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1561年、甲斐への使い
清洲同盟締結、会見は来年に持ち越し
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【織田信清の謀反の裏に居るのは甲斐武田、駿河今川、三河松平、摂津三好、織田の柴田勝家、美濃の安藤守就の六勢力同時説、採用】
【山本勘助、直接尾張に足を運んで信清を説得した説、採用】
【中島豊後守、1527年生まれ説、採用】
【小口城の戦い、信長軍780人説、採用】
【小口城の戦い、小口城の守備軍320人説、採用】
【加藤弥三郎の岩室家継承は婚姻なし説、採用】
【信長、うつけ時代に竹千代を火縄銃で撃った説、採用】
【清州同盟締結の動機は信長の悪戯心説、採用】
【藤吉郎とねねの祝言の席に信長がふらりと立ち寄る説、採用】
【ねね、1546年生まれ説、採用】
【岩室重体の死後、信長が小姓の実力を確認する説、採用】
【佐脇良之、1540年生まれ説、採用】
犬山城内では織田信清が眼の前の男を見ながら、
「信長が桶狭間で今川義元を討ってくれたお陰で想像以上の誼が持てたわ。これは尾張の国主になる日も近いな」
そう冷酷に笑い、
「はい、信清様こそが尾張の国主様に相応しいかと」
そう追従したのは片足を痛めた隻眼の男だった。
「こちらが武田殿に当てた書状だ」
「はっ、必ずや、御館様にお見せ致しまする」
そう約束して足を痛めた武田の使いは犬山城を退室したのだが、直後に信清は今まで笑ってたのが嘘のように無表情になり、
「遠い武田など誰が当てにするものか。本命はやはり」
懐から六枚の書状を出して、その内の一枚を持ったのだった。
城門を出て、外側から犬山城を見上げたその足の悪い武田の使い、山本勘助はと言えば、
「自分が智慧者だと思ってる愚か者が。それにしても尾張の織田信長という男、御館様の 支援があったとはいえ今川義元を倒しただけの事はある。尾張国内で謀反を起こせそうなのがあれと柴田しか残っていないとは。注意が必要だな。だが、それ以上に問題なのが美濃だ。国主が死んで吉事かと思いきや妙なのが出てきおったわ」
そう嘆きながら甲斐に戻っていったのだった。
◇
織田信清が謀反した場所は尾張と美濃の国境の犬山城である。
つまり、この犬山城をどうにかしない事には美濃に軍を進めても背後から攻撃される恐れがあり、美濃を攻略する事が出来ない。
その犬山城には枝城が幾つもあり、その1つ、小口城にまずは狙いを定めた。
小口城の城将は信清の家老の中島豊後守だ。
信清陣営の本気度を知る必要がある。敵の内情や自信も。
その偵察の意味も込めて、その豊後守に信長は降伏勧告の使者を送った。
使者に選ばれたのは信長の小姓筆頭の岩室重休である。
重休が常に信長の傍に侍てる事は尾張では有名だ。
その重体が使者だというだけで尾張では威圧となるのだが、
「勝ち目はありませんぞ。降伏なされませ、豊後守殿」
「それはどうかな」
「おや、もしや柴田殿に何か吹き込まれましたか?」
「柴田? 御冗談を」
「では、まさか斎藤義龍? ここだけの話、病で死んでますが」
「知っておるよ」
あの手この手で説得を試みたが、何故か豊後守は自信満々に突っ撥ねたのだった。
小口城から戻ってきた重休が、
「申し訳ございません、信長様。説得に失敗しました」
「ほう、断ったか。本当にオレに勝てると思っているとはな。裏に居たのは権六か?」
「いえ、水を向けましたがそのような感触はありませんでした」
「では、美濃?」
「いえ、義龍の死も知っていました」
「なら、どうしてこの時期に謀反なんかをーー気に入らんな」
そう怪しみながらも信長は小口城攻めを命じたのだった。
1561年6月の小口城の戦いの始まりである。
信長軍は780人。
これは犬山城側から援軍が来られないように兵を回しているからである。
対する小口城の守兵は320人。
通常ならば勝てる戦なのだが、
桶狭間以降、勝利続きだった織田軍はこの戦いで手痛い目に遭う事となった。
使者役のしくじりを戦働きで取り戻そうとした小姓筆頭の重休が突出し、横合いから槍で頭部を貫かれ、
「ぐあああ、申し訳ございません、信長様」
倒れて味方の兵が慌てて重休に駆け寄るが、なかなか死なず信長の前まで運ばれて、
「長門、傷は浅いぞ」
「そうだぞ、大丈夫だからな」
信長と恒興が励ますが、どう見ても致命傷で助かりそうになかった。
「信長様、頼みが・・・」
「何だ、言ってみろ」
「私が死んだら岩室の家が途絶えるので・・・」
「分かった、親族の誰かに継がせーー」
「弥三郎でお願いします」
「分かった、認めよう」
信長がそう答え、
「勝、信長様を頼んだぞ・・・」
「任せろ」
恒興が答えたのを見て、安心したように眼を閉じたのだった。
岩室重休はこうして小口城の戦いで戦死したのだった。
重体が息を引き取ったのを見送った恒興が、
「信長様、オレに出撃の命令をっ!」
親友の死に激昂して馬に跨り、駆け出そうとした恒興を見て、逆に冷静になった信長が、
「待て、勝っ! 撤退だっ!」
何か妙な感触を感じ取って直感的に命令を出した。
「重休が討たれたのに冗談ですよね、信長様?」
「いいや。何やら妙な感じがする。この城にはないはずの種子島が20丁以上あったところをみると他にも籠城の準備があるに違いない。やはり清州城に戻るぞっ!」
この信長の決断で織田軍は被害を最小限に喰い止めたのだった。
尚、信清方に最新兵器の火縄銃が想定以上にあるのは三好配下の松永の使いの竹内が持ち込んだからである。
美濃の稲葉山城の物見台の上に立つ竹中重治が尾張の方角を見ていた。
無論、稲葉山城からでは尾張の犬山城など見える訳もないのだが、
「ほう、退いたか」
まるで織田軍の様子が見えてるように言い当てた。
「今川兵4万を相手に勝っただけの事はある。だが美濃は喪中だ。織田は当分は尾張で大人しくしておけ」
と自信満々に言い放った後、東の方角を見て、
「それよりも問題は関東だ。新しい管領殿が小田原を落とすかどうかで情勢が一気に動くからな。私なら小田原くらいは余裕だが、はてさて」
そう思いを巡らせたのだった。
◇
織田信長の居城、清州城には、この時、犬山城主の織田信清の謀反以上に頭の痛い問題が舞い込んでいた。
三河松平からの同盟の申し出である。
この申し出の何が問題かと言えば、
信長には「うつけ」と呼ばれていた時期があり、
そのうつけの時期の逸話の1つとして、腕を三河の竹千代に噛まれた仕返しに後日、火縄銃を持って出向き、的にして竹千代の足の甲を実際に当てて、その事が父親の信秀にバレて以後、竹千代への接近禁止命令を喰らった、というのがあったのだ。
嘘のような話だが何の脚色もしていない。
総て事実である。
そして、この話は織田家中では知らない者が居ない程、有名だった。
信長自身が面白がって吹聴したので。
そんな因縁が過去にありながら、火縄銃で足を撃たれた方が同盟を申し込んできたのだ。
なので、沈黙してる1人を除いて全員が、
「何の冗談だ?」
「罠に決まっているっ!」
「同盟など組んだら背後から寝首を掻かれるぞっ!」
「そもそも狂犬の松平などと同盟が結べるかっ!」
というのが評定の流れだったのだが、上座の信長はニヤニヤ顔で、
「どう思う、勝?」
末席で居心地が悪そうにしてる恒興を見た。
恒興が居心地が悪いのは当然だ。
あの時期、信長は信勝陣営の柴田勝家に暗殺者を良く放たれていた。
狙われてると分かってて少数で出歩く信長の方にも問題があった訳だが。
その為、信長が小姓に影武者をさせる事はしょっちゅうで、三河の松平竹千代の面談時の信長役は恒興だったのだ。
そうなのだ。狂犬の竹千代に腕を噛まれたのも、火縄銃で竹千代の足の甲を撃ったのも、本当は信長ではなく、信長の影武者をやっていた恒興だった。
当然、恒興の考えではない。
「あの狂犬を躾ける為だ。やれ、勝」
との信長の指示であり、信長も恒興の火縄銃の腕では当たらないと思っていたのだが、当たってしまい、面白いから訂正せずに信長が撃った事にしていたのだ。
なので、恒興には信長が何を考えてるのか手に取るように分かった。
元康と直に面談して、信長の顔を見て元康の驚く顔を特等席で見たがっている、と。
この入れ替えの影武者の事を知ってるのは信長と恒興を除けば、現在ではもう信秀が信長の護衛に付けた河尻秀隆だけだ。
他に知ってた織田信秀や平手政秀、岩室重休は3人とも既に死んでいる
評定での否定的な様子を見ると、一番家老の林秀貞も、平手政秀の息子の平手久秀も知らないらしい。
唯一知ってる秀隆も評議の席に居て、当然、昔から知ってる信長の考えが分かり、呆れて沈黙していた訳だが。
「お会いしたければ、どうぞ」
恒興がそう答えると重臣達が、
「勝三郎、何を馬鹿な事を信長様に吹き込んでるっ!」
「信長様、いけませんぞっ!」
「松平はダメです。話が通じる訳がないっ!」
「河尻、おまえも信長様を止めろよ」
重臣達が信長を止めるも、
「よし、この同盟の話を受けるぞ。話を進めろ」
周囲の反対を押し切って信長は元康との同盟を決め、その条件として元康に「清洲城まで来るよう」申し付けたが、さすがに相手も警戒し、ほいほいと清州城まではやって来ない。
謁見の方はすぐには実現せず、来年まで持ち越しとなった。
8月になり、清州城下で妙な噂が広まった。
「佐々成政、池田恒興が織田信清方に内応」
という内容だ。
佐々成政は織田信安の元家臣なのであるかもしれないが、池田恒興の方は信長の一門衆と同格扱いだ。
子供の頃からずっと信長の隣に居て、恒興の織田家での待遇は格別に良い。
成政の方は疑われたが、恒興の寝返りは織田家中では誰も信じなかった。
それでも信長が面白がって2人を呼び出して、
「オレを裏切るのか?」
そう直接尋ねた。
噂の所為で周囲から疑われていた成政が泣きそうな顔で、
「そんな風にオレの事を思っていたんですか? 本当に裏切ると?」
そう非難するのに対して、恒興の方は、
「母上に呼び出されて、もう『そんな噂を流される勝が悪い』って尻を叩かれましたよ」
不貞腐れていた。
「まあ、噂を流された不徳者の方が悪いと言えば悪いかな?」
「信長様まで」
「冗談だよ。噂の出所も分かってる。2人はこれを利用してしばらく尾張から姿を消せ。尾張の外の任務を与えるから」
そう信長は悪そうに笑ったのだった。
それからすぐの吉日に木下秀吉と浅野ねねの祝言が行われた。
清州城下の長屋で行われた祝言はお世辞にも立派とは言い難く、列席者も秀吉の同僚達(浅野家は辞退)なので質も悪かった。
一番上等な列席者は長屋で隣の前田利家だったのだから。
そこにふらりと信長が現れて、
「こ、これは信長様、どうして?」
「サルの嫁を見に来ただけだ。大切にしてやれよ」
「ははっ、ありがとうございまする」
新郎の秀吉が土下座をして礼を言う中、
「八」
付き添いで一緒に来ていた佐脇良之が祝い酒と鯛1匹を渡した。
八とは佐脇吉之の通称、藤八郎の八である。
利家も驚く中、秀吉が、
「おお、又左衛門殿の弟御、御無沙汰しております」
「どうぞ、信長様からです」
「えっ?」
「オレからの祝言祝いだ」
「おお、信長様から祝言祝いをいただけるとは」
「ありがとうございまする」
ねねもちゃんとお礼を言ったのだった。
「うむ、ではな」
信長が去ろうとする中、秀吉が、
「あの、勝様は一緒じゃないんですか?」
「ああ、アイツは今、別行動だ」
「お待ちを、信長様。あの噂は軽海の戦いで叔父である『鬼の又右衛門』を討たれた美濃の宿老、斎藤良通が流した根も葉もない噂でーー」
「わかっておるわ。それを利用して少し尾張の外で使いをやらせてるだけだ」
と信長が言うと、秀吉が即座に、
「東ですね」
「サル、自分の祝言の日ぐらい仕事の事は忘れよ」
そう言って信長は去っていき、 祝言祝いを信長から貰った秀吉は大袈裟に喜んで、列席者に振る舞ったのだった。
登場人物、1561年度
織田信清(28)・・・織田一門衆。犬山城主。織田信秀の弟、信康の子供。信長の従兄にして、信長の実姉、犬山殿と婚姻関係。それでも信長に対して謀反を起こす。
能力値、織田一門衆S、怜悧の信清B、勝算ありで謀反S、家来が無能A、自分が得する話大好きA、尾張を盗むA
山本勘助(61)・・・武田二十四将の一人。別名、勘介。兵法家にして風林火山を信玄に伝授。片足の不自由は擬態。
能力値、風林火山陰雷A、啄木鳥戦法の勘助SS、諏訪姫贔屓A、今川僧しB、信玄への忠誠A、信玄からの信頼A
岩室重休(25)・・・信長の寵臣の小姓。通称、長門守。甲賀五十三家の岩室氏の傍系。信秀の最後の側室、岩室殿とは無関係。 死に際に岩室家の後継者に弥三郎を指名。
能力値、命知らずA、隠れなき才人A、信長の寵臣A、信長への絶対忠誠S、信長からの信頼A、今日の運勢最悪☆☆☆
中島豊後守(34)・・・信清の家老。犬山城の枝城、小口城の城将。律儀者。
能力値、律儀の豊後守A、勝算ありで奮戦B、うつけ嫌いB、信清への忠誠D、信清からの信頼E、信清家臣団での待遇A
ねね(15)・・・秀吉の正室。杉原定利の娘で、浅野長勝の養女。
能力値、秀吉の正室A、秀吉と阿吽の呼吸A、秀吉を天下人に出世させる内助の功A、織田家中の女房衆の交わりD、秀吉からの信頼A、信長からの信頼B
佐脇良之(21)・・・織田家の家臣。前田利春の五男で、佐脇興世の養子。前田利家の弟。
能力値、馬駆けの良之B、火縄銃A、兄が又左B、信長への絶対忠誠A、信長からの信頼A、織田家臣団での待遇B
【山本勘助、直接尾張に足を運んで信清を説得した説、採用】
【中島豊後守、1527年生まれ説、採用】
【小口城の戦い、信長軍780人説、採用】
【小口城の戦い、小口城の守備軍320人説、採用】
【加藤弥三郎の岩室家継承は婚姻なし説、採用】
【信長、うつけ時代に竹千代を火縄銃で撃った説、採用】
【清州同盟締結の動機は信長の悪戯心説、採用】
【藤吉郎とねねの祝言の席に信長がふらりと立ち寄る説、採用】
【ねね、1546年生まれ説、採用】
【岩室重体の死後、信長が小姓の実力を確認する説、採用】
【佐脇良之、1540年生まれ説、採用】
犬山城内では織田信清が眼の前の男を見ながら、
「信長が桶狭間で今川義元を討ってくれたお陰で想像以上の誼が持てたわ。これは尾張の国主になる日も近いな」
そう冷酷に笑い、
「はい、信清様こそが尾張の国主様に相応しいかと」
そう追従したのは片足を痛めた隻眼の男だった。
「こちらが武田殿に当てた書状だ」
「はっ、必ずや、御館様にお見せ致しまする」
そう約束して足を痛めた武田の使いは犬山城を退室したのだが、直後に信清は今まで笑ってたのが嘘のように無表情になり、
「遠い武田など誰が当てにするものか。本命はやはり」
懐から六枚の書状を出して、その内の一枚を持ったのだった。
城門を出て、外側から犬山城を見上げたその足の悪い武田の使い、山本勘助はと言えば、
「自分が智慧者だと思ってる愚か者が。それにしても尾張の織田信長という男、御館様の 支援があったとはいえ今川義元を倒しただけの事はある。尾張国内で謀反を起こせそうなのがあれと柴田しか残っていないとは。注意が必要だな。だが、それ以上に問題なのが美濃だ。国主が死んで吉事かと思いきや妙なのが出てきおったわ」
そう嘆きながら甲斐に戻っていったのだった。
◇
織田信清が謀反した場所は尾張と美濃の国境の犬山城である。
つまり、この犬山城をどうにかしない事には美濃に軍を進めても背後から攻撃される恐れがあり、美濃を攻略する事が出来ない。
その犬山城には枝城が幾つもあり、その1つ、小口城にまずは狙いを定めた。
小口城の城将は信清の家老の中島豊後守だ。
信清陣営の本気度を知る必要がある。敵の内情や自信も。
その偵察の意味も込めて、その豊後守に信長は降伏勧告の使者を送った。
使者に選ばれたのは信長の小姓筆頭の岩室重休である。
重休が常に信長の傍に侍てる事は尾張では有名だ。
その重体が使者だというだけで尾張では威圧となるのだが、
「勝ち目はありませんぞ。降伏なされませ、豊後守殿」
「それはどうかな」
「おや、もしや柴田殿に何か吹き込まれましたか?」
「柴田? 御冗談を」
「では、まさか斎藤義龍? ここだけの話、病で死んでますが」
「知っておるよ」
あの手この手で説得を試みたが、何故か豊後守は自信満々に突っ撥ねたのだった。
小口城から戻ってきた重休が、
「申し訳ございません、信長様。説得に失敗しました」
「ほう、断ったか。本当にオレに勝てると思っているとはな。裏に居たのは権六か?」
「いえ、水を向けましたがそのような感触はありませんでした」
「では、美濃?」
「いえ、義龍の死も知っていました」
「なら、どうしてこの時期に謀反なんかをーー気に入らんな」
そう怪しみながらも信長は小口城攻めを命じたのだった。
1561年6月の小口城の戦いの始まりである。
信長軍は780人。
これは犬山城側から援軍が来られないように兵を回しているからである。
対する小口城の守兵は320人。
通常ならば勝てる戦なのだが、
桶狭間以降、勝利続きだった織田軍はこの戦いで手痛い目に遭う事となった。
使者役のしくじりを戦働きで取り戻そうとした小姓筆頭の重休が突出し、横合いから槍で頭部を貫かれ、
「ぐあああ、申し訳ございません、信長様」
倒れて味方の兵が慌てて重休に駆け寄るが、なかなか死なず信長の前まで運ばれて、
「長門、傷は浅いぞ」
「そうだぞ、大丈夫だからな」
信長と恒興が励ますが、どう見ても致命傷で助かりそうになかった。
「信長様、頼みが・・・」
「何だ、言ってみろ」
「私が死んだら岩室の家が途絶えるので・・・」
「分かった、親族の誰かに継がせーー」
「弥三郎でお願いします」
「分かった、認めよう」
信長がそう答え、
「勝、信長様を頼んだぞ・・・」
「任せろ」
恒興が答えたのを見て、安心したように眼を閉じたのだった。
岩室重休はこうして小口城の戦いで戦死したのだった。
重体が息を引き取ったのを見送った恒興が、
「信長様、オレに出撃の命令をっ!」
親友の死に激昂して馬に跨り、駆け出そうとした恒興を見て、逆に冷静になった信長が、
「待て、勝っ! 撤退だっ!」
何か妙な感触を感じ取って直感的に命令を出した。
「重休が討たれたのに冗談ですよね、信長様?」
「いいや。何やら妙な感じがする。この城にはないはずの種子島が20丁以上あったところをみると他にも籠城の準備があるに違いない。やはり清州城に戻るぞっ!」
この信長の決断で織田軍は被害を最小限に喰い止めたのだった。
尚、信清方に最新兵器の火縄銃が想定以上にあるのは三好配下の松永の使いの竹内が持ち込んだからである。
美濃の稲葉山城の物見台の上に立つ竹中重治が尾張の方角を見ていた。
無論、稲葉山城からでは尾張の犬山城など見える訳もないのだが、
「ほう、退いたか」
まるで織田軍の様子が見えてるように言い当てた。
「今川兵4万を相手に勝っただけの事はある。だが美濃は喪中だ。織田は当分は尾張で大人しくしておけ」
と自信満々に言い放った後、東の方角を見て、
「それよりも問題は関東だ。新しい管領殿が小田原を落とすかどうかで情勢が一気に動くからな。私なら小田原くらいは余裕だが、はてさて」
そう思いを巡らせたのだった。
◇
織田信長の居城、清州城には、この時、犬山城主の織田信清の謀反以上に頭の痛い問題が舞い込んでいた。
三河松平からの同盟の申し出である。
この申し出の何が問題かと言えば、
信長には「うつけ」と呼ばれていた時期があり、
そのうつけの時期の逸話の1つとして、腕を三河の竹千代に噛まれた仕返しに後日、火縄銃を持って出向き、的にして竹千代の足の甲を実際に当てて、その事が父親の信秀にバレて以後、竹千代への接近禁止命令を喰らった、というのがあったのだ。
嘘のような話だが何の脚色もしていない。
総て事実である。
そして、この話は織田家中では知らない者が居ない程、有名だった。
信長自身が面白がって吹聴したので。
そんな因縁が過去にありながら、火縄銃で足を撃たれた方が同盟を申し込んできたのだ。
なので、沈黙してる1人を除いて全員が、
「何の冗談だ?」
「罠に決まっているっ!」
「同盟など組んだら背後から寝首を掻かれるぞっ!」
「そもそも狂犬の松平などと同盟が結べるかっ!」
というのが評定の流れだったのだが、上座の信長はニヤニヤ顔で、
「どう思う、勝?」
末席で居心地が悪そうにしてる恒興を見た。
恒興が居心地が悪いのは当然だ。
あの時期、信長は信勝陣営の柴田勝家に暗殺者を良く放たれていた。
狙われてると分かってて少数で出歩く信長の方にも問題があった訳だが。
その為、信長が小姓に影武者をさせる事はしょっちゅうで、三河の松平竹千代の面談時の信長役は恒興だったのだ。
そうなのだ。狂犬の竹千代に腕を噛まれたのも、火縄銃で竹千代の足の甲を撃ったのも、本当は信長ではなく、信長の影武者をやっていた恒興だった。
当然、恒興の考えではない。
「あの狂犬を躾ける為だ。やれ、勝」
との信長の指示であり、信長も恒興の火縄銃の腕では当たらないと思っていたのだが、当たってしまい、面白いから訂正せずに信長が撃った事にしていたのだ。
なので、恒興には信長が何を考えてるのか手に取るように分かった。
元康と直に面談して、信長の顔を見て元康の驚く顔を特等席で見たがっている、と。
この入れ替えの影武者の事を知ってるのは信長と恒興を除けば、現在ではもう信秀が信長の護衛に付けた河尻秀隆だけだ。
他に知ってた織田信秀や平手政秀、岩室重休は3人とも既に死んでいる
評定での否定的な様子を見ると、一番家老の林秀貞も、平手政秀の息子の平手久秀も知らないらしい。
唯一知ってる秀隆も評議の席に居て、当然、昔から知ってる信長の考えが分かり、呆れて沈黙していた訳だが。
「お会いしたければ、どうぞ」
恒興がそう答えると重臣達が、
「勝三郎、何を馬鹿な事を信長様に吹き込んでるっ!」
「信長様、いけませんぞっ!」
「松平はダメです。話が通じる訳がないっ!」
「河尻、おまえも信長様を止めろよ」
重臣達が信長を止めるも、
「よし、この同盟の話を受けるぞ。話を進めろ」
周囲の反対を押し切って信長は元康との同盟を決め、その条件として元康に「清洲城まで来るよう」申し付けたが、さすがに相手も警戒し、ほいほいと清州城まではやって来ない。
謁見の方はすぐには実現せず、来年まで持ち越しとなった。
8月になり、清州城下で妙な噂が広まった。
「佐々成政、池田恒興が織田信清方に内応」
という内容だ。
佐々成政は織田信安の元家臣なのであるかもしれないが、池田恒興の方は信長の一門衆と同格扱いだ。
子供の頃からずっと信長の隣に居て、恒興の織田家での待遇は格別に良い。
成政の方は疑われたが、恒興の寝返りは織田家中では誰も信じなかった。
それでも信長が面白がって2人を呼び出して、
「オレを裏切るのか?」
そう直接尋ねた。
噂の所為で周囲から疑われていた成政が泣きそうな顔で、
「そんな風にオレの事を思っていたんですか? 本当に裏切ると?」
そう非難するのに対して、恒興の方は、
「母上に呼び出されて、もう『そんな噂を流される勝が悪い』って尻を叩かれましたよ」
不貞腐れていた。
「まあ、噂を流された不徳者の方が悪いと言えば悪いかな?」
「信長様まで」
「冗談だよ。噂の出所も分かってる。2人はこれを利用してしばらく尾張から姿を消せ。尾張の外の任務を与えるから」
そう信長は悪そうに笑ったのだった。
それからすぐの吉日に木下秀吉と浅野ねねの祝言が行われた。
清州城下の長屋で行われた祝言はお世辞にも立派とは言い難く、列席者も秀吉の同僚達(浅野家は辞退)なので質も悪かった。
一番上等な列席者は長屋で隣の前田利家だったのだから。
そこにふらりと信長が現れて、
「こ、これは信長様、どうして?」
「サルの嫁を見に来ただけだ。大切にしてやれよ」
「ははっ、ありがとうございまする」
新郎の秀吉が土下座をして礼を言う中、
「八」
付き添いで一緒に来ていた佐脇良之が祝い酒と鯛1匹を渡した。
八とは佐脇吉之の通称、藤八郎の八である。
利家も驚く中、秀吉が、
「おお、又左衛門殿の弟御、御無沙汰しております」
「どうぞ、信長様からです」
「えっ?」
「オレからの祝言祝いだ」
「おお、信長様から祝言祝いをいただけるとは」
「ありがとうございまする」
ねねもちゃんとお礼を言ったのだった。
「うむ、ではな」
信長が去ろうとする中、秀吉が、
「あの、勝様は一緒じゃないんですか?」
「ああ、アイツは今、別行動だ」
「お待ちを、信長様。あの噂は軽海の戦いで叔父である『鬼の又右衛門』を討たれた美濃の宿老、斎藤良通が流した根も葉もない噂でーー」
「わかっておるわ。それを利用して少し尾張の外で使いをやらせてるだけだ」
と信長が言うと、秀吉が即座に、
「東ですね」
「サル、自分の祝言の日ぐらい仕事の事は忘れよ」
そう言って信長は去っていき、 祝言祝いを信長から貰った秀吉は大袈裟に喜んで、列席者に振る舞ったのだった。
登場人物、1561年度
織田信清(28)・・・織田一門衆。犬山城主。織田信秀の弟、信康の子供。信長の従兄にして、信長の実姉、犬山殿と婚姻関係。それでも信長に対して謀反を起こす。
能力値、織田一門衆S、怜悧の信清B、勝算ありで謀反S、家来が無能A、自分が得する話大好きA、尾張を盗むA
山本勘助(61)・・・武田二十四将の一人。別名、勘介。兵法家にして風林火山を信玄に伝授。片足の不自由は擬態。
能力値、風林火山陰雷A、啄木鳥戦法の勘助SS、諏訪姫贔屓A、今川僧しB、信玄への忠誠A、信玄からの信頼A
岩室重休(25)・・・信長の寵臣の小姓。通称、長門守。甲賀五十三家の岩室氏の傍系。信秀の最後の側室、岩室殿とは無関係。 死に際に岩室家の後継者に弥三郎を指名。
能力値、命知らずA、隠れなき才人A、信長の寵臣A、信長への絶対忠誠S、信長からの信頼A、今日の運勢最悪☆☆☆
中島豊後守(34)・・・信清の家老。犬山城の枝城、小口城の城将。律儀者。
能力値、律儀の豊後守A、勝算ありで奮戦B、うつけ嫌いB、信清への忠誠D、信清からの信頼E、信清家臣団での待遇A
ねね(15)・・・秀吉の正室。杉原定利の娘で、浅野長勝の養女。
能力値、秀吉の正室A、秀吉と阿吽の呼吸A、秀吉を天下人に出世させる内助の功A、織田家中の女房衆の交わりD、秀吉からの信頼A、信長からの信頼B
佐脇良之(21)・・・織田家の家臣。前田利春の五男で、佐脇興世の養子。前田利家の弟。
能力値、馬駆けの良之B、火縄銃A、兄が又左B、信長への絶対忠誠A、信長からの信頼A、織田家臣団での待遇B
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