その英雄は黒魔法を遠距離で放つのを好む

竹井ゴールド

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モルゼン山の麻薬工場、陥落

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 次なる目的地、ソンズの村はクロベーテ王国の東部のモルニードスの森の最南端の城塞街ベーデから東国境よりも離れる南西側に4日の場所にある。

 街道は通ってない。普通の道だ。

 街道とは街と街を繋ぐ道の事だが、このクロベーテ王国においては整備されている道という意味合いもある。

 つまり、ベーデからソンズへと続く道は街道ではなく、普通の道だった。お陰で地中に埋まった石なんぞも地面から顔を出しており、車輪で乗り上げるとガタンと車が上下する悪路という訳だ。

 同時に、ソンズの村は幾つかの丘を越えて3日陸亀で移動した先のモルゼンという岩山の中腹にあった。

 岩山は小さいがそれでも山だ。中腹までは高度があり、坂道を登って進む事となった。

 現在は2日目で3つ目の丘を越えている訳だが、人や獣車の往来は全くなく、まだ誰とも道ですれ違っていない。人が皆無の草原や花が広がる風景だった。

 だが丘の道は悪路な上、微妙な難所が続き、陸亀に進むを任せてイチャイチャも出来ない。

「本当に何もないね」

 馭者席の右側に座って丘の花畑の風景を眺めたカイルが暇を持て余してマーベラに声を掛けた。

「ええ。ソンズ方面は何もないから」

「どうして、そんなところに人が住んでるの?」

 ムゲルの知識として知っているカイルだったが初めての来訪を装って尋ねると、

「愛着があるからじゃないの? 今の王国の2コ前くらいに、この地を治める貴族様の拠点があって、村の人間はその子孫らしいから。ってか城壁だけは立派なのよね、あの村」

(今も変わらず、か。ってか、その子孫がマルコスだったんだけどね。あの没落野郎め)

 とカイルはいきどおりながら、500メートル圏内を探り、

(そして、スタンピード直後で付近の治安は悪化。犯罪組織所属の冒険者達も大胆になっちゃう訳ね)

 不穏な動きどころか会話を盗み聞き、小声で、

「獄界の死霊よ、悪しき者達に生命と輪廻を贄として死しても動き回る罰を与えよ。腐乱する身体となり彷徨う罰を与えよ。我に従う罰を与えよ。簡単に動きを停止せぬ強さを持つ罰を与えよ。己の事を理解する頭脳を持つ罰を与えよ。寿命の三倍動き回る罰を与えよ。欠損しても肉を喰らえば再生する罰を与えよ、ーー獄霊の隷属転生、上級腐乱兵達の誕生」

 そう早口で詠唱して魔法を完成させたのだった。





 ソンズの村へと続く丘の道の横に聳える大岩の裏側で、大岩に向かって進んでくる獣車を発見したのは剣戦士の男だった。

「数日遅れだが、ようやく獲物が現れたぞーー陸亀が引く荷車だ」

「ベルって奴は兵士崩れで行商ながら弓矢も携帯してるらしいぜ。気を付けろよ」

「それ以前に大丈夫なのか? 兵士崩れって事は兵士の友人が居るはずだろ? そんな奴を魔物が倒したように偽装して殺害しても?」

「エクレロイドでスタンピードが起こった直後だ。兵士達もこっちにまでは手は回らないさ」

 大岩の裏側に潜む人数は意外に多く8人も居た。

 全員が冒険者である同時に『黒き刃』所属の末端で、ベルという商人の抹殺指令を受けていた。

 つまり、これだけの人数を動員するという事は、ベルの抹殺はそれなりの重要な任務である事を意味していた。どうして重要かというと、

「ったく、その男もソンズにだけ荷を届けていればいいものを。モルゼン山の裏側に新しく作られた麻薬工場の炊飯の煙なんかに興味を持つから死ぬ事になるのさ」

 これが理由だった。

 南国境の麻薬工場を『光の乙女団』に潰れた煽りで、モルゼン山の付近に秘密裡に新たな麻薬工場が建設されており、ベルがそれに興味を持ち始めて邪魔だった訳だが。

 この8人の冒険者達は既に勝った気で居たが、御存知、今回の陸亀が引く荷車のぬしはベルではなくマーベラとカイルだったので、

「違いない、ゲへへへ」

 8人の冒険者が下卑た笑いをした直後、8人それぞれの足元に魔法陣が出現して輝き始めた。

「おわ? 何だ、この魔法陣・・・グアアア」

「ヌアアア・・・身体の力が抜けていくぅ~」

 魔法陣の中に閉じ込められた8人の身体から生気が奪われ始め、もやのように立ち上り始めた。

 身体中の生気を強制的に魔法陣によって放出させられた8人はみるみると身体が腐り、30秒後には顔も腕も心臓も総てが腐った上級ゾンビに種族転生したのだった。

 その後、念話によるカイルからの、

『視界に入るな。臭い。さっさと離れろ。麻薬工場を襲え』

 との命令で、ゾンビ兵達は自分達の足で、道から離れるように歩いていったのだった。





 前方に大岩が見える道を進むマーベラが、

「あれ、今、変な叫び声が聞こえなかった?」

 周囲を見渡すが、大岩の陰から多少の靄が立ち上ってる事に気付かなかったので何も発見出来なかった。

「もしかして魔物かな?」

 そうすっとぼけたカイルはと言えば、

(上級ゾンビくらいなら生者を贄として遠距離でも簡単に魔法で強制的に転生させれるんだけどなぁ~。でもそれ以上が無理なんだよ、ゾンビも骸骨兵も。魔法学に深淵や異端があっても肝心の死霊魔法が1じゃあ無理なのかな、やっぱ。リッチなんて10日以上も掛けて製造した魔法薬が必要だったし、ヴァンパイアなんて逆立ちしても出来ないから。死霊魔法のスキルってどうやったら上がるんだろ? ムゲル時代に死霊魔法のスキルを上げたくて一時期ずっと使ってたけど全く上がらなかったし、う~ん)

 そんな事に頭を悩ませていた。

「この辺は余り魔物は出ないわよ、カーン」

「そうなの?」

「ええ、森の方が餌が多いからね・・・ってか、今の何?」

 さすがに真横に居たのでマーベラが尋ねた。

「何が、マーベさん?」

「呪文みたいなのを唱えてたでしょ? 時々やってるし」

「そりゃボク、魔術師だからね。今もあの大岩にゾンビが数匹潜んでたから別の場所に移動するように魔法で誘導してて」

 微妙に嘘を交えるカイルであった。

「あのねぇ~、カーン。そんな大層な魔剣を持った魔術師なんていないわよ」

「あっ、酷いな。ボク、本当に魔術師なのにぃ~」

「じゃあ、夜に私とイチャイチャしてる時に使ってる呪文は何なの?」

「体力回復の魔法だよ。ずっと元気でしょ、ボク」

 本当の事を言ってない、と判断したマーベラがカイルをヘッドロックして指先でカイルの頬を触りながら、

「・・・ウリウリ、本当の事を言いなさい」

「だから顔を触らないでって。本当なんだから。信じてよ」

 その後もイチャイチャしながらソンズの村を目指したのだった。





 ソンズの村に向かう際の一番の難所は丘が終わってモルエン山に差し掛かった地点だ。

 日数にして3日目と4日目になる。

 どうして難所かと言えば、モルゼン山の道はつづら折りになっているのだ。

 つづら折りとはジグザグな山道の事である。

 つまりは、モルゼン山は意外に急勾配な山で、蜥蜴や狼の単独ならばその傾斜を登れても、車を引いた騎獣には登れない傾斜なのだ。

 なので、仕方なくジグザクの道を使って徐々に山を登る訳だが。

 2日目の段階で目的地のソンズの村の立派な城壁とジグザグのつづら折りの山道が見えており、3日目になり、そのつづら折りの山道をマーベラ達が乗る陸亀は進んでいた。

「まさかジグザクの道の方を使う破目になるとはね」

「マーベさんは来た事あるの?」

「ええ、曾祖父ちゃんのお墓がソンズにあるから。子供の頃、騎獣を借りた親父に連れられてね」

「へぇ~。今日はどこで泊まるの?」

「ほら、あの草木が生えてる場所があるでしょ。あそこに湧水が出てるからそこね」

「あれ、もしかして昼過ぎには休憩なの?」

「ええ、それ以上進んでも到着は夜中になるでしょ? 城門も開いてないし」

「ふ~ん」

「今、涼しい顔をしてヤラシイ事考えてたでしょ」

「違うよ、崇高で芸術的な事だよ」

 そんな事を喋りながらカイルとマーベラは過ごした訳だが、





 ◇





 そのモルゼン山の裏手の麓の谷の洞窟内には『黒き刃』の麻薬工場が存在した。

 麻薬工場とは文字通りに意味で、クロベーテ王国では禁止薬物に指定されているメーネスの根菜を煮詰めて、魔法ではなく天日干しにして粉末状にした代物、ーーメーネスの粉を作っていた。

 メーネスの粉は体力が回復して痛覚も飛ぶが劇薬で、幸福感による中毒性や幻覚症状、寿命が縮む等々の副作用もある。

 それらを製造してるのが『黒き刃』の麻薬工場で、その工場長がノゴという老人だった。

 ムゲルはとっくの昔に記憶から忘れ去った男だが、このノゴはムゲルの被害者であった。





 ノゴは暗部の名門一族の出自で、幼少から天才で一族の期待の星だったのだが、順当にベーデの暗部養成機関の魔法学校に在籍した17歳の時に人生最悪の出会いをした。

 ベーデに流れ着いたムゲルとの邂逅である。

 ムゲルは当時22歳。ノゴの5歳年上で、既に魔術師として一流の部類だった。

 そのムゲルがベーデの街で魔法学校の生徒と揉めて、当時首席生徒だったノゴが騒ぎを収めるべく出張る破目になったのだが、ムゲルは極悪な性格なので、

「おまえは関係ないだろ。悪いのは外を走ってる奴らなんだから」

「それでも強制魔法で真っ裸で街中を走らせるのは酷過ぎます。男生徒4人はともかく女生徒2人は解除してやって下さい」

「オレは自分より弱い奴の指図は受けないんだよ」

 悪そうな顔どころか舌を出したムカツク顔でムゲルが言い放ち、優等生のノゴが我慢強く、

「ならば魔法の模擬戦でオレが勝ったら強制魔法は解除して貰えるんですね?」

「ププ、おまえがオレに勝つって本気に言ってるのか?」

「はい。オレも魔法には自信がありますから」

「ふむ。勘違いした年下を諭すのも年上の役目か」

 こうして当時は血気盛んだったムゲルはその話に乗り、模擬戦が行われた。

 場所は魔法学校の試合会場だ。

 強大な攻撃魔法と防御魔法を駆使した高度の魔法戦の末、

「グアアアアア」

 火炎球10連発全弾を障壁で防御しきれず吹き飛んだのはムゲルの方だった。

 ノゴは涼しい顔で立っている。

 そうなのだ。何と負けたのはムゲルの方だった。

 5歳も年下の学生に負けたムゲルが情けないのではない。ムゲルは22歳で魂魄の階位が50を越え、既に一流魔術師だったのだから。

 ノゴが17歳ながらそれを上回っていただけだ。

 本当にノゴは魔法の天才だったのだ。

 但し、ノゴには運がなかった。

「約束通り、強制魔法は解除していただきますよ」

 そうノゴは立ったまま高みから言い放ち、

「約束は約束だ、クソ」

 治癒魔法を受けて座るムゲルは渋々とノゴに従った。





 これにて、一件落着ーーで終わる訳がない。





 相手はあのムゲルである。それが満座で負かされて恥を掻かされたのだ。

 ベーデ滞在中は大人しくしていたが。

 失恋の岩蛇騒動の後、旅立つ際に総ての負債を清算するべく、負けた腹いせにノゴの寮部屋に忍び込んでノゴの魔力を強制封印して二度と魔法を使えなくして将来を潰すくらいの事をムゲルならするに決まっていた。

 実際に旅立った3日後に、使い魔のモンを使った位置交換のアリバイトトリックを使って、ムゲルは学生ノゴの魔力を封印してノゴの魔術師としての将来を奪っている。

 ムゲルにさえ遭わなければノゴは今頃はクロベーテ王国の重臣にまで出世していただろうに。

 そのノゴの将来をムゲルはあっさりと潰した。

 魔力を封印されたノゴの方は魔法が使えなくなり、周囲に馬鹿にされながら魔法学校を退学させられ、完全な落伍者となる。

 才能があって期待されてただけに一族からの失望は大きく、一族のコネでどうにか『黒き刃』の末端として採用されて、50代半ばでようやく『魔法が使えなくなったのはムゲルの仕業』と遅蒔きに知った時にはムゲルは隣国の幹部で、ノゴの方は犯罪シンジゲートの支部の中間管理職。

 復讐する事も出せずに泣き寝入りの悔しい十数年を送り続け、





 現在、ノゴはモルゼン山の麻薬製造工場の工場長をしていた訳だが、そのノゴの人生にまたもやムゲルーーの記憶を継承したカイルが干渉してきた。

 無論、悪い方に、である。

 ゾンビ兵8人を麻薬工場に送り込んで襲撃させたのだから。

 麻薬工場は洞窟内にある。まだ拠点を移したばかりで脱出用の穴は掘ってはいない。

 つまりは脱出路のない袋小路だった。

 麻薬工場は金の卵を生むガチョウだ。『黒刃』の凄腕の護衛だって15人は居たはずだ。だが、飲んだくれててゾンビの接近にも気付かぬ体たらくだった。

「ギャアアアア」

 と悲鳴が手前の洞窟のエリアから聞こえてくる。

「ゾンビです。数は8体。どうも冒険者のなれの果てのようです」

「ゾンビなら火魔法に弱いはずだろ、さっさと倒せ」

 70代の老人のノゴが唾を飛ばす。

 正直、このノゴという工場長の事を麻薬製造工場の者達は全員が嫌っていた。ノゴは天才時代の爽やか少年が嘘のように落伍者となった後は意地悪な性格になっていたのだ。

 今ではネチネチ嫌味をいう爺さんだ。全員がワンチャンスで殺す機会を伺うほどだった。

 そして、そのワンチャンスが今まさに到来しており、

「だったらその魔法の指輪を貸して下さい」

「ったく。ほらよ」

 自分がしていた魔法の指輪を外して、警備の40代のブッセという黒髪の獣人に投げたのが運の尽きで、

「使い方は?」

「『解放、火炎球』の言葉で5発、出るはずじゃ。それでゾンビを倒してこい」

 説明するノゴに、

「解放、火炎球」

 と指輪を向けたブッセが魔法の指輪を使った。

 指輪から出た火炎球がノゴに発射されて、顔面にドゴォォォンッと直撃する。

「ギャアアアアア・・・何の真似だ、ブッセ?」

 地面に這いつくばったノゴが問うと、ブッセが笑いながら、

「この失態の責任を誰かが取らないとダメだからねぇ~。爺さん、責任はアンタが取りな」

「ふざけるな、ワシを誰だと・・・」

「暗部養成機関のただの落伍者だろ? 組織の若返りを図る為にもさっさと死になよ」

 と笑ったブッセだったが、ノゴに気を取られていたので開いたドアから迫った僧侶服のゾンビ兵に気付かず、首筋をガブリッと噛まれた。

「グギャアアアア」

 顔を火炎球で焼かれたノゴは左眼を失いつつも、右眼でゾンビ兵を見た。裏切り者のなれの果てなどには注目せずにゾンビだけを。

 そして昔取った杵柄で、

「下級じゃない。上級ゾンビだと? それも野良じゃなくて誰かの命令を受けてる?」

 と悟ったが、そこまでだ。

 ゾンビが3体もノゴの部屋に入ってきた。

 ノゴの部屋は最深部だ。ここまで侵入されたという事は麻薬工場が陥落した事を意味する。

「クソ、こうなったら」

 ノゴは自爆魔法の術式を魔術師に頼んで仕込んで貰っている。

 当然、ムゲルに使いたかったが、こうなっては仕方がない。ゾンビに喰われて死ぬくらいなら潔く自爆するべきだ。ノゴは覚悟を決めて、

「咲き誇れ、火炎の花よ」

 と自爆の術式の呪文を口にしたが、何も起こらなかった。

「へっ? 咲き誇れ、火炎の花よ」

 自爆の術式が発動しない。

 自爆の魔法の術式を仕込んでくれた魔術師は信用出来る。

 つまりは、

「ムゲルゥ~、アイツかっ! どんな術式でワシの魔法を封印したんじゃっ! 自爆魔法も使わせんとはぁぁぁっ!」

 不発動の原因が判明して地面に這い蹲りながら悔しがるノゴに気付いて、ゾンビ達がノロノロと近付いてくる。

「ヒッ、来るなーーギャアアアア」

 ノゴはゾンビ達に噛み付かれ、そして喰われながら絶命したのだった。





 ◇





 ベーデを出発して4日目で本当にマーベラとカイルを乗せた陸亀が引く荷車はソンズの村に到着した。

 近くで見ても本当に立派な城壁だった。

 クロベーテ王国の兵士も常駐しており、門番をやっている。1人だけだったが。30代で普通の中年に見える人間の男が椅子に座って雑誌を読んでおり、獣車の到着を待ってようやく立ち上がり、マーベラに、

「ん? 見ない顔だが、こんな田舎に何しに来たんだ?」

「ちょ、それはさすがに酷くない? ベルさんの代わりにベーデから荷を運んできたのに」

「ん? ベルの旦那の代わりって、ベルの旦那はどうしたんだ? まさか、怪我でもーー」

「違う違う。商業ギルドがエクレロイドに駆り出しちゃったみたいよ」

「ああ、スタンピードがあったらしいからな。なるほど、入りな。荷は中央の村役場。宿屋は門を潜った、ほら、そこの赤屋根の3階建ての建物だよ」

「いえ、私達は荷降ろしたらその日の内に出るから」

「ん? そうなのかい?」

「ええ。私達もエクレロイドで稼ぎたいし」

「なら、どうしてここに来たんだ? ソンズが依頼する運賃は安かったはずだが?」

「商業ギルドからの貢献依頼だったからよ。報酬も追加で貰えるし」

「あっそ。入りな」

 こうしてマーベラとカイルはソンズの村に入ったのだった。





 ソンズの村の村役場の入口の横にはマルコスの出身地だけあり、英雄マルコスの像が立っていた。

「こんちわぁ~、ベーデから注文の品を持ってきたんだけど?」

「ああ、御苦労さん。ってか、ベルさんは?」

「エクレロイドの方に行ってるらしいわ」

「何やら大変らしいね」

 村役場の職員が出てきて、荷車から木箱を下ろし始めた。

 中身を確認して、別の空の木箱を荷車に載せており、

「えっ? 何これ?」

 マーベラが純粋に質問すると、

「木箱の使い回しだよ。それに次の荷を入れて貰うからね。ベーデの商業ギルドの倉庫までよろしく」

「へぇ~」

「これが次の注文書だから。ベーデの商業ギルドの受付に渡しておくれ」

 眼鏡を掛けた経理っぽい40代の人間の男だが、実は役職が役場長のホイボーがそう言ってマーベラに紙を渡した。

 一応は公文書っぽい。

「これに受け取りのサインもお願いね」

「ああ、御苦労さん。宿屋は入口の赤屋根の建物だよ」

「私達は今日中に立つから」

「そうなのかい?」

「ええ、私達もエクレロイドで稼ぎたいし」

「なるほど。不謹慎だが稼ぎ時だもんね」

 と納得したホイボーが周囲に聞こえないように小声で、

「頑張ってね、お姫様」

「あっ、バレてた? 言わないでよ。それが嫌で宿泊しないんだから」

「そんなに嫌がらなくても」

「嫌がるわよ、あの歓迎じゃあ。偉いのは私じゃなくて曾祖父ちゃんなんだから」

 マーベラはそう苦笑して、英雄マルコスの像を見た。ホイボーが、

「なるほど」

「じゃあね」

 こうして本当に獣車に乗ってさっさとソンズの村の城門を出たマーベラにカイルが、

「一泊しても良かったんじゃないの?」

「この村はダメなのよ」

「?」

「私が英雄マルコスの曾孫だってバレたら歓迎されるから」

「えっ、歓迎されるんならいいんじゃないの?」

「私は18歳で未婚なのよ? 暇な田舎のオバサン達に結婚相手が居ないのか聞かれて14歳のカーンと付き合ってるなんて言ったら好奇な眼で見られるに決まってるんだから。すぐに帰るのがいいのよ」

 少し照れながらマーベラは主張した。

「ふ~ん。そう言えば、マーベさんの英雄の曾お爺ちゃんのお墓はこっちなんだよね? お墓参りはいいの?」

「いらないわよ。骨も入ってないんだし。遺髪は入ってるらしいけど」

「えっ、そうなの?」

「ええ、そうよ。神殿で光葬にしないとゾンビや骸骨兵になるでしょ?」

「それもそうだね」

 そんな事を喋りながらベーデに向かって帰路を進んだのだった。
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