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ヒリスの最後の願い⑦
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仕事を終え自分の部屋に戻ってきた俺は軍服の襟元を緩めながらソファに深く凭れ掛かった。深く息を吐き出すと緊張で強張っていた身体から力が抜けた。
(情けないな……)
思わず苦笑をした。二番目の兄、ルシウス兄さんに仕えて五年以上は経つというのに、あの人に対する恐怖心が未だに消えない。
(あれがトラウマになっているせいだ……)
脳裏に血塗られた剣と切り落とされたラルス兄さんの首を持ったルシウス兄さんの姿が浮かんだ。
誰もいない薄暗い廊下でその光景を目の当たりにした俺は恐怖の余り足が竦み、その場から一歩も動くことが出来なかった。ルシウス兄さんの足元には首のないラルス兄さんの胴体が横たわっていた。
ルシウス兄さんはなんの感情も篭っていない紅い目で俺を一瞥した後その場を去って行った。
そこからの記憶はない。
気づいたときには自室のベッドに横たわっていた。
そして母からルシウス兄さんが切り落としたラルス兄さんの首を肉親の前に掲げて『これは要らない』と言ったということを聞かされた。
その日を境に俺は死に物狂いで剣術を磨いた。
ルシウス兄さんに不要だと言われぬように……。
不意に扉からノック音が聞こえ俺は我に返った。
扉の向こうに「誰だ」と問うとよく知る名が返ってきた。その名に俺は小さく息を吐き「入れ」と告げる。扉を開けて姿を現したのは初老の女性だ。
「奥様がお呼びです」
「……分かった、今行く」
俺はため息を付きながらソファから腰を上げ襟元を正すと母の部屋へ向かった。
母が俺を呼んだ理由は分かりきっている。
「アイザックです」
母の部屋の扉をノックしてから声を掛けると、中から「お入り」と母の声が返ってきた。
扉を開けるとワインの入ったグラスを片手にガウン姿の母がソファに腰掛けていた。ちらりとテーブルを見ると空になった瓶が数本置いてあった。
「度が過ぎる飲酒は身体に毒です」
「これぐらい平気よ。座りなさい」
そう言ってグラスに入ったワインを一気に飲み干す母に、俺は小さくため息を付き向かいのソファに腰を下ろした。
「で、何を話したの?」
「……兄さんが西の牢に面白いものがあると、そして興味があるのなら見に行くといいと。……それだけです」
「あれはなんて?」
「ただ、はい。とだけ……」
俺がそう答えると母はグラスの端をカシカシと噛み、不愉快そうに顔を歪めた。
「母さん、兄さんからの忠告を忘れないでください」
「……わかっているわよ。はぁ……もう寝るわ。帰ってちょうだい」
グラスをテーブルに置いてだるそうに前髪をかき上げた母に、俺は「わかりました」と立ち上がり母の部屋を後にした。
母はルシウス兄さんが末の異母兄弟と会った日には、必ず二人がどんな会話をしたのか俺に聞く。
母にとって末の異母兄弟は面白くない存在だった。
(今迄何一つ関心を寄せなかった兄さんが唯一関心を寄せる存在)
異母兄弟、肉親、そして自分の功績にすら目もくれなかった兄さんが……。
末の異母兄弟……ヒリス。今は亡き四番目の妃の息子。
王族の証を受け継がなかった故、表舞台に立つことはなかった。
(正直兄さんが末の異母兄弟に声を掛けるまで、存在自体忘れていた……)
末の異母兄弟の存在を認識したのは三年前の、あの日。
(情けないな……)
思わず苦笑をした。二番目の兄、ルシウス兄さんに仕えて五年以上は経つというのに、あの人に対する恐怖心が未だに消えない。
(あれがトラウマになっているせいだ……)
脳裏に血塗られた剣と切り落とされたラルス兄さんの首を持ったルシウス兄さんの姿が浮かんだ。
誰もいない薄暗い廊下でその光景を目の当たりにした俺は恐怖の余り足が竦み、その場から一歩も動くことが出来なかった。ルシウス兄さんの足元には首のないラルス兄さんの胴体が横たわっていた。
ルシウス兄さんはなんの感情も篭っていない紅い目で俺を一瞥した後その場を去って行った。
そこからの記憶はない。
気づいたときには自室のベッドに横たわっていた。
そして母からルシウス兄さんが切り落としたラルス兄さんの首を肉親の前に掲げて『これは要らない』と言ったということを聞かされた。
その日を境に俺は死に物狂いで剣術を磨いた。
ルシウス兄さんに不要だと言われぬように……。
不意に扉からノック音が聞こえ俺は我に返った。
扉の向こうに「誰だ」と問うとよく知る名が返ってきた。その名に俺は小さく息を吐き「入れ」と告げる。扉を開けて姿を現したのは初老の女性だ。
「奥様がお呼びです」
「……分かった、今行く」
俺はため息を付きながらソファから腰を上げ襟元を正すと母の部屋へ向かった。
母が俺を呼んだ理由は分かりきっている。
「アイザックです」
母の部屋の扉をノックしてから声を掛けると、中から「お入り」と母の声が返ってきた。
扉を開けるとワインの入ったグラスを片手にガウン姿の母がソファに腰掛けていた。ちらりとテーブルを見ると空になった瓶が数本置いてあった。
「度が過ぎる飲酒は身体に毒です」
「これぐらい平気よ。座りなさい」
そう言ってグラスに入ったワインを一気に飲み干す母に、俺は小さくため息を付き向かいのソファに腰を下ろした。
「で、何を話したの?」
「……兄さんが西の牢に面白いものがあると、そして興味があるのなら見に行くといいと。……それだけです」
「あれはなんて?」
「ただ、はい。とだけ……」
俺がそう答えると母はグラスの端をカシカシと噛み、不愉快そうに顔を歪めた。
「母さん、兄さんからの忠告を忘れないでください」
「……わかっているわよ。はぁ……もう寝るわ。帰ってちょうだい」
グラスをテーブルに置いてだるそうに前髪をかき上げた母に、俺は「わかりました」と立ち上がり母の部屋を後にした。
母はルシウス兄さんが末の異母兄弟と会った日には、必ず二人がどんな会話をしたのか俺に聞く。
母にとって末の異母兄弟は面白くない存在だった。
(今迄何一つ関心を寄せなかった兄さんが唯一関心を寄せる存在)
異母兄弟、肉親、そして自分の功績にすら目もくれなかった兄さんが……。
末の異母兄弟……ヒリス。今は亡き四番目の妃の息子。
王族の証を受け継がなかった故、表舞台に立つことはなかった。
(正直兄さんが末の異母兄弟に声を掛けるまで、存在自体忘れていた……)
末の異母兄弟の存在を認識したのは三年前の、あの日。
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