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城塞街ベーデ壊滅
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国境越えには準備が必要だ。
まずは通貨。国が変われば金貨や銀貨の図柄も変わる。
正直言えば、他国の通貨も使えるのだが、他国の金貨を使えば『他国者だ』と宣伝してるようなものだ。要らぬ騒動を招く。
換金が必要だ。魔石や宝石への。
だが、その換金が問題なのだ。
14歳の子供のカイルや、まだ事情を説明していないがランクFの商人のマーベラだと。
何せ、カイルが所有する金貨の枚数は3000枚以上なのだから。
それに魔法を帯びた武具。
これは強力な戦闘兵器だ。強力な武器が他国に流出するのだから国境警備隊もいい顔をしない。ましてやカイルは魔法を帯びた剣、額当て、腕輪、指輪、バックルをしている。
国境警備隊の注目を浴びるのは必至だ。
そもそも国境越えはその辺の都市や街に入る時とは違い、荷を改められても文句が言えない。
つまり、カイルのデカリュックの中身を改められた場合、宝石の原石と大量の金貨の説明もしなければならず、説明に失敗したら『犯罪に絡んでる』と疑われての捕縛もあり得た。
無駄に神経を使うのが国境越えなのだ。
腕輪で透明になれば問題ないが、その場合はマーベラへの説明が必要だ。
面倒臭い事には変わりなかった。
そして城塞都市エクレロイドは東国境の警備の要なのだ。
当然、常駐の暗部もエクレロイドに居る。
同時に『黒き刃』支部も。
城塞街ベーデとは違いが、国境は色々とオイシイ場所なのだ。犯罪シンジケートが噛まない方がおかしい。
スタンピードの被害に遭い、忠誠心や愛国心に厚い凄腕暗部は魔物と戦って散って人員も減ったが、ちゃんと冷めた凄腕暗部は生き残っており活動していた。
モルニードスの森に巨大な岩の蛇が出現しても、エクレロイドの暗部が借り出される事もない。国境防衛専門で活動していた。
黒き刃の方はスタンピードの魔物と戦う義理はない。『全員生き残った』と思いきやスタンピード時に東門からの脱出に失敗して支部長のダコリャを逃がそうとして異名持ちの凄腕が無駄に魔物と戦い死んでいる。それでも支部長のダコリャは生き残り、黒き刃も活動をしていた。
モルニードスの森には巨大な岩の蛇が出現しても、黒き刃に至っては関係すらない。通常営業だった。
このように色々と面倒臭いのが城塞都市エクレロイドの現在の状況なのだ、
カイルとマーベラは商業ギルドが紹介してくれたランクFが宿泊するには良心的なお1人、1泊2銀貨の素泊まり宿屋に部屋を取った。
最初に2人がした事は大衆浴場で身体を洗う事だ。
移動中はお湯で濡らしたタオルで身体をぬぐう日々だったので。
その後、購入した新しい下着を纏ったカイルだったが、大衆浴場は男湯と女湯が別々だ。
「マーベさん、まだ入ってるのぉ~?」
「ええ、もう少し掛かるわ」
「先に宿屋に帰ってるね」
「そうしてちょうだい」
大衆浴場あるあるの敷居越しに会話して、カイルは大衆浴場を出た。
お風呂に入るのに鎧や剣を装備して大衆浴場に向かうのは、常時戦場の考えの冒険者だけだ。カイルは剣や鎧に執着がなかったので堂々と宿屋に置いてきている。
だが、反面、額当てや腕輪や指輪やバックルは装備したままだ。
それはカイルが、それらテイジーの魔道具の方が価値がある事を知っていた訳だが。
現在のカイルは黒髪の人間だが、カイルの装備ーー魔剣、千年亀の甲羅製の胸当て、テイジー製の額当て、この3つはとにかく目立つ。
そして、もう黒き刃内では『デル支部を襲撃した』と有名だった。
当然、手配もされている。
なので、速攻で黒き刃の凄腕情報屋に発見されたが、半径500メートル内ではカイルの方が分がある。『発見された』と悟ると同時に魔法を使って操った。
状態異常全般に対処した魔道具の腕輪を持ってたが、低級品だ。
カイルの黒魔法の極に対処出来る訳もなく、呑気に大衆浴場で一っ風呂浴びて、マーベラに『先に帰る』と告げたカイルは裏道に移動した。
風呂に入る前に操った情報屋が立ってる。白髪の人間の老人、ナラーバだ。
80代の好々爺で杖も突いてる。どこかの楽隠居に見え、実際に騎士団御用達の魔道具屋の隠居だったが、念話の魔道具でカイルを見ながら『デル支部が手配していた黒髪エルフの少年ダインの容姿を教えてくれ』と確認していたので魔法で思考を奪っていた。
その為、今はナラーバの眼の焦点は怪しかった。
「どうしてオレを探ってたの?」
「・・・デル支部を襲って手配されてたので」
「デル支部? ああぁ~、同じ系列なんだぁ~」
なら潰しても問題ない訳だな、と心の中で付け足して、
「アジトの場所を全部教えてくれるかなぁ~」
悪そうな顔でそうナラーバに尋ねた瞬間、カイルの姿は墓蛙の使い魔モンと位置交換したのだった。
城塞都市エクレロイドの裏路地のカイルとナラーバを見ていた者がいた。
正確には魔法で小鳥を操り、その小鳥の『眼』を通して見ていた訳だが。
その者はエクレロイド城内の一室に居た。暗部部門の人間ではない。クロベーテ王国に仕え、魔法兵団エクレロイド隊、第3級魔術師という身分を堂々と持つモチーカだった。
21歳の黒髪ショートのクールビューティー系の美女だった。魔術師としての実力は大した事はないが、小鳥との同調だけは得意で偵察要員としては役立つ人員だったが、その才能が災いした。
カイルを目撃してしまったのだ。
第3級魔術師なので戦闘力はない。与えられた部屋も小部屋で、室内にはモチーカの他に誰も居なかった。当然だ。今のエクレロイドはスタンピードの後だ。それに偵察要員はモルニードスの森の確認と、出現したという巨大な岩の蛇の動向に注視している。
何もないであろうエクレロイド内を偵察するのは下っ端の仕事なのだから。
というか、スタンピードで人員を多数失った城塞都市エクレロイドでは現在、エクレロイド内の偵察をしてるのはモチーカだけだった。
それが災いして、
「あれ、黒髪の少年が墓蛙になったわ? 何で――」
と不思議がった時には睡魔に襲われた。睡眠魔法だ。魔術師なので状態異常の魔法の抵抗力は一般人よりも強かったが、カイルが相手では勝負にならず、2秒後には熟睡したのだった。
目撃者を眠らせた後、カイルは位置交換をしてナラーバの前に戻ってきた。
「ったく、無駄な事をさせてくれる」
カイルはうんざりしながら女魔術師モチーカの支配から脱して、空に羽ばたいた小鳥を見送ったのだった。
◇
世の中、思うようにはいかない物で、カイルの想定外の事が城塞街ベーデで起ころうとしていた。
事の起こりは2日前。
オルクロリア城の『討伐しろ』との命令を忠実に従った為に城塞街べーデの中央広場にて、騎士団第1隊長アスレーズが、
「例え、巨大であろうと英雄マルコスが一度は倒した岩蛇だっ! 我々で倒せぬ訳がないっ! 英雄マルコスの意思は我らが引き継ぎ、ベーデ、そしてモルニードスの森の安寧を守るぞっ! では、全軍出撃っ!」
ベーデに集まった騎士団、守備隊、冒険者ギルド、聖シルバスタ教団、魔法学校の生徒ら、全兵数1700人に檄を飛ばして巨大な岩の蛇が待つモルニードスの森に出撃したのだ。
俗に言う『モルニードスの森に居る巨大な岩の蛇の第2次2討伐作戦』の始まりだ。
これが悲劇を生む事となった。
巨大な岩の蛇が居る場所までは木々がなぎ倒された道を通っても騎獣でも2日の距離だ。
よって本日、カイルが城塞都市エクレロイドの裏路地で小鳥が羽ばたくのを見上げていた頃、モルニードスの森では巨大な岩の蛇と1700人の戦闘員が激突していた。
だが、相手は500メートル級のゴーレムだ。
地中に潜っての地面への打ち上げの他にも、とぐろ巻き、突進、それらの通常行動をするだけでも凄い攻撃となり、
「ウギャアア」
「強過ぎる、これが伝説の――グアアアア」
「こんなの無理だろっ! どうやって英雄マルコスはコイツを倒したんだ? ーーギャアアアっ!」
討伐隊の被害は甚大となっていた。
「倒すんだ。ここで倒さなければーークロベーテ王国に明日はないっ!」
リッチとなったガルタイルをオルクロリア城で倒した騎士団第1隊長アスレーズの成功体験が他の者達を死地へと送り、遂には、
「グアアアア」
アスレードも巨大な岩の蛇にのしかかられては戦死をしたのだった。
その時、残る討伐隊は300余人。
巨大な岩の蛇も傷付いてるが、指揮を受け継いだ魔眼持ちのズイロド部隊長のモーレ・ラバーから言わせれば巨大な岩の蛇の魔力総量は減っていない。
岩の身体だ。簡単に修復するだろう。
もう勝てない。
これ以上の戦闘は無駄死にだ。
よって、
「一時、ベーデへ撤退だ。全員、生きてる騎獣に乗れっ!」
そう命令を出したのだった。
討伐隊の敗北が悲劇なのではない。
この討伐隊の敗走が悲劇を生む事となった。
カイルが出した巨大な岩の蛇への命令の中に『攻撃してきた相手を潰せ』というものがある。
巨大な岩の蛇はゴーレムだ。思考はない。命令に従うのみだ。
ゴーレムに宿ってる獄界の蛇が意地悪く曲解した可能性もなくはないが、騎獣に乗って撤退する討伐隊を尻目に、巨大な岩の蛇はモルニードスの森で倒れた亡骸が持つ魔力を放つ武具や道具を体内に取り込み始めた。
モーレの魔眼での読み通り、同時に岩も取り込んで傷を修復する。
その後、巨大な岩の蛇は地中に潜り、逃亡した討伐隊の後を追った。
つまりは討伐隊が戻った城塞街ベーデへと。
◇
城塞都市エクレロイドのカイルは困った事になっていた。
黒き刃のエクレロイド支部を襲撃して、組織員を30人程始末して倉庫の隠し地下室に到着したのだが、金の延べ棒が200本以上積み上げられていたのだ。
こんなのカイル1人では持ち出せない。
「どうして金の延べ棒なんだよ? 取引に使う用か? 魔石や宝石の原石は? そっちの方がかさばらず持ち運びに便利だろうが」
カイルは文句タラタラである。
全部は無理だ。諦めよう。
カイルは金の延べ棒5本を両手に抱え、使い魔モンとの位置交換で安宿に戻ってデカリックの底にしっかりと入れたのだった。
◇
騎獣の駆け鳥。
この機動力は脅威である。
騎獣の狼の3倍の速度で移動する。
平地に草原、そして巨大な岩の蛇に木々が薙ぎ払われた場所では最高速度は出せなかったが、それでも狼の2倍は早かった。
その為、第2次討伐隊の生き残りが真っ先に飛び乗ったのは駆け鳥200羽である。
冒険者だろうと聖シルバスタ教団だろうと魔法学校の生徒だろうと関係ない。
我先に伝説の巨大な岩の蛇から命辛々逃げた。
その敗走の結果、敗戦したその日の夜には、
「開門、開門っ!」
生き残った討伐隊の300人が2人乗り等々で、駆け鳥を駆って城塞街ベーデに帰還したのだった。
留守番の守備隊が門を開けて、出迎えた兵士が、
「ええっと、これだけですか?」
駆け鳥に乗り、疲れ切ったモーレが、
「ああ」
「という事は――」
「そうだ、負けた」
敗北を口にした。
留守番の兵士達が戦慄する中、モーレが、
「我々は兵舎に戻らせて貰う」
こうしてその夜は眠ったのだが、
一夜明けた朝食時、城塞街ベーデに居た小鳥が一斉に羽ばたき、動物達が鳴き始めた。
無事帰還を果たした200羽の駆け鳥も厩舎で一斉にキー、キーと甲高い声で鳴き始めている。この鳴き声は駆け鳥の警戒音だ。
「何だ?」
そうズレた反応を示したのは実戦経験の少ない、または勘の悪い厩舎係だけだった。
生き残った兵士達は青ざめながら、
「まさか」
そう呟いた20秒後には、ゴゴゴゴゴッと城塞街ベーデ全体が地鳴りと共に振動し始めた。
第2次討伐隊に参加した全員がこの音と現象を体験している。
つまりは、
「ヒッ、まさか・・・」
「嘘だろ。街中だぞ?」
「気を付けろっ! ヤツが――」
と第2次討伐隊の生還者達が警戒を告げる中、ドゴォォォンッとの地中から巨大な岩の蛇が飛び出してきた。
場所は城塞街ベーデの兵舎だ。
兵舎の建物を破壊しながら、500メートルの図体で飛び出して、トグロを巻いて地面に着地する。
城塞街ベーデの中心部の兵舎近隣の建造物総てをのしかかって潰した。
今の一撃で、兵舎の兵士どころか、朝という時間帯だったが街の中心部だったので住民1000人以上が死傷だ。
モーレもその一撃で死んでいる。カイルが知ったら『こんな事になるんなら、あいつの魔眼、奪っておけばよかった』とその死を悔やんだが。
そして、巨大な岩の蛇は兵舎を潰した後、冒険者ギルド直営の宿屋へと地上のベーデの街並みを進み始めた。
通り沿いを行儀良く進む訳もなく、街の建物を潰しながらだ。
ここでベーデの守備隊が逃げの一手を選んでおけば話は少しは違ったが、矢など命中してもダメージがないのに、城壁勤務の駆け付けた兵士達が伝説の巨大な岩の蛇と対峙して恐怖に震えながらも、
「討て、街を守れっ!」
矢を射て、
「クソ、うおおおっ!」
槍で突いた。
ただの武器だ。魔力も帯びていない。
その為、ガキンッと岩が弾いてダメージは本当になかったのだが。
攻撃は攻撃だ。
カイルが命令の『攻撃してきた相手を潰せ』に該当する。
よって、攻撃者を倒す為に反撃した。
『ベーデの街に被害を与えないように』などとゴーレムが気を使える訳もない。
500メートルの巨大な岩の蛇を止めれる戦力はベーデには存在せず、城塞街ベーデはその日の内に廃墟となるのだった。
まずは通貨。国が変われば金貨や銀貨の図柄も変わる。
正直言えば、他国の通貨も使えるのだが、他国の金貨を使えば『他国者だ』と宣伝してるようなものだ。要らぬ騒動を招く。
換金が必要だ。魔石や宝石への。
だが、その換金が問題なのだ。
14歳の子供のカイルや、まだ事情を説明していないがランクFの商人のマーベラだと。
何せ、カイルが所有する金貨の枚数は3000枚以上なのだから。
それに魔法を帯びた武具。
これは強力な戦闘兵器だ。強力な武器が他国に流出するのだから国境警備隊もいい顔をしない。ましてやカイルは魔法を帯びた剣、額当て、腕輪、指輪、バックルをしている。
国境警備隊の注目を浴びるのは必至だ。
そもそも国境越えはその辺の都市や街に入る時とは違い、荷を改められても文句が言えない。
つまり、カイルのデカリュックの中身を改められた場合、宝石の原石と大量の金貨の説明もしなければならず、説明に失敗したら『犯罪に絡んでる』と疑われての捕縛もあり得た。
無駄に神経を使うのが国境越えなのだ。
腕輪で透明になれば問題ないが、その場合はマーベラへの説明が必要だ。
面倒臭い事には変わりなかった。
そして城塞都市エクレロイドは東国境の警備の要なのだ。
当然、常駐の暗部もエクレロイドに居る。
同時に『黒き刃』支部も。
城塞街ベーデとは違いが、国境は色々とオイシイ場所なのだ。犯罪シンジケートが噛まない方がおかしい。
スタンピードの被害に遭い、忠誠心や愛国心に厚い凄腕暗部は魔物と戦って散って人員も減ったが、ちゃんと冷めた凄腕暗部は生き残っており活動していた。
モルニードスの森に巨大な岩の蛇が出現しても、エクレロイドの暗部が借り出される事もない。国境防衛専門で活動していた。
黒き刃の方はスタンピードの魔物と戦う義理はない。『全員生き残った』と思いきやスタンピード時に東門からの脱出に失敗して支部長のダコリャを逃がそうとして異名持ちの凄腕が無駄に魔物と戦い死んでいる。それでも支部長のダコリャは生き残り、黒き刃も活動をしていた。
モルニードスの森には巨大な岩の蛇が出現しても、黒き刃に至っては関係すらない。通常営業だった。
このように色々と面倒臭いのが城塞都市エクレロイドの現在の状況なのだ、
カイルとマーベラは商業ギルドが紹介してくれたランクFが宿泊するには良心的なお1人、1泊2銀貨の素泊まり宿屋に部屋を取った。
最初に2人がした事は大衆浴場で身体を洗う事だ。
移動中はお湯で濡らしたタオルで身体をぬぐう日々だったので。
その後、購入した新しい下着を纏ったカイルだったが、大衆浴場は男湯と女湯が別々だ。
「マーベさん、まだ入ってるのぉ~?」
「ええ、もう少し掛かるわ」
「先に宿屋に帰ってるね」
「そうしてちょうだい」
大衆浴場あるあるの敷居越しに会話して、カイルは大衆浴場を出た。
お風呂に入るのに鎧や剣を装備して大衆浴場に向かうのは、常時戦場の考えの冒険者だけだ。カイルは剣や鎧に執着がなかったので堂々と宿屋に置いてきている。
だが、反面、額当てや腕輪や指輪やバックルは装備したままだ。
それはカイルが、それらテイジーの魔道具の方が価値がある事を知っていた訳だが。
現在のカイルは黒髪の人間だが、カイルの装備ーー魔剣、千年亀の甲羅製の胸当て、テイジー製の額当て、この3つはとにかく目立つ。
そして、もう黒き刃内では『デル支部を襲撃した』と有名だった。
当然、手配もされている。
なので、速攻で黒き刃の凄腕情報屋に発見されたが、半径500メートル内ではカイルの方が分がある。『発見された』と悟ると同時に魔法を使って操った。
状態異常全般に対処した魔道具の腕輪を持ってたが、低級品だ。
カイルの黒魔法の極に対処出来る訳もなく、呑気に大衆浴場で一っ風呂浴びて、マーベラに『先に帰る』と告げたカイルは裏道に移動した。
風呂に入る前に操った情報屋が立ってる。白髪の人間の老人、ナラーバだ。
80代の好々爺で杖も突いてる。どこかの楽隠居に見え、実際に騎士団御用達の魔道具屋の隠居だったが、念話の魔道具でカイルを見ながら『デル支部が手配していた黒髪エルフの少年ダインの容姿を教えてくれ』と確認していたので魔法で思考を奪っていた。
その為、今はナラーバの眼の焦点は怪しかった。
「どうしてオレを探ってたの?」
「・・・デル支部を襲って手配されてたので」
「デル支部? ああぁ~、同じ系列なんだぁ~」
なら潰しても問題ない訳だな、と心の中で付け足して、
「アジトの場所を全部教えてくれるかなぁ~」
悪そうな顔でそうナラーバに尋ねた瞬間、カイルの姿は墓蛙の使い魔モンと位置交換したのだった。
城塞都市エクレロイドの裏路地のカイルとナラーバを見ていた者がいた。
正確には魔法で小鳥を操り、その小鳥の『眼』を通して見ていた訳だが。
その者はエクレロイド城内の一室に居た。暗部部門の人間ではない。クロベーテ王国に仕え、魔法兵団エクレロイド隊、第3級魔術師という身分を堂々と持つモチーカだった。
21歳の黒髪ショートのクールビューティー系の美女だった。魔術師としての実力は大した事はないが、小鳥との同調だけは得意で偵察要員としては役立つ人員だったが、その才能が災いした。
カイルを目撃してしまったのだ。
第3級魔術師なので戦闘力はない。与えられた部屋も小部屋で、室内にはモチーカの他に誰も居なかった。当然だ。今のエクレロイドはスタンピードの後だ。それに偵察要員はモルニードスの森の確認と、出現したという巨大な岩の蛇の動向に注視している。
何もないであろうエクレロイド内を偵察するのは下っ端の仕事なのだから。
というか、スタンピードで人員を多数失った城塞都市エクレロイドでは現在、エクレロイド内の偵察をしてるのはモチーカだけだった。
それが災いして、
「あれ、黒髪の少年が墓蛙になったわ? 何で――」
と不思議がった時には睡魔に襲われた。睡眠魔法だ。魔術師なので状態異常の魔法の抵抗力は一般人よりも強かったが、カイルが相手では勝負にならず、2秒後には熟睡したのだった。
目撃者を眠らせた後、カイルは位置交換をしてナラーバの前に戻ってきた。
「ったく、無駄な事をさせてくれる」
カイルはうんざりしながら女魔術師モチーカの支配から脱して、空に羽ばたいた小鳥を見送ったのだった。
◇
世の中、思うようにはいかない物で、カイルの想定外の事が城塞街ベーデで起ころうとしていた。
事の起こりは2日前。
オルクロリア城の『討伐しろ』との命令を忠実に従った為に城塞街べーデの中央広場にて、騎士団第1隊長アスレーズが、
「例え、巨大であろうと英雄マルコスが一度は倒した岩蛇だっ! 我々で倒せぬ訳がないっ! 英雄マルコスの意思は我らが引き継ぎ、ベーデ、そしてモルニードスの森の安寧を守るぞっ! では、全軍出撃っ!」
ベーデに集まった騎士団、守備隊、冒険者ギルド、聖シルバスタ教団、魔法学校の生徒ら、全兵数1700人に檄を飛ばして巨大な岩の蛇が待つモルニードスの森に出撃したのだ。
俗に言う『モルニードスの森に居る巨大な岩の蛇の第2次2討伐作戦』の始まりだ。
これが悲劇を生む事となった。
巨大な岩の蛇が居る場所までは木々がなぎ倒された道を通っても騎獣でも2日の距離だ。
よって本日、カイルが城塞都市エクレロイドの裏路地で小鳥が羽ばたくのを見上げていた頃、モルニードスの森では巨大な岩の蛇と1700人の戦闘員が激突していた。
だが、相手は500メートル級のゴーレムだ。
地中に潜っての地面への打ち上げの他にも、とぐろ巻き、突進、それらの通常行動をするだけでも凄い攻撃となり、
「ウギャアア」
「強過ぎる、これが伝説の――グアアアア」
「こんなの無理だろっ! どうやって英雄マルコスはコイツを倒したんだ? ーーギャアアアっ!」
討伐隊の被害は甚大となっていた。
「倒すんだ。ここで倒さなければーークロベーテ王国に明日はないっ!」
リッチとなったガルタイルをオルクロリア城で倒した騎士団第1隊長アスレーズの成功体験が他の者達を死地へと送り、遂には、
「グアアアア」
アスレードも巨大な岩の蛇にのしかかられては戦死をしたのだった。
その時、残る討伐隊は300余人。
巨大な岩の蛇も傷付いてるが、指揮を受け継いだ魔眼持ちのズイロド部隊長のモーレ・ラバーから言わせれば巨大な岩の蛇の魔力総量は減っていない。
岩の身体だ。簡単に修復するだろう。
もう勝てない。
これ以上の戦闘は無駄死にだ。
よって、
「一時、ベーデへ撤退だ。全員、生きてる騎獣に乗れっ!」
そう命令を出したのだった。
討伐隊の敗北が悲劇なのではない。
この討伐隊の敗走が悲劇を生む事となった。
カイルが出した巨大な岩の蛇への命令の中に『攻撃してきた相手を潰せ』というものがある。
巨大な岩の蛇はゴーレムだ。思考はない。命令に従うのみだ。
ゴーレムに宿ってる獄界の蛇が意地悪く曲解した可能性もなくはないが、騎獣に乗って撤退する討伐隊を尻目に、巨大な岩の蛇はモルニードスの森で倒れた亡骸が持つ魔力を放つ武具や道具を体内に取り込み始めた。
モーレの魔眼での読み通り、同時に岩も取り込んで傷を修復する。
その後、巨大な岩の蛇は地中に潜り、逃亡した討伐隊の後を追った。
つまりは討伐隊が戻った城塞街ベーデへと。
◇
城塞都市エクレロイドのカイルは困った事になっていた。
黒き刃のエクレロイド支部を襲撃して、組織員を30人程始末して倉庫の隠し地下室に到着したのだが、金の延べ棒が200本以上積み上げられていたのだ。
こんなのカイル1人では持ち出せない。
「どうして金の延べ棒なんだよ? 取引に使う用か? 魔石や宝石の原石は? そっちの方がかさばらず持ち運びに便利だろうが」
カイルは文句タラタラである。
全部は無理だ。諦めよう。
カイルは金の延べ棒5本を両手に抱え、使い魔モンとの位置交換で安宿に戻ってデカリックの底にしっかりと入れたのだった。
◇
騎獣の駆け鳥。
この機動力は脅威である。
騎獣の狼の3倍の速度で移動する。
平地に草原、そして巨大な岩の蛇に木々が薙ぎ払われた場所では最高速度は出せなかったが、それでも狼の2倍は早かった。
その為、第2次討伐隊の生き残りが真っ先に飛び乗ったのは駆け鳥200羽である。
冒険者だろうと聖シルバスタ教団だろうと魔法学校の生徒だろうと関係ない。
我先に伝説の巨大な岩の蛇から命辛々逃げた。
その敗走の結果、敗戦したその日の夜には、
「開門、開門っ!」
生き残った討伐隊の300人が2人乗り等々で、駆け鳥を駆って城塞街ベーデに帰還したのだった。
留守番の守備隊が門を開けて、出迎えた兵士が、
「ええっと、これだけですか?」
駆け鳥に乗り、疲れ切ったモーレが、
「ああ」
「という事は――」
「そうだ、負けた」
敗北を口にした。
留守番の兵士達が戦慄する中、モーレが、
「我々は兵舎に戻らせて貰う」
こうしてその夜は眠ったのだが、
一夜明けた朝食時、城塞街ベーデに居た小鳥が一斉に羽ばたき、動物達が鳴き始めた。
無事帰還を果たした200羽の駆け鳥も厩舎で一斉にキー、キーと甲高い声で鳴き始めている。この鳴き声は駆け鳥の警戒音だ。
「何だ?」
そうズレた反応を示したのは実戦経験の少ない、または勘の悪い厩舎係だけだった。
生き残った兵士達は青ざめながら、
「まさか」
そう呟いた20秒後には、ゴゴゴゴゴッと城塞街ベーデ全体が地鳴りと共に振動し始めた。
第2次討伐隊に参加した全員がこの音と現象を体験している。
つまりは、
「ヒッ、まさか・・・」
「嘘だろ。街中だぞ?」
「気を付けろっ! ヤツが――」
と第2次討伐隊の生還者達が警戒を告げる中、ドゴォォォンッとの地中から巨大な岩の蛇が飛び出してきた。
場所は城塞街ベーデの兵舎だ。
兵舎の建物を破壊しながら、500メートルの図体で飛び出して、トグロを巻いて地面に着地する。
城塞街ベーデの中心部の兵舎近隣の建造物総てをのしかかって潰した。
今の一撃で、兵舎の兵士どころか、朝という時間帯だったが街の中心部だったので住民1000人以上が死傷だ。
モーレもその一撃で死んでいる。カイルが知ったら『こんな事になるんなら、あいつの魔眼、奪っておけばよかった』とその死を悔やんだが。
そして、巨大な岩の蛇は兵舎を潰した後、冒険者ギルド直営の宿屋へと地上のベーデの街並みを進み始めた。
通り沿いを行儀良く進む訳もなく、街の建物を潰しながらだ。
ここでベーデの守備隊が逃げの一手を選んでおけば話は少しは違ったが、矢など命中してもダメージがないのに、城壁勤務の駆け付けた兵士達が伝説の巨大な岩の蛇と対峙して恐怖に震えながらも、
「討て、街を守れっ!」
矢を射て、
「クソ、うおおおっ!」
槍で突いた。
ただの武器だ。魔力も帯びていない。
その為、ガキンッと岩が弾いてダメージは本当になかったのだが。
攻撃は攻撃だ。
カイルが命令の『攻撃してきた相手を潰せ』に該当する。
よって、攻撃者を倒す為に反撃した。
『ベーデの街に被害を与えないように』などとゴーレムが気を使える訳もない。
500メートルの巨大な岩の蛇を止めれる戦力はベーデには存在せず、城塞街ベーデはその日の内に廃墟となるのだった。
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