄で縛られた荒尾善久が現れた。
縄で縛られても背筋を正しており、
「義兄上、お久しぶりです」
「悪いな、小太郎。荒尾とは一方的に縁を切らせて貰った。これからは敵と味方だ」
恒興が言う中、善久が、
「荒尾の家督をこの度、オレが継ぎました。オレの首でこの騒動は終わりにして下さい」
「? 家督を継いだってどうやって? あの男は家督を死ぬまで譲ったりはせんだろうが」
「刀を父の首筋に当てて脅迫しましたので。失禁してましたよ、我が父ながら情けない限りですが。水野殿が証人ですのでこの家督相続は有効かと」
と善久が説明し、恒興はその様子を想像したのか、ふふ、と笑ってから
「よし、清洲城で信長様の裁定を仰ぐか。小太郎はその姿のままついて来い」
恒興が捕縛された善久を連れて清洲城に登城する中、入れ違うように池田屋敷にやってきたのが、
織田軍では誰もが知っており、誰もが「武士ならばこうなりたい」と憧れる一昨年の桶狭間の戦いで今川義元の首を挙げて、名を良勝と改めた「織田家を救った英雄」毛利良勝であった。
戦前の活気付いていた屋敷の雰囲気は良勝の登場で水を打ったかのように静まり返っていく。
良勝はそのまま屋敷の奥までやってきて、それを見た秀吉は、
(信長様も止める気だったのか。よかった~)
「池田殿は?」
「たった今、清洲城に登城していきましたよ。義弟の善久殿を捕らえて」
秀吉がそう教えた。
「ふ~、助かったな。いくら信長様の命令とはいえ、池田殿を説得する自信がなかったから」
そう苦笑した良勝が、
「信長様の命令をお伝えします。攻撃先を木田城から犬山城の枝城、小口城に変更とする。先鋒は柴田隊、並びに平手隊。この戦は城を落とすのが目的ではなく柴田、平手の両名が犬山城方に内応していないかどうかの確認をする為だけの戦なので無駄死にはなされませんように。指揮は森様。戦目付は不肖、この私めが務める事と相成りました。では、森様、出陣の触れをお願いします」
その説明を聞いて、中村文荷斎は、
(やはり木田城攻めは犬山方の城攻めの兵を集める為の口実か。事実、うちの殿は犬山城と密書をやりとりしているからな~。それに謹慎中の平手も)
「では向かうぞ、皆の者」
森可成の号令で池田屋敷に集まった兵は目的地を変えて出陣したのだった。
清洲城内では鎧姿の恒興が捕縛した義弟、善人を連れて信長と会っていた。
「信長様、この度、荒尾の家督をこの小太郎が継いだとの事で、この者の切腹で織田家の姫を荒尾の先代が勝手に嫁がせようとした件は水に流してもよろしいでしょうか」
「ん? 荒尾は代替わりをしたのか?」
「はい、水野殿も認めているようなのでその場しのぎではなさそうです」
「隠居したのであればもう良い。勝も矛を収めてやれ」
「ですが・・・」
「それよりも今回の騒動の発端となった七条の嫁ぎ先を決めたぞ、勝」
「どちらでしょうか?」
「織田大和守家の飯尾の当主の息子だ」
「えっ、それって尾張の最高血統の細川晴元の孫、いや曾孫って事ですよね?」
「そうなるな」
「いいんですか、そんな高貴な家に嫁いで?」
「我が姪でもあるからな」
「ありがとうございます、信長様」
あれだけ大騒ぎしていたのが嘘のように、恒興は七条の嫁ぎ先の余りの良さに喜んだのだった。
そして、その直後の事である。
一昨年の桶狭間の戦いの今川上洛軍の侵攻の際に今川方に早々に投降したが、桶狭間で今川義元が討ち死にして今川が兵を退いた後、のこのこと織田に帰参し、桶狭間の勝利で上機嫌だった信長も赦免を出した氏族達が雪崩を打ったように代替わりを始めたのは。
今川に投降した尾張国内の全氏族が代替わりしていた。
陪臣、つまりはその氏族に仕える家来までもがそれに倣って。
清洲城の奥で濃姫を相手に報告書を見た信長が、
「二十三氏が総て代替わりか。悩ませていた問題の一つが片付き、手間が省けたと言えばそれまでだが、これではまるで・・・」
「はい、信長様による仕置きですね。桶狭間の時、今川方に投降した者達を表向きは赦免としましたが内心では許しておらず、その手始めに『乳兄弟の池田殿に身内の不始末を正すように命令された』と見えたのでございましょう」
愉快そうに濃姫が答えた。
「ちゃんと赦免を出したのにか?」
「信長様はそこまで皆に恐れられているという事でしょう」
「あれは勝が勝手にやっただけなんだがな~」
「ですが、結果は信長様の一人勝ち。美濃の知恵者も信長様の手腕に舌を巻いている事でしょう」
「ならば良いのだが」
信長はそう苦笑したのだった。
美濃の稲葉山城では物見台から尾張方面を見ていた竹中重治が、
「・・・やられた。これで三河と尾張の会見は何事もなく無事に終わる、か。さすがは今川義元を討つだけの事はある。美濃の若殿とは役者が違い過ぎるな。ならば、次の一手は当然」
そう呟いて思案に耽るのだった。
池田荒尾騒動により、尾張国内の簡単に侵略者に靡く風見鶏の氏族はその全員が家督を失い、信長からすれば最高の形での終着となった。
池田荒尾騒動で池田屋敷に集まった兵は森可成が率いて犬山城方を攻めたので、何の御咎めもない。
ただの小競り合いだったので勝利もなかったが。
勝利していたら信長の見事な策として信長公記に残されていたかもしれないが記される事はなかった。
◇
池田恒興は犬山城の織田信清が信長に反旗を翻した事で、最前線の1つとなった北島城を訪ねていた。
「良く来てたな、池田殿」
そう門前で出迎えたのは34歳の飯尾尚情である。
飯尾を名乗るが織田大和守れっきとした氏族で、母親に至っては細川晴元の娘である。
斯波氏を除けば、本当に尾張の最高血統の男で、実は一部では有名だった。
「これは飯尾様自らのお出迎えとは恐れ入ります」
別に血統に屈した訳ではないが、娘の嫁ぎ先なので礼儀正しく恒興が挨拶をすると、
「息子の舅殿になるのだからな。それと様は止めてくれ。これからは親戚付き合いになるのだから」
「では、これからは飯尾殿で」
「ああ、そうしてくれ」
と笑って答えたが、
「信長殿に『しば殿の嫁入りは勘弁してくれと言っていた』と伝えておいてくれないか」
「信長様の妹だと分かっておられますよね? どこが気に入らないのでしょうか」
との恒興の何気ない質問に、尚清の方は要警戒である。
信長の乳兄弟だけあり、恒興は織田家命の男なのだから。
「年齢がな」
「確かに。まだ12歳ですもんね」
「それに私は女好きでもあってだな。信長様の妹なので蔑ろにする気などはもちろんないが、女の勘気である事ない事信長様に告げ口されたら堪ったものではないからな」
「確か離縁された前の正室は尾張守護の斯波氏の姫でしたっけ? その時で懲りたと?」
前の正室との離縁の理由は桶狭間の戦いの直後に、信長が尾張守護の斯波氏を追放したからだ。
斯波氏が桶狭間の戦いの時、今川に内応していたのだから仕方がない。
本当はまだ斯波氏は尾張国内を始めるのに利用価値があり、今回の犬山城の寝返りなどにも抜群にその正統性が使えたのだが。
尚清の方も信長に忠誠を見せる為、との理由で離縁したが、この口ぶりだと渡りに舟だったのかもしれない。
「そういう事だ」
「ん? まさかとは思いますが息子殿も女好きだなんて事は」
何気なく探る恒興に、
「まだ8歳だぞ。何とも言えんよ、さすがに」
尚清が躱しながら会話は弾んだ。
一方の清洲城では那古野城から珍しい客人が来ていた。
織田市。
信長の13歳年下の妹である。
「兄様、しばの嫁ぎ先を決めたと伺いましたが」
「それがどうした? まさか、そんな事を言う為だけに清洲までわざわざ来たのか?」
「まさか、本当だったとは。何とお惨い事を。しばには心に決めた殿方がいたというのに」
「信長の妹が好いた男に嫁げる訳がなかろうが」
と呆れた信長だったが、興味を覚えたのか、
「で、相手は誰だ? 那古野城の小姓か? 名前を教えろ」
「いえ、小姓ではなく兄様の乳兄弟の池田殿です」
「はあ? 勝だと?」
信長もそれには驚き、思案するように、
「しばの婚姻を破談にする為に勝の名前を利用しているとかそういう訳ではないのだな、市」
「はい」
「いつからだ?」
「しばが6歳の頃からですよ。池田殿が那古野城に出向かれた際に」
「二人の馴れ初めは?」
「林のジイの家来の娘達が城で女中をしており、しばを陰で虐めていたとかで、それを城に来ていた池田殿が見咎められて女中達の髪を引っ張ってそのまま大御ち様の許に連れて行かれて大事に。当然、池田殿は大御ち様に尻叩きの折檻をされていましたが。事情が露見して留守居役のジイが大御ち様に平謝り。その娘達もすぐに城に来なくなり、しばは池田殿の事を想うように」
記憶を辿りながら信長が、
「そう言えばそんな事を勝が言っていたような・・・それで他には?」
「いえ、それだけです」
「? 市、それだと勝はしばの事などオレの妹としか見ていないぞ」
「そのはずです。しばが一方的に想っているだけですので。まだ那古野城に池田殿が来た時に挨拶をするだけの関係ですから」
「ふむ。その事を事前に知っていればしばは勝にやったものを。飯尾の息子にやると言ってしまったからな」
「細川の曾孫の許にはこの市が参りましょうか?」
「いや、おまえは畿内のいずこかの予定だ。南近江の六角は断ってきたからな。今は北近江に打診中だ」
「えっ、畿内なのですか? てっきり伊勢だと思ってましたのに」
「伊勢では京に遠過ぎるわ」
「高望みも程々にされた方がよろしいですわよ、兄上」
信長と市はその後も談話したのだった。
登場人物、1562年度
木下秀吉(25)・・・将来の天下人。出しゃばり。信長の傍に良く出没。槍働きよりも知恵で信長に貢献。信長に許可を貰ってねねと結婚。
能力値、天下人の才気S、人誑しの秀吉SS、愛妻ねねS、信長への忠誠A、信長からの信頼C、織田家臣団での待遇E
森寺秀勝(39)・・・池田家の家臣。筆頭家臣。池田二代に仕える。
能力値、池民家の家宰D、そろばん勘定C、槍働きC、池田二代への忠誠S、恒興からの信頼B、池田家臣団での待遇S
毛利良勝(23)・・・織田家の家臣。信長の近習。改名前は新介。織田家で知らぬ者なし。今川義元を討った男。
能力値、今川義元を討った男SS、織田家で知らぬ者なしSS、森可成の推薦A、信長への忠誠S、信長からの信頼B、信長家臣団での待遇A
森可成(40)・・・織田家の家老。古参の美濃衆。織田二代に仕える。信長のお気に入り。美濃攻めの織田軍先鋒。攻めの三左。正室は林秀貞の系譜ではない。
能力値、攻めの三左S、豪傑が集うA、信長のお気に入りS、織田二代への忠誠S、信長からの信頼A、織田家臣団での待遇A
飯尾尚清(34)・・・織田家の家臣。織田大和守家の飯尾氏。通称、茂助。母親が細川晴元の娘。北島城主。
能力値、尾張最高血統SS、細川晴元の孫S、織田家で知らぬ者なしA、信長への忠誠D、信長からの信頼B、信長家臣団での待遇S
織田市(15)・・・織田家の姫。信長の同腹の妹。
能力値、戦国一の美女A、信長の妹A、信長に意見B、男運なしE、悲運な運命E、血は高貴へとE
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【第13章を夏ごろからスタート予定です】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。
12章は16世紀後半のフランスが舞台になっています。
※このお話は史実を参考にしたフィクションです。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
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