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ヒリスの最後の願い㉗
しおりを挟む「初代ベルム皇帝はファルディウス神から治癒魔法を授かり、ヴァルトス国の新たな王となった」
目の前の壁画にはファルディウス神から治癒魔法を授かる、銀髪に青い瞳の男性が描かれていた。
「おとうさま」
「なんだ?」
「どうして、あれはしろじゃなくておうごんいろなんですか?」
僕はお父様の大きな手を引っ張ってそれを指さした。指さした先にあったのはファルディウス神と初代皇帝の間に描かれた光の球体のようなもの。きっとあれが治癒魔法なのだろう。
「ファルディウス神が戦で深い傷を負った初代皇帝に治癒魔法を施した時、その光が黄金色に輝いていたそうだ」
「おうごんいろに……」
「そうだ。そして、治癒魔法を授かった初代皇帝もまた黄金色の光だった。それだけはない」
「?」
「ファルディウス神から授かった治癒魔法は、今の我々の治癒魔法と違って傷や病を完全に治しても、我々が本来持っている治癒力を弱らせることはなかった」
「それはほんとうですか⁉」
「ああ。また戦場や病気などで失ってしまった手足なども瞬く間に元通りにしたという」
「すごいですっ!………でも、どうしておじいさまや、おとうさま、ぼくにはその力がないのですか?」
「初代皇帝はファルディウス神に身も心も捧げ、生涯独身………、つまり結婚せず死ぬまで一人でいることを選んだのだ。なので次期皇帝は初代皇帝の弟、そして次々期皇帝は弟の息子がなった。……まあ、初代皇帝が結婚したからといってその力が必ずしも子どもに受け継がれるとは限らないがな……」
「そうなんですか?」
「イルミーネから聞いたのだが、彼女の国でも初代皇帝と同じ力を持った聖女が一人いたという。その聖女は結婚し子どもを産んだが、聖女の力は受け継がれなかった。孫、ひ孫と見たが聖女の力が宿ることはなかった。結果としてその力は一代限りのものと結論付けられたという」
イルミーネとは僕のお母様の名前だ。
「しょだいこうていもそのことをしっていたのですか?」
「それはわからない。………ただ、初代皇帝と同じ力を持った皇帝がもう一人いたんだ。それが第十二代ダンベルナ皇帝だ」
「え?」
「お前の名前は彼から一部貰ったんだ」
お父様は僕の頭を優しく撫でた。
「だんべるなこうていも、かみさまからちゆまほうをもらったのですか?」
「いいや、違う。彼も最初は我々と同じ治癒魔法だったんだが、突然その力に目覚めたそうだ」
「とつぜん?」
「そうだ。当時は王位継承者同士の争いが酷かったと聞く。継承権が低かったダンベルナ皇帝もその争いに巻き込まれ、馬車で移動中の時に盗賊に襲われ一時期行方不明となった」
僕は言葉を失った。自分の一族にそんな恐ろしいことがあったなんて知らなかった。
「彼は無事帰還を果たしたが、その時国では王位継承の争いどころではなくなっていた」
「?」
「オルディウス帝国の侵略だよ」
「‼」
「それがきっかけとなったのかどうか分からないが、ダンベルナ皇帝はその力に目覚めた。彼の戦略のお陰で、土地の一部を失ってしまったが侵略を防ぐことはできた。その功績が讃えられ、また黄金の治癒魔法の使い手としてダンベルナ皇帝は第十二代皇帝となった」
「そして彼もまた……」とお父様は話を続けた。
「ファルディウス神を深く信仰し、生涯一人でいることを選んだ。……初代皇帝と同じように」
そう言ってお父様がファルディウス神を見上げたので、僕も見上げた。
壁画には白髪に虹色に輝く瞳をした美しい姿のファルディウス神が描かれていた。
神殿の人たちは会ったこともないファルディウス神を大変美しい神様だと讃えている。
(………でも僕は……)
俺は……ファルディウス神に一度も信仰心を抱くことができなかった。
*******************
突如起きた大きな揺れと同時に感じた膨大な魔力。
「お、おにい……さま?」
バルコニーの床に座り込み真っ青な顔でフィーネ嬢が呟いた。先ほどの魔力にあてられたようだ。
(ベルナルドの魔力なのか?)
フィーネ嬢の魔力とよく似ていた。彼女を騎士たちに任せベルナルドの寝室に向かうと、廊下にイグリート卿の腕の中に倒れ込んでいるベルナルドの姿があった。よく見ると彼の目元が露わになっていた。
「………っ!」
ベルナルドの目元に刻まれていたはずの火傷の痕が跡形もなく綺麗になくなっている。
「一体……何があった?」
「……第二王子殿下、申し訳ございませんが新たな寝室をお願いしたい。ご説明はその後でもよろしいでしょうか?」
イグリート卿が俺のほうを振り返った。ベルナルドが使用していた寝室は悲惨な状態だった。
「先ほどの魔力は王太子殿下のか?」
「はい」
念のため確認した後、俺は駆け付けた兵隊長に父に襲撃ではなかったこと、そして俺のほうで対応する旨を伝えるようにと指示した後、兵士たちに「ここで見たことは決して口外するな」と命令し引き上がらせた。兵士の中にはベルナルドの魔力にあてられてふらついている者や、惚けている者がいた。
兵士を引き上げた後、イグリート卿を新しい部屋へ連れていった。
(まさか覚醒者に出会えるとは……)
気を失っているベルナルドをベッドに寝かせ、イグリート卿から話を聞いた後ベルナルドの両目を確認すると確かに眼球があった。
治癒神の魔法は傷や病を完治させても自然治癒力を衰えさせず、また一度失ったものを再生させることができる。
(これはどの宗教でも共通していることだ)
ただ、黄金の治癒魔法と言われているのは治癒神の中でファルディウス神のみ。
(ファルディウス教は宗教の中でもっとも歴史が浅い。だから他の治癒神と差別化を図りたかっただけだと思っていたが……)
イグリート卿曰く、第十二代皇帝も突然その力に目覚めたという。
(残念なことに俺はその光を目撃できなかったわけだが……)
フィーネ嬢の視線を追って後ろを振り返ったが何もなく、形の歪んだ窓ガラスの枠が窓からぶら下がっているだけだった。
(頃合いを見て、見せてもらうとしよう……)
そして、その機会はすぐにやってきた。
「ああああああああっ‼」
再び目覚めたベルナルドは情緒不安定で、幾度となく魔力を暴走させた。その度に黄金色の粒子がベルナルドの身体に絡みついた。
「………きもちわるい……くるな……いやだ、消えないでくれ……なんで、どうして……」
ベルナルドはうわ言のように何度もそう呟き涙を流した。命までも失いかねない状況だったが、ベルナルドが放つ圧倒的な魔力に誰一人近づくことはできなかった。
そんな彼の心を癒したのはどこにでも自生している痛み止めの薬草だった。その薬草にはハーブの様に心を落ち着かせる効果はないが、ベルナルドにとっては唯一心を癒してくれるものだとフィーネ嬢が言っていた。
魔力暴走を繰り返すベルナルドにとってその薬草は命綱とも言えた。
その暴走が落ち着いたのは彼が目覚めてからひと月後のことだった。
「お兄様っ!」
「フィフィ!」
フィーネ嬢はやつれたベルナルドに抱き着いた。彼女は魔力暴走を繰り返すベルナルドの魔力にあてられぬようずっと離れた場所に避難していたのだ。
「お兄様っ! お兄様っ! おにい……ッッ‼」
彼女は人目もはばからず子どものように声を上げて泣いた。やっと目を覚ましてくれたかと思ったら、魔力暴走を起こし命の危険すらあったのだ。気が気じゃなかったことだろう。また、イグリート卿たちが傍にいると言えど肉親のように甘えることも弱音を吐くこともできず心細かったに違いない。
泣きじゃくる妹をベルナルドはただただ抱きしめた。二人の姿にイグリート卿とその部下たちは「よかった」と涙ぐんでいた。
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