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第一章~家臣~

焦りと発展2

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刹那はそう言いながら胸の中に抱いている虎千代を優しくなでた。

「しかし、とわはあなたが戦に行くというたびに不安になります。無事に帰ってきてくれるだろうかと。」

おとわはそう言うと刹那の方に抱きついてきた。

「おとわ、俺はお前や虎千代を置いて死んだりはしないよ。必ず今回も無事に帰ってくるからいつもの可愛い笑顔で明日は見送っておくれ。」

「殿がそれで無事に帰ってきて下さるならいくらでも。」

「あぁ、俺には使命があるからね。まだまだ先は長いぞ。」

刹那はそう言って笑ってみせた。自分も久々の戦で緊張しているのをおとわに悟られないように。

翌日、約束通りおとわは笑顔で刹那を見送った。

刹那たちが鳥羽城についた頃には既に先陣部隊の活躍によりほぼ落城寸前だった。

「まさか、ここまでとは。」

「皆様、内政ばかりで暴れ足りなかったのでしょう。さすがと言うほかありません。私の予定よりも早く鳥羽城が落とせそうです。」


家康と刹那がそう話している最中に忠勝がやって来た。

「殿、師匠。報告に参りました。鳥羽城落城。北畠の軍勢は城を捨てて逃げて行った模様です。」

「忠勝、我が方の被害はどうなっておる。」

「死者はおらず、負傷者は500といった所でございます。」

「殿、これは完勝と言って良いと思います。忠勝、負傷者は手当てを受けるように伝えてくれるかな?」

「はっ。かしこまりました。」

鳥羽城に入城した家康は皆をねぎらい酒を振るうと翌日にはすぐに松ヶ島城、長野城へと軍を進めた。
この二城には鳥羽城の残党が逃げていたが、刹那の策により逃げようとする者はすべて北畠家の本拠地である霧山御所へと逃げ込むように仕向けられ、数日で落城となった。

「刹那殿の策どおり松ヶ島城、長野城の城兵達は霧山御所に逃げ込むようにいたしました。」

「うむ、忠次ご苦労であった。」

「しかし、大久保殿や岡部殿が不満も漏らしておりました。」

「そうか、皆をここに呼んでくれ。刹那、皆に策を話してやれ。」

「はっ。」

皆が本陣に集まったのを確認した家康は刹那に説明を始めさせた。

「鳥羽城、松ヶ島城、長野城の北畠の城兵をすべて霧山御所に集まるように仕向けたことについて皆様にこの理由をお話させていただきます。」

刹那がそう語り始めるとその場にいる者達は静かに話を聞き始めた。

「歴戦の猛者の皆様は戦において士気がいかに必要なものなのかご存知だと思います。こたびの策は相手の士気を下げることを目的としたものでございます。」

この刹那の説明に忠世が、

「刹那よ、もう少しわかりやすくしてくれんか。その説明だけではわしらにはわからん。」

「わかりました。では、私がこの策を思いついたのは鳥羽城に着いた時です。殿と私が鳥羽城についた時には既に鳥羽城は落城寸前でした。忠勝殿、大久保殿、酒井殿、皆様の攻めがいかに凄まじいものだったのかを想像すると敵兵は恐怖で心が支配されていると思いました。故に、その恐怖心を鳥羽城の城兵だけでなく、北畠家全体に広げたいと考えました。」

刹那がそこまで説明すると静かに話を聞いていた忠次が、

「なるほど、我らの強さをその身に感じた城兵を逃がして味方のところに逃がすことによって我らの情報を全体に流したと言うことか。」

「その通りでございます。味方の、しかも敵と直接戦った者の話はおおきな影響を与えるのに有効です。鳥羽城の城兵だけならまだ知らず、松ヶ島城、長野城から逃げてきた城兵たちも口を揃えて徳川の兵の恐ろしさを伝えたらその恐怖は霧山御所の城兵だけにとどまらず北畠当主、そして重臣たちにも徳川と戦うのは得策にあらずと思わせることが出来るでしょう。その状態で霧山御所を包囲し、良きところで降伏を持ち出せばこちらに無駄な被害を出すことなく北畠家攻略を終えることができます。」

そこまで話を聞いた重臣達があまりの策に言葉を失っていた。

ここに参加していた者達は皆、刹那のこの策が大当たりすることを後々に知ることになったのである。

徳川軍が霧山御所へと進軍し先陣達が包囲を完了しようとした頃、家康の元に驚きの一報が届いた。

【北畠晴具降伏。】

この一報から1時間後には北畠当主、北畠晴具が家康や重臣達のいる本陣へとやってきていた。

「このたびがご拝謁の栄に賜り恐悦至極に存じます。私、北畠家当主の北畠晴具と申します。」

「わしが徳川家当主、家康である。北畠殿、面を挙げられよ。」

「この私の首に免じて家臣、城兵達の命はお助け願いたい。」

「北畠殿、一つ聞いても良いか。」

「なんなりと。」

「わしらはまだ包囲をしようとし始めたばかりだ。なぜに降伏をなさった。」
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