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ベーデの巨大な岩の蛇伝説、再び
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城塞街ベーデに午前中に7日で到着したスイロドからの荷を下ろして、ソンズの村へと出発しても4日で到着出来たのは悪路を物ともしない陸亀のお陰だ。
そしてソンズの村に到着したその日の内に、一泊する事なく出発しても初日に進む距離が短いのに城塞街ベーデまでは4日で到着出来る予定だった。
つまり計7日間でマーベラとカイルの乗る陸亀の獣車は移動する予定だった訳だが。
7日あれば色々な事が出来る。
正確には城塞都市エクレロイドで起きたスタンピードの翌朝から数えた13日間もあれば。
◇
クロベーテ王国のオルクロリア城内では次期国王を決める大事な会議が連日開かれていた訳だが、そんな最中に東国境の城塞都市エクレロイドデでスタンピードが起こった。
リッチとなった宮廷魔術師ガルタイルに潰されて組織を立て直し中のボロボロの騎士団だったが出動しない訳にはいかない。翌朝に『スタンピードを起こした魔物群が東に向かって今はもう居ない』と報告が来てもだ。魔物の思考なんて誰にも理解出来ない。また戻ってくるかもしれないので、騎士団を派遣しない訳にはいかず出発した。
指揮官は新騎士団第1部隊の隊長の人間・頑丈系パーリーズのアスレーズである。
まだ30代ながらリッチとなったガルタイルの首を刎ねた第1功労者でもあった。その功績の勢いのままに第1部隊の部隊長にまで出世して、城塞都市エクレロイドに向かって出発したのだった。
城塞都市エクレロイドまでは、王都オルクロリアから衛星都市デルを経て城塞都市スイロドと城塞街ベーデを通過して城塞都市エクレロイドへと移動出来る。
その移動日数は陸獣で、
王都オルクロリアから衛星都市デルまでが3日。
衛星都市デルから城塞都市スイロドまでが3日。
城塞都市スイロドから城塞街ベーデまでが5日。
城塞都市ベーデから城塞都市エクレロイドまでが5日。
となっており、スタンピードの翌日には王都オルクロリアから出発していたが、
騎獣の駆け鳥は狼が3日で移動する距離を1日で移動出来る。その上、城塞都市スイロドを経由しないショートカットコースを移動し、王都オルクロリアを出発した騎士団の駆け鳥部隊は僅か5日でエクレロイドに到着していた。
そして城壁に大穴が二つも開いてる城塞都市エクレロイドの周辺を、駆け鳥でやってきたやる気満々のアスレーズが、
「我らは魔物が近付かぬように巡回するぞ」
治安維持と称して、駆け鳥部隊で徘徊ーーもとい巡回していたのだった。
もっとも東に向かった魔物がモルニードスの森に戻って来る事はなく、城塞都市エクレロイド周辺のモルニードスの森の魔物はごっそりとスタンピードに狩り出されて東へ向かったのでエクレロイドに魔物が接近する事などなかったのだが。
それでも巡回して時間を潰していた。
但し、それはスタンピード発生から僅か5日間で到着した駆け鳥部隊だけの事である。
他の狼部隊、鹿部隊、蜥蜴部隊は順当に街道を移動しており、11日目で城塞街ベーデに到着し、13日目はベーデとエクレロイドの間の街道に居た。
陸亀や熊が引く兵士を乗せた輸送部隊に至っては、まだべーデにも到着していなかった。
◇
城塞街ベーデに滞在していたクロベーテ王国所属の凄腕暗部達は城塞都市エクレロイドで起こったスタンピードの当夜の内にエクレロイドに向けて出発し、2日後にはエクレロイドに到着している。
その凄腕暗部部隊を率いるのはベーデ支部長を務める50代の紺髪眼鏡紺髭で苦労が顔の皺に出てる人間・魂系ソームのジョナルオだった。
ジョナルオは衛星都市アペンコードの出身で代々暗部の家系だったが、父親が魔法学校時代にベーデで裸で街中を走るという奇行を起こした所為で(ムゲルに強制魔法を掛けられたからです)嘲笑の対象となり、周囲を黙らす為に修練に励み、見事大成して暗部のベーデ支部長という魔術師系の最高峰の地位にまで上り詰めていた。
ムゲルが知ればふんぞり返りながら『オレが与えた試練のお陰だな、ありがたく思いな』と言うかもしれないが、それはさておき。
そのジョナルオ以下、ベーデに居た凄腕40人以上がスタンピードが起こるに至った経緯を調べるべく投入されていた。
当然、城塞都市エクレロイドとモルニードスの森の両方を同時進行で調査している。
だが、何らかの薬品や魔法の痕跡もない。
これは本当だ。魔物寄せの呪詛はバルジセンタが死んだ時点で次なる対象を目指してる。何よりカイルが使用した呪詛返しは黒魔法の獄界系ーーつまりは最上級の深淵だ。宮廷魔術師クラスでなければ魔物寄せの呪詛の残り香を探知する事は出来ず、暗部部隊の魔法の技能では探知出来なかった。
そもそも元凶となった魔物寄せの呪詛を浴びた国境警備隊の幹部のパルジセンタの死も多数の戦死者に紛れて『ただの戦死』で片付けられている。ガーゴイルがパルジセンタの頭部を喰らった時点で魔物寄せの呪詛は消えたが、その後もガーゴイルが喰らったので遺体は足2本だけだったが。その足を宮廷魔術師クラスが調べれば魔物寄せの呪詛が検知出来たのだが、暗部系の魔術師ではどだい無理な話だった。
また『パルジセンタが魔物寄せの呪詛が掛かってる』と検査したお色気女僧侶のセーラも魔物がエクレロイド城を襲った際に巻き込まれて不運にも戦死してる。
何より『魔寄せの呪詛』を、呪詛を受けた本人のパルジセンタと検査したセーラの両名が軽く考えていたのが大きく、『魔寄せの呪詛程度なら』とパルジセンタはその日の内に上司に報告せず、セーラも神殿に報告せず『パルジセンタさん、非番の日にでも神殿に解呪に向かって下さいね』と軽く考えていた。
お陰でその夜にスタンピードが起きてパルジセンタとセーラが死に、パルジセンタが国境警備隊の幹部だった事も重なり、外聞を気にしてか誰にも口外していなかった為に、その秘密は永遠に葬られる事となった。
実はセーラが記したパリジセンタの検査結果の診断書も治癒室には存在していたのだが、スタンピードでエクレロイド城に侵入した魔物が治癒室で暴れた所為で破れて読めないという顛末になっている。
その為、早々に城塞都市エクレロイドの調査を終えた暗部部隊は『魔物の個数が増えた事による餌の枯渇等々の要因から自然現象としてスタンピードが起こったのでは』と調査方針を切り替えてモルニードスの森内を調査したが、別に魔物の数が増えた痕跡は見られない。
『特別な魔物が移り住んだのかも』と調査を続けたが、
「モルニードスの森には何もありませんね、支部長」
「じゃあ、魔物を魔術師が操った?」
「スタンピードに起こすまでの数を? あり得ません」
「訳が分からないぞ」
支部長のジョナルオ以下、暗部の幹部達は頭を悩ましながら調査を続けていた。
「半数をベーデに帰しますか?」
「いや、騎士団の後続部隊が来るまでは留まらせよう。今のエクレロイドは守備が手薄だからな」
こうして凄腕暗部部隊は未だにエクレロイドに留まっていたのだった。
◇
モルゼン山の麻薬工場で作った麻薬は販売して金に換えて初めて価値が出る。
その為、麻薬工場で作った麻薬は流通させる訳だが、そこで問題となるのが城塞街ベーデある。
犯罪シンジゲート『黒き刃』が王家の影主導の下部組織である事は『黒き刃』の最高幹部以外の組織員は誰も知らない。そもそも犯罪シンジゲート『黒き刃』が王家の影の下部組織だという事実が露見したら大不祥事に発展する。蜥蜴の尻尾切りで何人の貴族が生贄にされるか分からず秘中の秘だった。
よって城塞街ベーデには『黒き刃』の支部もなかった。ベーデなんかに支部を作ったら最後、絶対に暗部育成機関の魔法学校と全面戦争になって、それがクロベーテ王国中に飛び火するのだから。
ベーデ以下、スイロドにも麻薬は持ち込めない。
輸送にしくじって麻薬が発見されて『ベーデ界隈に麻薬工場がある』と暗部育成機関の耳に入ったら最後『訓練生のいい訓練だ』とばかりにちょっかいを出されるに決まっている。
以下の諸事情により、モルゼン山の麻薬工場に原料を運び、加工された麻薬を輸送する方法として、モルニードスの森からズラン監視塔の横を流れ、モルゼン山の麓、麻薬工場の傍を流れて更に南側へと続く小川が使っていた。
水運である。
とはいえ、小川の上を舟で運ぶのは拙い。
どこにでも居る冒険者に目撃されたら一巻の終わりだ。冒険者ギルドで面白おかしく他の冒険者に伝わって有名になってしまう。
運搬には特注で魔道具工房に作らせた水中を進む箱を利用した。
潜水艇ではない。そう呼ぶにはサイズは小さいし、人も運べない。
荷物だけだ。だが、それがいい。麻薬の原料の他に食料や酒、必要な雑貨などを箱に入れて運んだ。特注品なのだ。川底の岩程度では壊れないし、水に溶ける偽装も施してある。誰にもバレる事はない。
そんな訳で、川下の南側の魔道具の箱を5日掛けて移動させて荷の受け渡しをやっていたのだがーー荷が約束の期日になっても届く事はなかった。
1日待ち、2日待つも到着しない。
他の魔術師に傍受されて危険だが魔道具での通信も試みた。応答はない。
それもそのはず。上級ゾンビに既に潰されていたのだから。
だが、その情報を『黒き刃』は知らない。
麻薬工場の連中に何かあったのか、それとも裏切ったのか。
モルゼン山の麻薬工場の統括は更に南側、徒歩だと20日を要する小川の下流にある城塞街ルースハワーにある『黒き刃』ルースハワー支部だ。
だが、現在ルースハワー支部のトップの幹部は不在だ。最高幹部会の招集で王都オルクロリアに出向いているのだから。
その為、『黒き刃』ルースハワー支部の留守役、キートブラーズという40代の外見のダークエルフの男が采配をする事となった。
ダークエルフの系統は2つだ。
暗黒神に魂を売った、もとい暗黒神と契約して更なる力を求めた『邪系リュラバーレ』。
魂を売っていない『良識系サル』。
キートブラーズは少数派でもある邪系リュラハーレだったので、かなり危険なダークエルフだった。
通称、キートの命令は『出向け』だ。
言葉では簡単だが、距離があり時間が掛かる。
冒険者に扮した、いや実際に冒険者でもある組織員なのだが、その者達が城塞街ルースハワーから目指すとなると、途中まで騎獣の狼で運んでも、更に徒歩で10日間、移動するという馬鹿みたいな行軍日程になるのだから。
総ては城塞街ベーデの暗部育成機関の魔法学校の所為だ。あの組織さえなければ、もっと気軽に騎獣で乗り付けられるのに、連中がいる所為で騎獣で乗り付けれず、徒歩移動で近付く破目になった。
ならば『モルゼン山なんぞに麻薬工場を作らなければ良かったのに』というそもそも論になるが、クロベーテ王国は隅々まで冒険者達に踏破されており、都合の良い田舎が少ないのだ。
結果、こんな馬鹿な行軍となり、
「では、今から行ってきます」
「ああ、任せた」
留守役のキートに挨拶した『黒き刃』所属の冒険者カーロンの部隊が城塞街ルースハワーからモルゼン山へ出発したところだった。
◇
城塞都市エクレロイドでスタンピードに遭遇したブローゼン連合の暗部部隊は13日間掛けてようやくモルニードスの森を突っ切って城塞都市スイロドに到着したところだった。
はっきり言って地獄だった。
モルニードスの森で魔物が空白地帯だったのは城塞都市エクレロイドで半分ほどのエリアだけで、残る半分には魔物が生息していたのだから。
それもスタンピードの影響か、妙に好戦的で遭遇すれば必ず戦闘になった。
お陰で1人1人が最低でも魔物を1日50匹以上倒してる。
何せ、魔物と遭遇して逃げると最悪なのだ。
追い掛けてきて、逃げた先に魔物が居たら挟み撃ちになるので。
無理して戦闘した結果、エクレロイドで購入した回復薬5本などあっという間に使い切った。
何より最悪なのがモルニードスの森での睡眠時間の確保である。
夜に眠るのは拙いのだ。夜に活動する魔物が多いので。昼間に仮眠して夜に移動したが、昼間も寝てれば魔物が寄ってくる。見張りは必要で、その見張りがミスすれば寝込みを襲われて死ぬ事になった。
人は寝なければ死んでしまう。1日くらいならどうって事はないが2、3日徹夜を続けると思考力が低下して集中力も切れる。魔法も使えなくなり、悪循環だ。
睡眠は必須なのだ。雑魚の魔物でも日に20匹も倒せばクタクタで泥のように眠る羽目になる。そこを襲われて、睡眠時間を削り、仲間が死に、所持品の食糧等々を引き継ぎ、13日掛けてモルニードスの森の横断に成功したのは3人だけだった。
ジェシカ隊のジェシカとベッペ。
マッケンリ隊のレアン。
この3人だけだった。
マッケンリ隊は粛清部隊で戦闘力こそ高かったが、森で必要不可欠な偵察力が欠落していた為、運悪くモルニードスの森の主の20メートル級のイエロージャイアントスネークと遭遇して、逃げ切った1人を除いて全滅していた。
宿屋で合流した生き残った3人全員が、
「やってられないわっ!」
「まったくですよ。まさか、マッケンリー隊が全滅なんて。この戦力でまだムゲルの老人を探すとか言いませんよね?」
「ええ、帰りましょ」
「でも、それだと任務が――」
「なら、ベッペ、おまえが1人でやりな。オレ達は帰るから」
「そうよ。じゃあね、ベッペ」
「いやいや、そんな事言わないで。オレも連れて行って下さいよ」
こうしてムゲル追跡任務を帯びたブローゼン連合の暗部部隊は城塞都市スイロドでムゲル追跡を断念したのだった。
◇
だからと言って、カイルを追跡する者が居なくなった訳ではない。
カイルはまだまだ追われていた。
正確には黒髪エルフに扮したカイルがだが。
追ってるのは当然、衛星都市デルの黒き刃のデル支部の連中である。デル支部は組織の金をごっそりと奪われてるのだ。主犯の女詐欺師ミラーヌが早々に拷問に屈して『北の衛星都市アペンコードで仲間と合流する手はずです。だからもう許して』とか適当な事を証言した為に、支部長のパンプキル以下精鋭部隊はそちらに出向いてるが、同時進行でミラーヌと一緒に行動していた黒髪エルフの捜索もされていた。
だが、黒髪エルフは当然、衛星都市デルにしか出現していない。
よって足取りは完全に不明だ。
何せ、城塞都市スイロドではカイルは茶髪エルフに扮していたのだから。
何より衛星都市デルの西側には王都オルクロリアがある。向かうとしたらそちらだ。
こうして足取りは完全に見失うはずだったのだが、カイルが纏う装備品は目立っていた。
魔剣に千年亀の甲羅製の胸当て。
額当てにバックルに腕輪に指輪。
黒髪エルフの足取りは掴めなくても、千年亀の甲羅製の胸当ては見る者が見れば分かる。
そしてデル支部の連中が用のあるのは奪われたデル支部の大金なのである。
よって王都オルクロリアに向かっていた追跡部隊は目撃情報を頼りにUターンして城塞都市スイロドまで出向き、更には城塞街ベーデまで出向いていた。
支部長のパンプキルが衛星都市アペンコードに向かってる為、現場の判断で、大部隊で鬼門の城塞街ベーデへ、である。
そして城塞街ベーデで聞き込みをした訳だが。
当然、目立つ。
暗部育成機関の魔法学校は教師陣達が不在だ。お隣の城塞都市エクレロイドではスタンピードが発生。つまりはクロベーテ王国の危機だ。
ベーデに残された生徒達の血も騒ぐ。何かをクロベーテ王国の為に貢献しなければ。
そこに怪しげな余所者連中が50人も登場である。
速攻で城塞街ベーデの色街区画で激突した。
勝敗は簡単に決した。
デル支部の黒き刃の部隊は精鋭がアペンコードに向かった為に冒険者崩れのチンピラばかり。対する魔法学校の学生達は暗部育成機関の卵だ。魔法も使える。
魔法学校の生徒達の勝利だ。圧勝である。
50人全員が捕縛の憂き目にあった。
そして尋問だ。学生とはいえ暗部系なので、
「言う訳ないだろ、バーカ」
というナメた奴の指ぐらいは簡単にボキッとへし折る訓練をしている。
「ウギャアアーーテメーラ、こんな事して――ギャアアアア」
チンピラばかりなので気合の入った奴でも指3本までで教えてくれた。
情報を総合すれば、犯罪シンジケート『黒き刃』のデル支部の資産を奪って逃げた奴が居る。黒髪エルフの少年で、装備品は額当てと魔剣と千年亀の甲羅製の胸当て。
50人全員を拷問した情報が魔法学校の学生達に共有され、
(あれ? 千年亀の甲羅製かは分からないが、胸当てと額当てをしてるガキをオレ、知ってるぞ?)
と内心で思ったのは中央広場のベンチで眠らされた黒髪眼鏡の人間の男、コンドールだった。
(デカイリュックに凄い数の魔石も詰まってて、直後に眠くなって夜までベンチで寝て見失ったけど・・・おいおい、まさか、あれって眠らされたのか? このオレが?)
真相にようやく気付く体たらくだったが、
(あのガキ、ふざけるなよっ!)
気付いた後は大激怒だった。
魔法学校で成績が上位だったからこそ見回り任務に付いていたのだ。
魔法が使える分、ベーデの暗部育成機関の生徒達はプライドも高い。
(絶対に許さんぞ、あのガキっ!)
お陰でロックオンされて、カイルは知らぬ間にまた恨みを買ったのだった。
これがカイルとマーベラが乗る獣車がベーデに帰る2日前の昼間の出来事だった
◇
そしてカイルとマーベラはと言えばマーベラが『ムゲルが懸想したユリアの曾孫』と判明した事で、城塞街ベーデに立ち寄って以降、カイルの中でマーベラは『使い捨て要員』から『お気に入り』に昇格していた。
往路の夜からムゲルが得られなかったユリアへの思いをぶつけるように、カイルはマーベラをたっぷり愛している。それこそマーベラがダウンするまで情事に耽っていた。
それがカイルのベーデを立ち寄った以降の夜の光景だったが、城塞街ベーデに立ち寄った事でカイルはもう1つ、やっていた事があった。
『ムゲル時代に失敗した蛇ゴーレムの検証』である。
周辺に誰も居ない星空の下で意識を失って果てた裸のマーベラを置いて、服を纏ったカイルはデカリュックから魔石が詰まった袋と金貨1000枚が入った袋を出すと使い魔との位置交換を使い、野営地とは無関係な場所ーー城塞街ベーデから東に10日の荒れ地に移動した。
そして地面に砂利サイズの魔石28個と握り拳大サイズの魔石5個を固めて置いて、
「獄界の蛇よ、魔石を核とした仮初めの40年生きた砂鉄の移し身に宿り、我が声に服従せよ。炎も通さぬ移し身に宿れ。魔石と鉄を取り込める移し身に宿れ、ーー獄蛇の鉄蛇形召喚」
呪文を唱えると魔石を積んだ場所に魔法陣が描かれ、その中から10メートル級の鉄蛇のゴーレムが噴水するように出現したのだった。
蛇の造形は妙にリアルである。雑な作りではない。
そして鉄製の蛇のゴーレムだった。
「やはり40年だと10メートルサイズか。1000年だと500メートルサイズなのは分かってるが・・・やはり10メートルまでだな。それ以上のサイズだと例え大量の魔石を使って召喚しても何十年と移し身を維持出来ないし」
ブツブツと呟きながら、思い出したように鉄蛇ゴーレムに気付いたカイルは、
「東に向かい、ダークエルフを皆殺しにしてこい。近くに魔石があればそれを喰らって力を保て。ついでに鉄も」
あっさりと命令したのだった。
それで鉄蛇のゴーレムは東に向かって進み始める。
カイルはソンズに向かう往路の初日の夜からこんな事をやっていた。
何せ、カイルのリュックには持ち運ぶのに邪魔なくらいの魔石袋が4つもある。
もうカイルは2袋を消費していた。
初日に砂利サイズ5個の魔石で1匹、2メートル級の蛇ゴーレムを計30匹造り、ダークエルフの里に放つのを皮切りに、もう100匹は蛇ゴーレムを作って放流している。
往路は数だが、復路では上級ゴーレム作りに凝っており、次に砂利サイズの魔石15個と握り拳大の魔石7個を置き、その上から金貨袋の金貨1000枚をぶちまけて、
「獄界の蛇よ、魔石を核とした仮初めの40年生きた黄金の移し身に宿り、我が声に服従せよ。魔法を吸収して糧とする移し身に宿れ。黄金と魔石を取り込める移し身に宿れ、ーー獄蛇の黄金蛇形召喚」
呪文を詠唱すると金貨の山を中心に魔法陣が描かれ、金貨1000枚が溶けて出来た10メートル級の黄金蛇のゴーレムが噴水するように出現したのだった。
今度は紛う事なき黄金の蛇のゴーレムである。
「うん、問題ないな。どうして黄金が魔法を吸収するのかは研究の余地があるが」
ブツブツ呟きながら、思い出したように、
「東に向かい、ダークエルフを皆殺しにしてこい。近くに黄金と魔石があればそれを喰らって力を保て」
そう命令すると黄金の蛇のゴーレムは東に向かって這い始めた。
「今日はここまでにするか」
金貨1000枚と魔石袋が入っていた空になった革袋2枚を捨てて、カイルはマーベラが待つ野営地へ位置交換を使って帰ったのだった。
それが城塞街ベーデまで後2日の夜の出来事だった。
◇
城塞街ベーデに明日には到着する復路3日目の昼間、カイルは復讐者の存在に気付いた。
カイルの事を仲間に伝えず、城塞街ベーデの中央広場に居た事を思い出し、商業ギルドで聞き込みをして、寮の門限破りどころか外泊してまで抜け駆けをしてソンズへと向かったコンドールである。
魔法学校の生徒の中では優秀な部類に入るコンドールは仲間を連れてきていた。
5人も、である。
その合計6人全員が黒系の制服を纏っており、
「本当だ。陸亀の荷車が近付いてきてるけど、その子供を本当に捕まえるのか? 何も悪い事してないのに?」
「悪い事ならしてるだろ。他人の資産を盗んだんだぜ。窃盗だろ?」
「でも黒き刃ってクロベーテ王国の裏社会を広域で牛耳ってる悪党集団だから、いい事なんじゃーー」
「いいや、悪い事さ。ともかくそのガキ、ダインって奴は捕縛だ」
「ええぇ~。これって後で先生達に怒られるんじゃないのか?」
「怒られないって」
500メートル圏内で呑気に喋っており、
馭者席に座るカイルには丸聞こえだった。
そしてカイルの知識の中にあるムゲルは城塞街ベーデの魔法学校の連中が嫌いであった。
どうして嫌いかと言えば、魔法の試合で負けた事があるから。
確かノルって名前の感じの悪い奴だったが(名前はノゴで当時は爽やか少年です)。
ともかくいい事を教えて貰った。
ならば、
「獄界の蝶よ。我に逆らう愚かなる者達を小川沿いにモルゼン山の麓の洞窟にまで導け、ーー獄蝶の幻鱗粉」
カイルはあっさりと呪文を詠唱した。
すると500メートル先の連中は、
「あっちに居る気がする」
「オレも」
「ああ、川に向かわないと」
マーベラが乗る陸亀が引く荷車が近付く前に西側に移動を始めたのだった。
馭者席に座るカイルを背後からハグしてるマーベラが、
「また何か呟いてたわよ、カーン。不気味だから止めてね」
愛おしそうにカイルの髪を撫でて甘えたのだった。
毎夜情事に耽ている関係で、もうマーベラは完全にカイルの虜なのである。
「うん、気を付けるね、マーベさん」
「素直でよろしい」
「ねえ、マーベさん。ソルトーヤ王国の城塞都市ビーゴコスタに着いた後も一緒に居たいな、ボク」
「仕方ないわね、特別よ。どこに向かうの?」
「とりあえずソルトーヤ王国の北側にあるカイローン遺跡かな?」
「遺跡? 何をするの?」
「遺跡探検かな。前に――コホン、ボクのお爺ちゃんが奥の扉が開けれなくてガッカリしたって話してたから。どんなのかなぁ~って」
「へぇ~」
などと喋りながらイチャイチャしたのだった。
◇
その日の深夜の事である。
城塞街ベーデの城壁は低い。その為、城壁の上には平時から夜間も兵士の見張りが立つ。何せ、モルニードスの森から魔物が出てきて、城壁を跳び越えてベーデの街に入ったら一大事だ。
モルニードスの森に面する北側だけを警戒するのではない。
過去に何度も『モルニードスの森から出てきた魔物が迂回して別方向から街に侵入した、または侵入しようとした』という事例があるのだ。
全方位の城壁の上に見張りの兵士達は立っていた。
その為、最初に『それ』を発見したのは南側の城壁に立っていた兵士のブルザンだった。夜勤の見張りに回されるのだ。当然、下っ端でまだ22歳の兵士だったが、眼だけは良かった。
星明かりも手伝って、野原が見渡せる。
そこに何か巨大な存在が動いていた。
見間違いじゃない。
何かが動いてる。
別の見張りの兵士、実力はあるが素行が悪くて夜勤に回されてる25歳の獣人のビックのところに移動すると、そのビックが、
「何だよ、ちゃんと見張りをしていろ。喋ってるのが上官にバレたらーー」
「違うって。あそこ、何か居るよな?」
「はん? どこ」
「あれだよ」
「あれって、どこだよ?」
「だから全部だよ。長いのがウニョウニョと動いてるだろうがーーほら、ズズズって音も微かにしてるし」
ブルザンが遠方を指差し、ようやくビックも視認して、
「えっ? 何だ、あれ? 200メートルじゃ利かないぞ。300? いや400メートル以上?」
「なっ、なっ、なっ。ヤバイよな」
「ヤバイなんてものじゃないだろ、警笛だっ! いや、警鐘を鳴らせっ! あれがベーデを襲ったら街は終わるぞ、一瞬でっ!」
その後、城塞街ベーデに警鐘がカンカンカンッとけたたましく鳴らされたのだった。
20分後には鎧を纏って出動した城塞街ベーデの守備隊長の50代のリラーベンという人間の男が城壁の上に到着して巨大な動くそれを発見して、
「――な、何だ、あれは? まるで伝説に聞く巨大な岩の蛇みたいだぞ」
その夜、多数の兵士と冒険者が城壁の上からそれを確認し、
多数の人間が城壁から戦闘態勢で見守る中、その巨大な岩蛇は悠然とモルニードスの森の中へと入っていたのだった。
◇
翌日の昼間、城塞街ベーデにマーベラの獣車が帰ってきた時、城門は開じていた。
「ちょっと、どういう事?」
マーベラが城壁の上に居るが兵士に質問すると、
「ああ、靴屋の嬢ちゃんか。待ってろ、開けてやるから。ーー門を開けろ、獣車が1台だ」
その会話の後、鉄門の片方だけが開いた。
マーベラが通過しながら、
「何かあったの?」
「伝説の巨大な岩の蛇が出たんだよ」
「昨夜だ。凄かったから、あの迫力」
緊張した顔の兵士達がそう告げた。
「嘘だぁ~」
マーベラはそう決め付けたが、
「本当だよ。ベーデの部隊の斥候と冒険者ギルドの凄腕がモルニードスの森に入った巨大な岩の蛇を追ってるんだから」
兵士達の顔は真剣その物だった。
マーベラの獣車が通過すると城門はまた閉じられる。
「へぇ~」
マーベラはそう呟きながらベーデの街の中へと進んだ。
ベーデ内も騒然としている。
「大変な事になってるみたいね」
「本当だね」
カイルも頷くが、もうお気付きだと思うが昨夜の巨大な岩の蛇を召喚したのはカイル自身だった。
理由は魔法学校の連中の視線を別に向ける為の目くらましだ。
何故か、カーン姿のカイルが衛星都市デルの違法奴隷店を襲撃した事がバレており、このままベーデに戻れば騒動は免れない。カイル単独ならともかくお気に入りのマーベラが居るのだ。マーベラとまだイチャイチャしたかったカイルは目くらましの為に巨大な岩の蛇のゴーレムを作って『モルニードスの森内で暴れろ』と命令していた。
そのお陰でベーデは大混乱だ。
魔法学校の連中も伝説の巨大な岩の蛇に夢中で、誰もカイルにちょっかいを掛けてこない。
作戦は見事に中っていた。
所有する魔石全部を放出する形となったが、カイルにはまだ宝石の原石袋が2袋と1000枚入りの金貨袋が3袋残ってる。
まだまだ大金持ちだった。
「ねえ、カーン。ベーデで一泊する? それともエクレロイドに向かう?」
「エクレロイドに向かいたいな、ボク」
「わかったわ。じゃあ、商業ギルドに向かいましょう。まずは倉庫にソンズの木箱を置きに行くわね」
その後、商業ギルドの倉庫、商業ギルドで報酬を得た後、マーベラが次の仕事を受けて、小麦袋30袋を積んだ後、食糧と水を大量に補給して、その日の内にマーベラとカイルはベーデの街を出発したが、閉じた城門を潜る際に、
「本当に今、外に出るのか? 危険だぞ?」
「エクレロイドの人達が困ってるからね。それに商業ギルドの貢献依頼だし」
「分かった。本当に気を付けなよ。ヤバイと感じたら逃げてくるんだぞ」
そう兵士に声を掛けられる以外は誰にも声を掛けられず、悠々とベーデから出発したのだった。
そしてソンズの村に到着したその日の内に、一泊する事なく出発しても初日に進む距離が短いのに城塞街ベーデまでは4日で到着出来る予定だった。
つまり計7日間でマーベラとカイルの乗る陸亀の獣車は移動する予定だった訳だが。
7日あれば色々な事が出来る。
正確には城塞都市エクレロイドで起きたスタンピードの翌朝から数えた13日間もあれば。
◇
クロベーテ王国のオルクロリア城内では次期国王を決める大事な会議が連日開かれていた訳だが、そんな最中に東国境の城塞都市エクレロイドデでスタンピードが起こった。
リッチとなった宮廷魔術師ガルタイルに潰されて組織を立て直し中のボロボロの騎士団だったが出動しない訳にはいかない。翌朝に『スタンピードを起こした魔物群が東に向かって今はもう居ない』と報告が来てもだ。魔物の思考なんて誰にも理解出来ない。また戻ってくるかもしれないので、騎士団を派遣しない訳にはいかず出発した。
指揮官は新騎士団第1部隊の隊長の人間・頑丈系パーリーズのアスレーズである。
まだ30代ながらリッチとなったガルタイルの首を刎ねた第1功労者でもあった。その功績の勢いのままに第1部隊の部隊長にまで出世して、城塞都市エクレロイドに向かって出発したのだった。
城塞都市エクレロイドまでは、王都オルクロリアから衛星都市デルを経て城塞都市スイロドと城塞街ベーデを通過して城塞都市エクレロイドへと移動出来る。
その移動日数は陸獣で、
王都オルクロリアから衛星都市デルまでが3日。
衛星都市デルから城塞都市スイロドまでが3日。
城塞都市スイロドから城塞街ベーデまでが5日。
城塞都市ベーデから城塞都市エクレロイドまでが5日。
となっており、スタンピードの翌日には王都オルクロリアから出発していたが、
騎獣の駆け鳥は狼が3日で移動する距離を1日で移動出来る。その上、城塞都市スイロドを経由しないショートカットコースを移動し、王都オルクロリアを出発した騎士団の駆け鳥部隊は僅か5日でエクレロイドに到着していた。
そして城壁に大穴が二つも開いてる城塞都市エクレロイドの周辺を、駆け鳥でやってきたやる気満々のアスレーズが、
「我らは魔物が近付かぬように巡回するぞ」
治安維持と称して、駆け鳥部隊で徘徊ーーもとい巡回していたのだった。
もっとも東に向かった魔物がモルニードスの森に戻って来る事はなく、城塞都市エクレロイド周辺のモルニードスの森の魔物はごっそりとスタンピードに狩り出されて東へ向かったのでエクレロイドに魔物が接近する事などなかったのだが。
それでも巡回して時間を潰していた。
但し、それはスタンピード発生から僅か5日間で到着した駆け鳥部隊だけの事である。
他の狼部隊、鹿部隊、蜥蜴部隊は順当に街道を移動しており、11日目で城塞街ベーデに到着し、13日目はベーデとエクレロイドの間の街道に居た。
陸亀や熊が引く兵士を乗せた輸送部隊に至っては、まだべーデにも到着していなかった。
◇
城塞街ベーデに滞在していたクロベーテ王国所属の凄腕暗部達は城塞都市エクレロイドで起こったスタンピードの当夜の内にエクレロイドに向けて出発し、2日後にはエクレロイドに到着している。
その凄腕暗部部隊を率いるのはベーデ支部長を務める50代の紺髪眼鏡紺髭で苦労が顔の皺に出てる人間・魂系ソームのジョナルオだった。
ジョナルオは衛星都市アペンコードの出身で代々暗部の家系だったが、父親が魔法学校時代にベーデで裸で街中を走るという奇行を起こした所為で(ムゲルに強制魔法を掛けられたからです)嘲笑の対象となり、周囲を黙らす為に修練に励み、見事大成して暗部のベーデ支部長という魔術師系の最高峰の地位にまで上り詰めていた。
ムゲルが知ればふんぞり返りながら『オレが与えた試練のお陰だな、ありがたく思いな』と言うかもしれないが、それはさておき。
そのジョナルオ以下、ベーデに居た凄腕40人以上がスタンピードが起こるに至った経緯を調べるべく投入されていた。
当然、城塞都市エクレロイドとモルニードスの森の両方を同時進行で調査している。
だが、何らかの薬品や魔法の痕跡もない。
これは本当だ。魔物寄せの呪詛はバルジセンタが死んだ時点で次なる対象を目指してる。何よりカイルが使用した呪詛返しは黒魔法の獄界系ーーつまりは最上級の深淵だ。宮廷魔術師クラスでなければ魔物寄せの呪詛の残り香を探知する事は出来ず、暗部部隊の魔法の技能では探知出来なかった。
そもそも元凶となった魔物寄せの呪詛を浴びた国境警備隊の幹部のパルジセンタの死も多数の戦死者に紛れて『ただの戦死』で片付けられている。ガーゴイルがパルジセンタの頭部を喰らった時点で魔物寄せの呪詛は消えたが、その後もガーゴイルが喰らったので遺体は足2本だけだったが。その足を宮廷魔術師クラスが調べれば魔物寄せの呪詛が検知出来たのだが、暗部系の魔術師ではどだい無理な話だった。
また『パルジセンタが魔物寄せの呪詛が掛かってる』と検査したお色気女僧侶のセーラも魔物がエクレロイド城を襲った際に巻き込まれて不運にも戦死してる。
何より『魔寄せの呪詛』を、呪詛を受けた本人のパルジセンタと検査したセーラの両名が軽く考えていたのが大きく、『魔寄せの呪詛程度なら』とパルジセンタはその日の内に上司に報告せず、セーラも神殿に報告せず『パルジセンタさん、非番の日にでも神殿に解呪に向かって下さいね』と軽く考えていた。
お陰でその夜にスタンピードが起きてパルジセンタとセーラが死に、パルジセンタが国境警備隊の幹部だった事も重なり、外聞を気にしてか誰にも口外していなかった為に、その秘密は永遠に葬られる事となった。
実はセーラが記したパリジセンタの検査結果の診断書も治癒室には存在していたのだが、スタンピードでエクレロイド城に侵入した魔物が治癒室で暴れた所為で破れて読めないという顛末になっている。
その為、早々に城塞都市エクレロイドの調査を終えた暗部部隊は『魔物の個数が増えた事による餌の枯渇等々の要因から自然現象としてスタンピードが起こったのでは』と調査方針を切り替えてモルニードスの森内を調査したが、別に魔物の数が増えた痕跡は見られない。
『特別な魔物が移り住んだのかも』と調査を続けたが、
「モルニードスの森には何もありませんね、支部長」
「じゃあ、魔物を魔術師が操った?」
「スタンピードに起こすまでの数を? あり得ません」
「訳が分からないぞ」
支部長のジョナルオ以下、暗部の幹部達は頭を悩ましながら調査を続けていた。
「半数をベーデに帰しますか?」
「いや、騎士団の後続部隊が来るまでは留まらせよう。今のエクレロイドは守備が手薄だからな」
こうして凄腕暗部部隊は未だにエクレロイドに留まっていたのだった。
◇
モルゼン山の麻薬工場で作った麻薬は販売して金に換えて初めて価値が出る。
その為、麻薬工場で作った麻薬は流通させる訳だが、そこで問題となるのが城塞街ベーデある。
犯罪シンジゲート『黒き刃』が王家の影主導の下部組織である事は『黒き刃』の最高幹部以外の組織員は誰も知らない。そもそも犯罪シンジゲート『黒き刃』が王家の影の下部組織だという事実が露見したら大不祥事に発展する。蜥蜴の尻尾切りで何人の貴族が生贄にされるか分からず秘中の秘だった。
よって城塞街ベーデには『黒き刃』の支部もなかった。ベーデなんかに支部を作ったら最後、絶対に暗部育成機関の魔法学校と全面戦争になって、それがクロベーテ王国中に飛び火するのだから。
ベーデ以下、スイロドにも麻薬は持ち込めない。
輸送にしくじって麻薬が発見されて『ベーデ界隈に麻薬工場がある』と暗部育成機関の耳に入ったら最後『訓練生のいい訓練だ』とばかりにちょっかいを出されるに決まっている。
以下の諸事情により、モルゼン山の麻薬工場に原料を運び、加工された麻薬を輸送する方法として、モルニードスの森からズラン監視塔の横を流れ、モルゼン山の麓、麻薬工場の傍を流れて更に南側へと続く小川が使っていた。
水運である。
とはいえ、小川の上を舟で運ぶのは拙い。
どこにでも居る冒険者に目撃されたら一巻の終わりだ。冒険者ギルドで面白おかしく他の冒険者に伝わって有名になってしまう。
運搬には特注で魔道具工房に作らせた水中を進む箱を利用した。
潜水艇ではない。そう呼ぶにはサイズは小さいし、人も運べない。
荷物だけだ。だが、それがいい。麻薬の原料の他に食料や酒、必要な雑貨などを箱に入れて運んだ。特注品なのだ。川底の岩程度では壊れないし、水に溶ける偽装も施してある。誰にもバレる事はない。
そんな訳で、川下の南側の魔道具の箱を5日掛けて移動させて荷の受け渡しをやっていたのだがーー荷が約束の期日になっても届く事はなかった。
1日待ち、2日待つも到着しない。
他の魔術師に傍受されて危険だが魔道具での通信も試みた。応答はない。
それもそのはず。上級ゾンビに既に潰されていたのだから。
だが、その情報を『黒き刃』は知らない。
麻薬工場の連中に何かあったのか、それとも裏切ったのか。
モルゼン山の麻薬工場の統括は更に南側、徒歩だと20日を要する小川の下流にある城塞街ルースハワーにある『黒き刃』ルースハワー支部だ。
だが、現在ルースハワー支部のトップの幹部は不在だ。最高幹部会の招集で王都オルクロリアに出向いているのだから。
その為、『黒き刃』ルースハワー支部の留守役、キートブラーズという40代の外見のダークエルフの男が采配をする事となった。
ダークエルフの系統は2つだ。
暗黒神に魂を売った、もとい暗黒神と契約して更なる力を求めた『邪系リュラバーレ』。
魂を売っていない『良識系サル』。
キートブラーズは少数派でもある邪系リュラハーレだったので、かなり危険なダークエルフだった。
通称、キートの命令は『出向け』だ。
言葉では簡単だが、距離があり時間が掛かる。
冒険者に扮した、いや実際に冒険者でもある組織員なのだが、その者達が城塞街ルースハワーから目指すとなると、途中まで騎獣の狼で運んでも、更に徒歩で10日間、移動するという馬鹿みたいな行軍日程になるのだから。
総ては城塞街ベーデの暗部育成機関の魔法学校の所為だ。あの組織さえなければ、もっと気軽に騎獣で乗り付けられるのに、連中がいる所為で騎獣で乗り付けれず、徒歩移動で近付く破目になった。
ならば『モルゼン山なんぞに麻薬工場を作らなければ良かったのに』というそもそも論になるが、クロベーテ王国は隅々まで冒険者達に踏破されており、都合の良い田舎が少ないのだ。
結果、こんな馬鹿な行軍となり、
「では、今から行ってきます」
「ああ、任せた」
留守役のキートに挨拶した『黒き刃』所属の冒険者カーロンの部隊が城塞街ルースハワーからモルゼン山へ出発したところだった。
◇
城塞都市エクレロイドでスタンピードに遭遇したブローゼン連合の暗部部隊は13日間掛けてようやくモルニードスの森を突っ切って城塞都市スイロドに到着したところだった。
はっきり言って地獄だった。
モルニードスの森で魔物が空白地帯だったのは城塞都市エクレロイドで半分ほどのエリアだけで、残る半分には魔物が生息していたのだから。
それもスタンピードの影響か、妙に好戦的で遭遇すれば必ず戦闘になった。
お陰で1人1人が最低でも魔物を1日50匹以上倒してる。
何せ、魔物と遭遇して逃げると最悪なのだ。
追い掛けてきて、逃げた先に魔物が居たら挟み撃ちになるので。
無理して戦闘した結果、エクレロイドで購入した回復薬5本などあっという間に使い切った。
何より最悪なのがモルニードスの森での睡眠時間の確保である。
夜に眠るのは拙いのだ。夜に活動する魔物が多いので。昼間に仮眠して夜に移動したが、昼間も寝てれば魔物が寄ってくる。見張りは必要で、その見張りがミスすれば寝込みを襲われて死ぬ事になった。
人は寝なければ死んでしまう。1日くらいならどうって事はないが2、3日徹夜を続けると思考力が低下して集中力も切れる。魔法も使えなくなり、悪循環だ。
睡眠は必須なのだ。雑魚の魔物でも日に20匹も倒せばクタクタで泥のように眠る羽目になる。そこを襲われて、睡眠時間を削り、仲間が死に、所持品の食糧等々を引き継ぎ、13日掛けてモルニードスの森の横断に成功したのは3人だけだった。
ジェシカ隊のジェシカとベッペ。
マッケンリ隊のレアン。
この3人だけだった。
マッケンリ隊は粛清部隊で戦闘力こそ高かったが、森で必要不可欠な偵察力が欠落していた為、運悪くモルニードスの森の主の20メートル級のイエロージャイアントスネークと遭遇して、逃げ切った1人を除いて全滅していた。
宿屋で合流した生き残った3人全員が、
「やってられないわっ!」
「まったくですよ。まさか、マッケンリー隊が全滅なんて。この戦力でまだムゲルの老人を探すとか言いませんよね?」
「ええ、帰りましょ」
「でも、それだと任務が――」
「なら、ベッペ、おまえが1人でやりな。オレ達は帰るから」
「そうよ。じゃあね、ベッペ」
「いやいや、そんな事言わないで。オレも連れて行って下さいよ」
こうしてムゲル追跡任務を帯びたブローゼン連合の暗部部隊は城塞都市スイロドでムゲル追跡を断念したのだった。
◇
だからと言って、カイルを追跡する者が居なくなった訳ではない。
カイルはまだまだ追われていた。
正確には黒髪エルフに扮したカイルがだが。
追ってるのは当然、衛星都市デルの黒き刃のデル支部の連中である。デル支部は組織の金をごっそりと奪われてるのだ。主犯の女詐欺師ミラーヌが早々に拷問に屈して『北の衛星都市アペンコードで仲間と合流する手はずです。だからもう許して』とか適当な事を証言した為に、支部長のパンプキル以下精鋭部隊はそちらに出向いてるが、同時進行でミラーヌと一緒に行動していた黒髪エルフの捜索もされていた。
だが、黒髪エルフは当然、衛星都市デルにしか出現していない。
よって足取りは完全に不明だ。
何せ、城塞都市スイロドではカイルは茶髪エルフに扮していたのだから。
何より衛星都市デルの西側には王都オルクロリアがある。向かうとしたらそちらだ。
こうして足取りは完全に見失うはずだったのだが、カイルが纏う装備品は目立っていた。
魔剣に千年亀の甲羅製の胸当て。
額当てにバックルに腕輪に指輪。
黒髪エルフの足取りは掴めなくても、千年亀の甲羅製の胸当ては見る者が見れば分かる。
そしてデル支部の連中が用のあるのは奪われたデル支部の大金なのである。
よって王都オルクロリアに向かっていた追跡部隊は目撃情報を頼りにUターンして城塞都市スイロドまで出向き、更には城塞街ベーデまで出向いていた。
支部長のパンプキルが衛星都市アペンコードに向かってる為、現場の判断で、大部隊で鬼門の城塞街ベーデへ、である。
そして城塞街ベーデで聞き込みをした訳だが。
当然、目立つ。
暗部育成機関の魔法学校は教師陣達が不在だ。お隣の城塞都市エクレロイドではスタンピードが発生。つまりはクロベーテ王国の危機だ。
ベーデに残された生徒達の血も騒ぐ。何かをクロベーテ王国の為に貢献しなければ。
そこに怪しげな余所者連中が50人も登場である。
速攻で城塞街ベーデの色街区画で激突した。
勝敗は簡単に決した。
デル支部の黒き刃の部隊は精鋭がアペンコードに向かった為に冒険者崩れのチンピラばかり。対する魔法学校の学生達は暗部育成機関の卵だ。魔法も使える。
魔法学校の生徒達の勝利だ。圧勝である。
50人全員が捕縛の憂き目にあった。
そして尋問だ。学生とはいえ暗部系なので、
「言う訳ないだろ、バーカ」
というナメた奴の指ぐらいは簡単にボキッとへし折る訓練をしている。
「ウギャアアーーテメーラ、こんな事して――ギャアアアア」
チンピラばかりなので気合の入った奴でも指3本までで教えてくれた。
情報を総合すれば、犯罪シンジケート『黒き刃』のデル支部の資産を奪って逃げた奴が居る。黒髪エルフの少年で、装備品は額当てと魔剣と千年亀の甲羅製の胸当て。
50人全員を拷問した情報が魔法学校の学生達に共有され、
(あれ? 千年亀の甲羅製かは分からないが、胸当てと額当てをしてるガキをオレ、知ってるぞ?)
と内心で思ったのは中央広場のベンチで眠らされた黒髪眼鏡の人間の男、コンドールだった。
(デカイリュックに凄い数の魔石も詰まってて、直後に眠くなって夜までベンチで寝て見失ったけど・・・おいおい、まさか、あれって眠らされたのか? このオレが?)
真相にようやく気付く体たらくだったが、
(あのガキ、ふざけるなよっ!)
気付いた後は大激怒だった。
魔法学校で成績が上位だったからこそ見回り任務に付いていたのだ。
魔法が使える分、ベーデの暗部育成機関の生徒達はプライドも高い。
(絶対に許さんぞ、あのガキっ!)
お陰でロックオンされて、カイルは知らぬ間にまた恨みを買ったのだった。
これがカイルとマーベラが乗る獣車がベーデに帰る2日前の昼間の出来事だった
◇
そしてカイルとマーベラはと言えばマーベラが『ムゲルが懸想したユリアの曾孫』と判明した事で、城塞街ベーデに立ち寄って以降、カイルの中でマーベラは『使い捨て要員』から『お気に入り』に昇格していた。
往路の夜からムゲルが得られなかったユリアへの思いをぶつけるように、カイルはマーベラをたっぷり愛している。それこそマーベラがダウンするまで情事に耽っていた。
それがカイルのベーデを立ち寄った以降の夜の光景だったが、城塞街ベーデに立ち寄った事でカイルはもう1つ、やっていた事があった。
『ムゲル時代に失敗した蛇ゴーレムの検証』である。
周辺に誰も居ない星空の下で意識を失って果てた裸のマーベラを置いて、服を纏ったカイルはデカリュックから魔石が詰まった袋と金貨1000枚が入った袋を出すと使い魔との位置交換を使い、野営地とは無関係な場所ーー城塞街ベーデから東に10日の荒れ地に移動した。
そして地面に砂利サイズの魔石28個と握り拳大サイズの魔石5個を固めて置いて、
「獄界の蛇よ、魔石を核とした仮初めの40年生きた砂鉄の移し身に宿り、我が声に服従せよ。炎も通さぬ移し身に宿れ。魔石と鉄を取り込める移し身に宿れ、ーー獄蛇の鉄蛇形召喚」
呪文を唱えると魔石を積んだ場所に魔法陣が描かれ、その中から10メートル級の鉄蛇のゴーレムが噴水するように出現したのだった。
蛇の造形は妙にリアルである。雑な作りではない。
そして鉄製の蛇のゴーレムだった。
「やはり40年だと10メートルサイズか。1000年だと500メートルサイズなのは分かってるが・・・やはり10メートルまでだな。それ以上のサイズだと例え大量の魔石を使って召喚しても何十年と移し身を維持出来ないし」
ブツブツと呟きながら、思い出したように鉄蛇ゴーレムに気付いたカイルは、
「東に向かい、ダークエルフを皆殺しにしてこい。近くに魔石があればそれを喰らって力を保て。ついでに鉄も」
あっさりと命令したのだった。
それで鉄蛇のゴーレムは東に向かって進み始める。
カイルはソンズに向かう往路の初日の夜からこんな事をやっていた。
何せ、カイルのリュックには持ち運ぶのに邪魔なくらいの魔石袋が4つもある。
もうカイルは2袋を消費していた。
初日に砂利サイズ5個の魔石で1匹、2メートル級の蛇ゴーレムを計30匹造り、ダークエルフの里に放つのを皮切りに、もう100匹は蛇ゴーレムを作って放流している。
往路は数だが、復路では上級ゴーレム作りに凝っており、次に砂利サイズの魔石15個と握り拳大の魔石7個を置き、その上から金貨袋の金貨1000枚をぶちまけて、
「獄界の蛇よ、魔石を核とした仮初めの40年生きた黄金の移し身に宿り、我が声に服従せよ。魔法を吸収して糧とする移し身に宿れ。黄金と魔石を取り込める移し身に宿れ、ーー獄蛇の黄金蛇形召喚」
呪文を詠唱すると金貨の山を中心に魔法陣が描かれ、金貨1000枚が溶けて出来た10メートル級の黄金蛇のゴーレムが噴水するように出現したのだった。
今度は紛う事なき黄金の蛇のゴーレムである。
「うん、問題ないな。どうして黄金が魔法を吸収するのかは研究の余地があるが」
ブツブツ呟きながら、思い出したように、
「東に向かい、ダークエルフを皆殺しにしてこい。近くに黄金と魔石があればそれを喰らって力を保て」
そう命令すると黄金の蛇のゴーレムは東に向かって這い始めた。
「今日はここまでにするか」
金貨1000枚と魔石袋が入っていた空になった革袋2枚を捨てて、カイルはマーベラが待つ野営地へ位置交換を使って帰ったのだった。
それが城塞街ベーデまで後2日の夜の出来事だった。
◇
城塞街ベーデに明日には到着する復路3日目の昼間、カイルは復讐者の存在に気付いた。
カイルの事を仲間に伝えず、城塞街ベーデの中央広場に居た事を思い出し、商業ギルドで聞き込みをして、寮の門限破りどころか外泊してまで抜け駆けをしてソンズへと向かったコンドールである。
魔法学校の生徒の中では優秀な部類に入るコンドールは仲間を連れてきていた。
5人も、である。
その合計6人全員が黒系の制服を纏っており、
「本当だ。陸亀の荷車が近付いてきてるけど、その子供を本当に捕まえるのか? 何も悪い事してないのに?」
「悪い事ならしてるだろ。他人の資産を盗んだんだぜ。窃盗だろ?」
「でも黒き刃ってクロベーテ王国の裏社会を広域で牛耳ってる悪党集団だから、いい事なんじゃーー」
「いいや、悪い事さ。ともかくそのガキ、ダインって奴は捕縛だ」
「ええぇ~。これって後で先生達に怒られるんじゃないのか?」
「怒られないって」
500メートル圏内で呑気に喋っており、
馭者席に座るカイルには丸聞こえだった。
そしてカイルの知識の中にあるムゲルは城塞街ベーデの魔法学校の連中が嫌いであった。
どうして嫌いかと言えば、魔法の試合で負けた事があるから。
確かノルって名前の感じの悪い奴だったが(名前はノゴで当時は爽やか少年です)。
ともかくいい事を教えて貰った。
ならば、
「獄界の蝶よ。我に逆らう愚かなる者達を小川沿いにモルゼン山の麓の洞窟にまで導け、ーー獄蝶の幻鱗粉」
カイルはあっさりと呪文を詠唱した。
すると500メートル先の連中は、
「あっちに居る気がする」
「オレも」
「ああ、川に向かわないと」
マーベラが乗る陸亀が引く荷車が近付く前に西側に移動を始めたのだった。
馭者席に座るカイルを背後からハグしてるマーベラが、
「また何か呟いてたわよ、カーン。不気味だから止めてね」
愛おしそうにカイルの髪を撫でて甘えたのだった。
毎夜情事に耽ている関係で、もうマーベラは完全にカイルの虜なのである。
「うん、気を付けるね、マーベさん」
「素直でよろしい」
「ねえ、マーベさん。ソルトーヤ王国の城塞都市ビーゴコスタに着いた後も一緒に居たいな、ボク」
「仕方ないわね、特別よ。どこに向かうの?」
「とりあえずソルトーヤ王国の北側にあるカイローン遺跡かな?」
「遺跡? 何をするの?」
「遺跡探検かな。前に――コホン、ボクのお爺ちゃんが奥の扉が開けれなくてガッカリしたって話してたから。どんなのかなぁ~って」
「へぇ~」
などと喋りながらイチャイチャしたのだった。
◇
その日の深夜の事である。
城塞街ベーデの城壁は低い。その為、城壁の上には平時から夜間も兵士の見張りが立つ。何せ、モルニードスの森から魔物が出てきて、城壁を跳び越えてベーデの街に入ったら一大事だ。
モルニードスの森に面する北側だけを警戒するのではない。
過去に何度も『モルニードスの森から出てきた魔物が迂回して別方向から街に侵入した、または侵入しようとした』という事例があるのだ。
全方位の城壁の上に見張りの兵士達は立っていた。
その為、最初に『それ』を発見したのは南側の城壁に立っていた兵士のブルザンだった。夜勤の見張りに回されるのだ。当然、下っ端でまだ22歳の兵士だったが、眼だけは良かった。
星明かりも手伝って、野原が見渡せる。
そこに何か巨大な存在が動いていた。
見間違いじゃない。
何かが動いてる。
別の見張りの兵士、実力はあるが素行が悪くて夜勤に回されてる25歳の獣人のビックのところに移動すると、そのビックが、
「何だよ、ちゃんと見張りをしていろ。喋ってるのが上官にバレたらーー」
「違うって。あそこ、何か居るよな?」
「はん? どこ」
「あれだよ」
「あれって、どこだよ?」
「だから全部だよ。長いのがウニョウニョと動いてるだろうがーーほら、ズズズって音も微かにしてるし」
ブルザンが遠方を指差し、ようやくビックも視認して、
「えっ? 何だ、あれ? 200メートルじゃ利かないぞ。300? いや400メートル以上?」
「なっ、なっ、なっ。ヤバイよな」
「ヤバイなんてものじゃないだろ、警笛だっ! いや、警鐘を鳴らせっ! あれがベーデを襲ったら街は終わるぞ、一瞬でっ!」
その後、城塞街ベーデに警鐘がカンカンカンッとけたたましく鳴らされたのだった。
20分後には鎧を纏って出動した城塞街ベーデの守備隊長の50代のリラーベンという人間の男が城壁の上に到着して巨大な動くそれを発見して、
「――な、何だ、あれは? まるで伝説に聞く巨大な岩の蛇みたいだぞ」
その夜、多数の兵士と冒険者が城壁の上からそれを確認し、
多数の人間が城壁から戦闘態勢で見守る中、その巨大な岩蛇は悠然とモルニードスの森の中へと入っていたのだった。
◇
翌日の昼間、城塞街ベーデにマーベラの獣車が帰ってきた時、城門は開じていた。
「ちょっと、どういう事?」
マーベラが城壁の上に居るが兵士に質問すると、
「ああ、靴屋の嬢ちゃんか。待ってろ、開けてやるから。ーー門を開けろ、獣車が1台だ」
その会話の後、鉄門の片方だけが開いた。
マーベラが通過しながら、
「何かあったの?」
「伝説の巨大な岩の蛇が出たんだよ」
「昨夜だ。凄かったから、あの迫力」
緊張した顔の兵士達がそう告げた。
「嘘だぁ~」
マーベラはそう決め付けたが、
「本当だよ。ベーデの部隊の斥候と冒険者ギルドの凄腕がモルニードスの森に入った巨大な岩の蛇を追ってるんだから」
兵士達の顔は真剣その物だった。
マーベラの獣車が通過すると城門はまた閉じられる。
「へぇ~」
マーベラはそう呟きながらベーデの街の中へと進んだ。
ベーデ内も騒然としている。
「大変な事になってるみたいね」
「本当だね」
カイルも頷くが、もうお気付きだと思うが昨夜の巨大な岩の蛇を召喚したのはカイル自身だった。
理由は魔法学校の連中の視線を別に向ける為の目くらましだ。
何故か、カーン姿のカイルが衛星都市デルの違法奴隷店を襲撃した事がバレており、このままベーデに戻れば騒動は免れない。カイル単独ならともかくお気に入りのマーベラが居るのだ。マーベラとまだイチャイチャしたかったカイルは目くらましの為に巨大な岩の蛇のゴーレムを作って『モルニードスの森内で暴れろ』と命令していた。
そのお陰でベーデは大混乱だ。
魔法学校の連中も伝説の巨大な岩の蛇に夢中で、誰もカイルにちょっかいを掛けてこない。
作戦は見事に中っていた。
所有する魔石全部を放出する形となったが、カイルにはまだ宝石の原石袋が2袋と1000枚入りの金貨袋が3袋残ってる。
まだまだ大金持ちだった。
「ねえ、カーン。ベーデで一泊する? それともエクレロイドに向かう?」
「エクレロイドに向かいたいな、ボク」
「わかったわ。じゃあ、商業ギルドに向かいましょう。まずは倉庫にソンズの木箱を置きに行くわね」
その後、商業ギルドの倉庫、商業ギルドで報酬を得た後、マーベラが次の仕事を受けて、小麦袋30袋を積んだ後、食糧と水を大量に補給して、その日の内にマーベラとカイルはベーデの街を出発したが、閉じた城門を潜る際に、
「本当に今、外に出るのか? 危険だぞ?」
「エクレロイドの人達が困ってるからね。それに商業ギルドの貢献依頼だし」
「分かった。本当に気を付けなよ。ヤバイと感じたら逃げてくるんだぞ」
そう兵士に声を掛けられる以外は誰にも声を掛けられず、悠々とベーデから出発したのだった。
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15歳の春。
念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。
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S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは……
「部下は美女揃いだぞ?」
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こうして俺は仕方なく隊長となった。
渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。
女騎士二人は17歳。
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「あの……みんな年上なんですが」
「だが美人揃いだぞ?」
「がんばります!」
とは言ったものの。
俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?
と思っていた翌日の朝。
実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた!
★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。
※2023年11月25日に書籍が発売!
イラストレーターはiltusa先生です!
※コミカライズも進行中!
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
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田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
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7歳序盤まではほのぼのとした話が続きますが、7歳中盤から未開の地へ転移されます。転移以降、物語はスローペースで進んでいきます。読者によっては、早くこの先を知りたいのに、話が進まないよと思う方もおられるかもしれません。のんびりした気持ちで読んで頂けると嬉しいです。
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主人公シャーロットは、チートスキルを持っていますが、最弱スタートです。
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