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転生の短剣
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クロベーテ王国の王都オルクロリアの南西にある衛星都市ビーンリ。
その街の裏通りに、その違法奴隷店は存在した。
違法なのはクロベーテ王国には奴隷制度がないからである。
だが、どの世界にでも抜け道は存在し、衛星都市ビーンリでも裏では奴隷が販売されていた。
ある夜、その違法奴隷店にふらりと現れたのは、つばの広い帽子をかぶった魔術師の老人だった。
白髭で灰色のローブを纏い、長い木製の魔術師用の杖で身体を支えている。
来客に応対したのは裏組織から奴隷店を任された店長の髭ダンディの男だったが、この店は違法奴隷を扱っている。
当然、客には警戒した。警察機構の密偵なんかだったら洒落にならないからだ。
「本日はどのような御用件でしょうか?」
質問しながら老魔術師を値踏みした。
老魔術師の一番の特徴は顔の右半分やローブから覗く右側の首筋や右手の紫色の肌だ。
おそらくは毒だろう。
この世界には解毒をしてくれる神殿があり、魔術師の身なりは金に困ってるように見えない。それでも紫肌なのは毒が特殊で神殿でも治療出来なかったのだろう。
時々そういう毒に侵された肌の奴が居て、この老魔術師もその類なのだ、と髭ダンディは勝手に納得した。
本人は隠してるようだが、呼吸が乱れ、ヒューやシューと聞こえている。
もう命数は長くはない。
それくらいの毒なのだろう。
素人でも分かるくらいの衰弱ぶりだった。
「商品が見たい」
答えた老魔術師の声も弱い。
さすがに警察機構の密偵には見えなかったが、
「失礼ですが、紹介状をお持ちでしょうか?」
「ない」
「その場合は・・・」
「値段が倍なんだろ?」
急いてるのか老魔術師は答えたが、
「いえ、3倍です」
本当は倍だったが髭ダンディはさらっと吹っ掛けた。
老魔術師は軽く右眉を動かしたが、
「足元を見おって。構わん、それで」
「購入前に幾つか質問が・・・」
「4倍払うから早くしてくれ。ワシが欲しいのは人間のファリスタだ」
老魔術師は焦れたように答えた。
このファリスタとはいうのは系統の事だ。
人間は3種類のタイプに分類される。
体力があり、毒や病に耐性がある『パーリーズ』。
火魔法と相性が良く、威力も上がる『ファリスタ』。
魂が秀いでた『ソーム』。
人間なので容姿は変わらず、外見での分別は不能だが、確かにそのタイプは存在した。
いずれかの系統の恩恵を人間は受けるのだから。
尚、この種類に突然変異はない。両親と両祖父母の系譜の遺伝だった。
「4倍ですね。畏まりました。ですが1つだけ、やはりご質問を。魔法の実験に使われるとして死んだ場合、奴隷の死体はちゃんとそちらで処理していただけますので?」
「ああ・・・だから早くしてくれ」
「年齢や性別の指定などはございますでしょうか?」
「15歳以上で20歳未満が望ましい。性別は男がいいが、居ないのであれば女でも構わん」
「15歳以上20歳未満の男でファリスタですか・・・」
「居ないのか?」
「1人だけ居りますが・・・礼儀がなっておらず返品された商品でして、その、少し傷物になっておりますが」
「後で治癒魔法で治すから構わん」
「では、どうぞ、こちらへ」
髭ダンディが1階の玄関フロアから続く階段で地下へと案内しようとしたので、衰弱してる老魔術師は、
「連れてきてくれ」
「当店は安全の為、入口と出口は別となっており、出口は地下通路の奥ですが?」
「チッ。面倒な・・・肩を貸してくれ」
仕方なく老魔術師が折れて髭ダンディの肩を借りて階段を降りた。
地下は直線の廊下が続き、古びたランタンが間隔を置いて設置されていた。
片側は壁、もう片側は鉄格子が並んでいた。
肩を借りたのは階段を降りるまでで、老魔術師が髭ダンディの後を歩く。
鉄格子の中には空部屋もあれば商品が居る部屋もあった。
エルフ女や人間女、獣人女。
女が多い。
屈強な男や子供も居た。
怯えた者も居れば、敵愾心剥き出しで睨む者も居る。
一番奥の出口付近の鉄格子まで老魔術師は髭ダンディに案内された。
鉄格子の中には金髪の少年が入っていた。
顔が殴られて腫れ上がってる。
なるほど、確かに傷物だ。
「1000金貨の4倍の4000金貨ですがよろしいですか?」
髭ダンディが値段を提示した。
奴隷は確かに違法だが1000金貨は吹っ掛け過ぎだ。
だが、老魔術師は指摘する時間も惜しんだのか、聞き流し、ローブのポケットから細長い試験紙を取り出した。
唾液で人間のタイプを選別する試験紙で、意外にポピュラーな代物だった。
「信用しておらん訳ではないが確認してくれ」
「畏まりました」
髭ダンディは試験紙を受け取ると鍵で鉄格子のドアを開けて中へと入った。
その時である。
非合法な奴隷販売店の正体が出たのは。
ダンディが背を向けて鉄格子の中に入り、完全に老魔術師から死角なった瞬間に自分の口に試験紙を入れたのだ。
髭ダンディも人間の火系ファリスタだったのだ。
唾液を吸った試験紙はファリスタだと示すピンク色へと変化する。
つまり、こんなトリックをするのは奴隷の少年がファリスタではなくソームな事を髭ダンディは知っており、客の要望でない奴隷を売り付けようとしてるからに他ならなかった。
他国の正規の奴隷販売店なら、例え商品が奴隷でもこんな商売倫理に劣るような事はしない。
だが、厄介な商品をさっさと売りさばきたかった店長は初来店の老魔術師をダマして押し付ける事したのだ。
その後、少年の口に試験紙を入れたふりをして、
「どうぞ、御確認を」
ピンク色の試験紙を老魔術師に渡した。
老魔術師は体調が万全ならば探知等々で見抜いていただろうが、今は本当に毒で死に掛けており、立ってるだけでも疲労していてトリックが見抜けなかった。
「うむ。では金貨4000枚。支払いは魔石でも構わんな?」
「はい、構いませんが」
老魔術師が砂利サイズの色とりどりの魔石20個で支払う。
違法奴隷店だが支払を誤魔化されてはかなわない。
ちゃんと鑑定用のルーペがあり、魔石の総てを鑑定した。無論、本物だった。
髭ダンディは安堵しつつ、
「確かに」
「では貰っていくぞ。小僧、付いて来い」
「お待ちを。ドゴール皇国の奴隷販売証明書をお付けします」
無論、偽造の奴隷販売証明書である。
このクロベーテ王国では無効だが最悪、奴隷没収で済む。
「ああ、悪いな」
証明書を受け取った老魔術師は出口からその少年と出て行き、その後ろ姿に一礼した髭ダンディは『久しぶりのカモだったな』と内心で笑ったのだった。
違法奴隷店で奴隷の少年を購入した老魔術師の名前はムゲルという。
暗黒のムゲル。
ブローゼン連合の魔術局長の経歴を持つお尋ね者だ。お尋ね者となった経緯はブローゼン連合内での権力争いの巻き添え、それが表の理由だったが、そっちは今はいい。
重要なのは現在進行形で解毒出来ない特殊な毒に身体を侵されてもう長くないという事だった。
毒を盛った相手は不明だが、呪詛系の毒だ。ムゲルの髪の毛をどこからか入手して呪詛毒を遠距離から飛ばしたのだろう。
ムゲルも魔術師の端くれなので分かってる。この毒の解毒は不可能だ。
だが、ムゲルは死ぬつもりはサラサラなかった。
魔術局長だったのだ。ブローゼン連合から去る時にチョイといい魔道具を拝借してる。
その一つが転生の短剣だ。
量産型の使い捨てタイプだが、効果は実証済み。
同じ種族で同じタイプ同士ならば、魔法の素質が無くたって誰にでも使える。
赤子でもだ。
実験して事実、使えた。
毒で死に掛けのムゲルは同じ人間の火系ファリスタの奴隷の少年に転生する事で、生き長らえようとしていたのだ。
だが、違法奴隷店を使った事は完全な失敗でソームの少年を掴まされていたのだが。
そうとは知らずに部屋を取った宿屋に戻ったムゲルは顔を腫らせた奴隷の少年に、
「小僧、名前は?」
「カイル」
会話をしながらムゲルはローブを脱いだ。
毒はムゲルの全身を回っており、6割以上が紫肌だった。
「そうか。では、これを持つと良い」
その後、ムゲルは荷物から出した転生の短剣をカイルに握らせ、うむを言わさずその短剣の刃を自分の紫肌の腹へと導いた。そして躊躇なく刃を突き刺す。
「ヒィ」
刺したカイルが衝撃を受けて悲鳴を上げるが、ムゲルは、
「っ!」
腹を刺されて痛みは走ったが、覚悟していたので無言だった。
そして次の瞬間、転生の短剣に込められた術式が発動した。
刺されたムゲルの身体が光の粒子となって転生の短剣の刃に吸い込まれ、短剣の柄を握る奴隷の少年カイルの身体へと流れ込んでいったのだ。
事情説明を一切されていないカイルの身体が光に包まれる。
これが転生の短剣の用途だった。
赤ん坊でも使えるのは呪文や魔法陣が必要ないお手柄さの為だ。
但し、この転生には明確なルールがある。
同じ種族、同じタイプという。
ムゲルはカイルを人間の火系ファリスタと疑っていなかったが、実際は違い、その為、
「ほう」
身体を包む光が収まった少年カイルが最初にした事は手に握る魔力を失い、ボロボロになった短剣をマジマジと見る事だった。
続いて知るはずのない知識で、過去に一度も見た事もないスキルリストを開いた。
カイル。人間・魂系ソーム。14歳。上級黒魔術師。魂魄の階位72。
日常
【状態】系
【空腹】1
【道具】系
【農具】1
【魔法】系
【魔法学】 3
【古代】 1
【深淵】1
【異端】 1
【魔道具鑑定】1
【学識】系
【薬草学】1
【毒学】1
【植物学】1
【製造】系
【回復薬精製】1
【解毒薬精製】1
【言語】系
【エルフ語】1
【交涉】系
【弁舌】2
戦闘
【耐性】系
【睡魔】2
【毒】3
【疫病】1
【火傷】1
【呪詛】1
【速度】系
【詠唱】4
【魔力】系
【魔力総量】7
【封印】2
【使い魔】3
【英雄】系
【勝利】1
魔法
【火魔法】4
【精霊友好度】1
【黒魔法】6
【呪詛】1
【極】1
【死霊魔法】1
【意思疎通度】1
【治癒魔法】1
【支援魔法】1
(魂魄の階位が72? 103あったはずなのに? 職業も星級から上級に落ちてる。スキルも下降修正されてる? それに・・・数え間違いか? 遊んでるポイントが2あるような? ん、魔眼が消えてる? 代わりにレアな英雄系勝利がある。空腹や農具まであるって事はオレ自身が備えてたのか?)
スキルリストを見ながらカイルは、
「魂魄の階位の数字を見た限り、完全な転生はしていない。7割ってところか。人格の転生は失敗したっぽいが、この短剣が爺さんが転生してオレの身体を乗っ取る為だったという知識はある。っていうか、思考が妙の理屈っぽくなってるし」
言葉にして自分の置かれてる状況を理解した。
カイルは短剣をベッド横のサイドテーブルの上に置いた。
その際に部屋に置かれた鏡が目に留まる。
正確には鏡に映るーー殴られて腫れた自分の顔にだが。
「癒やしの力よ、手に集い、傷付きし者の傷を癒やせ、ーー治癒の右手」
呪文の詠唱と共に治癒魔法を使った。
カイルには使えなかったはずの治癒魔法が発動する。
治癒の光を帯びた右手で腫れた顔に触れると傷が癒えた。
「魔法も問題なく使える。逃亡中とはいえ資産も結構あるし何とかなるかもな」
レストはそう呟いてベッドに寝転んだのだった。
同時刻、ブローゼン連合内の首都バルゼントスの宮殿の議長の寝室にて、侍従がノックと共に部屋に入った。
現在の議長はソルカ・モスケースという名の、金髪の小柄の、都市型シティエルのエルフである。外見年齢は20代と若いが、エルフなので80歳は当然超えている。
夜なので就寝していたが、入室と同時に目覚めたソルカが侍従を見て、、
「急用か?」
「はい、魔術局から報告が入りました。呪詛を施していたムゲルが死んだようです」
「ようやくか」
と呟いたが、何かに気付いて、
「転生してこちらの追跡を逃れた可能性は?」
「・・・ないとは断定出来ません」
「では追跡者を引き続き放つように」
「畏まりました」
その言葉で侍従が退室する中、ソルカは邪悪な笑みを浮かべながら、
「例え転生しても魔眼を失っただろうし、もうオレの脅威ではない訳か。これでオレがこの身体を操ってるのを見抜ける奴は居なくなったな、フフフ」
そう呟いたのだった。
その街の裏通りに、その違法奴隷店は存在した。
違法なのはクロベーテ王国には奴隷制度がないからである。
だが、どの世界にでも抜け道は存在し、衛星都市ビーンリでも裏では奴隷が販売されていた。
ある夜、その違法奴隷店にふらりと現れたのは、つばの広い帽子をかぶった魔術師の老人だった。
白髭で灰色のローブを纏い、長い木製の魔術師用の杖で身体を支えている。
来客に応対したのは裏組織から奴隷店を任された店長の髭ダンディの男だったが、この店は違法奴隷を扱っている。
当然、客には警戒した。警察機構の密偵なんかだったら洒落にならないからだ。
「本日はどのような御用件でしょうか?」
質問しながら老魔術師を値踏みした。
老魔術師の一番の特徴は顔の右半分やローブから覗く右側の首筋や右手の紫色の肌だ。
おそらくは毒だろう。
この世界には解毒をしてくれる神殿があり、魔術師の身なりは金に困ってるように見えない。それでも紫肌なのは毒が特殊で神殿でも治療出来なかったのだろう。
時々そういう毒に侵された肌の奴が居て、この老魔術師もその類なのだ、と髭ダンディは勝手に納得した。
本人は隠してるようだが、呼吸が乱れ、ヒューやシューと聞こえている。
もう命数は長くはない。
それくらいの毒なのだろう。
素人でも分かるくらいの衰弱ぶりだった。
「商品が見たい」
答えた老魔術師の声も弱い。
さすがに警察機構の密偵には見えなかったが、
「失礼ですが、紹介状をお持ちでしょうか?」
「ない」
「その場合は・・・」
「値段が倍なんだろ?」
急いてるのか老魔術師は答えたが、
「いえ、3倍です」
本当は倍だったが髭ダンディはさらっと吹っ掛けた。
老魔術師は軽く右眉を動かしたが、
「足元を見おって。構わん、それで」
「購入前に幾つか質問が・・・」
「4倍払うから早くしてくれ。ワシが欲しいのは人間のファリスタだ」
老魔術師は焦れたように答えた。
このファリスタとはいうのは系統の事だ。
人間は3種類のタイプに分類される。
体力があり、毒や病に耐性がある『パーリーズ』。
火魔法と相性が良く、威力も上がる『ファリスタ』。
魂が秀いでた『ソーム』。
人間なので容姿は変わらず、外見での分別は不能だが、確かにそのタイプは存在した。
いずれかの系統の恩恵を人間は受けるのだから。
尚、この種類に突然変異はない。両親と両祖父母の系譜の遺伝だった。
「4倍ですね。畏まりました。ですが1つだけ、やはりご質問を。魔法の実験に使われるとして死んだ場合、奴隷の死体はちゃんとそちらで処理していただけますので?」
「ああ・・・だから早くしてくれ」
「年齢や性別の指定などはございますでしょうか?」
「15歳以上で20歳未満が望ましい。性別は男がいいが、居ないのであれば女でも構わん」
「15歳以上20歳未満の男でファリスタですか・・・」
「居ないのか?」
「1人だけ居りますが・・・礼儀がなっておらず返品された商品でして、その、少し傷物になっておりますが」
「後で治癒魔法で治すから構わん」
「では、どうぞ、こちらへ」
髭ダンディが1階の玄関フロアから続く階段で地下へと案内しようとしたので、衰弱してる老魔術師は、
「連れてきてくれ」
「当店は安全の為、入口と出口は別となっており、出口は地下通路の奥ですが?」
「チッ。面倒な・・・肩を貸してくれ」
仕方なく老魔術師が折れて髭ダンディの肩を借りて階段を降りた。
地下は直線の廊下が続き、古びたランタンが間隔を置いて設置されていた。
片側は壁、もう片側は鉄格子が並んでいた。
肩を借りたのは階段を降りるまでで、老魔術師が髭ダンディの後を歩く。
鉄格子の中には空部屋もあれば商品が居る部屋もあった。
エルフ女や人間女、獣人女。
女が多い。
屈強な男や子供も居た。
怯えた者も居れば、敵愾心剥き出しで睨む者も居る。
一番奥の出口付近の鉄格子まで老魔術師は髭ダンディに案内された。
鉄格子の中には金髪の少年が入っていた。
顔が殴られて腫れ上がってる。
なるほど、確かに傷物だ。
「1000金貨の4倍の4000金貨ですがよろしいですか?」
髭ダンディが値段を提示した。
奴隷は確かに違法だが1000金貨は吹っ掛け過ぎだ。
だが、老魔術師は指摘する時間も惜しんだのか、聞き流し、ローブのポケットから細長い試験紙を取り出した。
唾液で人間のタイプを選別する試験紙で、意外にポピュラーな代物だった。
「信用しておらん訳ではないが確認してくれ」
「畏まりました」
髭ダンディは試験紙を受け取ると鍵で鉄格子のドアを開けて中へと入った。
その時である。
非合法な奴隷販売店の正体が出たのは。
ダンディが背を向けて鉄格子の中に入り、完全に老魔術師から死角なった瞬間に自分の口に試験紙を入れたのだ。
髭ダンディも人間の火系ファリスタだったのだ。
唾液を吸った試験紙はファリスタだと示すピンク色へと変化する。
つまり、こんなトリックをするのは奴隷の少年がファリスタではなくソームな事を髭ダンディは知っており、客の要望でない奴隷を売り付けようとしてるからに他ならなかった。
他国の正規の奴隷販売店なら、例え商品が奴隷でもこんな商売倫理に劣るような事はしない。
だが、厄介な商品をさっさと売りさばきたかった店長は初来店の老魔術師をダマして押し付ける事したのだ。
その後、少年の口に試験紙を入れたふりをして、
「どうぞ、御確認を」
ピンク色の試験紙を老魔術師に渡した。
老魔術師は体調が万全ならば探知等々で見抜いていただろうが、今は本当に毒で死に掛けており、立ってるだけでも疲労していてトリックが見抜けなかった。
「うむ。では金貨4000枚。支払いは魔石でも構わんな?」
「はい、構いませんが」
老魔術師が砂利サイズの色とりどりの魔石20個で支払う。
違法奴隷店だが支払を誤魔化されてはかなわない。
ちゃんと鑑定用のルーペがあり、魔石の総てを鑑定した。無論、本物だった。
髭ダンディは安堵しつつ、
「確かに」
「では貰っていくぞ。小僧、付いて来い」
「お待ちを。ドゴール皇国の奴隷販売証明書をお付けします」
無論、偽造の奴隷販売証明書である。
このクロベーテ王国では無効だが最悪、奴隷没収で済む。
「ああ、悪いな」
証明書を受け取った老魔術師は出口からその少年と出て行き、その後ろ姿に一礼した髭ダンディは『久しぶりのカモだったな』と内心で笑ったのだった。
違法奴隷店で奴隷の少年を購入した老魔術師の名前はムゲルという。
暗黒のムゲル。
ブローゼン連合の魔術局長の経歴を持つお尋ね者だ。お尋ね者となった経緯はブローゼン連合内での権力争いの巻き添え、それが表の理由だったが、そっちは今はいい。
重要なのは現在進行形で解毒出来ない特殊な毒に身体を侵されてもう長くないという事だった。
毒を盛った相手は不明だが、呪詛系の毒だ。ムゲルの髪の毛をどこからか入手して呪詛毒を遠距離から飛ばしたのだろう。
ムゲルも魔術師の端くれなので分かってる。この毒の解毒は不可能だ。
だが、ムゲルは死ぬつもりはサラサラなかった。
魔術局長だったのだ。ブローゼン連合から去る時にチョイといい魔道具を拝借してる。
その一つが転生の短剣だ。
量産型の使い捨てタイプだが、効果は実証済み。
同じ種族で同じタイプ同士ならば、魔法の素質が無くたって誰にでも使える。
赤子でもだ。
実験して事実、使えた。
毒で死に掛けのムゲルは同じ人間の火系ファリスタの奴隷の少年に転生する事で、生き長らえようとしていたのだ。
だが、違法奴隷店を使った事は完全な失敗でソームの少年を掴まされていたのだが。
そうとは知らずに部屋を取った宿屋に戻ったムゲルは顔を腫らせた奴隷の少年に、
「小僧、名前は?」
「カイル」
会話をしながらムゲルはローブを脱いだ。
毒はムゲルの全身を回っており、6割以上が紫肌だった。
「そうか。では、これを持つと良い」
その後、ムゲルは荷物から出した転生の短剣をカイルに握らせ、うむを言わさずその短剣の刃を自分の紫肌の腹へと導いた。そして躊躇なく刃を突き刺す。
「ヒィ」
刺したカイルが衝撃を受けて悲鳴を上げるが、ムゲルは、
「っ!」
腹を刺されて痛みは走ったが、覚悟していたので無言だった。
そして次の瞬間、転生の短剣に込められた術式が発動した。
刺されたムゲルの身体が光の粒子となって転生の短剣の刃に吸い込まれ、短剣の柄を握る奴隷の少年カイルの身体へと流れ込んでいったのだ。
事情説明を一切されていないカイルの身体が光に包まれる。
これが転生の短剣の用途だった。
赤ん坊でも使えるのは呪文や魔法陣が必要ないお手柄さの為だ。
但し、この転生には明確なルールがある。
同じ種族、同じタイプという。
ムゲルはカイルを人間の火系ファリスタと疑っていなかったが、実際は違い、その為、
「ほう」
身体を包む光が収まった少年カイルが最初にした事は手に握る魔力を失い、ボロボロになった短剣をマジマジと見る事だった。
続いて知るはずのない知識で、過去に一度も見た事もないスキルリストを開いた。
カイル。人間・魂系ソーム。14歳。上級黒魔術師。魂魄の階位72。
日常
【状態】系
【空腹】1
【道具】系
【農具】1
【魔法】系
【魔法学】 3
【古代】 1
【深淵】1
【異端】 1
【魔道具鑑定】1
【学識】系
【薬草学】1
【毒学】1
【植物学】1
【製造】系
【回復薬精製】1
【解毒薬精製】1
【言語】系
【エルフ語】1
【交涉】系
【弁舌】2
戦闘
【耐性】系
【睡魔】2
【毒】3
【疫病】1
【火傷】1
【呪詛】1
【速度】系
【詠唱】4
【魔力】系
【魔力総量】7
【封印】2
【使い魔】3
【英雄】系
【勝利】1
魔法
【火魔法】4
【精霊友好度】1
【黒魔法】6
【呪詛】1
【極】1
【死霊魔法】1
【意思疎通度】1
【治癒魔法】1
【支援魔法】1
(魂魄の階位が72? 103あったはずなのに? 職業も星級から上級に落ちてる。スキルも下降修正されてる? それに・・・数え間違いか? 遊んでるポイントが2あるような? ん、魔眼が消えてる? 代わりにレアな英雄系勝利がある。空腹や農具まであるって事はオレ自身が備えてたのか?)
スキルリストを見ながらカイルは、
「魂魄の階位の数字を見た限り、完全な転生はしていない。7割ってところか。人格の転生は失敗したっぽいが、この短剣が爺さんが転生してオレの身体を乗っ取る為だったという知識はある。っていうか、思考が妙の理屈っぽくなってるし」
言葉にして自分の置かれてる状況を理解した。
カイルは短剣をベッド横のサイドテーブルの上に置いた。
その際に部屋に置かれた鏡が目に留まる。
正確には鏡に映るーー殴られて腫れた自分の顔にだが。
「癒やしの力よ、手に集い、傷付きし者の傷を癒やせ、ーー治癒の右手」
呪文の詠唱と共に治癒魔法を使った。
カイルには使えなかったはずの治癒魔法が発動する。
治癒の光を帯びた右手で腫れた顔に触れると傷が癒えた。
「魔法も問題なく使える。逃亡中とはいえ資産も結構あるし何とかなるかもな」
レストはそう呟いてベッドに寝転んだのだった。
同時刻、ブローゼン連合内の首都バルゼントスの宮殿の議長の寝室にて、侍従がノックと共に部屋に入った。
現在の議長はソルカ・モスケースという名の、金髪の小柄の、都市型シティエルのエルフである。外見年齢は20代と若いが、エルフなので80歳は当然超えている。
夜なので就寝していたが、入室と同時に目覚めたソルカが侍従を見て、、
「急用か?」
「はい、魔術局から報告が入りました。呪詛を施していたムゲルが死んだようです」
「ようやくか」
と呟いたが、何かに気付いて、
「転生してこちらの追跡を逃れた可能性は?」
「・・・ないとは断定出来ません」
「では追跡者を引き続き放つように」
「畏まりました」
その言葉で侍従が退室する中、ソルカは邪悪な笑みを浮かべながら、
「例え転生しても魔眼を失っただろうし、もうオレの脅威ではない訳か。これでオレがこの身体を操ってるのを見抜ける奴は居なくなったな、フフフ」
そう呟いたのだった。
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異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
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色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
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そして勇者として戦うことを強要された優斗は、戦いの最中、自分と同じように巻き込まれて召喚されてきた幼馴染であり思い人の神楽坂(かぐらざか)都(みやこ)を目の前で、魔王軍四天王に殺されてしまい仇を取る為に、復讐を誓い長い年月をかけて戦う術を手に入れ魔王と黒幕である女神を倒す事に成功するが、その直後、次元の狭間へと呑み込まれてしまい意識を取り戻した先は、自身が異世界に召喚される前の現代日本であった。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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