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1561年、甲斐への使い
義信激昂
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【池田恒興、躑躅ヶ崎館で少年武者と再会する説、採用】
【桶狭間の戦いで武田が今川を裏切った事は一部の武田の家中しか知らなかった説、採用】
【武田義信、桶狭間での武田の今川への裏切りを知って激昂説、採用】
【武田信玄、普段から弟を影武者に使ってた説、採用】
【池田恒興、腕試しで戦の手柄勝負をする破目になった説、採用】
甲斐の躑躅ヶ崎館に到着してからも恒興と成政には災難が降り掛かった。
何故か信玄との直接面談となったからだ。
それも広間で重臣達が見守る中での。
「(うわ~、信長様の書状の中身、オレは聞いてないけど成政は聞いてるか?)」
「(いいや。内容次第じゃあ洒落にならない事になるかもな)」
重臣達が控える中、暫くして上座に信玄がやってきた。
「尾張からはるばる御苦労であったな、織田の家中の者達よ」
と声を掛けた信玄を見て、恒興は信玄に興味を失い、成政は信玄に興味津津だった。
恒興が興味を失ったのは武田信玄に迫力がなかったからだ。
斎藤道三はそれは凄かったのに。
小便をチビる程の怖さがあったのだから。
それで武田信玄に会うのも楽しみにしていたのだが、出てきたのは確かに迫力はあるが道三から比べると大した事のない男。
お陰で恒興は広間に集まった重臣達に視線を移し始めて、その末席に居る少年を発見したのだった。
少年の方はあり得ない遭遇に視線が合わないように視線を落として床を見ていたのだが、
「書状の内容は知っているのか?」
「いえ、見せるようにとだけ」
信玄と成政の謁見中に、
「よう、久し振り」
視線を下げてる少年の気持ちを察する事なく、恒興の方が小声で声を掛ける始末だった。
「オレだよ、池田恒興。覚えてるよな?」
小声なので本人は密談のつもりだろうが、広間の中央で信玄との謁見中にそんな事をやってるのだ。
バレバレで、上座の信玄が、
「何だ、武藤喜兵衛を知っているのか?」
と聞いた瞬間、
「初対面です。先方は私の名前も知りませんし」
武藤喜兵衛が答えたのが失策の許で、
「おお、やっぱり熱田神社の時の。って事は同盟国の今川を裏切ってたのか、武田って?」
止まらない恒興の口から放たれた次の言葉で、武田の躑躅ヶ崎館の広問は静寂に包まれたのだった。
その静寂を一番に破ったのは上座に居た若武者である。
激昂を無理矢理抑え付けながら、
「今のがどういう意味か御教授いただいてもいいかな、織田の使者殿?」
「えっと、昨年の桶狭間で今川義元を討つ5日前かな? どうやって沓掛城に籠もる義元を誘引するかで、そちらの少年と密議を」
「なっ――本当なのか、喜兵衛?」
「いいえ、そのような事実はございません。現に私の名前の事を知らなかったではないですか」
との必死の喜兵衛の弁明は、成政の口からの、
「えっ、本当なのか、恒興? 武田が桶狭間で織田方に助勢したのって? そう言えば、桶狭間で今川義元を発見した声が少年だったって兵達の間で噂になって、信長様も『義元発見の褒美を与える』と触れを出したけど誰も名乗り出ず、結局は誰か分からず仕舞いだったが・・・本当にそうなのか?」
明かされる衝撃の真実の前に木っ端微塵に砕け散った。
義信がその場から立ち上がり、
「喜兵衛っ! それは父上の差し金なのかっ!」
「知りませんっ! これはこの2人による御館様と義信様の仲を裂く離間の計ですっ! 乗せられてはなりませんっ!」
との論争の中で、
「離間の計って、オレ達が美濃の連中に流された噂の事だよな、成政? どうして桶狭間で武田が織田に味方してたら武田の総大将の親子が仲違いする事になるんだ?」
「今川と武田と北条の三国同盟は婚姻も絡んでて、確か・・・武田の嫡子は今川の姫を娶ってたはずだからだよ。舅の今川義元の首が落ちたんだから、そりゃあ拗れるだろ?」
「なるほどな」
と納得した恒興が、
「武田の嫡子も信長様と一緒で、自分の手で今川義元を殺したかったクチか」
そう呟いたが、その認識は完全にズレており周囲の視線が恒興に集まった。
成政が、
「どうしてそうなる? 普通に考えて同盟相手の今川を裏切ったのを怒ってるんだろうが?」
「? どうしてそれで怒るんだ? 父親と正室の父親の舅なんて比べるまでもないだろ? それ以外で怒る理由が分からないんだが? あっ、もしかして嫡子なのに策謀を知らされてなかった事に怒ってる?」
と言った時、
「いいや、今川の姫に骨抜きにされて武田の今川への裏切りを純粋に怒ってるだけだ」
との言葉と共に奥の襖から上座の信玄と同じ顔の信玄が出てきた。
いや、似てると言うべきか。
もう1人の信玄の登場に、武田の家臣全員が佇まいを直し、恒興も背筋を正した。
道三の方が勝ってるが、この男も迫力が凄い。
「織田も随分とやってくれるではないか」
「どちら様で?」
「ワシが武田信玄だ」
との返事に恒興は納得した。
上座に座ってた信玄のふりをした男と本人を見比べ、
「つまり影武者と喋らされていた訳ですか。なら、今までのはなかった事にして。ーーお初にお目に掛かります」
仕切り直しとばかりに改めて挨拶をしたのだった。
「なかった事に、だと? ここまで武田の家中を乱しておいて?」
そう言いながら影武者から受け取った書状を読んだ。
「おまえ、書状の内容を知ってるのか?」
「いえ」
「今後とも誼を、とただそれだけだ。おまえのような奴を送り込んできた時点でどう考えても織田の真意は武田の家中に波風を立てるのが目的としか思えんがな」
「まさか。何故そのような事をうちの殿がされるのです。桶狭間では協力し合った仲ですのに。ーーあっ、もしかして尾張に手とか出してます?」
「いいや」
信玄が嘘を言い、末席に居た山本勘助は片眉をピクリと動かしたが誰も気付かなかった。
「なら違いますよ。今、織田は色々と大変で甲斐まで手が回りませんし」
「左様か」
「という訳で、今後も誼をーー」
「ならんな、と言いたいところだが、それでは大人げ無さ過ぎる、か。よし、腕試しで決めるというのはどうだ?」
妙案だ、とばかりに信玄が愉快そうに妙な事を言い始めたが、恒興は常識外れな信長でこのテの事には慣れてる。
「腕試し・・・ですか?」
「そこの武藤喜兵衛とおまえで武芸勝負をして、おまえが勝てたら織田とはこれからも誼を通じるという事でどうだ」
「何で腕試しをするのでしょうか?」
「選ばせてやろう。何がいい?」
「なら、戦での手柄勝負なんてどうでしょうか?」
「何だ、それは?」
「桶狭間で協力して貰ったお礼に今度はこちらが武田の戦の協力をーー」
「もう黙ってろ、恒興っ! 申し訳ございません、武田様。こちらの落ち度でございます。改めて謝罪の使者を送りますのでーー」
出遅れたなりに成政がそう矛を収めて貰おうと頑張ったが、恒興の方が真剣な顔になり、
「待て、成政。おまえ、今、信長様を怒らすような事を口走ってるぞ?」
「どこがだ。これ以上拗れさせる前に退くのが正しい判断だろうがっ!」
「いいや、信長様の書状の中身が武田との誼で、武田の殿様が『腕試しの勝負で勝ったら織田と誼を持つ』と家臣の前で確約したんだぞ。勝負を受けるのが使者の役目だろうが」
「武田は織田と誼を持つ気なんて最初からねえよ、馬鹿」
それが成政の見解で、
「武田の殿様は織田を嬲る気満々だ。あの子供を腕試しの相手に指名した時点でな。あの子供はヤバ過ぎるだろ。末席とはいえ重臣の席に座り、武田の嫡子が知らない今川義元を殺す策謀で尾張に派遣され、あの雨の桶狭間で今川義元の居場所を織田兵に教えてる。絶対に普通じゃない」
「成政、物事を悪く考え過ぎだぞ。まだ可愛い子供じゃないか」
「どこがだ?」
「オレに気付かれる前に、仮病や厠を理由にして絶対に席を外さなければならない場面で呑気にここに座ってくれてたところとか。実力はあってもまだまだ子供って事だ。今ならオレが勝つって。武田の殿様の鼻を明かしてやろうぜ」
その恒興の分析は、信玄や勘助の顔を少しだけ真剣にさせた。
「おっと、そうだ。土地勘がないので、その戦の手柄勝負、こちらは2人にして貰えるなんて事はーー」
図々しく勝負を有利にさせようとして、信玄が愉快そうに、
「ダメだ。おまえ1人だ。佐々だったか、おまえの方はもう帰っていいぞ」
そう裁定し、
「お待ちを。この男は本当に危険でーー」
「分かってる。帰れ」
「ならば、せめて火縄銃だけは持たさないで下さい。下手ですので。後、監視を付けて眼を放さない事。馬にも気を付けて下さい。平気で暴れさせますから。後は先祖伝来の品とかそういうのもダメです。破損させますから。賭け事もダメです。将棋とサイコロは特に」
注意事項を早口で羅列する成政に恒興が、
「成政、おまえ、オレの事をそんな風に思ってたのか?」
「実際に戦場でオレを馬で踏んだだろうが」
「あれはーー助けたんだ」
「わかった。ちゃんと手配するからおまえの方は帰れ」
今度は凄味を利かせて黙らせ、信玄は成政だけを本当に尾張に帰し、
「こちらは客として別館に案内せよ」
恒興が若衆に案内されて部屋を出た瞬間に、
「今川の舅殿を裏切ったってどういう事ですか、父上っ!」
「若様、落ち着いてっ!」
恒興が後にした広間からは飛び交う怒号が聞こえてきたのだった。
広間で義信に桶狭間の件を追及されてなかなか始められなかった軍議をようやく終えた信玄は別室で信繁と勘助と顔を突き合わせていた。
「織田の使いのあの池田という若僧の事を教えろ」
「確か織田の当主の乳兄弟だったかと」
信玄の影武者を務めていた信繁が答える中、勘助の方は、
「桶狭間で今川の一宮宗是を討った名も池田某だったかと」
「ほう、あの妖剣使いをな。剣の使い手には見えなかったが」
「美濃の鬼の又右衛門も討ち取っていますし、腕の方は確かかと」
「蝮の牙まで。なるほど、あのやりたい放題は強さの表れか」
「それと」
「まだ何かあるのか?」
「これは与太話の類ですが、美濃の死んだ斎藤義龍ですが、死んだのは蝮の間者に毒を盛られたとの与太話の他に、火縄銃で撃たれた古傷からの高熱が原因というのがあり、美濃の蝮と織田の婿の会見で火縄銃を一発発砲したのが織田の婿の乳兄弟だったという噂がーー」
「待て。それはーー斎藤義龍を殺した、とそういう事か?」
「与太話です。確認はもう取れません」
「――織田め。面倒な時に妙なのを送り込んできたな。やはり犬山城の寝返りに噛んだ事に対する警告か?」
「この顔の傷は目立ちますからな~」
勘助が苦笑する中、
「勘助、客人の方はおまえに任せる。絶対に眼を離すなよ。信繁は義信を見張れ。あの怒りよう。何をするか分からんからな」
「はっ」
そう2人は返事したのだった。
そして今は1561年8月である。
よって次の武田の戦は血みどろの戦いとなった第4次川中島の戦いだった。
登場人物、1561年度
武藤喜兵衛(14)・・・甲斐源氏の武藤家の養子。真田幸綱の三男。桶狭間の戦いで信玄の指示通りに動き、織田軍を使って今川義元の首を見事に落とす。
能力値、表裏比興の者E、風林火山陰C、信玄の右目B、武田家への忠誠S、信玄からの信頼B、武田家臣団での待遇C
武田信繁(36)・・・武田の一門衆。信玄の実弟。武田二十四将の一人。官位は左馬助。甲斐武田の副将格。歩き巫女衆の統括。信玄の影武者を務める。
能力値、甲斐の虎の影A、風林火山A、耳聡の信繁SS、信玄への忠誠B、信玄からの信頼C、武田家臣団での待遇SS
武田義信(23)・・・武田の嫡子。信玄の息子。正室は今川義元の娘。物流の申し子。越後と駿河の交易路を開拓。中山道を整備。内政で功績を上げる。
能力値、甲斐の虎の後継A、銭稼ぎの義信S、風林火山雷B、出身国の運の悪さS、今川贔屓SS、武田家臣団での待遇SS
武田信玄(40)・・・甲斐の虎。甲斐源氏の嫡流。法名は徳栄軒信玄。今川贔屓の義信に今川への裏切りを伝えず。関東管領軍が関東を攻めてる隙に駿河侵攻も考えたが。
能力値、甲斐の虎SS、風林火山陰雷SS、家臣の層の厚さS、金山枯らしS、出身国の運の悪さS、義信との仲B
【桶狭間の戦いで武田が今川を裏切った事は一部の武田の家中しか知らなかった説、採用】
【武田義信、桶狭間での武田の今川への裏切りを知って激昂説、採用】
【武田信玄、普段から弟を影武者に使ってた説、採用】
【池田恒興、腕試しで戦の手柄勝負をする破目になった説、採用】
甲斐の躑躅ヶ崎館に到着してからも恒興と成政には災難が降り掛かった。
何故か信玄との直接面談となったからだ。
それも広間で重臣達が見守る中での。
「(うわ~、信長様の書状の中身、オレは聞いてないけど成政は聞いてるか?)」
「(いいや。内容次第じゃあ洒落にならない事になるかもな)」
重臣達が控える中、暫くして上座に信玄がやってきた。
「尾張からはるばる御苦労であったな、織田の家中の者達よ」
と声を掛けた信玄を見て、恒興は信玄に興味を失い、成政は信玄に興味津津だった。
恒興が興味を失ったのは武田信玄に迫力がなかったからだ。
斎藤道三はそれは凄かったのに。
小便をチビる程の怖さがあったのだから。
それで武田信玄に会うのも楽しみにしていたのだが、出てきたのは確かに迫力はあるが道三から比べると大した事のない男。
お陰で恒興は広間に集まった重臣達に視線を移し始めて、その末席に居る少年を発見したのだった。
少年の方はあり得ない遭遇に視線が合わないように視線を落として床を見ていたのだが、
「書状の内容は知っているのか?」
「いえ、見せるようにとだけ」
信玄と成政の謁見中に、
「よう、久し振り」
視線を下げてる少年の気持ちを察する事なく、恒興の方が小声で声を掛ける始末だった。
「オレだよ、池田恒興。覚えてるよな?」
小声なので本人は密談のつもりだろうが、広間の中央で信玄との謁見中にそんな事をやってるのだ。
バレバレで、上座の信玄が、
「何だ、武藤喜兵衛を知っているのか?」
と聞いた瞬間、
「初対面です。先方は私の名前も知りませんし」
武藤喜兵衛が答えたのが失策の許で、
「おお、やっぱり熱田神社の時の。って事は同盟国の今川を裏切ってたのか、武田って?」
止まらない恒興の口から放たれた次の言葉で、武田の躑躅ヶ崎館の広問は静寂に包まれたのだった。
その静寂を一番に破ったのは上座に居た若武者である。
激昂を無理矢理抑え付けながら、
「今のがどういう意味か御教授いただいてもいいかな、織田の使者殿?」
「えっと、昨年の桶狭間で今川義元を討つ5日前かな? どうやって沓掛城に籠もる義元を誘引するかで、そちらの少年と密議を」
「なっ――本当なのか、喜兵衛?」
「いいえ、そのような事実はございません。現に私の名前の事を知らなかったではないですか」
との必死の喜兵衛の弁明は、成政の口からの、
「えっ、本当なのか、恒興? 武田が桶狭間で織田方に助勢したのって? そう言えば、桶狭間で今川義元を発見した声が少年だったって兵達の間で噂になって、信長様も『義元発見の褒美を与える』と触れを出したけど誰も名乗り出ず、結局は誰か分からず仕舞いだったが・・・本当にそうなのか?」
明かされる衝撃の真実の前に木っ端微塵に砕け散った。
義信がその場から立ち上がり、
「喜兵衛っ! それは父上の差し金なのかっ!」
「知りませんっ! これはこの2人による御館様と義信様の仲を裂く離間の計ですっ! 乗せられてはなりませんっ!」
との論争の中で、
「離間の計って、オレ達が美濃の連中に流された噂の事だよな、成政? どうして桶狭間で武田が織田に味方してたら武田の総大将の親子が仲違いする事になるんだ?」
「今川と武田と北条の三国同盟は婚姻も絡んでて、確か・・・武田の嫡子は今川の姫を娶ってたはずだからだよ。舅の今川義元の首が落ちたんだから、そりゃあ拗れるだろ?」
「なるほどな」
と納得した恒興が、
「武田の嫡子も信長様と一緒で、自分の手で今川義元を殺したかったクチか」
そう呟いたが、その認識は完全にズレており周囲の視線が恒興に集まった。
成政が、
「どうしてそうなる? 普通に考えて同盟相手の今川を裏切ったのを怒ってるんだろうが?」
「? どうしてそれで怒るんだ? 父親と正室の父親の舅なんて比べるまでもないだろ? それ以外で怒る理由が分からないんだが? あっ、もしかして嫡子なのに策謀を知らされてなかった事に怒ってる?」
と言った時、
「いいや、今川の姫に骨抜きにされて武田の今川への裏切りを純粋に怒ってるだけだ」
との言葉と共に奥の襖から上座の信玄と同じ顔の信玄が出てきた。
いや、似てると言うべきか。
もう1人の信玄の登場に、武田の家臣全員が佇まいを直し、恒興も背筋を正した。
道三の方が勝ってるが、この男も迫力が凄い。
「織田も随分とやってくれるではないか」
「どちら様で?」
「ワシが武田信玄だ」
との返事に恒興は納得した。
上座に座ってた信玄のふりをした男と本人を見比べ、
「つまり影武者と喋らされていた訳ですか。なら、今までのはなかった事にして。ーーお初にお目に掛かります」
仕切り直しとばかりに改めて挨拶をしたのだった。
「なかった事に、だと? ここまで武田の家中を乱しておいて?」
そう言いながら影武者から受け取った書状を読んだ。
「おまえ、書状の内容を知ってるのか?」
「いえ」
「今後とも誼を、とただそれだけだ。おまえのような奴を送り込んできた時点でどう考えても織田の真意は武田の家中に波風を立てるのが目的としか思えんがな」
「まさか。何故そのような事をうちの殿がされるのです。桶狭間では協力し合った仲ですのに。ーーあっ、もしかして尾張に手とか出してます?」
「いいや」
信玄が嘘を言い、末席に居た山本勘助は片眉をピクリと動かしたが誰も気付かなかった。
「なら違いますよ。今、織田は色々と大変で甲斐まで手が回りませんし」
「左様か」
「という訳で、今後も誼をーー」
「ならんな、と言いたいところだが、それでは大人げ無さ過ぎる、か。よし、腕試しで決めるというのはどうだ?」
妙案だ、とばかりに信玄が愉快そうに妙な事を言い始めたが、恒興は常識外れな信長でこのテの事には慣れてる。
「腕試し・・・ですか?」
「そこの武藤喜兵衛とおまえで武芸勝負をして、おまえが勝てたら織田とはこれからも誼を通じるという事でどうだ」
「何で腕試しをするのでしょうか?」
「選ばせてやろう。何がいい?」
「なら、戦での手柄勝負なんてどうでしょうか?」
「何だ、それは?」
「桶狭間で協力して貰ったお礼に今度はこちらが武田の戦の協力をーー」
「もう黙ってろ、恒興っ! 申し訳ございません、武田様。こちらの落ち度でございます。改めて謝罪の使者を送りますのでーー」
出遅れたなりに成政がそう矛を収めて貰おうと頑張ったが、恒興の方が真剣な顔になり、
「待て、成政。おまえ、今、信長様を怒らすような事を口走ってるぞ?」
「どこがだ。これ以上拗れさせる前に退くのが正しい判断だろうがっ!」
「いいや、信長様の書状の中身が武田との誼で、武田の殿様が『腕試しの勝負で勝ったら織田と誼を持つ』と家臣の前で確約したんだぞ。勝負を受けるのが使者の役目だろうが」
「武田は織田と誼を持つ気なんて最初からねえよ、馬鹿」
それが成政の見解で、
「武田の殿様は織田を嬲る気満々だ。あの子供を腕試しの相手に指名した時点でな。あの子供はヤバ過ぎるだろ。末席とはいえ重臣の席に座り、武田の嫡子が知らない今川義元を殺す策謀で尾張に派遣され、あの雨の桶狭間で今川義元の居場所を織田兵に教えてる。絶対に普通じゃない」
「成政、物事を悪く考え過ぎだぞ。まだ可愛い子供じゃないか」
「どこがだ?」
「オレに気付かれる前に、仮病や厠を理由にして絶対に席を外さなければならない場面で呑気にここに座ってくれてたところとか。実力はあってもまだまだ子供って事だ。今ならオレが勝つって。武田の殿様の鼻を明かしてやろうぜ」
その恒興の分析は、信玄や勘助の顔を少しだけ真剣にさせた。
「おっと、そうだ。土地勘がないので、その戦の手柄勝負、こちらは2人にして貰えるなんて事はーー」
図々しく勝負を有利にさせようとして、信玄が愉快そうに、
「ダメだ。おまえ1人だ。佐々だったか、おまえの方はもう帰っていいぞ」
そう裁定し、
「お待ちを。この男は本当に危険でーー」
「分かってる。帰れ」
「ならば、せめて火縄銃だけは持たさないで下さい。下手ですので。後、監視を付けて眼を放さない事。馬にも気を付けて下さい。平気で暴れさせますから。後は先祖伝来の品とかそういうのもダメです。破損させますから。賭け事もダメです。将棋とサイコロは特に」
注意事項を早口で羅列する成政に恒興が、
「成政、おまえ、オレの事をそんな風に思ってたのか?」
「実際に戦場でオレを馬で踏んだだろうが」
「あれはーー助けたんだ」
「わかった。ちゃんと手配するからおまえの方は帰れ」
今度は凄味を利かせて黙らせ、信玄は成政だけを本当に尾張に帰し、
「こちらは客として別館に案内せよ」
恒興が若衆に案内されて部屋を出た瞬間に、
「今川の舅殿を裏切ったってどういう事ですか、父上っ!」
「若様、落ち着いてっ!」
恒興が後にした広間からは飛び交う怒号が聞こえてきたのだった。
広間で義信に桶狭間の件を追及されてなかなか始められなかった軍議をようやく終えた信玄は別室で信繁と勘助と顔を突き合わせていた。
「織田の使いのあの池田という若僧の事を教えろ」
「確か織田の当主の乳兄弟だったかと」
信玄の影武者を務めていた信繁が答える中、勘助の方は、
「桶狭間で今川の一宮宗是を討った名も池田某だったかと」
「ほう、あの妖剣使いをな。剣の使い手には見えなかったが」
「美濃の鬼の又右衛門も討ち取っていますし、腕の方は確かかと」
「蝮の牙まで。なるほど、あのやりたい放題は強さの表れか」
「それと」
「まだ何かあるのか?」
「これは与太話の類ですが、美濃の死んだ斎藤義龍ですが、死んだのは蝮の間者に毒を盛られたとの与太話の他に、火縄銃で撃たれた古傷からの高熱が原因というのがあり、美濃の蝮と織田の婿の会見で火縄銃を一発発砲したのが織田の婿の乳兄弟だったという噂がーー」
「待て。それはーー斎藤義龍を殺した、とそういう事か?」
「与太話です。確認はもう取れません」
「――織田め。面倒な時に妙なのを送り込んできたな。やはり犬山城の寝返りに噛んだ事に対する警告か?」
「この顔の傷は目立ちますからな~」
勘助が苦笑する中、
「勘助、客人の方はおまえに任せる。絶対に眼を離すなよ。信繁は義信を見張れ。あの怒りよう。何をするか分からんからな」
「はっ」
そう2人は返事したのだった。
そして今は1561年8月である。
よって次の武田の戦は血みどろの戦いとなった第4次川中島の戦いだった。
登場人物、1561年度
武藤喜兵衛(14)・・・甲斐源氏の武藤家の養子。真田幸綱の三男。桶狭間の戦いで信玄の指示通りに動き、織田軍を使って今川義元の首を見事に落とす。
能力値、表裏比興の者E、風林火山陰C、信玄の右目B、武田家への忠誠S、信玄からの信頼B、武田家臣団での待遇C
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能力値、甲斐の虎の影A、風林火山A、耳聡の信繁SS、信玄への忠誠B、信玄からの信頼C、武田家臣団での待遇SS
武田義信(23)・・・武田の嫡子。信玄の息子。正室は今川義元の娘。物流の申し子。越後と駿河の交易路を開拓。中山道を整備。内政で功績を上げる。
能力値、甲斐の虎の後継A、銭稼ぎの義信S、風林火山雷B、出身国の運の悪さS、今川贔屓SS、武田家臣団での待遇SS
武田信玄(40)・・・甲斐の虎。甲斐源氏の嫡流。法名は徳栄軒信玄。今川贔屓の義信に今川への裏切りを伝えず。関東管領軍が関東を攻めてる隙に駿河侵攻も考えたが。
能力値、甲斐の虎SS、風林火山陰雷SS、家臣の層の厚さS、金山枯らしS、出身国の運の悪さS、義信との仲B
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日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
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