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ヒリスの最後の願い㉙
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カンッ! と、騎士が握ってた木製の剣が宙を舞い地面に落ちる。他の騎士たちの手にはすでに木製の剣は握られていなかった。
すべての剣を叩き落としたベルナルドがこちらを見上げてきたので、軽く手を上げるとベルナルドは騎士たちとの訓練を切り上げその場を離れた。
「訓練の邪魔して悪いな」
俺も一階に下りてベルナルドと合流する。
「いや、構わない。それより何かあったのか?」
「いや、実はだな……」
*********************************
「ヴァルトス国の皇太子殿下、お初お見えになる。私はこの国の魔塔を管理しているエルシャドールと申します。姓は捨ててありません」
「ベルナルド・アレニウス・ウォーガンだ。……世界に名を馳せた大魔導士に会えて光栄だ」
「ほう、あなたが持っている記憶の中の私は有名人ですか?」
「ああ。ただし数年後……だが。功績を聞くか?」
「遠慮します。未来を知ってしまったらつまらないでしょう? 未知の世界だからこそ楽しいのです」
「魔導士らしい」
二人は向かい合ってソファに座った。俺も一人掛けのソファに腰を下ろす。執務室にいるのは俺含め三人だけだ。
先日、男はベルナルドとの面会を希望し、ベルナルドもそれを了承した。
「第二王子殿下から話を聞きました。そこで少々気になることがありまして……と、その前に」
「? ………ッ! おいっ!」
俺は思わず声を上げた。男が懐から小さなナイフを取り出すと、なんの躊躇もなく自分の掌にぶっ刺したのだ。ナイフが手の甲まで貫通する。男はナイフを引き抜くとベルナルドに手を差し出した。
「皇太子殿下の力を見せてほしい」
男はニッと笑った。ベルナルドは何も言わず傷口に手をかざすと黄金の粒子を纏った光が溢れ出し、瞬く間に傷口が塞がっていった。
「………ふむ。本当に黄金色だな……」
男は傷が消えた手を握ったり開いたりを繰り返しながら関心したように言った。そこで俺はハッと我に返り、男からナイフを奪った。
「何をやってるんだっ! こんなもの持ち込んで! 外交問題になるだろうがっ!」
「つい好奇心が勝ってな。皇太子殿下も特に驚いた様子もないし」
言われてベルナルドのほうを見れば、確かに俺のように動揺している様子はなかった。
「俺の国の魔導士たちと大差ない。魔導士殿も無理に畏まる必要はない」
「ほう! それはありがたい! 私は生まれが平民でね。敬語がどうしても苦手なんだ!」
男は嬉しそうに笑い、俺は疲労のため息をついた。呼び鈴で侍女を呼び、ハンカチに包んだナイフを渡した。ハンカチに付いていた血に侍女はぎょっとしたが、男を見てすぐに理解し無言で自分のハンカチで更に包み足早に出て行った。男の奇行は城内でも見かけているから皆慣れている。
(他国の者に対して奇行を起こすなよとあれほど言っていたのに……)
男に対する認識が甘かったようだ。俺は疲労のため息を再度ついた。
「ベルナルド殿、本当にすまない」
「気にするな。……して、魔導士殿は何を聞きたいんだ?」
「ふむ……。イーダ、少し席を外せ」
「は?」
男の言葉に俺は間抜けな声を出した。
「聞こえなかったのか? 皇太子殿下と二人で話をしたいからお前は席を外せと言っているのだ」
「いや、無理だろ。お前と二人っきりは危険だ。お前さっき自分で何をやらかしたのか……」
「イーダ殿、俺は構わない」
「…………、…………、はぁ……。分かった。ただし扉の向こうにはいる。お前は絶対問題を起こすな。いいな?」
俺は葛藤の末、渋々了承した。「ああ、わかった」と頷く男に疑いの眼差しを向けた。
**************************
本当に渋々といった感じで部屋を出て行った小僧を見送った後、私は目の前にいる青年……いやまだ少年だろう彼に視線を戻した。
彼の澄んだ海のような瞳が私を真っ直ぐと捕らえる。
「……して、魔導士殿は何を聞きたい?」
彼の言葉に私は笑みを浮かべた。
「私は回りくどいことが嫌いでね」
「………」
「単刀直入に聞く」
私は笑みをさらに深めた。心底楽しそうに。
「お前は誰だ?」
*****************************
明かりのない薄暗い部屋の中、ガラス窓から庭を見下ろしていると扉の開く音が聞こえた。
そちらのほうに視線を向けると、漆黒の髪に紅い瞳の青年が立っていた。
俺は車椅子を動かして青年のほうに身体を向けた。
「クロム……」
その名を口にすると青年の紅い瞳が揺れた。
青年はゆっくりとした足取りで俺の傍まで来ると、絨毯の敷かれた床に両膝をついた。
俺は青年の血の気のない真っ白な頬を優しく撫でる。すると青年はその手をとり薬指に嵌められた銀色の指輪にキスを落とした。
「………ヒリス兄さん、僕はあなたとこうして家族になることをずっと願っていました」
青年………ルシウスは俺を見上げ、少年のように笑った。
すべての剣を叩き落としたベルナルドがこちらを見上げてきたので、軽く手を上げるとベルナルドは騎士たちとの訓練を切り上げその場を離れた。
「訓練の邪魔して悪いな」
俺も一階に下りてベルナルドと合流する。
「いや、構わない。それより何かあったのか?」
「いや、実はだな……」
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「ヴァルトス国の皇太子殿下、お初お見えになる。私はこの国の魔塔を管理しているエルシャドールと申します。姓は捨ててありません」
「ベルナルド・アレニウス・ウォーガンだ。……世界に名を馳せた大魔導士に会えて光栄だ」
「ほう、あなたが持っている記憶の中の私は有名人ですか?」
「ああ。ただし数年後……だが。功績を聞くか?」
「遠慮します。未来を知ってしまったらつまらないでしょう? 未知の世界だからこそ楽しいのです」
「魔導士らしい」
二人は向かい合ってソファに座った。俺も一人掛けのソファに腰を下ろす。執務室にいるのは俺含め三人だけだ。
先日、男はベルナルドとの面会を希望し、ベルナルドもそれを了承した。
「第二王子殿下から話を聞きました。そこで少々気になることがありまして……と、その前に」
「? ………ッ! おいっ!」
俺は思わず声を上げた。男が懐から小さなナイフを取り出すと、なんの躊躇もなく自分の掌にぶっ刺したのだ。ナイフが手の甲まで貫通する。男はナイフを引き抜くとベルナルドに手を差し出した。
「皇太子殿下の力を見せてほしい」
男はニッと笑った。ベルナルドは何も言わず傷口に手をかざすと黄金の粒子を纏った光が溢れ出し、瞬く間に傷口が塞がっていった。
「………ふむ。本当に黄金色だな……」
男は傷が消えた手を握ったり開いたりを繰り返しながら関心したように言った。そこで俺はハッと我に返り、男からナイフを奪った。
「何をやってるんだっ! こんなもの持ち込んで! 外交問題になるだろうがっ!」
「つい好奇心が勝ってな。皇太子殿下も特に驚いた様子もないし」
言われてベルナルドのほうを見れば、確かに俺のように動揺している様子はなかった。
「俺の国の魔導士たちと大差ない。魔導士殿も無理に畏まる必要はない」
「ほう! それはありがたい! 私は生まれが平民でね。敬語がどうしても苦手なんだ!」
男は嬉しそうに笑い、俺は疲労のため息をついた。呼び鈴で侍女を呼び、ハンカチに包んだナイフを渡した。ハンカチに付いていた血に侍女はぎょっとしたが、男を見てすぐに理解し無言で自分のハンカチで更に包み足早に出て行った。男の奇行は城内でも見かけているから皆慣れている。
(他国の者に対して奇行を起こすなよとあれほど言っていたのに……)
男に対する認識が甘かったようだ。俺は疲労のため息を再度ついた。
「ベルナルド殿、本当にすまない」
「気にするな。……して、魔導士殿は何を聞きたいんだ?」
「ふむ……。イーダ、少し席を外せ」
「は?」
男の言葉に俺は間抜けな声を出した。
「聞こえなかったのか? 皇太子殿下と二人で話をしたいからお前は席を外せと言っているのだ」
「いや、無理だろ。お前と二人っきりは危険だ。お前さっき自分で何をやらかしたのか……」
「イーダ殿、俺は構わない」
「…………、…………、はぁ……。分かった。ただし扉の向こうにはいる。お前は絶対問題を起こすな。いいな?」
俺は葛藤の末、渋々了承した。「ああ、わかった」と頷く男に疑いの眼差しを向けた。
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本当に渋々といった感じで部屋を出て行った小僧を見送った後、私は目の前にいる青年……いやまだ少年だろう彼に視線を戻した。
彼の澄んだ海のような瞳が私を真っ直ぐと捕らえる。
「……して、魔導士殿は何を聞きたい?」
彼の言葉に私は笑みを浮かべた。
「私は回りくどいことが嫌いでね」
「………」
「単刀直入に聞く」
私は笑みをさらに深めた。心底楽しそうに。
「お前は誰だ?」
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明かりのない薄暗い部屋の中、ガラス窓から庭を見下ろしていると扉の開く音が聞こえた。
そちらのほうに視線を向けると、漆黒の髪に紅い瞳の青年が立っていた。
俺は車椅子を動かして青年のほうに身体を向けた。
「クロム……」
その名を口にすると青年の紅い瞳が揺れた。
青年はゆっくりとした足取りで俺の傍まで来ると、絨毯の敷かれた床に両膝をついた。
俺は青年の血の気のない真っ白な頬を優しく撫でる。すると青年はその手をとり薬指に嵌められた銀色の指輪にキスを落とした。
「………ヒリス兄さん、僕はあなたとこうして家族になることをずっと願っていました」
青年………ルシウスは俺を見上げ、少年のように笑った。
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